【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
病気やなんらかの理由で更新が一度滞ると、更新頻度が著しく低下する現象をなんとかしたい……。
ガツン、と顔面に衝撃。
グシャ、と顔面から異音。
戦槌による強烈な打撃を受け、兜が拉げ、左顔面が潰れた音を聞く。常人なら即死したであろう威力に、たたらを踏んだだけで済んだのは、神代の英雄たる五体の強靭さ故だろう。
陰影の騎士ガヘリスは頭部を打撃された為に意識を朦朧とさせながらも、主より貸与された宝剣、万物を切り裂くモルデュールを振るう。腕に返る手応えさえ曖昧なまま、しかしガヘリスの剣は確かに緑の肌の戦士を切り伏せ、主の呼び声で瞬時に意識を回復させた。
「ガヘリスッ!」
「――お構いなく!」
二メートルと半ばにも届こうかという、巨人も斯くやといった巨体の緑の戦士。ピクト人の戦士と切り結んでいた月明かりの騎士の背を襲った者から、ガヘリスは身を呈して庇ったのだ。
友の負った重傷に怒りを爆発させて振るわれる無双の大剣。受け止めた緑の戦士は、六つの覗き穴が空いている兜から苦悶の声を上げながらも、しかし確かに耐えきった。かの騎士王をして、こと武力に於いては超えていると称した月明かりの騎士――後に月輪王と号される青年の豪剣と、この謎多き部族の戦士は互角に打ち合っているのだ。
不殺に徹していたとはいえ、かつて湖の騎士と妖弦の騎士の二人と互角以上に戦ったロホルトは、以前とは異なり明晰な理性と戦闘能力を発揮している。
大剣を振るえば無双だと謳われるのは伊達ではない、全盛期に達したロホルトの剣技の冴えは、深淵に犯されていた頃とは比較にもならないだろう。
ならば膨大な魔力で暴竜めいて凶悪な剣撃を繰り出す青年と、真っ向から打ち合えるこのピクトの戦士は何者なのか――自明である、彼こそが強大無比なるピクト人の王だ。
嬌声にも似た雄叫びを上げて、戦闘の高揚に狂気に等しい狂喜を発し、蛮族の王はロホルトとの戦いに没頭している。ロホルトもまた彼以外に意識を割く余力はなく、全力で迎撃していた。
戦場に散乱する剣戟が、鉄の火花を繚乱させる。精強なるブリテン騎士と、精鋭たるブリテン兵。最高潮の士気に翳りなく、宿敵のピクト人達に決戦を挑んでいる。
ガヘリスは再び緑の戦士を切り伏せ、左半面の視界が潰れている中で辺りを見渡す。素早く視線を走らせると、彼の実妹であるガレスと異父妹モードレッドが互いに背中を預けて緑の戦士の一隊と切り結んでいるのを見つけた。相手は十人、並の敵なら数秒で殲滅できる。だが相手はピクト人だ、赤の魔剣を振るうガレスと、白銀の王剣を振り回すモードレッドは苦戦していた。
特に全身甲冑を纏う兜の騎士モードレッドは全身に返り血を浴び、悪魔的な凄絶さを醸し出している。鎧の肩や背中の部位を陥没させ、軽くないダメージを受けているのは明白だった。
ガヘリスは彼女らの援護に走る。
主君もまた苦戦しているが心配していなかった。ガヘリスがロホルトを凶刃から庇った直後、大狼の雄叫びが響いたからだ。
ピクト人の引き連れていた魔獣を斃した魔犬カヴァスが、主の苦境を察知して駆けつけたのである。あの魔犬がロホルトの脇を固めるなら大丈夫だろう、そう信じるぐらいにガヘリスは魔犬を信頼していた。何せ獣の身でロホルトの剣技を模倣する、理外の怪物だから。
白き魔狼と共に蛮族の王に斬り結ぶ月光を背に、ガヘリスは妹たちを囲む戦士の背を切り裂いた。
「ガヘリス兄様……!?」
「チッ……兄貴面野郎か……ッ」
「援護する、早急に片をつけるぞ。いつまでも雑魚共に手間取っている暇はないッ!」
断じて言うが、敵は雑魚などではない。一介の戦士ですらも、決して侮れない強敵だ。隙を見せれば彼らとて屠られかねない危険性がある。
それでもガヘリスは名も無き戦士達を雑魚だと言った。慢心ではない、まして油断などあるはずない。なのに雑魚だと断じたのは、実際問題としてロホルトが対峙する蛮族の王に比べれば雑魚でしかないからだ。一騎打ちに横槍を入れるのは騎士道に反する、などというお題目を言うつもりはないガヘリスは、すぐにでも緑の戦士を掃討し主の援護に向かうつもりだったのである。
モードレッドの守護があるとはいえ、ガレスはここまで無傷で切り抜けてきている。その実力は既にガヘリスを超えているだろう。自慢の妹だ、彼女達をロホルトの許に連れていければ確実に敵の王を討ち取れる。そして敵の王を討ちロホルトがフリーになれば、敵軍を掃討するのに掛かる労力は激減するはずであった。
――血で血を洗う、ブリテン人の宿敵との最後の血戦。
女騎士が公然と戦場に出ても、誰も文句を言わないほどの総力戦。
決着は着くだろう。
如何にピクト人が強力な存在といえども、彼らは自らの民族性故に生産性に欠き、先代ブリテン王、そして当代の騎士王と二代に亘り鎬を削って、その絶対数を減じていたのだから。
これは謂わば、これまでの積み重ねによる総決算。戦と野生にのみ生きた存在の終焉は確実だった。
ただ。
容易に滅ぼされるほど、彼らは弱くなかった。
国民への人気取りか? 答えは是であり否である。
戦争に次ぐ戦争で人手の足りない民、軍、役人。味方や敵の聖剣や魔剣、超パワーの魔術にはじまる光学兵器じみた神秘が投入される戦争の余波で荒廃した土地。ただでさえ貧しく死んでいる土地に実りは少なく、挙げ句の果てには世紀末より酷いこの世の終わりで、少ない糧食や財宝目当ての匪賊や戦闘を好む蛮族が各地に跋扈しているのだ。もう人々は色んな方面で限界なのである。
一年間の無税の布告に民草は大喜びだが、それでも例年の餓死者は減らないどころか増えるだろう。道を歩けば賊や魔獣に当たる世の中である、生きてるだけで奇跡とさえ言える末法の世だ。しかも雀の涙ほどしか無い税収でも、一年も収入がなければ国は立ち行かぬ。ロホルトの出した布告に民草は喜んでいたが、国に仕える騎士や役人からは大不評であった。
十を救う為に一を切り捨てる、これは決して避けられぬ現実だ。綺麗事で腹は膨れぬ。人権意識など皆無であるが、一を切り捨てればやれ騎士の道に反する、人の道に反すると騎士たちは大騒ぎをする。騎士王の人気は絶大だが、そうした現実問題に相対しての方策で手前勝手な批判を受けてはいた。やがて無視できないほどその声は大きくなり、叛乱に繋がるのが目に見えていた。
幸いにも円卓の騎士の内に、アルトリアの無慈悲とも取れる政策を非難する者はいない。
正確には以前まではいたのだが、キャメロットにいた頃のロホルトの勉強会に、円卓の騎士達を強制参加させて国の実情を正しく認識させ、アルトリアも心を殺してやりたくない非道な策を取らねばならないのだと周知させていた。王子のそうした努力で、王は人の心が分からない、などという戯言を吐く無神経で無理解な阿呆が出ないようになってはいたのだ。
が、そうした事情を理解はしても耐えられる者ばかりでもない。国自体が終わっている、終わりかけていると理解させられた者の中には、国を見限り去って行った者もいる。困窮すればそれだけで王は非難の嵐に晒されるのだ。糞の肥溜めより酷い情勢で奮闘するアルトリアには頭が下がるが――しかしロホルトはアルトリアのように耐え続け、先の見えない努力を重ねる気はなかった。
一年間無税。これは何も人気取りの為だけに出した政策ではない。無い袖は振れない故、民から血税を絞り尽くすのは無理だという判断もあるし、税収がないなら他所から持ってくれば良いと考えたまでである。その『他所』とはどこか――無論、敵である。異民族だ。
騎士とは名ばかりの蛮族の国。それがブリテン島の諸国である。誰も彼もが奪い、犯し、殺すことに然程抵抗はない。なのにそんな蛮族が騎士と正義の名を欲し、しかも実力が伴っているとなれば粛清も容易ではない。ならば扱いに困る暴力装置の矛の向け先を用意するのが上に立つ者としての責務であろう。他国の人々には心底申し訳ないが、ロホルトが最優先にするのはブリテン王国の国益である。それ以外の国の民が流す血と涙は――地獄に堕ちる覚悟で無視するしかない。ロホルトは、自身の有する倫理観や心を完全に押し殺して決定したのだ。たとえ人の世の終わりまで悪名が残ろうとも構うつもりは微塵もないのである。
ロホルトはスコットランド王となって真っ先に無税の布告を出した後、すぐさまスコットランドの兵士や騎士を招集し、正義という名の錦の御旗を掲げて使命を発した。
ただちにピクト人の本拠、スコットランドのハイランド地方を平定する。彼の地を平らげ、これまでブリテン人に出血を強いてきた怨敵を根絶やしにするのだ――と。
ピクト人は強大な民族である。ブリテン人もだが、ピクト人は古のケルト民族の流れを汲み、戦闘本能の強さのみを抽出して濃度を高めたかのような存在なのだ。奪い、殺すことにかけてはブリテンの騎士以上の化け物である。為政者としては彼らの本拠が自身の領地に隣接しているというだけで気が狂いそうになる。足場を固め、目的を果たす為にも彼らの存在は無視できなかった。
ピクト人の族滅、これこそがロホルトが是が非でも成し遂げるべき難問であり、彼らを根絶やしにしない限りノルウェーの征服など夢のまた夢である。お膝元に強力な外敵がいるなど悪夢でしかない故に、彼らの土地と財産を奪い取ることを至上命題に掲げたのだ。
もちろん容易ではなかった。ヴォーティガーンやサクソン人に並ぶ、怨敵の一角が相手となればブリテン騎士達の士気は極まっていたが、彼らは円卓の英雄達が力を結集してなお倒し切れない者達なのである。円卓屈指の実力者、ラモラックを投入しても勝算は見えては来ない。王であるロホルト自身もまた、自ら戦場に繰り出してピクト人との戦闘に加わる必要があった。
対ピクト人との戦争は、最果ての国スコットランドの最初の試練だ。
一年間無税の間、総力を束ねての血戦を余儀なくされ、次々と騎士や兵士が斃れロホルトも何度か負傷させられた。王妃であるガレスや、彼女の近衛騎士に抜擢された
「――奴らはエイリアンか何かなのか? 聖剣の光を普通に躱すし、なんなら直撃しても耐える奴がザラにいるとかオカシイだろう」
ロホルトの嘆きは誰しもが同意するものだった。ピクト人達に特別な武器防具はない、あるのはただただ強靭なる五体のみ。なのに円卓にて無双の大剣使いと称される月光騎士ロホルトや、双剣の騎士ベイリンとその弟ベイラン、魔槍使いのラモラックや魔剣使いガレス、王剣を貸し与えられた兜の騎士モードレッドらと互角に渡り合うのである。存在自体がもはや冗談のようなものだ。
異星起源の未確認生命体だと言われても納得する、それほどまでに理不尽な強さだ。何人かいたピクト人の戦士長など、ラモラックとベイリンの二人掛かりでなお苦戦させてくる始末である。
一年間、ロホルトらは総力を費やしてピクト人との血戦に明け暮れた。幸か不幸かピクト人達は狂戦士であり、相手が宿敵である円卓の騎士と見るや、絶対に逃げずに嬉々として殺しに来る。撤退など最後の一人になってもしない上に、円卓の騎士と戦えるなら寧ろ金を払ってでも戦いたいと望むような戦闘民族っぷりだった。正面からしか攻めてこない単純さだけが救いと言えよう。
ピクト人は策も何もなく正面から突撃してくるだけ。そのお蔭でロホルトらは、多大な犠牲を払いながらもなんとかピクト人の王を討ち取ることに成功した。そして彼らの土地を奪い、ブリテン島では比較的豊かなハイランド地方を手に入れられた。確認できる範囲ではピクト人を絶滅させられたとも言える。
だが代償は決して安くはなかった。まずオークニー時代から仕えていた騎士達は全滅し、ロホルトが従えてきた腹心の騎士団も半壊。ロホルト自身も全身に少なくない傷を負い、かつて円卓の騎士でもあったベイランが戦死した。双剣の騎士ベイリンも重傷を負って行動不能に陥り、魔槍の騎士ラモラックは片目を失った。股肱の臣である騎士ガヘリスも、顔面の左半分が潰されている。
「ガヘリス……すまない……」
「お気になさらず。ピクト人の討滅は、殿下の大志を遂げる道を阻む障害だったのです。奴らを除けたのならこの傷も誉れと言えましょう」
彼らだけでピクト人を殲滅できたのは、ひとえに先王ウーサーの代から、騎士王アーサーとの積年の闘争の末に、ピクト人自体の人口が激減していたからであろう。謂わばロホルトは、瀕死のピクト人にトドメを刺しただけだとも言える。
キャメロットはピクト人殲滅の報に湧いていたが、現地のスコットランドの状況は芳しくなかった。ロホルトの誤算である、これほどの被害が出るとは考えていなかったのに、
被害の詳細を纏め今後の諸々を想ったロホルトは頭を抱えた。ただでさえ戦力的に厳しいというのに、想定していたものより倍以上の被害が出た。これでは人手が足りない、マンパワーの不足は明白に計画へ支障をきたす。統治している土地の警邏、賊や魔獣への対処、考えるだけで頭と胃が痛くなる。現存する戦力を殺人的に酷使すればなんとかなるだろうが、それでは長続きしない。
どうすればよいのか、冷徹に、現実的に方策を練るロホルトの許に、一人の魔術師が訪れた。古くから知己があり友好を築いてはいたが、放浪癖があってほとんどロホルトの許に留まっていない友人である。名をトネリコといった。
彼女は悩めるロホルトに助言したのだ。
「――この際使える者はなんでも使うしかないでしょ。私から殿下……もとい陛下に人材を推挙するよ。そうしたらある程度はマンパワーの不足を解消できるんじゃないかな?」
「……君は、いつもいきなり現れていきなり献策してくるね。いつものことだから咎めはしないけど、いい加減私のもとに留まって力を貸してくれてもいいんじゃないか?」
「いやぁ、それが私ってば妖精との契約で縛られてて、宮仕えするのが難しいんですよねー。でも私の推挙する魔女なら、ほとんど傍に控えてくれるはずですよ」
「……さらっと身の上を明かすね。分かった、君の推挙する魔女とやらはどこの誰なんだい?」
妖精との契約で縛られているなんて、これまでの付き合いでも初耳である。なんで今まで言わなかったのかと追求したくなるが、この女魔術師の性格を鑑みると追求は躱されるだけだと諦めた。
しかし、期待は出来た。トネリコの献策は、これまでどれも有用で外れた試しがない。彼女が推薦する人物なら配下に是非加えたいところである。
そんなロホルトの期待を読み取りながら、トネリコはなんでもないように悪辣なる魔女の名を挙げた。
「モルガンですよ、陛下。オークニー……今はスコットランドでしたっけ? そこは元々モルガンの本拠地でしたし、陛下が呼び出せば簡単に出てくると思いますよ」
あっけらかんと告げるトネリコに、ロホルトの目が点になった。