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アー写撮影も終わり、結束バンドはリョウとひとりが初のオリジナル曲の作曲作詞を終わらせるまで細かな練習を重ねる期間に入った。
ある日の休日。今日は結束バンドとしての予定を入れているわけでは無かったが、店の中にはリョウ、喜多、虹夏の三人が揃っていた。
これは別にひとりのことを意図的に省いた訳ではない。虹夏はスターリーの真上が住居であり、リョウはそこに結構な頻度で食べ物をたかりに来る。それに加えて今日は──本当に彼女にしては珍しく──喜多が一人で下北沢まで出てきたついでに挨拶しようとスターリーを訪れていた。
このように偶然の要素が揃った為、結果的にひとりだけがこの場にいない形になってしまっただけである。まあ、そもそも用事もなしに彼女が下北沢まで足を運ぶ事はないため、偶然で全員が揃う事はあるわけが無いのだが。
「そういえばリョウ、オープニングでジャンプするアニメってなんのことだったの?」
「……私も話に聞いただけだから分からない」
そう言うとリョウはスマホを取り出し、ぽちぽちと操作する。
「きら○アニメって言うらしい。見ると心が幸せになるんだって」
「何そのフレーズ? どう考えても見たらダメそうなやつだけど」
「でもそういうのやってるのって、なんかロックなイメージありますよね!」
「喜多ちゃん? ウチは健全なロックバンドだからね? というか大方のロックバンドは手を出してないからね?」
郁代はリョウの事を追ってギターを弾けもしないのに結束バンドに加入したという経歴を持つ、実にロックな陽キャ少女である。その為、ロックという単語をイカれた行為に対する免罪符であると捉えているような節がある。
ちなみに、虹夏とリョウもよくそういった使い方をするためあまり人のことは言えない。棚上げもまたロックである。
「どんなアニメがあるの?」
「調べてみようか」
再びスマホをぽちぽちするリョウ。虹夏は何気なく彼女のスマホを横から覗いてみた。
開いていたのは何故かロインの画面。はて、調べるとは誰かに聞くという事だったのだろうか? しかし、彼女の交友関係にそんな事を相談できるような相手はいただろうか? 虹夏はだいぶ失礼なことを考えていた。
とはいえ彼女の考えもそう的外れな訳ではない。リョウの交友関係はかなり狭く、話しかけられることはあっても話しかけることはあまりない。それこそ虹夏が間に立ってやらねばまともなコミュニケーションが取れない位だ。最も、彼女の場合ひとりのように暴走する訳ではなく、エキセントリックな言動で周囲を惑わせているだけなのだが。
そういった経緯から、虹夏は彼女の交友関係について不本意ながら詳しくなってしまっていた訳である。本当に不本意ながら。
さて、では今から聞こうとしている相手は一体誰なのだろうか?
| 2000円まだ? |
| 次こそは返す |
| おすすめのき〇らアニメって何? |
| ごち〇さ |
ひゅう、と喉から変な声が出かけた。
「ふむ、ご〇うさがおすすめだって」
「ご……ごちう〇? 変わったタイトルですね」
「見ると心がぴょんぴょんするらしい。楽しみだね」
普段の虹夏であればここで小気味のいいツッコミの一つでも放っていた事だろう。だが、リョウのロインの表示名に尋常ではないショックを受けた為、アホ毛と共にピシリと固まり切ってしまった。
慌てて脳内の本棚にてクラスメイトのリストを検索する。は……ひ……ひ……何度検索しようも比企谷八幡という人物は現れない。
ヒキガヤ……ヒキタニ? 上の名前は何とも判別が付かないが、少なくとも下の名前はハチマンで間違っていないだろう。読み方からして、まず男。
そんなバカな、と目を擦る。いや、見返したところで既に画面はア◯ゾンプライムの検索画面へ移行している訳なのだが。
リョウに限ってダメ男にハマるはずは無い。寧ろリョウの方がダメ男に近い生態をしているのだから。彼女のことを深く知れば知るほど、あまり積極的に近づこうとする人は減る……筈である。
だが万が一、億が一。極々低確率ではあるが、リョウが奇跡的に真っ当な人間と真っ当な関係を築けている可能性はある。最も、一番上に見えた2000円の話を見るにそんな訳はなさそうだが、相手の温度感的にはそこまで大きな問題ではなさそうである。早く金返せとは思うが。
虹夏は組んだ手を眉間に当て、ゆっくりと体重を掛ける。そっと喜多の様子を覗き見るが、特に変わった様子はなくリョウのスマホの画面を覗き込んでいる。いや、リョウが間近に居るからかいつもよりだいぶはしゃいでいる気もするが、それはある意味いつもの事である。
幸いな事に、喜多はあの画面を見ていないようだ。そっと息をつく虹夏。仮にリョウが男らしき人物と個人的に連絡を取り合っているなどと知ったら卒倒では済まない。恐らくだが、第二の後藤ひとりが完成する事だろう。
「……? なんか不自然なまでに女の子しか出て来ないですね」
「これが日常系アニメ。社会に疲れた大人が見るアニメらしい」
気づけば第一羽を流し始めたリョウ。これ以上深掘りしても仕方ないと判断した虹夏は、一旦このストレスから逃れる為にご◯うさを注視し始めた。せめて相手が悪い人物ではありませんようにと祈りながら。
ちなみに、この後数時間はこのアニメを見続け、無事難民となる未来を彼女は知らない。バンドマンとオタクはかなり近い位置にいるのである。
さらに補足すると、喜多は何が面白かったのか理解はできない。陽キャとオタクはかなり遠い位置にいるのである。
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その日、俺はピンクジャージマンの事が非常に気になっていた。
「う、うう……」
まあ隣の席でずっと呻き声を上げられてしまえば気にもするよね、というシンプルな話である。決して恋煩いとかでは無い。
あまり人の話を盗み聞きするつもりもないが、残念ながらこいつの席は真隣。独り言を連発されてしまえば、事情の一つも聞こえてしまうのが道理だ。どうにも漏れ聞こえる声を拾うに、バンドの歌詞作りで頭を悩ませている様である。
普段は真横に鎮座していても特に気にならないくらい授業に真面目に取り組んでいる彼女だが、今日ばかりはうんうんと唸りながらノートと向き合っている。スルースキルには一段と長けている自負があるが、こればかりは気にせずいる事が難しい。
ちらりとノートを覗き見る。マナー違反である事は重々承知の上だったが、作詞という未知の行為相手に好奇心が抑えられない事も事実である。
「(……なんでこいつこんなにサイン書いてるんだ?)」
ノート一面にびっしりと書かれたサインの嵐。『決定!』と矢印が刺されている中央の大きなサインの主張が一際強いが、書きづらそうだしあまりセンスはないんじゃ無かろうか。
しかし、失礼な話ではあるが、よもや彼女がバンドで活動しているとは思いもよらなかった。勿論、態々学校にギターケースを背負ってきている訳だから、伊達でもなければギターを弾けるのだろうと考えてはいたが、まさかバンドまでやっているとは。
所詮ぼっちである俺にとって、チームプレーという言葉は天敵である。そも、チームプレーが出来るのであればこうしてぼっちになってはいない。
『皆と仲良くする』という出来ない事への努力を諦め、『ひとりぼっち』という逃避を選んだ存在。それがこの俺、八幡である。最も、彼自身は逃避する事を毛ほども悪い事だとは思っていない。それは人の防衛本能の発露であり、抗う必要のない物であるから。
ピンクジャージマンの事を一方的にぼっちだと思っていたが──実際学校では紛れもなくぼっちであるが───バンドで活動しているのであれば評価を改める必要がある。迎合しているだけなのかしっかりと馴染んでいるのか、その真偽は定かでは無いが、バンド活動が出来るくらいには演奏の技術があるというのは八幡的にポイントが高い。
おっと、妹の口癖が移ってしまった。
さて、いくらピンクジャージマンが目立っているとは言え、時間が経つにつれて徐々に意識の端から追い出されていくのもまた事実。六限目の終わり頃からいつも通り眠気が襲ってきた為、抵抗を諦めて素直に睡眠時間へ突入する。
ただいつも通りと違ったのは、次に起きたタイミングが完全に夕暮れ時だったという事だ。
「……やっちまった……」
本当は欲しかったバンドのCDでも買おうと思っていたのだが、こうなってしまうと家に真っ直ぐ帰る以外の選択肢が無くなる。恨むべくは通学時間だ。
人っ子1人いない教室。何か事件が起こりそうな予感……なんて考えていたが、よく隣を見るとピンクジャージマンも机に突っ伏していた。
教室に女子と二人きり。字面だけ見ればとてもワクワクするシチュエーションの筈だが、実際これほどまでにウキウキしない状況も無いだろう。俺は横の彼女の事を、人というよりUMAの類であると認識している。
そんなUMAと二人揃って寝こけてしまっていたというのは正直非常に恥ずかしい。他のクラスメイトに見つかって、揶揄われたりしなければいいのだが。友達に噂されると恥ずかしいし……という藤崎さんの気持ちがよく分かると一瞬考えたが、よくよく考えたら俺友達いないんだった。てへぺろ。
「……はっ!?」
次の瞬間、急に覚醒したのか唐突にピンクジャージマンが顔を勢いよく上げた。頬に残った赤い跡と、口の端に光る雫が熟睡ぶりを窺わせる。
暫く状況を飲み込めなかったのか辺りをキョロキョロとしていたが、やがて隣に座る俺の存在に気付いてしまったのか、こちらを向いてピシリと固まった。
「と、ととと友達一号さん……!?」
え? 俺友達になった覚えないんですけど?
そんな事を直接言うのも憚られるので特に反論はしなかったが、俺はまだ孤高のぼっちというアイデンティティを捨てるつもりはないぞ。心の中でそう反論しておく。
「み、みみみ見ました……?」
「見てない」
「ぜ、ぜぜぜ絶対嘘です……!」
頭に冠詞付けすぎじゃ無い? ぼっちの特徴として言葉の最初に『あ』を付けるというものがあるが、それにしたって限度がある。
「だから見てないって。本当本当。ハチマンウソツカナイ」
「み、見られてしまった……あうあうあうあう」
ガタガタと震え出すピンクジャージマン。すわ今回も大脱走をかますのかと身構えていたが、虚ろな目をして放心状態に。やがて活動を完全に停止させた。
心なしか口の端から霊魂のような何かが出ている様な気がするが、多分気のせいである。うん。そうに違いない。というか面倒くさいからそうであれ。
「……帰るか」
ピンクジャージマンとは二回しか会話をしていないが、その度に疲れている気がする。というかそもそも会話になっているのかこれ? 言葉のキャッチボールというよりはドッジボールをしている気分なんだが。
帰る際、またも好奇心に負けてノートを覗き見る。最後に見たサインとは違って、今回は間違いなく歌詞のようなものを書いていた。
『諦めなければ夢は叶う』『頑張る君にファイト!』そんな旨のフレーズが散りばめられている。どこかで見たような言葉がこれでもかと盛り沢山だ。
少なくともぼっち向きの歌詞ではないな、と何となく思った。
彼女の所属しているバンドとやらが青春やってます系の爽やかバンドなのだろう。普段の様子からしてピンクジャージマンが馴染めるとは思わないが、人は見かけによらないという奴だろうか。
心の中で頑張れと適当なエールを送りながら、俺はその場を後にする。
少なくとも、彼女のバンドと道が交わる事は無いんだろうなと思いながら。