光輝の聖女   作:九龍城砦

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光輝の聖女

「はい?」

 

 数ヶ月ぶりに教会へ訪れた商人さんの言葉を聞き、私は絶句しました。

 そりゃもう、手に持っていた聖十字架(ロザリオ)を取り落としてしまうくらいにはショックを受けました。

 

「勇者さまが、行方不明……!?」

 

 ピシリ、と空気が凍った音がしました。

 いえ、違いますね。単に教会の窓ガラスに物理的にヒビが入っただけでした。今度修理をお願いしましょう。

 

「ほ、本当なのですか!?」

「は、はい! 確かな情報です! ですから聖女さん、あたしの肩から手をどけて──いたたたたぁ!?」

「はっ、す、すみません!」

 

 思わず力が入ってしまっていた手を離し、商人さんに治癒魔術をかけます。なんかバキって音しましたからね、バキって。

 触診してみると肩の骨が折れてましたが、そこは心配ご無用。私の高度な治癒魔術で完璧に、一瞬で治しました。

 まぁ商人さん相手なら、痛み止めは出さなくて大丈夫でしょう。意外とタフですし。

 

「いつつ……まぁ、そういうわけなので、今あたし達は勇者さんの行方を捜査してる最中なんです」

 

 凄腕の商人である彼女が言うのなら、本当の情報なのでしょう。

 そこを疑うつもりはありませんが、なぜ急に行方不明になったのでしょうか。原因が知りたいです。

 

「あと、賢者(シャナ)さんと騎士(アリア)さんと死霊術師(リリアミラ)さんも一緒に行方不明らしいですよ」

「────はぁ?」

 

 なんだってそんな事になってるんですかねぇ。

 

 勇者さまだけじゃなくて、あのパーティ丸ごと行方不明って、何がどうしたらそうなるんですか。バカなんですか。バカでしたねそういえばあああぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!

 

「あ、あの大丈夫ですか? なんか顔がものすごいことに……」

「探しに行きます」

「はっ?」

 

 あの聡明なシャナちゃんがついていながら行方不明になったということは、それ相応の事件に巻き込まれたということ。

 あの人たちの事ですから生死の心配はしていません。殺したって死なないタフな人達ですから。ですので、問題は世界情勢です。

 世界を救った彼らが一斉に消えたとなると、世界のパワーバランスが一気に傾きます。傾くだけならいいですが、下手すれば国家間の戦争にまで発展しかねません。勇者さんたちは、それだけの影響力を持った人物なのです。

 

「さ、探しに行くってどこにですか!?」

「それがわからないから探しに行くのでしょう! さぁ一緒に行きますよ、商人(クレイル)さん!」

「やっ、ちょっ、ひっぱるなああぁぁぁ!!!」

 

 身につけた修道服を振り乱し、床に落ちたロザリオをそのままに、私はクレイルさんの手を取って教会の扉を開け放ちました。

 さぁ、今こそ勇者さまを迎えに行きましょう。

 

「もおおおぉぉぉ!!! ちょっとは落ち着け、バカ聖女(ソフィア)ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 待っていてください、勇者さま!

 このソフィア・ラグランジュが、今すぐ迎えに行きますので!

 

 

 

 

 その少年と出会ったのは、偶然でした。

 

「まぁ」

「…………」

 

 血まみれになって、ボロボロになって、教会の庭に落っこちているその姿を見て、思わず言葉を失ってしまったのです。

 雨が降り、雷が鳴る、ひどい嵐の夜でした。

 

「生きてますか?」

「…………」

 

 返事はありません。

 死んでいるのかと思いましたが、呼吸はしていますし、心臓も動いています。だとすれば、この方は絶対に助かりますね。運がいいことです。

 

「少し、動かしますよ」

「ぅ……ぁ……」

「痛いでしょうが、どうか我慢を」

 

 本来ならば動かさず、その場で治療するのですが、こんな嵐の中で治療など出来るはずもありません。

 少年の体を抱き上げて、教会の中へと連れ込みます。幸いにも、薬や食料は買い足してきたばかりです。本当に運がいいですね、この方は。

 

「……ぁ」

「大丈夫、大丈夫ですよ。あなたは死にません、死なせません」

 

 服を脱がし、傷の具合を確かめます。右腕と左脚が複雑骨折に……左手は……これは凍傷でしょうか。

 

「何故……?」

 

 この地域は比較的温暖な草原が広がるばかりの場所です。間違ってもこんな酷い凍傷を負うような気候ではありません。

 ですが事実として、この少年は左腕が凍傷でもげかかっています。

 

「まぁ、詮索は後にしましょうか」

 

 頭部の出血も酷いですね。まるで岩か何かが、ものすごいスピードでぶつかったかのような抉れ具合です。

 いったいどんな事をすれば、ここまで酷い怪我ができるのか。炭鉱の崩落に巻き込まれた鉱夫でも、ここまで酷い事にはならないでしょう。

 

「…………」

「心配しないでください。私、こうみえて聖女なので」

 

 少年のこちらを見る目が、不安げに揺れる。

 だから、私は彼を安心させるために、とびきりの笑顔を浮かべて言った。

 

「絶対に、助けますね」

 

 少しだけ、少年が安堵した気がした。

 

 

 

 

「で、アテはあるんですかね? バカ聖女さま」

「とりあえず、この大陸を片っ端から歩いて探しましょうか」

「却下です」

 

 教会を飛び出して近場の森に足を踏み入れ、しばらく歩いたところでクレイルさんの足が止まりました。

 

「この大陸がどれだけ広いと思ってるんですか? 歩いて探してたら、何年経っても見つけられないですよ?」

「ではこう、あなたの魔法でパーっと探すとか……」

「出来たらとっくにやってます」

 

 まぁ、ですよねぇ。

 となると、クレイルさんの魔法でも探知できないほど、遠くに行ってしまったということで。

 もしや、誰も行かない辺境の地にでも飛ばされてしまったとか?

 だとしたら、どんなハプニングに巻き込まれたんでしょうかね、あの人たちは。

 

「あたしの魔法『人孤探覧(クウァエレレ)』は、一度視界に入った対象の人物の名前と行動履歴、特技、弱点、現在位置なんかを、いつでも知ることができる魔法です」

「便利ですよねぇ」

「ええ。聖女さまの魔法とは大違いです」

 

 む、どういう意味ですかそれは。

 

「でも、あまりにも離れると効果がなくなってしまうんですよね」

「そうです。ですので、あたしの魔法が届く距離まで行ければ見つけられるとは思うのですが……」

 

 クレイルさんはこの魔法を活用して、平和になった──言う程平和でもない気がしますが──この世界で、大きな商会を立ち上げるに至りました。リリアミラさんとは、良きビジネスパートナーになったのだと聞き及んでいます。正気とは思えませんね。

 まぁ、商会に関しては魔法うんぬんよりも、彼女の人徳によるところが大きいのでしょうが。

 というか、本当にどこ行っちゃったんですかね、あの人たち。こんなに心配かけて、まったくもうです。

 

「はぁ。いったいどこに行ってしまわれたのですか、愛しの勇者さま」

「愛しのって……」

 

 なぜかクレイルさんが呆れた顔をしています。なんですかその顔は。

 

「なにか言いたいことがあれば、遠慮せずにどうぞ」

「い、いえ! 一端の商人であるあたしが、聖女さまに意見なんてするはずないじゃないですかー、あはは!!」

 

 あなたが一端なら、この世界のほとんどの商人は、商人とすら呼べなくなると思うんですけどね。

 

「それにしても、あの戦いから随分時間が経ったように感じますね」

「ですねぇ……実際は一年しか経ってないのに、もう何年も過ぎたような気分です」

 

 今さら名乗るのもおこがましいですが、私は当時、本当に神からの啓示を受けた聖女だったのです。

 まぁ、勇者さまが魔王を倒した今となっては、お役御免になってしまいましたが。

 

「大変でしたよねぇ……お互いに」

「そうですね」

 

 ですが、彼は未だに私をこの肩書きで呼んでくれています。それが魔王の呪いを受けた故に、ということは分かっているのです。

 ですがやはり「聖女さん」と呼ばれるのは、他の役職で呼ばれる人たちより、少しだけ優越感を感じてしまうのです。

 

「それでも、とてもいい思い出です」

「……そうですねぇ」

 

 ああ、いけません。いけない子ですね。聖女であるのにこんな邪な気持ちを抱くなど。また師匠のもとで修行させてもらいましょうか。

 

「ん……あ、いいこと思いつきました」

「何をですか?」

「先ほどシャナちゃんが行方不明になったと言いましたが、それは()()()()()()()()?」

「ええ、まぁ」

 

 やはりでしたか。ならば、本人に直接話を聞いた方が効率が良さそうですね。

 

「シャナちゃんに会いに行きましょう」

 

 そうだ、賢者に会いに行こう。

 

 

◇◆

 

 

「ふぅ」

 

 傷の処置を終え、ようやく一息つきます。

 痛みは引いていないでしょうが、とりあえず一命はとりとめました。これで死ぬ心配はありません。

 

「ぅぐ……あぁっ……」

「痛みますか?」

 

 ベッドで横たわる少年は、苦悶の表情を浮かべたままです。こんなことなら、もっと痛み止めを買っておくべきでした。

 戸棚から最後の一本を取り出し、蓋を開けます。そしてその中身を口に含み、彼の唇に私の唇を押し当てます。

 

「んく……ちゅぷ」

「ん……」

 

 密着させた口から、ゆっくりと、少しずつ、痛み止めの薬を流し込んでいきます。

 ビンから直接流し込んでも、この状態では飲み込むことができません。ですので、こうして口移しで飲ませてあげる必要があるのです。

 

「ぷは……よしよし、いい子ですね」

「ぁ……」

 

 痛み止めも全て飲み込み、ようやく少年は穏やかな顔で眠りにつきました。どうやら色々限界だったみたいですね。

 目を閉じて寝息を立て始めた少年の頭を撫でながら、これからの予定を組み立てていきます。

 

「痛み止めを買い足してこなければいけませんね」

 

 この嵐が止んだら、すぐに街へ買いに行きましょう。全力で走れば半日で戻ってこれるはずです。

 しかし珍しいこともあるものですね。この地域は気候が穏やかで、嵐なんて滅多に起きないというのに。

 

「……少し、嫌な予感がしますね」

 

 こういう時の私のカンはよく当たる。当たってしまう。

 だから、心の準備だけはしておこう。このボロボロの少年を護れるよう、覚悟だけはしておこう。

 

「ごめんください」

 

 そう思っていた矢先でした。

 

「こちらに」

 

 私の背後から、声がしました。

 

「傷だらけの勇者さまが一人──いらっしゃいませんか?」

 

 人の声。幼い、幼い、少女の声が。

 

 

◇◆

 

 

「で、私を頼って会いに来たと?」

「はい。その通りです」

 

 ステラシルド王宮、その書物庫にて。

 この場所をナワバリにしている、銀色の髪を厚手のフードで隠した、性格の悪そうな少女の一人に事情を説明しました。かくかくしかじか。

 

「……まぁ確かに、一人だけ意識の共有ができない私がいるな、とは思っていたのですが」

「どのへんで共有が途切れたか、とかは分かります?」

「いえ、そこまでは。クレイルさんの魔法ほど、便利なものではありませんので」

 

 私からすれば、シャナちゃんの魔法もかなり便利だと思うのですけど。隣の芝生は青く見える、というやつなのでしょうか。

 

「ところで、どうやってここまで来たんですか? 話を聞く限り、走ってきたようにしか思えないのですが」

「はい、走ってきましたよ?」

「走゛ら゛さ゛れ゛ま゛し゛た゛よ゛……」

「あっ……クレイルさん、気がつかなくてすみません。今飲み物持ってきますね」

「あ゛り゛が゛と゛う゛ご゛さ゛い゛ま゛す゛……」

 

 おや珍しい。あのシャナちゃんが飲み物を出してくれるとか、明日はメテオでも降ってきますかね。

 と、そんな失礼なことを考えていたら、冷たい麦茶が一つ、ボトルごとクレイルさんの前に置かれました。

 

「んぐっ、ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク──」

 

 めっちゃ飲むじゃないですかクレイルさん。そんなに喉乾いてたんですか。

 

「あれ、私の分は無いんですか?」

「ありませんよ、この体力バカ聖女さま」

「えー」

 

 私も結構喉乾いてたんですけどねぇ。まぁ、このあと城下町の露天で買うので、別に構いませんが。

 最悪、私の攻撃用魔術で水は出せますからね。飲み水には適してませんが、飲んでも死ぬことは無いはずです。たぶん。

 

「ぷっはー! 生き返りました!」

「おや、では浄化して差し上げませんと。聖女として、世界の理に反した生命(ゾンビ)は生かしておけませんので」

「や、やだなぁ。言葉の綾ですよ、脳筋聖女さん」

 

 さぁ、私の治癒魔術で神の身元に帰りなさい。それとも魔法で一気に浄化したほうがいいですかね?

 たしか、魔術より魔法のほうが強力なんですよね、概念的に。

 

「そういえば、勇者さんの呪いはまだ解けないのですか?」

「……ええ、まぁ」

 

 クレイルさんの質問に、シャナちゃんは目を伏せてフードを深く被り直します。

 歯切れの悪い返事ですね。やはり世界最高と謳われる賢者さんの頭脳をもってしても、魔王の呪いは簡単には解けないということでしょうか。

 私の魔法も効果ありませんでしたし。むしろ、逆にどうやったら解けるのか、教えてほしいくらいですよ。

 

「あの頃の勇者さん、強かったですからねー」

「ええ。まさしくあの時の勇者さまは、最強と呼ぶに相応しい強さでした」

 

 最終決戦直前の勇者さまは、この大陸、この世界全てにおいて、最強と言えたでしょう。

 その身に宿した幾重もの魔法と、それらを組み合わせた無数の戦術。あの埒外な強さは、それはもう身震いすら感じるほどでした。

 

「改めて考えても、魔法を複数持てるっていうのはインチキですよねー」

「魔法は世界を書き換える埒外の力ですからね。魔術と違って、派手さも十分です」

「むっ」

 

 私の言葉に、シャナちゃんはわかりやすく頬を膨らませました。

 あれから一年経ちますが、こういう子供っぽいところは変わってないようですね。

 

「地味で悪かったですね。ですが魔術は魔法には無い、万人が使えるという特性があるのですよ。ですので、決して魔術が魔法に劣っているというわけではありません」

「あ、はい」

 

 なんかスイッチが入ってしまったようです。こうなると長いんですよねぇ、昔から。

 

「クレイルさん、これ何時間続くと思います?」

「さぁ……」

 

 少なくとも二時間はカタいな。って顔に書いてありますが。なら私は四時間にBETしておきましょう。賭け金は私が作った特製の治療薬で。

 

「そもそも魔法とは、個人に宿った世界を書き換える力であり、魔術とは似て非なるものです。魔法はプロセスなんて関係なく条件を満たせば容易く世界を変化させてしまうとてつもない力です。ですが、それを踏まえてもやはり魔法は個人の力なのです。その点魔術は誰でも扱うことができ、ある程度の才能があればどんどん上達することができます。数は力です。数は力なんですよ、ええ。たとえば私が百人居たとしても、私と同等の魔術師が一億人居たらそれは数の多いほうが勝ちますよね? そういうことです。その点において魔術を収めているかいないかというのは実に重要な分岐点になりうるものでして、一概に魔術が魔法に劣っていると軽々しく口にしないよう──」

「…………」

「…………」

 

 眉をハの字にして、薄い胸を張りながら、魔術について都合六時間ほど、ずっと熱く語り続ける賢者さんなのでした──いや長すぎでしょ。

 

 

◇◆◇

 

 

「こくこく……はふぅ。ありがとうございます、生き返りました」

「いえいえ」

 

 いつの間にか部屋に侵入していた、銀髪のハーフエルフちゃん──シャナちゃんと言うらしい──に温かいホットミルクをお出しして、一息ついている最中です。

 

「話を纏めると、この傷だらけの少年は勇者さまで、魔王を倒すために旅をしている最中だと」

「はい」

「それであなたはパーティーメンバーの一人で、他の人は全員敵に洗脳されてしまったと」

「……はい」

 

 うーん、聞けば聞くほど絶望的な状況ですね。

 肝心の勇者さまはこの重体ですし、逃げることも難しいでしょう。かといって、私一人で勇者さんが集めたパーティーメンバーを倒すとか無理無理の無理です。

 

「誰にやられたんですか? やっぱり敵対してる魔王軍の人に、でしょうか」

「はい……アイツは番外の悪魔──十三の蛇使い・アスクレピオスと名乗っていました」

「アスクレピオス」

 

 うーん、どこかで聴いたことがあるような名前ですね。どこだったかな……まぁいいや。

 

「とはいえ、洗脳ですか。それはまた()()()()()ですね」

「え?」

「心配しないでください。あなたのお仲間は、絶対に私が──」

 

 取り返す、と口にしようとした所で。

 

 コンコン、と。

 

 教会の扉がノックされました。

 

「……シャナちゃん、勇者さまを連れて地下室へ。私がいいと言うまで出てきてはいけませんよ」

「わ、わたしも戦いま……っぐ」

「無理しないでください。勇者さま程じゃないにせよ、あなたも怪我をしているのですから」

 

 勇者さまの傷の具合を考えると、本当は絶対安静なのですが、そうも言っていられない状況になってきました。

 机の上に置いておいたロザリオを手に取り、そのまま部屋を飛び出し、礼拝堂に進みます。

 またもコンコン、と扉がノックされました。

 

「ふぅ」

 

 平常心、平常心ですよソフィア。

 私はただの辺境暮らしの年若い美人シスターです。ここには、私一人しか住んで居ないのです。

 

「はい、今開けますね」

 

 自分に言い聞かせながら、両開きの扉をゆっくりと開きます。

 すると、目の前に飛び出してきたのは。

 

「こんばんわ」

 

 漆黒よりも黒い髪と眼をした──今まで出会ったどんな人間よりも──見目麗しい、黒の少女でした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「それで、親友の手がかりを求めてここまで来たと」

「はい」

 

 シャナちゃんのありがたい魔術授業を早退し、逃げるように王宮を後にした私たち。その後、心当たりがありそうな人物を頼って、王国騎士団の駐屯地にやって来ました。

 事務室にお邪魔したら、金髪碧眼のイケメン騎士団長が座りながら雑務をしている最中でした。話しながら書類作製とか、器用なことしてますね。

 

「何か知りませんか、レオさん」

「そう言われてもね……親友がどこに行ったのかなんて、ボクたちのほうが知りたいくらいさ。ねぇクレイル?」

「そうですよね、()()()

 

 スルッと自然な動作でレオさんの横に移動しないでください、この色ボケ大商人が。

 あっ、なに腕組んで密着してるんですか。仕事中でしょう、やめなさいハレンチな。

 

「こらこら、仕事中だよ。そういうことは家に帰ってから……ね?」

「はぁい」

「チッ」

 

 おっと、いけません。つい舌打ちが出てしまいました。

 聖女としてあるまじき言動でしたね。反省しなくては。

 

「というわけで、せっかく来てもらってなんだが渡せそうな情報は何も無いんだ。すまないね」

「いえ、レオさんやグレアムさんの元気な姿を見られただけで、来た甲斐はありましたよ」

 

 ほんと、元気そうで何よりです。

 一緒に行動していた時間こそ短かったですが、やはり騎士団のみなさんも、私にとっては大切な仲間ですので。

 

「そういえば、イトさんの姿が見えませんでしたが……どちらに?」

「ああ、なんでも北の辺境に新しくダンジョンが発見されたそうで、その調査にね。三日もすれば帰ってくると思うよ」

「そうですか……」

 

 ダンジョン、ですか。私は潜ったことがないので分かりませんが、冒険と財宝が眠る魅力的な場所なのだと聞き及んでおります。

 イトさんが帰ってきたら、ぜひお話を聞かせてほしいですね。

 

「よし、と……失礼、人事部に書類を持っていかなくてはならなくてね。退室してもよろしいかい?」

「どうぞどうぞ。無理を言って会わせてもらっているのはこちらですので」

 

 騎士団長さんも大変ですね。まぁ、辺境でのんびり隠居生活している私には、あまり関係のないことですが。

 

「あたしも行きま〜す」

「おいコラ」

「ははは、クレイルは甘えん坊だなぁ」

 

 なんであなたまでついて行くんですか。行く必要ないでしょうが。

 

「まったく」

 

 私の静止も虚しく、バカップルは二人揃って部屋を出ていってしまいました。

 いやしかし、ああも露骨にイチャイチャ見せつけられるの、イラッときますね。

 まぁ私は聖女なので、そんな感情はすぐさま水に流してあげますが。羨ましくなんか無いですよ。ホントですよ、ええ。

 

「ん……?」

 

 そんなことを思っていたら、何やら部屋の外に気配を感じました。

 子供が一人と大人が一人。ドタドタと忙しなく走ってこちらに向かってきています。

 

「きゃっほー!!」

「お、お待ちくださいお嬢さまー!!!」

 

 バーン、と執務室の扉を開け放ち、一直線にこちらへ突っ込んでくる影が一つ。

 

「ぐえっ」

 

 鮮やかな濃い金色の髪を揺らしながら、その人影はソファに座っている私の鳩尾にヘッドバッドをかましてきました。普通に痛いんですけど。

 

「ひさしぶりー! そふぃあー!」

「……お、お久しぶりですね……アルルちゃん」

 

 年の頃は四、五歳くらい。ちっちゃな体に有り余るパワーを漲らせて、アルル・リーオナインちゃんはニパっと花が咲くように笑いました。

 

「げんきだったー?」

「た、たったいま重傷を負いました……」

「えー! それはたいへん!」

「私は死んでしまうかもしれません……ぐふっ」

「わわー! い、いたいのいたいのとんでけー!!」

 

 アルルちゃんが私の体に手を当てて()()()()()を唱えると、痛みは一瞬で引いて体力はあっという間に全快しました。

 ちなみに、アルルちゃんが今使ったのは『癒清回帰(オルトフィリア)』という、触れたもののダメージを完璧に治してしまうチート魔法です。聖女の私より聖女っぽい魔法持ってるんですよね、この子。

 

「お?」

「やっと捕まえましたよ、お嬢様!」

 

 かと思えば、次の瞬間にはアルルちゃんは一緒に入ってきた黒髪のメイドさんに抱っこされて、拉致られていました。

 ご苦労さまです。この元気百倍ガールの相手をするのは疲れるでしょう。

 

「さぁ、今日はもうお屋敷に帰りますよ! 子供はそろそろ寝る時間です!」

「えー! やーだー!」

 

 メイドさんの腕の中でジタバタと暴れるアルルちゃん。まるで小さな怪獣みたいな力強さを感じます。

 いや、ホントまじお疲れさまです。子育てって大変なんですね……いやホント。

 

「もっとそふぃあといっしょにいるー!!」

「わがままを言ってはいけません!」

「まぁまぁ、私は構いませんよ。どのみち今日は王都で一泊するつもりでしたし」

 

 もう外もだいぶ暗くなってきましたからね。シャナちゃんの特別講習が効いたようです。

 

「ですから、アルルちゃんをこちらに渡してください──()()()()()()()

「────」

 

 メイドさんが息を呑む音がしました。

 まったく、どう楽観的なものの見方をしたら、私の前に姿を晒すなんて愚行を犯せるのやら。

 この程度の変装も見抜けないマヌケだとでも思われてたんですかね。それはそれで屈辱ですが。

 

「…………な、何のことやら〜」

「とぼけても無駄ですよ?」

 

 ガシッ、と勢いよくメイドさんの右肩を掴みます。コイツ相手なら、触れた時点で私の勝ちです。

 

「久し振りに会ったんです──思い出話でもしていきましょうよ、ねぇ?」

「ぁ……ぜ、ぜひ……ひぎぃ!?」

 

 バキリ、と肩の骨が折れた音がしました。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 嵐で体がずぶ濡れになっているにも関わらず──それを特に気にした様子もなく──その少女は、ただ笑顔でそこに立っていた。

 ゴシックな衣装に身を包んだ、黒の少女。人ならざる雰囲気を纏った彼女は、ゆっくりと口を開く。

 

「こんな夜更けにすみません。道に迷ってしまって……一晩、この教会に泊めていただくことはできないでしょうか?」

 

 ごく普通の会話。ごく普通の要求。しかしそれでも、ソフィアはその発言の端々に含まれた違和感に、軽く背筋を震わせていた。

 まず第一に、この場所は見通しのいい平原。迷うことなどあり得ない。

 第二に、少女の目はこちらを見ていない。教会の奥を、ただジッと見つめながら話している。

 

「ええ、もちろんです。こんな酷い嵐の中、大変だったでしょう──どうぞ中へ」

 

 しかし、そんな違和感を感じ取っていても、ソフィアの対応に迷いは無かった。

 迷いや動揺を見せたら、即座に気取られる。眼の前の少女を見てそう理解していたからこそ、ソフィアはごく普通のシスターとして彼女を教会へと招き入れた。

 

「ありがとうございます──あ、そうでした。わたし一人ではなく、旅の仲間も一緒なのですが……よろしいでしょうか?」

「構いませんよ。お部屋は沢山ありますので」

 

 ゆっくりと、黒の少女が教会に足を踏み入れる。

 木の床が、ギシ、と少しだけ軋みを上げた。

 

聖印束縛(ホーリーチェーン)

「え?」

 

 その瞬間、黒の少女は白く輝く鎖によって、全身を雁字搦めにされていた。

 床だけでなく、礼拝堂の至る所から伸びる聖なる鎖。それは完全に、少女の動きを封じ込めることに成功していた。

 

「迂闊でしたね、悪しきものよ。教会に足を踏み入れた悪魔がどうなるか、ご存知でしょう?」

「へぇ……」

 

 感心した、という風に黒の少女は笑う。

 

「気づいてたんだ。どっからどう見ても、か弱い少女にしか見えない筈なんだけど」

「冗談は寝て言ってください。おぞましい気配がダダ漏れでしたよ」

「ありゃ、そうだった?」

 

 てへ、という風に黒の少女は笑う。

 

「で、教会に入った悪魔はどうなっちゃうのかなー? わたし馬鹿だからわかんなーい」

「知れたこと! こうなるに決まっているでしょう!」

 

 光輝の聖女が腕に力を込める。すると、黒の少女に巻き付いていた鎖が、ギチリと音を立てて締まっていく。

 

「ぐ……くるし……かはっ……!?」

「このまま意識を落とさせてもらいます。安心してください、命までは取りませ──」

「なんちゃって♪」

 

 しかし、そんな状況の中でも黒の少女は笑顔を浮かべる。瞬間、聖なる鎖は粉々になって周囲に飛び散った。

 

「────は?」

 

 思わず、声が漏れる。

 それはそうだろう。この聖なる鎖は、ソフィアが独自に編み出した対悪魔の最終兵器。

 悪魔という概念を捕らえ、完全に無力化する概念魔術。故に、その鎖を悪魔が断つことは決してない。

 

(何故っ……!)

 

 だというのに、何故。

 あの悪魔は事も無げにあの拘束から逃れられたのか。

 

「いやー、やっぱり持つべきものは仲間だねー」

「…………」

 

 気づけば、地面に降り立った黒の少女の隣には、一つの人影があった。

 全身を覆う銀の鎧を着込み、両手に身の丈ほどもある紅と蒼の大剣を携えた人物。

 

「っ、なるほど……()()ならば問題なく鎖を断ち切ることは可能ですね……」

「…………」

 

 鎧に身を包んだ人物は、何か言葉を発するでもなく少女の隣に控えている。まるで、お伽噺に出てくる近衛騎士のように。

 

「紹介するね。私の仲間第一号の騎士ちゃんです」

「…………」

「は」

 

 思わず、乾いた笑いが出る。シスターらしからぬ声を発して、ソフィアは目の前の少女を睨んだ。

 

「当人の意志を無視して無理やり従わせてる癖に、よくそんなことが言えますね」

「ん? おやおや? よく知ってるね、私がこの子を無理やり従わせてるって」

「職業柄、そういった気配には敏感なんですよ」

 

 油断なく、目の前の二人を見据える。

 どう動いてもいいように。どこから攻撃が来てもいいように。ノーモーションで発動する魔術だって、完璧に対処できる。その実力がソフィアにはあった。

 

「おー怖い怖い。そんな鋭い目で睨まないでよ──興奮しちゃうじゃん」

 

 一つ、パチンと指が鳴った。

 

「っが!?」

 

 その瞬間、ソフィアはまるで綿毛のように弾き飛ばされ、天井に背中を強打した。

 

「なんっ……!?」

 

 驚きと共に先ほどまで自分がいた場所を見てみれば、そこには空色の幼女が拳を天に突き上げて立っていた。

 殴られた。

 常識で考えればあり得ないことであったが、ソフィアの体は眼下の幼女に殴られたのだと如実に訴えかけていた。

 

「はっ」

 

 口角が吊り上がる。

 今まで出会ったこともないような手練れの気配に、自然とソフィアの中の闘争本能が燃え上がる。

 はっきりと言ってしまえば、このシスターはどうしようもないバトルジャンキーであった。

 

「おもしれぇですね」

 

 普段はお淑やかに、清楚に振る舞ってこそいるが、その本性はどうしようもない戦闘狂。強い者を見つけると戦わずにはいられないという、深い業を背負ったサガを内に秘めている。

 そしてそれが今、少しだけ表に顔を出した。他ならぬ、世界最高の武闘家との接敵で。

 

「はぁっ!」

 

 天井を足場に、一直線に跳ぶ。

 そのまま拳を握りしめ、思いっきり振り抜く。

 

「──は?」

 

 しかし、ソフィアの拳は幼女に当たる直前に停止した。

 比喩でも何でもない。全体重に跳躍力、果ては重力まで加えた渾身の一撃が、完全にその場で停止していたのだ。

 

(打撃を無効化された? いや違う、これは)

 

 刹那、思考を回す。

 しかし、この相手にそんな事をした瞬間に、それは致命的な隙となる。

 

「…………」

「っあ!?」

 

 腕を掴まれ、投げ飛ばされる。

 たったそれだけの動作で、ソフィアは礼拝堂のステンドグラスを突き破って外へと放り出された。

 

「がはっ!?」

 

 派手な音を立てて割れたステンドグラスの破片が、ソフィアの背中に突き刺さる。

 そのまま濡れた地面に全身を強かに打ち付け、ゴロゴロと転がってようやく停止した。

 

「わー、すごいすごい。流石は世界最高の武闘家さんだねー」

「っ……!」

 

 いつの間にか、目の前には黒の少女が立っていた。

 雨と泥で汚れたソフィアとは対象的に、その少女は汚れるどころか濡れてもいない。

 最初に出会った時、風雨に晒されていたのが、ただの演出でしかなかったのだと否応なく告げられる。

 

「で、どう? 勝てそう?」

「ぐ、もん……ですね」

 

 勝てるわけない。そんなの、相対した瞬間に理解できていた。戦闘狂だからこそ、自分と相手の差は即座に理解できていた。

 主を守る騎士にも、世界最高の武闘家にも、今の自分では遠く及ぶべくもない。

 

「そんなの」

 

 けれど。

 

「やってみなくちゃわからない、でしょう」

 

 その実力差が、勝利を諦める理由にはならない。

 

「……ふーん、そう」

 

 出会ってから始めて、黒の少女は笑顔を消した。

 最初から今まで、常に戯けていた少女。その顔から笑みが消えるということは、つまり。

 

「じゃあ完璧に絶望させてあげる」

 

 パチン、と再び少女が指を鳴らす。

 

「なっ──ぐっ!?」

 

 その瞬間、真横の死角から巨大な岩石が飛来した。

 咄嗟に腕を十字に組んでガードするも、それだけで威力を殺しきれるわけもなく。

 右腕がひしゃげる音を聞きながら、ソフィアは地面に倒れ伏した。

 

「さっすがー! 一撃ノック・アウト! やっぱり賢者の名前は伊達じゃないんだねー!」

「え……?」

 

 倒れた体をなんとか起こそうとするも、手に力が入らない。

 どうやら、ガードしきれなかったばかりか、頭にまでダメージを貰ってしまったらしい。右半分の視界が、徐々に赤く滲んでいく。

 だけど、そんなことはどうでもいい。

 

「しゃな……ちゃん……?」

 

 赤く滲む視界に映ったのは、先程まで一緒に居たハーフエルフの少女。その目は虚ろで、どこにも焦点が合っていないように見える。

 その光景を見た瞬間、ソフィアの頭には最悪の可能性がよぎる。

 

(ゆうしゃさま……?)

 

 ボロボロの体で、周囲を見渡す。しかし周囲にあの少年の姿はない。

 見えないだけか、本当に居ないのか。

 意識の朦朧としているソフィアには分からなかったが──少なくとも、今この瞬間に考えるべき事柄では無かった。

 

「っぁ……!?」

 

 地面が凍っていく。

 

「よそ見とかしてる余裕あるのかなー?」

「ぐっ、動け、ない……!」

 

 騎士が地面に突き刺した剣から、周囲に氷が広がっていく。それは一瞬でソフィアの元まで到達し、腕と脚を地面に貼り付けてしまった。

 不幸にも今日は嵐。ソフィアを出来の悪い氷像にする材料は、これからいくらでも降ってくる。

 

「まぁまぁ強かったと思うよ、お姉さん」

「ぁ……ぐ……!」

「でも、相手が悪かったね」

 

 一歩、また一歩と黒の少女が近づいてくる。

 その後ろには、主に使えるように銀の騎士、空色の武闘家、白の賢者が追従する。

 

「さて、じゃあ教えてもらおうかな──勇者はどこ?」

「…………!」

 

 少女の質問に、ソフィアは目を細める。

 

「やはり、目的は勇者さまでしたか」

「その口振り、やっぱり勇者を匿ってたのはお姉さんだったんだ」

 

 次いで、ソフィアはニヤリと笑う。

 

「ふふ。ではあなたの目的は、もう果たされることはありませんね」

「……どういうこと」

 

 対象的に、少女の顔からは笑顔が消える。

 

「つい先程、勇者さまはここを出立なされました。私という時間稼ぎに付き合ってくれてありがとうございます、お馬鹿な悪魔さん」

「…………」

 

 もちろん嘘だ。

 あの怪我では移動することすら困難で、シャナが付き添っていたとしても逃げるのは難しい。

 しかし、それでいい。勇者はここから去ったのだと、そう思わせれば、それでいい。

 

(私一人の犠牲で済むなら、安いものです)

 

 ああ、せめて──せめて、誰か一人くらいは開放してあげたかったけれど。

 自分の実力では、それすら叶わなかったらしい。

 

 井の中の蛙、大海を知らず。

 

 極東に伝わる古い諺。今の自分が正にそれだと、ソフィアは内心で苦笑する。

 子供時代、かつて色々な街でヤンチャの限りを尽くしてきたが、あんなものは子供のお遊びでしかなかったと思い知らされた。

 

(この身は神に捧げた身、死への恐怖などありません)

 

 死は恐れるものではなく、受け入れるもの。

 

 死は忌避するものではなく、身近にあるもの。 

 

 死は神の身許へと還る行為そのもの。

 

(後悔はない……といえば嘘になりますが、まぁそれなりに満足した人生でしたね)

 

 後悔のない人生なんて無い。過去を糧とし、未来に想いを馳せる。

 それこそが人。それこそが人間。なればこそ、人のまま死ねる幸福にこそ感謝すべきである──なんて、建前もいいところだが。

 結局はそうやって、神への信仰で無理やり後悔や不安を覆い隠しているだけなのだから。

 

「あっそう……なら、あなたを殺したあと、ゆっくりと勇者の後を追わせてもらおうかな」

 

 黒の少女が腕を掲げる。それに呼応するように、周囲に控える三人がソフィアを取り囲む。

 少女が腕を振り下ろせば、そこでソフィアの命運は尽きるだろう。

 

「あぁ、でも……」

 

 最後の瞬間。数多くあった後悔の中でも一際小さく、そして鋭く胸に残った後悔が、自然とソフィアの口を開かせていた。

 

「せめて、勇者さまのお名前くらいは……聞いておきたかったですね……」

 

 黒の少女が、腕を振り下ろす。

 

「なんだ、そんなのいくらでも教えるぜ」

 

 その瞬間、ソフィアの周りを黒い炎が覆った。

 

「──え?」

 

 かなりの高温を放つその炎は、周囲を取り囲んでいた三人と少女を、生物の本能に従って強制的に一歩下がらせる。

 

「おれの名前は────だ。ちゃんと覚えておいてくれよ、命の恩人さん」

 

 その空いた場所に、一人の少年が降り立った。

 まるで宙に浮かぶように、ふわりと。

 

「ぁ……そんな……どうして、ここに……」

「どうして? どうしてってそりゃあ」

 

 黒い炎の光に照らされ、少年は笑う。

 逆境を吹き飛ばすように、不安を拭い去るように。

 

「おれが、勇者だからだよ」

 

 太陽のように、勇者は笑った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「で、どうして悪魔であるあなたが、レオさんのお屋敷でメイドなんてしているのでしょうか」

「…………」

 

 沈黙ですか、まぁ良いでしょう。

 

「アルルミサイル、ゴー」

「ちょっ!? 待って待って!?」

 

 柱に縛り付けたアスクレピオスに向けて、最強の兵器を放ちます。

 溢れんばかりのパワーを迸らせるその兵器は、アスクレピオスのみぞおち目がけて、ものすごい速さで突っ込んでいきました。

 

「ずっどーん!」

「ごっふぅ!?」

 

 はい、見事命中です。

 

「さぁどうですか、アスクレピオス。早く答えたほうが身のためですよ?」

「おふぅ……あんた、人の心とか無いわけ……?」

「悪魔が人の心を語るんですか?」

 

 こちらに戻ってきたアルルミサイルの頭を撫でながら、目の前のアホに尋問を続けます。

 まったく、勇者さまにボコボコのケチョンケチョンにやられたくせに、まだ懲りてないんですかね。

 

「い、いまのわたしは魔法も失って、悪魔としての力も失くした、ただの平凡な少女なのよ!? そんな少女を拷問するとか、良心が傷まないのかー!」

 

 いや、いくらすべてを失ったからといって、これまでやってきた悪事が無くなるわけではありませんし。

 それに、これは拷問というよりむしろ。

 

「大丈夫ですよ。傍目から見たら遊んでいるようにしか見えないので」

「こんな物騒な遊びがあるかー!!」

 

 えー、でもアルルちゃんはノリノリですし。

 この年頃の子供って、ヤンチャ盛りなんですよねぇ。このパワフルさには誰も敵わないことでしょう。

 

「別に、言っても誰も咎めないでしょう。あなたの主人である魔王は死に、拠り所である魔王軍も無くなりました。これ以上、誰に義理立てする必要があると言うんですか?」

「…………」

 

 はぁ、これだけ言ってもだんまりですか。

 

「アルルちゃん、今度は魔力を込めて突っ込んでいいですよ」

「いいの!?」

「おいおい待て待て」

「ええ。あのお姉さん頑丈ですから、一回くらいなら大丈夫です」

「待てって言ってるだろうが!」

 

 えー、何も聞こえないなー。耳が遠くなったかなー。

 というわけで。

 

「強化型アルルミサイル──ゴー!」

「う、うわあぁぁぁぁ!?」

 

 あの時の仕返しです。たっぷりと味わいなさい。

 

「どっこーん!!」

「ごっほあぁぁぁ!?」

 

 あースッキリした。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「勇者……まさかそっちから来てくれるなんてね。手間が省けたよ」

 

 黒の少女は笑う。

 しかし、その笑顔は今までの戯けたものとは違い、獰猛な狩人の笑みだった。

 

「昨日はよくもやってくれたな。お陰で全身ボロボロだわ、くそが」

「あっそ、じゃあもっとボロボロにしてあげる!」

 

 少女がパチンと指を鳴らす。

 それを合図に、騎士と武闘家が黒の炎を越えて飛び掛かった。常人では反応できないような、正しく神速と評して差し支えないスピード。

 

 しかし。

 

「遅い」

「え?」

 

 気がつけば、勇者はすでに少女の背後に立っていた。その腕の中に、ボロボロのソフィアを抱えながら。

 

「なっ──!?」

「ふんっ!」

「がはっ!?」

 

 振り向いた瞬間、その腹部に重い蹴りが炸裂した。

 そのまま紙切れのように吹き飛んだ少女は、勇者が残していた黒の炎に生身のまま突っ込んでいった。

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!?!?!? 熱い熱い熱い熱い熱いぃぃぃぃぃっ!?!?!?」

「そりゃそうだろ」

 

 勇者が所有する数あるうちの魔法の一つ『獄極煉炎(ラウ・ディエス)』は、消えない炎を放つというシンプルなもの。

 しかし、シンプルだからこそ威力は絶大だ。何らかの方法で炎を除去しない限り、炎を放たれた対象は延々と燃え続けるという事なのだから。

 

「大丈夫か?」

「ん……えぇ、なんとか」

 

 ボロボロになりながらも、意識だけは保っていたソフィア。

 勇者の手から地面に降ろされ、おぼつかないながらも自分の足で立ち上がった。

 

「シャナから聞いた。あんたの魔法があれば、みんなを元に戻せるんだな?」

「ええ……ですが、それには私が対象に直接触れる必要があります」

「そっか、なら簡単だな」

「はい?」

 

 事も無げに、勇者は言った。

 あの最優の騎士と、最高の武闘家と、最秀の賢者を相手取って、それでもなお簡単だと。そう宣った。

 

「熱い熱い熱いぃぃぃっ!!! があぁぁぁ殺せっ!! その死に損ないの勇者を今すぐ、殺せぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 黒の炎の中でのたうち回りながら、黒の少女が命令を下す。

 その瞬間、再び騎士と武闘家が勇者へと飛び掛かった。左右から挟み込むような挟撃。手負いのソフィアを連れていては、到底避けられないであろう攻撃。

 濃密な死の気配を感じ取り、ソフィアは思わず勇者に抱き着いた。

 

「だから遅いって」

 

 しかし、そんな攻撃を勇者はいとも容易く躱してみせた。その身に宿した魔法『雲烟万理(プレオヌーベ)』で、ソフィアごと宙に浮き上がる、という簡単な方法によって。

 

「操られてるせいで、これ見よがしに動きが鈍ってるな。普段の三割も出てない」

「さん、わり……?」

 

 勇者の言葉に、ソフィアは戦慄する。あの動きで三割ならば、本来の力はどれほどなのだろうかと。

 

「まずはアリアからだ」

 

 浮いた状態のまま、こちらを見上げる騎士に狙いを定める。

 そしてそのまま、物理法則を無視したかのような複雑な軌道を描いて、騎士の元へと飛んでいく。

 自ら思考しない木偶人形には、到底反応できない動きだ。

 

「返してもらうぞ、おれの仲間を」

 

 その言葉と同時に、ソフィアの手が騎士の兜に──触れた。

 

「やりました!」

「えらい!」

 

 滑るように地面に着地し、騎士の様子を窺う。未だにこちらへと向かってくる武闘家と違い、襲ってくる様子は無い。

 成功だ。ソフィアの魔法が、アスクレピオスの呪縛を打ち払った。

 

「な──何ヲしタ、お前らアアアァァァ!!!」

「化けの皮が剥がれてきてるぞ!」

 

 簡単なことだ。勇者の魔法『燕雁大飛(イロフリーゲン)』は、視界の先に定めた目標へ高速で飛んでいく魔法である。

 それを応用し、そこらへんの木や石に連続で飛んでいく目標を変えただけのこと。なにも難しいことはしていない。

 

「次は増えたシャナだ!」

「はい!──え、増えたってどういうことですか!?」

 

 またも『雲烟万理(プレオヌーベ)』と『燕雁大飛(イロフリーゲン)』の合わせ技で宙を飛ぶ。そうして空中から賢者が居る方へと目を向ければ、そこには巨大な魔導陣を展開してこちらを狙う、五十人の賢者が居た。

 

「な、なんかシャナちゃんが増えてませんか!? 目の錯覚でしょうか!?」

「いいや現実だ! それより、喋ったら舌噛むぞ!!」

 

 空中に浮かんだ魔導陣から、巨大な岩石が飛来する。しかしやはりというべきか、普段と比べて狙いの付け方が甘い。弾幕ゲームならイージーもいいところだろう。

 そんな岩の間を縫って、二人は一直線に賢者の群れへと向かう。

 

「すみませんシャナちゃん!」

 

 パチパチパチン!と軽い音をさせながら、数を増やした賢者は次々とその場に倒れていく。

 おでこが赤く腫れているのを見るに、結構痛そうな一撃である。まぁ高速でビンタしているようなもんなので、当然といえば当然であった。

 

「これで──」

「最後です!」

 

 パシーン、と一際イイ音を響かせ、最後の賢者が地面に倒れ伏した。

 これで残るは、黒の少女と武闘家だけである。

 

「ヨ、よクもヨくもヨクもぉおオおオオぉぉぉぉっっっ!!!」

「それはこっちのセリフだわ!」

 

 激昂する少女に呼応するように、武闘家が突撃してくる。

 その速度は先程よりも速い。おそらく、操る対象が減ったことによるものだろう。

 複数の対象を操らなくて良くなった分、操作精度が向上しているのだ。

 

「最後は師匠だ! だけど、あの人の魔法は面倒だからな! 力づくでいく!」

「はい!」

 

 普通に触ろうとしても、全てを停止させる魔法の力で止められてしまう。だから、勇者は少しだけ乱暴な手段を取ることにした。

 

「コール」

 

 その名を呼ぶ。

 

「──ミュルジス・ナイトハルト」

 

 体の奥から湧き上がる、冷たい感触。

 その絶対零度の瞳を以て、勇者は目の前の光景を()()

 

「『零幻心貴(オルゴリュケイオン)』」

 

 何も、変わらない。

 

 しかし、その行為の意味を一人理解していたソフィアは、ボロボロの身体に鞭を打ち、武闘家に向けて走り出していた。

 

「さっきは届かなかったけど!」

 

 拳を握る、振りかぶる。そんな原初の行動に、胸の内が熱く震えるのを感じた。

 

「今度は──」

 

 こちらへと伸びてくる拳に、自らの拳を合わせる。寸分の狂いもなく、確実に。

 

「届きましたよ」

 

 ソフィアの拳は、確実に武闘家の拳に()()()()()

 

「くっ……ふふ」

 

 拳の先からジンジン伝わる、世界最高の一撃。操られていたとはいえ、その威力は十分。

 そんな一撃を相殺できた事実に、ソフィアは少しだけ笑みを浮かべた。

 

「惚れちゃいました……ははっ」

「おっと」

 

 そのまま地面に倒れ込みそうになったソフィアを、勇者が支える。

 いつの間にか嵐は止み、果ての空が薄っすらと明るみを帯びてきていた。

 

「やったな」

「はい」

 

 無事だった左手で、コツンと拳を合わせる。

 これで、勇者の仲間はすべて助け出した。安堵が胸の内を包む。

 

「ナに終わっタ気になってンだ」

 

 しかし、そんな空気に水を刺すように黒の少女──アスクレピオスが、二人の前に立ちはだかった。

 全身に黒い炎が広がり、それは未だ消えることなく延焼を続けている。可憐だった少女の面影は既に無く、もはや全身まっ黒焦げのミイラといった風体。

 それでもまだ息があるのは、流石は最上級悪魔と言ったところか。

 

「まだやる気か? こっちとしては仲間全員返してもらったし、もう戦う意味とか無いんだけど」

「ほザけぇ! ワタシ一人だけデも、お前ラを殺すノなんてワケ無いンだよぉぉぉ!!!」

 

 もはや発狂というべき剣幕で、アスクレピオスは二人に襲いかかる。

 しかし。

 

「────ア?」

「神の身元に還りなさい」

 

 ソフィアの左手が、いつの間にかアスクレピオスの額に触れていた。

 

「私の魔法は()()()()()()()()()()()

 

 まずい。これはマズい。

 

「私の魔法は()()()()()()()()()()()

 

 本能で悟った。これは、悪魔が触れてはいけないものだ。

 

「『光世浄化(テラ・カタルシス)』」

 

 消える、消える、消える。

 存在が、力が、魔法が、何もかもが。

 

「それが、私の魔法の名です」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「というわけで、最上級悪魔を捕まえました」

「うん、どういうことかな?」

 

 執務室に戻ってきたレオさんとクレイルさんに、二人が不在の間にあった出来事を話しました。かくかくしかじか。

 

「えーっとつまり、君は王都に潜り込んでいた最上級悪魔・アスクレピオスの存在を看破し、こうして捕らえたと?」

「はい。まぁ最上級悪魔とは名ばかりで、今の彼女は全ての力を失った一般人でしかないのですが」

 

 あの時、私の魔法で、悪魔の力と他人を洗脳する魔法は浄化させてもらいましたので。

 

「アリエスに続いて、また悪魔の侵入を許すなんて。不甲斐ないですよ、あなた」

「弁解のしようもないね」

 

 ソファに座って、眠ってしまったアルルちゃんの頭を撫でながら、クレイルさんが苦言を呈しています。

 いやいや、今回のコレは私が悪魔の力を浄化してしまったことが原因なので、騎士団の皆さんは悪くないですよ。むしろ悪いのは、あの時このアホに釘を刺しておかなかった私の方です。

 

「くっ、殺せ……」

「女騎士みたいなこと言うね、君」

悪魔(対極の存在)なんですけどね」

 

 というか、何メモしてるんですかレオさん。今のやり取りのどこにメモする事象があったんですか。

 

「先程から優しく質問しているのですが、全く口を開かず困っていたのです」

「ふむ。なるほどなるほど」

「…………」

 

 我慢強いというか、強情というか、なんというか。

 悪魔って結構一途なんですよねぇ。契約に対しては、ですが。

 そういう意味では、そこらのすぐ裏切る人間よりは信頼に値する存在かもしれませんね。

 

「では、ここはボクに任せてくれないかい?」

「おや、何か秘策でもお有りで?」

 

 濃い金色の髪をかき上げながら、レオさんは自信満々に笑いました。見事なドヤ顔です。

 

「もちろんさ。というわけで、これを読んでくれるかな可憐な悪魔さん」

「何よこれ……本?」

 

 懐から取り出した本を開いて、自信満々に見せびらかしています。いや、あの本のタイトル見覚えが……って、まさか。

 

「レオさん、あなた……悪魔とはいえ女の子に何見せてるんです?」

「ははは」

「オイこっち向け。向きなさい、このムッツリ騎士団長」

 

 悪魔になんてもん見せてんですか。この人のほうがよっぽど悪魔じゃないですか。

 しかも八巻って、まだ市場に出てない最新刊じゃないですか。後で見本くださいね。

 

「は、はわ、はわわわわ……!?」

「ほらー、顔真っ赤にしちゃってるじゃないですかー」

「おやおや。意外とウブなんだね、悪魔って」

 

 あんたが場馴れしすぎてるだけでしてよ。

 

「というかその反応、聖女様もこういう本を読んだりするんだね」

「当たり前です。なんたって私、不良シスターですから」

 

 勇者さまと出会ってから、私は不良に逆戻りしてしまいました。流石に酒と煙草からは距離を置いていますが。

 

「さぁ可憐な悪魔さん。この本の続きが読みたければ、知ってることを全部話すんだ」

「もしかして、秘策ってそれなんですか?」

 

 私がいくら拷問(アルルミサイル発射)をしても口を割らなかったコイツが、そんなことで口を割るはず──

 

「はぁ、はぁ……い、言えば続きが読めるの?」

「もちろんだとも」

 

 ──あったわ。

 

「はぁー……もうバカばっか」

 

 頭を押さえてため息をつく私に、クレイルさんがいい笑顔でサムズアップをしてきました。どういう意味を含んでるのでしょうか、それは。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 戦いは終わった。

 朝日が登り、陽光が二人を包み込む。

 

「なぜだ……」

「なぜ、とは」

 

 仲間の元へと駆けつけに行った勇者を見送り、ソフィアは地面に倒れ込んだアスクレピオスの隣に座り込んでいる。

 相変わらず地面はぬかるんでいるが、今の二人には微塵も気にならない。

 

「なぜ……わたしを、殺さない……」

「もう勝負はつきましたから」

 

 全身に大火傷を負ったアスクレピオスが、辛うじて言葉を絞り出す。

 その問いに、ソフィアはあっけらかんと答えてみせた。

 

「私、仮にもシスターなので。食べる目的以外で生き物を殺すのは御法度なんですよ」

「……ウソを……つけ」

「あ、やっぱバレますか? ですよねー、嘘とかつくの下手なもんで」

 

 にっこりと、朝日のようにソフィアは笑う。

 

「じゃあ……なんで、だ……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ハッキリと、キッパリと、ソフィアはアスクレピオスにそう告げた。

 

「命を殺すということは、その命が抱えていた想いを背負うということです」

「…………」

「私は、誰かの想いを背負えるほど強くない。だから、あなたを殺さない──いいえ。殺せない、んですね」

 

 遠くの朝日を見つめ、ソフィアは笑う。

 

「私、こう見えて、かなり怖がりなものでして」

「……は、ははっ……」

 

 釣られて、アスクレピオスも笑う。

 

「そっ、か……完敗、だね……」

「そういうことです。分かったら、さっさと無様に逃げ帰って生き恥を晒しちゃってください」

「おまえ……口、わるいな……」

 

 遠くの方で、勇者が仲間を教会に担ぎ入れているのが目に入る。その光景を見つめながら、ソフィアはゆっくりと立ち上がった。

 

「まぁ、すごいですわね。アスクレピオスをこんなあっさり倒してしまうだなんて」

「────」

 

 その瞬間、耳元で聞き慣れない声がした。

 

「シッ──!!」

「あら、あぶない」

 

 反射的に、背後に居る人物へと裏拳を放つ。

 しかしその一振りはひらりと躱され、距離を取られる。

 

「あなたは……誰ですか」

「おや、ご存知でありませんこと?」

「生憎と、俗世には疎いものでして」

「哀しいですわね。わたくしの顔が分からないだなんて」

 

 腰まで伸ばした、紫の髪。全身を包む、高貴な紫を基調とした衣装。

 自らのイメージカラーをこれでもかと身に着けた美女は、ソフィアを見つめると妖艶に笑った。

 

「リリア……ミラ……」

「なっ──リリアミラ……!?」

「迎えに来ましたわよ、アスクレピオス。魔王さま直々の命令ですので、断れなかったのです」

 

 黒コゲになったアスクレピオスを担ぎ上げ、魔王軍四天王第二位、リリアミラ・ギルデンスターンはソフィアに背を向ける。

 そんなリリアミラの様子を、ソフィアは信じられないものでも見たような表情で見つめていた。

 

「帰りますわよ。独断行動をした罰は、もう受けているようですし」

「…………」

 

 一歩、また一歩と遠くなっていく背中。そんな背中に、ソフィアは無意識に手を伸ばしていた。

 

「リリー……ちゃん? リリーちゃんだよね!?」

 

 そうして、昔の記憶が口をついて出てしまった。

 

「──あら。その愛称で呼ばれるのは、幼少期以来ですわね」

 

 半分だけ振り返り、顔をこちらに向けて、リリアミラはニコリと笑った。

 上品で可憐な、彼岸華の如き笑顔だった。

 

「お久し振りですわね、ソフィ」

「〜〜〜〜っ!!!」

 

 声にならない声が、ソフィアの喉を震わせる。

 

「なんっ、なんで……なんで魔王軍なんかに!?」

「そういう運命だった、ということでしょうね」

 

 リリアミラは再びソフィアに背を向け、歩みを再開する。もう、振り返る気配は無い。

 

「さようなら。わたくしの親友」

 

 その言葉だけを残して、リリアミラは朝日の中に消えていった。

 その光景を、ソフィアはただ呆然と見つめ続けることしかできないのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 次の日の朝。

 レオさんのお屋敷で宿泊させていただいた私は、朝一に馬車を借りて北の地へと出発しました。もちろんアスクレピオスも一緒です。

 

「はぁ……」

 

 そうして今は、馬車を駆って何もない荒野を駆け抜けている最中です。

 流石に場所が場所ですからね。走って向かうわけにもいかないのです。

 

「なるほど、あなた達の計画は理解しました。心を入れ替える魔法とリリ……アミラさんの魔法を組み合わせて、勇者さまの中から魔王の魂を呼び戻そうとしている、と」

「頭いいでしょ」

「別にあなたが考えたわけでは無いでしょうが」

 

 しかし、よりにもよって魔王の復活を目論んでいただなんて。

 これは一刻も早く勇者さまと合流しなくては。そして守ってあげなくては。

 

 四六時中、付きっきりで。

 

 食事中はもちろん、お風呂やトイレや寝る時でさえ、片時も離れず守護してあげなくては。

 そう。聖女である私にしか、勇者さまの安全は守れないのですから。

 

「ふ、ふふふふふ……!!」

「え、なに急に笑いだしてんの……こわ」

 

 うるさいですよ。簀巻きにされて運ばれてる分際で。

 

「っていうか、なんでわたしまで一緒に連れてこられてるワケ?」

「仕方無いでしょう。あのまま王都に置いておくわけにもいかないんですから」

 

 最上級悪魔が王都に居る、なんて事自体が大問題なのです。

 ですので、こうして身柄を引き取って道連れ……もとい旅のお供として連れてきたという訳ですね。

 

「ちょうど、殴っても壊れないサンドバッグが欲しかった所なんですよー」

「ヤメロ。マジでヤメロ」

 

 ふははは。あなたの生殺与奪の権は、依然として私が握っているということをお忘れなく。

 

「にしても、あなたの他にもまだ最上級悪魔が残っていたとは驚きです」

「別に驚くことじゃないでしょ」

 

 まぁ、それはそうですけどね。ぶっちゃけ何体居るのかとか、ぜんぜん把握してませんでしたし。

 

「ジェミニは強いよ。あの弱くなっちゃった勇者じゃ手も足も出ないくらい」

「そうですか」

 

 確かに強いのでしょうね。このアホもかなり強かったですし、そこは疑いようのない事実です。

 

「心配じゃないの?」

 

 それはもう、心配すぎて胸が張り裂けてしまいそうなほどです。

 ですが、それはそれとして。

 

「勇者さまは死にませんよ」

 

 私は心の底から信頼しているのです。

 

「だって、あの人たちが一緒なんですから」

 

 世界を救った、掛け替えのない──あの最強の仲間たちの事を。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ありがとうございます。買い出し、手伝ってもらってしまって」

「ん、べつにいい」

 

 アスクレピオスとの激闘から二日後。

 今は勇者さまのパーティーメンバーのうちの一人、武闘家さんことムム・ルセッタさんと共に買い出しを終えて、帰路についている最中です。

 いやぁ、見た目に反してすごい力持ちなんですよね。水が満タンに入った樽を軽々と抱えていますし。

 

「あなたは勇者の恩人。だったら、恩を返すのは師匠の努め」

「なんと……素晴らしい師弟愛ですね」

 

 更に精神性も最高峰ときている。あぁヤバい。もっと惚れちゃいそうです。

 

「弟子入りしてもよろしいでしょうか」

 

 とか思っていたら、いつの間にか口が動いていました。なんと不躾な口でしょうか。切り落とすぞ。

 

「ん、べつにかまわない」

「っしゃぁ!!!」

 

 思わずガッツポーズしてしまいました。

 そしてその瞬間、手に持っていた卵が潰れました。

 

「あっ……す、すみません、はしたないところをお見せして」

「そんなに嬉しいこと?」

「それはもう!」

 

 確信があった。最後に拳を打ち合わせた瞬間──いいや、殴られてふっ飛ばされたあの瞬間から、私の中には確固たる予感が生まれていた。

 この人に師事すればもっと強くなれる。そんな確信が、胸の内を埋め尽くしていた。

 

「わたしの修行は厳しい」

「望むところです!」

 

 どんな厳しい修行だって耐えて見せます。すべては、より高みへ至るため。そして、より強い相手にも勝てるようになるため。

 目下の目標は、あのアスクレピオスと同等レベルのヤツを、一人でぶっ倒せるようになるぐらいです。

 

「じゃあまず、朝昼晩の三食ご飯を作って」

「お任せください!」

 

 料理は得意な方です。というか、一人で暮らしているうちに、自然と得意になってしまった、と言った方がいいでしょうか。

 

「お風呂も沸かして、身体も洗って」

「了解です!」

 

 いや、よく考えればそれはむしろ、修行というよりご褒美では? 麗しのムムさんの身体を触れる、もとい洗えるとか、最高の栄誉では?

 ヤッベ、想像したら鼻血でてきたわ。

 

「ふむ。合格」

「やったー!」

 

 何に合格したのかは全くわからないけど、とにかく合格したらしいです。やりました。

 

「こーら。ムムさん、命の恩人をパシリに使わないの」

「パシリじゃない。弟子にしただけ」

 

 と、ムムさんと甘い蜜月を過ごしていたら、前方から声がかかりました。

 いつの間にか、教会の玄関前まで帰ってきていたようです。

 

「アリアさん。留守番ありがとうございます」

「どういたしまして。ついでに、割れてたステンドグラスも直しといたよ──シャナちゃんが」

「まあ。では後で、しっかりとお礼を言っておかなければなりませんね」

 

 お茶目な笑顔で、騎士さんことアリア・リナージュ・アライアスさんは笑いました。

 率直に言っておきましょう。めちゃくちゃ綺麗な方です。それはもう、女である私でも見惚れてしまいそうな顔をしています。

 それでいて天真爛漫な性格と、圧倒的な強さも兼ね備えているとか、天は彼女に何物も与えすぎではないでしょうか。羨ましい。

 

「今日は勇者さまの完治お祝いでお酒も買ってきたので、皆さんで飲んでくださいね」

「え、ホントに!? やたー!」

 

 本当は教会にお酒を持ち込むのは禁止事項なのですが、まぁ今回だけは例外です。

 それに、誰も咎める人などいませんし。今日は無礼講ですよ、無礼講。

 

「ジュースはありますか?」

「ええ、もちろんです」

 

 どこから現れたのか、私の背後からひょっこり顔を出すのは賢者ちゃんことシャナ・グランプレちゃんです。

 負っていた怪我もすっかり治って、シャナちゃんは勇者さまより一足先に復帰することができました。

 

「えぇと、あなたは……三号ちゃんですね?」

「ハズレです」

「ハズレです」

「おや、四号ちゃん」

 

 すると教会の奥の方から、もう一人のシャナちゃんが現れました。うーむ、いつ見てもそっくり同じ人物に見えますね。

 いや、魔法で増やしてるらしいから、どっちも本物なんでしょうけど。

 

「一宿一飯の恩、という言葉があります」

「ですので、その言葉に則り」

「教会の修繕をしておきました」

「おやおや、あなたは……二号ちゃんですね!」

「ハズレです」

「ハズレです」

「ハズレです」

 

 近くの森の中から出てきたシャナちゃんも合わせて、三人揃ってやれやれとため息をつきます。

 また外してしまいました。見分けるの難しいですね。

 

「まぁ仕方無いでしょう。出会ったばかりではこんなもんです」

 

 すると一瞬で目の前の三人は煙のように掻き消え、最後に庭の方から四人目のシャナちゃんが姿を現しました。

 

「あ、今度こそ当ててみせますよ! ズバリ、あなたは本物のシャナちゃんですね!」

「凄いですね、正解です」

「やりました!」

 

 正解したご褒美として、シャナちゃんから気の抜けた拍手をもらいました。嬉しいです。

 

「これ、地下室に入れとけばいいかなー?」

「あ、はーい! お願いしまーす!」

 

 いつの間にか、買ってきた荷物を手に、教会の中へと入っていくアリアさんとムムさんの姿がありました。流石は勇者さまのパーティー、仕事が早いです。

 

「勇者さまの具合はどうですか?」

「今朝起きたら、もうピンピンしてましたよ。あなたの治癒魔術が効いたようです」

「それは良かったですね」

 

 それでは、勇者さまの事は皆さんに任せて、私は料理でも作りましょうかね。

 今日は奮発して色々買ってきたので、結構豪勢な夕食が作れると思います。

 

「みなさん、なにかお料理のリクエストはありますか?」

「はいはーい! お酒に合うおつまみ!」

「肉」

「そうですね、新鮮なお魚なんかあると嬉しいです」

 

 よしきた。

 じゃあお姉さん張り切っちゃおっかなー。

 

「それでは──レッツクッキング!」

 

 エプロンの紐を締め、三角巾を巻き、私は平和な戦場であるキッチンに足を踏み入れるのでした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「おや、こんな場所に村なんてありましたっけ」

「いや知らんわ。人間の営みに興味無いし」

「やっぱり悪魔なんですねぇ」

 

 馬車を走らせ、荒野を進むこと数日。辺鄙な場所にある小さな村を見つけました。

 どうやらここは魔王軍が無くなったあと出来た開拓村のようですね。規模も人数も、まだまだ発展途上の村のようです。

 北の地も人間の手が入るようになったんですね。感慨深いです。

 

「へぇー結構賑やかな所ですねー。テンション上がるなぁー」

「おい、降ろせ。自分で歩ける」

「どっか行きそうなのでダメです」

 

 アスクレピオスはズタ袋に入れて、荷物袋の代わりに肩から下げています。

 頭だけ出してぶら下げられてる姿を見ると、なんかそういうマスコットみたいにも見えてきますね。

 美少女なので逆に似合ってるのが、なんともムカつきますが。

 

「……なんか避けられてません?」

 

 大通りを歩く私を、周囲の人は遠巻きに見つめてきます。何か悪いことしましたっけ、私。来たばっかりなんですけど。

 

「そりゃお前、こんな美少女をズタ袋に入れて持ち運ぶようなヤツが、マトモだと思われるはず無いじゃん」

「ふん」

「おぐぉっ」

 

 うるさいですね。悪魔に人権は適用されないんですよ。たとえすべての力を失っていても、ね。

 

「……そ、そんなことしたら、また周りから引かれるぞ、この暴力聖女」

「あははー、大丈夫ですよー。長居するつもりはありませんのでー」

「おぐふっ」

 

 ドスドス、とサンドバッグの脇腹を肘でドツキます。ホントに口が減りませんね、このアホは。

 

「まずはギルドですかねー。情報収集をするならあそこに限ります」

 

 懐かしいですね。旅をしていた頃は、皆さんと共に様々な依頼をこなしたものです。

 まぁ、その大半がトラブルだらけだった訳ですが。

 

「思い出しますね……とある理由で、とある街のギルドハウスが、木っ端微塵に吹き飛んだ日のことを……」

「いや、何してんだお前ら」

 

 アレはホントに、ピタゴラスイッチ的に不幸が連鎖していった結果なので、しょうがないです。

 むしろそれでギルド長の悪事の証拠が街中にバラ撒かれたので、結果オーライと言いますか。あ、ちゃんと修繕費は払いましたよ。もちろん。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 辺境のギルドハウスに、か弱い美人シスターが一人。何も起きないはずもなく。

 

「いや起きんわ。誰がこんな脳筋ゴリラ女を襲うか」

「ふふふ」

「おぐっほぉ!?」

 

 勝手に人の思考を読まないでくれますかねー?

 

「次しゃべったら口を縫い合わしますよ」

「……はい」

 

 とまぁ、口うるさいアホを黙らせて、意気揚々とギルドの玄関を叩く私なのでした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「それでは、お気をつけて」

「ああ、ありがとう。世話になったな」

 

 時間は過ぎ、旅立ちの日。

 朝日が照らす教会の玄関前で、私は勇者さま一行に、別れと旅立ちの挨拶を告げていました。

 

「アリアさん、これからもしっかり勇者さまを守ってあげてくださいね」

「言われるまでもないよ! 任せといて!」

 

 旅支度を整えた騎士が、朗らかに笑います。

 まるで向日葵のような眩しい笑顔を浮かべるその姿を見ていると、安心して勇者さまを任せられるというものです。

 

「シャナちゃんも、パーティーの先導役として皆さんを導いてあげてくださいね」

「もちろんです。というか、あなたは私のお母さんか何かなんですか?」

 

 旅支度を整えた賢者が、呆れたように笑います。

 まるで白百合のような可憐な笑顔を浮かべるその姿を見ていると、やはりこの子になら、安心して皆さんを任せられると思えるのです。

 

「師匠。この旅が終わったら、真っ先に弟子入りしにいきます。無事に帰ってきてくださいね」

「ん、わかった。ぜったい無事に帰ってくる」

 

 旅支度を整えた武闘家が、静かに微笑みます。

 まるで青い薔薇のような優しい笑顔を浮かべるその姿に、私は一撃でノックアウトされてしまうのでした。

 ヤッベ鼻血出てきた。バレないようにせんと。

 

「勇者さま──どうか、この先ご無事であられますよう。私もこの場所で、皆様の無事を祈らせていただきます」

「…………」

「それでは皆様、さような──ら?」

 

 旅支度を整えた勇者が、何やら決心した顔で私の手を握りました。

 

「あら?」

 

 え、なんで手を握られているのでしょうか。

 男の人に手を握られるなんて、初めての経験なのですが。

 わ、なんかゴツゴツしてて、おっきくて、頼もしい手をしてるんですね、男の人って。

 

「……なぁ、ソフィアさん」

「は、はい」

 

 何やら真剣な眼差しが私を射抜きます。男の人と、こんな間近で見つめ合うのは、人生で初めての経験です。柄にもなく、心臓の鼓動が早まってきてしまいます。

 

「ひとつ、提案があるんだ」

「提案、ですか?」

「嫌なら断ってくれて構わない」

 

 何でしょう。それよりもなんか、顔が熱くなってきたんですが。手汗かいてませんかね。大丈夫ですかね。

 

「おれの──」

 

 勇者さまが口を開きます。

 こ、これは昔の本で読んだ、プロポーズというやつではないでしょうか。

 

(えっ、まってまって。そんなの全然準備ができてないというか、パーティーメンバーも見てるこの中でそんな大胆なことするなんて、流石は勇者さまというか、なんでこんなタイミングでっていうか、もうなんか頭の中がこんがらがってきたんですが──)

 

 と、まぁ、もちろんそんなロマンチックなものであるはずもなく。

 

「おれ達の、仲間になってくれないか?」

「──ほへ?」

 

 唐突にパーティーメンバーへのお誘いを受けた私は、素っ頓狂な声を上げて、少しの間だけフリーズするのでした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いらっしゃいませ」

「…………」

 

 ギルドの受付には、ハーフエルフの賢者さんが立っていました。

 はい、確定ですね。この村に勇者さまが居ます。

 

「何してるんですか」

「見てわかりませんか? バイトしてるんですよ」

 

 いや、バイトしてるのは見ればわかります。私が聞きたいのは、どうしてこんなところで呑気にバイトすることになったのか、という経緯です。

 

「話せば長くなりますよ」

「三行で纏めてください」

「双子の悪魔に襲われて、路銀をスられて、パーティーみんなでバイトしてます」

「ありがとうございます。とても分かりやすい説明でした」

 

 つまり、またトラブルに巻き込まれたってことですよね。

 まぁ勇者さま自体がトラブルの塊みたいな面があるので、そこはもうしょうがないと割り切っていますが。

 

「それで、勇者さまはどちらに?」

「つい先程、新しく発見されたダンジョンに突撃していきました」

「場所を──聞いても?」

 

 なんかめちゃくちゃ嫌な予感がするんですけど。北の辺境、ダンジョン……ウッ、頭が。

 早く、一刻も早く向かわなくては。横取りされてしまいます。何かが。

 

「こっから東の方に(馬車で)走っていけば数分で着きますよ」

「ありがとうございます!」

「ところで、そのズタ袋に入ってるやつ……もしかしなくてもアスク」

 

 賢者さんの言葉を遮り、勢いよくギルドから飛び出しました。

 場所も聞いたので、後は全力で走るだけです。

 

「待っててくださいね! 勇者さまぁぁぁ!!」

「……やっぱゴリラだろ、おまえ……」

 

 魔力で身体能力を極限まで強化し、勢いよくダンジョンへと走っていきます。

 待っていてください勇者さま。今すぐ、迎えに行きますので。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「え、えぇっと、私が勇者さまの仲間に……?」

「ああ。ダメか?」

 

 いえそんな全然。むしろ嬉しいというか、望むところと言いますか、何といいいますか。

 

「今回の戦いでやっと分かった。流石にヒーラーがいないとキツい」

「攻撃を受ける前に殲滅、とかできるレベルの相手なら良いんですが、段々そうもいかなくなってきましたし」

「傷薬とか、戦いの最中に使うの難しいもんねー」

「ん。それに、私の魔法でも状態異常への対処には限界がある」

 

 皆さんが口々に、ヒーラーがいないことへの不満をこぼしています。

 もしかして、とは思ってたけど、やっぱり治癒魔術使える人居なかったんですね。

 

「まぁそんな理由で、今おれのパーティーはヒーラーを募集してるんだが……どうかな?」

 

 ニコリと笑って、勇者さまは右手を差し出します。

 

「──はい! 喜んで!」

 

 もちろん、私はその手を勢いよく握り返しました。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あそこですね!」

 

 全力で村からダンジョンへと続く道を走り抜け、数分ほどでダンジョンの入り口まで到着しました。

 なんか近くの地面にデカい穴が空いてますが、気にしない事にしましょう。なんか人だかりが出来ててうざったいですし、私はこっちの人が少ない方の入り口を選ぶぜ!

 

「もうちょっと……スピード落とせ……酔う……」

「とりゃああああぁぁぁ!!!」

 

 勢いよく入り口から中に入って、思いっきり地面を殴ります。

 こんな土の岩盤、私の前ではウエハースみたいなものです。

 

「こういうのは! 大抵! 一番下に! 大事なものがあると! 相場が決まっています!!」

「揺らすな……気持ちわる……ぉえ」

 

 地面を殴って次の層へ。

 地面を殴って次の層へ。

 地面を殴って次の層へ。

 

 絶対ダンジョン攻略ってこういうのじゃないだろ、とアスクレピオスが目で訴えてきますが、今は緊急事態です。

 勇者さまの身に危険が迫っているというのなら、私はどんなセオリーでも破壊してみせましょう。

 

「どおおぉぉぉっ──せいっ!!!」

 

 一際強く、地面を殴る。

 すると地面は勢いよく弾け、広い空間に出た。どうやら、ここが最下層らしい。

 

「えっ──?」

「なっ──!?」

「おっ」

「むっ」

 

 ふわりと、地面に着地する。

 周囲を見回して、悪意を持った敵に囲まれていることに気づく。

 

「お久しぶりです──勇者さま」

 

 そして側に、愛しの存在がいることを強く自覚する。

 

「……久しぶり、聖女さん」

 

 手に持った荷物をポイッと投げ捨てて、思わず勇者さまに抱き着きました。

 

「ああ、やっと! やっと会えましたね、勇者さまぁ!」

「むぎゅ……く、苦しいんですけど……」

「私も苦しかったです! 主に心が!」

「わかった、わかったから少し離れてくれませんか」

 

 いーえ、離しません。

 久しぶりの勇者さまをたっぷり堪能しませんと、元が取れません。この匂いと感触を、絶対に忘れないよう心に焼き付けておかねば。

 おっぱいで勇者さまの顔を挟んで、つむじの匂いを堪能します。ああ、甘露。

 

「懐かしい顔」

「師匠!」

 

 気絶したアスクレピオスを手に持ち、こちらを見つめてくる小さな影が一つ。

 それは間違いなく、私の敬愛する師匠でした。

 

「久しいな、ソフィア」

「ええ! まさか師匠も勇者さまと一緒に居たなんて思いませんでした! 今日はいい日ですね!」

 

 私の大好きな人が二人揃って側にいるとか、なんという幸福、なんという幸運。ああ、こんな幸せを味わってしまって良いのでしょうか。

 

「あはは……ワタシが言えたことじゃないけど、かなり無茶苦茶だよね、ソフィアさん」

「イトさんまで!?」

 

 ということは、ここが新しく発見されたダンジョンで間違いないということですね。

 

「なんとなく予想つくけど、どうやってここまで来たの?」

「ダンジョンの床を殴り抜けて来ました」

「脳筋だなー」

 

 あなたに言われたくないですよ。何でも切って解決しようとするの、脳筋よりタチ悪いですからね。

 

「な、なんなのだ! お前は!」

「ん?」

 

 周囲を囲むゴーレムから……ではありませんね。迷宮そのものから、声が響いてきます。

 

「なんなのだ、と言われましても。どこにでもいる普通の聖女ですが」

「ふ、ふざけるな!」

「ふざけてなど、いません」

 

 それよりも、姿すら見せずに話しかけてくる奴の方が、よっぽどふざけてると思いますけど。

 

「こちら、どなたですか?」

「あー、なんかダンジョンそのものみたいだよ。簡潔に言えば、人がダンジョン化してるの」

「え、なんですかそれ」

 

 どこの誰がそんなことしたんですか。人の心とか無いんですか?

 と、そんな呑気に話していたら、あちらさんも痺れを切らしてしまったようです。

 

「いい、いい! どうでもいい! 貴様が何者かなど、どうでもいい! 上に居る者たちと同じく、幸福な夢の中で永遠に眠るがいい!!」

 

 パチリ、と。何かが私の心に触れる感覚がしました。

 

「あら、今なにかしました?」

「────」

 

 ですが、それだけです。

 

「ぷはっ……あー、一応言っておくけど、この人に幻惑とかそういうのは効かないよ」

「そう、二番弟子の魔法は」

「あらゆる状態異常を一切無効化する、だったっけ」

 

 勇者さまが、師匠が、イトさんが、得意げに説明をしてくれます。

 

「その通り。私の魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私が触れれば汚水は真水になり、私が触れれば人体からあらゆる病は消え去る。

 心の穢れも同じこと。私の前で、心が惑わされることは、決してない。

 

 故に。

 私に、精神攻撃なんてものは効かない。

 

「バカな……バカなバカなバカなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 迷宮が酷く狼狽える。

 その絶叫が、迷宮を揺らす。

 

「さて、行きますか」

「うん」

「おう」

「いってらっしゃい」

 

 私が拳を構え、イトさんが剣を構える。その後ろには、全力で走る準備を整えた勇者さま。

 師匠の最高すぎる応援も受け取ったし、もう負ける気がしませんね。

 

「ブチ砕きます」

「斬り開くよ」

「頼みます、二人とも」

 

 任されました。

 

「や、やめろ……やめろぉっ!!」

 

 震えた、怯えた声が空間に響いてきます。

 ですが、今さらそんなもので止まる私たちではありません。

 

「はあぁぁっ!」

「せーのっ!」

「冒険の──」

「「「邪魔だぁぁぁ!!!」」」

 

 まるで紙切れのように、私たちを取り囲んでいたゴーレムが吹き飛びます。

 まさしく、一騎当千。それが三人も集まったのですから、この程度の軍勢で止められるわけがありません。

 

「腕を上げましたね、イト──騎士団長さん!」

「そういうそっちもね、聖女さん!」

 

 次々湧いてくるゴーレムをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 たまにはこうやって無双するのも、悪くないですね。気分爽快です。

 

「この下かな。後輩くんのサポート、お願いね」

「任されました」

 

 大上段の振り下ろし。

  最も美しい一閃が、地面を両断しました。

 

「あれだな」

「あれですね」

 

 真っ二つに割れた足元の下。濃密な魔力と、蠢く心臓のような核が視界に入りました。

 

「突っ込みます」

「任せた」

 

 しかし、敵も馬鹿ではないようです。すぐに核をカバーしようと、地面が流動して再構成をはじめました。

 まぁ、そんなのは無駄な足掻きなんですが。

 

「──光世浄化(テラ・カタルシス)

 

 人間がダンジョン化してるというのなら。

 それは、不自然なカタチです。

 不自然なものを自然な状態に戻す。それも、浄化の役割です。

 

「ありがとう、聖女さん」

「いってらっしゃいませ、勇者さま」

 

 動きが止まった地面を蹴り、進む。勇者さまの手が、迷宮の核に──触れました。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 勇者との旅は、彼女にとって、正に夢のような時間だった。

 

「ソフィアさん、また傷治してくれるか?」

 

 鋼の体を持っているはずなのに、いっつも生傷を作ってくる彼。そんな彼の体に、ゆっくりと治癒魔術をかけてあげる時間が好きだった。

 

「突っ込むぞ、ソフィア!」

 

 同じ師匠に師事した兄妹弟子だったこともあり、彼との息はピッタリだった。そんな彼と一緒に敵陣に突っ込んで、二人で無双しながら突き進んでいく瞬間が好きだった。

 

「……ありがとな──聖女さん」

 

 最後の戦いが終わって。まるで、そのまま消えてしまうんじゃないかと思うほど、儚げに笑う彼の姿を、今でも鮮明に覚えている。

 

「────」

 

 彼と過ごした時間は、パーティーメンバーの中の誰よりも短かったけれど。

 けれど、愛の深さに時間など関係ないことを、彼女はよく知っている。

 

 故に。

 

 ソフィア・ラグランジュの恋は、魔王を倒す旅の果てに、愛へと成長したのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「ご無事ですか、勇者さま?」

「うん……なんとか」

 

 崩壊する迷宮の中。なんとか一人分のスペースを作って、そこに滑り込むことに成功しました。

 一人分の隙間しか無いので、二人で入っていると、とても狭いです。それこそ、体がピッタリと密着してしまうくらいには。

 

「間一髪でしたね」

「ああ、うん」

 

 師匠とアスクレピオス。それと勇者さまが仰っていた赤髪ちゃん、なる方も、無事脱出できたことでしょう。何しろ、私たちの師匠はすごい人なので。

 

「痛いところなどはありませんか?」

「ああ、うん……全然平気だよ」

 

 それにしても、この密着具合……まるで、世界に私と勇者さましか存在していないかのような、そんな錯覚に陥ってしまいますね。

 率直に言って、癖になってしまいそうです。

 

「勇者さま、本当に平気ですか? さっきから生返事しかしていないようですが」

「…………」

 

 と、黙り込んでしまった勇者さまと呼応するように、お腹に何か固いものが当たる感覚がしました。

 石、にしては柔らかいですし、なんだか熱を持っています。なんでしょう、これは。

 

「あ……」

「…………」

 

 手で触れて理解しました。

 これは、殿方のアレですね。

 

「あの、勇者さま」

「ぅ……ごめん、聖女さん」

 

 正面にある顔は真っ赤で、まるで茹でダコのようになっています。

 勇者さまも、こういう顔するんですね。初めて知りました。

 

「ふふ、気にしないでください。むしろ嬉しいですよ。勇者さまにも、きちんとこういう欲があったと知れて、嬉しいです」

「……前々から思ってましたけど、聖女さんって結構性格悪いですよね」

「あら、そうしたのは誰だったでしょう?」

「んー……誰の仕業かなぁ」

 

 とぼけるように目を逸らして、勇者さまは追求から逃れようとします。

 まったくもう。私を不良シスターに戻したのは、他でもない貴方だというのに。

 

「本当に、ズルい人」

「いや、それはその──んっ」

 

 ですので、そんな無責任な事しか言わない口は塞いでしまいましょう。

 この距離なら、逃げられることはありません。

 

「んっ……ちゅっ」

 

 私の人生における、二度目のキス。

 誰にも知られない、二人だけの秘密のキス。

 濃厚なそれは、私と彼だけのもの。

 

「ぷはっ!? ちょっ、聖女さん!? 聖女さんってそんなキャラだったっけ!?」

「あら。私は昔からこんなキャラでしたよ」

 

 シスターのくせに欲望まみれで、叶えたい願いもいっぱいあったんですから。

 

「ですので、遠慮しなくていいんですよ。初めて出会ったあの時から、この体も、この心も、すべては勇者さまのものなんですから」

「……っ」

 

 ゴクリ、と生唾を飲む音が聞こえてきました。私の体も、まだまだ捨てたものではありませんね。

 

「聖女さん……」

「あぁ、勇者さま……!」

 

 降って湧いた棚ぼた展開。もちろん逃す筈もありません。これをキッカケに勇者さまと既成事実を作って、その延長であんなことやこんなことを……ぐふふ。

 

「なーにイチャイチャしてるのかなー?」

「あっ」

「おっと、見つかってしまいましたか」

 

 唐突に、積もっていた瓦礫を斬り裂いて、見知った顔が現れます。

 今メチャクチャ良いところだったんですが、華麗に水を差されてしまいました。

 昂ぶっていた空気が、イトさんの圧で一気に霧散します。とても残念です。

 

「抜け駆けはナシだよ、聖女さん」

「あら。世の中には『早いもの勝ち』という言葉がありましてよ?」

「口が減らないなー」

「ふふふ。シスターは口も達者でなくてはいけないのです」

 

 雑談の最中にも私たちの周りの瓦礫は切断され、私と勇者さまは自由の身となりました。

 残念です。もっと勇者さまとくっついていたかったのですが。

 

「では、お楽しみはお家に帰ってから、ということで」

「いやさせないよ? さっき抜け駆けはナシって言ったばっかりだよね? 記憶力がニワトリなのかな?」

「そういう貴方こそ、私が居なければ、自分が抜け駆けするつもりだったのでは?」

「……な、何言ってるのか分かんないなー」

 

 逆に貴方は分かりやすいですね、騎士団長さん。

 

「あの、二人とも仲良く喋ってるとこ悪いんだけどさ……」

「仲良くありません」

「そうだよ。聖女さんはワタシの天敵なんだよ」

「アッハイ」

 

 イトさんって、私と同じ雰囲気がするので、ちょっと苦手なんですよね。油断してると、勇者さまを掠め取られる予感がするというか。

 これが同族嫌悪ってやつなのでしょうか。知りませんけど。

 

「とりあえず、ここから出なきゃなんですけど……何かいい方法とかあります?」

「上を塞いでる瓦礫がなければ、この程度の高さひとっ飛びなんですけどねー」

「……はいはい。ワタシがやれって事でしょ」

 

 チラッチラッ、とイトさんを見つめれば、渋々と腰の剣に手を添えてくれました。

 これが以心伝心ってやつですね。なんだか相棒が出来たようで、テンションが上がってきます。

 

「まったく。王国の騎士団長を顎で使うシスターなんて、前代未聞だよ」

「確かに。では騎士団長ではなく、一人の友達として、個人的にお願いします」

「友達ねぇ……ライバルの間違いじゃない?」

「そうかもしれませんね」

 

 勇者さまを狙う恋のライバルは多いです。もちろん、私とイトさんもライバルです。

 

「やっぱ仲良いじゃん……」

「なにか言った?」

「なにか言いました?」

「いえ何も」

 

 仲良くなんてありません、ちっとも。

 

「んじゃいくよ。二人共、ワタシの側から離れないでね」

 

 ピリッと、空気が引き締まります。

 それと同時に、イトさんの雰囲気も鋭く研ぎ澄まされていきます。

 

「──蒼牙之士(ザン・アズル)

 

 次の瞬間、崩れ落ちる迷宮は、地上まで綺麗に一刀両断されていました。

 どんな剣を以てしても、どんな膂力を以てしても。ここまで見事に大地を両断できる存在を、私は知りません。

 

「……すごい」

 

 隣に立つ勇者さまが、見惚れたような顔で呟きます。実際、見惚れていたんだと思います。なんなら私も少し、見惚れちゃいました。

 

「さて、跳びますよ」

 

 勇者さまと騎士団長さんを両脇に抱え、脚に魔力を集中させます。

 目標は、頭上に見えるあの青空。

 

「せー、のっ!!」

 

 今の私にできる、全力の跳躍。

 それは一瞬で八層の迷宮を突破し、私たち三人は見事に地上へと脱出を果たしました。

 

「はいっ、到着です!」

「……やっぱゴリラだ」

「……やっぱゴリラだね」

 

 なんか、両脇からめちゃくちゃ失礼な言葉が飛んできたんですが。

 

「勇者さん!」

「勇者くん!」

「勇者」

「勇者さま!」

 

 地上へと戻った私たちの前に、見慣れた顔が集まってきます。

 私にとっては懐かしい、勇者さまのパーティーメンバーでした。賢者(シャナ)ちゃん、騎士(アリア)さん、武闘家さん(師匠)。そして──死霊術師(リリー)ちゃん。

 

「勇者ざぁん!!」

 

 そんな見慣れた顔を見つめていたら、その中に見慣れない赤髪の少女が一人混じっていました。その子は泣きじゃくりながら、勇者さまの胸に勢いよく飛び込んでいきます。

 

「あらあら」

 

 かわいい女の子をこんなに泣かせるなんて、やっぱり罪深い人ですね、勇者さまは。

 

「騎士団長さんは行かないんですか?」

「んー……今回はパスかなぁ。キスもあなたに取られちゃったことだし」

「おや、それは悪いことをしましたね」

 

 隣に立つイトさんは、くるりと回ってその場を去ろうとします。

 

「でも、諦めたわけじゃないからね。ワタシ、かなり諦め悪い方だから」

「それはもちろん、嫌というほど知っています」

 

 去り際に、笑いながらそう告げて。イトさんは部下である騎士たちの元へ颯爽と歩いていきました。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 あ、何も無いところで見事にズッコケましたね。まだ直ってなかったんですか、あのドジっ子属性。

 

「──さて」

 

 無事に愛しの勇者さまと共に地上に戻ってきて、目の前には懐かしの顔ぶれ。

 となれば、やることは一つでしょう。

 

「勇者さま」

 

 ゆっくりと、焦らすように輪の中に近づいていきます。そして、未だキスの感触を覚えている唇に指を当て、満面の笑みを浮かべました。

 

「私の初めてを奪った責任、取ってくださいね♪」

 

 その瞬間、勇者さまの周りに居る全員が、驚愕の表情で私を見つめてくるのでした。

 ああ、これは想像以上に──気分がいいものですね。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ソフィア・ラグランジュは、彼を愛している。

 

 ソフィアさん、と。少し恥ずかしそうに、彼に呼ばれるのが好きだった。

 けれどある時、彼にとって名前を呼ぶという行為が、無意識のうちに重荷になっていることに気づいてしまった。

 

 彼の魔法は、殺した相手の名前と魔法を奪い取る。彼にとって名前とは、他の人間が思うよりも、ずっと大切な物だったのだ。

 

 そう理解してから、彼女の名前──人の想い──に対する考え方は、少し変わった。

 

 かつては、他人の想いなど背負いたくないと思っていた。背負えるわけがないと、そう思っていた。

 だけど、今は違う。彼と一緒なら、どんな想いだって共に背負える気がするから。一緒に背負って、その重荷を半分にできる気がするから。

 

 彼は数多の名前(想い)を背負ってきた。だから、少しでもその想いを一緒に背負い、歩いていきたい。

 

光世浄化(テラ・カタルシス)』ソフィア・ラグランジュ。

 

 名前は祝福、名前は呪い。

 呪いは、愛でしか解けないから。

 だからこそ、ソフィア・ラグランジュは想う。

 

──私の愛が、もっとも清い。

 

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