【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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閑話的な話


第24話

 

 

 

 

 

 ロホルトは折れない。遂には生命の坩堝、星の内海なる深淵に犯されていた若き英雄は、有り得ざる奇跡の証である人の形を保って生還したのだ。

 

 たとえどれほどの大英雄であっても、星の内海に落ちた者は無に還る。いや無限の生命の海に溶け、消滅してしまう末路を辿るというのが正確か。ロホルトはこの深淵から、正気と人のカタチを死守し、挙げ句の果てには深淵から流れ込む力に手綱を掛けていた。

 すなわちロホルトは正気を保ったまま深淵を纏い、なんらかの行動制限もなしに己の力を倍化させ、闇の力をも自在に操れるようになったのである。常軌を逸した進化と言えよう。無論ロホルトはこれが己の力だけで得られたものとは思っていない。月光――ロホルトの心を庇護し、在るべき形に導いてくれた聖なる月明かり。これこそがロホルトの大切な命綱だ。

 

 だがそれよりも大切なものがある。如何に月光があろうと、深淵の魔の手を払いのけられる可能性は絶望的であった。なのにロホルトは無事でいる……その原因、勝因はなんだ。自明である、あの死闘で勝利に導いてくれたのは、月光でもロホルトの精神力でもない。

 友と、妹のように可愛がっている騎士。そして新たな円卓の騎士、赤髪のトリスタン。彼ら三人の尽力のお蔭でロホルトはあの恐ろしく悍しい、強大な生命の海から脱することができたのだ。

 

「重ね重ね感謝する。卿らの挺身がなければ、私は一人で永遠に戦い続けていたかもしれない。本来なら決着がついたかも怪しい戦いに、こうまで早期に決着をつけさせてくれた卿らの働きを、私は終生忘れないことをここに誓おう。ありがとう、この恩に必ず報いる」

 

 ロホルトは善良な人間性の持ち主である。故に自身が身近な人達に多大な迷惑を掛けたと知っては、内心忸怩たる想いに駆られてしまった。

 だがここは謝るべき時ではない、ただただ心からの感謝を告げるのが正道だろう。するとランスロットはトリスタンと視線を交わし、苦笑いを湛えて言った。

 

「とんでもない。我らは王国の未来を取り戻しに参上したまでのこと。希望の光、ブリテンの至宝を恐るべき魔物から奪還したことに、貸し借りが生まれる道理はありませぬ」

「魔物ときたか……」

「左様。我らは騎士として本懐を果たしたのです、これに殿下が報いると言うなら、ただ労いの言葉一つを賜るだけで充分というもの。……それでも殿下の気が済まぬと仰せなら、私はただ自らの魂に刻んだ友誼の契りに従ったまでと申し上げよう」

「そうか……そういえば、次に会った時からは騎士と王子だ、という話だったね」

 

 親友ランスロットの騎士としての物言いに、若干の寂しさを感じはする。

 しかし彼が敢えて友誼の契りと口にしてくれたのは嬉しかった。王家の者と王に仕える騎士という立場に分かれても、互いの間に結んだ友情は色褪せずに在り続けるのだと言われたのだから。

 

 パチパチと、薪が鳴る。

 

 ロホルトは篝火に薪を追加して、二羽の野兎、その串焼きをひっくり返して反対側を火で炙った。

 野兎の可食部は少ない。バラした肉は四人で喰うには物足りないが、無いよりはマシだろう。

 

 宮殿に戻るまではランスロットとトリスタンの看護をするつもりでいるロホルトは、遍歴の際に身に着けた技術を使って獣を捌き、恩人達に振る舞っていた。

 料理は身分の低い者がすることと文化的に定められている。だから本来なら王子が手ずから料理をし、騎士に与えるなど有り得ないが、今はそんなことは言っていられない。先刻の戦いを経て、ランスロットとトリスタンは重傷を負っており、また身の回りの世話をしてくれる人員などいないからだ。絶対安静の状態である二人の騎士に、道義的にも無駄な労苦は掛けられない。

 

 ロホルトは無傷である。無尽蔵の魔力にものを言わせ、表面だけ修復した詐術ではなかった。本当に無傷なのだ。追い詰められていた時にモードレッドの赤雷を受け、一時的に行動不能になりはしたものの、支配した闇の力の影響か出鱈目な回復力を得ていたのだ。

 法外な生命力が宿っている証左であるが、かといって負傷を気にせずにいられる訳でもない。抑え込んだ深淵の温かさは魔的であり、傷を治癒すると接続した深淵から逆流してくるものを感じてしまう。致命傷を負いでもしたら、またぞろ善くないものが騒ぎ出すだろう。

 

「お二人は厚い友情で結ばれているのですね……新参の身として少々疎外感を感じてしまいます。私は悲しい……」

「む……すまない、気遣いに欠けていたか。トリスタン卿、貴公さえよければ身の上を話してくれ、望むなら私も同じようにする。互いの来歴を語り合い、まずは各々の人となりを理解し合おう。そうすれば私は貴公とも友人になれるかもしれない」

「おぉ、素晴らしい提案です。正直に申し上げると、私はランスロット卿や殿下とは親密になれそうな気がしていたのです。具体的には趣味嗜好の面で」

「趣味嗜好?」

 

 ランスロットもトリスタンも、ロホルトが危機感を覚えるレベルで甚大な傷を負っていたが、トリスタンはなかなか用意のいい男だった。彼はロホルトを捜索する旅に出る前、宮廷魔術師から傷薬として魔術薬を融通してもらっており、それによりランスロット共々死に瀕した状態から脱していたのである。自分のせいで彼らが死んでいたら、ロホルトはきっと自分を許せなかった。そういう面でも、トリスタンはロホルトの恩人であると言えよう。

 異形の弓の名手で、剣の腕も達者。加えて素晴らしいのは若いということ。歳はランスロットに近そうだが、有望な若い騎士というだけでロホルトとしては好ましい人材である。仲良くしておいて損はないし、打算を抜きにしてもギスギスした人間関係のある職場など御免被る。出来る限り話を合わせ円滑な関係を構築するのも、対人関係の構築が下手な王に代わって担う王子の役目だ。

 

「ここは一つ、私がキャメロットへ仕官しに来るまでの来歴を歌にしてみようと思います」

 

 言いながら竪琴のような魔弓を握り、トリスタンは勝手に音楽を奏でる。マイペースな奴だな……そう思うも咎める気はない。こういう性格なのだと、トリスタンはわざと素を曝け出して、自身の人間性をロホルトに伝えてくれているのだと好意的に解釈した。

 トリスタンの奏でる曲は見事だった。歌声も素晴らしい。しかしやや悲観的で自虐的な歌詞なのが玉に瑕だ。即興にしては出来が良いだけに、歌の結びで好転させでもしないと聞き手側がフラストレーションを溜めてしまうだろう。……などと語り部目線で見てしまう。

 トリスタンの来歴はわかり易かった。コーンウォールのマルク王の許から出奔し、旅に出た後にその脚でキャメロットに来たらしい。言っては悪いが彼の悲恋の下りも騎士物語としてはありきたりで物珍しさはなく……実話として語られると少し引いた。

 

 アイルランドからの使者がかつての主マルク王に貢物を要求し、その使者との交渉が拗れマルク王の代理として決闘した話。アイルランドの使者の剣に毒が塗られており、傷口が腐敗するという重傷を負ってしまった為、解毒薬の入手の為にアイルランドに旅立ち……そこで邂逅した姫のイゾルデと心を通わせて、快復した後に帰国した話。

 帰国後、イゾルデの美しさを語っていると、マルク王が興味を持ってイゾルデを娶りたいから連れて来いと彼は命じられたという。ロホルトはよりにもよってそれをトリスタンに命じたマルク王の人品を疑う。再度アイルランドに渡ったトリスタンは竜退治を成し遂げたり、王族だったアイルランドからの使者を死に至らしめた罪を晴らしたりと、紆余曲折の末にアイルランドの王にイゾルデを連れ帰る許しを得て帰還した。

 その最中に二人は誤って恋の秘薬(フィルトル)を飲んでしまい、互いに愛し合ってしまう。有り体に言うと肉体関係を持ってしまったのだ。果たして結婚前に処女を喪失したイゾルデと結婚したマルク王はトリスタンを激しく憎んで、王と騎士の間に確執が生じてしまう。

 

 宮廷での険悪な空気、確執に耐えられなくなったトリスタンは出奔し、そうしてキャメロットまで流れてきたわけである。――歌はそこで終わった。

 

「……御清聴ありがとうございました。如何でしたか、私の歩んだ人生の旅の歌は」

「うん、まあ……ノーコメントで、と言いたいが……敢えて言うなら卿は被害者だね。そうまで自罰的になることもない、悪いのは君を――失礼、卿を妬んだマルク王だ」

「そのようなことは……」

「あるよ。他の人がどう思うかは聞いてない、私がただそう思ったというだけだ。だからそう気に病むことはないよ、トリスタン卿。私としてはイゾルデ姫のアフターケアはしっかりしたのかと聞きたいが……話に聞く限りイゾルデ姫は自力でなんとかしそうだね」

「……自力で?」

 

 毒を解毒出来る知識量、誤って恋の秘薬を飲んだというが――おそらくイゾルデがトリスタンに薬を盛って関係を持ったのだろう。

 つまりトリスタンのことをイゾルデは愛していて、異国の地でもトリスタンさえいたら耐えられると覚悟して来たように感じる。そのトリスタンがいなくなったとあっては、イゾルデは愛のないマルク王を疎んでアイルランドに帰ってしまう可能性が見えて仕方ない。

 

 ――果たしてイゾルデ姫は、遠からずアイルランドへ帰国しようと準備していたが、今のロホルトやトリスタンがそれを知る術はなかった。

 

「じゃあ、今度は私の番だ」

 

 ロホルトは簡潔に要点だけを纏めて、自身の辿った人生を語った。出来るだけ客観的に。

 黙って耳を傾けていたトリスタンと、彼のことを知ったロホルトは、良い関係を築けそうだと思った。少なくとも険悪になることはないだろう、と。

 

 ワン、と愛犬が鳴く。カヴァスだ。

 

 モードレッドが言うには、カヴァスはモードレッドがロホルトを見つけると信じて付いてきていたらしい。あの戦いの場にいなかったのは、二羽の野兎を狩って来てくれたのもカヴァスで、今度は少し大きめの魔猪を狩ってきてくれたようだ。

 

「おう、ご苦労さん。そいつを寄越せ、捌くのはオレがやってやる」

 

 モードレッドがカヴァスを労い、首を斬られている魔猪を受け取っている。

 騎士らしからぬ粗野な口調だが……こちらから距離を置いたところにずっといて、暇を持て余しているのだろう。程よくリラックスしているし、見なかったことにしてあげた方が良さそうだ。

 戦いが終わった後、感極まってロホルトにじゃれついてしまったのが、後から恥ずかしくなってしまったらしい。モードレッドは今はロホルトの顔を直視できないのと、ロホルトが獣を捌いているのも見てられないから手を出したようだ。好きにさせておく。

 

「……ところで殿下、貴方と今少し親しくなりたいと思ったのでお訊ねしたいのですが」

 

 トリスタンの声に意識を取られる。視線をモードレッドから彼に戻した。

 

「何をだい?」

 

 親しくなりたいと言われて拒絶する理由もない。自然体のまま応じると、トリスタンは極めて真面目に、そして真剣な面持ちだった。

 重要な話かと思ってロホルトも真顔になる。するとトリスタンは重々しく訊ねてきた。

 

「殿下の()()()()()はどのような方なのでしょう」

「……は?」

「いえ、昔から男同士の仲を深める鉄板の話題として訊ねたのです。この話題は外せません」

「………」

 

 真面目な顔をして何を言い出すんだ。ロホルトは別の意味で真顔になった。

 するとランスロットが何故か嬉々として口を挟んでくる。

 

「ほう、それならば私も加わらせていただこうか。思えば殿下とこのような話で盛り上がったことはありませんでしたな。同好の士となるのであれば殿下は手強い、競争相手になっても負けるつもりはありませんが、出来るなら殿下との競合は避けておきたい。友情を壊したくはありませんからな」

「ランスロット……君、さては女好きか?」

「人聞きの悪いことを仰らないでいただきたい。これでもまだ清い身、単純に興味があるだけです」

「ほう? ランスロット卿ほどの方がまだ経験していないのですか。意外ですね、こうしてこの手の話に乗ってくれるのも含めて」

 

 コイツら……。

 

 ロホルトは未来を幻視した。コイツらの女癖の悪さに、散々後始末に苦労させられる自分の姿を。

 微かに頭痛を覚えるも、気のせいだと思っておこう。

 嘆息してロホルトは口を開く。こんなしょうもない話に付き合いたくはないが、しょうもない話だからこそ他でする機会もあるまい。折角なので一度ぐらい付き合って、赤裸々に語ってみよう。

 

「はぁ……私の女の趣味か。私はそれには少しうるさいぞ」

「英雄色を好むと言いますからな。殿下ほど気苦労が多いとさぞ拗らせ……」

「殴るぞランスロット」

「好みにうるさそうには見えませんが……だからこそ興味深い。殿下の嗜好、是非傾聴させて頂く」

 

 失言しかけたランスロットを睨む。トリスタンは神妙な顔をしていた。

 また嘆息。ばかばかしい……そう思うも、ばかばかしいからこそ肩から力が抜けた。

 男騎士と仲良くなるにはこの手の話をするのも有りかもなと思ったが、いや無いなと思い直した。どう考えても『ロホルト王子』のキャラに合わないからだ。

 ロホルトはこめかみを揉んで――なぜか聞き耳を立てるモードレッドに気づかずに告げた。

 

「まず清潔であること。身嗜みがしっかりしていること。性格は明るい方がいい。聡明であることは求めないが誠実な人がいいね。外見でいえば髪は長い方がいい、長い髪は垂らしておくよりも束ねておくか、編み込んでいる方が目を引かれる。胸の大きさに拘りはないけどお尻は大きい方がいいね。身長に特定の嗜好はないけど、守ってあげたくなるような人よりも、共に困難へ挑んでくれる強い人が好ましいかな。あとストーカー気質や猟奇趣味の人は断固拒否する。後は――」

 

 長々と語る。まだまだ語る。そんなロホルトに、ランスロットとトリスタンは視線を交わした。

 

「(……で、殿下は予想以上に……こ、拗らせておいでですね、ランスロット卿)」

「(あ、ああ……だが意外と……だな)」

「(ええ、意外と、ですね)」

 

 意外と話せる。二人の騎士はそう思って、ロホルトを見た。

 

「すらりとした手足は勿論いいけど、とても大事な要素としては腰だね。くびれていて、腕を回したら抱き心地の良い細さがあれば言うことなしだ。へそと脇にも拘りたいけど長くなるから割愛しよう。内面の話だと崇高な理念を持ちながら超越的でなく、きちんと恥じらいを感じる感性があって、他に目があるとクールだけど二人きりになると――聞いているのか二人とも」

「ええ、もちろん」

「清らかな乙女に惹かれる殿下のお気持ち、理解します」

「聞いてないじゃないか。いいか、もう一度最初から――」

 

 トリスタンはランスロットを再び見た。ランスロットと目が合う。

 そして男達は何も言わずに頷きあった。通じ合う何かがあったのだ。

 

 ――殿下も男だったな。

 ――ええ。安心しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、帰還。

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