ぼっち・と・ぼっち   作:初柴シュリ

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跳べない腐った魚の目

 

 

 

 その日、後藤ひとりは悩んでいた。

 

(『成長』って、何なんだろう……)

 

 後藤ひとりはぼっちであり、コミュ障だ。幼・小・中と人間を形作る重要な15年間をひとりぼっちで過ごし、その結果肥大した自己顕示欲により一流のギタリストとしての腕前を手にした異例の経歴の持ち主でもある。最も、その腕前は衆人監視の中で発揮できないというなんとも宝の持ち腐れではあるのだが。

 

 初めは周りからちやほやされるために始めたギター。人よりも一回り大きい承認欲求を持ちながら、しかしその臆病さから何も出来なかった彼女は、何の因果か結束バンドというバンドに所属し、立派に*1ギターという役目を果たしている。

 

 しかし、先日結束バンドの活動拠点である『スターリー』の店長、ドラムである伊知地虹夏の姉、伊知地星歌から『オーディションをクリアしなければライブには出させない』との旨を言い渡されており、現在結束バンドは存続の危機に陥っていた。

 

『全員が全員リョウ並みに上手くなってる事を求めてる訳じゃないと思うし』

 

『じゃあ、何を求めて……』

 

『う〜ん……熱量? バンドとしての、成長?』

 

 虹夏から言われた言葉を脳内で反復する。成長。成長。成長。

 

 熱量はまあ、分かる。力一杯演奏すれば良いのだろう。勿論ひとりにとっては困難な事だが、とにかく目的ははっきりしている。

 

 だが、成長。これだけはどうにもダメだった。

 

(成長かぁ……)

 

 ひとり自身、これでもこの四ヶ月間はかなり努力してきた。

 

 バイトを始めた。

 たまに目を見て接客出来るようになった。

 

 だが、これは成長なんかではなく、ミジンコから人間としてのスタートラインにやっと立っただけの話。

 

(この四ヶ月間、一体私は何をしていたんだろう……)

 

 考えれば考えるほど頭の中にネガティブな思考が回っていく。そもそも対人関係すら上手く行かないのに、こんな難しい事を考えても答えなんか出るはずもない。

 

 虹夏も、リョウも、喜多も。三人とも夢だったり目的だったりを持ってバンド活動に取り組んでいる。薄っぺらいのは、私だけ。ひとりは自己嫌悪に陥っていた。

 

「……? 後藤さん、何か悩み事でもあるの?」

 

「はっ!?」

 

 ふと、目の前の喜多の言葉によって一気に意識が引き戻される。

 

 ここ最近は放課後に喜多のギター練習に付き合う日々が続いている。ひとえにオーディションに向けて、万全の状態にしようという努力の証だ。

 

 初めはメジャーとマイナーの区分もわからなかった喜多だが、ひとりに教わっていくにつれてみるみるうちに知識を吸収し、覚束ないながらも最低限ギターボーカルとしての体裁は見れるほどの技術となっていた。

 初めは『憧れの先輩に会いたい』という動機から弾けもしないギターとしてバンドに入ろうとした喜多。その頃から比べると、随分と『成長』したように思える。

 

「す、すいません。何でもないです……」

 

「そう? 私、こうして後藤さんにマンツーマンで教えてもらってる事、すごく感謝してるの。だから、困ってることがあったら力になろうと思ってるんだけど……」

 

「ほ、ほんとに大丈夫です。ちょっとボーッとしちゃっただけで……えへへ」

 

 喜多の賛辞に気をよくするひとり。だが、どうにも彼女の言い訳は喜多にとって宜しくないものだった様だった。

 

「あ……ごめんなさい。私、ちょっと頼り過ぎてたかも。疲れてるんでしょ? 後藤さん」

 

「ふぇ?」

 

「私、今日は自主練しておくわ! 後藤さんは家も遠いし、今日くらいはゆっくり休んで!」

 

「え、でも……」

 

「大丈夫!」

 

 喜多は善人であり、陽キャである。彼女の『心配』という名の純朴な輝きは、ひとりの陰キャオーラを容易く突き破り、その心をズタズタに引き裂いた。

 

「うっ!?」

 

(これ以上ここに存在しては、灰と化してしまう……!)

 

 後藤ひとり、戦略的撤退。

 

 

 

 

 

 

 

 

========

 

 

 

 

 

 

 山田からいまだに2000円が返ってこない為、ここのところ金欠気味だった俺は、仕方なく学校の図書室で何か面白いものは無いかと物色していた。

 

 図書係に悲鳴を上げられながらも、面白そうな文庫を三冊ほど借りる。俺の目そんなに怖いか? 人と話す時結構下手に出てると思うんだけど。

 

 時刻は五時。すでに夕焼けが一面に広がり、一日の終わりを烏が知らせる。校庭では各運動部が片付けを行なっており、めいめいに校舎まで戻っていく姿が垣間見えた。

 あまり遅くなると、夕飯を作ってくれている小町にまたどやされてしまう。呼び名がごみぃちゃんになるのは最悪良いが、飯抜きにされるのは勘弁だ。妹に胃袋握られてる兄って何?

 

 誰もいない廊下をただ歩く。軽音学部が熱心に練習でも行なっているのか、どこからか静かなギターの音が聞こえてきていた。

 

 というか、歩いていく度に段々音が近づいてきている気がする。若干辿々しいが、それでもリズミカルに弾かれた音だ。ギターだけだが、どうにも聞き覚えのないリズムだった。

 

「──痛っ!」

 

 小さく響く少女の声。どうやらこの階段の下にいる様で、少しの間リズムが途切れる。

 

 だが、止まっていた時間も束の間。ややすると再び練習に戻ったのか、小気味良いメロディーが聞こえてくる様になった。

 

 妙な所で練習する奴もいるものだ。というか、そこは以前ピンクジャージが潜んでいたスペースじゃなかったか? 少しばかり興味が湧いた俺は、こっそりと影から覗き込む。

 

 ギターを手にして一心不乱に練習しているのは、以前ハンカチを拾った赤髪の少女、喜多喜多さんだった。肉親以外ではほぼ唯一と言って良い、俺の苗字を正確に覚えてくれていた御方である。

 

 こんな辺鄙なところで練習しているところを見るに、あまり人には見られたくない類のものなのだろう。気を使える男、比企谷八幡はクールに去るぜ……。

 

 

ガシャン!

 

「! だ、誰!?」

 

 ……はい、足元のバケツをひっかけてしまいました。不審者通報から警察、不快感を与えた罪で裁判にかけられ無事有罪判決までまっしぐらの未来が幻視できました。

 

「あ、貴方は確か……」

 

「……慰謝料は払うんでどうにか和解という形で決着できませんでしょうか」

 

「何の話???」

 

 

 

 

 

===========

 

 

 

 

 

 喜多郁代にとって、比企谷八幡という少年は未知の存在であり、どこか他の男子とは変わった雰囲気を持つ少年だった。

 

 何が違うのか、というのを言語化できるほど彼との付き合いは長くない。だが、肌感覚としてそういった感想をどこかで抱いていた。

 

「いや、すいません。何でもないです」

 

「そ、そう? それならいいんだけど……あ、貴方比企谷くんよね? 確かこの間ハンカチを拾ってもらった」

 

「あ、はい。そんなこともありましたね」

 

「あれ? 私たち同級生よね? そんなに堅苦しく話さなくても良いわよ?」

 

「あ、すいませ……いや、すまん。あんまり慣れてなくてな」

 

 困ったように眉根を寄せる八幡。彼の目つきでそれをやると、臆病な女子なら逃げかねない迫力があるのだが彼は気づいているのだろうか。

 

「ふふ、比企谷くんって変わってるのね。後藤さんにちょっと似てるわ」

 

 特に話しかけると少し挙動不審になる点が。最も、ひとりの場合はここから青春コンプレックスを爆発させたり、原型を保てず爆発するパターンがあるのでもっと酷い。

 

「あ、後藤さんって知ってる? たしか比企谷くんと同じクラスだったと思うんだけど……」

 

「いや、知らん。クラスメイトの名前一人も覚えて無いからな」

 

「え!? その、なんかごめんなさい……まさか後藤さんみたいな人がもう一人いるなんて思ってなかったから……って、あんまり喋ったことないのに失礼だったわよね。ごめんなさい」

 

「いや、別に良い。こっちこそギターの練習邪魔して悪かった」

 

「ううん、別に大丈夫よ! ちょうど少し休もうかなって思ってたところだし!」

 

 気にしないで、とアピールするため両手を振って見せる。実際練習自体を終わらせるつもりは無かったが、右の指の怪我のために一度休憩くらいは挟もうと思っていたので間違いではない。とりあえず水道で傷口を洗っておけば問題ないだろうか?

 

 少年は気だるげに下がった眦をわずかに細める。郁代は腐りきった瞳の眼光に射抜かれるかのような錯覚に陥った。

 

「……あー、じゃあこれやるよ」

 

 そう言って八幡が差し出したのは一枚の絆創膏だった。

 

「え……ありがとう」

 

「……いらないなら捨てても良いから」

 

「ううん、ありがたく使わせてもらうわ! ちょっと意外だっただけ。男子ってあんまり準備が良い印象なかったから」

 

 笑顔で郁代が感謝を述べると、八幡は顔を若干赤らめそっぽを向く。郁代は彼のことをあまり知らないが、これが照れ隠しのしぐさであろうことは何となく読み取れた。

 

「あー、俺の場合は妹がな。それに将来の夢は専業主夫だ。そのくらい常備してて当然まである」

 

「ふふ、比企谷くんって面白いのね!」

 

 ちょっと変わった少年だが、悪い人ではない。それどころか、結構気が付く良い人である。郁代はありがたく絆創膏を受け取り、右の人差し指に巻いた。

 

「うん、これでまた練習出来るわ! オーディションに向けて頑張らないと……」

 

「……まあ、頑張ってくれ。それじゃあ、俺はこれで」

 

「あ、今度比企谷くんも私達のバンド見に来てね! まだライブはやってないんだけど、たぶん近々やる予定だから!」

 

「情報がだいぶ不確定だな……ああ、期待してる」

 

 そう言って踵を返す八幡。猫背気味に丸まった去っていく彼の背中を見ていると、なんだか既視感を覚えずにはいられなかった。

 

「……んー、やっぱり後藤さんにちょっと似てるわよね」

 

 立ち振る舞いや言動はリョウに似ているが、纏う雰囲気はどこかひとりに似ている。そんな印象を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

*1
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