【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
主人公は最強ではない。アルトリア譲りの才覚があるけど、前作の北欧蛮族のような運命破りは無理無理の無理。つまり詰み。
最終的にはアルトリア≒主人公≧モードレッドぐらいの実力に落ち着く予定。
不定期更新。
運命の歯車が狂ったのは、ブリテン王国に住まう全ての人々にとっての慶事が齎された時だ。
「本当なのですか、マーリン……。
「ああ、本当だとも。こんなことで私が嘘を吐く理由があるとでも?」
慶事である。赤竜の化身にしてコーンウォールの猪とも称される、ブリテン王国を統べし伝説的君主の嫡子の存在。それを正妃たるギネヴィアが懐妊したというのであれば、王国の未来は明るいと希望を持てる喜ぶべき報せであり、事実多くの臣民は喝采を上げた。名高き騎士達も未来の主君の誕生を今か今かと待ち望んでいる、今や正妃の嫡子懐妊の報せは国中の話題となっていた。
ただ一人、いや、あるいは正妃もだろう。アーサー王たる少女アルトリア・ペンドラゴンは顔を蒼白にして混乱していた。そう――少女である。もちろんギネヴィアも女性だ。なのに子供が出来るというのはおかしな話であるし、本来なら子供を懐妊したギネヴィアは不義を疑われて然るべきだろう。だがそうはならない。ならないのだ。
元々ギネヴィアは特別な血統だ。聖剣を抜いたから古王ウーサーの後継者たる資格があるとアーサーが喧伝したところで、多くの諸侯がそれに納得して付き従うわけがない。故にアーサーは知恵袋であるマーリンの助言に従い、ギネヴィアと婚姻を結んで権威的な後ろ盾としたわけである。その際にアルトリアは自身の性別を打ち明け、彼女に協力を頼んで了承を取り付けていた。
ブリテンを救うという大義に共鳴し、女性でありながら大志を懐くアルトリアを尊敬して同志となったギネヴィアは、アーサー王の王権の正当性を担保する大事な政治生命の命綱である。その重要性をよく知るはずのギネヴィアが、アルトリアに対する不義を働くわけがないと信じているし、仮に不義があっても相手次第では黙認してもいいとアルトリアは思っている。
ギネヴィアはまともな恋愛や子供の出産は諦めていた。だが夜の営みがないのでは周囲が不審がる為、マーリンの助言と手助けによって
ただでさえ辛いギネヴィアの境遇。それを理解している自分が――本当は女である自分が――女であるギネヴィアに命を宿してしまった。それを知ったアルトリアが色を失くすのは当然だ。
女なのに父親になってしまった。女なのに女の子供を宿してしまった。アルトリアは気が狂いそうなほどの罪悪感と混乱で叫び出しそうになってしまう。
しかし元凶のマーリンは責められない。助言を求め、手助けを求めたのは自分であるし、今は自分などより遥かに追い詰められているであろうギネヴィアが心配で堪らなかったのだ。アルトリアは執務室を飛び出してギネヴィアの許に向かう。
だが。
「ごめんなさい……今は、誰にも会いたくないの……」
「ギネヴィア……すみません。出直します」
ギネヴィアは部屋に引きこもり、アルトリアとの対話を拒んだ。アルトリアもまた彼女の心を慮り無理に会おうとはしなかった。――彼女との間に、致命的な亀裂が走ったのはこの時のことだ。
だがアルトリアはその事実と直感から目を逸らした。というのもギネヴィアが自身を裏切ったなら、王位に即位してまだ間もない今だと全てが台無しになるのである。アーサー王が女だったと知れ渡れば全て終わる。円卓の顧問であり選定の剣カリバーンが折れる原因ともなったペリノア王は、アーサー王が小娘なのを知っており、内心軽んじているのはアルトリアも感じていた。秘密が露見すればペリノア王はこれ幸いと離反する可能性がある。彼ほどの武勇の持ち主が離反してしまえば、ブリテンの平和と秩序は大いに乱れるだろう。ギネヴィアに裏切られたらアーサー王は詰むのだ。
しかし、アルトリアをギネヴィアは裏切らなかった。アーサー王と顔を合わせることだけは避け、拒絶していたものの、断固としてアーサー王最大の秘密を暴露する真似はしなかったのである。
それだけでアルトリアは救われた。同時に深い慚愧の念に支配される。
(私は……彼女に報いなければならない。でもどうやって……?)
悩める若き王だったが、答えが出ることはなかった。
ギネヴィアは公的行事の時以外にアルトリアと会うのは避けた。そのまま月日が流れ――アーサー王の耳に嫡子が生誕したという報せが届く。
国内で頻発するピクト人の襲撃を聞きつけ、ピクト人達の討伐の為に出陣していた最中のことだ。戦陣の中にいたアルトリアは愕然と立ち尽くす。ついにこの時が来てしまったか、と。祝福の言葉を述べる騎士達の言葉が右から左に流れていき、アルトリアは声を震えさせながら問い掛けた。感動に打ち震えているようにも見える様子で――しかし内心では形容し難い怯懦に塗れながら。
「ぎ、ギネヴィアの生んだ子は……男児か、女児か?」
「お喜びくださいアーサー王! 健康な男児、陛下の嫡男だと聞いております!」
おお! と喜ぶ騎士達に囲まれながら、アルトリアは腰が抜けそうになる。足元が崩れ去り、深い奈落の底に堕ちていくような錯覚に襲われたのだ。
男児……男児! 喜ぶべきだろう。だがアルトリアは全く喜べなかった。
女児ならよかった。それなら大々的に姫として遇し、ギネヴィアの傍に置き続けられる。だが男児ならそうはいかない、アーサー王の嫡男であれば騎士として鍛えなければならなくなり、次期国王として英才教育を施さなければならなくなる。ギネヴィアから子供を取り上げるも同然の所業だ。幾らギネヴィアの望んでいない子であっても、腹を痛めて生んだ我が子が取り上げられたら、ギネヴィアの心痛は測り知れなくなる。――事実、遥か遠くのキャメロットにいるギネヴィアは、自身から男児が生まれたことを知って絶望していた。予期していなかったとはいえ、腹の中にいる我が子にいつしか愛情が芽生えていたのだ。アルトリアとギネヴィアだけが、嫡男の生誕を喜んでいない――
「名前はどうなさいますか?」
喜色満面の騎士が訊ねる。それに、アルトリアは震える声で答えた。数十秒もの沈黙の末に。
「……ロホルト。その子には、ロホルトと名付けなさい」
斯くしてアーサー王とギネヴィア妃唯一の子、ロホルトはブリテン王国へと生まれ落ちた。
ロホルトは利発そうな子だった。
アルトリアの腕に預けられた赤子は、ジッとアルトリアの顔を見て、短い手を伸ばしている。
自身の抱く赤子の髪は金のそれ。瞳の色もアルトリアと同じで、血の繋がりを確かに感じさせた。
居室に籠もっていたアルトリアは、複雑極まる心境で我が子を見つめる。
「ロホルト……ごめんなさい。私は、貴方を……」
「……?」
ロホルトはアルトリアが伸ばした手の指を握り締めている。小さな命だ、自分が人の親になったのだと思うと、アルトリアは途方もなく怖くなってきてしまう。
ギネヴィアへの罪悪感と、血を分けた我が子が動乱の時代に生まれた不安、そして、こうして実際に我が子を抱いているのに、自分の子供だという実感が湧かない恐怖がある。
アルトリアは女なのだ、なのに男性として、父親として我が子と接しなければならない。男としての価値観や性自認がないアルトリアにとって、腹を痛めもせずに生まれた子供を我が子と認識できないのは無理もない話ではある。だがアルトリアは自覚していた、自分が未だに己の罪から目を逸らしたがっているだけなのだと。真実はそうであり、事実は動かない。
だが、自覚しているからこそ善良なアルトリアは己を叱った。
ギネヴィアの為にも、そんな心持ちでいてはいけない。この子の為にも、自分は立派な親でなければならない。そして親として、王として、我が子が戦わなくてもいいように、戦場で命を賭ける必要がないように励もう。アルトリアはそう決意した。親としての自覚をきちんと持つべく努力しようと。――そう遠くない未来で、アルトリアはロホルトを親として愛する気持ちを芽生えさせることになる。それこそが亀裂を刻んでいたギネヴィアとの関係を修復不能にさせ、ギネヴィアの心に暗い影を落とすのだとも知らずに。
(アルトリア様。いいえ、アーサー王陛下。あなたは私から子供を奪った挙げ句、親として堂々と接するのですね。わたくしが傍に置いて、可愛がってやれない子供に……親の顔をするなんて)
ギネヴィアは思う。抑えきれない嫉妬と、暗い怒りを抱えて。赦せない、と。
だがギネヴィアもまた善良な女だった。清らかで、高潔な乙女だったのだ。アルトリアに対する尊敬の気持ちは未だに翳らないし、生涯アルトリアの秘密を漏らすことはないだろう。
しかし。
しかし、だ。
自身の手元に返されたロホルトを抱きながら、ギネヴィアは抑えきれない欲望を感じる。ロホルトは赤子の内から、物心つくまでしか可愛がってやれない――だからその後、女の子が欲しい。
アーサー王との子供ではない。もう女性との間に子を生みたくない。それはこの時代、この国の女性として当然の感性。一般的で当たり前の感覚だ。ギネヴィアはアルトリアとの性交は望んでいないし、アルトリアだってそうだろう。ギネヴィアは自身の女性としての尊厳ぐらい護りたいと感じている。だから、子供が欲しいのだ。できれば女の子がいい。――アーサー王以外との子供が。
赦されることではない。アーサー王の妃である自分が、アーサー王以外との子供を生むなど。
だがその欲望は確かにギネヴィアの中に芽生え、月日を経るごとに肥大化して、遂には抑えきれなくなり過ちを侵すことになるだろう。それは決して避けられない運命だった。
ギネヴィアは苦悩する。妃としては正しくない、しかし個人としては正しい願いを胸に。成長したら滅多に会う機会がなくなるロホルトを惜しみ、禁忌の願いに苦しみ続けることになる。
ロホルトはギネヴィアの流す涙を、不思議そうに見上げていた。
(――おや。ちょっと調整をしくじったかな?)
『現在』を見渡せる瞳を持つ夢魔は、この光景に関心を寄せずロホルトを注視していた。だが期待した才覚の基準値にロホルトが達していないことを悟り、小さく嘆息して己の失敗を認める。
彼はハッピーエンドを好む。故に『未来』を見通して動く同志がいたら楽が出来ると目論んだのだ。
結果は失敗だ。ロホルトは確かに特別な瞳で異なる何かを視ているが、同種の瞳を持つはずの夢魔に全く気づいていない。その瞳の持ち主同士は時空を超えて互いを認識できるはずなのに。
ロホルトには、千里眼が宿っていた。半端に『未来』を視てしまう瞳が。
(やっぱり余計な真似はするべきじゃないか。僕が関わると大抵よくないことになるし自重しよう)
勝手なことをやらかしておきながら、夢魔は勝手に失望し勝手に見限った。
ロホルトが何を、どこを視ているのかなど、夢魔にとってはどうでもいいのである。
なぜならロホルトが視ているのは――遥か未来の平行世界、固定された視点だけなのだから。
騎士の国の王子が持つ瞳は壊れている。失敗作だ。
なまじアルトリアという最高傑作を知るだけに、夢魔の失望は深いもので。
2020年代の極東の島国にて、若くして命を落とした男性の生涯を見届けて以降『瞳』の機能を失ったロホルト王子の精神が、著しく変容していることになど――興味を持つことはなかった。
マーリン
全ての元凶。こんなことしてもアンチタグがつかないレベルの御方。
あちゃー、失敗しちゃったかぁ。ぐらいの気分ですっぱり主人公を見限った。
この件では報いは受けないだろう。
アルトリア
生まれないはずの子供が生まれ大混乱。
生来の生真面目さで親としての意識を持とうと頑張った。
頑張って親の自覚を持ったことがギネヴィアを怒らせている。
被害者第一号。
ギネヴィア
女性との間に子供を作ってしまった悲劇の女性。
原作でも同情に値する境遇なのに更に酷いことに。
被害者第二号。
ロホルト
主人公。マーリンのせいで半端どころではない産廃千里眼を持った。
が、とある平行世界のとある時代、とある国、とある個人の生涯しか視れなかった。
しかもそれを赤子の頃に体感した為、自分がその男なのだと錯誤。
自身を転生者だと勘違いしてしまうことに。
現代日本の価値観、倫理観を持ってしまい藻掻き苦しむことになる。