【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
ガレスにとって『理想の騎士』とは『ガウェイン兄様』だった。
『理想の王様』といえば『アーサー王』であるし、『憧れの騎士』は最近出会って親身に指導してくれたランスロット卿である。
ガレスはガウェイン兄様を敬愛し、アーサー王に畏敬の気持ちを懐き、ランスロット卿をお手本にした。この三人はとても偉大で、赤心から慕っている。
だがガレスが『主』に仰いだのはロホルト殿下だった。
ロホルト殿下を主としたのは、言葉は悪いが成り行きだったと思う。ガヘリス兄様と共に殿下の主催する青年会に引き抜かれ、そこで騎士としての在り方と国家運営の思想と手法を学び、現在の王国の正確な窮状を理解させられた。はっきり言って、王国の未来は暗い。騎士の修行をする中で、ほとんどの人達が窮状を理解していないことに焦燥を覚えるようになった。
ガレスが思うに、アーサー王ほど民に寄り添う、理想の王様はいない。だがガレスを含めた青年会のメンバーは、陛下ではなく殿下に希望を見た。なぜかと問われれば、青年会に属したことのある騎士は口を揃えて言うだろう。アーサー王は乱世を平らげる王として、平和と繁栄を築く王として理想的だ、永遠の忠誠を誓っている。だが今の王国の窮状を打破するには優しすぎる、と。
冷酷さが……冷徹さが足りない。必要ならアーサー王も迷わないが、他に道があるならそちらを選んでしまう。騎士王としてそれは最善であり、殿下の献ずる策はおそらく下策だろう。
しかし今のブリテンには拙速による下策が必要なのだ。鉄と血が求められている。故に、過酷な道を選んだロホルトが――冷酷な月明かりが王国の夜を照らすのだとガヘリス達は信じた。
ガレスもだ。恐らくはアーサー王もそう直感している。
救国の旗は修羅の道に掲げられるもの。アーサー王が最善を選択し、ロホルト殿下が永久の汚名すら被るやもしれぬ鉄と血の轍を作る。この体制こそが王国には必須だ。騎士王だけでは駄目で、月明かりの騎士だけでも駄目だ。二人がいてこそ救国は成る。そしてそうであるが故に、より過酷な道を往くロホルト殿下に、ガレスはついて行こうと心に決めたのである。
アーサー王はロホルト殿下が二十歳になると、自らの王冠を殿下に譲り、自身は騎士として殿下の傍について、王としてのロホルトの助言者になりたいと思っているようだ――と、ロホルト殿下はそう推測した。だが駄目だ、それは駄目だ。王国には騎士王が必要で、別の役割を果たす『王子』であり、騎士王の軍事力を担保する『王』が絶対に不可欠なのだ。その両方をロホルト殿下が担わなければ、最短距離を駆け抜けての救国は成らない。その最短距離の道しかないのだから。
そこまで理解していたから、ガレスは殿下の助けになるなら妻になることへ抵抗はなかった。
残念なのは騎士の道を断たれてしまったことだが、殿下はガレスをお飾りの妻として、騎士になれるように働きかけてくれるらしい。素直に嬉しい反面、申し訳なく感じる気持ちも強い。
ガレスは殿下が過酷な救国の道を歩むのを支えたいと思っているのに、いつもいつも気を遣われてばかりいると感じていた。可愛がってくださっているのは分かるが、ささやかながら不満ではあるのである。普通は逆だと、騎士を志す身として思うのだ。
故にガレスは気合いを溜めた。
正妃となった後、騎士として働ける段階になれば、この身を尽くしてお助けしようと。正妃になった後からがガレスにとって本当の戦いなのだ。
殿下がオークニーの王になるのは半年後――と聞いてから一ヶ月が経った。そしてガレスが正式に婚約者から正妃になるのが、ガレスが14歳になってからだという。それまでになんとしても、それこそあのガウェイン兄様にも負けない騎士になってみせる。
純朴で純粋な少女は、そう決心していて、猛烈な使命感を燃やしていた。
――だが、事は急展開を迎える。
「ロホルト様が迎える花嫁の条件を聞きました! 一流の騎士に劣らぬ武と、清廉な精神、そして優れた知を具える者を求めると! ――であればッ! そこな小娘よりも、この私の方がロホルト様の正妃に相応しい!」
キャメロットに乗り込み、そう主張する女戦士が現れたのだ。
円卓にて改めてガレスが紹介されていた時、不届き者が広間に侵入してきたと騎士が報告に来た。摘み出せとアグラヴェイン兄様が冷たく命じるも、騎士は情けなく告げる。自分達は蹴散らされてしまいました、と――平の身分とはいえキャメロットの、それも宮殿に配属された騎士が言うのである。侵入者は只者ではないのは明らかで、興味を覚えたアーサー王以下円卓の面々が出向いた。
新たに円卓の騎士になっていたロホルト殿下は、アグラヴェイン兄様に「うちのセキュリティ、ガバガバ過ぎじゃないかな」と愚痴を吐き、アグラヴェイン兄様もそれに同意していた。
そういえばとガレスは思う。昔から湖の乙女や素性も定かではない段階の者が、何かと入り込んでは騒動の種を持ち込んできていた。確かにセキュリティはどうなっているのかと少し呆れる。
だが呆れていられたのは、女戦士が不遜にも、アーサー王へ直談判するまでだ。ガレスは女戦士の発言にムッとしてしまう。女戦士は明らかにガレスを見て、挑発的に蔑んだのだ。
女戦士を一目見た時は、その鮮やかな赤髪と赤い瞳、身に着けている深紅の鎧や魔剣を見て、感心していた円卓一同も目を細めた。貴種であろうと伝わる白皙の見事な美貌の華やかさに、感嘆していたガウェイン兄様ですらも、ガレスを貶され眉根を寄せている。
「ほう……つまり貴様は、我が王子ロホルトの正妃の座を射止めんと欲して来たのだな。であれば貴様は何者なのか、名を名乗るといい」
アーサー王がなんの感情も伺えない無表情で問うのに、ロホルト殿下は赤い美女を見て顔色を悪くしていた。アーサー王は殿下の様子を見て、赤い女戦士の正体に勘付いているようだった。
女戦士は高らかに名乗る。うっとりとした顔でロホルト殿下を見ながら。
「我が名は
赤い国。その名を聞いた騎士達に戦慄が奔る。
アーサー王も意外そうな表情をしたが、すぐ無表情に戻った。
次いで、全員がロホルト殿下に同情の視線を送る。厄介な女に絡まれたな、と。
殿下は頭痛を堪えるような表情で言った。
「私から言えるのは三つだ。一つ、赦しなく宮殿に押し入った無礼者と交わす言葉は本来ならない。二つ、私は君からの求愛を断っている。理由としては、君は相手が仇とはいえ四肢を切断し、遺体を辱めたからだ。仇を憎む気持ちは否定しないが、既に殺めた後の遺体を辱める行為に、平気で手を染める者は嫌悪と侮蔑に値する。私は確かにそう言ったはずだね? ……そして三つ、自身の心象を上げる為に他者を下げ、貶めようとする者は清廉とは言えないし、そもそも遍歴の最中にいた私を追い回した執拗さは悍しかった。君の性は蛮行を繰り返す蛮族となんら変わりない、故に私が花嫁として迎える対象には決してならないだろう」
殿下の言葉に騎士達は顔を顰める。そして殿下に同意した。
あけすけで辛辣な拒絶だ。だがイロンシッドはなぜか頬を紅潮させ、恍惚として表情を蕩けさせる。
ゾッとする、目からハイライトが消えた瞳。男にはないドロドロとした女の情念に、男性陣は堪らず気圧されてしまった。アーサー王も無表情を崩され、なんとも味わい深い顔をしている。
「あぁ……ロホルト様。唯一この私を打ち負かし、徹底的に言葉で打ちのめしてくれた御方。貴方様はまたそうして私を法悦へ導いて下さるのですね……」
殿下は周りから向けられる目に睨みを利かせた。
戯言を真に受けるな、私にそんな倒錯した趣味はない、と。
「ロホルト様。ロホルト様。ロホルト様! 貴方様に相応しいのはこのイロンシッドを於いて他には存在しません! ロホルト様のお吐きになられる毒と闇を受け止められるのは私だけだ! だからどうか私を受け入れてください、そんなに焦らさないでください! ロホルト様がお亡くなりになったという出鱈目など私は信じませんでした、なぜならロホルト様が死ぬわけないからです! これはもう愛なくして成り立たぬ信頼! ロホルト様がそうまで私を焦らすのは何故ですか? ――ああ、やはり、そこな小娘を打ち破り、資格を示せと仰せなのですか!? ならばそこな小娘、名はガレスだったか。私は貴様に決闘を申し込む! ロホルト様のお力になれるのは私の方だと示してやる!」
ヘドロのようにドロドロと。マグマのようにグツグツと。狂気的な慕情に染め上げられた瞳を向けられたガレスは――しかし、一歩も引かなかった。
殿下やアーサー王は見るに堪えず、聞くに堪えぬと、ガウェインを筆頭に円卓の騎士らへイロンシッドを摘み出せと命じようとした。しかし、ガレスはそれを遮るように一歩前に出る。
そしてドレス姿のまま胸を張り、良く通る声ではっきりと宣言した。
「分かりました。貴女の挑戦を受けましょう」
「――ガレス!?」
殿下が驚愕したようにガレスを見る。殿下の声に重なって、ガウェイン兄様も声を上げていた。
アグラヴェイン兄様、ガヘリス兄様も信じられないといった顔をしている。
ニヤリと悪意のある顔で嗤うイロンシッドを無視し、殿下が早足にガレスの傍に寄った。
「何を言ってるんだ、ガレス。彼女に関わるな。あんな挑戦を受ける義理も、筋も、道理もない。それに分かっていないようだが――」
「――
「なら……」
「けど挑戦を受けねばならない筋はあります」
ガレスはきっぱりと言い放った。理解できないという顔の殿下に、精神性だけは既に騎士に相応しい域にある少女は断じたのだ。
相手が自分より強いとか、相手が騎士に相応しくないとか、そういうことが問題なのではない。
「
「――――」
「……よく言った小娘! その心意気に免じて教えてやろう。私はそこにいる
瞠目する殿下に一礼して目を切り、ガレスはまっすぐに赤騎士を見詰めた。
力強く真っ直ぐな視線に、感じ入るものがあったのか、挑発的にイロンシッドが言う。
ガウェイン兄様と同じ力? 望むところだ。
「正午に」
ガレスは短く応じた。そして並み居る偉大な先達達と、敬愛するアーサー王、そして生きる意味である殿下を見て、未だ成人ですらない少女は揺るがぬ精神を秘めて気を吐いた。
「私が勝ちます。信じて下さい」
信じよう。殿下は、そう言った。
――だから、勝った。
身に纏わせて頂けた騎士鎧を全損させ、全身に裂傷や火傷を負いながら、満身創痍になりながらも、ガレスは全く怯まず格上の赤騎士を打倒してのけた。
円卓の英雄達はその姿を見て惜しむ。アーサー王は静かに拍手をした。観戦に来たギネヴィア王妃も仕方なさそうに王に倣い、やがて広間を囲う全ての騎士が称賛の拍手を打ち鳴らす。
ああ、なんと惜しいかな。勇ましき狼の如き少女。その身が男性であれば、円卓の席に列するのになんら迷う点がない。勝者を讃える万雷の拍手は、長々と続いた。
そして敗れたイロンシッドは、呆然と勝者を見上げる。
まさか、自分よりも弱い小娘に、自分が負けるなんて。
信じられない、信じたくない。なぜだ、なぜ負けたのだ。困惑と混乱に瞳を濁らせ喘ぎ、譫言を漏らすイロンシッドの心へと、ガレスは一筋の光を射すようにして自負を込め断言した。
「貴女は殿下を手に入れようとしていました。でも私は殿下に尽くしたいんです。欲に溺れ敵を侮る者が騎士として挑んでくるのに、赤心を尽くそうとする私の心が敗れる道理はありません」
――敗けた。
イロンシッドは瞑目し、項垂れた後、立ち上がって無言でガレスへ自らの魔剣を差し出した。
それはガレスを苦しめた赤き炎の魔剣。赤い国に伝わる宝具。
魔剣を勝者に押し付けると、赤騎士は両膝をついてガレスに、そして居並ぶ全員に頭を下げた。
「私の敗けです。敗者は去りましょう。そしてもう二度とこの国を騒がせず、貴殿らの前に現れぬことを誓います」
そう言って、イロンシッドは去った。
こうしてガレスの名は王国に波及し、殿下が迎えるに相応しい
赤い国
ガレスの冒険に記述がある。しかしそれ以外には(ネットを漁ったり図書館に突撃した作者が調べた限りでは)全く言及されてないし、ガレスの冒険でも詳細は不明。赤い国出身者もイロンシッドのみで、とうのイロンシッドがブリテン島外出身らしいので、本作では妖精の国≠影の国のような異界扱いに。
イロンシッド(またはアイアンサイド)
赤い国の赤騎士。原作fgoで悪霊として登場、水着ガレスに鎮められる。水着ガレスの持つ魔剣の元所有者で、イロンシッドは女性を好むレズ気質だったが、王子の光に灼かれて恋に狂った。
本作で女性として出演しているものの、原作でも性別は曖昧なのでセーフ。また上記の赤い国が、どんなに頑張っても特定できないので妖精の国となった結果、赤騎士イロンシッドは妖精と人間のハーフということにしている。妖精眼は持っていないものの、ガウェインのような特殊能力を具えて生まれてきた――ということにした。
(※原作の悪霊イロンシッドと、本作の半人半妖イロンシッドは別物)
ロホルトと出会わなかった場合、自力で父母の仇を討ち、その功績で望んだ騎士の位を得たものの、女だからと侮られることに耐えられなくなって国を出奔。惚れた女の兄弟がガウェインかランスロットに殺されたと聞き、惚れた女の代わりに敵討ちをしてやろうと王国内で蛮行を重ねる。後にライオネル姫に助けを求められ、派遣されたガレスを後一歩まで追い詰めるも敗北した。その後ガレスからの勧誘でブリテンに帰順し、やがて円卓の騎士の一人になる。
ガウェインと似た能力を持ち、日の出から正午に掛けて力が増し、最終的に七人分の力を発揮するようになる。この七人分とはイロンシッド本人が七人という意味。
つまり本人の実力が高ければ高いほど強力になる。
ロホルトと出会ったことで男もイケる口に進化した。ガレスと対決後、潔く敗北を認め、すっぱりと正妃の座を諦める。そして勝者であるガレスに自身の赤の魔剣を捧げ、もう自分の恋が叶わぬと認め、失意に塗れて去って行った。その後の消息は不明。以後表舞台に姿を表すことはなかった。
なお未来で作られる、ロホルトをモデルにした主人公がいる某RPGでは、イロンシッドは主戦力の中軸扱いされて頼れる存在になる。が、モデルの方のイロンシッドは小賢しい手を使う恋敵達を心底軽蔑していた。恋敵は殺していい羽虫程度にしか見ていない。