【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
知れば時代を問わず、それこそ千数百年先の未来の人々まで含め、何を大袈裟なと言うかもしれない。
しかし事情を詳細に知れば、顔を顰めることになるだろう。
断固として見過ごしてはならぬ変事なのである、王妃ギネヴィアの不貞という不義理、愚行と断じられる姦計は。彼女の言動は、紛れもなく王国存亡の危機に直結するのだから。
故にギネヴィアの『何もしない』でいる置き物としての仕事は重大事で、社交界の女主人としての仕事すら本当ならしないでいいほどである。彼女は王妃として飾られているだけでよく、それがどれほどの苦行であろうとこれまではしっかりと熟せていたのだが……それだけにブリテン王と王子に与えた衝撃は大きく、深刻であった。アルトリアをして、表情が死んでしまうほどに。
アルトリアはマーリンから事の次第を報された時、耳を疑った。次いでマーリンの狂言を疑い、最後に現実を理解するとすぐさまロホルトを呼び出し、人払いをした上でマーリンの魔術で誰にも話を聞かれないよう細心の注意を払った。そしてアルトリアとロホルト、そして大魔術師たるマーリンのみの、ブリテンという国家に於けるトップ達と相談役だけで秘密の会議を行なった。
「ロホルト、話は聞いているか?」
「はい」
「そうか……どうするべきだと思う?」
「……正直、言葉にするのを迷っています。父上はどのようにお考えで?」
二人の見解は完全に一致している。
だが敢えて言葉にして問うと、アルトリアは貌を苦み走らせた。
「私は……ギネヴィアの痛苦は理解している……つもりだ。しかし事は静観できる範囲を超えている。裏で密かに交際するぐらいまでならまだ目を瞑れた、だがよりにもよって我が国の命綱に等しいランスロットとの間に、子供まで出来てしまったとあっては到底見過ごせないだろう。この件が漏れては大事だ、早急にギネヴィアの子を堕ろさせ事件を隠蔽するか、或いは
事が事だ。対応を協議するべく対面したアルトリアとロホルトだが、王子は父王の苛烈な意見に目を見開いた。――妥当である、アルトリアらしくなく冷酷で冷徹だが、あのアルトリアをしてここまで言わせてしまう事態なのだ。自分で言いながら気分を悪くさせ、顔を青褪めさせてしまっているが、王としてのアルトリアはやらねばならないならやるだろう。
最悪、ギネヴィアを修道院に送り込み、監視の騎士をつけるか……もしくはそのまま
心情的にはそんなことはしたくない。だがしなくてはならない。ギネヴィアほどの血筋だ、彼女を押し込んだ先の修道院は、きっと鼠一匹入れない牢獄と化さざるを得なくても。
アルトリアの顔は青白く、内心の苦悩を雄弁に物語っているが、自らの意見を翻す気はなさそうだ。当然である――もしもロホルトという理想の器がいなければ、アルトリアはギネヴィアの不貞を黙認していたかもしれない。魔竜から滅びの運命を聞いてもなお、救国の志を捨てなかったアーサー王にも、ギネヴィアに強いた忍耐には報いねばならぬという思いがあったからだ。
ランスロットならギネヴィアを託せる。そう信じて不貞を黙認するのが、アルトリアという少女の根底にある甘さであり、心理的な隙である。
だが此処にはロホルトという王子がいた。救国をより確実に成す為にも盤石の体制を作り、それを保持して至尊の王冠を彼に譲り渡したかった。何よりアルトリアの中では、ギネヴィアとロホルトを天秤にかければ愛息に大きく心が傾いている。愛する存在へ継承させたい大事な国を、土台から台無しにしてしまうことは、たとえ誰であろうと赦せるものではなかった。
アルトリアの『女』としての性質の発露である。彼女は無自覚だが、『女』としての冷酷な計算、現実的な対応策を、我が子のためなら鬼にも悪魔にもなる凄絶な覚悟を表していた。アルトリアは王であり親だ、ロホルトの為ならギネヴィアを切り捨てるのも厭わない。
「妥当なお考えかと。ですが父上、どうか考えを改めて頂けませんか?」
「……なにを」
しかしアルトリアの苦渋の決断に、ロホルトが異を唱えた。それに騎士王は困惑する。
完全に見解は一致しているはずだ。ロホルトほどの頭脳の持ち主が、まさかアルトリアの思い至っている危機的状況を読み解けないわけがない。なのに、何を改めろだと?
アルトリアは視線でロホルトの意見を訊ねた。
「確かに母上の犯した罪は大きい、しかし母上の腹の子にはなんの罪もありません。胎児を堕ろさせるのは余りに惨い沙汰でしょう」
「ロホルト……私は」
「無論、私も綺麗事を言うつもりはありません。私も人には言えない後ろ暗い手を打ったことは何度もあります。これからもこの手を汚すでしょう。しかし父上はお忘れか? 母上を修道院に押し込むのはいい、ですが母上につける監視役の騎士、あるいは兵が裏切らない保証はないということを」
「……メルワスか」
「はい。母上を拐かしたメルワスとて、円卓に名を連ねたこともある信任厚き騎士ではありました。彼のことがある以上、一部の者以外を無条件に信じ、託すのは危険です。母上はお美しいですからね……邪心に駆られる者が再び出ないとは言い切れません。では母上に病死して頂けばいいのかというと、それも苛烈過ぎる沙汰です。よからぬ噂は絶対に立ってしまう」
アルトリアは、ロホルトがギネヴィアを庇おうとしているのに目を細めた。
彼女は親というものを知らない。故に、ロホルトが母を護ろうとする心理は想像するしかないが、ギネヴィアをロホルトに置き換えて考えればアルトリアにも理解できる感情ではある。
だが正直意外だった。
アルトリアはロホルトを理解している、彼は実母であろうと、いや肉親だからこそ不貞を働いたことを嫌悪し、失望するだろうと思っていた。ロホルトが性に潔癖過ぎる性格だからだ。だからギネヴィアを修道院に送り込むこと自体には賛成してくると判断していた。
しかしロホルトは、自身の親友に不義密通をさせた母を庇おうとしている。なぜだ? アルトリアは疑念も懐いたが、ロホルトは構わず続けた。
「そこで、こうしましょう。母上にはそのまま子を生んでもらい、その子を
「――! ロホルト、それはッ」
愛息の提案に、アルトリアは咄嗟に声を荒げた。なぜならそれを、自身とギネヴィアが共有する秘密に類似した因果のように感じたからだ。
だがロホルトは苦笑する。母の不義の子を引き取ろうと言っているのに、彼らしくなく余りに衒いのない様子である。
「早合点しないでください。あくまで養子として引き取るだけです。捨てられていた赤子を見つけて憐れんだ私が拾い、我が子として養育する。これならありふれた話ですし、無難な対応と言えなくもない……ガレスに付き合わせる気はありません、ご安心を」
「あ、あぁ……それならよかっ……、……!?」
ロホルトの言葉に安堵したアルトリアだったが、そこに込められているニュアンスを感じ取ると、小さくない衝撃を受けて動揺してしまった。
「父上?」
「…………」
ガレスに付き合わせる気はない……尤もな言い方だ。血の繋がらない子供を我が子として育てろと言うのは惨い仕打ちである、幾らガレスがお飾りの正妃という立場で騎士として働き、子を成すかは不透明なままだとはいえ、ガレスも他人の子供を受け入れるのは決して容易ではないだろうから。けれど、ロホルトの台詞には嫌な予感を掻き立てられる。
ギネヴィアに対する甘い態度、対応。ガレスに付き合わせる気はないという言葉。何か、何かがアルトリアの勘に引っ掛かる。常人なら特におかしいとも思わない台詞が、常軌を逸して鋭い直感力を有する赤き竜には不穏に思えてならなかった。
慄然としてしまうアルトリアに、ロホルトは曖昧に微笑んで告げる。
「母上は充分に耐えて下さりました。何もしないでいることが生涯の役割であるなどと……普通なら耐えることは出来ません。恋をしてはならず、任される仕事もほとんどなく、立ち居振る舞いに注意を払い続け、特に報酬があるわけでもない。本当に、耐え難きを耐え続けた母上には敬意を懐きます。ただ一度の過ちで、これまでの功に報いずに放逐するのは無道というものでしょう」
「それは……そうだが……」
「それでも母上のなさったことは表沙汰には出来ない。故に隠蔽しなければなりません。これは私達が骨を折ればどうとでもなる……そうだろう? マーリン?」
「あー……うん、そうだねぇ……」
これまで黙っていたマーリンが曖昧に相槌を打つ。
彼はロホルトのしている誤解に気づいたが、かと言ってなんと言えばいいのか判じかねていた。
ロホルトが精神的にギネヴィアへの拒否感を持っていないのは、彼女が実の母ではないと感じていて、彼女が肉体的にも精神的にも清らかだと思っているからだろう。ということは、彼はアルトリアを親と思っているわけで、秘密に気づいているということになる。
しかしそれを安易に指摘して誤解を正せばどうなる? ロホルトはギネヴィアに失望するだろうし、女同士で生まれた子が自分だと知ったらどうなるか予想がつかない。
――ロホルトが仮に己の出生を知っても、「まあそういうこともあるか」とすんなり受け入れ、特にアルトリアへの隔意を持つことはないだろう。
だがそれをマーリンに知る術はなかった。
異世界ファンタジーなら有り得なくもないと、ロホルトが簡単に現実を受け入れられる価値観の持ち主であると夢魔は知らないからだ。そんな価値観はこの時代に培われるものではない故に。
返す返すも悔やまれる。ロホルトに対してなんら関心を持たず、公的な場以外で接してこなかった己の失敗をマーリンは自覚した。自覚したからと、今更どうにかなる話でもないが。
ロホルトが誤解を正された場合、彼がどのように話を持っていくかはマーリンにも読めない。母の狂気を知り失望した彼が、どんな心理的な影響を受けるかは未知数である。
マーリンは頭を掻きながら、一先ず静観する。誤解を正さない方が悪い方に転ばないと思ったのだ。花の魔術師はロホルトの練っている移民計画を、ブリテン王国の最良・最善の滅びの形であると高く評価し、ロホルトの計画を密かに手伝っているのだ。このまま彼がアルトリアの後を継ぎ、良い方向に持っていってくれると感じてきたから、今彼に転ばれては堪らない。
――マーリンは静観する。故に、ロホルトの誤解は正されず、誤解は誤解を呼びアルトリアにまで波及してしまう。そしてそれをマーリンは『よし』とした。なぜなら二人の結びつきが強まるのは良いことであるのは明白だからだ。
「――父上。母上を赦しましょう。父上が心を殺して、母上を罰する必要はありません」
「……お前の言い分は分かる。私も本心ではそうしたい。だが万が一があったらどうする? リスクを考慮すると、ギネヴィアをこのままにしておけない、最低でも修道院には送るべきだ」
「修道院に送る必要はありません。そもそもどのような名目で母上を修道院に送るのですか? 表向きの瑕疵がない母上を修道院に送り込めば、父上への非難が集まりますし、皆が納得する名目がなければ秘密の香りが立ち込むでしょう。そして人には他人の秘密を甘露とする性質がある。あからさまに隠そうとするものにこそ、好奇心の手を挟もうとする者が後を絶たなくなる。となるといっそ別の罪をでっち上げると? あるいは処刑してしまう? どちらもナンセンスです、母上には生きていてもらわねば困る。ならば手元に置いておき、隠蔽しておいた方が確実だ」
ロホルトとアルトリアは互いに譲らない。
小一時間も論議して、アルトリアは疲れたように嘆息した。
彼がここまで頑強に抵抗してくるとは思わなかった。失望はない、むしろ安心している。けれど、アルトリアの中でギネヴィアを傍に置けないのは殆ど決定事項だ。
なぜならギネヴィアは、自分のことはいいにしても、ロホルトという息子がいながら不義を働いている。ロホルトの精神的な安定の為にも、彼女の不貞は赦せないのである。
なのにそのロホルトが赦せという。しかもギネヴィアに嫌悪感を持たぬままに。なぜなのか?
答えは、ロホルトが告げた。彼も小一時間の論争に疲れた後に。
「……分かりました。本当は言いたくなかったのですが、もう一つの本心をお話します」
「もう一つの本心?」
「母上の労苦に報いたいというのも偽らざる本当の気持ちですが、もう一つは父上……貴女です」
「………?」
「貴女に、手を汚してほしくない。貴女が手を汚すぐらいなら私がやろうと決めています。半端はしません、していい案件でもない。罰すると言うなら、私が母上を手に掛けましょう」
「――――」
アルトリアは、愕然とした。彼の決意、覚悟にではない。彼に……息子に、隠していた秘密に気づかれていると、悟ったのだ。
明確な言葉にされたわけではないが、態度と物言いで感じたのである。
彼の優しい目を見詰め、アルトリアは声を震えさせながら問う。
「ロ……ロホルト……まさか、お前は……」
「……ええ。まあ、なんというか……貴女は、
「――――」
アルトリアは頭が真っ白になる。まさかとは思っていた、しかしそんなはずはないと自分に言い聞かせていて……言い逃れできないほど断定的に突きつけられ、衝撃を受け流せなかった。
だからそこで思考が止まり、ロホルトのしている誤解に思い至ることはなくて。彼の言葉が続けられるのに耳を傾けてしまったのだ。
「母上は大事な人です。私の母は彼女以外いない。ですが、貴女も私にとっては大事な人なんですよ。貴女の子供としては嫌いですが」
「き、嫌い? わ、私のことが……?」
「はい。寧ろ好かれる要素が何処にあるんですか? まあ、ともかく、父親が下手な貴女も、私の親であることに変わりはなく、そして
「……母。私が……母親?」
「はい。父親役の貴女は大嫌いで、ぶん殴りたくなることが何度もありましたが……母親だったのだと思えば全て許せる。……だから、どうか私の我儘を聞いてください。人生初の我儘です、私から母親を奪わないでください……
「――――」
母上、と。ロホルトにそう呼ばれ、アルトリアは呆然とした。
そして未知の情動が湧き起こる。愛おしさだが、今まで感じていたものとは毛色が違う。
アルトリアの知らない感情――それは、母性本能だ。己の感情の名前に気づけないままに、彼女は茹でりそうな頭でロホルトの言葉を咀嚼する。
母上……母上……。
(私が……
女の身でありながら、女を孕ませる業の深さ。それをロホルトは赦した上で自分の性別を受け入れ、無理に男親として接そうとしなくてもいいと言ってくれた――と、アルトリアは誤解する。
しかし彼女からしてみると至って普通の受け取り方だ。神の視点に立っていない者に、相手のしている誤解を正確に読み取れはしない。
ロホルトがギネヴィアを育ての母と考え、アルトリアだけを肉親だと捉えているなどと……どうして人であるアルトリアに気づけようか。
人ならざる夢魔、マーリンが言った。
「――なら、もう肩肘張る必要はないね、アルトリア」
「ま、マーリン……」
「君達の積み重ねたバッドコミュニケーションの原因は、君に男親をさせてしまっていた私の責任だけど……これからは素の自分で接してもいいんだ。そういうことだろう、王子殿下?」
「ああ、マーリンの言う通りだ」
ロホルトは頷く。アルトリアの目を見詰めて、更に言った。
「父上……と、今まで通り呼びはしますが、どうか心を楽にしてくれても構いません」
「……良いのか?」
「はい」
「そう……か。なら……そうします」
アルトリアのアーサー王としての語気が弱まり、丁寧で堅苦しくはあるものの、女性的な口調へ転じる。
上位者として振る舞うのも自然体で行えるが、素のアルトリアは丁寧語で人と接するのだ。
照れたようにはにかんで、アルトリアは嘆息した。
「はぁ……まったく。そうまで言われてしまったら、許したくなるじゃないですか……」
「! では……」
「……ギネヴィアの件は貴方に預けます。……いや、私達で、隠しましょう。いいですね、ロホルト。それからマーリン。力を合わせて、身内の不始末をなんとか片付けます」
微笑むアルトリアの肩から、大きな荷の一つが下ろされた。素顔を晒したアルトリアの表情は、誰がどう見ても魅力的な乙女であり、今となっては男にはまったく見えないもので。
――ここに、ギネヴィアへの裁きが決定される。
ギネヴィアにとって何よりも重い処罰。
『実の母親』という立場の剥奪、第二子の親権の取り上げ。
どちらもが、彼女の心を打ち壊すもので。
マーリンはギネヴィアへの監視役に自薦してなることで、流れの軌道修正を図ることにした。
時間稼ぎだ。ロホルトの計画が成るか、軌道に乗るまでの間、ギネヴィアが暴走してしまわないように見張れるのは自分だけだと考えたのである。
それは正しい。マーリンの判断は正確だ。
故に、マーリンはギネヴィアに張り付くことになって。花の魔術師は以後、ギネヴィアに優しい
残酷で、無慙な、終わりを迎えたのだ。ギネヴィアは。
――少なくとも今この時には。
速報。ギャラハッド、ロホルトの養子になることが内定。
悲報。ランスロット、そのうち全てを話され、秘密を共有させられ心労MAX
朗報。アルトリア、心がいくらか楽になる。