【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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感想欄にトリスタン卿が出てる…(人の心)
自虐かな?



第21話

 

 

 

 

 

 

 嵐だ。

 

 強い風が吹いている。

 

 目も開けられない強い風に打たれ、前に進もうとする体を押し返されて。

 疲れた。

 重たくて、苦しくて、なのにどうして自分は、前に進もうとするのだろう。

 もういいじゃないか。もう充分頑張った。これ以上はもう、嫌だ。

 

 ――だけど。

 

 嵐の向こうで、星が輝いている。

 

 碧い……碧い光が、嵐の中で……碧い光だけが、強く輝いて。

 黒く塗り潰された呪いの海で、標となって碧くこの体を照らしている。

 

 標……標だ。導くように、一筋の道を照らしていた。

 雑多な幻想、数多の命が溶け合い、渾然一体となった混沌の海に浸り、星の鼓動を間近に感じる。

 この体を甘く溶かして、一つになろうとする星の体温は心地よくて。

 もう永遠に、この暖かさに包まれていたくなるけれど。

 

 碧い星が、迷わぬようにこの身を照らし続けている。

 

 どうして。

 

 あらゆる生命の故郷、全ての生命の始まりである原初の荘厳。

 深淵に還るのは摂理であるのに、どうして、あの星はこの身を照らすのか。

 ここには生命の答えがある。

 ここでは生命の無価値さ、無意味さを理解させられる。

 生命に意味はない。生涯に価値はない。

 なら、このまま安寧の揺り籠に溶けていた方が、ずっといい。

 意味のないことで苦しみ、悩み、嘆き。憎み、怨み、妬む。

 繰り返されるだけの懊悩の巡礼で、この脚は疲れていた。

 

 だというのに――碧い光が、生命の歓びを、愛しさを照らしている。

 

 脳裏を過る、幾人もの顔。

 思い出してしまったら、甘えてはいられない。

 

「――悪いが、胎内回帰の願望はなくてね。私には他に、帰らないといけない居場所があるんだ」

 

 仄かに、苦く、微笑んだ。

 往くのか、と……苦悩に塗れた老人の声がする。

 此処は生命の故郷、魂の終着点。極楽であり、楽園であり、天国だ。

 なのに、地獄に帰るというのか――と。老人が正気を疑う。

 お前のような人間だからこそ、招いたというのに。

 お前の言う居場所は、お前を一時でも欠いたことで脆くも崩れるだろうに、と。

 

 ()()は……カタチを取り戻した私は、振り返らずに答えを返す。

 

「人は天国を望みながら地獄に縋りつくものさ。私はまだこの手で作る地獄の結末を見ていない、たとえ私の巡礼に意味がなかったとしても、この旅路に終止符を打つぐらいはしないとね」

 

 それが人として最低限の責務だ。

 言い捨てて深淵を歩く英雄に、声は皮肉げな激励を紡ぐ。

 

「栄誉こそ怠惰の始まりである。誉れ高き英雄よ、犠牲の価値は救う者次第であることを忘れるな」

 

 老人の警句を受け取って、若者は月明かりの照らす道を辿り――

 

 

 

 

 そして、目覚めた。

 

 

 

 

「ん……ぐ、ぅ……っ!」

 

 体の節々が痛むのに呻いて、冷たい石畳の上でロホルトは目覚めた。

 両手で床に手をつき、上体を起こして座り込んだ気配を感じたのか、粗野な声が投げかけられる。

 

「お? 起きやがったか、島の悪魔め」

 

 辺りを見渡すと、どうやらロホルトは牢獄の中にいるようだ。

 冷たい空気は不浄であり、埃や黴の臭いがして、衛生環境の悪い場所であるのが分かる。

 不快そうに眉を顰め、ロホルトは鉄格子の向こう側で立っていた男に視線を向けた。

 

「ここは?」

「……あ? なんだ、悪魔の分際でおれらの言葉を話せんのかよ」

 

 男の言語はサクソンのもの。ロホルトは敵情を知る為に、サクソンの語学も学んでいる数少ないブリテン人であった。

 ロホルトの手に聖剣はない。鎧兜や蒼い外套すら剥がれ、腰布のみで放置されていたらしい。

 自身がサクソンの虜になっているらしいと悟り、捕虜の扱いが悪いなと吐き捨てたくなる。

 男は島の悪魔とロホルトを蔑んでいる……ということは、ロホルトがブリテン人の騎士であることは知られているようだが……どうやら、ロホルトの素性までは判明していないようだ。サクソンとの大きな戦には、まだ関わっていなかったからだろう。

 

「ここは天国さ。お前ら悪魔にとっちゃ、上等なところだろ?」

「……ふぅーん。なるほど、確かに上等だ」

 

 彼には頼りになる魔術師がついていた。彼女から魔術の知識も授かっていた為、石畳や鉄格子、牢獄全体に魔力を防ぐ措置が施されているのが分かる。

 ついでにロホルトの両手足は鎖で繋がれ、魔力殺しの封印が為されているようだった。

 しかし……残念ながら、()()()である。この程度で竜を抑え込める道理はない。

 いつでも破壊して出て行けるが、サクソンの精兵らはブリテンの騎士にとっても脅威。安易に行動を起こすよりも先に、ロホルトは状況を整理するべく言葉を紡いだ。

 

「君は私が誰か知っているのかい?」

「知らねぇよ。んなもんどうだっていい。お前はな、これからおっかない拷問官の尋問を受けて、悪魔共の内情を洗いざらい吐かされるんだよ。痛い目に遭いたくなきゃ大人しくしておくんだな」

「それは怖い、つまり私は屠殺される前の畜生になったわけか」

「はっはっは! 上手いこと言うじゃねぇか、笑わせてくれるぜ!」

 

 愚かな男だ。口が軽い。

 ロホルトの身分や名は明らかになっておらず、牢獄にブリテンの騎士を捕らえておける機能があり、拷問官がいるということは……此処はそこそこ大きな都市である証左。

 加えて男の肉体は鍛えられてこそいるものの、ブリテン騎士に対する潜在的な畏怖がない。島にいた彼らはブリテン騎士の力を知っている……故に、一切の油断はなく、騎士を捕虜にしたのなら確実に手足の腱は切っていたはずだ。なのにそれをしていない。

 以上のことから、ロホルトの現在地はおおよそ絞れた。――ここはブリテン島ではない。大陸の海岸沿いにある、サクソンの拠点だろう。

 

 それだけ分かれば充分だ、ロホルトは心臓を起点に魔力を精製し、魔力放出により牢獄ごと吹き飛ばして脱出する決意を固める。

 しかし、地下牢らしき空間に、幾人かの人間が階段を伝って降りてくる気配を察知して止まった。

 

「なにを笑っているんだ?」

「っ……()()!?」

 

 姫だと? ロホルトの頭脳に冷酷な光が奔る。

 人質として攫うのも手だな、と。そう思ったのだ。

 だがやって来た姫の顔を見た時、ロホルトは目を瞠った。

 

「姫様、このようなところに貴女様のような御方が……!」

「ああ、黙ってくれ。キミに用はない」

 

 ――現れたのは、いつか出会った姫君だったのである。

 

 高貴な金の髪をボーイッシュに刈り、露出した耳に一級の対魔の礼装であろう耳飾りをつけ、身軽な礼服を纏った杖持ちの貴人。歳の頃は二十歳前後で、バレエダンサーのようにしなやかな四肢が中性的な美貌を引き立てている。ロホルトは彼女を知っている。宝石の如き冷酷な煌めきを体現した……魔女だ。彼女はサファイアのような瞳でロホルトを見るなり、頬を紅潮させた。

 ほぉ、と。衣服までも剥ぎ取られたロホルトの肢体を隅々まで見て、ハイライトの消えた瞳に仄暗い劣情を灯らせる。

 

「――これはこれは、いつぞやの騎士様じゃあないか。こんなところで再び相見えるなんて、どうやら僕達は運命の赤い糸で結ばれているらしい」

「セレナ様、この者を知っておられるので?」

「ああ」

 

 伴われてきていた二人の戦士の片割れが問うのに、魔女セレナは首肯する。夢見るような貌は中性的な美貌を乙女の色に染め上げて、うっとりとロホルトを囚えている鉄格子に手を触れた。

 

「彼は以前、僕がブリテン島を旅していた際に出会った気高い騎士だ。護衛の戦士達が魔獣に食われ、僕は難を逃れこそしたが一人になってしまってね。別の魔獣に襲われ、あわや食い殺されそうになった所を彼に救われたんだよ」

「なんと、そんなことが……」

「彼は名乗ってくれなかったが、僕の人種は分かっていたんだろうね……我が軍の拠点があるところまで連れて行ってくれた。……彼は僕の命の恩人だよ」

 

 ロホルトは凍えた眼差しでセレナを見遣る。

 

 セレナ……月を意味する名だ。その名の持ち主と言うだけで、確かに運命めいたものは感じる。

 だがロホルトは知っていた。彼女は旅の中で語っていたのだ。

 セレナは姫の身でありながら魔道の才に長け、祖国の宮廷魔術師を師とした天才魔術師である。彼女はブリテン騎士の強さの秘密を探る為と銘打ってブリテン島に潜入し、少ない護衛達と旅をしており、幾人かの騎士と出会ったこともあるという。当時から察していたが、彼女はロホルトを研究対象と見做し、隙を見せたら捕らえ、神代の人間の秘密を解き明かそうとしていた。

 しかし何時の間にかそうした探究心ではなく、女としての目を向けてくるようになり、どうにかしてロホルトを手に入れようとサクソンの精鋭を差し向けてくるようになったのだ。

 どんな心境の変化があったのかは知らない。だが別れる間際に向けられた、打算と劣情に塗れたセレナは悍ましさを感じさせた。無視できるし、許容できる範囲ではあったが。なんなら容姿端麗な彼女は他の乙女達よりはマシであったし、外見は好みのタイプだった。

 

 だが人種の壁が立ちはだかる。サクソンの言葉を話した貴人に、ロホルトは失望したものだ。純粋な恋心と打算的な目的意識、優れた知性と端麗な容姿は王子の正妃に相応しかったからだ。であればこそ人種の壁は分厚く、ロホルトは彼女の求愛を拒まざるを得なかった。

 サクソンとブリテンは不倶戴天である。恋や愛で埋められる溝ではない。それに、彼女はロホルトと出会う前に、既に何人かの騎士を殺め、解剖して解体して捨てているのも察している。ブリテン騎士をその手で殺めたこともある者を、そういう対象にするわけがない。

 

「キミは僕の運命の人だ。浜辺に流れ着いていた騎士を囚えたと聞いた時、僕の胸は高鳴ったよ。もしかしてと期待して……そんなことは有り得ないと否定して、けれどキミは此処にいた。運命的だと思わないか? ああ……粗悪な環境に置いているのはすまないと思う。キミさえ僕の手を取ってくれたなら、僕にはキミを夫に迎え入れる用意があるよ」

「セレナ様、島の悪魔になんてことを……!」

「黙れ。彼の価値を知らない暗愚が口を挟むな。……こんな粗末な牢で、彼ほどの騎士を大人しくさせられるわけがないだろう? なぜ手足の腱を切っていない、弛んでいるぞ貴様ら」

 

 看守が堪らず諌めようとするのに、セレナは極寒の眼差しで叱りつける。萎縮する看守は本能的に察したのだろう、セレナが発した魔力の強大さを。

 セレナは魔力喰いの魔獣や竜種にさえ出会わなければ、自力でブリテン島を横断できる魔術師である。若くして才を示す彼女は、その名をある剣帝の耳へ届かせるほど名声を高めていたのだ。

 故にこそセレナは嘆く。この騎士を囚えているこんな牢は、ガラス細工よりもなお脆いガラクタに等しいと。ロホルトはそんなセレナの様子を見て、静かに告げる。

 

「セレナ、といったかな」

「貴様――! 姫様を呼び捨てにッ」

「いい。なんだい、僕の運命」

「一度この手で救った君を殺めたくはない、そこから離れてくれ」

「分かった」

 

 素直に頷いて、セレナは護衛とともに鉄格子から離れる。そしてそのまま階段まで戻り振り返った。

 

「ああ、そういえばキミの名前をまだ聞けていない。前は教えてくれなかったが、今ならもう教えてくれてもいいんじゃあないか?」

「そうだね」

 

 ロホルトは言いながら魔力を放出する。放った光は暗く、蒼い。変色した魔力光に内心驚きながら、手足を繋ぐ鎖を粉砕した。仰天して飛び上がった看守は無視して、何気なく名を名乗りながら鉄格子を両手で折り曲げ外に出た。

 

「ロホルトだ。忘れてくれていいよ、セレナ。……ああ、その名前は君によく似合っているよ」

「……ロホルト? ……クッ。クク……似合っている、似合っている、ね。本当に――運命的だ」

 

 驚きすぎて我を見失い、唾を散らしながら怒鳴って殴りかかってきた看守を一撃で昏倒させる。

 かんらかんらと、セレナは愉快そうに肩を揺らしながら笑い、立ち去った。

 それを見届けてから、同じ階段を登り地下牢を後にする。

 上裸で、腰布しか纏っていない姿は流石に恥ずかしい。ロホルトはずっと傍で自身を照らしてくれていた光を呼んだ。

 

「ギーラよ――」

 

 すると、スゥ、と大剣がロホルトの手に召喚される。

 取り上げられていたはずの聖剣だ。だがどれほど離れていようと、この月明かりはロホルトを照らし続けてくれている。元より其処に在りながらにして無い、非実体の幻想だ。近くにあるなしに関係なく、担い手は月光を伴っているものだろう。

 ずっと傍にいてくれた。一瞬だけ碧い光が灯り、ロホルトは微笑む。

 

「――私を導いてくれ」

 

 ロホルトは月光が導く先に歩を進める。城塞都市なのだろう、行き交うサクソンの兵達に呼び止められるか拘束されそうになるも、悉くを打ち倒しながら武器庫まで辿り着いた。

 そこにはロホルトの鎧兜がある。だがロホルトはアルトリアと同じように、魔力で鎧兜を形成することもできるので、そんなものに執着はなかった。求めていたのは蒼い外套である。

 ギネヴィアに授かった祈りの品。これだけは取り戻しておきたかった。

 折よくロホルトの衣服もここに置かれていた。騎士服を纏って、チェインメイルを着込み、その上に外套を羽織って鎧を身につける。独特な形状の兜も被り、ロホルトはいつも通りの姿に立ち返る。そうしてロホルトの脱走が明らかになり、辺りが物々しくなると――

 

「ロホルト、こっちだ」

 

 強行突破を図ろうとしていたロホルトを、戻ってきたセレナが手招いた。

 

「……なんのつもりだい?」

 

 彼女は旅装に着替えていた。手には杖、ステッキが握られていて、背嚢を背負っている。

 眉を顰めるロホルトに、彼女は飄々と告げる。

 

「ああ、キミに付いていこうと思ってね」

「なんだって?」

「僕もキミ達の言語は学んでいる。流暢に操る自信もある。魔道の探求にブリテン島は最適で、なおかつ僕はキミが好きだ。国を捨てて付いていきたいと思うほどにね。邪魔にはならないから、どうか僕をキミの国に連れて行ってくれないか? 対価は……ここからの確実な脱出と、僕の体だよ。幾らキミでも軍事拠点から無傷で脱出は出来ないはずだ、悪くない条件だと思うよ?」

「………」

 

 胡乱な気持ちになる。だが……体を好きにしていいという発言は無視するにしても、確かに単身では容易く敵地から逃れられるとは思えない。

 もしそんなことが容易に出来るなら、ブリテン王国はとっくにサクソンを相手に完勝しているし、騎士王の前の時代から続く因縁にもカタがついている。

 ロホルトは嘆息して、セレナの傍に寄った。

 

「怪しい素振りを見せたり、罠だと判断したら斬る。それでいいね?」

「もちろん。さあこっちだ、僕や城主しか知らない秘密通路がある」

 

 ロホルトはセレナの手引きで城塞都市から脱出を果たした。

 道中、彼女はロホルトに戯言を語る。

 もし僕とキミが結ばれ子を宿したら、ブリテンとサクソンは融和の道を探れると思わないか、と。

 まさに戯言である。

 王子は失笑してそれを否定した。そんな真似をしたら私は第二のヴォーティガーンとして弾劾され、裏切り者扱いされるだろう。融和を語るには、私達の間には血が流れすぎている、と。

 セレナも言ってみただけなのだろう、無事に海辺まで来ると、彼女はなんでもないようにステッキを構え――瞬間、真の姿を晒した聖剣が、セレナの体を斜めに素通りした。

 

「……あーあ。やっぱり無理だったか」

「……分かっていたことだろうに。なんで、そんな真似をする」

 

 疵一つなく、生命だけを断たれた魔女は、自らの体を素通りした神秘の感触に微笑んでいた。

 これが聖剣。なんという神秘なのだろう。即死しないように急所を外してもらっていてなお死を身近に感じる。痛みはなく、辛くもなく、ただ眠たくなるような心地で、倒れそうになった体を恋した王子に支えられて。セレナは微笑みながら本心を語った。

 

「なんで、って……どうせキミも、城から脱出したら、僕のことを追い返すつもりだった、だろう?」

「………」

「サクソンとブリテンは、不倶戴天……僕達は、道理に従っている限り、結ばれない。なら……一か八かに、賭けたくなったのさ……」

 

 海辺の桟橋には船がある。それはもともとセレナが、再びブリテン島へ向かう為に用意していた物。そしてその船は密閉された空間であり、工房としても作り変えられた一品だ。

 彼女はロホルトを眠らせようとしていた。ロホルトを虜にし、四肢を切って自分の物にしようとしていたのだ。だがロホルトに魔術は効かない、そも怪しい真似をしたら斬ると言っていた。

 脱出を手引きすることで油断を誘い、船という自身の工房、研究所に連れ込もうとしたのに、怪しいと見抜かれたと悟ったセレナは王子の捕縛を強行しようとした。だから斬られた。

 

 ロホルトはセレナを地面に横たわらせると、背を向けて歩き出す。霞む視界の中、姫は告げた。

 

「ああ……キミは、変わったね。……前のキミなら、僕を斬るのに、躊躇っただろうに……」

「………」

「……忠告だ。キミを犯す深淵のような闇を、はやく……手懐けなよ……? さもないと……キミは、月の獣になるだろう、ね……」

 

 手甲に備えつけていた黒盾を巨大化させ、船のサイズまで大きくしたロホルトは、黒盾に乗り込みながら最後に姫へ振り返る。

 そして離別を告げた。

 

「さようなら、セレナ。出来れば……君を迎え入れたかった」

「……ふふ。酷い男だよ。……ま、いいさ。あの世で……キミを見ているよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 




暗き月明かりの剣(コールブランド)
「ギーラよ!」
 物理面の防御力は期待できないが、魔力に類する脅威には盾として優れた遮断力を発揮する。ロホルトは闇に呑まれる寸前、月の聖剣の真の姿を解放し、ブリテン島の原始の呪力に抗った。
 しかし抵抗虚しくブリテン島という、神代終焉の地が宿す呪力によって、星の内海という深淵の只中に落ちてしまう。幻想のみが輪郭(カタチ)を保てる神秘の深淵に侵され、人の身に過ぎないロホルトという生命(カタチ)は保てなくなり、死ぬこともなく星の終わりまで溶け合い続けるはずであった。だが月の聖剣の光が標となり、ロホルトは自らのカタチの輪郭を失わなかった。
 対生命宝具として比類ない殺傷力を有するが、月明かりとは夜の道に迷う者を照らす性質を持つもの。担い手の生命活動に最適な環境――地表へ帰還する導きとなってロホルトを守護した。
 もしこの聖剣をロホルトが持たねば、神秘の深淵、星の内海に溶けて消えていただろう。死んですらいない無繆の安寧に満たされ、星の終わりまで在り続ける末路を辿っていた。よしんば英雄の精神力により地表に帰れたとしても、人としてのカタチは醜く変貌し、人ならざる魔物に変じていたかもしれない。ともすると邪悪な魔物として、同じ人間に討たれていただろう。

 救国を志すなら、魔竜との対決は避けられない――ブリテン島の意思の分身ヴォーティガーンとは異なるも似通った存在。ブリテンの落とし子であり、島に潜む原始の呪力である黒き魔力、島そのものを所有物とする加護を持つモルガンには、いつかロホルトが魔竜と対峙する未来は予見できていた。故に星の内海から帰還する為の導きを与えたのである。
 ヴィヴィアン(モルガン)の加護はこれっきり。しかしロホルトが道に迷う時、苦しむ時、月明かりは優しくロホルトを包み込む。



セレナ
 サクソン人の王国の姫。そして同時に探究心の強い優れた魔女だった。
 かつてブリテン王国の強さの秘密を探る為と称し、少ない護衛を伴ってブリテン島に潜入していた。しかし宮廷魔術師を師としていた彼女は、神代の終焉と人理の定着を知り得ており、魔術師としての探求を行うにはブリテン島に行くしかないと断じていた。
 しかし彼女は探求の最中、護衛を神代の獰猛な獣に食い殺され、自身も強力な幻想種に殺されてしまいそうになってしまう。だが英雄に救い出されて、内包する魔力や神秘に惹かれた。最初は彼を捕らえ、秘密を解き明かす為に解体して保存しようと企んだが、彼の油断を誘う為に親しくなろうと会話を重ねたことで変心する。彼との子を生みたい、と。
 魔術師としての打算と、少女としての純粋な恋心が両立し、神代の英雄の血を血族に迎えるのが最善だと判断したのだ。だがこの時既に厄介な女達に追われていた英雄の警戒心は強く、名を名乗ることもなく短い逢瀬は終わりを告げる。セレナは名も知らぬ英雄を求めるも、単身でブリテン島に留まり続ける愚を悟り、泣く泣く祖国へと帰っていったのだが――

 意識のないブリテンの騎士が、自国の海の浜辺に流れ着いたのを捕らえたという報告を聞き、胸を高鳴らせて向かった先で再会を果たした。
 これは運命だ。セレナは歓喜して名乗り、英雄の名を聞く。そこではじめて素性を知り、セレナは姫としてもロホルトと結婚すれば自分達の利益になると判断したが――現状を把握したロホルトは脱獄し、装備を取り戻して去ろうとしてしまう。

 後世の物語上の話。セレナは追いかけた先でロホルトに斬られた。皮肉にも月光が切り裂いた、最初の人になる。

「ロホルト、後悔して。貴方はブリテンとサクソンが結び得る、唯一の融和の道を断ったのよ」
「戯言を」

 融和を計るには、両者は互いの血を浴び過ぎている。融和の能う時期は、何十年も前に逸したのだ。
 それを理解していなかったセレナを憐れみ、ロホルトは自身を慕う姫を斬った事実を悔いることはなかったが、ないはずの斬撃の手応えはその手に残り続けた。

 物語上の話はそれで終わり。

 ロホルトは嘆いた。一つ、勘違いされている。追い返すつもりは、なかったのだ。



ロホルト
 目覚めた先がまさかの大陸であり、自身がサクソン人の虜囚となっているのに動揺した。幸いにもロホルトはまだサクソンとの大規模な戦闘に関わっていなかった為、素性が露見しておらず。またロホルトはサクソン人の語学も堪能であった為、看守を通して現状把握をスムーズに行えた。ロホルトは即座に脱獄を決意、実行する。一刻も早く帰国する為に冷血漢に徹した。
 女性を、それも自身を慕う者を斬ったことに悔いはない。追手を撒いて海に黒き大盾を浮かし、船として活用してブリテン島へ帰還した。

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