【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
満天下を祝福するかの如く晴れ渡った蒼穹の下、盛大に執り行われようとしているのは、一人の貴人を栄光の席に列する騎士叙任の儀。
ただの騎士ではない。前任の騎士よりも優れた武勲と勇気を有した者のみが就くことを赦され、それが出来なければ花の魔術師に掛けられた魔術により、無資格者は円卓の席から弾かれてしまう、ブリテン王国で最も栄誉と羨望を集める位階――伝説の円卓の騎士だ。
たった今、円卓に就く資格を有した者がキャメロットへと帰還する。
ブリテン史上最年少で従騎士の位を手にし、騎士への叙任と同時に円卓に迎えられる英雄的傑人だ。幼少の頃から発露してきた逸話の枚挙に暇はなく、人並外れた知能を示し、度々騎士王に改革の献策を捧げ英邁さを謳われる者。周知の事実なのはブリテン王国に文字による記録の文化を施行して、大陸の世界帝国ローマにも存在した下水道の作製を企画、実行したことであった。
その他にも数々の策を献じたとされ、ブリテンの薄弱な官僚層、国力では残念ながら実現不能としてほとんどの実行を見送られた――後世の評では生まれるのが早すぎた賢者であり、当世に於いては生まれるのが遅すぎたと密かに嘆かれた天才である。王国がここまで貧しくなる前にさえ生まれてくれていたならと、知恵者達のほとんどが溜息を溢したという。
優れているのは知略のみではない。
齢十五にして凶悪な巨人を討ち、数多くの匪賊を掃討して民を救った。多数の女性達との華やかな旅路の中、悪徳を働く領主や害なす獣を成敗し、果てはサクソン人の国から攫われた姫を、正体を知らず悪の騎士から救い、敵対する国同士の王子と姫という立場から別れざるを得なかった悲恋の噺を詠われる。まさに其の武勇と義心は騎士の中の騎士と称するに不足のない大器であろう。
――光の中で輝き、闇を深めてこそ。
魔女の働きにより幾らか脚色され広められた噂は、早くも吟遊詩人の飯の種として歌となる。其れこそはブリテン島の全ての人々が知る最新の英雄譚だ。
王都たるキャメロットに住まう民達が、今か今かと時の人の帰還を待つ。
多くの騎士が宮殿外の階下へ左右に別れて整列し、階上の広間で十一人の騎士と少年王が待ち構え、早くその時がくるのを望んだ。王の傍らには、ブリテンで最も高貴な血を継ぐ王妃が控えている。
やがて遠望できる白亜の城の城門が開かれた。左右に別れた正門から二つの人影が現れ、堂々と歩む二人の傍らには大狼の如き白い獣が侍り、長身の若き王子が目配せすると兜の騎士と大狼は脇道に控えて止まり、王子は大通りの中心を怖じることなく歩んでいく。
歓声が上がり、左右の家屋や建物の屋根にいた民達が、集めた花弁を投げて虚空に散らした。花びらが王子の道を鮮やかに彩る。そして王子の姿をよく見ようと目を凝らして――息を呑んだ。
王子は立派に成長していたのである。其の麗しさは高貴の体現。185cmはあろうかという体躯と、肩を毛先が撫でる眩き金の御髪――何より白皙の美貌は憂いを秘めて青白くなり、悲恋の名残りが刻まれたことでゾッとするほどの色香を纏っていた。
魔性めいた月明かりの如き其の色気は、気を強く持たねば乙女を狂わせかねない引力がある。妖しい月の光と溶け合う王威は、民衆のみならず英傑をも心酔させる威力があった。
歓声が消え、どこかうっとりしたような吐息と、自らとは違う生き物の美を鑑賞したような感嘆の声に取って代わられる。住んでいる世界が違う、隔絶した次元のモノを見る目線。
ほう、と感心したように吐息を漏らしたのは王の傍らの太陽の騎士。お強くなられたと彼は呟き、しかし愛息の姿を一年ぶりに目にした王と王妃は背筋が凍っていた。
まるで人が変わったかのような、研ぎ澄まされ過ぎて切れ味を増し、代償に繊細さを得てしまった儚い雰囲気を感じたのだ。血を分けた肉親だからこその直感である。何かがあったのだと、王と王妃は言葉を交わすまでもなく察し、心配してすぐにでも駆け寄りたくなる。
グッと堪え、王子が階上に登ってくるのを待った。
王は愛息の武勲と、一年の旅を労い、そして騎士の称号と円卓の座に迎える旨を公式に伝え、祝福の言葉を出来るだけ長く述べる。片膝をついて頭を下げていた王子の肩に、王剣クラレントを添えて叙任の儀式を済ませると、捧げるように差し出された王子の両手にクラレントが授けられた。ワッ、と民衆が大歓声を上げる。騎士達も祝福するように温かな拍手を送った。
王剣クラレントの授与。それは王権の正統なる後継者に指名した証である。本来なら現王が引退間際に授与式があるものだが、今の王国では別の意味合いがあった。それは不老不死の永遠の少年王が君臨するからであり、少年王が王剣を授けた相手は正式に『アーサー王に次ぐ権威の持ち主』になることを意味しているのだ。
誰よりも熱心に拍手しているのは、月明かりの騎士と号される王子を熱烈に支持するペリノア王だ。まさしく豪傑と称するに値する厳つい容貌の彼が、そうまで手放しに喜ぶからこそ、未来の明るさを民草は夢想できてしまう。王子は人知れずペリノア王を一瞥し、次いで先ほどとは打って変わって酷薄な目でペリノア王を見るガウェインとガヘリスを見た。
ガヘリスと目が合う。一年ぶりの再会を祝すのはまた後ほど、今は別の意を込めて頷くと、ガヘリスもまた残酷な笑みを口許に佩いて頷きを返す。自らの騎士が密かに太陽の騎士へ耳打ちするのからは目を切って、王子は王の赦しを得て立ち上がると、王と騎士、そして民草に向け宣言した。円卓に迎えられし騎士の一人として、何より王剣を担いし王子として命を国に捧げると。
あまりに自然体のまま、当たり前のように告げた言霊は、揺るがぬ真実として大衆に受け取られ、民衆と居並ぶ騎士達は今まで以上の歓声と拍手で王子の宣誓を歓迎する。
其の様をどこか無力感に苛まれる瞳で見詰めて……一年前の炎のような気迫が、氷の透明感へ変貌しているのに気づいていた父母は、心から心配そうに愛息の横顔を視界の中心に据え続けた。
ただ一人、王子と最も親しい友、ガヘリスだけは更に深く気づいていた。
(
――透明な氷の奥深くに、決して絶えぬ炎が変わらず燃え盛っているのを。
母のように麗らかな光しか知らず。父のように苛烈な光を危ぶみ労るばかりでもない、光と闇の双方を間近で見続けた友は王子を小さく言祝いだのだ。
「私もお供します。どうか自らの定めた道を往かれますよう」
異端の騎士は主君にして友である王子の疵を癒やすのではなく、労るでもなく、傍に仕える騎士として忠誠を新たに誓い直した。
長くも短くもあった
簡素ではない。王の居室が質素であれば、権威に関わる故に。しかし決して豪華でも華美でもない、穏やかで空気の澄んだ平和な部屋だ。
椅子に腰掛けたまま王子が訪れるのを待っていた王は、王子が来訪してくると短く労った。
「よく帰った、ロホルト。一年ぶりだ」
「はい。改めまして、ただいま帰りました、父上」
「ああ。……ここに座りなさい」
対面に用意していた椅子を勧められ、ロホルトは礼節を意識して挙措に気を配り椅子へ腰掛ける。
いざこうして見ると、王はやはり小さい。小柄だ。ロホルトは複雑な内心を押し隠す。対してアルトリアは息子の成長に改めて驚いていた。
大きくなった。一年前までは同じぐらいの身の丈だったのに、今はもう頭一つ分は確実に大きい。身に積んだ武の気配、力の厚みが増したのが明確に伝わる。アルトリアは愛する息子の成長を喜ぶ心と、その過程を見ることが出来なかった寂寥に目を細めた。
「父上、話とはなんでしょうか」
アルトリアはロホルトに、大切な話があると言って呼び出したのだ。
早速とばかりに本題に入ろうとするロホルトに、アルトリアはムッとしてしまいそうになる。
言いたいこと、伝えたいことが山ほどあった。一年前、息子が旅に出る別れ際に言われたことを、アルトリアは自分なりに考え、何処かへ遍歴しに行って帰ってきたケイに相談して改めようと努力もしてきた。夜、一人になった寝室で、対ロホルトの会話術をトレーニングしたりもする涙ぐましい努力だった。……それを披露させてはくれないのか。
恨みがましい気持ちになりかけるのを自制する。アルトリアはひとまず手短に前置きして、出来るだけ事務的になり過ぎないように話をしようと気を引き締めた。
「本題に入る前に言っておきたいことがある」
「なんでしょう」
「うん……よく、無事に帰ってきてくれた。お前に何かあったらと心配していた。……大過なく旅を楽しめたか? ずっと私や国の為に尽くしてきたロホルトが、少しでも心身を休められたのなら私も嬉しいが……」
「……父上? 風邪でも引かれましたか? お疲れのようでしたらもう休まれた方が……」
「風邪など引いていない」
王子のあんまりな反応に、今度こそ王は内心腹を立てる。が、愛息にそんな物言いをさせたのが今までの己なのだと内省し、なんとか親として情けない怒りを表に出さなかった。
ロホルトは薄く笑んだ。流石に融通が利かず生真面目なこの人も、一年前の別れ際に放たれた嫌味は堪えていたらしい。相変わらず『父親』がヘタクソだが、親心は辛うじて感じられた。
ロホルトは今のアルトリアになら伝えようと思える。この一年間の旅の中で何があったのか、ケイと会って話をしたことだけ伏せて、残りは余さず詳細に語った。
愛する我が子の旅の報告を聞いて、感想を伝えられ、アルトリアは最初、肩の荷を降ろした自由な旅の話に頬を緩めた。こうした報告をしてくれる事が、とても嬉しかったのだ。
しかし巨人との戦いで油断して死にかけた話を聞かされた時は怒り、湖で既に仕官して母国奪還の兵を借り出陣したランスロットと出会い、親友となった話で喜び、ヴィヴィアンから聖剣を授けられたという話を聞いて誇らしく思った。だが――その後の苦労を知るとアルトリアは無表情になる。出会った姫や乙女達の素行を知り、竜を討伐した際に死を偽って、共に戦った遍歴騎士モードレッドの話を聞いたまではまだいい。しかし帰還してくる最中に、王子の偽死を信じて自殺した女達の話を聞いて、アルトリアは言い様のない溶岩のような感情を懐く。未だ嘗て体験したことのない、暗く熱い激情だ。
未知の感情を出力するのに不慣れで、表情と言葉を失ったアルトリアにロホルトは苦笑した。
「相変わらず、私に対しては分かりづらい反応をしますね。どういう感情なんですか、それは」
軽い嫌味を言うロホルトに、アルトリアは何も言えなかった。
そんなに辛い目に遭ったのに、なんでもないように振る舞うなんて……傷ついただろう、自分の選択や遣り方が間違っていたと思って苦しんでいるだろう……なのに平気な顔をしている。親であるアルトリアの前でぐらい、もっと素を曝け出してくれていいのに。
いや、出せなかったのだろう。アルトリアは迷いながら立ち上がり、椅子に座ったままの息子の頭を両手で掴むと、不器用に自身の胸の中に抱き寄せた。
困惑する気配。そういえば、今まで一度も、撫でてあげたり、抱き締めてあげたこともなかった。他人相手なら慰める為の言葉を思いつけるはずなのに、息子にはなんと声を掛けたらいいか分からなくなる無様さを思い出す。
だから、より強く抱き締めた。
「………」
「………」
「………」
「……父上。いつまでこうしているのですか? 私はもう大丈夫です」
暫くそうしていると、ロホルトはつい耐えかねたように身動ぎし、微かに抵抗する素振りをみせる。
アルトリアが離れると、ロホルトは呆れていた。
(……隙のない完璧な人だったのに、こうしてみると隙だらけじゃないか)
男には有り得ない柔らかさを感じた。確信が事実であると確認できてしまったというのに、アルトリアは自身の迂闊さに気づいていない。
だが――ロホルトは
「ありがとうございます。心配してくれたんですね」
「……当たり前だろう」
「その当たり前が一年前までの父上は出来ていなかったのですが?」
「うっ……それは、すまないと思っている……言わなくてもお前になら伝わっていると思っていた」
「言われないと分からないのが人間ですよ。言われても分からない時もあるのに、言葉にしないでどうするというのですか。いいですか父上、もっと雄弁に語って下さい。貴女はいつだって一言足りないんですよ」
「……なんで心配した私が叱られている……?」
納得していないようだったが、ロホルトの諫言をアルトリアはしっかり受け止めた。今後は気をつけると言って反省したアルトリアに、ロホルトはこの不器用な人とやっと向き合えたと思った。
それが、ロホルトは嬉しい。嫌いなのに変わりはない、しかし血は水よりも濃いとはよく言ったもので……肉親に対する感情は単純ではないのだと実感する。嫌いでも……大切なのだ。
アルトリアは咳払いをした。
「それで……本題だが」
「話の導入がヘタクソ過ぎません?」
「……見ない内に更に辛辣になった。それは成長なのか?」
「成長ですよ。今まで思っていても言わなかった本心を伝えているんですからね」
「そ、そうか……」
「それで、本題とはなんでしょう」
さっきから
しかし本題の重要性を思い出し、アルトリアは気を引き締めた。
「本題は――お前の婚姻に関する話だ」
「ああ……」
「旅の話を聞くに良縁はなかったらしい。だから私の方で手配するしかないが……ロホルトが旅の中で良縁に巡り合わなかったのだけは朗報だった」
「……どういう意味ですか」
不穏な気配を感じて警戒するロホルトに、アルトリアは声を上げる。誰かある! と大きな声で。
すると扉がノックされた。扉越しにアルトリアが短く「連れてきてくれ」と命じる。
「……誰を呼んだのです」
「少し待て」
なんだというのだ。ロホルトは微かにアルトリアを睨むも、気まずそうにするだけでアルトリアは答えようとしない。実際に会った方が話は早いということなのだろう。
嘆息する。政略結婚は仕方ないと諦めていたが、帰還してまだ一日も経っていないのに相手と引き合わされるとは思ってもいなかった。
黙ってアルトリアに呼ばれた相手を待つ。
暫くすると気配を感じて、扉の方に視線を向けた。足音の重さ、質、歩幅を明確に感じ、まだ大人ではないと判断して訝しむ。誰だ? 年上の女性が来るものと思っていたが……。
そして、再び扉がノックされる。入れとアルトリアが告げ、現れた少女の顔を見た時、ロホルトは驚愕の余り絶句してしまった。
アルトリアは重々しく言う。どこか困ったように眉を落とし、愛想笑いをする少女を見ながら。
「実は一ヶ月前に、な……彼、いや彼女が実は女性だったことが露見した。優秀な騎士になると目されていたが、女であることを隠していたと知られたら、騎士の道は断たれてしまったも同然だ。彼女の身を保護する為に、お前の婚約者の候補にして待っていてもらったのだ」
「――――」
絶句するロホルトはアルトリアの説明を聞き。
見詰められている少女は、気まずそうにロホルトへ挨拶した。
「え、えへへ……お、お久しぶりです、殿下……おかえりなさい! 私、殿下と会えて嬉しいです!」
そう言って無理に笑った少女の名を、ロホルトは愕然としながら口にする。
「が、ガレス……?」
アルトリア
なんとか親として接する為にも、睡眠時間を削って猛練習(イメトレ)に励んできた。
現状、これが上限一杯の限界。
不慣れなことに頑張りすぎて、完璧な王の仮面が剥がれてしまった。
ロホルトからのお小言は耳に痛いが、ちょっと嬉しい。
ロホルト
成長期終了。プーサーと異なり成長期をしっかり終えた為、恵体。
身長185cm体重80kgの筋肉質な体型だがファンタジー細マッチョ。
声変わりも終わっている為、プーサーより若干声が低く、精悍。
血が水より濃いことを実感。
しかし直後に引き合わされたガレスに気絶しそうなほどの衝撃を受ける。
ガレス
本格参戦。なぜか性別がバレた。なんでだろう……? 騎士になれないと分かった時は悲嘆に暮れ、失望していたが、ロホルトの婚約者候補にされて悲嘆と失望を忘れるほどの衝撃を受ける。
でもロホルトならなんとかしてくれると無邪気に信じて待っていた。