【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第25話

 

 

 

 

 

 

『陛下、そして王妃よ。――我が友ロホルト殿下は、まだ生きておられます』

 

 ランスロットの力強い言葉が、心の均衡を崩しかけていたアルトリアを支えた。

 ロホルトが生きているのが本当なら、まだ希望はあるのだ。

 彼さえいれば滅びを定められた未来は覆せる。

 

 いや、それだけじゃない。国だけが大事なわけじゃない。アルトリアの執着もある。ロホルトにはアルトリアの持つ知識や心得、技を全て伝えた、彼はアルトリアの生きた証なのだ……。

 辛く、苦しいばかりの人生だ。無論苦しいだけじゃないのは分かっている、人が幸福に暮らす様、他者が路傍の石と見做す民草の笑顔を見るのが好きで、それを生き甲斐にしていた。

 だが王としての己の最も優れた功績は、理想の王(ロホルト)を生み出したことだ。そして個人として最も痛切に祈るのは、我が子が息災に暮らし、幸福に包まれ、満ち足りた人生を辿ることである。

 

 アルトリアにとって、ロホルトこそが自身の生きた証。王としても、個人としても、彼なくして自分の人生に意味はない。

 ランスロットが愛息の生存に望みを持たせてくれた。祈るしかない、どうか生きていて、と。祈ることしか己に許さない王冠を、アルトリアは罪深いことに煩わしく感じた。叶うなら自分で捜索しに行きたかった……苦しんでいるだろう我が子を癒やし、もう大丈夫だと抱き締めて、安心させてやりたかったのだ。だがそれは許されない。祈っていることしかアルトリアには出来ない。

 彼女が王だからだ。至高の王冠を戴く者は、軽々に玉座を空けてはならないのである。故にアルトリアは自身に出来ることをする。より具体的にロホルトを希望だと判断して、次のブリテン王はロホルトでなければならぬと定めたアルトリアとは違い、曖昧にロホルトの存在に光を見ていた者達に伝えねばならぬ。王子は生きている、湖の騎士が必ず連れ帰ると。

 

 ロホルトの葬儀は早合点した故の誤解によるものだと御布令を出したのだ。アルトリアは王である、彼女の今まで積み上げてきた信望が、騎士王たる彼女の言葉に一定の説得力を持たせた。

 生きている? 死んだはずの王子が? それは素晴らしい慶事だ、帰還が待ち遠しい……下々はそう素直に信じてくれた。だがアルトリアは、この御布令にリスクがあるのを承知している。

 

 もしもロホルトが本当に死んでいたら、彼女の名に瑕疵がつくのだ。

 

 アルトリアは愛する息子の死に錯乱し、正常な思考力を喪失していると噂されかねない。そうなれば諸侯の纏め役たるブリテン王――騎士王の発言力は確実に低下するだろう。

 一挙手一投足の悉くが、アルトリアの政治生命に直結する環境なのだ。黒いものを白と言って信じてもらえるのは、アルトリアの功績やカリスマ性に由来するものであり、あらゆる局面で完璧に差配してきた信頼があるからこそブリテン王国の大王足り得ている。

 その大切な無形の財産、功績に由来する信頼に傷を付けかねない発言は厳に慎むべきだ――そんなことは分かっていた。しかしアルトリアはランスロットの言葉を信じ、全てを賭けたのだ。

 

 無常にも一ヶ月が過ぎる。

 

 ランスロットとトリスタンはまだ戻らない。ギネヴィアは毎日、礼拝堂に通い祈りを捧げている。アルトリアも祈りたい、だが王であるアルトリアには無駄にしていい時間などなかった。ただでさえ忙しいのに、またしてもサクソン人が攻め寄せて来ようとしているという情報が齎されているのだ。軍備を整える為にアルトリアは奔走せざるを得ない。

 あまつさえ相談役の宮廷魔術師マーリンも不在である。ロホルトが生きているかもしれないなら、彼にロホルトの所在を訊ねた方が一番手っ取り早く片がつく。しかし彼は前日に『モルガンに不穏な動きがある、彼女を抑えて来るからちょっと留守にするよ』と言って、キャメロットから発ってしまっていた。聖杯探索の為に多数の騎士を各地に向かわせたせいで、戦力も満足できるほど集まらない……アルトリアは内心大いに焦りを募らせていた。気が休まる瞬間が片時もなく、彼女の心身は着実に疲弊していっている。そうして実感するのだ、今までも殺人的な忙しさだったが、今までどれだけロホルトに助けられていたのかを。彼がいた時は、これほど悪い条件下でも、諸々の実務は決して滞らなかった……。

 

 二ヶ月が経つ。

 

 もうすぐサクソンが出陣して来てもおかしくない。不眠不休で働き通したアルトリアの尽力で、軍備もなんとか整えられたが、やはりこちらの陣容は穴だらけ……無理のある体勢だ。

 勝てないとは言わない、しかしこの時期に戦争を仕掛けてくるサクソン人への苛立ちは強かった。アルトリアはケイに強く諫言され、半ば強引に寝所に押し込まれたが、寝ようと思っても眠ることが出来なかった。気が立っている、かと思えば唐突に弱気に襲われる。今回の戦いで負けたらどうしよう……ロホルトが帰ってくる前に……いやそもそも本当に生きているのか? ランスロットはこの国に見切りをつけ、出奔する為の方便として言ったのではないか? 死んでしまっていたら聖杯が必要になる、しかし聖杯を使ってロホルトを蘇らせても、とうのロホルトは喜んでくれるのか? ロホルトもまた魔竜にブリテンの滅びの未来について聞かされているかもしれない、もしそうなら滅びの運命を覆すのに聖杯を使わなかったことを咎めてくるかもしれない……ああ、国を取るか、息子を取るか、そもそもそんなことで悩む時点で自身には人の親になる資格などなかった――アルトリアは一度弱気になると、際限なく心が弱っていくのを自覚できていなかった。今までのアルトリアには有り得ない事態である。特定の個人への情と、国を想う崇高な志は別居していて、そこに矛盾や迷いが生じる余地などなかったからだ。

 

 たとえばケイ。彼は大切な兄であり、身内である。彼が殺されたら怒りに燃えて仇を討とうとするだろうし、病や事故で亡くなれば悲しみに暮れる。しかしどのような形でケイが亡くなっても、アルトリアは決して歩みを止めない。救国の理想は決して捨てない。

 だが、ロホルト。彼は違う。

 ケイも大切な身内だ。しかし、ケイは騎士である。騎士として自身に仕え、自分だけの味方でいてくれる頼もしい存在で、他に替えられるような人ではないと断言しよう。だがロホルトはアルトリアの騎士ではなかった。身分の話ではない、在り方と立場の話だ。ロホルトは最初、ただの息子で。成長して王と王子として接し、長じて愛息となった。王家として上下関係はあるものの、騎士や兵とは一線を画する立場なのだ。アルトリアと同じ視点、同じ理想、同じ危機感を共有した、ある意味でアルトリアの分身とも言える存在なのである。ロホルトの死は己の死に等しいと、アルトリアはそれほどまでに深くロホルトを愛していた。

 

 だって、ロホルトだけなのだ。本当の意味での同志は。アルトリアが『自分以上の王』になれる、或いは既になっていると思える……理想の王の器の持ち主は、ロホルトだけなのである。

 才能面で惚れ抜いて、血の繋がりという最初から特別な関係で、同じ敵と戦い同じ理想を掲げた。アルトリアが他の誰よりもロホルトを愛するのは、人であるならば極めて自然なことだろう。

 いつも一緒だった。離れていても、傍にいてくれているような心強さが常にあった。だから、ロホルトが魔竜の息吹の中に消えた時、絶望して……そしてロホルトがいない、本当は死んでいるかもしれないと、弱気になってしまうとアルトリアは折れそうになっていた。

 

 だが、折れない。

 

 折れるわけにはいかない。

 

 アルトリアの記憶に残り続ける、愛息の揺るがぬ眼差し。その目がアルトリアに言っている。諦めるのか、まだやれるのに折れるのか、と。故にアルトリアはロホルトの眼差しを背にした時、決して止まらないし迷わないと、確信を込めて断言できてしまう。

 折れてはならないのだ。愛するロホルトの人生を――国に捧げさせてしまった己が、折れることなど絶対にあってはならないことなのである。

 だから――アルトリアは進む。どれだけ心が弱り、翳り、ボロ雑巾のようになってもだ。

 

 でも……寂しさを、誤魔化せない。

 

 横に立ってくれる仲間にして家族、自身を超えてくれる理想の王器の人。

 やっと、やっと心を開いて、接することができるようになったばかりだ。

 まだ親としてしてあげたいことがある……してあげていなかったことを、親子の時間をこれから取り戻そうと思えたばかりなのに……肝心のロホルトがいなくなるなんて堪えられない。

 

 後少しで、三ヶ月が経ちそうだ。――サクソン人がブリテン島に向け進発したとの報せが入り、アルトリアは軍に招集を掛けて、出陣しようとしていた。

 この段になってもランスロットは帰ってこない。トリスタンも、肝心のロホルトも帰ってこない。何か報せがあってもいい頃なのに、どうして?

 

 腹の底で渦巻く混沌とした感情の正体は不明。爆発しそうなのか、凍りつきそうなのか、はたまた沈み込んで消えてしまうのか、一切が判然としない。

 アルトリアは聖剣を見る。いっそ……聖剣から聖槍に持ち替え、人を捨ててしまおうか、そうすればこんなにも苦しまず、最適の手だけを打ち続けられるのではないか。与太話として、断じて有り得ない妄想が駆け抜ける。――その時だ。軍に号令を掛け、出陣を告げようとするアルトリアの許へ、騎士が駆け寄ってきたではないか。

 

「――陛下!」

「……ベディヴィエール? 兵の前だというのに、そんなに取り乱してどうした」

 

 傍に来たのは古参の騎士、腹心のベディヴィエールだった。

 彼は円卓の騎士の中では最弱に近い。しかし武将、指揮官としては名将だ。冷静沈着で慌てることは滅多に無い。そんな彼らしくない様子を見て、意識を現実に戻した王へと彼は示す。

 

「あちらを!」

「……?」

 

 言葉が短い。しかし、指し示された方を見る。ベディヴィエールほどの人物が、こうまで慌てる何かがあるのだとすれば、それは無視してはならないものだと思ったのだ。

 果たしてベディヴィエールの示した先に目をやったアルトリアは、固まる。

 兵たちが気づき、振り返った先だ。そちらから、白き大狼に等しい獣に騎乗して、白馬に騎乗する三人の騎士を従えた者がやって来ていて――その、面貌は。出で立ちは。姿は。アルトリアが見間違えることなど有り得ない、王と王国の希望のものだった。

 

「ろ、ロホルト王子……」

「殿下だ」

「殿下だ! 殿下が――」

「ロホルト様がご帰還なさったぞぉ!」

 

 兵達が色めき立つ。興奮して叫ぶ。騎士達が瞠目し、傍らで影のように立っていたガウェインが呆然と立ちすくむ。アグラヴェインですらも口を半開きにして、ケイをも黙らせ、ガヘリスが駆け出した。大歓声の爆発する中、兵たちが左右に分かれて道を開ける。

 その道を駆け、ガヘリスが月明かりの騎士の許に馳せ参じ、跪いて何かを言った。月光の如き香りが流れ込む中で、光の王子はにこやかに微笑み、ガヘリスに何かを言って。供に己の騎士を加え、愛犬から降りると真っ直ぐ高台にいるアルトリアの許へ歩んでくる。

 

「あ……」

 

 掲げようとしていた聖剣を取り落とし、よろよろと歩む。聖剣を落としたことにも気づかずに。

 二本の脚でしっかりと歩み寄ってきて、目の前に立ったロホルトと、目が合う。

 数秒の沈黙の後、彼は言った。数十年ぶりにも感じる、懐かしい声だ。

 

「ただいま帰りました、父上」

「ぁ……あ――ろほる、と……?」

「はい。ロホルトです」

 

 ロホルトはアルトリアの顔を見つめ、苦笑すると、小声で囁いた。

 

「(酷い顔だ。ろくに眠れていないようですね。ですが、もう大丈夫。私が帰ったのです、父上の抱える荷物の半分は抱えて差し上げましょう)」

「……ろほると。ロホルト……!」

「待ってください」

「………?」

 

 辛抱できず、抱きしめようとして腕を広げると、待ったを掛けられる。

 行き場を無くした感情を持て余し、固まってしまったアルトリアに、ロホルトは自ら歩み寄った。

 そして――無礼をお許しくださいと告げ、彼はアルトリアを抱き締めた。

 

「――ぇ、」

 

 大、きい。

 身長差で、すっぽりと、愛息の腕の中に収まって。

 強く、強く、抱き締められた。

 

 ――人に。

 

 ――誰かに。

 

 ――こうして、抱き締められたことはなかった。

 

 呆然とするアルトリアからロホルトが離れる。たった数秒の抱擁……なのにアルトリアの体感時間を数時間分も奪い去った数秒だ。

 体を凝固させ阿呆のように停止したアルトリアに、ロホルトは言う。

 

「ご心配をお掛けしました。積もる話もあるでしょう、しかし今はそれどころではないようですね」

「――――」

「父上、この軍がサクソンの侵略に対するものなら、私も軍の一翼に加えてください。おそらく彼らが挙兵した理由は私にある……座して待つことは出来ません」

「………」

「(……父上、皆が見ています。呆けてないでしっかりしてください)」

「ッ――!」

 

 呆れたような、仕方なさそうな、やさしい忠言を受けて我に返る。

 全身の血が一気に流れ出すような錯覚。カッと全身が火照り、頭が明瞭に冴え、意識と視野が大いに広がる。ベディヴィエールが聖剣を拾い、捧げるように差し出してくれたのを受け取った。

 ふぅぅぅ……と、長い吐息。総身から漲る覇気は、丹田から吹き出る活力は――アルトリアの内に渦巻く弱気を払ってしまった。頬が緩む、勇気と気力が無限に湧いてくる。

 現金なものだ、アルトリアは頬を紅潮させている。ロホルトの生還を受け、興奮しているのか。希望が絶えていなかったことを知り、高揚しているのか。それとも……それとも?

 

 いいや、今はどうでもいい。今はただ、ロホルトに、情けない姿は見せたくない。

 

 アルトリアは小声で囁いた。

 

「(……よく戻った。お前が生きていてくれて……本当に、喜ばしい)」

「(まずはこの戦を片付けましょう。その後に、ゆっくり話がしたい。いいですか、父上)」

「(勿論だ。私も……話したいことが、たくさんある)」

 

 漏れ出したアルトリアの微笑みは、見る者をハッとさせるほど慈愛に溢れ、暖かかった。

 演説は終わっている。アルトリアはランスロットとトリスタンに目を遣って労りの言葉を賜わした。

 

「ランスロット、トリスタン、よく戻った。そして、よくぞロホルトを見つけ出してくれた。貴公らの功は極めて大だと断じる。今すぐにでも褒美を賜わしたいが……生憎とサクソンとの戦を前にしている、貴公らを賞するのは後回しにしなければならない。私も王として、親として忸怩たる思いだ……どうか許してほしい」

「許すも許さないも、我々は騎士として当然のことを成したまでです、我が王よ」

「ランスロット卿の言う通り。そして私達は騎士として、褒美をせびるような浅ましい真似は致しません、陛下こそ気になさらないでください」

「そうか……ありがとう。見れば二人とも酷い傷だ、キャメロットに帰り疵を癒やすといい。私達はこれよりサクソンの軍を撃退しに出る、凱旋した後に改めて貴公らに報いることを約束しよう」

 

 は! と、ランスロットとトリスタンは一礼する。

 我々も軍に加えてくれと要求はしなかった。トリスタンが持参していた魔術薬で、ある程度は回復しているが、それでも対生命宝具による傷は深刻な負荷を彼らにかけていた。今の状態で軍に加わっても足手まといになりかねない、故に素直に引き下がったのだ。

 アルトリアは彼らの状態の酷さを一目で見抜いたから下がれと命じた。逆にロホルトと兜の騎士――たしかモードレッドという名だったか――が軍に加わるのを許すのは、彼らに目立った傷がないからである。この約三ヶ月間で何があったのか気になるところではあるが、それはまた今度聞かせてもらうとしよう。

 

 生きていてくれた。本当に連れ帰ってくれた。

 

 アルトリアの中で、ランスロットへの評価と信頼が最大に達する。

 流石はロホルトが親友だと認めた騎士である、頼もしい騎士が同胞になってくれてとても喜ばしい。これからも彼の力は必要だろう、是非ともその力を今後も振るってほしいところだ。

 

 ――アルトリアは、トリスタンとランスロットを……否、ランスロットを帰らせた判断を、誤りだったとは思わない。たとえ百回繰り返しても、百回とも同じ判断を下していたに違いない。

 

 だが、ミスだった。これは致命的な判断ミスだったのだ。

 アルトリアはおろか、ロホルトやケイ、アグラヴェインらもミスだと気づかぬ失策である。

 

(――負ける気がしない。何が起きても、きっと大丈夫――)

 

 常勝不敗の騎士王の士気は、ドン底に在った反動で、天をも衝かんばかりに高まっている。

 キャメロットの城壁の外。聖剣を今度こそ掲げ、ロホルトの帰還を祝することを告げ、兵士達の士気が鰻登りに絶頂へ至るのに嬉しさを覚えつつ、アルトリアは出陣する旨を唱えた。

 

「――我らの国を侵さんとする夷狄を、今度こそ完膚なきまでに叩きのめす! 我らの戦ぶりが我らの親兄弟、子孫の安寧を左右するものと心得よ! さあ出陣だ――!!」

 

 わぁぁぁ! と、大地をどよもす鬨の声。闇に覆われそうだった先行きに、光が差すのをアルトリアは――そして王子の帰還を目にした騎士達は――感じて高揚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 その光が強ければ強いほど、根を張る狂気(ヤミ)は濃度を増す。

 

 

 

「うふふふふ………」

 

 

 

 女が嗤う。

 

 愛する我が子の生存を知った。

 

 当然、歓喜した。狂喜した。気を失いそうになるほど心が踊った。

 

 しかし。

 

 しかし、だ。

 

 やはり。やっぱり。

 

 

 

「アルトリア様。やっぱり貴女様は、ロホルトを戦場に連れて行くのね」

 

 

 

 死にそうになったのに。

 

 死んでしまいそうになったのに。

 

 ロホルトを、危険な場所に、駆り出してしまう。

 

 赦せない。赦せるわけがない。憤怒と憎悪に頭がおかしくなりそうだ。

 

 だが解る。仕方ないのだ、あの御方だって、不可抗力で連れて行っているに過ぎない。

 

 だって……。

 

 

 

「分かるわ。ロホルトは、優れているもの」

 

 

 

 不幸にも愛する我が子は、誰よりも何よりも優れている。

 

 母の欲目? 贔屓? そんなはずがない、真実である。

 

 ロホルトは誰からも高く評価されている自慢の息子。自慢の愛息だ。

 

 今更この国が手放せる存在ではない。

 

 そんなことは……解っていた。

 

 だが。

 

 だからこそ。

 

 

 

「アルトリア様には救えない……ロホルトを救けられるのはわたくしだけなの」

 

 

 

 国がロホルトを手放せないのは何故だ?

 

 それは、ロホルトが優れているからだ。

 

 ならば――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ロホルトを生んだのは誰かしら。……ふふ、わたくしよね?」

 

 

 

 そうだ。断じて、アルトリアではない。

 

 自分にしかできない方法で愛息を救う。その方法とは――()()()()()()だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうすれば、ロホルトは危険な所に行かずに済む。

 

 ――論理の破綻した結論だ。

 

 だが、王妃は狂っていた。

 

 そして狂人に、理屈は通らない。

 

 

 

「でもアルトリア様との間に生まれた子供では、きっとロホルトを超えられない。あの御方の胤で生まれる最高の才は、ロホルトが全て示しているもの。なら……()()いいかしら」

 

 

 

 王妃が嗤う。女が哂う。

 

 アルトリアより強くて、優れていて、男らしい人。そんな人が一体どこにいるというのか?

 

 ――いるではないか。

 

 ロホルトを見つけ出し、連れ帰ってくれた英雄が。

 

 

 

「――()()()()()()。素敵な、人ね」

 

 

 

 魑魅魍魎の棲む社交界の女主人としての眼力が、明確に告げている。

 

 あの英雄は……()()()()()()。籠絡するのは、容易いことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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