【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第22話

 

 

 

 

 

 ロホルトは折れない。不撓不屈の鋼の芯が、若き英雄の背骨となっている。

 

 犠牲の価値は、救う者次第。――此の警句を何処で聞いたのか覚えていないが、金言であると思う。

 生まれ落ちた国家への帰属意識、奉仕精神、自己犠牲の覚悟。そうした普遍的で崇高な想いが心の炉に焚べられた事はない。英雄ロホルトの始まり(オリジン)は、いたって平凡で矮小なものだ。

 大嫌いな父王への反骨精神、見返してやる、超えてやるという自立心。

 大好きな母の愛に報いる為、親孝行をしたいという労りの心。

 それらを果たす為にお誂向きだったのが、たまたま救国という修羅の道だっただけの話だ。

 父王ですら成せない偉業を成せば、必然として父を超えた証になるし、母の生きる国を護り未来を残すことは親孝行にもなるだろう。

 容易い道ではないのは先刻承知だ。だがロホルトにはそれを成せるだけの才覚があった。父王に比肩する才覚と、垣間見た異世界の未来知識が磨き上げた英雄の知能があったのだ。

 才能と動機が揃い、生まれの義務と逼迫した状況に迫られたら、ロホルトは止まることが出来なくなった。若き英雄の真実は、そんなものだったのだ。悪く言えば状況に流されただけで、最初は己の意思だけで救国を目指していたわけではないのである。

 

 だが不幸にもロホルトは子供ではいられなかった。己は異世界の未来で生きた成人男性であると認識していても、最初は本当に未熟な子供でしかなかったのに。ロホルトは、大人になった。

 国を見て、民を見て、暮らしを見て、人を見た。友を得て、力を合わせ、力を競った。なんてことのない平凡でありふれた日常――それを護りたいと思ったのではなくて。なんの変哲もないそれらを必死に護ろうと戦う人々を、護りたいと思ったのである。

 

 目の前で魔竜に消し飛ばされた五百の兵士達。嘗て友の一人ステファンを死へと追いやった悪辣。誰も彼もが輝ける未来を望んでいた……ならば彼らの歩んだ生涯が、やがて忘れ去られるものなのだとしても、その死に報いねばならないはずだ。彼らの遺した想いもまた、ロホルトの護りたいものの一つであるのだから。犠牲にした者の価値が黄金にも勝ると証明しなければならない。

 

 ――そして大事を成す明確なヴィジョンが視えているのが、自分だけであるらしいことを知った。

 

 ならば、やるしかないだろう。才能と生まれ、環境と状況、動機と理由、そして少年を大人の男へと成長させた、深く大きな疵。それらを得たロホルトには、もはや『言い訳』はない。

 

 海を渡る最中、ロホルトは自らが斬った女を想う。

 

 セレナ。君はどうして私を信じてくれなかった? 私は君の望む通り、連れ帰るつもりだった。君という存在は私や祖国にとって有益だった。側近として取り立て、重用し、子を成すのもいいだろうと考えていたよ。首尾よく移民計画が最終段階に進めば、君と私の子を旗頭にして、大陸側に国を作るのに上手く利用できただろうに。君さえ私を信じてくれたなら……。

 ああ、だがきっと、理と利を説けば、君は私に付いてこなかっただろう。

 セレナ、君は私に恋と愛を告げたね? だけど、私から君に提示できるのは合理のみだ。そんなものは君の望む対価ではなかったはずだ。

 私が君を愛さなければ、君はいつか魔術師としての本分に立ち返り、最悪のタイミングで裏切りかねない危険性を孕んでいる。そんな者を傍には置けないし……偽りの愛を囁くのは容易でも、セレナの尊厳を弄ぶのは私の矜持が許さない。……だから斬ったんだよ。君との絆を育み、相互理解を深め、愛を芽生えさせる為に費やせる時間はないって、諦めるしかなかった。

 

『……ふふ。酷い男だよ』

 

 セレナの末期の言葉が脳裏を過ぎり、ロホルトは内心同意した。

 こんな男、私なら絞め殺している。

 だが残念なことに、そんな男が自分だった。

 

 海を渡る。背にした陸地から、慟哭を感じる。セレナの遺体を見つけ、嘆く気配。セレナを殺めた者への怨嗟の念。ロホルトは海面に浮く船の上で、凍りついた自身の面貌を自覚していた。

 イロンシッド。彼女はいい騎士になれる器だった。

 セレナ。彼女は優秀な参謀になれる器だった。

 偽死に騙され、後を追って自害した二人の女。彼女たちも優れた才を持っていた。

 そのいずれをも、ロホルトは切り捨てている。だがやはり悔いはない。為政者側の視点に立って冷酷に判断するにしても、抱え込むリスクがデカすぎる。いつ暴走して他の有為の人材を害し、あるいは寝首を掻かれるかも分からない者は傍には置けなかった。遠ざけでもすれば暴走するのは目に見えているし、飼いならして教育を施そうにも彼女達は我が強すぎる。

 恋に狂った者ほど始末に負えない――ともするとロホルトの欠点は、性に潔癖な部分なのかもしれなかった。己を慕う女を絶妙に管理し、愛という名の餌を与えず、それでいて偽りの愛を囁やいて……全員を均等に抱くような人間の屑にはなれないのだ。

 

 サクソン人の戦士達が追おうとしている。いや、追ってくるだろう。姫であるセレナの仇をみすみす逃したとあっては彼らの進退に関わるし、セレナを慕う者がいれば復讐を望むはずだ。

 追いつかれても負けない自信はある。だが構っている暇はなかった。ロホルトは一刻も早く帰国しなければならない、帰って無事を伝えねばならない。不倶戴天であるのが明らかな、彼らサクソン人の復讐劇に出演している場合じゃないのである。

 

『……忠告だ』

 

 しかし海を渡り、ブリテン島の大地を踏み締めた時、ロホルトはセレナの忠告の意味を悟った。

 

「グッ……?!」

 

 全身に張り巡らされている血管中を、熱いヘドロが駆け巡るような悪寒。ブリテン島の大地を踏んだ途端だった、ロホルトは魔竜に敗れた際、堕とされた先で何があったのかを思い出す。

 深淵。温かく、湿った、重たくも優しい闇の抱擁。

 この脚が深淵を歩いた記憶が蘇り、そして歯噛みする。

 深淵とは闇であり、星の内海に揺蕩う闇とは生命の海であった。深淵に一度でも堕ちたこの体が尋常のままであるはずもなく、数多の幻想が呪いのようにこの身にこびり付いている。

 

 呻き、片膝をついた。体内で暴れ狂う無数の生命、彼らは居場所を失くした故に星の内海に還っただけの幻想種。ロホルトの肉体を媒介に地表へ帰れるなら帰りたいと望む残留思念だ。

 いいや、それだけではない。より強い引力が、ロホルトの身をブリテン島の奥深くに引き摺り込もうとしている。自分だけ地表に還ることを妬み、脚を引いて星の内側に引き戻そうとするモノ達の醜い嫉妬だ。還れ、還れ、とロホルトを深淵へ誘う声がする。

 

「チィ……! 手懐けろとは、そういうことか……!」

 

 瞬く間に稀薄になる自意識を懸命に縫い止めながら、ロホルトは歯を食いしばる。

 猛烈に苛立つ。ロホルトの肉体を奪い、顕現しようというのか。させはしない、この血と肉は己のものだ、己の体で好き勝手はさせない……他の何よりも許しがたいのは、今のまま国に帰るわけにはいかなくなったことである。何かの拍子に正気を失い、暴れ出すような者が国の中枢にいてはならないし、よりにもよってそれがロホルトであるのは冗談では済まないのだ。

 鎧の下で、左二の腕に大きな瘤が出来る、内から破裂し血が吹き出た。未知の激痛――変質する肉体の末路を想起した。手の甲から獣の長い舌が飛び出、肉体が異形化するのが解る。

 

「ガァアッ! ……カァッ!」

 

 気合いで耐える、だけでは足りない。全霊で魔力を噴出させ、強引に肉体を人の形で維持。満身より深淵の黒い帳が滲み出ている、意識が暗黒へと染まりゆく。――いいだろう、()()()がその気なら、どちらが上でどちらが下かを思い知らせてやる。時間を取られるのは業腹だが必要経費と割り切るしかない。幸いにもここはまだ海辺、短期間で決着をつけ深淵の呼び声を振り切り飼いならせば、同国人に犠牲は出ないはずだ。最後の力を振り絞る。

 

「ギーラ、頼む……ッ!」

 

 月光の聖剣の姿を呼び覚ます。この碧い光が自らの縁になるのだと直感的に理解していた。

 これよりは精神の戦い、己を塗り潰さんとする慮外者共の掃討戦。

 敵は強大だ、神代とやらが最盛の頃より生きた獣共である。今この時だけ、正気を手放す不覚を自らに赦そう。だが自らの裡より帰還した時、もう二度と深淵の呼び声になど遅れは取らない。

 

 意を決し、ロホルトは自ら狂気の海へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりの騎士の戦死。斯様な報を、兜の騎士は頭から否定した。

 

 有り得ない。あれほどの御方が、他を圧し優越する人が、何者かに敗れ屍すら残せぬなど。兜の騎士は月明かりの騎士の武勇を知っている、未だ全力を引き出せてもいないが、兄のようであり知勇の師でもある王子が、志を果たさぬまま死ぬなど絶対に有り得ないと。

 故にキャメロットを飛び出した。騎士になる夢、騎士王に仕える夢を放り捨てるのを惜しまず、ただあの人の生存を証明し、あの人と共にキャメロットに帰るのだと心に誓ったのである。それほどまでにモードレッドにとってロホルトという人は大きかったのだ。

 

 ブリテン島中を駆け巡った。比喩ではあるが、津々浦々の悉くを巡る覚悟がある。

 例え何者かが匿い隠そうと、絶対に見つけ出そう。あの人は目立つ、ただそこにいるだけで巨人よりも大きく感じる。噂になるはずだ、あの人がいるならば。そう信じてモードレッドは各地を回り――そしてとある噂を聞きつけた。

 大陸側に面したとある海辺、サクソン人の築いた廃砦で、いつ終わるともつかぬ戦が行われている。サクソン人の戦士達が多くの船で浜に上陸し、ピクト人の戦士の部隊も乗り込んで――ついにはただの一人も砦から出てきた者がいない、と。

 

 舌打ちする。どうでもいいが、曲がりなりにも騎士を志した身だ。異民族のエイリアン共は手強いが、捨て置いてはそれこそ敬愛する王子に叱られる。

 モードレッドは寄り道しなければならないことに苛立ちつつ、噂にある森の奥にあるという廃砦を目指して――そこで、我が目を疑う光景を見た。

 

 散乱する人の手足。撒き散らされた臓物。折り重なる骸の山に規則性はなく……総勢1000体にも上るサクソン人とピクト人の死体があった。

 飛び散った肉片、飛散した血の川……流れた血を吸う森、死体に群がる蝿と蛆、雑多な獣。廃砦の門は跡形もなく消し飛び、内の施設は瓦礫の破片を残すのみで平らに均されている。

 あたかも地獄の片隅にある闘技場だ。怨嗟と呪詛、憎悪と憤怒の溜まった異界の景色。そこにただ一人残っていたのは、緑の肌を露出して、縦に六つの覗き穴が空いた兜を被ったピクトの戦士。

 聖剣の光をも掻い潜っていく、エイリアンじみて悍しい、円卓の騎士にとってすら強敵であるピクトの戦士はたじろいで、上空を見上げていた。廃砦に乗り込んだモードレッドになど気づきもしないまま――落下してきた闇の騎士に頭部を貫かれ、無骨な大剣に串刺される。

 

「あ――」

 

 モードレッドの口から単音が漏れる。

 その騎士を、知っていた。その御方を知っていた。

 誉れ高き祈りの蒼布を纏い、兜の房を湿らせた偉丈夫。

 面貌を覆う独特な兜。

 手にしている聖剣。

 

 闇を滲ませる狼騎士が、モードレッドを見た。

 

「で、殿下……?」

 

 闇が足元より渦を巻く。抗うように――騎士が無数の獣の雄叫び混じりの咆哮を上げ、串刺したピクト人の骸を大剣の一閃で擲ってくる。

 咄嗟に宝剣モルデュールを振るって骸を両断するも、直後に地面を滑るように疾走(はし)った狼騎士が迅雷の如き刺突を見舞ってくる。虚を突かれた、だが辛うじて宝剣の腹で受け止め、

 

(お、重ッ――!?)

 

 堪らず弾き飛ばされる様は、子犬が犀の突進をまともに食らったかの様。廃砦の外まで吹き飛んだ矮躯の騎士は、なんとか両足で着地する。

 

「殿下!」

 

 モードレッドは顔を上げて狼騎士に叫ぶ。なぜか廃砦から出て来ない彼に、悲痛に顔を歪めて。

 

「殿下、私です、モードレッドです! 私が分からないのですか……!?」

 

 生きていた、生きていてくれた。だが、あの様はなんだ? 生きていた王子に歓喜するも、喜んではいられない様子にモードレッドは混乱する。

 返事はない。ただ、ノイズ塗れの唸り声が、不気味に木霊するだけ。

 何度か呼び掛けても変わらない。モードレッドは焦れてしまうも、理性と勘の声に従い目を凝らす。砦の中に佇む狼騎士は、自らの体を抑え込もうとするように身を畳み、吼えていた。

 ……戦っている。殿下が、何者かと。

 誰と戦っている? それは……あの総身を覆う闇と。よくないモノと、戦っているのだ。

 よく見れば左腕が折れている。辺りに積み上がった骸の山――精強なピクトの戦士やサクソンの兵と、あんな状態で戦い続け、負傷したのか。

 

 モードレッドは歯噛みする。

 

 敬愛する王子が善くないモノと戦っているというのに、どうすればいいのか全く分からない。近くに寄ろうにも、彼はモードレッドを認識しておらず、あの刺突の鋭さは只事ではなかった。あれは狼騎士の全力のものだろう……技の冴えは失われておらず、故にあの狼騎士の全力を一度も引き出せたことのない未熟なモードレッドでは、とても太刀打ちできるとは思えなかった。

 だからといって指を咥えて見ているだけ、なんて無様さは晒せない。どうしたらいい、どうしたら助けになれる、どうしたら――モードレッドの焦燥は冷静さを蝕んだ。いても立ってもいられなくなり、勝算もないまま駆け出そうとしてしまう。だが、

 

「――其処にいるのはモードレッドか」

「……っ! テメェ――いや……貴公はッ」

 

 無力感に打ちひしがれるモードレッドの近くに、二人の騎士がいた。彼らの接近に気づかないほど狼騎士を注視していたのだ。

 一人は顔だけは知っている。いけ好かない澄まし顔、ムカつくほどの威厳を具えた湖の騎士。王子の友にして円卓の一人、サー・ランスロットだった。

 もう一人は知らない輩。女のように長い赤髪と、面の良さだけは円卓でも随一の男だ。腹立たしいことにランスロット共々、今のモードレッドよりも遥かに強いと直感した。

 

 目を閉じている赤髪の騎士が一礼してくる。

 

「はじめまして、モードレッド殿。私はトリスタン、最近円卓に列されたばかりの新参ですが、こうしてランスロット卿の要請に応じ、ロホルト殿下の捜索にやって参りました」

「……モードレッドです。私はまだ王子の従騎士の身、敬語は不要です」

「モードレッド、貴公も殿下を探していたようだな。そして……此処にいるのを見つけ出した訳だ」

 

 ランスロットは砦の方に視線を向け、そして目を細める。

 

 モードレッドはランスロットに対する心象を上げた。

 自分だけではなかったのだ、王子の生存を信じ、捜索していたのは。

 ガヘリスもそうだったが、流石は王子が友と呼ぶ騎士だと感心する。ランスロットはモードレッドよりも後にキャメロットを発ったはずなのに、こうしてモードレッドに追いついて来ている。

 トリスタンとかいう野郎のことはまだなんとも言えないが、少なくともランスロットが指名して旅の供にしているのだろう。

 

「……状況が掴めん。モードレッド、貴公は何か知っているか?」

「私も今来たところです、詳しくは何も」

「そうか……」

「しかし噂に聞くところ、殿下はこの廃砦に攻め込み、サクソン人とピクト人を鏖殺、大陸から船を使って乗り込んできた者達も返り討ちにしているようでしたが、私を見ても誰か分からず襲い掛かってきました。技の冴えは健在、そしてどうやら砦から出てくるつもりはないようです。そしてあの悍しい闇です……殿下は、抗っている、戦っている……ように見えます」

 

 モードレッドは見たもの、そして感じたものを伝える。

 するとランスロットは考え込んだ。門の向こうに見える、狼騎士を睨んだままで。

 トリスタンが薄く目を開く。冷たい眼光が走り、彼は囁くように言った。

 

「……どうやらモードレッドの言う通りのようですね、ランスロット卿」

「何? どういうことだ」

「彼の肉体から、比喩ではなく獣の声がする……()()と呼べるほど、大量にです。殿下は自らの内より溢れようとする悍しいモノと、今も戦っておいでなのでしょう」

「………」

 

 それを聞いたランスロットは、腰からすらりと聖剣を抜き放った。

 

「ランスロット卿、何を……?!」

 

 モードレッドが焦って訊ねると、ランスロットは不敵な笑みを浮かべて告げた。

 

「――友が死地に取り残され、孤軍にて戦っている。ならば助太刀に駆けつけるのが友情というものだろう?」

 

 完璧な騎士の、完璧な威風だった。

 ランスロットは颯爽と砦に向かい、そしてトリスタンとモードレッドに作戦を示す。

 

「まずは私からだ。次にトリスタン卿、次にモードレッド、そしてその後でまた私だ。ロホルト殿下が内で戦っているなら、我々は外で戦うまで。長期戦になる、踏ん張りどころだぞ、二人共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなったので切り。次回に続く(戦闘回)

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