【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第13話

 

 

 

 

 

 ――旅の終わりに、きっと過酷な運命が貴方を待っているわ。

 

 湖の貴婦人にされた予言に、ロホルトはらしくなく本気で怯えた。

 精霊などという神秘的な存在が、不吉で不穏な予言をして、裏のない善意で聖剣を贈ってきたのだ。

 これが物語ならあからさまに没落して身を滅ぼす前兆、フラグであり、ロホルトがどう足掻いても避けられない謎の運命力を発揮してくることだろう。

 

(オレ何か悪いことした……? してないよね? なのになんで?)

 

 絵本の王子様めいた少年は心底怯え、もう精霊の領域に閉じこもってしまいたくなったが、流石にそうするわけにはいかない身の上である。

 過酷な運命とはなんなのかと、かなり真剣に幾通りのパターンを想定して心の準備をしつつ、ロホルトは精霊の領域たる湖から離れて遍歴に戻ることにした。

 未来が恐ろしくて堪らなくなったが、よくよく考えれば未来が恐ろしいのは生まれつきだ。気を持ち直したロホルトは心の棚に不安を棚上げして、旅へ戻る前に精霊へ相談を持ちかける。

 遍歴の旅は一年間と定めている。旅から帰ったら政略結婚が待ち構えているが、その前に良縁を得た方が誰にとっても幸福だろう。というわけでヴィヴィアンに、ロホルトにとっての良縁に当たる女性に心当たりはないかと訊ねてみた。すると貴婦人は苦笑する。

 

「あらあら、知らぬは本人ばかりですか」

 

 どういう意味だろう。眉根を寄せたロホルトに、精霊は告げる。

 

「貴方が嫁を取るという話は、既にブリテン島中の噂になっています。そんなに慌てずとも女性の方から寄ってきますよ。それが良縁となるかはさておくとして。ああ……そういえば殿下、貴方には女難の相が出ていますね」

 

 またしても悲報である。ロホルトは額を抑えて、次いで腹を抑えた。胃が痛いのだ。心因性の胃痛をこの若さで友として迎えてしまったのである。

 勘弁してくれ。本当にやめてほしい。神は超えられぬ試練は与えないというが、ただでさえ艱難辛苦ばかりの人生に、そんな極彩色の彩りを与えるのはイジメでしかないと思う。

 ロホルトは嘆きながらも精霊の許からお暇した。体感としては数カ月分の癒やしの時間を与えてくれたことにこそ最大の感謝を捧げ、この恩義は決して忘れないと約束した。

 

 旅に戻ったロホルトは、途中から避けていた人里にも再び立ち寄るようになる。嫁取りをするなら避けては通れない道だからだ。

 

 途上の道で、ロホルトは授かった聖剣を検める。この月明かりの如く暗い光を宿した剣は、銘をコールブランドというらしい。だが宝具としては特殊で、真名を唱える必要はないようだ。

 ()()()と呼び掛けると起動して本当の姿を露わにし、騎士王の聖剣の如き極光を放つのにも真名解放を不要としているらしい。ちょっと残念な気がするが、実戦的ではある。

 遥か未来の東国のネーミングセンスを適用するなら、『暗き月明かりの剣』と書いて『コールブランド』と読むと格好良く聞こえるだろう。起動キーとして音声入力の『ギーラ』が必要と注釈したら厨二的で実に男の子な感じだ。ところでギーラってどういう意味だ? アラビア語に同じ響きの単語があり、それは『嫉妬』という意味だったはずだが……流石にそれはないと思いたい。

 

 せっかく貰ったのだしこちらを主兵装にしよう。性能も明らかにこちらの方が優れているし、普段から使い込んで極めないと宝の持ち腐れになる。『光射す塔剣(モルデュール)』はカヴァスに振るってもらうことにして、月明りの騎士ロホルトは月の聖剣を担った。

 

 

 

 ――『アーサー王伝説』に於いて、王子ロホルトの遍歴は過酷なものとして記された。

 

 

 

 慢心が仇となって瀕死にまで追い詰められた巨人との戦闘。伯父との語らいと新たな友との邂逅。

 そして湖での休養を経て――以降のロホルトを待ち構えていたのは、バイタリティーに富んだ数々の女性達の猛攻だったのだ。

 

 まず休養後、最初に訪れた村が、実はその地の領主の娘を攫った賊徒が乗っ取った土地だったのだ。もともと暮らしていた村人達は鏖殺の憂き目に遭い、賊徒達が村人に扮していたのである。

 ロホルトはその村で一晩を明かす事にしたが、村人達の自身を見る目に嫌な予感を覚え、注意深く観察すると老人や女子供がいない不可解な状況に気づいた。そこでロホルトは歓待してくれた村長や村人達に、食事の席で機転を利かせ、自身に与えられた食糧をすり替えることに成功する。果たしてロホルトが口にするはずだったものを、そうとは知らずに食した村長が苦しんで死んだ。

 毒だ! 自身を襲った狼藉に戦闘態勢を取ったロホルトへ、武装した村人達が次々と襲い掛かる。ロホルトはこれを難なく蹴散らしたが、賊徒達は彼が攫われた姫を取り戻しに来た騎士だと勘違いしていた為、隠していた姫を引きずり出して人質にしてしまう。抵抗はやめろと要求した賊徒に、ロホルトは潔く武器を捨て――油断した賊徒の背後からカヴァスが襲い掛かり、口に咥えた宝剣で切り捨てるのに成功する。果たして自由の身となった姫を保護し、捨てた武器を拾ったロホルトは村から脱出して姫を領主の許に連れ帰った。

 

 するとどうだ、白馬ならぬ白犬に乗った王子様に惚れ抜いた姫は、彼への恋を訴え、愛を乞うたではないか。ロホルトはまさか「ちょっと体臭がキツいから嫌です」と言うわけにもいかず、丁寧にフッて逃げ出したが、姫は諦めが悪かった。なんと旅に戻ったロホルトの後を追い、自身も旅に出たのだ。領主に仕える魔術師を抱き込み、惚れ薬や媚薬を何度も盛ろうと試みたのである。

 堪らず姫を何度も撒いたが、供の魔術師が変に優秀で、どれだけ逃げても地の果てまで追いかけるとばかりに、姫は以後、度々ロホルトの許に来襲してくることになった。名乗ってもいないのに風体で素性が露見していて、ロホルトが王子妃を迎えることになるのを知っていたのだ。

 

 ロホルトはとても目立つ人物である。

 

 湖で安穏と暮らしている内に、すっかり身長が伸びて、185cmの長身となった王子は眉目秀麗であり、自然体のままでも他者を引き付ける、重力めいた存在感があったという。

 蒼い外套と特徴的な鎧兜、身長より長大な大剣と、白い巨犬。端麗な容姿の若き騎士。これだけで正体は明らかであり、少しでも噂話に明るい者ならロホルトの素性はお見通しになるのだ。

 

 故にロホルトが行く所にはほぼ確実に恋に盲目な乙女達が登場する。罪深きは完璧な貴公子であるロホルトだった。彼の人柄に触れた乙女達はほとんど例外なく恋に落ち、彼の心と体を自分のものにする為なら()()()()()()狂気に駆られたのである。

 最初の姫に始まり、男勝りな剣腕を持ち父母の敵討ちに挑んでいた女戦士、自らが生み出した魔獣に殺されそうになっていたところを救われた女魔術師、ブリテン島に於ける伝説的な鍛冶師を祖父に持つ天才女鍛冶師、生きる為に盗みを働いていた女盗賊、悪しき者に呪われた母を持ち、呪いが遺伝してしまった故に病弱だった深窓の令嬢――悉くがロホルトの助力や出会いを経て、全員が夢中になってロホルトを追ったのだ。あまつさえサクソン人の姫もが旅の王子を欲し、サクソン人の国から無数の精鋭が送り込まれる始末である。

 乙女達は時に結託し、時に敵対し、ライバルを蹴落とそうとした。余りに想定外な殺伐とした旅に限界を感じたロホルトは、堪らず旅の途中に出会った遍歴騎士に依頼して少女魔術師に伝言を伝えてもらい、少女魔術師トネリコと合流すると対応を協議した。あんまりな状況を聞いて顔を引き攣らせたトネリコは、主君である王子の為に一計を案じる。

 

 死んだふりをして恋を諦めてもらうのだ。

 

 ロホルトとしては、こうまで自身を想ってくれる女性陣に悪い気はしていなかったが、余りにも狂気染みた求愛に恐怖の気持ちが勝っていた。軽い女性恐怖症である。目が血走っているし、隙あらばライバルを殺してでも迫ろうとするメンタルは本気で悍ましかったのだ。

 あれはもはや女性ではなくモンスター、自然界で苛烈な弱肉強食を成さんとする捕食者だ。ロホルトはトネリコの献じた策を迷いなく採用する。ロホルトが帰国すれば偽死は露見するが、キャメロットに着きさえすればどうとでも対応できる。いち早く他の女性と婚姻を結べば堂々と彼女達を拒絶できるのだ。浮気という不義に当たるから貴女達に応えられない、と。

 もはやロホルトには自発的に伴侶を探す気力はなかった。不屈の精神を持つ王子ですら、肉食極まり女性的陰湿さと残忍さを見せつけられては嫌気が差していたのだ。

 

「ふぅん? ここに私がいるんだけどなぁ……殿下は私が女ってこと忘れてません?」

「ん……? そういえばそうだったな。忘れてたよ」

「………」

 

 いつもなら口にしない、無神経で失礼な台詞だ。ロホルトは無表情になったトネリコを見て失言に気づいたが、既に言ってしまったとあっては後の祭り。どうにか機嫌を回復させようと試みたが、トネリコはバツが悪そうに目を逸らして王子を許した。

 果たしてトネリコの策は大当たりだった。

 当たり過ぎて嘘から出た真になってしまったのである。

 邪悪な竜種が辺境に出現し、これを単身討ちに向かった王子が竜と相討ちになって戦死した、という体を取ろうとしていたのだが――トネリコが偽の竜を作り出す前に、なんと本当に強力な竜種が辺境に出現していた。あんまりにも出来すぎたタイミングにロホルトはトネリコを睨んだが、トネリコは必死に関与を否定した。本当に無関係だったのだ。

 

 しかし、ここでトネリコは顔面を蒼白にする。

 

 竜を討ちに向かっている最中で、全身甲冑を纏って厳つい兜を被った小柄な騎士と遭遇したのだ。

 同じ竜を討伐した武勲を上げて、ブリテン王国に仕官する際の手土産にしようとしていたその兜の騎士は、亡きロット王の妾の子だと告げて、礼を尽くして名乗ったのである。

 

「お初にお目にかかる。私の名は()()()()()()。こうして幸運にも殿下とお会いできたのも何かの縁、足手纏いにはなりません、どうか邪竜討伐の戦いに参加させて頂けませんか?」

 

 ロホルトはこれに是と答えた。断る理由がなかったからだ。

 顔色の悪いトネリコは、なんてことだと天を仰いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ロホルト
後の世で、この旅で出会った女性陣とロホルトをモチーフに、邪悪な魔王竜を討つ為に冒険するRPGが開発された。パーティーメンバーのバランスが矢鱈と良かったせいである。
しかし実際に旅の終盤で彼女達と出会ったロホルトは決死の逃亡を続け、遂には逃げ切ることに成功している。軽い女性恐怖症になっていた。

トネリコ
間の悪さに顔面蒼白。

モードレッド
まだグレていない為、礼儀正しい騎士として振る舞う。なお四歳児。本作ではロット王の妾の子を名乗るように手回しされた。ロット王に熱い風評被害が。
実はロホルトをギネヴィアが身籠った際、溢れた精子を回収&保存していたモルガンが、タイミングを図って四年前に生み出していた。
四歳児だが10代前半の少女の姿であり、魔術的に知識や技術を刷り込まれている。だがまだまだ荒削りである為、各地を遍歴している最中に運命と出会ってしまった。


暗き月明かりの剣(コールブランド)
 ・ランク:A++ ・対生命宝具
 ・レンジ:1〜99 ・最大捕捉:1000人
星の聖剣エクスカリバー、太陽の聖剣ガラティーン、湖の聖剣アロンダイトの姉妹剣。本質的にはエクスカリバーに似ているが、異星の存在に対する決戦兵装としての性質は有していない。
銘とは異なり、ギーラと呼び掛けねば起動しない。しかし一度起動させて真の姿を晒したなら、真名解放を不要として魔力の充填だけで十全の性能を発揮できる。秘密とは秘されるべきもの、みだりに名を晒す必要はない。――コールブランドがその真の姿を晒した時、刀身は紺碧の月光に置換されて実体を喪失する。故にあらゆる護り、防御を素通りして対象の生命にのみ触れるのだ。
魔力を込めれば冷気を帯びた月光波が放たれ、月に由来する神秘の魔力ダメージを与える。放たれた月光波は斬撃ではなく光の波である故に、一切の物理的な衝撃を発生させない。触れたものを凍りつかせ、月の魔力が存在の殻を崩壊させるのみだ。その性質上、充分な魔力さえ込められていれば、神や吸血鬼のような不死の存在であろうと生命としての核を破壊され死亡する。一方で生命や死の概念を持たぬモノには効き目が薄く、単純に凍りつかせるのが限界だ。

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