【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第12話

 

 

 

 

 

 水底に揺蕩う陽炎の境界。透き通る水の領域は、物質の支配する法則の輪郭を曖昧にし、超常の理に住まう者に安寧を齎す。

 

 神代の超人、英雄たる器を持つ者にとって、此処ほど心地好く感じる領域はないだろう。同時に人を人たらしめる摂理から離れ過ぎ、心を強く持たねば人の規範から逸脱してしまいかねない。

 其処は湖の底というだけではない。人の目に触れぬ水底は神秘の生息を保つ極楽であり、星の内海に最も近い異界でもあった。即ち時の流れすら正しくない、最も永遠を間近とする地獄である。

 およそ常人には耐え難い空間。星という生物の息吹を身近に感じて安穏と過ごせる者を、果たして人間と規定してもいいか怪しいだろう。故に、神秘の湖にて長年を過ごせしその者が、条理を捻じ伏せる神代の英雄となるのは必然であったのかもしれない。

 

 青年の名はランスロット。淡麗なる美青年は聖剣を手に、養母たる精霊の創り出した幻影を両断した。幻影は過去に実在した英雄の影(シャドウ)、境界記録帯から投影された影法師だ。一国を代表するに値する力を持った影を、こともなげに斬り捨てた青年は残心を行った。

 質素な衣服を纏っているランスロットは、英雄に相応しい力の持ち主を斬って捨てたというのに、露骨に不満そうな表情をしていた。騎士として修行に明け暮れて十数年、養母である精霊の生んだ影を数百、数千と打ち破りながらも己の力に満足していない。

 際限のない向上心がある故ではなく、単に傑出した彼の才能が告げるのだ。幾ら影を斬ろうと所詮は影でしかない、そこに魂はなく、気迫はなく、こんなものでは己の糧には成り得ないのだとランスロットは感じていた。そしてその感覚を言語化できぬ故に、磨き抜かれていく技量と相反してランスロットの魂は飢餓に襲われているのである。本物の英雄はこんなものではないはずだと。

 

 ランスロットは類稀な克己心で、自身の剣腕に増長することなく、ひたすらに自身を高めることに腐心していた。尊崇する養母がランスロットを最高の騎士に育て上げ、最高の王に仕える資格を与えると約束してくれたあの日から、彼は自らに怠慢を禁じていたのである。

 

「――客人か。母上が此処に招くとは珍しい……君は何者かな?」

 

 ――だが養母に連れられ湖の底に降りてきた人間を見た時、ランスロットはつい無礼を働いた。

 

 騎士として完璧な礼節を学んだ青年だが、幼い頃から外界から隔離された空間で育った故、ある意味で世間知らずだったのだ。

 またランスロットはフランク(フランス)の一地方、ベンウィックの王であるバンの子であり、王子であるのだという自尊心が上位者としての振る舞いを選択させた。――しかし、柳眉を逆立てた養母ヴィヴィアンを見て、聡明なランスロットはすぐに己の無礼を悟る。

 客人は蒼い外套の上に鎖帷子を着込み、更にその上に鎧を纏い、独特な形状の兜を脇に抱えた少年だ。同じ男であるランスロットをしてハッとするほどの高貴さを具えた美貌と、優れた身形からしてやんごとなき出自なのだろう。とはいえ年下の少年であるのは確かで、だから上位者として声を掛けてしまったのだが……養母が丁重に招くほどの少年であるのを重く見るべきだった。

 冷ややかに己を見据えるヴィヴィアンの眼差しに、ランスロットは引き攣った愛想笑いで応じる。

 

「ランスロット? 客人にそんな態度を取れと教えた覚えはありませんよ?」

「も、申し訳ありません、母上……そしてお客人。私の名はランスロット、貴殿の名を訊かせてもらってもいいだろうか?」

 

 金髪の鮮やかな少年は、ランスロットとヴィヴィアンの関係性を垣間見て微笑んだ。ゾッとするほど透徹とした、余りにも完成された微笑みに、束の間ランスロットは見惚れてしまう。

 この少年は間違いなく高貴な生まれだと確信した。あまり多くの人間を知らぬ身でもそうだと感じさせるカリスマ性を、呼吸するかのような自然体で纏っているのである。

 居住まいを正し、背筋を伸ばした青年に、少年は晴れやかに相対する。常人には耐え難い領域であるのに全く苦とせず、むしろ心地よさそうにしながら。

 

「私は――」

 

 言いかけ、少年は不意に言葉を濁した。

 

「――失礼。私はヴィヴィアン殿に乞われ来訪した身。一向に修行を終えようとしない向上心の強すぎる貴公を諌め、外の世界に誘う役を任されているのですが……私は各地を遍歴している途中、ここで名乗っては余計なしがらみに沿わなければなりません。故に名乗り返せない無礼をお許しください」

「……なるほど。となると貴殿は気が進まないというのに、地上の騎士がどれほどのものか、私に知らしめる指標になるのをわざわざ引き受けてくださったわけだ」

「ええ。是非貴公を打ちのめし、貴公の腕を第三者として評価してやって欲しいと頼まれています。突然のことで戸惑っているでしょうが、私からの挑戦を受ける勇気はおありですか?」

「無論」

 

 粋なことをしてくれる。本当に養母には頭が上がらない。わざわざ自分の為に、外の世界から一流の実力者を連れてきてくれるとは。

 ランスロットに驕りはない。だが自らの力に自信はあった。故に自然と少年を当て馬と見做すような台詞を吐き、少年は当然のように煽り返してくれる。ランスロットは名も知らぬ少年の応対に嬉しくなった。ランスロットは養母の人を見る目を信頼している、この少年は紛れもなく地上で強者たる力を有しているのだろう。ならこの少年を通じて外の世界の力を知る事が出来るはずだ。

 負ける気はしない、勝てると感じている。不敵な笑みを湛える青年の自信を見て、少年もまた白い歯を見せて笑った。高貴な貴人らしからぬ、どこか獰猛で自制のない笑顔だった。

 

「それじゃあ早速立ち合いましょう。私は早く旅の疲れを落としたいし、余計な雑念を振り払いたい。申し訳ないですが、少々八つ当たりをさせて頂く」

「八つ当たり? ……いいでしょう、胸を貸して差し上げる。存分に溜め込んだ怒りをぶつけられるがいい。参られよ、()()()()()()()殿」

 

 見れば少年は大狼とも見紛う白い巨犬を従えていた。少年の身には大きすぎる大剣と高貴な風貌、蒼い外套と独特な兜。それだけの要素を並べられては、世間知らずでも少年の正体が分かる。

 騎士の王国と名高いブリテンにて、光の王子と謳われる者がいると養母に教えられたことがあった。優れた知性と強い愛国心、次代の明るさを体現する光の如き希望。しかし単に光と称したのでは騎士王への不敬になるからと、騎士王の威光を太陽に(なぞら)え、嫡子たる王子を月に擬えた。月の如き光に喩えられる美貌と合わさり、彼の王子を月明りの騎士と称するのは有名な話だ。一部、愛犬カヴァスを馬の代わりに駆る王子を、狼騎士などと揶揄する者がいるとも聞いた。

 

 何故か何事かを閃いたような顔をする精霊を尻目に、少年は鼻を鳴らした。失笑だった。兜を被った王子は大剣を左手に提げ――左利き?――無手の右手を盾にするように構える。そして大剣の刀身を右腕に乗せて――瞬間、足元で魔力が爆発し少年の姿が掻き消えた。

 目を見開いたランスロットだったが即座に対応する。膨大な魔力に物を言わせたジェット噴射、砲弾のように飛来した少年が迅雷の如き刺突を見舞ってくるのに、ランスロットは相手の宝剣に聖剣を容易く合わせて捌いてのける。青年の左脇に流された大剣の切っ先、切り返されるより先に湖の聖剣が、王子の流れた胴を薙ぐカウンターとして叩き込まれた。

 鮮やかに、一瞬で終わる対決。ランスロットは自身の一撃を寸止めし、王子の未熟を突きつけて終わろうとした。だが――王子の右手の籠手に備えつけられていた鉄板が突如として巨大化する。黒き大盾だ。大盾は聖剣を受け止め、ランスロットの虚を突いた。

 

 ギョッとした。予期した決着は流れ、苛烈な猛攻の予兆に鳥肌が立つ。

 

 聖剣を大盾で防がれたと認識するや、半ば無意識に身を捻って、切り返されてきた大剣を躱した。だがランスロットの脚を払うように振るわれた低空の斬撃は止まらない。大剣は流麗に回転する騎士の体に追随し、異質な回転切りとなってランスロットを襲ったのだ。

 なんとか掠り傷のみで難を逃れたランスロットの視界の隅で、回転した勢いを殺さず高々と跳躍した騎士が縦軌道の回転切りに繋げる。唐竹割りの大胆な斬撃――無我のまま聖剣から片手を離し、刀身の腹に掌を添えて軌道を逸らそうとするも、外見に見合わぬ大力に圧されランスロットの体勢が崩れた。大剣が地面を叩き、しかし更に縦回転した騎士の唐竹割りが襲い掛かって――大盾に弾かれた聖剣を止めずに引いていたお蔭で防御が間に合い真横に弾けた。

 だが三度(みたび)連続した縦回転に瞠目させられる。容赦なく叩きつけられる斬撃を、ランスロットは外聞を気にする余力を剥奪され体を地面に投げるようにして回避した。地面を転がり距離を稼いだランスロットは跳ね起き、油断なく瞬時に聖剣を両手で構える。自傷する勢いで地に体を投げた為、微かに肩を痛めた……ランスロットは感嘆の吐息を溢す。

 

 見たこともないような異形の、我流の剣。人が振るったものとは思えぬ獣の如き剣技。

 

 かと思えば大きく踏み込んできた少年が、大盾を前面に押し出して突撃してくる。凶悪な速度はそのまま力となり、城壁が迫るかの如き重厚な盾撃(シールドバッシュ)と化した。獣の剣技に混ざる人の業、やり辛さを感じながらもランスロットは笑みを浮かべ、瞬間的に叩き込める限界の魔力を聖剣に充填する。全力の刺突で盾撃を食い止め、脚を止められた騎士に、今度はランスロットから仕掛けた。

 恐らくは注ぎ込んだ魔力量に応じてサイズが可変する黒き大盾。それがランスロットの見舞う神速の連撃を悉く防ぎ切ったが――しかし青年の剣技の冴えに目が追いつかず、直感のみで辛うじて防げたに過ぎない。少年はランスロットの剣撃の威力で浮きそうになる体を魔力放出で地面に縫い止めながら、淡い光の粒子を放出する。魔力光がランスロットの背後に流れ――無駄な手を打つ相手ではないと見抜いていたランスロットは、自身の背後で形成された魔力光の剣を、後ろを見もせずに首を傾けて回避した。正面切っての奇襲を難なく躱され目を見開いた王子の懐に踏み込み、ランスロットは左足を軸に回転し裏拳を放つ。剣の間合いではない至近距離、この反撃を少年騎士は大盾の陰に隠れて凌いだ。同時に重心を右足に移していたランスロットは剣の間合いに一瞬で戻ると、盾の反対、騎士の体がある方に聖剣を向けようとして――

 

「ッ……!?」

 

 ()()()。大盾に隠れた瞬間に、騎士は大盾を手放しランスロットの死角に瞬間移動していた。

 どうやって――見ればランスロットが躱した魔力の光剣が、彼の視界を僅かに遮るように虚空へ留まり。それがランスロットの死角を拡張し、騎士はそこに滑り込む形で移動していたのだ。

 ランスロットの左後ろから振るわれた大剣が寸止めされる。そして、()()()騎士の首筋で寸止めされていた。何――? 相討ちだと……? ランスロットは相手の姿を見失った瞬間、聖剣を逆手に持ち替え背後を刺突していたのだ。王子はまさかの結末に瞠目する。

 

「………」

「………」

 

 ぴたりと静止したまま、前を向いたままの騎士――ロホルトとランスロットは動けなくなっている。

 やがてどちらともなく剣を下ろし、一歩離れた。ロホルトは嘆息する。

 

「私の剣は、初見殺しみたいなところがある。なのに相討ちに持ち込まれるなんて……」

「貴殿はまだ14の齢と聞く。であるのに、まさか勝てぬとは……」

「見事です。貴公は既に、私の知るどの騎士よりも強い」

「素晴らしい剣技でした。まさしく天賦の勝負強さ、貴殿はいずれ無双の誉れを手にするでしょう」

 

 互いに絶賛する。ロホルトは苦笑した。自分で言った通り、自身の剣技は初見殺しの要素が強い。おそらく自身の剣を知る父王には通じない。なのにこれほど強い青年に無双の誉れを手にするだろうと讃えられると、身の丈に合わない賛辞としか思えなかった。

 だがランスロットは本心で讃えていた。剣を通して感じたのは、王子の異様な勝負強さと度胸だ。断言できる。単純な剣技や体捌きなどの技術面では負ける気がしないが――ロホルトの有する戦闘勘と、咄嗟の勝機に全振りできる勝負強さの面を加味すれば、長じると戦う者としては上回られる。技量を競う分野では負けないが、純粋な勝敗を奪い合う者としてはかなりの強敵だ。

 

 ランスロットはヴィヴィアンに向き直り一礼する。

 

「――愁眉を開かれた心地です。母上の計らいで、私は自分に足らぬものを知ることが出来ました」

「それならよかった。やっと旅立つ気になったのね?」

「はい。幾ら討ち果たそうとも影法師からでは得られない、本物の英雄の力。これが今の未熟な私には具わっていません。その力を欲するならば、私は地上に出る必要があると痛感しました」

「――ちょっと待った。ランスロット殿、もう少し私に付き合って欲しい」

 

 あたかも今すぐにでも旅立とうとしているかのような空気を感じて、ロホルトが待ったをかける。

 目を瞬いたランスロットに、ロホルトは苦く微笑みながら頼んでいた。

 

「今回は運良く引き分けられましたが、私の手の内を見た貴公にはもう通じないでしょう。以後貴公と立ち合えば引き分けることも出来ず惨敗するのが目に見えている。少しの間でいいのです、私に稽古をつけてはくれませんか?」

 

 ランスロットの剣技は重く、鋭く、精妙だった。心根の清らかさが伝わる正道の剣である。ロホルトのある意味邪剣とも言える剣技とは違う。何より父との稽古と違って、ランスロットとの立ち合いはとても楽しかった。折角なら嫌なことを全部忘れる為にも何かに熱中して打ち込みたくて、幼少期の頃に噛み締めていられた修行の楽しさを取り戻しておきたかったのだ。

 ランスロットはロホルトからの要請に不快な顔をしなかった。むしろ嬉しそうに相好を崩し、ちらりと養母に許しを得る為に見る。ヴィヴィアンは優しげに微笑んで頷いた。

 

「いいでしょう。ただし条件がある」

「条件?」

「貴殿の名を、貴殿の口から聞かせて頂きたい」

 

 ランスロットの爽快な要求に、ロホルトは心の闇を切り裂かれるような心地で応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以後数ヶ月もの間、二人は食事や睡眠などを除いたほとんどの時を試合をして過ごした。

 ランスロットはロホルトを相手に最初の試合以外は全て打ち勝ち、危なげなく勝利していたが、目を瞠る早さで成長するロホルトの剣技に背筋を凍らせたことは一度や二度ではない。

 有り余る才能や魔力量に物を言わせていた獣の如き剣技も、試合の敗北を重ねるにつれ洗練され、煌めく原石が練磨されていく様にランスロットは心を奪われていった。弟子ではないが、師が弟子の成長に心を満たされるような感覚を得ていたのだ。

 休憩時はランスロットがロホルトに的確なアドバイスをして、嘘偽りのない本音の賛辞を贈りながら改善点を指摘する。またランスロットに乞われたロホルトが外の世界を語る。青年会で磨かれた語り部としての能力と、生来持ち合わせていた父譲りのカリスマ性が合わさり、ロホルトは外界の楽しさと過酷さ、そして王国の窮状を明確に語ってランスロットへ理解させた。

 満たされた時だった。赤の他人だからこそ、ロホルトはランスロットへ自身の苦悩を打ち明けられ、ランスロットもまた真摯に耳を傾けて相槌を打つ。歳の離れた二人は親友になっていた。

 

「……時の止まった不老の少年王と、人のまま成長する王子。なるほど確かに拗れるわけだ。常人には有り得ない摩擦だろう。貴殿に大人になってほしいと頼んだサー・ケイの苦しみは分かる……そして誰よりも苦しいのは、ロホルト殿だな」

 

 悩ましげに眉根を寄せ、ランスロットは義憤を滲ませて呟いた。

 

「サー・ケイは今まで何をしておられたのか。伯父であるなら甥の苦悩に早期から向き合えばよいものを。そうすれば今のロホルト殿の懐く苦悩も幾らか軽くなっていただろうに……」

「ケイ卿はある意味、私や父上より多忙なんだよ。諸侯との折衝や、国庫の管理、騎士としての責務、他の円卓の面子には出来ない細かい人事……アグラヴェイン卿と二つの車輪になって国政を回しているんだ、全てを熟しながらだと私の為に割ける時間はなかっただろう。最近私に会いに来てくれたのだって相当な無理を重ねてのことだと思う」

「王が親として成長するのを期待し、信じつつ。ロホルト殿の子供らしからぬ聡明さ、心の強さに甘い見通しを立てておられたのか。……なんというか、貴殿は当然だが王やケイ卿も悪くないな。強いて言うなら……国が悪い。貴殿を取り巻く環境が悪すぎる」

 

 悩ましいものだと繰り返しランスロットは嘆いた。嘆いてくれた。

 ロホルトは不謹慎ながら嬉しくなる。

 身内には話せない。他人だから話せた。気楽な環境にいるから、この口も軽くなっている。

 いつしか言葉遣いが崩れたランスロットは言った。

 

「……私はブリテンに仕官しようと思う」

「正気かい?」

 

 ロホルトはランスロットの神経を疑った。有り体に国の窮状を語ったはずである、普通ならこんな地獄のような末期の国に仕えたくないだろう。

 いや、ランスロットは傑物だ。武力はおろか、話していると頭脳や精神性も卓越しているのがよく分かる。王子としてならこれほどの人材は強引にでも勧誘し、仕官させようとするべきだった。

 だが今のロホルトは単なる個人として此処にいた。抱えていた苦しさの殆どを吐き出せて、それを聞いて憤ってくれたランスロットに友情を感じている。だからこそ親友を地獄に突き落とすような真似はしたくないし、逆に遠ざけたいと思うようになったから王国の状況を赤裸々に語った部分がある。

 ランスロットは苦笑した。

 

「理由は三つある。厳しい状況であるからこそ成り上がるのが比較的容易であろうこと。自身の力が何処まで通用し、何を成せるのかを試せること。個人的にアーサー王へ以前から興味を覚えていたこと。そして最後に……友が苦しんでいるのだ、傍で助けてやりたくなるのは当然だろう? それに私がアーサー王の信頼を勝ち取れたなら、不器用な親子の橋渡しになれるかもしれない」

「……理由、四つになっているよ」

「わざとだ」

 

 新しい友の赤心に頬を紅潮させ、照れてしまって目を逸らすと、ランスロットは年下の友人に微笑む。

 彼の隣に座っていたランスロットは立ち上がりながら言った。

 

「――さて、善は急げだ。やるべきことは山ほどある」

「……行くのかい?」

「ああ。まずはキャメロットに赴きアーサー王へ仕官する。そしてすぐに故国へ帰還し、亡き父王の領土を奪還して王になろう。母国を治め、ブリテン王国と国交を結び、食糧を格安で売る。大陸の隅に位置する母国の防衛の為、ブリテンから援兵を送ってもらえるなら食糧を輸出する口実になるだろう」

 

 それは、とロホルトは目を剥いた。

 助かる。大いに助かる。ランスロットという存在が、円卓で誰にも軽んじられないほど巨大な影響力を持つことになるが、それを差し引いてもメリットが大きすぎる話だった。

 むしろランスロットの方にメリットが無さ過ぎるようにすら感じる。

 

「そ、そこまでしてくれなくても……」

「いいや、するとも。恥ずかしながら、貴殿は私にとって初めての親友だ。友は大事にしたい、助けてやりたい。そして私に出来ることは存外多いらしい、ならば労を惜しみはしないさ」

「……私が貴公にしてやれることは、きっと多くない。それでもかい?」

「対価を求めるのが貴殿の定義する友情か? なら、私とは考えが違うな」

「………」

 

 参った。

 ロホルトは両手を上げる。

 

「負けたよ。試合も合わせると負けっぱなしだ。ランスロット殿、貴公の友情を私は忘れない」

「では次に会う時は王子と騎士だな。できればその時からは呼び捨てにしてほしいものだ」

「……分かった」

「これで一時の別れになる、疲弊した心身を存分に休めてから戻られよ、ロホルト殿。……ああ、次に試合をやる機会があったら手加減してくれないか? 後進に追い越されるのは中々怖い」

「嫌味? やめてくれ、簡単に追い越せるとは思っていないよ」

 

 いずれは超えてやる。ロホルトが言外にそう言うと、ランスロットはにこりと笑みを残して精霊の領域から立ち去った。

 ああ、ヴィヴィアンは素晴らしい男を育てた。

 最高の青年だ。完璧な騎士になるだろう。この時代に冠たる英雄になるに違いなく、そんな英雄の最初の友になれたのだと思うと誇らしい。

 地面に座り込んでいた体勢から、地面に背中をつけて揺蕩う水の世界を見上げる。そっと手を閉じて、ロホルトは荒んだ心が癒えていくのを実感した。

 

 助けてくれる友がいる。ランスロットだけではない、ガへリスもいるのだ。

 オレは一人じゃない。なら、恐れるものはないだろう。

 目を閉じたまま安穏とした空気に浸り、ぽつりと呟く。

 

「……『  』の面倒は、オレが見る」

 

 友におんぶに抱っこでは余りに格好悪い。ロホルトは決意を固め、もう一度呟いた。

 

「『母上』の面倒を――オレが見る」

 

 元の不屈さを取り戻したロホルトに、もはや休息は不要だった。

 とはいえ今の時期は、おそらく人生最後のモラトリアムだ。急いで国に戻ることはあるまい。

 というか今戻ったらランスロットと鉢合わせる。それはちょっと気まずい。少し時期をズラしてから帰還しよう。それまでは――

 

(お嫁さんを探さないと……いけないかな?)

 

 苦笑いをして目を開き、飛び起きた。一人では解決できない問題なら、遠慮なく他者に相談しよう。

 ここにはヴィヴィアンがいる。精霊である彼女なら、案外良縁を紹介してくれるかもしれなかった。

 水底にある館に入る。絢爛たる宮殿のミニチュア版のような豪邸だ。庭も広く、しかし嫌味はない。

 

 ヴィヴィアンを探して館の中を練り歩こうとしていると、彼女もロホルトを探していたのだろう。広間でバッタリと鉢合わせた。

 美しく、清楚で、神聖な貴婦人は、白銀の髪を揺らめかせたまま両手に長い箱を抱えていた。

 重そうにしていたから紳士的に声を掛けた。

 

「――大変そうですね、持ちましょうか?」

「あら、ちょうど良い所に。……はい、確かに渡したわよ」

 

 ロホルトより頭一つ分大きな長方形の箱を渡され、気安く笑い掛けられる。

 含むものを感じて訝しむと、ヴィヴィアンは箱を開けるよう促してきた。

 

「ちょっと用意するのに時間が掛かったけれど、私から貴方への贈り物よ。受け取って」

「は……?」

「早く中身を見てちょうだい。きっと驚くわよ?」

 

 嫌な予感がして箱を床に置き、ロホルトは恐る恐る箱を開いた。

 すると、白い布に包まれた何かがある。包みを解くと――そこには、一振りの無骨な大剣があった。

 ランスロットの聖剣にも劣らぬ神秘を内包したそれは。

 

 紛れもなく、最上級の()剣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




対ランスロット
技量や身体能力では明確にアルトリアやロホルトを上回るが、戦うと最終的には「なぜか」アルトリアが勝つのと同じように、戦う者として完成したロホルトも「なぜか」勝利してしまえる。
未来予知の域にある直感のえげつなさ、異様なまでの勝負強さが原因。アルトリアのそれもまた、ロホルトは過不足なく受け継いでいる。謂わばペンドラゴンとは戦闘の天才の系譜である。

ランスロット
後の円卓最強の騎士。性能面や技量面で比較すると絶対に負けるわけがないのに、「なぜか」本当に大事な戦いではペンドラゴン親子に勝てない。まだ未完の大器であるロホルトと出会い、引き分けた後は普通に全勝したが、その勝負強さをヒシヒシと感じて感動した。
なるほど、これが本物の英雄。ならいずれ自分も本物の英雄となり、勝てないはずの相手にも勝てる強さを手に入れよう――ランスロットは最強である、最強である故に未知の強さをも貪欲に吸収しようと成長を始めた。外界に出なければ「勝てないはずの相手に勝つ」強さは手に入らないと考え、ついに地上へ進出。まずはブリテン最大の英雄アーサーに仕官し、然る後に母国へ帰還して父の国を取り戻そう。そうすれば外様でも円卓に居場所が出来る。
ブリテンに足りない食糧の仕入れ先となって国を支えるのだ。後にランスロットが齎す豊富な食糧で、ブリテンは束の間の繁栄を約束される。ランスロットは王国の生命線になるのである。

ロホルト
とてつもない傑物と邂逅し、少しの間ともに修行した。後はぬくぬくと湖の底で寛いでいたら精霊から聖剣を贈られ困惑する。返せるものは何もない、どう報いたらいい? 困り果てたロホルトに、精霊は告げる。

ヴィヴィアン
誰かさんじゃないけれど予言をするわ。旅の終わりに、きっと過酷な運命が貴方を待つ。貴方の死後には返してもらうわ……今はその剣が貴方に必要よ。
(※慰謝料の先払い)

暗き月明かりの剣(A++)(対生命宝具)
通常形態は無骨な大剣。真の姿は紺碧のクリスタル体の刀身。湖の貴婦人ヴィヴィアンにより鍛造された聖剣の刀身は、真の姿を開帳すれば其処に在りながらにして無い光の刃と化す。冷気を帯びた斬撃はありとあらゆる神秘・物質・概念を素通りし、ただ生命のみを断つ。これぞ聖なる魔剣。冷たい月光は魔力を伴うと光波(由緒正しき剣ビーム)も放てる。

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