【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第31話

 

 

 

 

 

 

「断固反対です」

 

 最も古く、最も親しく、最も信頼する半身。暗黒面に於ける己の分身とすら言える親友ガヘリスは、敵を跳ね返す牢固たる城塞の如く反対の意を述べた。

 見れば正妃の立場にあり、先の戦いで赫々たる武勲を挙げ、『月の赤妃(ルナ・レギナ)』なる異名を得たガレスも。特徴的な甲冑を指し『兜の騎士』と呼ばれるモードレッドも同様に苦い表情をしている。

 

「私も反対します。お母様は……その、ロホルト様のお側に置くべき方ではないと思うので……」

「母上は、はっきり言って毒婦そのもの。姦淫邪智とはまさしく母上のことでしょう。アレを召抱えるのは絶対に陛下の為になりません」

 

 モルガンの息子と娘達は頑なだった。胸襟を開いたモードレッドは、自らの出生をこの場の者達に明かしている。故に彼女が異父兄妹であるとガヘリス達も承知しており、モルガンの血を引く者達は結束して、実母を招きたいと言った主を諌めようとしていた。

 嫌われてるな、とロホルトは思う。噂に伝え聞く限り、分からないでもない態度ではあるが。何せモルガンとはキャメロットに敵対し、様々な悪行に手を染めている魔女なのである。件の魔女をよく知る者ほど、国を想うのなら見つけ次第斬るべきだと断じるだろう。

 

 しかしロホルトはモルガンを高く評価していた。性格はともかく、実力は確かだからだ。

 

 単独でキャメロットに敵対し、円卓の騎士からの追跡を振り切り、花の魔術師に捕まらず、様々な策略を実行し仇を成す手腕。もし彼女が自分達の同胞になり、大多数の人を動かせるようになればどれほどの力になるだろう。想像するだけで魅力的と言う他にない。とはいえそれは、あくまで実力面のみを見た場合だ。性格や性質など、実力以外は最悪としか言えない存在だろう。

 悪名轟く魔女を首尾よく味方に付けられたところで、モルガンを素直に受け入れられる者などほとんどいない。そして魔女がいつまでも大人しく味方してくれる保証もない。ロホルトとて風評だけで判断するなら、魔女を召抱えようとは考えもしなかった。

 

 ちらりと他に信任する騎士達を見遣る。

 

 トリスタンやガウェイン、ランスロットなどの、女性受けするような美男子とは系統の異なる、如何にも男性的で精悍な面構えの豪傑。左目に聖布の眼帯を巻いた銀騎士のラモラックと――野生的で騎士らしい甲冑を纏わず、野盗のような革鎧を装着しているが故に『野蛮人』と謗られる、無精髭の目立った傭兵の如き勇士、『双剣の騎士』ベイリンだ。

 ベイリンは先の戦いで一時瀕死の重傷を負い、更に親しい弟を亡くしていたが故に、ほとんど生気のない佇まいとなっていた。だがロホルトに「私には貴公の力が必要だ、これからも私を助けてほしい」と直接言葉を掛けられ、弟のベイランを手厚く葬ってくれた恩義に感じ入ったのか、失意に暮れたまま亡くなりそうな気配はなかった。気力は充分、傷が癒えるのを待つ状態である。

 

「貴公らはどう思う?」

 

 ロホルトの問いに、魔槍を担う騎士ラモラックは肩を竦める。

 

「さあ。生憎と俺は件の魔女を伝聞でしか知りませんからな、直接会ったわけでもない相手を悪し様にこき下ろすのは騎士として有り得ない態度でしょう。そこの御三方は反対のようですが、陛下のしたいようにすればよろしいかと」

「オレもラモラックと同意見です。陛下の為さることに間違いなど無い……とまでは言いませんが、例の魔女殿をなんの考えもなしに召抱えようとする陛下ではない。そうでしょ?」

 

 ベイリンの言の通りだ。ロホルトが何も考えずモルガンを召そうとするわけがない。モルガンへの忌避感から頑迷に反対しようとしていた三兄妹は、バツの悪そうな顔で目を逸らした。

 

 ロホルトは神妙に頷く。そしてちらりと傍らに立て掛けている槍を見た。

 

 彼の座す玉座には、一本の聖槍が備えられていた。其の槍の銘は――()()()()()

 騎士王の持つ聖槍とは異なるもう一本の聖槍だ。

 それはかつて、ベイリンが漁夫王ペラムの居城『聖杯城カーボネック』にて奪った聖遺物であり、それを用いた嘆きの一撃により聖杯城を破壊した対城宝具であった。ベイリンは城の倒壊に巻き込まれて聖槍を手放したが、彼の逸話を知ったロホルトから、スコットランド赴任前に回収を命じられており、探索の末にこうしてロホルトの手に渡っていたのだ。

 

 聖槍ロンギヌスは資格なき者に振るえるものではない。故にベイリンにはこれを担えず、にも関わらず用いた故にカーボネックに爪痕を残す嘆きの一撃を刻みつけてしまったのである。

 だが、ロホルトはこの聖槍から拒絶されていない。それが意味することの重大さは明白だろう。

 遥か未来の平和な国の倫理観念を有し、英雄の名に恥じぬ精神力と高潔さを兼ね備えたロホルトは、聖槍ロンギヌスの定義する有資格者なのだ。すなわち聖人の性質があると認められている証左と言えるのだが――ロホルトはこれを単なる危険物、国家で管理するべき呪いの品程度にしか考えておらず、有事の際には兵器として運用するつもりだった為、少々困惑させられてしまった。

 

 ともあれ聖槍に認められたというのは、ロホルトが考えていたよりも遥かに大きな慶事である。この風聞はロホルトが抑え込もうとしても無理があり、乾燥した草木に燃え移った火のように各地に広がってしまった。ただでさえ貧しい土地を呪い、殺す特級の危険物を、秘密裏に保管して隠蔽してしまうつもりであったロホルトだったが、事が公になったのなら仕方ない。ロホルトは聖槍を元々の管理人であるペラム王に返還しようとした。

 だが当のペラム王は返還を拒否した。というのもペラム王は、この聖槍により治癒不能の傷を負って歩けなくなっており、聖槍を手元に置きたくなくなっていたらしいのである。ロホルトが聖槍に認められるという慶事を齎したのを幸いに、ロホルトこそが次の管理人になるようにと、様々な建前を駆使して正式に頼み込まれる始末だった。

 

 ロホルトは聖槍を横目にしながら、己の考えを話す。

 

「ガヘリス、ガレス、そしてモードレッドの気持ちは分かる。いや……モルガンを直接知らない身からすると軽々しく知っていると言うべきではないが、奸物を懐に呼び寄せる愚を犯そうとするのを諫めんとする気持ちは有り難い。だが……はっきり言おうか。ハイランド地方の征服とピクト人の族滅で、私達は想定していたよりも大きな損害を被っている。今は有能な人材が喉から手が出るほどにほしい。それも早急に、だ。それは分かるね?」

 

 ロホルトに訊ねられ、ガヘリスらは苦々しい気持ちで頷いた。

 ピクト人は強かった。いや、強すぎた。歴戦を経てほとんど壊滅している状況から、精強なるブリテン騎士や英雄達を相手に一歩も引かず、あわや逆転勝利を掴む寸前までいったのだ。

 彼らとの死闘により、スコットランド現地の将兵はもとより、ロホルトの子飼いの近衛騎士――現代風に言うなら高級仕官、将官が半壊してしまった。彼らは青年会のメンバーでもあり、ロホルトからすると大事な手足に等しい。そんな彼らが半壊したという事実は、今後の計画や国家運営に多大な支障を来たすのが確実になったということである。

 

 彼らの死を悼み、悲しみ、嘆く気持ちは強い。かつてステファンという同胞を捨て駒にしたが、その時と同等の心痛を味わわされた。しかし現実問題として為政者がいつまでも塞ぎ込んでいてはならないだろう。ロホルトは彼らの抜けた穴を埋める必要に迫られた。

 キャメロットからの支援はあてにならない。というかしてはならない。キャメロットにいるアルトリアや円卓の騎士達も、大陸の不穏な情勢に備えなければならないのだから。

 

 ――神聖ローマ帝国が、再びブリテン島の支配を企んでいるのである。

 

 ギリシャ、バビロニア、ヒスパニア、アフリカと広大な版図を有し、果ては人間以外をも支配下に置いた稀代の皇帝ルキウス・ヒベリウス。その野心の目がブリテン島に向いているのを察知したとあれば、貴重な人材をスコットランドに派遣する余力などあるはずもないだろう。むしろアルトリアが支援を申し出てもロホルトの側から拒否する。

 

「であるならモルガンほど優秀な魔術師が在野にいて、その卓越した能力を遊ばせているのがどれほど罪深いか明確だろう。ましていつまでも一個人のテロリスト――もとい危険人物を取り逃がし続け、放置している場合ではない。私はなんとしてもモルガンを仕官させるつもりだ。叶わないなら――殺す」

 

 冷徹な宣言に、月輪王の苛烈さを知らぬラモラックやベイリンは驚き。知っているはずのモードレッドとガレスですら息を呑んだ。ガヘリスのみが平然としていて、彼は目を細め問い掛ける。

 

「では陛下。私が身命を賭して敬する月明かりの王よ。そこまで仰るということは、我が母を招き寄せる算段はつけてあるということでしょう。そして、始末する手段も」

 

 実の母に対して冷酷な物言いだ。しかし誰もガヘリスを咎めない。

 ロホルトは頷いた。

 

「トネリコから知恵を借りた。そして始末する策も、丁度手元にある」

 

 トネリコの名が出たのにガヘリスとガレスは微妙な反応を示す。が、構わず聖槍の柄を握ると、彼らは得心がいったように「ああ……」と声を漏らした。

 なるほど、確かにそれならば可能だろうと、彼らは納得したのである。

 ――ガヘリス、そしてガレスも、モードレッドも含め、三人は頭から決めつけていた。モルガンはロホルトにより討ち取られるだろうと。誰も実母が主の傘下に加わるとは思っていない。

 なぜならばモルガンは魔女なのだ。そして王たらんとする者であり、王位に在る騎士王を憎む復讐者なのである。まさか騎士王の嫡子であるロホルトに下るとは、如何なる賢者とて想定すまい。

 

 ロホルトは嘆息した。負の万感が籠もった、気疲れの吐息だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 果たしてロホルトは大々的に募った。最も魔術に明るい者を宮廷魔術師として取り立てる、と。

 

 幾人もの魔術師が名乗りを上げた。

 魔術師らしい打算や野心、自己中心的な利益の為に。

 そんな中に、魔女はしれっと混ざっていて。

 彼女は雑多な魔術師達を容易く、いずこかへと強制転移させるという神業を披露して払いのけた。

 そして恭しくロホルトに礼を示して、にたりと邪悪に微笑んだ。

 正面から現れた自身に、驚愕の目を向ける子供達など眼中に入れぬまま。

 

「お初にお目にかかりますわ、麗しの月輪王陛下。私はモルガン――なんでも魔術師をお求めになっているそうですね? 斯様に募られたとあっては、誇りに掛けて応じぬ訳にはいきませんわ。さあ、ブリテンで最も優れた手管の持ち主が、こうして罷り越しましたよ?」

 

 色素の抜けた真っ白のロングヘア。顔を覆う黒いフェイスベール。胸元と腹部に赤い紋様、魔術刻印を浮かび上がらせ、黒と青を基調とした衣装とも合わせると、一目で悪女との印象を覚える。

 野心と渇望に満ち溢れた、退廃と悪辣の美貌。人間離れして美しい魔女は、同じく当代無比の魂を有する高潔な王の美貌を見据え、たおやかに、そして悍しく嗤ってのけた。

 

 剣を抜き、殺気を放つ子供達は相変わらず意識すらせず。ただ月明かりの騎士だけを見て。

 

 そしてロホルトは、玉座に座したまま魔女の目をまっすぐに見詰め返した。

 

 

 

 


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