【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第27話

 

 

 

 

 

 

 エレインという少女は、夢のような日々を送っていた。

 

 フランク王国ベンウィック領から輸入されてくる種々の物資により、繁栄する王都キャメロットでの生活は、荒廃したカーボネックで生まれ育った少女には想像も出来ない華やかなもので。変身の指輪によってギネヴィアに変身している彼女の人生の絶頂は、まさにこの時迎えたと言っていい。湖の騎士を侍らせ旅立った時は、彼の丁重なエスコートを受け自尊心を大いに満たされた。

 もともとペラム王の孫娘として、淑女としての作法は心得ている。故にギネヴィアに扮するのも短期間なら問題なく行えたのだが、当たり前の話として普段のギネヴィアにはない言動で不信感を周囲へ与えてしまう。本人は隠そうとはしていたが、田舎から都会に来たばかりのおのぼりさんめいて、目にする景色や人、与えられる衣服や食事に目を輝かせていれば当然だろう。

 

(妙だな……?)

 

 ランスロットは『ギネヴィア』の様子に怪しんではいたものの、彼は先日犯した自身の過ちをかなり気に病んでおり、自身が警護する王妃の不自然さを見過ごしてしまう。

 エレインにはギネヴィアから与えられた、王妃として一時を過ごす権利がある。たとえいずれ終わる夢のような日々でも……いや、いずれ終わると分かりきっているからこそ、バレても問題ないと多少開き直っている部分はあった。そのお蔭で堂々としていられたのと、ランスロットの甚だ悪い精神的不調により、エレインの拙い演技が通用してしまったと言える。ギネヴィアが許可をくれているからバレても罰せられないし、こんな豊かな国で、強くて凛々しい騎士様に傅かれる日々を満喫しないでどうするのだと――彼女は容貌以外は、図太いだけの凡庸な乙女だったのだ。

 

 しかしその夢はあっさり終わる。サクソン人・ピクト人の連合軍を撃破して凱旋した、騎士王の軍勢を出迎えるパレードにて、彼女を一目見たアルトリアは瞬時に違和感を持ったのだ。

 アルトリアは『ギネヴィア』のよそよそしい態度を、自身に対する隔意と解釈して、違和感の正体を見極めるのに僅かな間を要したが、無意識にロホルトとアイコンタクトを交わすと確信する。

 ギネヴィアへ特に心理的な壁がない王子ですら、()()()()()()()と感じた様子なのである。

 愛息ロホルトの勘の鋭さを信用しているアルトリアは、ロホルトの目が任せろと言っているのを見て無言で頷きを返した。この不可解さが『王』の領域に在る問題と感じたからか、アルトリアの委任判断は的確で、今までのバッドコミュニケーションはなんだったのかと小一時間ほど詰りたくなるほどに、ロホルトと完璧な意思疎通を成立させたのだ。

 

「――君は何者かな?」

 

 パレードが終わり、宮殿に帰ったロホルトは、自身の生還を祝う廷臣や騎士達を掃けると、母との時間がほしいからとエレインを連れ出し、王妃の居室に到着すると話をした。

 

 久しぶりです、お変わりないようで安心しました――と、切り出して。親子の何気ない、しかし久方ぶりの会話をするように仕向けるとすぐボロが出た。

 

 まだ少女でしかない乙女、しかも赤の他人であるエレインに、『親子』としての演技などできるはずもない。あまつさえロホルトとエレインが共有するエピソードなどあるわけがなく、また夢見る乙女であったエレインは噂に聞く王子を間近で見て、親密に話しかけてくれることに大いに喜んでおり、ロホルトを見る『ギネヴィア』の目は完全に『女』のものにしてしまっていた。

 そんな様では彼の目を欺くのが不可能なのは火を見るよりも明らかだろう。故に、ロホルトは目の前の『ギネヴィア』が偽者であると看破できた。

 彼は王妃に成り代わった恐るべき賊に対し、表向きはあくまで穏やかにしながら問い掛ける。つい我慢できず正体を訊ねてしまった不覚に、内心激しく舌打ちしてしまいながら。

 

(チッ……)

 

 というのも、目の前の王妃が偽者なのは明らかだが、『では本物はどこにいるのか』という疑問に直面してしまうのだ。であれば安易に問い詰める真似はせずに、慎重に偽者の正体を見極め、本物のギネヴィアの安否を探るのが上策となる。肝なのは偽者に『自分が偽者だとバレた』と認識させず、どれだけの情報を自然な会話で抜き取れるか、だった。

 だが口を滑らせてしまうほどロホルトは動揺していたのだ。安全なはずだったキャメロットから、一体どこの誰が王妃と入れ替わるなんて暴挙を成功させた?

 

 ――そう。この期に及んでロホルトは、未だギネヴィアが誘拐されていたことを知らなかった。

 

 王妃の誘拐という大事件の情報が、よりにもよって国のトップたる王やその息子に届かないというのは異常だろう。だが仕方ない側面は多分にあった。

 キャメロットに詰めていた騎士らの判断だ。事件発生当時、アーサー王やロホルト王子、円卓の騎士達は宿敵との一大決戦の最中にいた。彼らへ王妃誘拐という大事件を注進に走り、主君らが動揺してしまって、万が一にも敗北したら取り返しがつかない。ここは報告を差し止めておき、戦争が終わった後に事件を伝えれば良いと、キャメロットに残っていた者達は考えたのだ。

 そしてランスロットが見事王妃を救出し帰還したことで、せっかくの戦勝を祝う空気をぶち壊さないようにと配慮して、報告を更に遅れさせた……情報というものを軽視する、いかにも中世的な不手際である。戦勝を祝う酒宴を開いたアルトリアは、騎士の一人から事件が起こったが解決した、と誇らしげに事後報告されるのを聞き、顔色を変えて駆け出した。その時、王子はまだ混乱している。

 

 訳がわからない。だが言ってしまったものは仕方ない、ここはなんとかこの偽者から情報を絞り出さねばならない。混乱しながらも、ロホルトはなんとか表面的な冷静さを取り繕い、偽者を刺激しないように優しく、しかし逃さないように身構えつつ問いを投げて。

 

 エレインはすんなりと諦め、真相を白状した。

 

「……………」

 

 ロホルトの目が点になる。理想の王子様像の体現者であるロホルトの美貌を見つめ、ほぉ、と感嘆の吐息を溢す少女――変身を解いてエレイン本来の姿を晒したお姫様に王子は混乱を深めた。

 

 円卓の騎士にして諸王の一人、メルワスが叛逆して王妃を攫った……それをランスロットが救い出し、追手を撒くためにカーボネックに立ち寄って、疲弊していたギネヴィアの回復を待った。その際にエレインと交流を深めた王妃ギネヴィアは、エレインのささやかな憧れを叶えてあげて、王妃としての生活を味わわせてあげた……意味不明である。全く以て理屈が通らない。

 王妃誘拐事件などという一大事――比喩抜きで国家存亡の危機に発展しかねない情報が、なぜ自分達に届いていないのだ。ギネヴィアの存在価値は誇張なしに王国の王権そのものなのに。

 以前から情報の大切さは説いていたし、部下達にも理解を得られたと思っていた、だがそれはこちらの勘違いだったのか? 自分達が決戦の最中にいたから仕方ない側面は確かにある、それでも情報を伝達しないで良い理由にはならない。馬鹿なのか、馬鹿だった……。

 

 ブリテン騎士の忠誠心、武勇に関しては信用に足る。一部の馬鹿を除いて。しかし殆どが蛮族で、国家運営者としては無能な者ばかりいる弊害だ。こういう問題点を改善する為に、若手の育成に努めてきたが、その若手は若いからこそ身分も低く、政治の中枢に招くにはまだ実力不足だと判断していた……しかしその判断が甘かった。未熟でも今いる者よりは遥かにマシだったのだ。

 ロホルトの薫陶を受けた青年会のメンバーが、一人でもなんらかの実権を握ってさえいれば、王妃誘拐という一大事を解決する為に奔走しながらでも、ロホルト達に情報を届けていたはず。人を信用しすぎた、裏切らないならそれでいいと甘く見ていた……。

 

(いや……いやいやいや、おかしいだろう)

 

 ロホルトは部下の不始末に頭を痛めるも、それはひとまず横に置いて、無視できない現状に胃を猛烈に痛めつけられつつ内心ツッコミを入れる。

 

(エレインと仲良くなった、これは分かる。彼女は図太いのに無礼じゃなく、夢見がちなのに引き際を心得て無駄な抵抗をしない……そのくせこんなことをする愚かさがある。如何にも母上が好みそうな子だ。世話好きな母上だ、エレインを侍女にすればさぞかし可愛がるだろう……だけど、なんで? なんで母上はエレインに『王妃』なんてやらせた? そんなことしなくても、エレインはキャメロットでの生活を夢見ていただけみたいだし、客人として招けばお礼をするのも簡単じゃないか。こんなリスクしか無い馬鹿なことをするなんて母上らしくない……母上はのんびり屋さんだけど愚かじゃないはず、ならこうしなければならない理由がある?)

 

 困惑し、当惑し、戸惑った。混乱は収まらず、ロホルトは声を上げる。

 

「誰かある!」

 

 ロホルトの声を聞きつけた執事が駆け込んでくるのに、エレインは咄嗟にロホルトの背中に隠れた。

 

「ランスロットを呼んでくれ。それから……私達が留守にしていた際に、キャメロットの責任者だった者達を広間に集めさせるんだ」

 

 当事者から話を聞こう。ロホルトが執事に指示し、彼が退室したのと入れ替わりにアルトリアが飛び込んできた。アルトリアは険しい顔でエレインを睨みつけ、貴様は何者だと殺気を滲ませて誰何する。エレインが怯えるのに、ロホルトは嘆息して説明した。

 

「………?」

 

 アルトリアもまた困惑した。意味不明だったからだ。

 

「……もしかして私に会いたくなかったから……いや、ここにはロホルトがいる、ギネヴィアなら一も二もなくロホルトの許にやって来るはずだ。なのに、なぜそんなことを……?」

 

 訳がわからない。アルトリアの表情は、ロホルトと全く同じだった。どこか似ているその様子は、間違いなく血の繋がりを感じさせるものである。

 ランスロットが参じると、再会の挨拶やらなんやらをぶった切り、ロホルトはエレインのことを話す。するとランスロットは顔面蒼白になり、なぜ気づかなかったのだと嘆いたようだった。

 頻りにエレインを気にするランスロットから、ロホルトらは改めて事件の詳細を説明させる。そしてエレインの証言と一致した為、本物のギネヴィアは今カーボネックにいることは確定した。

 

「今すぐにギネヴィア妃をお迎えに――」

「いや、卿はこのまま療養しておくんだ。聞けば私のせいで負った傷が完治しないまま、相当な無茶をしたみたいじゃないか。きちんと休んでおいてくれ、卿に何かあっては国の損失だ」

 

 逸るランスロットをロホルトが宥めていると、アルトリアは堪え切れずに嘆息し、ギネヴィアを迎えに行く使者と護衛団の選定をすると言って退室した。

 頭痛と胃痛が酷い。猛烈に嫌な予感がしてきて、ロホルトはもう吐きそうになった。

 

(……トネリコ。そうだ、トネリコに相談しよう)

 

 そこでロホルトは思い出す。頼りになる頭脳の持ち主で、よき参謀役である少女の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロホルトの国民人気はアルトリアに次いで、あるいは同列に高かった。

 

 当初はどちらかというと下位の豪族や、身分違いの恋に憧れる女子供ばかりに好かれていたが、ここ数年の働きにより、実力主義の騎士や高位の豪族にも注目されるようになっている。

 なぜなら武力面での実力主義社会で、なぜか個人の武力が政治にまで影響するブリテン王国の政治は、ひたすらに面倒かつ煩雑で、そのくせ有事の際は決闘やら闇討ちやら、力技に頼りがちなせいで時間が掛かるものなのである。政治に寄与しようとするなら武力面での実力を示さねばならず、なおかつ上に立つ者なら自らに仕える者にも配慮しなければならない。

 言うは易しだが、行うは難しだ。そして実際に行えている者は少ない。なのに若年のロホルトは完璧に熟してみせたのだ。認めないわけにはいかないほどに、はっきり目に見える形で。

 

 彼は幼い頃から自身の権限が及ぶ範囲で、自らに従う者達に、自身の指示通りに動かすことで内政面、軍事面で功績を上げさせた。税の徴収での不正の是正、匪賊を策に嵌めての殲滅などでだ。

 青年会のメンバーは、実質的にロホルトの側近、私兵団である。そして同年代で固められた面々は、最初の頃は王子殿下の騎士団ごっこ、高貴なるお遊びと揶揄されていた。だが、彼らをどう動かし働かせるかで、ロホルトの資質は日の目を見たのである。

 

 ロホルトは彼らを運用して平均的に、均等に功績と名声を積み上げさせ、人間関係が拗れないように細心の注意を払った。たとえ良い結果にならなくても努力を認め、次の機会に繋げられるようにと仕事を回したのである。ガヘリスやまだ女性だと露見していなかった頃のガレスなどを筆頭に、各自が得意とする分野を見極め、各々が効率よく研鑽を積めるように人事に働きかけた。

 特にロホルトは、人を気持ちよく働かせる天才だったらしい。部下の成功を大いに褒め、失敗しても『失敗に至るプロセスを理解できる、有為のデータが手に入ったんだ、有意義な失敗だったと胸を張りなさい。そして次に活かせばいい』とだけ告げ、一度や二度の失態で叱責することもない。ロホルトは普通にしているだけのつもりでも、彼の言葉に青年会は果てしなく奮起した。

 厳罰主義は言い過ぎでも、この時代の人事や人間関係は、ほとんどが感情面で左右される。なのにロホルトは感情を蔑ろにしているわけではないのに、簡単に見捨てて切り捨てる事がないのだ。彼の振る舞いはまさしく仁君のそれであり、彼の下で働ける者が羨望の眼差しで見られるようになったのも、至って自然な成り行きというものだろう。

 

 ロホルトの下についた者の士気は常に最大だ。モチベーションが高く、能力を磨くのを怠らず、ロホルトに褒めてもらいたいからと健気に働き、かと思えば適度に休み、無理をしない。困ったことがあれば仲間やロホルトに助けを求めるのを恥と思わず、むしろ仕事を果たせないことを恥とした。こうしたロホルトの部下達の働きや振る舞いが、巡り巡ってロホルトの評価にもなった。

 そしてロホルト個人の武勇が、サクソン人との決戦にて明白になると、ますます彼の名声は高まる。たとえどれほどの仁君でも、どれほど優れた指導者でも、弱ければ侮られる世界で、円卓の騎士としてもトップクラスに強いとなれば、もはやロホルトを英雄と称するのを躊躇う者など何処にもおらず。ロホルトという英雄を賛美する詩が各地を巡った。

 

 故にエレインのような箱入り娘でも、ロホルトのことは知っていた。自分より少し年下の少年が、名だたる英雄豪傑を差し置いて、国の希望とまで讃えられているのを。

 気になっていたのだ。王子様はどんな人なのだろう、どれぐらい凄い人なのだろう、と。そしてそうであるが故に、実物を見たエレインは――感動した。

 すごい、噂通りの人だ……綺麗で、格好良くて、優しい人だわ、と。

 カーボネックのエレイン姫は――魔女の罠に掛けられ、苦しんでいたところをランスロットに救われたという経緯を辿らず、結果としてランスロットに惚れることがなかった少女は――ロホルトの甘い王子様フェイスと、耳を優しく包む声、振る舞い、穏やかさの滲む温厚な人柄に触れて、ころりと恋に落ちてしまった。息をするように女性を堕としてしまう王子様の女難である。

 

 

 

(うわぁ……)

 

 

 

 人間の少女(人格)トネリコは、その肉体が持つ妖精の瞳により、エレインの心が手に取るように解る。

 ドン引きだった。困った王子様である、彼はまたしても無意識に惚れられてしまっていた。女難の相が出ていると精霊の自分は言ったが、どうやらまだまだ女難は続くらしい。

 ただでさえ()()()()()()()()()ばかりなのに、どうしてこう……哀れ過ぎる。同情を通り越してなぜかトネリコの方が泣きたくなってきた。

 

 だがエレインの気持ちは解る。ロホルトははっきり言ってこの時代の誰よりも、女性を本当の意味で大切にし、なおかつ優しく愛してくれる人だと、女なら誰でも察知してしまう魅力がある。

 イケメンで、有能で、心が強く、一途であり、情が強い。病んでるわけでも鈍いわけでもなく、清濁併せ飲む度量もあり、魂が類を見ないほど正直だ。正直で、素直で、嘘がない……まさに絵に書いたような理想の男性であり、もはや同じ人間かも怪しいレベルだろう。

 

 そして更に、親が()()騎士王だ。

 

 子は良い意味でも悪い意味でも親の背を見て育つもの。ロホルトが救国の志を懐いたのだって、幼い頃どれほど嫌い抜いていようとも、親の姿を見ていたからという事実は否定できない。

 この時代、この国、この窮地にあるブリテン島に於いて祖国を救済しようと志し、たった一人で立ち上がるのは精神性からして人間離れしている。たとえ本人が否定しようと、アルトリアは間違いなく聖人、聖者だった。そして崇高な乙女であり、聖者に等しい英雄アルトリア・ペンドラゴンという稀代の傑物を見て育ったからこそ、ロホルトもまた救国の旗を掲げるに至った。

 もし仮に、詮無き想定とはいえ、ロホルトがアルトリアの子供ではなかったら――たとえば農民、兵士として。あるいは騎士として……それこそアルトリア以外の円卓の騎士や、強権を握るペリノア王の息子だったとしても、彼はブリテン王国を捨て大陸に逃亡していた可能性は高い。アルトリアの子供として育ち、彼女の背を見てきたから今の彼が在るのだと言ってもよかった。

 

 だって、親としては最悪でも……崇高な志と、気高い理想を掲げ、戦うアルトリアは格好良かった。途轍もなく綺麗で、群を抜いて美しくて……ロホルトは決して認めないが、憧れたのだ。

 この人の為に戦おうと思ったのではない。

 この人のようになりたい、なってみせる――そう願い、同じ旗を掲げたのである。ロホルトに多大な影響を与え、希望の光へと育て上げたのは、愛息は勝手に育ったと思っているアルトリアに他ならず、彼女以外の何者にもロホルトを導けなかった。ロホルトが身を削り、心血を注いで国を、民を、仲間や友を救おうとしているのも、全てアルトリアへの憧れが根底にあったからだ。

 

 

 

(……ほんと、親子揃って面倒なことで)

 

 

 

 はぁ、とトネリコは物憂げに嘆息する。

 策謀を花の魔術師に潰され、彼との直接対決を避けた魔女は姿を晦ませている。

 人間の少女と魔女は別人だが、同一人物でもある。三位一体の存在なのだ。魔女がいなくなれば少女か精霊になり、少女がここにいるということは精霊も魔女もいない。そして三位一体であるから、魔女の知り得たことも少女は知っている。

 

「トネリコ、母上はなぜこんな面倒なことをしたか分かるかい? 私は全く分からない……同じ女性の君になら分かるかもしれない、一緒に推理してみてくれないかな?」

 

 自分を頼って来た罪作りな王子様に、少女魔術師は心を痛める。

 今頃マーリンは、アルトリアの許に帰り、事の仔細を報告している頃だろうか。ギネヴィアの不義は国を最悪の形で滅ぼすことになる、黙っているわけにはいかないと、あの夢魔は動く。

 となると遠からずロホルトも真実を知るだろう。ここでトネリコが隠しても意味がない。

 ならせめて、本当のことを教えてあげるべきだ。魔女も人間が真実を告げるだろうと予測している。

 

 人間、トネリコはせめてもの心の準備、整理をする時間を与える為に口を開く。そして伝えた、ロホルトにとって残酷な現実を、マーリンから聞いたと前置きをして。

 どうせ結末は決まりきっているのだ。ブリテンは滅びる、運命の通りに、ボロボロに。

 

「――――」

 

 ギネヴィアがエレインに扮し、ランスロットと情事を行ない子を宿した。それを聞いたロホルトは実母の不貞に驚愕し、そして母の不義理に失望し、絶望する――ことはなかった。

 トネリコは目を見開く。彼女の瞳には、ロホルトの心が視えていたのだ。

 驚愕はある。深刻な事態に、絶望し掛けてもいる。これから押し寄せる現実問題に途方に暮れていた。だがしかし彼の心の真ん中にあったのは……安堵、であった。

 

(あぁ……母上は、愛せる人を見つけたのか。散々苦労してきたんだ、母上は幸せになっていい)

 

 おそらくロホルト自身すら言語化できていない、していない心だ。しかし、だからこそトネリコは致命的な齟齬に気づく。

 ロホルトは――ギネヴィアを実母だと思っていない。アルトリアの秘密に気づき、トネリコの憐れな妹を実母だと認識し、ギネヴィアを育ての母だったのだと誤解している。

 だからギネヴィアが不貞を働いても、仕方ないことだと諦めた。ギネヴィアへの親愛、愛情は本物であるからこそ、心の底から彼女の幸福を祈っている。

 

「ぁ――」

 

 声を、出そうとした。

 誤解を正そうとした。

 だが、声が出ない。

 

 魔女が人間を咎めたのだ。苦悩しながら……『私の邪魔をするな』と。

 

 トネリコは自らの業に目を閉じる。トネリコやヴィヴィアンはアルトリアを憎んでいないが、ブリテン島の真の支配者である魔女は、心底から『ブリテン王』という立場を憎悪している。

 それは私の物だ、私がブリテン王だ、私から王位を奪った妹を赦してはおけない、赦してしまっては私の存在の意味が分からなくなる、私にはそれしかないのに……魔女は嫉妬と憎悪のままそう叫んでいた。自分に似た立場の王子に心を寄せているからこそ苦しみながら。

 

 分かった。分かったよ、魔女の私。

 

 なら今度こそ、私を介さないで、直接ロホルトと話をしなさい。トネリコとしてじゃなくて、モルガンとして。私にもまだ分からないけど、きっとロホルトは(モルガン)の過ちを指摘してくれる。その後にどうするかを決めても遅くはないでしょう? 

 

 魔女は人間の思惟に動揺したが、しっかりと頷いた。

 

(いいだろう、どうせアレの命は私が握っている。自滅されたのでは復讐に全てを費やした甲斐がない、奴と会ってから、私の手でキャメロットを滅ぼしてくれる――)

 

 

 

 

 

 

 

 




※ロホルトの幸運はAランク。
 運が悪かったらもう死んでるまである。

なお誰も信じないしバグだと思う模様。

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