ぼっち・と・ぼっち   作:初柴シュリ

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俺の家から

 

 

 

 夏休み中の学生というのは部活に勉強、友人との遊びに家族との旅行と中々に忙しい期間という印象を持つ者が多いと思うが、こと俺のような存在にとっては、ただの長い長い休みである。

 最も、長い長い休みをずっと心待ちにしていた俺としては、まさに天国のような時間と言ってもいいが。31日に間に合う程度に適当に宿題さえやっていれば、あとは一日中クーラーの効いた部屋でゴロゴロしていても問題ない訳だ。夏休み最高。

 

 そんな訳で、今日も今日とて惰眠をむさぼりながら買い溜めしてあった本を消化する至福の日常を送っていた訳だが、その時間は一通のロイン通知によって破られた。

 

 ぼっちのロインに届く通知は、大きく分けて二種類ある。家族か、家族以外か。ローラ〇ドもびっくりの二択だ。

 家族以外のロインと言えば何かの拍子に登録してしまった公式アカウントくらいであり、故にロインを見る際いちいちどんな内容なのだろうとドキドキすることもない。まさに植物の心のような平穏な人生である。気分はまさしく吉良吉影。

 

 とはいえロインを見ないと、それはそれで家族から連絡が来ていた場合著しくどやされる可能性がある。特に食材のお使い系を無視すると、場合によっては夕飯抜きまであり得るため出来るだけリスクは回避したい。渋々ながらも、俺は枕元のスマホを手に取る。

 

 

山田

 

 

今日暇?

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 正直、とても面倒である。

 

 これは俺の経験則なのだが、第一声に用事ではなく『今日暇?』と空いているかどうかだけ確認を差し込んでくる奴にろくなやつはいない。すわ遊びに誘われる前振りかと喜んで空いていると返答すれば、『じゃあ俺の代わりに掃除やっといて』と言ってくるのがオチだ。お前のことだぞ鈴木。

 

 だがこの山田という女、結局2000円の返済をずるずると引き延ばし、俺の金欠状態を生み出した張本人でもある。確か貸したのが春先の出来事だったのだが、あの時はまさか夏休みまで引っ張られるとは思いもしていなかった。本当にいい加減にしろよ。

 

 という訳で、俺はこいつからいい加減借金を回収しなければいけないのである。一つ年上から金を巻き上げるのは本来勇気がいる事のはずだが、こうも延滞されては溜まったものではない。高校生にとっての2000円は非常に大金なのだ。

 

 

山田

 

 

今日暇?

 

既読
2000円返せ

 

 

今日返す

 

下北沢

 

 

 

 

 

 

 さて、いきなり2000円を返すと言われた訳だが、こいつの延滞癖については短い関係値の中でも非常によく理解出来ている。すぐ返すという発言から二ヶ月近く経っても返却されないのだから、彼女の言う『今日』と言う言葉が言葉通りの意味ではないであろう事は間違いないだろう。

 

 ……実質ほぼ初対面に近い女性の先輩に対してなんたる言い草だとは自分でも思うが、いかんせんほぼ事実なのでどうしようもない。悪いのは俺じゃなくて返済延滞している山田だ。

 

 非常に面倒だが、さりとて待つと言われたからには無視するのも気まずい。年上というアドバンテージに対しての尊敬の念は既に枯れ尽くしているが、それを盾に無視するほど非情になり切れないのもまた事実だった。

 

 財布と家の鍵、携帯を掴んでもそもそと出発の準備を始める。炎天下の元にこれから足を踏み入れるのかと思うと、実に気が重い。

 

 リビングに足を踏み入れると、わが妹である小町がテレビを前にしてぐでんと横になっていた。ぐで〇まかな?

 

「……あー、お兄ちゃん。出かけるの?」

 

「おう妹よ。ちょっと下北沢までな」

 

「そうなんだー。お土産よろしくー」

 

 来年には受験が迫っている身のはずだが、随分とだらけ切っている。わが妹の学力が心配だが、口うるさい兄貴になるつもりもないのでそのままスルー。だけどね、いくら家族の前とはいえパンツ丸出しで寝転ぶのはお兄ちゃんどうかと思うな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったね」

 

 下北沢の駅前。夏休みのせいかいつもより人の出入りが激しい下北沢駅前にて、青髪の女はそう言ってきた。

 

 そこは俺が『待った?』と声をかけてから『ううん、全然待ってないよ』と返してくるのが定番だろうと思ったが勿論声には出さない。普通にキモいから。

 

「千葉からわざわざ出向いたからな。暑くて足も遅くなる」

 

「千葉住みだったんだ。下北沢に住んでると思ってた」

 

「そんなことより、ほら」

 

 山田の前にすっと手を伸ばす。

 

「……?」

 

 ぽす、と掌の上に掌を重ねてくる。

 

「……なにやってんの?」

 

「お手?」

 

「いやあの、お手よりお金が欲しいんだけど……」

 

「おお、そうだった」

 

 健全な青少年男子に軽々なボディタッチはやめてほしいと何度言えば。危うく勘違いしてデートに誘って『え、うーん……また今度で』って言われて告白する前に振られるところだった。いや告白すらできないのかよ。

 

 俺の言葉でようやく気付いたかのように手を打つと、山田はごそごそとポケットから財布を取り出す。

 

「はい、2000円」

 

「お、おお……」

 

 あっさりと手元に野口英世が二枚帰ってきた。いままで何度催促してものらりくらりと躱していた人物と同じとは思えないほどのスピード感である。

 

 とはいえこれは僥倖。いち早く用事が終わったのであれば、いち早く家に帰ってゴロゴロしたいのが俺の信条だ。下北沢でやることが無い訳ではないが、夏の日に屋外を回る気にもならない。さっさとクーラーの効いた己の部屋に帰りたいと思うのは自明の理だろう。

 

「これで貸し借りは無しだな。よし、それじゃ」

 

「まだ用事は終わってない」

 

 がし、と踵を返そうとした肩を思いっきり掴まれる。

 

「……なんだよ」

 

「今日は私が先輩という事を改めて思い知らせる日。ご飯をおごってあげようと思って」

 

 なるほど、本題はこれだったか。山田の得意げな顔を拝むのは鼻につくが、俺に利のある話というのは確かだ。

 

「いや、先輩だとはちゃんと思ってるぞ? 尊敬はしてないけど」

 

「そこが問題。私のすごさを少しは思い知るべき。ついでに今日はベースも聴かせる」

 

「そんなことしなくてもいいんだが……」

 

 面倒くさいし、という言葉だけは飲み込んでおいた。欠片だけ残された情のなせる業である。

 

「ダメ。ベースの良さを十個言えるようになるまでひたすら聴かせる」

 

「俺の意見は無視か? 黙殺されてないか?」

 

「とりあえずもうお昼の時間だからごはんから食べよう。新しく出来た喫茶店に行く」

 

「おーい、ベースまでは付き合わんぞ? 聞いてるか?」

 

 聞いているのか聞いていないのか、俺の言葉を背にして山田はすたこらと歩き出す。あまり他人に興味があるような奴だとは思っていなかったが、今日はやけに強引だ。

 彼女の無表情からはうまく感情も読み取れず、渋々ながら彼女の背を追う事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここのハヤシライスは美味しいと評判なんだって。あ、ハンバーガーを一つ」

 

「その流れならハヤシライス注文するんじゃねぇの……? あ、オムライス一つで」

 

 若干ひきつった顔でかしこまりました、と下がっていく店員。間違いなく山田のせい*1だ。

 

「それで、本当は何の用だったんだ?」

 

 どうにもこの女がこんなあっさりとした用事で人を呼ぶような奴には思えない。彼女はおそらく、俺のように一人が好きな人種だ。そんな奴が、せっかくの休日に態々知り合ったばかりの異性の後輩を、なんの目的も無しに呼びつける訳がない。

 もちろん、借りていた金を返すという大義名分はある。だが、それを気にする様な繊細さがあれば、そもそも返済を延滞していない。初対面の相手から金を借りるという豪胆さを持つ彼女が、いまさら罪悪感を感じたなどある話ではないだろう。

 

 故に率直に疑問をぶつける。早めに用事を切り上げて、さっさと家に帰るために。

 

「……?」

 

「……いや、忘れてくれ」

 

 無表情で小首を傾げる山田。面の良さからか、そんな小さな動作すらもやけに様になっているのが腹立つポイントその1だ。

 俺の疑問はどうやら的外れだったらしい。散々頭の中で考えていた自分が恥ずかしくなってくる。という事は、本当に俺は何も考えず呼ばれたという事なのか?

 

 少しの間沈黙が支配する。気まずい。俺自身人と接する機会が少ないのもあるが、そもそも二回会っただけの美少女と食事に行くなど気まずくて仕方がない事だ。なんとなく手持ちのスマホを弄ることも憚られて、手元にあった水を一口飲みこんだ。

 

 ざわざわと周囲の喧騒が一層強く聞こえる。夏休み期間の為か、この喫茶店には若い男女が多く出入りしている。女三人寄れば姦しいというが、それが十グループ以上も集まれば何をいわんや。そんな環境に放り込まれているものだから、俺の肩身は一層狭く感じた。

 

 しかし、そんな中でも山田はどこか超然とした雰囲気で構えている。何も気にしていないのか、何も考えていないのか。面の良さも合わさって、見る人にはどこかミステリアスな印象を与える事だろう。俺が黙って一人で座っていても寂しいぼっちとしか思われないのに、世の中は不公平だ。

 

 山田も続くようにグラスへ口を付ける。一瞬では終わらず、二秒、三秒。喉が蠕動するたびにんぐ、んぐと水が通り抜ける音が聞こえるような飲みっぷり。

 

 からん、とグラスの氷が音を立てて転がった時、ようやく山田を口を離した。

 

 ふう、と小さい溜息をつく。

 

「……ライブやるんだ」

 

「え?」

 

「8/14。今のバンドだと初めてのライブ」

 

 喜多といい後藤といい、最近の俺はライブの話を切り出される事ばかりだ。何かそう言う星のもとにでも生まれたのかと思いそうになるが、別にこれまでバンドに勧誘されたこともないので多分気のせいである。一回ギター挫折してるし。

 

「そうか。ちなみに俺は既に予定があるから行けないぞ」

 

「ノルマ分は売れてる。なんか売れた」

 

「あ、そうなの……」

 

 また勘違いである。いやだって、あの神妙な顔からライブの話されたらチケットの話だと思うじゃん。しかも合計三回目の話なんだから。

 

「……あー、何言えば良いか分からんが、とりあえず頑張れよ」

 

「大丈夫。私は上手いから」

 

 いよいよ分からん。こいつはなんでライブの話をし始めたんだ? ただ自分の腕前を自慢したかったのか? そんな虚栄心が強いタイプだったのか?

 

「あー、なんだ。じゃあ他のメンバーが下手なのか?」

 

「私程上手くない。でも問題ない」

 

「そうか……」

 

 再び訪れた静寂。気まずい。取りあえず間を持たせるために、お冷と一緒に置かれていたお手拭きの封を開ける。

 

 話したいことが一向に見えてこないが、どうやらこいつは自分のベースの腕前に相当の自信を持っているらしい。勿論俺に言われたところで、ベースの良し悪しなど判断出来るはずもないのだけれど。

 この山田という女、本当に何か考えているのか少し怪しくなってきた。あまりにも行動に目的が見えてこない。いっそ何も考えず暇な知り合いを呼んだだけですと言われた方がまだしっくりくる。

 

「……今のバンドだと初めてのライブって言ったよな。ライブ自体は経験あるのか?」

 

「あるよ。何回か」

 

「そのバンドは?」

 

「私から抜けた。その後解散したみたいだけど」

 

「……そうか」

 

 デリカシーのない質問だった。人との関わり方を理解できていないから、こうやって後悔する様な言葉を吐く。

 『後悔』はいつだって『後』からだ。失敗だらけの人生だから、こうして人との関わりを絶っている。それがどうしようもなく俺の事を自己嫌悪に陥らせていた。

 

「八幡は、良いバンドって何だと思う?」

 

 卓上のピッチャーからグラスに水を注ぎながら、山田が問いかけてきた。

 

「は? 良いバンドって……分からねえけど、売れるのが目標じゃないのか?」

 

「勿論、売れれば売れるほど良い。お金は大事」

 

 成程、返済を延滞するベースが言うのであれば説得力は高いだろう。ジトっとした目線を向けるも、山田は素知らぬ振りだった。

 

「でも、売れる為に個性を捨てるのは違う。個性捨てたら、死んでるのと一緒」

 

 個性。たったの二文字が、俺の意識には重くのしかかってくる。

 

 個性があるというのは、それ即ち自分を出すということ。言うは易く、行うは難い。出る杭は打たれるということわざがある通り、ある日急に個性を出してきた相手など奇妙に思われて邪険にされるのがオチだ。

 人が個性を出すには、個性を受け入れる土壌が欠かせない。そうで無ければたちどころに個性は枯れ、人々に均される。

 

 ああ、彼女の言う通り。個性を捨てれば人は死ぬ。だが残念ながら、個性を出しても人は死ぬのだ。少なくとも、それを人が受け入れてくれなければ。

 

 そんな命のかかった不確定なギャンブルを、友達だの恋人だのといった不確定な存在に任せておけるものか。

 

「……じゃあ、今のバンドは個性があるって事か?」

 

「勿論。中々の曲者揃い」

 

 山田をして曲者と言わしめるのだから、それはそれは多種多様な人材が揃ったバンドなのだろう。頭の中に何故かほわんほわんとピンクジャージを着た少女が浮かんできた。

 

「そうか……まあ、頑張れよ。成功を祈ってる」

 

「うん、ありがとう」

 

 この言葉は世辞ではない。紛う事なき俺の本心だ。

 

 青春とは嘘であり、悪である。その失敗を全て、青春という一言に還元してしまうから。

 

 彼女のバンドが個性を出した結果、失敗する可能性は大いにある。ライブという見知らぬの観衆の前で演奏を披露するという性質上、それが受け入れられない事だってあるだろう。

 

 願わくば。彼女達にはそれを青春だなんて言葉で言いくるめて欲しくない。失敗なんてしないで、成功の道を突き進んでほしい。

 だが、心のどこかに『どうせ失敗する』と囁く俺がいる事もまた事実で。

 

「(……何が言いたいんだろうな、俺は)」

 

 ぐるぐると渦巻く考えを落ち着かせる為、グラスの冷水で唇を濡らす。火照った頭に、冷たい水は心地良く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=========

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウは、なぜ自分が目の前の青少年を呼びつけたのかいまいち理解していなかった。

 

 いや、勿論呼び出す理由はあった。彼女自身2000円を返済していなかったし、その督促のロインだって来ている。

 

 加えて、今日は夏休みだ。虹夏たちはひとりの家でTシャツのデザイン案を考えているが、何となく乗り気になれなかった彼女は祖母が今夜が峠だと適当な嘘をついてイベントを回避している。ちなみに、彼女の祖母が危篤になるのは今年で十回目である。

 

 つまり、今日という日はリョウにとってフリーの一日であり、一人で古着屋やCDショップを巡るには絶好の一日であったわけだ。

 

 だが、彼女は何となく八幡のことを呼んだ。2000円の返済という名目で。

 

「(……なんだろう、なんか似てるのかな)」

 

 八幡は自他共に認める、紛うことなきぼっちである。それも、好きで一人でいるタイプ。リョウのライフスタイルにだいぶ近い存在だ。

 しかし、それは共感を生みやすい要素というだけで、一緒に行動する理由にはなり得ない。故に、今日この場に八幡を呼んだ自分に少し困惑していた。

 

 だが、こうして改めて顔を突き合わせ言葉を交わせば、少しばかり見えてくるものもある。

 

「(……なんかわからないけど、何か悩んでそう)」

 

 リョウは思索深そうな顔つきをしているとよく言われるが、その実かなりの感覚派*2だ。己の行動理由を言語化することなど滅多にないし、考えて動くことも滅多にない。

 

 しかし、感覚で動くからこそ感じ取れるものもある。八幡が心の中で起こした動揺を彼女は何となく肌で感じていた。

 

 だからかもしれない。彼女がこうして、身の上話を少しばかり語ってしまったのは。

 

 とはいえ彼女も筋金入りの一人が好きでいるタイプのぼっち。パーソナルスペースが広い分、他人のパーソナルな部分へ深入りすることも少ない。それが出来るのは長年の付き合いである虹夏くらいだ。

 

 故に、八幡の事情に対してもそれ以上踏み込むことはない。悩みを肌で感じても、それを言語化しようと詰めることなどしない。

 

 彼女がすることといえば、精々悩める後輩にご飯をおごってあげることくらいだ。

 

「(ふふ、これで私の先輩としての威厳はうなぎ上り)」

 

 いずれ訪れるであろう未来に内心でにやにやと笑うリョウ。ちなみに、この後結局財布のお金が足りず、八幡に泣きつくことになる未来までは見えていなかった。

*1
八幡のせいでもある

*2
何も考えていないとも言う




ネタバレ:リョウは何も考えていません
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