【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第32話

 

 

 

 

 

 伝説に名を刻む事になる騎士達は、主からの指示が飛ぶのを待っていた。

 

 悪逆なる魔、人ならざる女。ブリテン島のもう一人の支配者にして、従う者のない孤独な逃亡者。王権なき支配者は裸の王様に等しいのに、単独で国家転覆の策謀を成就させ得る知略を持つ。

 名をモルガン・ル・フェ。コーンウォールの猪、ブリテンの赤き竜とも号されるアーサー王を光の柱とするなら、モルガンは対極の存在として闇の底となるだろう。彼女は半分とはいえ血の繋がりがありながら、相容れぬ騎士王の仇敵として蠢動していた魔女なのだ。

 

 実の息子であるガヘリス、ガレス、そしてモードレッドは、のこのこ現れたモルガンの思惑を図りかねつつも、この場で母を討ち取ることになんの躊躇いもなかった。親子の情など全く無い、とガレスには言えない。少なくともガレスはモルガンに朧げな情を持っている。幼少期の短い時間だけだが、それでも彼女だけはしっかりと育てられていた記憶があるからだ。

 だが、立場上の夫にして主であるロホルトを害する存在ならば、たとえ敬愛する兄達やランスロットを向こうに回しても、一切の迷いなく刃を向ける覚悟がガレスにもあった。故にロホルトの命令さえあれば即座に母を魔女として葬る気概を赤の魔剣に込めている。

 

 しかし。

 

 一廉の英雄といえる力を具えた騎士達の殺気を浴びながらも、魔女は余裕の笑みを消さなかった。

 ガへリスはロホルトを横目に見る。ガレスがロホルトの様子を窺う。モードレッドは焦れてロホルトに視線を向けた。玉座に腰掛ける青年王ロホルトは、完全武装の騎士達の無言の目に、しかしなんの反応も返さない。一応身構えてはいる銀騎士ラモラックとベイリンに緊張感は特になく。ロホルトはただただ魔女の琥珀色の瞳を見詰め続けている。

 

「……陛下?」

 

 沈黙に耐えかねて、筆頭騎士ガへリスが呼ばう。ロホルトは無表情だ。さてはなんらかの魔術を掛けられたのかと思い魔女を睨むが、モルガンが魔術を掛けた様子はない。ロホルトの強力な対魔力があれば、相応に強力な魔術を用いねばならないはずだ。そんなものを魔女が使おうとして気づかないほど、円卓の騎士でもある自分やラモラックらが節穴であるわけがない。

 やがてロホルトは重々しく口を開く。魔女を討てと、一言命じられたら良いと騎士達は構えた。だが今年で17歳となった青年は、騎士達の無礼を静謐とした面持ちで咎めたではないか。

 

「何をしている? 客人を前に剣を抜くなど、礼を失していると思わないか」

「なっ……!?」

 

 モードレッドが驚愕したように声を上げた。王の言葉で構えを解いたベイリンとラモラックをよそに、兜の騎士は敬愛する主の正気を疑った。

 理知的な目である。モードレッドはロホルトが狂っているようには見えず、しかしそれが信じられずに魔女を睨みつけた。

 

「糞ッ、陛下に何をした……母上ッ!」

 

 獣気にも似た荒々しい殺気を露わに、モードレッドは内心に根差す畏怖を超えた怒りを以て怒鳴る。

 しかし、モルガンは答えない。不気味に微笑んだままだ。代わりにロホルトの冷たい声がモードレッドの背中を撫でた。

 

「控えろ、モードレッド。私は礼を失するなと言ったぞ」

「……!? ぐっ……し、しかし……!」

「やめなさい、モードレッド」

 

 主に振り返り反論しようとする妹をガレスが制止する。ロホルトがなんのつもりか定かでないが、騎士としての領分を超えた振る舞いをしたなら、王は彼女をこの場から外してしまうだろう。

 何が起こるにせよ、戦力を外されては堪ったものではない。ガレスは主君の身辺を警護する身である、正式な騎士位は持たないものの、騎士として生きる身としてそれは看過できなかった。

 

「ッ……」

 

 ロホルトの目から温度が消える。

 立ち昇る月輪の王威。ロホルトの醸し出す凄みは冷気を帯び、彼の王気は親友たるガヘリスですら息を呑むほどに苛烈であった。ロホルトの虚無に通ずる眼差しにモードレッドも気圧され、無意識の内に剣を収めてしまう。ガヘリスやガレスも一旦殺気を鎮めた。

 臣下が大人しくなったのを一瞥したロホルトは、懐から一つの礼装を取り出そうとする。それは騎士王に侍る宮廷魔術師マーリンから贈られたもの。その指輪が宿す魔力を看破したモルガンはぴくりと眉を動かしたが、ロホルトは手の中で指輪を弄び、一瞬の思考を挟んで懐に仕舞い込んだ。――マーリンから贈られた指輪は、対妖精眼を企図したものである。身に着けた者の心の内を、妖精の瞳から隠し通す為の代物なのだが……ロホルトはこれを不要だと判断したのである。

 

「我が騎士が失礼した、モルガン殿」

 

 玉座に座したまま、ロホルトは目礼して非礼を詫びる。上の立場の者として安易に頭は下げられない、そのことを苦痛と思うことすらなくなるほど、上位者としての振る舞いが染み付いている。

 彼がマーリン作の指輪を嵌めなかったこと、その効能をロホルトを視ていた故に知ったモルガンは意外に感じていたが、ロホルトからの謝罪を受け取ることはなかった。

 

「失礼とは? 生憎今の私には陛下しか視えていませんわ。有象無象の()()()など、陛下の威光を前にすれば無いも同然。何に謝られたのかも曖昧なのに、謝罪を受ける謂れはありませんわ」

 

 あけすけに侮る発言に、ギリ、と歯軋りする音が鳴る。直情なモードレッドのものだ。

 

 しかしモルガンの言葉に偽りはない。魔女は本当にロホルトしか見えていなかった。いや、見る気になれないという表現の方が正確だろうか。

 さてはロホルトの美貌に見惚れたのか? 当世の人間とは思えぬ精神性に眼が眩んだとでも? 否だ、()()()()()()じゃあるまいし、その程度のことで視界が狭まる魔女ではない。

 

「そうか、なら謝罪を撤回する。改めてよく来てくれた、ブリテン随一の魔女モルガン・ル・フェ。貴殿とこうして会えたこと、私は嬉しく思う」

「……恐縮ですわ」

「畏まらなくていい。私は貴殿の在るがままを知りたいのだから」

 

 彼女がロホルトしか見えない、見る気になれないのは――ひとえに彼の青年王の放つ、彼の聖性と掛け離れた冷酷な()()が原因だ。殺気ではない、殺意である。個人的な恨み辛みのような安いものではなく、ロホルトは自らに課した使命に殉じて殺すべきものは殺すと定めていた。故に、彼は決して情で手を鈍らせまい。彼はただ理と利のみで命を摘み取る。

 息の詰まる凄絶なカリスマだ。単なる一英雄、いや、一神話を代表するような大英雄にすらない、王者にして聖者たる器の持ち主にしか発せられぬ、無色透明でいて汚濁に塗れた人間性の闇。王の在り方が極まった者の凄味は、赤き竜の息吹を全身から放射しているかの如く冷たく、そして熱いものだ。モルガンは背筋に冷たい汗が浮かぶのに、己が戦慄していることに気がつく。

 

(……まさか、王位に就いてまだ間もない人間が……)

 

 ただ其処に在るだけで、己を圧倒するとは。

 

「………」

 

 笑みが消えた。制空圏とでも言えばいいのか、余りにも広大な()()の間合い。月明りの騎士がほんの一手で己を殺し得る手を有していることに、魔女は此処に来て気づいたのだ。

 モルガンが己の臣下に加わるなら良し、加わらぬなら殺すとロホルトは決めている。魔女は月輪王の生命線を握っている、それが彼女の心の余裕であり、優位性であるはずだったが……彼の青年王は玉座に座ったままで己を一息に殺せるのだとすれば……迂闊に彼の前に現れたのは軽挙であったのか? そう考えてしまうも、モルガンは一つ息を漏らして冷静さを取り戻した。

 聖剣ではない、聖槍……否、神槍によってか。ロホルトは己を確かに一息で殺せる――だがそれはこちらも同じこと。そしてこの場から逃れる術も念のため用意している。有利なのが自分の方なのは明らかで、それを自覚してモルガンは平静を保った。しかし、いざ事を起こせばロホルトは死ぬが、同時に自分も死ぬ可能性があるのは強く意識する。最悪、相討ちすら有り得るとは……。

 

(アルトリアは、とんでもない化け物を育てたな。認めるのは癪だが、アレもまた王の器の持ち主。しかしその性質は万民に寄り添う聖者のモノだ……だがロホルトは違う。民に寄り添わず、効率と無駄を手繰り、支配し、導く、徹底的に鉄血を重んじる能率の王だ。ロホルトはアルトリアを超える大王になるだろう……アルトリアがこの者を理想の王だと見做す理由がよく分かった)

 

 モルガンの心から色が消える。氷のように冷たい、俗世の事象に冷めきった才女の顔になる。硬質な石のように固い顔は、あるいはモルガンの根底にある本質なのかもしれない。

 こうして実際に対面しなけば伝わらぬものがある。同じ王たる者でなければ認識できない領域だ。精霊でも人間でもない、魔女にして女王である自分でなければ分からないだろう。

 ロホルトの眼差しは重く、鋭く、見たモノの芯を食う。故にモルガンは魔女として対峙していては呑まれると直感し、卑しい薄笑いを消して女王たる冷厳さを表出したまで。――王として君臨するロホルトの存在が、『魔女モルガン』に付随する退廃と淫靡、湿った闇を削り落としたのだ。それは王の気質と妖精眼を持つモルガンだからこその迅速な変化であり、吉兆である。

 

 ロホルトはモルガンの雰囲気が変化したのに目を細め、明朗な声音で言葉を発した。

 

「早速で悪いが本題に入ろう。モルガン殿、私の質問に答えてほしい」

「……いいだろう。出向いたのは私だ、お前には私を図る資格がある」

 

 明確に()()()()モルガンの佇まいに、ガヘリスらは目を瞠る。どうしたことか、闇に潜み復讐に心血を注ぐばかりの魔女らしからぬ、王の威風を感じてしまったのだ。

 

 戸惑う者達は置き去りだ。これより先は、月輪王と妖精女王以外を端役とする舞台となるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 口火を切ったのは、ホストであるロホルトだった。

 

「私は優れた魔術師を求めた。なぜなら先の戦いで被った損害を補填し、国是でもある国土拡大に取り掛かるには、尋常の手段に拘っていては膨大な時間を掛けてしまうからだ」

「しかし、その時間こそが落とし穴。だからゴーレムなりホムンクルスなり、人手不足を解消する術を有した者を募集した。そうだな?」

「如何にも。危機的状況下にある我が国を救えるのは、もはや魔道への造詣に深い者だけだろう。一個人の技能に頼らないといけない状況を招いた私の落ち度だ、無能と謗られても甘んじて受け止めるしかない」

 

 自虐めいた物言いに賛意を示す者はいない。

 ロホルトが無能なら他者はなんだ? 無能を超えた害悪ということになる。

 しかしロホルトは己の力不足が歯痒いのだろう、本心で言っているのが傍目にも伝わった。

 

「だからこそ貴殿が来てくれたのが私は嬉しい。貴殿なら私の求めるものを察しているだろうに、こうして来てくれたということは、自分ならどうにか出来る自信があるということだろう」

「当然だ。お前の求めるものを察しもせずに現れては能無しという他にない」

「そう言える貴殿だからこそ期待を持てる。だが私には分からないんだ、モルガン殿。――貴殿の志望動機が私には少しも想像できない」

 

 志望動機。端的な言葉なのに、なぜか場違いに聞こえる響きだ。なのに適切なものでもある。

 ロホルトは探るようにモルガンへ問い掛けた。

 

「なぜ貴殿は私の許へ現れた? 此処に来たということは、私に仕えて良いと思ったということ。客人である貴殿を悪く言うのは憚られるが、モルガン殿の来歴からして、父上の子である私に貴殿が味方するとは到底考えられない。なぜ貴殿は此処に訪れた? 何を求めてこの場に姿を晒したんだ? マーリンから聞いている、貴殿は妖精眼というものを持っているそうだね。なら貴殿が仕官しないなら、私が貴殿を殺めようとしているのも視えているだろう。なのになぜ逃げようとしない」

 

 当然の疑問だった。モルガンは見つかり次第殺しに掛かられても文句は言えない立場だ。であるのに何故ロホルトの招きに応じた? 論理的に考えると理解に苦しむ。

 ロホルトは黒いフェイスベール越しにモルガンの瞳から目を逸らさない。彼の真っ直ぐな目に、モルガンはほんの数秒の沈黙を挟んだ。

 

 なぜ? なぜだと? ……なぜだろう?

 

 ヴィヴィアンが贔屓し、トネリコが肩入れしている。この一事でモルガンが関心を持つのは自然だ。自身の別側面を通じて知った、この英傑の異常さ、内面の異質さに興味を持ったのだから。

 出自、成長環境、内面、外面、能力。全てを併せることで、モルガンという存在が関心を寄せる要素が生じている。しかしそれだけなら単なる敵、利用するだけの存在にしかならなかった。

 ではなぜモルガンは未だ彼を利用していないのか。ロホルトを除けば、それだけでブリテンは破滅する。憎たらしいアルトリアは絶望し、忌々しい円卓は瓦解して、仇敵マーリンの望みを破綻させてしまえるだろう。なのになぜ、己は手を止めてしまったのだ。

 

『――ロホルトは(モルガン)の過ちを指摘してくれる――』

 

 トネリコだ。自身の人間としての側面の言葉が、呪いが、己を縛っている。

 

 過ち、過ちだと? この私の? モルガンの為してきたことに、過ちなどない。そう信じているのにトネリコは過ちだと言った。長くロホルトと接してきたトネリコが、ロホルトから影響を受けてそのように感じたのだろうが、いったい何が過ちだというのか。

 それが、気になる。気になって、仕方ない。

 だから来たのだ。ロホルトの命を握っているという事実が、モルガンにある病的な人間不信、慎重さと臆病さを軽減して、無謀にも敵地のど真ん中に身を晒させたのである。

 素直にそれを告げるのは誇り高い性格が邪魔をした。だがモルガンは聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だというロホルトの言葉を思い出す。トネリコが彼から聞いた台詞だが的を射ていた。こうして足を運んだのに、訊ねもしないまま決着をつける方が愚かだろう。

 

 モルガンは意を決して、黒いフェイスベールを外し、素顔でロホルトの眼を見詰め返した。

 

「……愚かにもこの私に、私が過ちを犯したと言った者がいる。そしてこの世でただ一人、お前だけが私の過ちを詳らかに出来ると告げた。私は私の誇りに懸けて、私が犯したという過ちを知らなければならない。言うなればロホルトという人間に問い掛ける為に、このようなつまらない場に参上した訳だ」

 

 モルガンの言葉にロホルトは眉をひそめる。そして以前トネリコが言っていた妖精とはモルガンのことかとすぐに理解した。

 頭の回転が早い。流石だなと魔女は思う。

 モルガンの言葉はロホルトをよく知る者がいなければ成り立たず、であればこそトネリコとモルガンになんらかの関係性があるのは自明となろう。正体をわざわざ教えてやる気はないが、徹底的に隠す気もない。トネリコが困ろうが知ったことではないのだ。

 

 ロホルトは暫し思考し、嘆息した。

 

「悪いが、私には貴殿の犯した過ちなんて見当もつかない。なんせ私はモルガン殿を風聞でしか知らないからだ。これでどうやって過ちを指摘しろと?」

「道理だな。……ああ、ならお前には話しておこうか、私の出生と原初にあった目的、そして本来私のものになるはずだった全てを」

 

 そうしてモルガンは、生まれて初めて己の起源を話し始める。

 己の父と母のこと、アルトリアと自身の関係性。己がブリテン島の意思の化身であること。

 全てだ。全てを明かした。ロホルトとモルガン、どちらかが此処で死ぬというなら、明かさぬまま決着をつけるのは余りに無為だと判断したのである。

 

 ――モルガンは先王ウーサー・ペンドラゴンの長子だ。

 

 最初は自分こそがブリテンの後継者候補だったのだ。しかし人理に肩入れする人と竜のハイブリッドである騎士王を設計し、神秘に肩入れする人と妖精のハイブリッドであるモルガンを比較して、先王が後継者に選んだのは盟友マーリンを後見人にした騎士王だった。

 道理が通らない。モルガンはただの妖精の子ではなかったからだ。ブリテン島の神秘の意思、その化身として生まれた存在である。ブリテン島の原始の呪力も保有している。そしてウーサーはモルガンへと、ブリテンの王に選ばれた者に与えられる神秘の力、『ブリテン島の加護』を受け継がせており、モルガンは今もブリテン島の所有権を有していた。

 なのになぜ、ウーサーの後継者が自分ではない? モルガンはブリテンの後継者の資格を持っている。父に愛されず、母から引き離されて、残されたのはモルガンが受け継ぐはずであったブリテン島のみ。モルガンは己の価値を王座にしか見い出せなかった。

 

 父の期待を一身に受け、モルガンが手にするはずだった全てを持った者。それがアーサー王だ。

 モルガンが騎士王や円卓と敵対した理由は――騎士王自身に咎は無いと理解してはいるが、騎士王に敵対し破滅させねば、本来自分が手に入れるはずだったものを奪われている己は無価値で、無意味な存在だとしか思えなかったからである。

 

「………」

 

 父から王権を継承させてもらえず、ただ生まれただけ。存在意義を果たさせてもらえず、己が生きて此処に存在していることの証を示す為に、ウーサーやマーリンへの復讐の為に国を滅ぼす。

 モルガンの全てとはそれだ。そしてその話を聞いたロホルトは絶句してしまっている。傍から聞いていた騎士達も言葉が出ない。「なんだそれは、それではまるで、子供の癇癪ではないか」とガヘリスが喘ぐように溢すと、魔女は冷淡な視線を我が子に向けた。

 

「己に定められた存在意義を、虚空に投げ捨てられたことがあるのか? お前の所感は正しい、だがその正しさは『奪われたことがない者』の、唾棄すべき傲慢さだ」

「母上……」

「私は確かにウーサーの子だ、しかしブリテン島の意思が産み落としたモノでもある私からすると、この手から支配する権利を掠め取った者は怨敵となる。人間の尺度で図られては不快だ」

 

 モルガンの心の裡を聞いたロホルトは、確かに理解できないなと思う。

 島の意思? なんだそれは。意味不明である。人の身に理解できるものではないし、安易な想像で理解したつもりになるのはモルガンへの侮辱だろう。

 しかし分かることはある。ロホルトは呆れたように嘆息した。

 

「……私の祖父、ウーサー・ペンドラゴンは稀代の大英雄だ。ローマから、ヴォーティガーンから、サクソンやピクトからブリテンを護り、次代に繋げた功績は大きい。しかし……どうやら王としては落第だったらしいな」

「ほう……?」

「後継者として生み育てた長子に加護や権利、力を渡しておいて取り上げずにいて、第二子に王位が渡るように手配していながら長子を始末していない。後継者の代に内乱の目を残したのでは、晩節を汚したとしか言えないだろう。なんて醜態だ、ウーサーは馬鹿だな」

 

 あけすけなロホルトの侮蔑に、モルガンは薄く嗤う。騎士達は少し慌てていた。先王ウーサーの名声は未だ根強い、救国の英雄として信奉している者も存命だ。なのに月輪王は素直に呆れている。

 これがモルガンへの媚び、歓心を買おうとしての言葉なら成功している。だがそんな意図があれば妖精眼で見破られ却って軽蔑されていただろう。

 しかしロホルトにそんなつもりはまるでなく、そうであるからこそ小気味が良かった。ウーサーがモルガンを始末しておけば、稀代の魔女が蠢動することはなかっただろうと言われても、全く以てその通りなのでモルガンも反発することはなかった。

 

 しかしここで、ロホルトが率直に踏み込んだ。それはモルガンにとって不意打ちとなる問いだった。

 

「――話を纏めると、モルガン殿は王に成りたかったと、そう理解してもいいのか?」

「――――」

 

 王に、なりたかったのか、だと……?

 一瞬なにを言われたのか分からず、しかし理解すると、モルガンは眉を顰めた。

 当たり前だろう。当然の権利である、本当は自分が王になるはずだったのだから。睨むモルガンに対して、ロホルトはこめかみを揉んだ。はぁ、と露骨に嘆息されて、モルガンは苛立った。

 

「……貴殿の犯した過ちというのが何か、私には分かった」

「何?」

 

 分かっただと? 私の犯した過ちが? モルガンが訝しむ、彼女の瞳はロホルトの心を視ていて、なのに何も浮かんでいないということは、感じたものをそのままダイレクトに言葉へ変換しているということだ。早い話が脊髄反射で言葉を放っているのである。

 ならば嘘など有り得ない。ロホルトには本当に『過ち』が何か理解できたということだ。

 ロホルトはモルガンに憐れみの眼を向けた。なんだ、なんでそんな目で見る……モルガンは屈辱を覚えて、次いで放たれた言葉に石化した。いや、石と化したかのように心身が凝固したのだ。

 

「貴殿の過ちは、()()()()()()()()()()()だ。ウーサーやマーリンへの怒り、憎しみが貴殿の行動を誤った方向に向けさせ、無意味で無価値な復讐に駆り立ててしまっている」

「……私が、怒りで道を誤った、だと……?」

「そうだ。モルガン殿ほどの叡智の持ち主がなぜ気づかない? 妖精眼がありながらなぜ人の道を見通せていない? 目と心が曇っているからだろう。いいか、モルガン殿――いや、モルガン」

 

 透徹とした眼差しに打算はなく、ただ本心でのみロホルトは指摘した。それこそがトネリコの予言、モルガンに突き刺さる根本的な過ちの正体である。

 

貴女の間違いは我が父アーサーと敵対したことだ。騎士王は王位を欲しているのではない、この国と民の平和を希求している。つまり早期に父上へ貴女が接触して、事情を説明し、渇望を打ち明けたのなら、父上は王ではなく騎士として貴女を支える道を選んだだろう」

 

「……は?」

 

「父上の理想は平和だ。貴女の渇望は王位と支配だ。貴女達姉妹(きょうだい)が力を合わせたなら、貴女の統治下でも父上の是正が入り盤石な国家となっていた。なのになぜ父上の仇敵になっている? 妖精眼があるのになぜ父上の在り方を理解していない? 貴女は自分で自分の望みを断っている……ああ、貴女がそれに気がついていて、早くに父上と接触しようとしたのにマーリンが邪魔をしたとしようか。その場合も貴女のゴールは父上と話をすることだったはずだ。そうすればたとえ父上が王位につき騎士王になった後でも、貴女は最低でも宰相として国の舵取りは出来たし、なんなら副王にでもなっていたかもしれない。父上は王位に縋りつかない、貴女が最適だと判断すれば王冠を譲る道筋も考えていただろう」

 

 ロホルトの言葉が、モルガンの心に、脳に、深く突き立つ。

 

「私の理解している父上はそういう人間だ。妖精眼を持つ貴女から視ても、父上はそういう人間なのではないかな?」

「………………、…………。…………………………」

「残念ながら、今となっては絵に描いた餅――もとい机上の妄想だけどね。モルガンはやり過ぎた、今更王になろうとしても手遅れだろう」

 

 きっちりトドメを刺しておきながら、ロホルトに毒はなかった。だが、毒がない率直な言葉と心であるからこそ、モルガンの頭は空白で埋まっている。

 

 言われてみたら確かに、と、思ってしまった。

 盲点だった。考えもしなかった。だが確かに彼の言う通り、アルトリアという小娘はそういう人で。

 まだ純白の衣を纏っていた、修行時代のアルトリアなら、モルガンを受け入れ自身を支える騎士の道を選んでいたかもしれない。

 彼女は王ではなく、騎士が性に合う。なら生粋の王であるモルガンと出会っていたなら……?

 

「………………………     ――――      ぇ」

 

 モルガンは彫像のように固まり、何も言えなくなっていた。

 

 隙だらけである。今ならナイフを持った子供でも刺殺できるだろう。

 だがロホルトは彼女に何もせず、残酷なまでに言葉を続けた。

 

「どうしてこう、父上も貴女も言葉が足りないんだか……いや貴女に比べたら父上はまだ足りている。貴女は言葉を紡げる場にも立たなかったんだからね。……視えすぎるのも考えものだ、視えているからこそ頭が固い。()()()()()()()()()のに、心を理解したつもりになっているから大事なものを見落としてしまう。モルガン、君は人の心が――自分の心が分かっていないよ」

 

 ぐらり、と。

 モルガンの体が、傾いだ。

 

 ぐらぐらとする。立っている場所が、足場が不確かになる。

 ぐにゃりと視界が歪んだ。

 

 ……ロホルトの言う通りにしていたら、どうなっていた?

 

 考えてしまった。

 

 すると、明晰な頭脳が演算してしまう。

 

 

 

 ――王冠と王位を戴く己と、己の第一の騎士として立つ妹の姿が、脳裏に描かれた。

 

 

 

「――――あっ」

 

 全てが、揺らいだ。

 己の過ちが、己の望みを断っていると、理解してしまって。

 モルガンは今、絶望していた。

 月輪王の異常な高さにある視座と、未来が視えているかの如き言葉の矢で。

 

 そして致命的に心理面の防御が崩れた魔女へ、ロホルトは言うのだ。

 

「しかし、貴女も変わってるね。ここだけの話……ブリテンの王なんて罰ゲームもいいところだ。

 代われるなら代わりたいよ、私は。そういうわけにはいかないけどね。

 ――モルガン、私から提案がある。

 聞いてくれないかな?」

 

 ロホルトの提案に、首を横に振ることは、モルガンには出来なかった。

 

 

 

 

 

 




ルキウス皇帝陛下の統治する国(ローマ)に関して数件指摘がありましたので、私の考えと本作の設定についてお話します。

ルキウスは大陸最強の戦術家です(公式設定)。支配する土地も広大極まる。そしてルキウスは聖剣エクスカリバーで歴史からも消え去るほど徹底的に消し飛ばされています。
有能で最強な皇帝が歴史から消し飛ばされてしまえば、そりゃ史実に相応の混乱と破綻が現れるでしょう。そこで人理君が修正の手を加え、今ある史実の形に変わったのだとすれば?

まあ早い話、ルキウスが統治していた帝国は存在しなくなった結果、ローマが東西に別れたという形になったのでしょう。
神聖ローマ帝国という、この時代にはない国名をつけたのは、「ルキウスという架空の存在が統治する国も架空の存在である」ということを、端的に現した形です。

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