【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
頭を空っぽにして大自然を全身に感じる。
何も考えない。何も悩まない。
他の何者でもないただのロホルトになって、雄大な自然の中を自らの脚で歩んだ。
自然は美しかった。人間のいない空間は癒やしだった。時折り見掛ける魔獣の類いと相対し、言葉もなく切り倒しても、常に感じていた殺伐とした危機感に襲われない。
日が傾き、日が昇り、また傾く。ロホルトが何も考えずに旅をすると、大抵は近場に泉があった。無意識にそうしたものを求めていたせいだろうか。お陰様で水浴びを毎日して、体を清潔に保ち、装備品やカヴァスも身奇麗に保つのが日常になっていた。
のびのびとしていた。村や町を襲う匪賊を掃討し、村人達から感謝を受け、礼の品を固辞してすぐ人里を離れる。悪政を敷く城主や不正役人を見掛けては粛清の刃を振るい、名も名乗らず消える。そうしたことを繰り返して、素朴に生きる人々以外、特権階級に在る者はどうしても欲に塗れているのを見聞してしまう。これが国か、とロホルトは呆れ返った。
日々の糧を得るのに必死な純朴な民以外、守る価値はないのではないか。そう思いかけると、まともで正義感の強い騎士や役人と出会うこともあった。汚いばかりが人間ではない、自らの欲望に支配されるばかりが人間ではないと、気付かされる。失望しないで済んだ。
旅をしていると、どうやら自分はかなりの実力者なのだと悟らされる。
成長期は終わらず、まだ伸び続ける身長。未成熟な肉体なのに、どんな大男にも力負けしない。父譲りの莫大な魔力で強化した力は、それこそ人外の大魔獣にも劣らないものだった。
単純な身体能力、これまた父譲りの鋭い直感と戦勘、そして毎日欠かさず積み上げた研鑽の成果である我流剣術。ロホルトは今のところ苦戦らしい苦戦をすることなく敵対者を屠れている。
悪徳領主や匪賊、蛮族共を斬る度に、心の整理が済んでいく。彼らは人間だが斬っても仕方ない。いちいち心を痛めていたのではキリがない。故に、無辜の民に仇なす者は無感動に斬れた。
最初の頃は悪夢を視ていた。人を殺す罪悪感があったのだ。しかし、今はもう悪夢を視ない。斬り殺した人達の怨念に足首を掴まれるような錯覚も、すっかり晴れて消えてくれた。
オレは強いのか。強いらしい。強いな、オレ。
自らの実力が飛び抜けていることを感じる度に、ロホルトの心に驕りや油断が芽生えていたのだろう。とある村に立ち寄った時、その村を脅かす巨人の存在を聞いて討伐を依頼されても、特に身構えることなく了承したのも油断していたせいだ。いつもなら依頼は受けても慎重に巨人のねぐらを探し、夜中に寝込みを襲う奇襲で片を付けていたはずなのに、その時は正面から挑んだのだ。
果たして驕りのツケを支払わされた。死の寸前まで追い詰められてしまったのだ。相手は巨人種の中でも特異な個体で、父譲りの強力な対魔力を貫通するほどの呪いの力を持っていたのだ。
呪いに体を蝕まれ、危うく相討ちになりかけた時は死を覚悟させられた。カヴァスがロホルトの宝剣を口に咥え、巨人の首を掻き切ってくれなければ、本当に相討ちになっていただろう。
身動きが出来ないほど弱り果てたロホルトは、自らの驕りが生んだ危機に猛省しつつ、巨人の骸の傍で動けるようになるまで休んでいた。
「……何やってんだ、オマエ」
そんなところに出くわしたのが、父の義兄であるケイ卿だった。
虫の息でちらりとケイを見たロホルトは、気まずく思って目を逸らした。
「こんな所で奇遇だね、ケイ卿」
「奇遇もクソもあるか。……あぁ、油断しやがったんだな、ロホルト」
「………」
王の義兄とはいえ、王子であるロホルトに対し気兼ねのない態度だった。
特に咎める気はない。ケイも公の場では騎士の立場に徹し、ロホルトにも礼儀正しく接するのだ。慇懃無礼な気はするが、礼節を守るべき場を弁えているなら言うことはない。
他の者にも同じ対応をする気はないが、ケイは特別なのだ。血の繋がりはないとはいえ、父の義兄ならロホルトにとって伯父なのだから。
ケイは円卓の中だと弱い方で、実力だと既にロホルトの方が数倍以上強い。だがそれでも円卓に名を連ねるだけの剣腕はあり、並の騎士は相手にもならない英雄だった。円卓とは英雄の中の英雄を集めた、古今東西の英雄達のトップ層に匹敵する者達なのである。故にケイは状況を一目見ただけで、ロホルトの油断を見抜けたらしい。皮肉げに口端を歪め、嫌味を口にした。
「簡単にくたばりそうになってんじゃねぇよ……ったく、そそっかしいとこまでアイツに似なくていいだろうに」
「……面目ない」
暗に若い頃の父に似ていると指摘され、内心面白くない気分になるも、言い返しても得はない。ケイに反論しても必ず言い負かされるのは、彼の外交官としての能力を知っていれば自明だ。
油断さえしていなければ、相手が強敵でも死の寸前まで追い詰められる醜態は晒さなかった。冷静に彼我の力の差を推し測れるだけに、言い返しても惨めになるだけだと判じられる。
ケイは動けないロホルトの傍に腰を落とした。どうやらロホルトの体から呪いが抜け、動けるようになるまで警護してくれるらしい。が、ケイを嫌っているらしいカヴァスに腕を噛まれて、王の義兄は口汚くカヴァスを怒鳴りつけた後、嘆息しながら言った。
「ハァ……アイツもそうだったが、格下相手に気ぃ抜いて殺られたんじゃ笑い話にもならねぇぞ。アイツにはオレやマーリンのクソ野郎が付いてたからなんとかなってたが、今のオマエは一人だ。こんな所でくたばってみろ、アイツがどんな面で泣き喚くやら……想像したくもねぇな」
「………」
「はっ。なんだその面は? オマエが死んでもアイツが悲しむとは思わねぇってか? まあ、粛々と葬儀をして、事務的に嫡子の死を処理するんだろうけどな……アイツの中身はガキのままだ。誰も見てないところで泣き喚いて、他人には見せらんねぇブサイクな面で悲しむだろうよ。オマエよりアイツを長く見てるオレが言うんだ、間違いない」
「………」
「あー……普段のアイツを見てたら、信じらんねぇ気持ちは分かるが。なあ、ちょいとオレの昔話に付き合え。返事をすんのも億劫だろ、たまには伯父さんに絡まれるのもいいもんなはずだぜ」
訊いてもいないのにケイは語り出した。ケイの父エクターや、クソ野郎と有名なマーリンを散々に問い詰めて聞き出した話もあるという。
父の出生の話だ。父はロホルトの祖父ウーサーと、祖父の計画に加担したマーリンに設計されて生み出された、竜の因子を埋め込まれた理想の王らしい。
幼い頃からマーリンに王としての英才教育を施され、寝ていても夢の中で過酷な剣術の訓練に励み、導かれるままに選定の剣を抜いて人を捨てた。そんな環境で生まれ育ったものだから、父は騎士や民に対しては完璧に接することのできる王となれたが、実の子に対するコミュニケーション方法は学ぶ機会がなく、どうしても不器用になってしまうのだ。
同情はする。過酷すぎて全く笑えない境遇だ。しかし――
「……要するに、父上の事情も理解してやれって言いたいわけだ」
「纏めるとそうなる。オレはアイツの味方だ。オマエの味方もするが、優先順位としてはアイツの方が上になる。悪いな、こんなでも人をやめちまったアイツの騎士になると誓った身でね……」
「笑えるね。外面が完璧な大人子供な父親に、子供である私の方から歩み寄ってやれって……」
「辛辣だな。気持ちは分かるが……オマエも薄々勘付いてるだろ? アイツの中の時間は、聖剣を抜いたその時から止まっちまってる。アイツから歩み寄ろうとはしちゃいるが、はっきり言って期待するだけ無駄だとオレは思う。今まで様子見してたが、ありゃ駄目だ。王としての責務で雁字搦めで、テメェのガキに気を配る余裕がほとんど無い」
「……聞きたくない」
「それでも聞け。今のままじゃどっかで拗れ……いやもう拗れてんな。だが、まだ致命的じゃない。この国の王と王子の関係が拗れたままなのはマズイってのはオマエも分かるだろ? いいか、今から残酷なことを言う。兄貴として情けない限りだが……オマエが大人になってやってくれ。頼む」
頭を下げたケイに、ロホルトは何も言えなかった。
せっかく身軽になっていたのに、気楽な旅だったのに現実に引き戻された。
これも油断して死にかけたツケかな……と、ぼんやりとしながら思う。
「私は父上が嫌いだ」
「だろうな」
「昔、楽しかった剣の稽古も、父上のせいで面白くなくなった。何かにつけて稽古をつけられ、ボコボコにされて、成果を全否定されて……父上からしてみれば、それもヌルい稽古だった訳だ」
「ああ。アイツはあれで、かなり手を抜いて、手加減して、ヌルい稽古を課してただけのつもりだ。オレからしてみたらメチャクチャ親馬鹿だぜ、アイツ。過保護なぐらいだ」
「……知らないよ、そんなの。私は父上じゃない。……なのに、その嫌いな父上の気持ちを汲んでやれって? 子供の私に? ……ふざけるな」
「………」
「ふざけるなよサー・ケイ。私は聖人君子にはなれない、嫌なものは嫌だ」
「……ああ。オマエは人間だからな、無理もねぇよ」
「……それでも、私に大人になれって言うんだね、サー・ケイ」
「そうだ。オレはアイツの味方だからな」
「………」
ロホルトは動かし難い体を必死に、怒りを糧に無理矢理動かして、なんとか立ち上がる。ケイも立ち上がりロホルトに相対した。
手加減抜きの全力で、殺す気で全身を強化し、魔力を噴射してケイの顔面を殴り抜く。吹き飛んだケイだが気絶もしなかった。死にかけているロホルトの拳では、殺すに至らなかったのだ。
殺せないと分かっていた。だが殺す気で殴った。ケイは血を吐いて、青黒い痣を顔面に刻まれながらもよろよろと立ち上がる。それを見ながら、ロホルトは吐き捨てた。
「……貴方に免じて、言うことを聞こう。私が大人になる。それでいいな」
「ああ。すまん、もう一発ぐらい殴ってくれていい」
「……いい。次は本当に殺してしまいそうだ」
力尽きて崩れ落ちる。少し離れて腰を落としたケイは、それっきり何も言わず黙りこくった。
数時間が、そのまま沈黙の中で過ぎる。
やがてロホルトが回復したのを見届け、ケイはもう一度頭を下げて立ち去った。
「……いいなぁ。父上にはメチャクチャいい兄貴がいて」
ポツリと呟き、ロホルトは羨望を懐く。カヴァスが慰めるように頭を擦りつけてくるのに苦笑し、ロホルトは疲れ果てた心身に活を入れて立ち上がった。
これは偶然の出会いではなかったのだろう。わざわざケイは、ロホルトが遍歴の旅に出て、周りに他者の目がない隙に、こういう話をしに現れたのだ。
ロホルトにガキの癇癪をぶつけられるのなんて分かりきっているだろうに、親子ほど歳の離れたガキに頭を下げて頼む為に来たのである。
ムカつくほど、格好いい。殺したくなるほど男前だ。本当に、羨ましい。
息を大きく吸い、ロホルトは叫んだ。
「――お前らなんか、大っっっ嫌いだァァァ!!」
絶叫である。子供の断末魔だ。無理矢理に子供が脱皮して、大人になった瞬間である。
晴れやかな顔を作って、ロホルトは爽やかに独り言を漏らした。
「ふう、スッキリした!」
スッキリした。そういうことにしておこう。そういうことにしないと耐えられない。子供のままでいると惨めで無様な、ダサい姿を晒しそうだ。
オレはカッコつけたいんだ、とロホルトは呟く。カヴァスを促し、少年は宝剣モルデュールを担いでその場を後にした。情けない姿を晒したくないから、さっさとここから離れる。脚を動かしていなければ、暴走しそうな激情を抑えられないのだ。
無性にガヘリスとガレスに、青年会の皆に会いたい。一人で旅なんかするんじゃなかったと後悔する。絶対に自分の味方だと言える人に傍にいてほしかった。
「わん!」
「……あ、ごめん。カヴァスがいたね」
少し怒ったように吠えられ苦笑する。
ごめん、ともう一度呟き、カヴァスの体に顔を埋め、声を押し殺して――を流した。
決別はそれで済ませる。ロホルトは夕暮れを歩み、夜も休まず歩いた。目的もなく流離って、疲れ果てるとカヴァスに寄り添い眠る。そんな日々を送り、心が安定する頃に森に閉じこもった。
数日が経つ。
体を洗う。服を洗う。鎧を洗う。カヴァスも洗った。愛犬は嫌がったが、臭いから大人しく洗われろと言うと、悲しげに鳴いて大人しくなった。
裸のまま服が乾くのを待ち、ロホルトは曇り模様の心が落ち着いたのを見計らってカヴァスの背中へ仰向けに寝そべる。何処かへ連れて行ってくれと頼むと、カヴァスは何処かへ歩いてくれた。
流れていく空の雲。表情を変えて、色を変えて、朝になり昼になり、夜になる。雨が降って、分厚い雲に日差しが隠れ、落ちた雨粒に顔を叩かれる。
流れる星を見た。流れ星だ。満天の星々を見て、星座を見つめる。
綺麗だなぁ。なんにも考えないで、なんにもしないで、気儘に流離うのは、思いのほか楽しい。全てのしがらみを無視して、人里から離れて旅をするのは楽で良い。
何もない毎日というわけでもない。色んな種類の魔獣と頻繁に出くわし、退治する羽目になった。妖精が悪戯を仕掛けてくることもあった。妖精に荷物を盗まれ困ったこともある。
だが、まあ……王子をやるよりは、遥かに楽だ。このまま死ぬまで流離っていたくなる。
母上が好きだった。父上は嫌いだった。
だが、父を、嫌えなくなってしまった。だって……だって予感が、確信になるのを感じたから。
もしかしたら、父上は『 』なのかもしれない、なんて。
もしそうなら……そりゃあ、『父上』をやるのが下手糞なわけだと、全てに納得できてしまう。
だめだ、もう何も考えるなと念じ、頭の中を無にする。
もし『父上』が『 』なら、『母上』はなんなのか、なんて。
考えたくない。何も考えたくない。
「……くぅーん」
「ん……どうかしたかい、カヴァス」
やがて行き着いたのは、大きな湖だった。
カヴァスが悩ましげに唸るのに、ロホルトはやっと心を現世に戻す。
辺りを見渡すも、特におかしなものはない。そのはずだが……カヴァスの足跡が、同じところをぐるぐると回っているのを見て取って嘆息した。
また妖精の悪戯か? 幻術か何かでカヴァスを惑わしたのかもしれない。
妖精ってやつは人に迷惑を掛けるのが生き甲斐なのだろうか。ぶった斬ってやろう。
苛立ち混じりの殺気を放ち、異変を探るべく神経を研ぎ澄ます。すると人外の気配を感じ取れた。
「――そこか」
『光射す塔剣』に光の魔力を叩き込み、四肢に力を宿す。カヴァスから降りたロホルトは、気配のする方を魔力砲撃で焼き払おうとした。しかしその寸前で慌てたように人影が姿を表す。
湖からだ。身構えたまま殺気を向けていると、現れた人物を見て少年は目を丸くした。
「……トネリコ?」
「っ……人違いです」
まるでトネリコを大人にして、清楚にして、神聖さを付け足したような、泉の女神様みたいな風体の美女がそこにいる。
はて、なぜトネリコと見間違えたのだろう。毒気を抜かれた気分になって剣を下ろすと、美女は微苦笑を浮かべたまま名乗ってくれた。
「ようこそブリテン王国の光、ロホルト王子。私はヴィヴィアン、湖の乙女達を統べる者。貴方達人間が言うところの精霊という存在です」
「……なるほど、精霊。お会いできて光栄です。しかし生憎ですが、私の方に貴女へ用はない。にも拘らず旅路の途上に在る私を招くとは、尋常ならざる事情があると見てよろしいか?」
湖の貴婦人ヴィヴィアン。それは確か、アーサーの聖剣エクスカリバーと、ガウェインの聖剣ガラティーンを齎した精霊の名だ。予期せぬビッグネームに絡まれて、ロホルトは迷惑だと感じた。
えてしてこういう人外は、人に無理難題を押し付けて、報酬に何かを寄越してくれるものだ。だが今のロホルトはその無理難題なんぞに付き合ってやれる気分ではない。
取り繕える精神状態ではなく、隠す気もなく面倒臭がってみせるとヴィヴィアンは顔を引き攣らせた。「どうしてこんなことになるまで放っているんですか……」なんて嘆いている。
咳払いをしたヴィヴィアンは湖から出てきて、ロホルトの傍に近寄った。
「特別な用向きはありません。しかし私が聖剣を授けた王の子が、こうして私の領域に現れたのです。むしろ貴方の方にこそ、私に求めるものがあるのかと思い姿を現したまでですよ」
「……そうでしたか。ならばこちらに落ち度があったのでしょう。誤解させてしまい申し訳ありません。ですが私が此処を通りかかったのは偶然です……これで失礼しても?」
「お待ちになって。偶然私の許に来たのなら、それこそ運命というもの。どうです? 貴方の宝剣を私に預けてみませんか? 星の内海で鍛え直し、神造兵装に作り変えてあげましょう」
「結構です。過ぎた力は求めていません」
流石は人外。話の流れが急転直下でいきなり過ぎる。あからさまな親切の押し売りに、ロホルトは警戒心を最大まで引き上げた。
神造兵装? 最上級の宝具ではないか。人の作り出せぬモノをそうも容易く寄越そうとするなど、何か企んでますと自白しているようなものだろう。
王子はそうした話に詳しい故、迷いもせず即答すると、ヴィヴィアンは何故か困惑し、焦ったようににじり寄ってきた。それ以上寄るなと宝剣を構えると、精霊は眉を落として困り顔になる。
「……なぜ拒むのです。神造兵装は貴方の助けになりますよ」
「繰り言となりますが、過ぎた力は己が身を滅ぼします。父上の聖剣の如き宝具を私が扱いきれるとは思えません。故に、要らない。それから正直に申し上げますが、聖剣の対価として私から差し出せるものは何もない。であれば貴女からなんらかの物品を受け取る訳にはいかないでしょう」
「……無欲なのですね」
「いいえ、私ほど欲深い者はそうはいないでしょう。欲が深いからこそ、多くを求め過ぎないのです」
詰みかけている国の運命を覆す。こんな使命を己に課しているのだ、おそらくブリテンで最も欲深いのは己だろう。ロホルトは本気でそう信じていた。
ヴィヴィアンは嘆息する。参った、というように。
「……困りました。本当は貴方に助けてほしくて声を掛けたのですが……」
「……関わりたくありませんが、助けがいるのですか? そうであるなら……話を聞くだけ聞いてみましょう。聞くだけでいいならですが」
「本当ですか? ありがとうございます。実はですね……」
困っていると言われたら、むざむざ見過ごせない辺りにロホルトの人の好さが出ていた。
少し譲歩されると、ヴィヴィアンは嬉々として語り出す。
……なんでも彼女の住処である湖は神秘の領域として異界となっているらしい。その湖の中でとある国の王子を養育していたらしく、一人前の騎士になるように育てていたのだが、その青年はなかなか自身の腕前に納得せず、湖から出て行こうとしないようだ。そこで偶然通りかかったロホルトにその青年と対戦してもらい、青年の実力を客観的に評価してもらいたいらしい。
精霊に育てられた青年か。聞くだにロマンチックで、主人公感がある。若干興味を覚えたロホルトは迷うも、ヴィヴィアンがぼそりと溢した台詞に心を惹かれて頷いてしまった。
「……私の領域は、外界と時の流れが異なります。外界よりも時が流れるのが遅いのです。私の領域で旅の疲れを落としてくださっても構いませんよ」
「……っ!? ……分かりました。そういうことでしたら、貴女の育てた者と会ってみましょう」
まだ暫く帰りたくないロホルトにとって、ゆっくりのんびり過ごせる場所というのは有り難いものだ。
すんなり釣れたロホルト王子に、ヴィヴィアンは苦笑いを禁じ得ない。
(仕方ないわね……疲弊しているその心を癒やしてあげましょうか)
精霊は自らを『トネリコ』と呼んでくれた王子を贔屓したくなっていた。ちょっと行き過ぎて神造兵装を上げようとしてしまったが……。要はそれぐらい嬉しかったのである。
神秘の世界である湖の底で、まったりと寛いでもらおう。
進行する魔女の陰謀に、精霊の良心が痛んでいたせいでもあるが――心優しきヴィヴィアンは、傷ついた少年を放ってはおけないのだ。見目麗しい貴公子であればなおのこと。
精霊は、面食いだった。
名もなき巨人
原典だとロホルトの死因になっていた。巨人を倒しその骸の上で休んでいたロホルトを見掛けたケイが、ロホルトの不意をついて殺し、巨人殺しの功績を奪い己の功績だと声高に叫ぶのだ。
Fate時空の場合、本来ならロホルト(カヴァス無し)は巨人と相討ちになり、巨人の呪いで生き地獄の苦しみに悶ているところ、ケイが通りかかり介錯を頼んでいたものとする。巨人殺しの武功は礼としてケイに譲渡されるが、ケイを貶めようとする者により弾劾を受けてしまう……という流れと想定。Fate時空のケイは義妹の息子を殺してその功績を奪う真似は流石にしない。
本作だとその想定の上で、カヴァスがいたのでなんとか生き延びたことに。油断や慢心は最大の敵である。
ケイ
Fate時空のケイは色んな意味でいい男。が、いい男なせいで損な役回りを演じてしまう。
手のかかる義妹のやらかしを、陰ながらフォローするのはいつもケイだった。しかも今回は義妹から相談される前に、自己判断でフォローに回っている。アルトリアがケイに頭が上がらないのはこういうところがあるから。
ロホルトという子供に、アーサー王が「女」で、「父親」をやるのは無理があると説明できれば話は早いのだが……そういうわけにもいかないジレンマがある。ロホルトに大人になってくれと頭を下げて頼んだ彼の内心は、おそらくは誰にも察せられないだろう。
ヴィヴィアン
一目で正体に勘づかれてときめいた。人としてのモルガン、魔女としてのモルガン・ル・フェ、そして精霊としてのヴィヴィアン。それぞれが別側面として成立した存在である故に、全くの同時には存在できない。そしてそれぞれの側面に彼女達は不干渉だ。だが魔女としての自分の企みを想い、罪悪感からかなりの贔屓をしてしまった。
ロホルト
いつもいつも、なんやかんやでお労しい枠に。どうしてこんなことに……。そのうち心労で倒れてもおかしくないが、鉄の心の持ち主なので耐えてしまえるのが王子たる所以。
父親は大嫌いだが、前提がそもそもおかしいと、ケイとの会合で確信してしまう。頭がパンクして気が狂ってしまいそうなので必死に見てみぬふりをする。だって『 』と女の間に子供が生まれるわけがない。自分はアーサー王似だ、つまり――考えたくない。