【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第16話

 

 

 

 

 

 第一王子であるロホルトの部屋は、アルトリア同様必要最低限の家具と装飾を持っただけのものだ。

 一人で暮らすには広すぎ、かといって王侯貴族の部屋としてはやや質素。そこへ先んじて案内され、待機を命じられていた兜の騎士は、部屋の主が帰って来たのを見て表情を明るくする。

 兜を被ったままで、だ。故にロホルトが見知らぬ少女と連れ立っているのに気づいた時、露骨に嫌悪と侮蔑を顔に出しても、ロホルトと邪魔者に悟られることはなかった。

 

「殿下、お待ちしておりました。……そちらの方は?」

「待たせてごめん、モードレッド。この子はガレス、私の立ち上げた青年会のメンバーだよ」

 

 立ったまま長時間待っていたらしいモードレッドに苦笑し、椅子を勧めて自身も腰掛ける。ロホルトが座るのを待ってから一礼し、椅子に腰掛けたモードレッドは、ガレスとの距離感を視線で推し図ろうとした。しかしガレスは人に慣れていない猛獣のようなモードレッドの様子に構うことなく、にこやかな笑顔で明るく挨拶を投げる。

 

「はじめましてモードレッド。私はガレス、殿下からお聞きしたんだけど、私のお父様の子供なんだよね。なら私は君のお姉ちゃんってことになるから、これから仲良くしていこう!」

「……はじめまして、ガレス殿」

 

 あからさまに不快感を出し、心理的な距離を地平線の彼方まで離しながら、モードレッドは儀礼的に小さく頭を下げた程度だった。

 モードレッドより一つ年上のガレスは今、貴族の子女が纏う橙色のドレスを着ている。そうした格好のガレスを見ると、短髪でありながら明確に少女であると分かる可憐な顔立ちをしていた。

 毛先の黒い二房の髪は、ともすると子犬の垂れ耳のように見える外ハネ髪であり非常に愛らしい。彼女の手は白く、指や爪も綺麗で、手入れがきちんと為されている。苦労を知らなさそうな手だと、兜の騎士が蔑みの念を懐いても無理はないかもしれない。姉貴面をしてくるのも不愉快だ。――だがモードレッドはガレスを内心で貶す為に観察すると、持ち前の勘の鋭さで気づいた。

 

 彼女の佇まいに隙がない。才児が騎士として過酷な修練を積んでいる印象を覚える。

 

 へぇ、流石に殿下が部屋に通す女だ、単なる雑魚じゃなさそうだな……と、モードレッドはガレスへの印象を鬱陶しい女程度に留めた。

 二人の様子を見ていたロホルトは、ガレスがモードレッドの反応で困ったように眉を落としたのを見咎めて、嘆息しつつ間に入ることにする。モードレッドの考えてそうなことが分かる、この子は単純だから。強いか弱いかを見て、弱くはないとでも思ったのだろう。

 実際は、今のところガレスの方が数段上の実力を持っているのに。

 

「君達は長い付き合いになる。私を含めてね。だから親交を深めてほしいから……モードレッドにはガレスの来歴と、彼女をこうして連れてきた経緯も説明しておこうか」

 

 ガレスはその性格と見た目から侮られがちだが、武勇という面で見てガウェインにも劣らぬ才能を秘めた麒麟児だ。

 あと五年もすれば、三倍の力を発揮する日中のガウェインを相手に、二時間は槍一本で渡り合える実力を手に入れると目しているし、ガウェインもまた同様の見解を示している。

 

 ――事実。ガレスはガウェインに似た能力を持つ赤騎士イロンシッドと死闘を繰り広げ、窮地に陥るものの撃破せしめる騎士となる、はずだった。

 

 ロホルトはモードレッドにガレスの身の上を紹介する。

 ロット王と魔女モルガンとの間に生まれ、ガウェインやガヘリスとは異なり幼少期を母の許で過ごしていた。だが騎士として活躍するガウェインに憧れ、ブリテン王国の騎士になる夢を懐く。

 しかしブリテンに来たばかりの幼いガレスは小姓にもなれず、厨房に配属されるはずだったが、どういうわけか彼女がキャメロットに来ていることを知ったらしいガヘリスに身元を明かされ、正式に小姓となって騎士になる修行をはじめようとしていた。そこをロホルトにガヘリス共々一本釣りされ、王子の創設した青年会に加入することになったのだ。

 だがガレスには秘密があった。実は、ガレスは女の子だったのである。

 

「っ……」

 

 モードレッドが顔を顰める。

 性別を隠して修行に励んでいたガレスだったが、つい先日――正確には一ヶ月前に、突如としてガレスの性別が露見してしまった。

 なぜ秘密が暴かれたのか、原因を知る者はいない。

 しかし暴かれてしまったからには是非もない、ガレスは女だからという理由で夢を断たれ、その血筋故に安易な処罰は躊躇われた。故にガレスが性別を隠して騎士の修行に励んでいた理由を、ロホルト王子の妻になる為の花嫁修行の一環と銘打って誤魔化したのだ。

 そうでもしなければ、騎士の中の騎士であるガウェインの妹が、犯罪者として処罰されるという不名誉が付き纏うことになるし、ガレスを溺愛するガウェインとガヘリスが王に、どうかガレスを罰するのはおやめくださいと懇願したからそのような措置が取られた。

 騎士の修行がなぜ花嫁修行になる? そうした当然の疑惑を、アルトリアはこう言って躱した。「我が王子ロホルトは、自身が迎える花嫁の条件として、共に国の為に戦える同志を求めた。一流の騎士に劣らぬ武と、清廉な精神、そして国政に携われる知を具える者――斯の如き逸材は、私の知る限りガレスを於いて他にいないだろう」と。

 

 こうして一転、騎士見習いから王子の婚約者候補にされたことで、ガレスは身分を偽っていた罪を免れることになったのだ。――父上にしては人情溢れ、機転の利いた誤魔化しだと思うのはかなりの偏見だろう。ロホルト以外にはとても気を利かせられる人なのである。

 だから苛つくわけだが。

 なんでだと詰問したくなる傾向として、アーサー王は自身に近しい者にほど接し方がヘタクソになる。騎士ガウェインなど、昼間は老婆になる女性と王命で結婚させられたわけだし、それに負い目があるから王はガウェインの懇願を流せなかった側面はあるはずだ。

 ともあれこの機転を、ロホルトは素直に讃えた。素晴らしい対応である。ロホルトはガレスの夢を応援していたし、夢を叶えてほしい、そして共に国の為に戦ってほしいと願っていた。こんな形でガレスの夢が断たれていいわけがないと心から思っていたのだ。

 

 故にロホルトは決めた。アルトリアのファインプレーにより、自身の婚約者になったガレスには、これまで通り騎士の修行をしてもらう。そしてガレスが妻の座についた後は、公然と彼女を自身の騎士として扱えばいい。文句は言わせない、誰も言うことは出来ない、なぜならば――ロホルトはあと半年後にオークニーの王になるからだ。

 

「は? 殿下が……オークニーの王に?」

 

 モードレッドが兜の内側で目を見開く。ロホルトはニヤリと口許を歪めた。

 

「ああ。元々そうなるよう密かに手を回していたが、先程父上にも打ち明けて説得してきたよ。私がブリテン王国の継承権第一位を保持したままオークニーの王になれる形が、想定外の流れだったけど出来たからね。ロット王の娘を娶れば正統性が手に入る、私が王になれば間接的に父上の保有する軍事力が上がる、ガレスは私の我儘という形で騎士になれるし――モードレッド、君をガレス付きの近衛騎士ということにしたら、君が兜で顔を隠す必要もなくなるだろう。騎士として働く王妃の身辺を守るなら同性の方が都合が良いと言い分も立つからね。そして私も煩わしい結婚問題に片がつく」

 

 ガレスは従妹だ。普通に近親婚になる。しかしこの時代、この世界だと珍しくないものだ。

 ロホルトの個人的な感性では受け付け難いが、『国益』と『従妹の夢』に適うとなれば是非もなし。個人的な抵抗感など蹴り飛ばし、ロホルトは王子としてこの婚姻を受け入れた。

 何より潔癖症とされるロホルトに憧れるガレスは、ロホルトを見習って毎日体を洗っている為か臭くない――これがどれほど重要か、残念ながら共感してくれる人はあまりいないのが現状だ。

 

 モードレッドは素顔を堂々と晒せるという点に悪い気はしなかった。というより、ロホルトが自分のために色々と考えてくれたのが嬉しかったのだ。

 しかし地頭の悪くないモードレッドは疑問を覚える。

 

「殿下、たしか今のオークニーを治めているのはペリノア王でしょう。ペリノア王からオークニーの支配権を奪い取ったら内紛の芽になるのでは?」

「大丈夫、()()()()()()。というか彼は私を贔屓してくれていてね、私がオークニーの支配権を求めたら、ほとんど無条件で譲ってくれるはずだ」

 

 今なら分かる、ペリノア王は騎士王の秘密に勘付いているのだと。勘付いた上で今まで黙ってくれていたことには感謝しているし、男であるという理由でロホルトを推すのも無視できる話だ。

 しかし現在の王国内で、ともするとアーサー王にも比肩する影響力の持ち主など目障りでしかない。あまつさえロホルトまでペリノア王に大きな借りを受けてしまえば、それこそアーサー王に次ぐ第二の大王としての名声を確立してしまいかねなかった。

 

 故に――ガウェインがペリノア王に復讐心を持っているのを赦していた。

 

 計画の実行は、ロホルトがオークニーの王冠を戴く前。つまりは半年後が期限だ。

 『ペリノア王に譲られた王位』という外聞を失くす為、復讐に燃えるガウェインとガヘリスは、ペリノア王が趣味とする冒険に出た時に襲い掛かる手筈になっている。幾らペリノア王が現円卓にて最強の名声を有していても、寄る年波には勝てず弱体化しているのだ。騎士として脂の乗った年齢であり、全盛期のペリノア王にも劣らぬ強さと、日中は三倍の力を得るガウェインがいれば、万が一もなく暗殺は成功するだろう。ガへリスもいるとなれば仕損じる可能性は皆無である。だが念には念を入れて保険の手も打っていた、ペリノア王には申し訳ないが確実に死んでもらう。

 あの騎士の鑑であるガウェインが、私怨で他者を暗殺するわけがなく。彼が汚名を被ってでも暗殺に手を染めるのは、ペリノア王がアーサー王やロホルト王子にとって邪魔者だと理解して、なおかつガヘリスの説得と、ロホルトからの追認を受けたから実行するのだ。

 一瞬、ロホルトは機械人形の如き冷気を瞳に宿す。しかしガレスの麗らかな日差しのような声で、ロホルトの意識は悩ましい現実に引き戻された。

 

「あー……うー……で、殿下? そのぉ、ですね……王妃になったとしても、あっ、殿下のお嫁さまになるのも恐縮っていうか、身に余るお話なんですけれどっ、騎士にしていただけるって話も本当に嬉しいんですが……その、お嫁さまになったら、ですね。やっぱり私が殿下のお子を生まなくちゃいけなくなると、思うん……ですけど……」

 

 言いながら顔を真っ赤にして俯いたガレスに、ロホルトは色んな意味で背中が痒くなり、苦くて申し訳なくて、おまけに満更でもないような気もしたが。

 苦笑して二つ年下の少女の前に片膝をつき、俯いた少女の顔を見上げながら優しく言った。

 

「それも大丈夫。今の私には打開策は思い浮かばないけど、きっと未来の私がなんとかしてくれるさ」

 

 ずばり将来の自分への問題の丸投げである。

 ガレスは純粋に騎士になりたいだけで、色恋沙汰なんて興味はない子だ。

 仕方ないとはいえロホルトの妻になるのは既定路線だし、もう避けてはならない道である。

 ならその道の先で幸福になれるように計るのがロホルトの役割だろう。

 そうだ。残念なことに、口惜しいが、今のロホルトには世継ぎ問題は手に負えない。だが未来の自分がきっとなんとかするはずだし、なんとか出来ないなら周囲に助けを求めよう。

 

 だからなんとかしてくれよ、未来のオレ――と、ロホルトは痛切に願って。モードレッドとガレスを交互に見渡し、強がりとバレないように王子様スマイルを浮かべて言った。

 

「君達の問題は全て私が請け負う、大船に乗ったつもりでいてくれていいよ。だから二人は力を合わせて、互いに助け合ってくれ。いいね?」

「はい! 任せて下さい、殿下!」

「(チッ……)殿下がそうお命じになるなら……努力はしてみます」

 

 満面の笑みを浮かべて胸を叩くガレスと、明らかに嫌々返事をしたモードレッドの対比に、ロホルトはついつい笑ってしまった。可愛い従妹達の仲が険悪になるのは見過ごせない、モードレッドがガレスと仲良くなれるように、二人の橋渡し役もやっていこう。

 

 ……こういう小さな問題ばかりなら、全然お腹は痛くならずに済むのにな。

 

 ロホルトは一瞬遠くを見て、内心そう一人ごちた。

 

 

 

 

 

 

 




ペリノア王
 星の巡りが悪すぎた、善良さと野蛮さを兼ね備えた豪傑。
 彼は今回の件で何も非がない被害者である。
 それでも今後の未来に、ペリノア王へ用意された席はないのだ。

ガウェイン
 汚名を被ってでも暗殺を実行する忠義の騎士。
 私怨からこうした仄暗い所業に手を染めることは基本的にない。

ガヘリス
 騎士道に悖る行為を前に、渋る兄を説得して後押しする。
 全ては主の為、汚れるのは自分の役割だ。

ガレス
 本作ではモードレッド(の自己申告した年齢)より一つ年上ということに。
 妹が出来て嬉しいが、妹扱いを拒絶されるのでしょんぼりすることになる。
 だがモードレッドがいけないことをしたら即座に叱る、お姉ちゃんムーブはやめない。
 憧れの王子の正妻になることを受け入れたが、騎士として務めるのを最優先にしたいと思っている。
 なるようになるからいいか! と非常に前向き。
 殿下なら悪いことにはしない、殿下ならいっかな、と思っているようだ。
 同時に自分は殿下に釣り合わないから、愛人として別の人を愛しても受け入れようと覚悟している。

アルトリア
 ここでまさかのファインプレー。ロホルトもアルトリアを見直したが、冷静に考えると元々アルトリアはこうした調整、有情な采配は巧みだった。ロホルトにだけ出来ていなかっただけで。
 ここにきてさらにロホルトの中の王としての株を上げ、親としての株を下げたが、本人はロホルトに讃えられ鼻高々。この調子で親としての株を上げるぞと内心気合いを溜めている。
 ――なお、国が更に末期になると、アルトリアの調整力、采配も限界を迎えるので、王は人の心が分からない……などと言われそうな惨状となる。国が悪いよ国が。

ロホルト
 ガレスを婚約者に据えられ当初は卒倒しかけ、次いで激怒しそうになったものの、アルトリアから事の顛末と対応を聞いて沈静化。悪く言えばお飾りのお嫁さんにすればいいだけだと気付き、ここでアルトリアに計画を打ち明けて許可を得ようと思いつく。
 後にアルトリアからペリノア王に話が通され、快諾されたのでオークニーの王になることが内定する。まずはオークニーという、ペリノア王によって整備された国を治め、統治者としての成長を促す目的があるらしい。しかしペリノア王の温かい思惑を知っていながら、ロホルトは彼を排除すると同時に、彼の嫡子であるラモラック卿をオークニーに引き入れる策も練っていた。
 ラモラックはいずれ、必ずガウェインと対立する。アーサー王派のガウェイン、ロホルト派のラモラックという形になるのが最上だ。



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