【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第23話

 

 

 

 

 

 

 絶え間なく襲い来る深淵の魔の手に、三日三晩も抗っていた。

 

 四方八方を獣に囲まれ、この魂を捕食し同化せんとする卑しきモノ共と、永劫とも取れる時を戦い続けているように体感する。

 大剣が無数の獣を一振りにて両断した。

 左腕は根元から捕食されている。劣勢だ。百万とも、千万とも、億とも取れる無尽蔵の敵が攻め寄せてくるのを前にすれば、疲弊にとり憑かれるのも道理だった。負けるものかと奮起しても、休む間もなく限界を超えて戦い続けていれば、圧されるのも当然である。

 際限のない血戦だ。粗末な木の棒だけを武器に、大海原に斬りかかるような狂気の沙汰である。なのに勝負として成立しているのは卓越した英雄性の証明だと言えよう。

 

 不屈の(たましい)は未だ健在。剣技は冴えていく、高みへ至ろうとしている。最高効率で、最大戦果を獲得する、無双の域へと手が届きかけていた。――だが騎士を蝕む深淵を押し留め、跳ね除け、勝利するのに、闘争に後どれだけ時と力を費やせばいいのだろう。

 殺戮機械と化して戦闘へ最適化されていく心と体。雑念が溶けて、ひたすら戦いに没頭する精神。これではまるで、本当に、狂った獣のようじゃないか。人のまま獣に堕ちる儀式のようで、獣の嘲笑う声が耳朶に焼き付いてしまう。お前も我らの一部となれ、と。

 

 耳を貸す余裕はない。左腕を失くし、首元を黄金の獅子に食いつかれ、左脚に蛇を巻き付けたまま無我の境地にて大剣を繰る。どれだけの時が過ぎ去ったのか気に掛ける余分も失くし、ただ敵を殺し続ける死闘に明け暮れて――ふと深淵の押し寄せる勢いが、弱まったのを感じ取り――何かを考える間も置かずに変わらず殺戮に没頭して――左腕が再生しているのを知覚した。

 精神世界を犯す深淵に奪われていたものが、なぜか自由になったのだ。

 なぜ、と懐疑するのは余分。咄嗟に大剣を左腕に持ち替えて、利き腕ゆえの剣技の冴え、精妙さを取り戻す。またどれほど戦い続けていたのか、今度は左脚に絡みつく大蛇が消し飛んだ。俊敏性が回復し、これまで以上の機動力を取り戻す。そして首元に噛み付く獅子が消えた。逆撃に出るは今――最後の力を振り絞るようにして、雄叫びを上げて全力で深淵へ飛びかかる。

 

 なぜであろうか。

 援軍なき孤独な戦いであるのに、一人で戦っている気がしない。

 頼もしさを感じて頬が緩む。

 

 なんでだろう……今はもう、こんな深淵(モノ)になど負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――兜を被る。

 

 ランスロット・デュ・ラックという英傑を称するのなら、『最高の騎士』という文言が相応しい。

 

 フランク王国の一地方を治めた、アーサー王の盟友バン王の王子であり、祖国の失陥後、幼少期を湖の貴婦人の許で養育された出生と――キャメロットへの仕官後、アーサー王より兵を借り祖国を奪還した功績。王位と大功を以て騎士王の盟友となり円卓に列され、祖国との貿易を開始し王国に繁栄を齎した手腕。どれ一つを取っても英雄と称賛されるに足る偉業であり、仕官してほとんど間を置かず、王国にて重鎮の席を占めたのも万人を納得させられるだろう。

 

 未だ新参の身であるが、確かな存在感を得た甘いマスクの騎士は、宮廷に於いても礼節正しき振る舞いを心得ており、早くもキャメロットで支持を得はじめている。ランスロットはまさしく一代の大人物であり――新参である故に未だ日の目を見ぬ武勇もまた桁外れだ。

 どれほど英雄的であろうと、ブリテン王国とは騎士の国。そして騎士の国では騎士道が最重要。振る舞いや勇敢さも大事だが、尊敬を集める者は常に『武の英雄』であるのが通例だ。騎士王が配下の騎士や臣民に神聖視されているのは、ひとえに騎士王が個人としても大将としても図抜けて『強い』からで、その王子が認められたのも『強い』からなのである。

 

 故に愚かにもランスロットを侮る者はいる。鳴り物入りで円卓入りした彼を妬む者は多い。代理人に統治を任せてなお支障をきたさないカリスマ性、政治的才覚、短期間で祖国奪還を成す将器は見事。だが彼は本当に円卓へ名を刻むに値する武力を有しているのか、と。

 湖の騎士ランスロットが最強の称号を冠するに値する騎士だと、今の王国に知る者は少ないが故の軽侮であろう。無窮を誇る彼の騎士の武練が示されたなら、侮った者は恥入りながら掌を返させられる羽目になることも知らぬ。まさに無知は罪、無恥は咎であった。

 

 近い未来、当代最強の名を得るであろう湖の騎士を前に、長く立っていられる者など限られている。妖弦の騎士、日輪の騎士など、赫々たる英雄が候補に挙げられるのみだ。

 

「ッ……侮っていたわけではないが……!」

 

 そのランスロットが苦戦を強いられていた。

 

 彼は生涯で幾人かの好敵手を得る。各地の領主が主催する武芸大会にて、ガウェインやトリスタン、ラモラックなどと競って力を認め合い、互いを讃える良き関係を結ぶのだ。

 そんな彼が死力を尽くし、なお敗北を強く意識させられたのは――日中に於いて絶大な大力を発揮する日輪の騎士と、そして――今現在相対している月明かりの騎士であった。

 

 猛然と斬りかかる狼の如き剣技に、ランスロットは『無毀なる湖光(アロンダイト)』を精妙に合わせる。聖剣の加護により身体能力を劇的に向上させ、なお力任せでなく無窮の技巧を噛み合わせたランスロットの武は、比肩する者も稀な神域に踏み込んでいた。

 だがそれでも、だ。獰猛な剣を受け流すのに注力していても、剣戟の余波が廃砦を激しく震動させる威力を生んでいる。アロンダイトを握った両手に痺れが蓄積するほどに。

 

 狼が馳せる、騎士が応じる。かつて見たものより、遥かに洗練された唐竹割りの回転斬り。三連するそれは既知のもの。左右に避けることなく剣閃を逸らし、猛火の如き剣撃を見事に弾き切り反撃を見舞った。狼の脇を駆け抜け様、アロンダイトの腹で脇を殴打せんとしたのである。だがこれを縦回転の斬撃を放った直後に地面に伏せて回避し――地を掬い上げるように大剣が空を斬る。

 咄嗟に小さく跳んで脚を狙った大剣を躱し、回転しながら跳躍した狼の斬撃をアロンダイトで防いで難を逃れ――ランスロットを凌駕する膂力に吹き飛ばされた。地に脚を付けて火花を散らし、体幹が崩れそうになるのを堪えたランスロットは決断した。

 

「手加減できる相手ではない……! 恨むなら自らの強さを恨むがいい、我が友よッ!」

 

 多少の手傷を与えるのは不可抗力と、無意識に加えようとしていた手心を打ち捨てて騎士が疾走(はし)る。

 叶うなら無傷で取り押さえたかった、だが狼騎士の実力は以前とは比にならぬ。身体能力で上回れ、技量でも猛追されて、しかも目に見えて強くなり続けている狼に、さしものランスロットも本気にならざるを得なかった。下手に手加減をしては敗北すると悟ったからだ。

 

 湖の騎士は狂える狼の左手側へ踏み込む。彼の左腕が折れている故、明確な弱点となっていた。こと戦いへ意識の舵を切れば、とことんまで合理的に立ち回るのがランスロットである。

 狂騎士は左利きだ。右腕で操る大剣は、どうしても十全の冴えを発揮しないだろう。果たして狼は湖の騎士の剣撃を足捌きで躱し、駆け回って体の正面にランスロットを捉えようとする。だが狼に張り付いて離れぬままアロンダイトを繰り、小振りの刺突を連発して狼の体捌きを制限しつつ、ランスロットは常に有利な立ち位置を確保し続け、狼が左脚を軸に大きく回転しながら大剣を振り回すのを見止める。この技を誘発したかったのだ。常なら容易く捌けはしない剣筋は、しかし右腕で繰り出した故に微かに浮いている――まんまと手甲で真上に弾き、隙を作り出すとアロンダイトが狼騎士の左腰から右肩に至るまで逆袈裟に切り上げた。

 鎧を殴打し、衝撃が徹る。たたらを踏んだ狼騎士へ更に追撃を繰り出そうと仕掛け、ランスロットは優れた動体視力で狼騎士の挙動を視認した。弱小の魔力放出で強引に体勢を立て直し、地面に大剣の鋒を触れさせ火花を散らしながら切り上げたのだ。これを反射的にアロンダイトの刃で受けるも、ランスロットの脚も止められる。狼騎士がランスロットを体の正面に迎え――転瞬、狼の斬撃の威力に逆らわず仰け反ったランスロットが、曲芸じみた動きを魅せた。片手を地面について体を支え、狼の大剣を握る手を蹴り上げたのだ。

 

 大剣が虚空に舞う。

 

 無手となった狼の脚を、立ち上がり様に切りつける。狼は跳躍してこれを躱すも、真上に飛ばされた大剣に手は伸ばさなかった。そんな隙を晒してはランスロットの追撃で仕留められると判断してのことか――彼の手に、蒼光の魔力剣が形成される。騎士王が自らの魔力で鎧を形成できるように、魔力操作に長けた狼は魔力の剣を無から生み出せる。

 空中の狼にアロンダイトの鋒が突き放たれる、狼が魔力剣で辛うじて捌き、着地の間を稼ぐも得物を砕かれた。だがランスロットの周りを囲うように魔力剣が形成される、数にして四、一気に貫かんと放たれたそれを――ランスロットはこともなげに対処する。

 

「ハッ……ッ!」

 

 湖面に反射された静謐な輝きのような光が聖剣より発され、衝撃波となり魔力剣を霧散させる。此の時、狼は落ちてきた己の牙を掴んでいた。不意にその刀身に碧い光が収束するのを見咎め、湖の騎士は先んじて聖剣へ魔力を叩き込む。先手を取って放つは真名だ。

 

「『彼方に至れ湖光の剣(アロンダイト・クラレンツァ)』ッ!」

 

 あくまで先手を取ることに注力しての光の放射。聖剣を横薙に振るって漏出させた、水面を揺らめかせる波のような蒼い光。それは狼騎士が聖剣に月光を現した瞬間に直撃する。

 込めた魔力は最小、発動までのタイムラグも極小。故に此の程度で狼騎士が戦闘不能に陥るとは考えていない。月の聖剣を盾とすれば問題なく凌げよう。だが間違いなく手傷は負わせた。

 果たして鎧を全損させて地面に叩きつけられた狼は、漲る戦意を全く弱めていない。しかし隙は隙、一気に取り押さえようと接近を試みた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――ッ!」

 

 鎧が再構築される。狼騎士の手から月明かりは消え、無骨な大剣に回帰した得物を左手に持ち替えた。右手に現れるは黒き大盾――マズイ、救出に逸り迂闊に近づきすぎた。

 

 魔速の切り上げをアロンダイトで防ぐ。ふわりと両足が地面から浮くほどの威力、ランスロットに隙が生じてしまう。彼を中心に再度四本の魔力剣が精製され、串刺しにせんとするのを甲冑で受け止め耐え凌ぐも、巧みな連打で空中にほんの一秒縫い止められた。

 狼が迫る。この状態では力ある一撃は出せない、そして膂力で勝る狼へ迂闊に反撃するのも下策。やむをえず防御に意識を傾けたランスロットに対し、狼騎士は右腕を振りかぶって大盾による殴打を選択した。大盾を受け止めた際、聖剣を握る手が破裂したと錯覚する。

 吹き飛ばされたランスロットの体が廃砦の壁に激突した。追撃、繰り出されるは迅雷の刺突。辛うじて聖剣を横に寝かして捌き、壁を背にする愚を避ける為に立ち位置を変える。だがその間で狼騎士は万全の体勢を整えていた。どっしりと腰を落とし、大剣が牙を剥く。

 

 ランスロットは足を止めての剣戟に応じさせられたのだ。

 

 顔、胸、腹の高さから放たれる狼の牙は剣穿。地面を舐める切り上げと振り下ろし。確かな術理により見舞われる猛攻をランスロットは完璧に弾き、逸らし、捌いた。嘗て鎬を削った修行時代、彼の剣技の根幹を知悉したが故に対応できたが――やはり、以前とは違う。剣と動作の入りと抜きの速さ、技と技の繋ぎ、敵手の対処を見極めての反応、そして力。

 大剣と大盾を駆使した攻防一体の戦技に無駄はない。

 加速度的に両腕に痺れが蓄積する。ランスロットは歯を食いしばり、目を細め、目を凝らし、そして冷静に見切る。単身による槍衾の如き刺突の連撃、その中に微かに軽い一撃があるのを彼は感じていた。隙がないなら作るまでだ、軽い一撃を選んで敢えて兜の曲面で受けながらも、首を傾けて威力を散らしつつ踏み込み、アロンダイトを狼騎士が構えた大盾に全力で叩き込んだ。

 

 狼が吹き飛ばされる。足を止めての剣戟は千を超え、時にしてどれほど経ったかも判然としない。

 

「ランスロット卿、下がってください。今度は私の番です」

「……ああ、任せよう、トリスタン卿」

 

 腕が僅かに震えるのを隠しつつ、廃砦に入って来たトリスタンと交代した。

 ……討とうと思えば討てた。だが討っていい相手ではないし、そのつもりなど微塵もない。しかしその枷がどれほどの負担となっているか、ランスロットは痛切に感じていた。

 手強い。分かっていたが、強くなっている。そして交戦時間が嵩張れば更に狼は強くなるだろう。

 このまま強くなられたら、もはや殺さぬように気を遣う余力も無くなる。いや、下手をすればこちらが討たれかねない。ランスロットは食い入るように戦闘を見詰める兜の騎士に声を掛けた。

 

「モードレッド、次は君だ。言われるまでもないだろうが、殿下の剣をよく見ておくといい。そして対峙すれば逃げに徹するんだ。それだけで君は強くなれるし、殿下の助けになるだろう」

「……分かってます」

 

 モードレッドはまだまだ未熟。経験の浅い若者だ。本来なら狂える狼騎士に挑んでいい位階に到達していなかった。だが退けぬ、退くわけにはいかぬ。

 兜の騎士はランスロットの忠告に空返事しつつ、瞬き一つせずに戦闘風景を観察した。

 

 ――妖弦の騎士トリスタンは、腰に差していた細剣を抜剣する。

 

 磨き抜かれた刀身は鏡面の如し。銘はカーテナ、後の世に国宝として伝わる稀代の宝剣。十全なる剣は慈悲の異名を有し、担い手の精神性を表すという特異な名剣に一片の曇りもない。

 右手に提げた宝剣カーテナ。そして左手で握る竪琴のような異形の弓『痛哭の幻奏(フェイルノート)』。翅の妖精の糸を編んで弦とした魔弓は、魔術理論を無視しているかの如き代物だ。

 

 絶世の美女を彷彿とさせる、切れ長の双眸を薄く開眼し、狼騎士を見詰めるサー・トリスタンに――獣の如き嗅覚でピクトの血の臭いを嗅ぎ分けたのか、狼の殺気が爆発的に増大する。

 咆哮と共にその身に纏う闇が勢力を増した。比例して力が倍加し、強大な波動を受けたトリスタンは細剣を半身に構えて目礼する。

 

「お初にお目にかかる。アーサー王より円卓に列されたばかりの新参者ですが……狂えるロホルト殿下に切なる曲を贈らせて頂きます」

 

 猛然と突貫する狼騎士は大盾を背負い、両手で大剣を握り締め、渾身の力で振り下ろす。

 トリスタンはそれに細剣の鋒を合わせ、自身は一歩引きながら捌く。力を真下に逃され、大剣の刀身が半ばまで地面に埋まり、途方もない威力に廃砦全体が震撼する。小さな地響きに肌を打たれながらも前に出たトリスタンの刺突を首を傾けて躱しつつ、狼は地に埋まったままの大剣を振り上げ、石畳を両断しながらトリスタンを真下から斬りつけた。

 

 トリスタンは大剣が勢いに乗る前に刀身を踏みつけ、跳躍する。狼の力を利して高々と空へ打ち上げられたトリスタンを見て、狼は必殺の好機と判断したのか自らも跳んだ。高速に縦回転しながらの全力斬撃、細剣やトリスタンの膂力で凌げるものではない。しかし、赤髪の騎士は左手の竪琴の弦に指を這わせて軽く鳴らす。すると真空が生じ、トリスタンは空中にいながら移動した。

 斜め後方に滑るようにして滑空して必殺の剣を躱すや、狼より早く着地。あべこべに地上と空中の騎士の視線が交錯し、トリスタンが細剣を空中で手放していた故に空いていた右手を妖弦に添え物悲しげな曲を奏でる。弦を弾く度に大気が震えた。竪琴の如き魔弓に真空の矢が形成され、空中にいた狼目掛けて射出するやその総身を射抜いていく。

 真空という不可視の矢を前に、狼は未来を予知したかの如く全身から魔力を放出して真空を阻んだが、防ぎ切れずに鎧を剥がれ、肉体に裂傷を負わされてしまう。血飛沫を上げて空中に縫い止められた狼に成す術はない、赤髪の騎士の演奏は止まず、このままでは削り殺されると判断した狼は、その手の中に月明かりを現した。

 

「――フゥ。このまま押し切りたかったのですが、呆れた堅さですね……ですが貴方の癖はランスロット卿との戦いの最中に見切らせて頂いた。申し訳ないですが、初見だと私の方が強い」

 

 トリスタンの魔弓フェイルノートは無駄なしの弓の異名を持つ。角度調整の精度や矢の速度、矢の装填を不要とする驚異的な連射性から、トリスタンに狙われた標的は()()()()()()()()()()()()全弾回避を能わせない。弓兵の代名詞にも伍する腕を持つトリスタンの真空の矢から逃れたくば、彼のレンジ外まで転移するか、次元跳躍を行うしかないだろう。

 神業である。

 ランスロットとの激戦をぼんやりと見ていた訳がなく。トリスタンは狼騎士の戦技と呼吸、独自の戦闘論理を看破していた。彼の魔弓を知らなかった狼にとって、トリスタンの手管は極めて遣りづらい初見殺しとなっていて……そして魔弓の能力を身を以て思い知った狼騎士は、全身に質量すら伴う闇を放ちながら接近を試みる。その為に月明かりが暗い冷気を纏い暗月の刃を飛ばした。トリスタンは全ての弦を同時に引き絞り、真空徹甲弾を射出して月光の冷気を相殺。空中に絶対零度の魔力が爆発し、周囲の気温が一気に低下する。

 

 トリスタンの真空徹甲弾の威力は、貫通力だけなら聖剣にも並び得る。それが月光の飛ぶ斬撃を相殺しただけで凌がれたのは、トリスタンにとっても予想外だった。込められた魔力量の差、狼騎士の心臓が絶え間なく魔力を精製しているのを彼の耳は聴き取る。

 

「……なるほど。その御年でこれほどとは……陛下が御身の死を大いに嘆き、ランスロット卿が無双の器と称するわけだ。しかし――」

 

 地面に帰還した狼は、体勢を低くして地を蹴った。大盾を背中から右手に戻し、絶え間なく撃ち込まれる真空の矢を防ぎながら突進する。大盾の硬度は真空すら防ぎ、こうなるとトリスタンも打つ手に難儀するはずだが、トリスタンは決して怯みはしなかった。

 軽く弦を引いて、虚空に弱い真空の矢を放つ。それは空中から落下してきていた細剣の柄に当たり、衝撃で落下軌道を操られた細剣をトリスタンは掴む。そして月光の聖剣、その刀身に大気が触れていないのを、彼の超人的な聴力は聞き分けていた。故に聖剣に実体がないのを初見で見抜き、トリスタンは細剣を半身になりながら構え魔力を込める。

 狼騎士が月光を振るう。トリスタンは慈悲の宝剣を小さく振るった。瞬間である――細剣の刀身が()()()()()()()ではないか。世界が歪んだかのような光景――宝剣カーテナは空間に干渉する、妖弦の魔弓に似通った性質を持つ。それもそのはず、慈悲の剣の芯にあるのは翅の妖精の遺骨である。幾体もの妖精の亡骸によって鍛えられた宝剣は、月光そのものとぶつかり合えば容易く折れてしまうだろう。だからトリスタンは月光ではなく、それを握る狼騎士の腕を狙い、月光の刀身と鍔迫り合う愚を避けたのだ。

 

 ――保険。弦を一本、虚空に離す。

 

 トリスタンは弓兵としてブリテン史上最強の腕を誇る。だが彼の真髄は弓ではない。サー・トリスタンの本領とは剣技に有り、彼は弓兵としてよりも、剣士としての方が数段強かった。

 カーテナに腕を打撃され斬撃軌道が逸れる、片手で弦が弾かれ旋律が奏でられる。寸分の狂いなく狼の斬撃、刺突を宝剣で捌いて無傷で凌ぎ、透徹とした音色が聴者の体を切り裂いた。

 

「如何に殿下が戦いの天才といえど、初見のトリスタン卿は難敵でしたな」

 

 ランスロットがポツリと溢す。傍らのモードレッドは瞠目し、無意識に「スゲぇ……」と呟いた己に気づいて舌打ちした。

 小賢しい技だ、まともにやれば殿下の方が強いに決まってるってのに、と。モードレッドは内心断定的に思うも、最高位の騎士達による激戦は、確実に彼女の財産になりつつあった。

 だが――風向きが変わる。月光との接触を徹底して避け、細剣にて狼騎士の猛攻を凌ぎ、片手の妖弦にて小刻みに狼の肉体に損傷を与え続けていた時だ。血を流しすぎ、昏倒するまで後少しというところまで追い詰めた瞬間、()()()()()()()()()()()()

 

「――――!!」

 

 瞠目したのはトリスタン。彼の耳は狼騎士の肉体から聞こえる無数の獣の声も捉えていた。そして湖の騎士との戦いの様相を観察していた故に、狼騎士に傷を負わせる毎に獣の声が弱まり、救出対象の狂気が弱まっているのを知覚していたのだ。

 だから浅い傷ばかりを負わせるのに専念していて。そして彼の見立ては正しく、狼騎士の体から闇の気配が薄まりつつあった。しかし――正気に近づくごとに、狼は人に、人は英雄に回帰する。

 後一押し。トリスタンはそう確信するも額に冷や汗を浮かべた。涼し気な美貌の騎士に相応しくない戦慄の貌は、狼騎士――否、()()()()()()()の威容と威厳に対するものだ。

 

「……これは、厳しいですね」

 

 円卓の騎士トリスタンは、殺さず無力化なんて生温い手は打てないと直感する。

 

 ランスロットが先鋒として出たのは、本命であるトリスタンに対象の技を見極めさせ、初見で打倒してもらう為だ。元々彼ら二人は未熟なモードレッドに出番を回す気はなかったのである。

 しかし彼らのアイコンタクトで作られていた目論見は崩れる。月明かりの騎士が纏う深淵の闇が指向性を持ったのだ。その力を我が物として制御しつつあるのだろう。莫大な光の魔力と闇が着実に溶け合い、蒼光と化した力の波動を総身より発して。黒き大盾を右の手甲に格納し、聖剣を両手で構えた王騎士が狂気の鎖を軋ませ、限りなく本来の状態に近づいていっている。

 

「ランスロット卿、増援を頼みます。騎士として情けないですが……このまま一騎打ちを続けては、私か殿下のどちらかが死んでしまう」

「――心得た。元よりこれは救出戦、殿下をお救いすることこそ第一。二人掛かりでいこう」

 

 ランスロットはトリスタンの要請を聞いて廃砦に再突入した。アロンダイトを右手に握って。

 あっ、と声を上げたのはモードレッドだった。

 

「ま、待ってください、次はオレ――私ではなかったんですか!」

「問答している暇はない、貴殿に欺瞞を伝えた咎は後で受けよう」

 

 ランスロットは言外にモードレッドへ戦力外を通告した。

 兜の騎士はそれに唖然とし、握り締めた宝剣の柄を軋ませる。

 

 分かっていた、力不足なのは。分かっていた、今の彼に挑めばすぐに斬り殺されることは。

 

 

 

 だが――しかし……。

 

 

 

 燻る火種が盛る前。聖剣より残光を引きながら、月明かりの騎士が高々と跳躍した。

 自ら足場のない空中に身を晒すは愚行、咎めるように奏でられた魔弓の旋律が不可視の矢となった。

 だが、俄かに王騎士が燐光に覆われる。碧い月の魔力だ。真空の矢をたちまち包み込み、そよ風として蒼い外套を揺らすだけに終わり、トリスタンとランスロットは悟る。魔弓の真空徹甲弾、湖光の一撃でなくば、あの月の魔力は突破できぬ、と。

 

 大胆に体を開いた王騎士が月光を振り被り、聖剣を振るった反動で豪快に回転しながら、冷気を伴う光波が投射される。ランスロットらは左右に別れて回避すると、王騎士はトリスタンに標的を定めたらしい。闘争本能に満ちた眼光で炯と睨み、更に聖剣を振るうことで横回転しながら光波を飛ばしてくる。魔弓を奏で単音の衝撃破で自身の体を自ら吹き飛ばして無理矢理に回避したトリスタンは――カッと両眼を見開いた。三度続く空中での回転、飛ばされる極大の光波、トリスタンは咄嗟に体を投げ出して地を転がり辛うじて回避するも、聖剣を振るった反動だけで滑空していた王騎士の急襲に総毛立った。ジェット噴射じみた魔力放出、不気味な月明かりの残光を引いて襲来する狂騎士。音の壁を突き破り隕石の如く突っ込んできた敵に、トリスタンは跳ね起きるなり細剣を遮二無二に振るって応えた。型も技もない生存本能に任せた防御――

 果たして月光に宝剣の刀身、鋒が両断される。だが空間を撓ませたことで、辛うじて己の生命を断たんとする刃を避け切った。だが紙一重だ、後少し反応が遅れれば死んでいた……そして紙一重で躱せたはいいが、刃の纏う冷気に体が犯され左半身が霜焼けしている。

 

「クゥッ!」

 

 歯を食いしばって未体験の激痛に耐える。王騎士は地面を滑りながら着地して、トリスタンを援護するべく駆けつけていたランスロットと剣戟を交わしていた。実体のない月光と打ち合うことは能わず、互いに互いの刃を避けながらの応酬である。しかし湖の聖剣を躱す王騎士に疵はなく、反対に湖の騎士は月光の暗き冷気の余波で凍傷を負っていた。

 白い息。ランスロットの体力が削られている。肉体から熱が奪われ身体機能が低下する。廃砦全体の気温が急速に下がっていて、まだまだ下がり続けるのは明らかだ。演舞の如く互いの剣を躱しながらの激戦を、トリスタンはただ見ていることはしなかった。意を決して介入の手を入れる、ランスロットの背後に回り魔弓を奏でたのだ。

 

 前衛と後衛に別れての戦線。あの碧い光の膜による防御は常時展開できるものではないのだろう、真空の矢に鎧を打たれよろめいた王騎士に、湖の騎士が聖剣に魔力を込めて叩きつける。実体に切り替えた大剣でなんとか防御した王騎士が吹き飛ばされ――壁に着地し張り付いた彼が、壁を蹴って真上からトリスタンを狙った。後衛の弓兵が脅威だからだろう。

 トリスタンは折れた宝剣で迎え打とうとする。迎撃して生んだ隙をランスロットが突いてくれると信じていた。だが――そのランスロットが叫ぶ。

 

「避けろ、トリスタン卿!」

「………ッ!?」

 

 踊りかかってくる王騎士の大剣が、再び月光と化す。一気に充填された魔力を肌で感じ、咄嗟に跳び退いたトリスタンの目の前に月光が突き立った。

 そして実体がないはずの刀身の上に着地した王騎士の足元で月の聖剣が光を強め――爆発する。冷気が無秩序に飛散して、その余波をまともに食らったトリスタンの全身が薄く凍りついた。

 

「――ハァッ!」

 

 気合いの叫び、トリスタンは魔弓の弦を強く弾いて自身を囚えた氷を砕く。だが冷気を爆発させた余波に乗って縦回転した王騎士の姿に慄然とさせられた――マズイ――死――いや、まだだ。()()()()なら――トリスタンは先に打っていた保険の手札を切る。

 魔弓を後ろに引く動作で、離していた弦の一本がピンッと勢いよく張り、王騎士の左腕に絡みつかせたのだ。赤髪の騎士は極度に冷めてしまった肉体に鞭を打ち、先端の折れた慈悲の宝剣にて渾身の刺突を見舞う。果たしてそれは直撃するも纏う闇に威力を殺されてしまい、膨大な魔力で形成された鎧の表面を微かに傷つけるだけに終わった。

 

 だが王騎士の体幹は完全に崩れた。

 

「ランスロット卿! ()()稼いで頂きたいッ」

「承知!」

 

 トリスタンは細剣を手放し、魔弓の弦を完全解放する。旋律を奏でるのではない、王騎士の五体を縛り上げて捕縛する為の準備だ。

 応じたランスロットが馳せる。元よりトリスタンを襲った王騎士に追いつこうと駆け出していた。故にトリスタンの呼び掛けに即答で応えられたのだ。

 

 環境は最悪だ、充満する冷気により廃砦は真冬の凍土と化している。このような戦場に留まるのは正気の沙汰とは言えない。だがランスロットらは敢えてこの場に留まっていた。

 何故なら狂気に囚われた月光の騎士がこの場に居座っていたのは、ここから離れたら自身が何処に行くか分からなくなるからだろう。廃砦という牢獄がなくなれば、彼の行動が読めなくなる。万が一にも撤退させる訳にはいかない、だから円卓の騎士らも退けないのだ。

 

 唐突な気候変動に天候すら狂い出している中、ランスロットは重度の低体温症を起こしている体に活を入れて疾走する。常人なら既に危険水域、最悪死に至っていることだろう。

 だがガチガチと歯を鳴らしもせず、震えそうな手足も精密に制御していられるのは――彼の肉体が神代の英雄に相応しい、図抜けた強靭さを有しているからだ。トリスタンもまたピクトの血を継ぐ肉体ゆえか、極寒の環境下でも活動に支障はきたしていない。ランスロットは自らに命ずる、彼の言った五秒は確実に王騎士を押し止めろ、と。

 後のことは考えない、激変した環境がこの五秒で更に悪化する可能性を考慮に入れると、まともに動ける内に全霊を絞り尽くすのが最善。

 

 決断したランスロットは勝負に出た。

 

 全魔力を聖剣に充填し、しかし解放しない。不壊の性質を持つ『無毀なる湖光』でなければ自壊するほどの魔力だ、ランスロット自身の肉体にも過剰な負荷が掛かる。

 この土壇場で開眼せしは『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』――ランスロットの奥義。閃いたはいいものの、殺傷力が強すぎる故に使用を躊躇いそうになるが、彼は迷いを捨てた。

 月明かりの騎士になら使ってもいい、いや使わねば逆に屠られる。

 

(思った通り……!)

 

 猛進する月明かりの騎士の行く手を阻み、その月光と湖剣が激突する。

 実体のない月の聖剣であろうと、姉妹剣である湖の聖剣の格は決して劣っていない。神秘とはより強い神秘の前に敗れる、この法則は神代であろうと絶対不変のもの。故に不壊の聖剣をも軋ませる限界突破を果たしたならば、現実と位相の異なる次元に刃を置く月光とも打ち合える。ランスロットの賭けは的中し、月明かりの騎士と凄絶な剣戟の華を繚乱させた。

 技の限りを尽くしての剣舞、優勢となり圧すのはランスロット。だが撒き散らされる冷気の波動に身を蝕まれ、反対になんの影響も受けていない王騎士に形勢を覆されそうになる。加えてランスロットは湖の聖剣に込めた魔力を、限界を超えて留め続けている反動で、多大な負荷を受け続ける状態にあった。五秒が遠い――剣戟の応酬より二秒でランスロットは血反吐を吐く。

 兜の隙間から血を漏らし、それが凍りついて、雄叫びを上げる。彼の脳裏に過るのは、故郷たる湖から旅立つ時に求めた力――限界を超え、勝てないはずの敵に打ち勝つ力――騎士であるならばそれを手に入れるべし。男なら、英雄なら、今ここでそれを掴み取る!

 

 果たして。

 

 湖の騎士ランスロット・デュ・ラックは――死の寸前にて覚醒した。

 

 四秒。これまでに交わした極致の剣戟は数百。

 残り一秒。月明かりの騎士の眼前からランスロットが消えた。王騎士は直感的に腕を引き、右腕で腹部を護るや、その右腕にランスロットの槍の如き蹴撃が突き刺さる。

 一気に脱力して身を屈め、蹴りを放ったのだ。王騎士ですら一瞬見失うほどの疾さ――王騎士は間合いを開けさせられた瞬間、月の聖剣を大上段に振りかざす。刀身に満たされるは月明かり、解き放たれるは瀑布の如き月光波。対生命宝具による対軍規模の暗き死の光だ。

 だが、ランスロットは怯まない。振り下ろされる月光剣の光波は津波のようで……切り上げた湖の聖剣が放つのは、限界を超えて溜め続けた蒼き極光。

 

「『過重湖光・彼方に至る波濤の剣(アロンダイト・クラレンツァ)』ッ!」

 

 エクスカリバーでも、ガラティーンでも、コールブランドでも能わぬ限界の先に至った一撃だ。不壊のアロンダイトであるからこそ、神秘の格を超越したそれは、暗き月明かりの剣コールブランドの最大火力を上回った。湖面に浮かぶ月は幻と決まっている――月明かりの騎士は湖の蒼光を前に、咄嗟に両腕を交差して防御するも、踏ん張ることも叶わず押し流された。

 再度の満身創痍。ふらりと体勢を傾がせた宿主を、内なる闇が癒やそうとする。湖の聖剣の極光も、月光波に威力の過半を殺された故に彼はまだ動けた。……()()()()()()

 

「ッッッ……!?」

 

 その総身、五体に絡みつくは妖弦。トリスタンの魔弓の弦が四方に張り巡らされ、獲物の身動きを完全に封じてのけている。

 ギチ、ギチギチ……弦を軋ませ、藻掻く闇の騎士にトリスタンは踏ん張る。弦を握る両手から血が溢れ出て、トリスタンは必死に絡めとった獲物を抑え込みながら叫んだ。

 

「今です……ッ、ランスロット卿! 早くトドメを!」

「ハァ、ハァ、ハ、ァ……」

「ランスロット卿……!」

 

 完全に動きが止まった今が好機だ。だが月明かりの騎士と妖弦の騎士の膂力差は明白、あまり長くは止めていられない。遠からずトリスタンの五指は千切れ、月明かりの騎士は自由になる。無論それはさせない、五指が飛べば次は口で弦を噛み、封じ続ける覚悟はある。

 ランスロットはふらつく脚で月明かりの騎士に迫る。後一撃、後一撃だ。後……一撃でいい。

 なのにその後一歩が余りに遠い。絶対零度の凍土と化した戦場で、ランスロットの肉体は活動限界を超えてしまっていた。げに恐ろしきは月光の冷気、対生命宝具は的確に人体を追い詰める。

 精神力だけで足を運び、トドメの一発を繰り出すことは叶う。それが英雄の力だ。だが、その一発を届かせる時間がない、今に自由を取り戻そうと藻掻いている月明かりの騎士の方が早い。

 

 このままでは全滅する。ランスロットは、果断に決心した。

 

 ここが命の捨て場所か……無念はある、やり残しもある、だが友の為に死ぬのは他に替えられぬ名誉であろう。ランスロットは命を注ぎ込む覚悟で聖剣を握り締めて――しかし、その決意を踏みにじるように、彼の頭上に小さな影が落ちてきた。

 

 

 

「ふっ――ざけんなこのウスノロ共! 殿下を助けんのは、このオレだ――ァ!」

 

 

 

 激発した怒気に突き動かされた小柄な兜の騎士である。

 彼女はキャメロットを発つ前に無断借用した宝剣モルデュールに極大の赤雷を纏わせ、三人の英傑が頭上を振り仰いだ瞬間、全力の落雷を降らせたのだ。

 果たしてモードレッドの赤雷が三人の騎士達を呑み込む。

 

 轟音。耐久限界を超過した廃砦が崩れ、砂塵と瓦礫の欠片が吹き荒ぶ。

 

 数秒後、砂塵が風に攫われ辺りが晴れる。

 冷気を閉じ込める城壁が崩れた故か、麗らかな日差しに場が温まりつつある中。着地して肩で息をするモードレッドの眼前に、三人の男達は大の字になって倒れていた。

 

「……どうやら、デカすぎる借りができたみたいだね」

 

 むくりと上体を起こしたロホルトが、辺りの惨状を見て苦い顔をする。それを見てモードレッドは兜を格納して、パッと笑顔を浮かべて駆け寄った。

 

「殿下ーっ!」

「うわっ」

 

 抱きつかれ、成す術なく押し倒されたロホルトの真上で、歓喜を爆発させたモードレッドにじゃれつかれて。体の節々が痛むのに、ロホルトは呻く。

 

「……ランスロット卿」

「……なんだ、トリスタン卿」

「……疲れましたね」

「……ああ」

 

 大の字で倒れたまま、英雄二人は深々と嘆息した。

 子供の癇癪じみた雷撃は、彼らの身動きを完全に封じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ランスロット
 まだ実戦経験は浅い。しかし友との激闘により、早くも全盛期相当の実力に至り、奥義を二つも開眼した。『縛鎖全断・過重湖光』と『過重湖光・彼方に至る波濤の剣』だ。後者はロホルトのいない世界線だと会得しておらず、まだまだ強くなることを示唆している。
 人類最高峰の才能の持ち主には、まだ『先』があるのだ。



モードレッド
 何気にラストアタックを務める。最善のタイミングでの介入は、彼女の才の確かな証拠になった。
 ランスロットのことが嫌いになったが、それは戦力外と見做されたことに言い返せなかった自身の弱さに起因する。成長した後でなら、好きじゃないが嫌いでもなくなる……かもしれない。
 円卓の騎士三人の、古今東西の英雄達の中でもトップクラスの激闘を目に焼き付けた。それは彼女の大きな財産となる。



トリスタン
 キャメロットがロホルト戦死の報を受けてより数日後に仕官してきた騎士。ピクト人の祖を持ち、その特徴である赤い髪を持った『悲しみの子』。『嘆きのトリスタン』。
 ランスロットに並ぶ武勇を誇り、日中でなければガウェインをも打倒できる実力を持つ。弓の腕も円卓随一で知名度も高いが、所有する宝剣を操る剣腕こそが本領。トリスタンは剣士である。
 ロホルトの生存を確信したランスロットの要請を受け、共にその行方を探していたところ、王子の従騎士モードレッドと遭遇。三人で狂乱するロホルト王子を取り押さえることに成功した。
 生け捕りが目的だった為、ロホルト戦で危うく死にかけた。最初から全力で殺しに掛かる殺し合いなら結果は違ったが、この戦闘で遂に全盛期に到達したロホルトと再戦したいと思わない。



彼方に至れ湖光の剣(アロンダイト・クラレンツァ)』対軍宝具:A+
 対軍規模の波濤を放つ、湖の騎士ランスロットの最強宝具『無毀なる湖光』による本来の機能。クラレンツァとは、後の物語の英雄オリヴィエが使ったとされる名剣オートクレールの別名。ランスロットほどに使い熟せばガラティーンに匹敵する範囲と威力を発揮する。



深淵を纏え、麗しき父が為(アルトリウス・オブ・ジ・アビス)』対人(自己)宝具:B
 内なる深淵を呼び覚まし、生命の源流たる闇より力を引き出す。光の騎士は闇を得ることで狂気に染まり、対価として幸運と宝具を除くステータスを向上させる。――伝説の最中、ロホルトは自らの亡き後に孤独となる父を偲び、狂気より還った。以後、ロホルトは調伏した深淵の闇を我が物としたが、ひとえにそれは月光という心の(よすが)があればこそである。
 月明かりの導きを喪失した時、ロホルトは今度こそ深淵に呑まれるだろう。
 なお『アルトリウス』とは『アーサー』のラテン語の綴りである。この父の名を冠した宝具は、父への捻くれた愛情の証であろうか。ロホルトは頑として語らない。

 またこの宝具により、ロホルトは本来なら持ち得ないバーサーカー適性を手にしているが、宝具『暗き月明かりの剣』を開帳すると、一時的に狂気の鎖より逃れ出ることができる。



ロホルト←魔女
 星の内海より帰還した代償に、神代終焉に伴って星に還る他になかった幻想種の呪詛に等しい激しい嫉妬を得た。彼の肉体に幻想の楔が打ち込まれ、そこから常に地表に戻ろうとする怨嗟が拡大しようと蠢動している。ロホルトはこれをなんとか抑え込み、深淵にて溶け合い黒く染まった混沌を自らの力とすることが出来た。深淵を纏ったロホルトは昼夜を問わず力を倍加できるのだ。
 しかしメリットばかりでもない。彼が深淵を制御し正気を保てているのは月の聖剣があるからだ。暗き月明かりの剣コールブランドなくしてロホルトは正気を保てず、また人の形を保てない。

 そして――月の聖剣の所有権は、ロホルトにはなかった。

 担い手はロホルトである。月の聖剣を十全に使いこなせるのもロホルトだけである。しかし、そもそも彼が魔竜と戦うことを予期し、聖剣を授けたのは誰だ。――モルガンである。
 深淵に囚われたロホルトが、月明かりを標に帰還した後、狂気に追いつかれるのを必然と心得ていたのは誰だ。――モルガンである。
 ロホルトが精神世界にて勝利するのに貢献したランスロットを、一代の英傑に育て上げて。そしてランスロットに月の聖剣の力を教えたのは誰か。それもまた――モルガンである。
 キャメロットの内情を知悉し、王妃の狂気を最も知るのは誰か――モルガンである。妖精眼を持つモルガンの目に、人の心など丸裸。人心を知り尽くした魔女にとって、容易い標的。

 そして、月の聖剣の所有権を持つのは――モルガンであった。

 精霊ヴィヴィアンとはモルガンの側面。別人として振る舞い、また他人格に干渉することはないが、同一人物であるのは確かな現実。
 故に魔女モルガンは哄笑する。故に人間トネリコは嘆く。故に精霊ヴィヴィアンは憐れんだ。魔女は賭けに勝利した――憎き騎士王と王国の命運は我が掌中に。月の聖剣を手元に召喚するだけで王国の急所、命綱であるロホルトは人間として死ぬ(終わる)だろう。
 復讐を完全とする切り札は得た。
 後は。
 後は……。

「後、は……」

 ……そう、時だ。時を待て。絶好の好機が訪れるまで、待つだけでいい。




逸話リスト(現行)
 ・遍歴の女難。
 ・太陽の騎士を一撃で倒した魔竜を単騎で数時間食い止める。
 ・月明かりの騎士は一度死に(死んでない)、深淵を歩いて生者の世界に帰還した。
 ・深淵は騎士を蝕み、力尽きた騎士を狂気に引きずり込んだ。
 ・狂気に落ちていながら本来の剣技を十全に発揮した。
 ・兜の騎士と湖の騎士、妖弦の騎士の三人掛かりで漸く狂気を抑え込めた。


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