紆余曲折の末、モモンガが直接竜王国に出向くこととなった。これは非常にわがままな事だったが、アルベドをほぼ懇願に近い形で説き伏せた結果であった。竜王国に向かう道すがら、魔導国から送られてきた書類にサインする。アルベドが手直しした書類だ。いちいち内容など見ていられない。その様子を見る警護役のシャルティアから尊敬の眼差しを向けられるが、それもいちいち気にしてはいられない。
本来ならこんな大軍団を率いて行軍などしたくはなかった。しかし竜王国を支援すると表明した以上、王単独でいって「援軍は私だけです」では格好がつかない。
(一人で飛んで行って頼めるような仲でもないからなぁ……)
そもそも魔導国と竜王国とは縁もゆかりもない、ただし竜王国がビーストマンに襲われているのは知識として入ってきている。今回はそこに付け込んで支援という名目を前面に出している。しかしアインズの狙いは他にある。
(始原の魔法、この世界に元からあった魔法ならばディムザンバラさんを目覚めさせる鍵になるかもしれない……)
むろん、保証などない。もしかしたら何の意味もなさないかもしれない。だがしかし、これから魔導国も貿易に打って出るのだ。親しい国があっても問題はないだろう。
(といっても、個人的に女王にお願いする必要があるから、一応仲良くならないとなぁ)
一瞬、政略結婚という言葉が頭をよぎるがどこからともなく伸びた手がその言葉がかすめ取った、気がした。
ともかくビーストマンを蹴散らして、女王の信用を勝ち取らないことには仕方ない。そのためにはこのモモンガの一撃よりも、軍勢を率いて街々を解放していった方が心理的効果難いはずだ。そうした考えたから軍勢も豪華になった。アインズがスキルを用いて召喚したモンスターを多分に含んだ軍勢は王国戦で帝国兵に見せたものとは比べ物にならないほど膨れ上がっていた。ある意味モモンガの「さっさと終わらせたい」という気持ちの表れでもあったが、そんなおぞましい軍勢は一途、竜王国を目指して進軍していくのであった。
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女王ドラウディロン・オーリウクルスは内心自棄になっていた。物見から告げられた援軍の内容を聞いて卒倒しそうになったのである。
「ははは、この報告書を見ろ。見たことの無いアンデッドのおびただしい軍勢がこの都に迫っているぞ」
「そのようですね、陛下。ただ、魔導国の支援を受けたからには当然と言えるでしょうな」
「ああ、そうだな。そうだったな。なんせ魔導王自らの軍勢だものな!」
ビーストマンの侵攻は苛烈さを増し、逼迫した竜王国にはこの支援を受けるほかなかった。ドラウディロンは溜息をつきながら玉座から浮いた足を揺らす。
「ところで陛下。どちらの形態で魔導王陛下にお目にかかれますか?」
「形態言うな。むろん本当の姿に決まっているわい」
ドラウディロンがそういうと宰相はわかってないな、といわんばかりに首を振った。
「いいですか陛下。前にも言ったように今の形態の方が老若男女に支持が得られます。今回のように窮地を救ってもらうにはより哀願の通りやすい今の形態でお目にかかられた方がよろしいかと存じます」
「……形態言うな。そもそも相手はアンデッドだぞ。アンデッドにお前の理論は通じるのか?」
「それは御目通りしてみないとわかりませんが、確率は上げておくに越したことはありませんぞ」
「うむむ」
ドラウディロンの怨嗟のうめき声を余所に、宰相は涼しい顔で告げる。
「しかし魔導王陛下はどのような見返りを求めるのでありましょう?」
「いや、皆目見当がつかん。……とは言い切れん」
「ほう、といいますと」
「私だ」
ドランディロンが平坦な胸を張り、自分を指す。
「陛下。たしかに我々の身近な強者、うちのアダマンタイト級はロリコンですが、魔導王陛下までそのような目で見るのは違うのではないでしょうか?」
「違う! 私の魔法の事だ!!」
ドラウディロンが使うことのできる始祖の魔法。それが魔導王の望みだと彼女は言いたいのだ。そんなことは宰相にもわかっている。
「となると、結婚の準備もした方がよろしいですかな?」
「そうなるとは言えん。実験動物のようにさらわれるかもしれんぞ?」
「さすがに一国の女王を攫うなどはないでしょう。この国がついでに併呑されなければの話ですが」
だがそれだけの軍勢が、それを可能なほどの力がこの都に迫っているのは確かだった。聞けば魔導国は今のところ平和そのものと聞く。いっそ併呑してもらった方が無力な彼女が治めるよりも民は幸せなのかもしれない。だがそれは同時にアンデッドを戴くということ。本当にそれは民の幸せなのだろうか。
「陛下。何か深くお考えのようですが、お時間です」
「……わかった。おい、この姿で会うぞ」
「畏まりました。飛び切りかわいらしいドレスをご用意いたします」
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魔導王と黒鱗の竜王の会談は平和なものであった。まず魔導王が個人的友誼を結びたいと申し出たからである。ドラウディロンはこれに応じた。そうして今回の出兵は友人を助けたいという魔導王の個人的な願いを叶えたものという形になった。そしてそれは——矛先が違うだけで——事実であったのだが、ドラウディロンが知る訳もなかった。
魔導王の軍勢はビーストマンを撃退した後も防衛力として貸与される事が約束され、その後の魔導国軍の進撃はすさまじいものだった。あれよあれよと軍勢はビーストマンを蹴散らし、街々を解放し、魔導王とドラウディロンを称える声が民から絶えることはなかった。そうして竜王国は防衛線を再構築することができ、ビーストマンの侵攻を見事阻止したのである。ただ傷跡は深く、立ち直るまでにしばらくはかかるだろう。しかし小さな女王の激励は民の励ましとなり、復興へと進んでいくのであった。
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——とうとうこの日が来てしまった。
ドラウディロンはアインズに頼みがあると言われ、ナザリック大墳墓に来ていた。彼女の傍には誰もおらず、そしてアインズも供を連れず、二人っきりの状況であった。ナザリックの荘厳さも、絢爛さもいまのドラウディロンには目に入らない。いったいどのような願いを聴かされるのか。それが怖くてたまらなかった。二人の足音だけが長大な廊下に響いている。
誰とも会うことなく一室に通された。そこには誰もおらず、黄金の鎧が横たえられたベッドがあるだけだった。
「魔導王陛下、ここは?」
「アインズで構いませんよ。ここは、私の友が眠る場所です」
「友?」
不思議そうな顔を浮かべるドラウディロンをベッドの傍まで誘導する。そこで初めてドラウディロンは寝息に気付いた。そして黄金の鎧からそれが聞こえてくることも。
(眠る、とは比喩ではなかったのか)
驚くドラウディロンにアインズが告げる。
「紹介しましょう。私の友、ディムザンバラです。彼はいつしか眠りに就いてしまい、以降何をしても目覚めることがありませんでした。この私の魔法をもってしても……」
愛おしそうにアインズが黄金の鎧、ディムザンバラの体をなでる。
「お願いとは彼の事なのです。どうか、どうかあなたの始祖の魔法で彼の眠りを解いてくださいませんか?」
二人っきり、密室、そして今まで受けた恩、ドラウディロンに断ることなどできるはずがなかった。
「わかりました。やってみます……」
ドラウディロンがディムザンバラに触れ、虚空を見上げる。何かの声を聴くように見えた。
アインズは、何かの力がドラウディロンに集まっていくのを感じた。
(これが始祖の魔法……これならば!)
願いが叶う。そう確信したアインズはドラウディロンに告げる。
「我が友、ディムザンバラの復活を!」
ドラウディロンは答えた。
「いいえ、違います。魔導王よ、目覚めるのはあなたです!」
その時、アインズの体を何かが突き抜けた。
同時に何かが引きはがされる感覚がした。
それは途轍も無く大切で、とんでもなく重いものだった。アインズは知らず絶叫をあげた。突き抜けたものに手を伸ばし、叫んだ。
--いかないで!
アインズは自分がゆっくりと倒れるのを感じた。見知らぬ美しい女性が、優しく自分を支えてくれるのも。
●
アインズは自分を呼ぶ声で目が覚めた。それは低い男性のような気がした。しかし目の前にいたのは見知らぬ女性であった。
「あなたは?」
「私はドラウディロンです。これが本当の私の姿です。魔導王陛下、あなたは長い夢を見ていたのです」
そういうとそっとアインズを起こした。
「……そうだ!? ディムザンバラさんは!?」
アインズは起き上がり、ベッドに駆け寄る。黄金の鎧が眠るはずのベッドには何も無い。
「貴様! ディムザンバラさんになにをした!!」
激昂したアインズは裸体の女性、ドラウディロンに詰め寄るがドラウディロンは悲しそうな顔をし、答えるのであった。
「ディムザンバラとは、誰の事ですか?」
「なにを言う!! ディムザンバラは……!?」
そこまで言ってアインズは自らの頭に手をやる。
思い出せない。
ディムザンバラとは……なんだ?
「貴方はここで私に始祖の魔法を使うように頼みました。しかし私が魔法を使うと同時に倒れてしまったのです」
「始祖の魔法を、あなたに……?」
確かにそうだ。ドラウディロンと友誼を結び、貴重な金とスキルを使ってまで作り上げた軍勢を他国に貸したのも全てこの日の為だったはずだ。だがアインズはついに思い出すことが出来なかった。
「そうか。黒鱗の女王よ。世話をかけたようだな……しかし」
——何故この人は裸なのだろう?
近くを見ると幼児用のドレスと思えるものが見える。そういえばドラウディロンは最初その服を着ていた気がする。
——はて、サイズが全然違うような?
そう思っていると、失いかけていたはずの羞恥心が一気に膨れ上がってきた。
「とりあえず何か着なくては……〈上位道具作成〉」
全裸のドラウディロンを漆黒のドレスが包む、それはまるでアインズと対になるようであった。その時扉が勢いよく開かれた。果たしてそこにいたのはアルベドであった。
「アインズ様! 何ご……」
息を呑む音がする。思いのほか大きな音でとアインズは感じた。自分に喉はないから他の誰かの者だろうか。そうして次に聞こえてきたのは泣き声であった。
「ふえーん! アインズ様がとられたぁあああああ!!!」
美女の顔を崩して大泣きするアルベド。アインズは大慌てでアルベドをなだめるのであった。
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アルベドを落ち着かせ、ドラウディロンを歓待する準備をするように告げる。アルベドがごねていると、ドラウディロンはすぐに帰らねばという。確かに多忙な彼女を無理に引っ張って来た記憶が在る。だがそれがなぜかは思い出せない。何か引っかかる思いがしていると最後にドラウディロンが告げた。
「どうかあなた様が、いつまでもそのままでいられますように」
そういうとドラウディロンはゲートをくぐっていった。
アインズは腑に落ちない顔をしつつ、自分ぴったりと寄り添うアルベドに問うた。
「アルベド。ディムザンバラというのを知っているか?」
「……申し訳ございません。ディムザンバラなるものを知らぬ、無知なわたくしめをお許しください」
「よい、よいのだ。お前が知らぬのなら誰も知らぬのだろう」
それ以降アインズはディムザンバラの名を告げることはなかった。
アインズはエ・ランテルに戻り、仕事を再開した。日々を過ごしているとアルベドがモモンガの名を告げた。不思議に思い、アルベドに問いただすと彼女も不思議そうに申し出た。
「申し訳ありません。ただ、最近のアインズ様はまるでモモンガ様に戻られたようで」
アインズ・ウール・ゴウン魔導国は当初思われていた戦争を起こすことなく、平和裏に多くの国を飲み込み、そして大陸初の異種族統一国家を作り上げた。