ぼっち・と・ぼっち   作:初柴シュリ

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千葉八幡

 

 

 

 夏も近くなり、春の日差しはチリチリと肌を焦がす様な熱線に変わる。うららかな暖かさで眠気を誘ってくれていた天使たちは、暴力の様な光線で人を焼き焦がす悪魔に様変わりし、窓際最後尾である俺の日常を(さいな)み始めた。

 

 季節は初夏。『初』と名前がついている割には太陽が著しく張り切っている、完全に名前詐欺の季節である。何だよ気温29℃って。全然夏だよこれ。江戸時代くらいなら八月の気温でも全然おかしくないよ。

 制服も一応半袖に移行しており、その上でエアコンもしっかりと稼働しているのだが、カーテンを貫通する太陽光の熱+節電対策の冷房温度という地獄のコンボによって俺の体感気温は爆上がり。何もしていないのにじっとりと汗ばんでくるのが最悪な気分である。

 

 下敷きを団扇代わりにして、ワイシャツのボタンを開ける事でパタパタと風を送り込む。いささか行儀は悪いが、そうも言ってられない暑さだ。

 

 因みに、この暑さで例のピンクジャージはと言うと。

 

「お、終わりだ……」

 

 ……何故かいつもと変わらず長袖のピンクジャージを着ていた。後いつも通り呻き声を上げていた。

 

 ファッションに我慢は付き物とよく言うが、彼女のそれはどう見てもファッションでは無い。一体何が彼女のこだわりを掻き立てているのだろうか。そもそもそんな服装で暑くないのだろうか。謎は尽きない。

 

 そして、彼女が隣の席で呻き声を上げていることに対して、心配するどころかいつも通りの事として消費している自分自身に驚いたんだよね。明らかに慣れちゃいけないことに慣れてないか? 朱に交われば赤くなると言うが、変人の言動を見続けたものもまた変人となるのだろうか。

 自分がピンクジャージを常用する未来を幻視して、思わず体がぶるりと震えた。おかしいな、冬は遠い筈なのに。

 

 ここ最近、このピンクジャージはずっと唸っている。何やら『ノルマ』だの『後3枚』だのと声が漏れ聞こえていたが、詳細まではわからない。ただ、どうにも俺の方をチラ見する頻度が多くなった気はする。

 もしや、同じぼっちということに気づいて親近感でも覚えたか? だが残念、俺はぼっちの中でもプロのエリートぼっち。お前の様に仲間を求める段階は既に卒業しているのだ。このキョロぼっち*1め。

 

 そんな形でいつも通り平和に一日が過ぎていた訳だが、今日はその平穏を打ち破る者が現れた。

 

「失礼しまーす!」

 

「あ、喜多ちゃん! どうしたの? 誰かに用事?」

 

 はい、例の喜多喜多さんですね。流石の顔の広さというべきか、他クラスに顔を出しても誰かが笑顔で歓迎してくれているのは中々真似できない芸当だ。俺の場合、クラスメイトの前に出ても「誰?」ってなるのに。

 

「えっと、比企谷くんを探してるんだけど……」

 

「ヒキ……ガヤ?」

 

 ほら、言われたクラスメイトも妙な顔してるじゃん。絶対「誰?」ってなってるよあの顔は。

 というか、喜多喜多さん俺のことを探しにきたのか? 彼女みたいな陽キャ美少女に俺の様な陰キャぼっちが呼び出されるなんて、漫画の中、もしくはカツアゲの二択でしかあり得ないことなのだが。

 もしくは同名の比企谷がこのクラスに存在するという可能性。ちなみに、その場合クラスメイトから存在を覚えられていない比企谷が二人このクラスに爆誕することになる。最悪だな。

 

「ヒキガヤって誰か知ってる?」

 

「そんな奴いたっけ?」

 

「あ、でも何か聞いたことあるかも。ヒキ……うーん、ヒキまでは出てくるんだけどなぁ……」

 

「引きこもりとか?」

 

 こらそこの男子、ギャハハと大口を開けて笑うんじゃない。心は硝子なんだぞ? 泣くぞ?

 

 ほら、あんまり面白くないから喜多喜多さんも微妙な顔しちゃってるじゃん。もっと場の空気を読もうぜ。あ、空気読めないから俺ぼっちやってるんだった。てへぺろ。

 

 さて、俺も隣のピンクジャージに倣って寝たふりでもしようか。いやまあ、彼女の場合寝たふりというよりはバッドトリップか本当に意識を失っているかの二択が殆どの気もするが、それはそれ。机に突っ伏していても誰からも指摘されないそのスキルは少しばかり見習いたいものだ。

 

「あ、いた! おーい、比企谷くーん!」

 

 ……うん、本当に見習いたいものだ。

 

 一気にざわつく教室内。他クラスの一軍女子が、どこの誰ともわからないぼっちに声をかけたとなれば、この騒ぎ様も仕方のないことだろう。

 普通の人間は環境というものを何よりも重要視する。己の過ごしている環境を至上の物とし、そこに万一でも異物が入り込めば排除しようと動くのが常だ。それは学生生活という閉じられた空間の中においては最も強力に作用し、だからこそ皆友人の獲得・維持に腐心するのだろう。それはとても本能的な行動だ。

 

 だがこの喜多喜多さんは、その枠を軽々と飛び越えてくる。様々なコミュニティに参加し、笑顔を振りまくその様はまさに真の陽キャ。彼女にとって学内カーストやら立場やらは話しかけない理由にならない。俺にとっては理解の埒外の存在である。

 

 どよめく人の波をかき分け、俺の席の近くまでわざわざやってくる喜多喜多さん。近づかれなければ最悪無視でやり過ごせる可能性もあったが、こうなっては黙っているわけにもいかない。

 

「……何か用か?」

 

「ちょっとお話があって……でもこんなに注目されちゃうと、落ち着いて話すこともできないわよね。ちょっと一緒に来てくれない?」

 

 手を合わせ、軽く首を傾ける仕草。あざとい。

 

 とはいえ、俺としてもこの衆目の中話をするのは正直キツい。彼女の提案は渡りに船ともいえた。俺から「一緒に外行かない?」とか切り出すこと出来ないし。噂されると恥ずかしいし……。

 ちなみに噂が立つとしたら「喜多と比企谷が恋人関係!」なんて甘いものではなく「喜多が比企谷に脅されている?」というものになるだろう。なにそれすごく冤罪。

 

「分かった。手短に頼む」

 

「ありがとう! あ、それと……」

 

 少し言いよどむと、なぜかちらりとピンクジャージの事を覗き見る喜多喜多さん。相変わらずうわごとのように「チケット三枚」とつぶやいている。

 

 すると急に肩を掴まれたかと思えば、喜多喜多さんの顔が俺の顔の真横に急接近。

 

「(ご、後藤さんってクラスでいつもこんな感じなの……?)」

 

 そして、耳元でぽしょぽしょと囁いてくる。あふん。なにこれASMR? 俺まだ16歳だからR-18のやつは買えないんだけど? R-15なら売ってくれ。3000円くらいなら出せる。やだ言葉の勢いにしては価格が現実的。俺の懐事情が垣間見える金額で泣けてくるな。

 

「あ、ああ。まあな。大体こんな感じで型崩れしてる」

 

「そうなのね……」

 

 しかし、彼女のコミュニティが広いとはいえ、このピンクジャージマン……いや、察するに彼女が『後藤さん』なのだろう。後藤と知り合いだとはこの八幡の腐り目をもってしても見抜けなんだ。いや誰が腐り目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室からやや離れた廊下。そこは男女の逢引きに最適な空間……なんてことはなく、普通に何人か同学年の奴らが行き来する程度の場所である。

 

「比企谷くん。単刀直入に聞くんだけど、ライブチケット買わない?」

 

「……カツアゲは勘弁して貰えないでしょうか」

 

 頭の中を美人局という三文字が通り過ぎて行った。

 

 『美人にはホイホイとついていくな。』それが父からの教えだという事を、俺はすっかりと忘れていたのだ。ちなみにそれを言ってくれた時の父は、だれの物かも分からない絵画を手に、母にこってりと絞られカラカラに干からびていた。あまりに情けなさすぎる大黒柱の姿に涙を禁じえなかったものである。

 しかしまさか学内で堂々と行われるとは思ってもいなかった。陽キャだなんだと褒めたたえていたあの時の俺を返して欲しい。

 

「か、かつあげ? 私、揚げ物はあんまり好きじゃないんだけど……ほら、この前私たちのライブが近いうちにあるから見に来てって言ったじゃない?」

 

「え、あ、ああ……」

 

 カツアゲが通じなかったというショックをよそに、慌てて記憶を振り返る。確かに以前、階段下で一人彼女が練習していた時そんな話をした気もする。正直話半分というか、一種の社交辞令として聞き流していたが、まさか覚えていたとは。

 

「駅から少し歩いたところに『スターリー』っていうライブハウスがあるんだけど、今度そこでライブをやることになったの! この前私の演奏聞かれちゃったのも何かの縁だし、折角だから聞きに来てほしいなって。その、お金はちょっと掛かっちゃうんだけど……」

 

 申し訳なさそうに指先を突き合わせながら目をそらす喜多喜多さん。あざとい。

 

「あざとい」

 

「えっ?」

 

 おっと、思わず口から本音が。

 

「いや、すまん。チケットいくら? 俺全財産3000円しかないから買えるかわからないけど」

 

「え、えっと……1500円よ」

 

 1500円。買えるには買えるが、全財産の半分である。正直これは虎の子の3000円であり、近く発売されるであろう好きな作家の新刊に充てたい分だ。折角のお誘いではあるが、ここは申し訳なさを演出しながら辞退させて頂こう。

 

「その、悪いんだが……」

 

「あの、聞き間違いだったら悪いんだけど、いま私の事あざといって……」

 

「買います」

 

「えっ?」

 

「買います」

 

 嫌だなぁ、人からのご厚意を無下にするわけないじゃあないですかこの僕が。わははは。

 

 はぁ……口は災いの元とはよく言ったものである。確実に要らぬ災いを呼び寄せた気もするが、ここは買いますのごり押しで先ほどの発言を無かったことにさせて貰おう。

 

「あ、ありがとう……」

 

 よし。微妙な顔をしているが何とか押し切れたようだ。危ない危ない。

 

「それじゃあはい、これチケット。あ、細かいのある?」

 

「ああ、ちょっと待っててくれ」

 

 こうして、俺は一枚のチケットを手に入れた。日程は『8/14』、バンド名は『結束バンド』。

 

 どこかで聞いたような名前である。いや、聞き覚えというか結束バンドそのものなら周知のものではあるのだが。

 

「……駄洒落か?」

 

「ええ!? 私はいいバンド名だと思うんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 喜多喜多さんと別れて席に戻ると、例のピンクジャージたる後藤は正気を取り戻して手元の紙と向き合っていた。

 元気なことは良いことだ。これ以上心配してやる必要もないと目を逸らす。

 

「あ、あにょ!」

 

「うおっ!?」

 

 だが、今日は珍しいことにその後藤から声を掛けられた。急に大声で話しかけてくるなよ。びっくりして俺も大声出ちゃっただろ恥ずかしい。

 

「あ、すす、すいません……人に話しかけるの久しぶりで……」

 

「はあ……」

 

 句読点多めの会話に、調節ダイヤルのぶっ壊れたボリューム。これぞまさにぼっちの会話のお手本である。内心でキョロぼっちとか馬鹿にしてごめん。

「あ、あの、これ貰ってくれませんか……?」

 

 そういって彼女が差し出してきたのは、先ほど向き合っていた紙の一枚。受け取ってみると、呪われていそうな毒々しい絵が俺を歓迎してくれた。

 

「ば、バンドのフライヤーです……と、友達一号さんなら来てくれるかなって……」

 

 うへへへへと意味の分からない笑い声をあげる後藤。絵も合わさってありえないくらい怖いんだが。あと本当にいつ友達一号になったの? 俺の認識ではまだ友達ゼロ人なんだけど?

 

 若干気持ち悪いのでここで拒絶して絶望の淵に叩き落すことも出来るのだが、俺にも情けというものがある。この場で一人トリップするくらいなら許してやろうと黙ってフライヤーに目を落とす。

 

 『8/14』『結束バンド』。この二文字が目に飛び込んでくる。おや、と先ほど貰った手元のチケットを見返す。

 

 『8/14』『結束バンド』。うん、完璧に同じだ。一言一句違わない。

 

「な、なんとかこれで一枚……でもあと二枚ある……二枚……二枚……」

 

「あーっと、言いにくいんだが……」

 

 ブツブツとつぶやいている後藤の目の前に、先ほど喜多から貰ったチケットを提示する。

 

 瞬間、後藤の顔面がぶわっと崩壊した。

 

「しょ、しょんにゃぁ……」

 

 福笑いもびっくり、顔面パーツがマグロのごとく顔中を泳ぎ回っている。いやどういうこと? 現象を文字として表現することがこんなにも難しいとは思わなかった。こいつ本当に人間か?

 

「だ、誰から貰ったんですか?」

 

「喜多から」

 

「り、リア充だ……友達に裏切られた……ぼっちじゃなかった……」

 

 こいつ、ナチュラルに俺の事を同族扱いしてやがった。別に事実なんだが、こいつに同レベルに見られていたという事実はなんか屈辱的である。

 

「いや、偶々だから。リア充とか、喜多と友達とかじゃないから」

 

「わ、私の唯一の命綱が……」

 

 だめだ、聞いちゃいない。すでにお通夜モードに入っている。

 

 ピクピクと溶けだしたピンクの少女に、南無と静かに手を合わせた。

*1
友達を求めてキョロキョロするタイプのぼっちの事。名付け親は八幡だが、ぼっちの時点で同じ穴の狢である事に彼は気づいていない

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