【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

18 / 36
第18話

 

 

 

 

 

 この世で最も愛する息子と、久しぶりに対面で話せていることに、ギネヴィアは積もりに積もった鬱憤が雪解けのように消えていくのを感じていた。

 張り詰めていたものが緩まる。王妃とは宮廷の女主人、華やかなキャメロットにて開かれる社交界を仕切り、些細な噂も逃さず把握して、情報交換の場で主導権を握り続けねばならない。政治は男や王の世界だが、国内政治の駆け引き材料を揃えるのは女の仕事なのだ。

 婚姻の材料の取り纏め、貴族間のパワーバランスの調整、不要と判断した一族のリストアップ、諍いを起こした貴族達への仲介――華やかで談笑しているだけのように見える社交界は、魑魅魍魎が手練手管を用いる陰湿な戦場だ。王妃であるギネヴィアはその戦いで勝ち続ける義務があり、勝敗そのものを左右する権威を握り締める使命があった。

 ギネヴィアは血筋や美貌を抜かせば平凡だ。少女時代は箱入り娘で、世間知らずの無垢なお姫様でしかなかった。そんなギネヴィアには社交界の女主人の座は、はっきり言って荷が重い。なのにその責務を果たせているのは、彼女の夫があのアーサー王で、息子としてあのロホルト王子がいるからである。さもなければ、ギネヴィアは社交界でも置き物としてしか役に立てないだろう。

 アーサー王とロホルト王子の名がある、それだけでギネヴィアが社交界の中心に立てる。誰もギネヴィアを軽んじられないし、誰もギネヴィアの意向を無視できず、謀ろうとも考えない。下手を打てば王と王子の双方に睨まれるからだ。それだけ二人の名は重いのである。

 

 愛息ロホルトがいなければ、どうなっていたことか。ギネヴィアはテラスで愛息との会話に花を咲かせながら、ゾッとするもしもを考えてしまう。女として、王妃として最も大事な仕事を成し遂げられない無能――そう蔑まれていたに違いない。

 その点に関して言えば、愛息を授けてくれたアルトリアに感謝してもいいのかもしれないと、月日を積み重ねることで心に折り合いをつけ、心のバランスを整えられるようになりつつあった。

 

 だが。

 

「――酷いと思わない? あの御方ったらわたくしに一言もなく貴方の婚約者を決めてしまったのよ? 仕方のない事情があったのは理解するけれど、せめて事前に一言ほしかったわ。それか、せめてガレスという子と先に会わせてくれたら良かったのに」

「それはまた……察するに母上は、私の婚姻を取り纏める為に、貴族や諸王に掛け合い釣書を取り寄せておられたのですね。どこの令嬢が私と家格が釣り合うか、婚姻が成立した場合の勢力図の変化に気を遣い、神経を割いてくださっていた、と。……ありがとうございます、母上。私の為を想い良縁を手配してくださろうとしていたこと、深く感謝します」

「いいのよ。わたくしは母として当然のことをしたまでなんだから」

 

 息子の態度に、違和感がある。具体的にどこにと問われたら困るが、変だ。

 息子の細かい癖を、ギネヴィアは把握している。ずっと見てきたのだ、癖は簡単に抜けるものではないし見逃すはずがない。しかし今のロホルトは、癖の一切を出していなかった。

 自然体のロホルトなら出していた、片目をほんの微かに細める表情。困った時に出していた、顎を引く仕草。喜んでくれた時に出していた、口角を持ち上げる様子。それらが、全く出ない。

 気を張っているのだ。気を遣っているのだ。ギネヴィアに。

 なんで?

 ギネヴィアの愚痴を聞いて出た言葉も違和感を覚える。ギネヴィアはなぜロホルトが気を張っているのか考え、気を遣う理由をそれとなく探ろうとしてこんな愚痴を言ったのだ。

 伊達に十年以上も社交界の女主人をしていない。平凡な少女だったギネヴィアにも、確かな経験値があるお蔭で立派な実力が具わっていたのである。

 

 さらりとアルトリアに不平を溢し、自然にガレスが婚約者になったことに不満があるよう匂わせた。愚痴の内容はその二つが要点で――いつものロホルトなら、自然体の息子なら、嫌っていながらも尊敬はしているアーサー王に不満があるような物言いを諌め、ガレスを遠回しな言い方で庇い、美点をさりげなく語って心象を上げようとしていたはずだ。

 なのにギネヴィアの重ねた苦労と、それが水の泡になったことを察して、ただギネヴィアを労った。他人は勘違いしているが、ロホルトは気を許している身内には割と辛辣である。ギネヴィアも例外ではない。二人きりだとギネヴィア相手でも皮肉を言うし、迂闊なことを口走ろうものなら丁寧な口調に隠して叱責してくる。諌めるのではなく、叱ってくるのだ。

 自分の子供に叱られるというのは、親として屈辱的で情けないと思う者もいるかもしれないが、ギネヴィアはロホルトに叱られるのが好きだった。それだけ本気で向き合ってくれて、本心から改めて欲しいと伝えてくれているのであり、そして大切な忠告であるから。

 

 なのに、ロホルトはギネヴィアを叱らなくなった。

 

 敬愛は本物。尊敬してくれている。尊重して、愛して、大事にしてくれている。大事にしようとするギネヴィアの心に喜んで、受け入れてくれていた。

 しかし何かが違う。その何かがどうしても、ギネヴィアは気になった。放っておいてはいけないことのように思えてならないのだ。女の勘であり、母親としての心がそう告げている。

 だがロホルトをよく知るが故に、ギネヴィアには分かっていた。愛息は、きっと自身の態度の変化を認めないし、本心を隠そうとする、と。他のことなら正直に語ってくれるだろうが、この件に関してだけは隠し通そうとするはずだ。だからギネヴィアの方から、明確に違和感の正体を言語化して伝え、ゆっくりと語り合う必要がある。ギネヴィアはそう考えつつ、こうも思うのだ。

 

(これが噂の反抗期というものなのかしら……?)

 

 たぶん違う。というか、絶対。うちの子に限って、なんて思ってるのではなくて、ロホルトは昔から大人びている子供だった。

 体がとっても大きくなって、大人になってしまった今も、ロホルトは優しい子だ。心のバランスの取り方が生まれた時から上手だったから、思春期になっても精神は安定していた。

 でも反抗期だとしたら、嬉しい。ロホルトが遍歴に出てしまった一年間の空白を、こうしてささやかでも反抗してくれたら埋められる気がする。

 

 ギネヴィアはそう夢想して、夢想を打ち切りロホルトの瞳を見詰める。揺るがぬ目には、氷。しかし人が変わったように冷たい光を宿していても、その奥底には変わらず炎があると、二人きりの対話を重ねる内に知ることが出来た。この炎はただ温かくて――だから、ロホルトへとギネヴィアは言葉を紡ごうとする。言葉にしないと伝わらないものもあると、彼女は知っていたから。

 けれど、ギネヴィアはロホルトと話していられるのが楽しくて、つい失念してしまっていた。今日という日のこの時間は――あの方が来られるということを。

 

「――ギネヴィア、ここにいましたか。……ロホルト?」

 

 アルトリアである。

 ギネヴィアが懐いた心の蟠りのせいで、一方的に心的距離を離し、できるだけ会わないようにしていたかったが、流石にそういうわけにはいかない。王と王妃の仲が険悪で、不和があると周りに知られたら、国が乱れる元にもなりかねないのがブリテンだ。

 故にアルトリアはギネヴィアに疎まれていると知りながら――その理由も同じ女として理解できていながら――ギネヴィアがどれだけ事務的にしようとも挫けず、こうして定期的に会いに来てくれていたのである。ギネヴィアの落ち度だ、彼女がもうすぐ訪れてくるのを知っていたはずなのに、ロホルトがアルトリアを嫌い、なるべく顔を合わせないようにしているのを知っていたはずなのに、こうして二人を鉢合わせてしまったのである。

 

 ギネヴィアは申し訳なくなってロホルトを見た。

 

 嫌な想いをさせてごめんなさい、と。そう思って、見た。

 

 見て。

 

 己の目を、疑った。

 

「ああ、父上。母上にお会いに来られたのですね。確かこの後には軍議があるのではなかったですか? きちんと準備はしておられますね?」

「む、私をなんだと思っている。抜かりなく済ませてから来ているに決まっているだろう」

「そうでしたか、これは失礼。……私には軍議があることを伝達していなかったようでしたが?」

「そ、それは、さっき謝っただろう……ガヘリスから聞くものとばかり……」

「言い訳はやめていただきたい。いい加減私に対する謎の信頼と謎のコミュニケーション不足を直してもらえませんか? 今は面倒なだけですが、私がキャメロットから離れオークニーに行ってしまえば面倒なだけとは言えなくなりますよ。それとも何ですか? 私を軍議に遅刻させてやろうと思っておいでだったとでも?」

「そんなことはない! すまない、謝る。絶対に同じ過ちはもう犯さないと誓う……」

「はあ。……分かりました、今回はこれぐらいで追求をやめておきましょう。――母上、唐突に打ち切って申し訳ありませんが、私はこれで失礼させていただきます。父上のせいで軍議に臨む準備がまだ出来ていませんので。……また今度、ゆっくり話しましょう」

 

 最後にまたチクリと刺され、ぐっ……とアルトリアが呻く。

 ギネヴィアは呆然としながらも「え、ええ……」と力なく返事をして去っていく息子を見送った。

 

 ……どうして?  ギネヴィアはそう懐疑する。

 

 どうして……わたくしに向けてくれていたあの目を、アルトリア様に向けているの?

 

 ロホルトとアルトリアは、仲の拗れた王子と王でしかなかったはずだ。

 息子はアルトリアを毛嫌いし、機械的にしか接していなかった。

 なのに、今のはなんだ?

 ロホルトはなんの遠慮もなしに、アルトリアを責めた。嫌いな人にあけすけに皮肉を言うように、しかし嫌っているだけではない奥深い感情を向け。

 そして、気のせいでなければ。

 ロホルトは、アルトリアに、『あの目』を向けていた。

 

 ――ドロリ、と。心の底、腹の底から溶けた鉄が波打つような激情が、瞳に宿る。

 

 アルトリアは「また叱られた……」と、しょんぼりしたものの気を持ち直し、ギネヴィアの方を見て心臓を鷲掴みにされたような錯覚に襲われた。

 ギネヴィアが自身を見る、底なしに熱く暗い目。すぐに平時のギネヴィアに戻ったが、アルトリアはかつてないほどの戦慄を覚えてしまう。

 

「ぎ、ギネヴィア……?」

「あら、どうかなさいましたか、陛下?」

 

 にこりと微笑む鋼鉄の鉄面皮は、アルトリアをして思惟の探りの手を弾かれる女主人の仮面だ。

 言葉を呑む。何かを、そう、()()を言わねばならない。

 誤解が発生している気がした。すれ違っている気がしてならなかった。だがなんと言えばいい、原因は全く思い当たらない。そもギネヴィアにそんな目で見られる理由はないはずだ。

 アルトリアは押し黙り、ギネヴィアに勇気を出して問いを投げる。

 

「ギネヴィア……私に言いたいことがあるように見えます。それに、私達の仲にあってはならない誤解が生まれている気がしました。お願いです、ギネヴィア。私に訊ねたいことがあれば言ってほしい」

「……訊ねたいこと? 何を仰ってるか、わたくしには分かりかねます。ですが……強いて言えば、軍議とは何事なのかお伺いしたいですね。また戦争ですか?」

 

 返答は、拒絶だった。

 アルトリアは下唇を噛む。やはり駄目か、と。

 彼女はアルトリアに隔意を持っている。理解できる感情だ。

 しかし昔みたいに、また――親友と、同胞と呼びたい。

 数少ないアルトリアの秘密を知る者として、そしてアルトリアの理想に共鳴し、今なお自身に敬意を払ってくれる心清らかな彼女と心を通わせたい。

 だが自分だけでは叶わない願いなのだろう。アルトリアは口を開いて、彼女の当然の疑問に答えながら心に決めた。今更過ぎるが、だがどうしても取れなかった時間を、多方面に迷惑を掛けてでも時間を作ろうと。時間を作って、家族皆で話をしよう、と。

 

「――ええ。マーリンですら手こずっていたようですが、ようやく情報が入りました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 親として情けないが、ロホルトがいてくれたら、きっと上手く行くはずだと確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




トネリコ
 流石にマーリンも、興味がないからとロホルトに無関心ではいられなくなっているが、トネリコ――モルガンが傍についているのに気づき、迂闊に手出しできなくなっている。
 モルガンの讒言を聞くロホルトではなく、またモルガンは何故かロホルトの前だと大人しい。奸計を張り巡らせているようにも視えない。厄介だからこのままモルガンの重石になっていてもらおう、と判断されている――というのをトネリコは見抜いていた。
 余計なことはしない。する必要がない。なぜなら、手はとっくに打ち終えているから。ロホルトの為に力を貸してもいいし、アルトリアやギネヴィアの為に骨を折ってもいる。王国の国益になり、この三人の為になることばかりをしていた。魔女(妖精)は沈黙し、精霊は見守り、人間は痛ましそうに手を差し伸べたのだ。
 トネリコは、人間である。


ギネヴィア
 「ロホルト……?」
 白い妖精という別名を持つ貴人。
 王との確執は根深い、しかしたった一つの誤解が解けたなら全ては解決し、家族三人の仲は決して崩れぬ絆となっただろう。
 ロホルトは言った。「また今度、ゆっくり話しましょう」と。
 ギネヴィアはそれを楽しみに待った、待っていた。
 だが『その時』、普通の女だったギネヴィアは、狂気を得る。
 『その時』はまだ訪れない、しかしすぐそこで足音を鳴らしている。

ロホルト
 軍議が開かれると知ったのはトネリコからの報せのお蔭。トネリコは言う、マーリンは殿下を次の戦争に参加させたくないみたいですよ、と。しかしそういうわけにもいかない立場だった。
 今のロホルトなら、王の秘密も含めて理解し、納得し、母親が二人いただけの家庭だと受け入れることが出来る。ただ、誰も彼もが忙しなく、時間は全ての王国人の敵だった。
 話をしたら解決する。話ができていれば解決する。あと一度、『その時』が来る前に話ができていれば。

アルトリア
 急報が入り、急いで円卓に招集を掛けた。マーリンから告げられたのは決戦の地。全てのブリテン人の裏切り者を討つ戦いだ。
 忙しさにかまけていた、というのは穿った見方。個人の為の時間を割けるほど、騎士王と月明かりの騎士、そして白い妖精に与えられた時間はなかった。働き、休む。スケジュールはいつだって埋まっていた。埋まっていても襲来する蛮族や異民族との戦いに駆り出されていた。ギネヴィアに定期的に会いに来るのも公務の一環であり、三人の家族が揃う時間は本来ならなかったはずである。
 それでも、話をしなければ。変化したい、成長したいと願うようになったアルトリアは、多数の人に迷惑を掛けてでも、家族全員で集まり話をしようと決心したが――『その時』、アルトリアは絶望する。



 次回

『ロホルトの戦死』



も、もうちっとだけ続くんじゃ……(感想欄の反応にビビって追記)

【今後を左右する重要案件】アルトリアの性癖を拗らせるか否か嗜好を問う!

  • 士郎に救われるべき
  • ロホルトに拗らされるべき
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。