【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国   作:飴玉鉛

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第33話

 

 

 

 

 

 

「――本当に()()モルガンを召抱えたのか? しかも、よりにもよって宰相として?」

 

 事が事であり、従えた者に付随する問題が大き過ぎる。流石に今回の件を報せずにいては、事が露見した後に騒ぎが起こるのは必定であるとして、ロホルトは己の筆頭騎士であるガヘリスを父王の許へと派遣していた。自らが召抱えた者に関して説明させる為だ。

 陰影の騎士ガヘリスは、ロホルトより姿隠しのマント『日蝕の外套(グウェン)』を貸し出されており、姿を透明にすることが出来る。これを利用して騎士王へ極秘裏に接触し、彼の王に特定の人物達を呼び出してもらって、魔女モルガンが月輪王に仕官した件を伝えた。

 

 秘密の会談を行うのに最適の場所、円卓の間にいるのは騎士王アーサーと宮廷魔術師であるマーリン、魔女の子供達であるガウェインとアグラヴェインである。彼らはガヘリスからの報告に、己の耳とロホルトの正気を疑ってしまったが、マーリンだけは胡散臭い笑みを浮かべていた。

 

 ガヘリスは能面のような無表情で応じる。

 

「は。我が主はモルガンほどに優秀な者を、完全に抹殺するでもなく放置するのは愚昧極まるとして、魔女モルガンと会合し見事従えてのけました」

「――馬鹿な、有り得ない。あの女が我々に……幾らロホルト様が相手といえど仕えるわけがない。水面下でよからぬ企みを進めているはずだ、早急に始末をつけるべきだろう」

 

 吐き捨てるように断じたのは『鉄の騎士』アグラヴェインだ。魔女モルガンの子であり、また兄妹達の中で最もモルガンを知悉する彼は、極めて妥当で当たり前の所見を述べる。

 実母への嫌悪感の程度に差はあっても、苦い顔をしているガウェインも同意見なのだろう。ロホルトの安否に関して人一倍敏感になっているガウェインは実弟に対して厳しく詰問する。

 

「ガヘリス、殿下が……ロホルト様が母上の魔術に操られてはいないでしょうね」

「無論です、兄上。元より我が王ほどの対魔力の持ち主に、尋常の魔術は通じない。ロホルト様に通じるほどの魔術を行使していれば、傍に控えていた私やラモラックらが気づいています」

「……信じられん。ロホルト様はどうやってアレを従えた? ガヘリス、詳しく説明しろ」

 

 アグラヴェインが問うのに、ガヘリスは重々しく頷いた。

 アーサー王たるアルトリアは、モルガンに関しては風聞での印象と、マーリンから聞いた情報しか知り得ていなかったが、ロホルトが正気のまま召抱えたのなら問題ないだろうと信じている。しかしどうやって魔女を従えたのか、その経緯は気になるので口は挟まずにいた。

 

 ――ガヘリスは淡々と当時の状況、交わされた会話の内容を諳んじる。

 

 モルガンの出生と想い、魔女に堕ちてまでキャメロット……ひいては王国とアーサー王に仇を成し、復讐に走るようになった動機。原初にあった権利と存在意義、魔女にとっての全て。

 それらを聞いたアグラヴェインとガウェインの顔は見ものだった。なんだそれはと顔に書いてある。それはそうだろう、ブリテン島の加護だの所有権だのと、人の身で聞いても意味不明だ。

 困惑する彼らを尻目に、アルトリアはマーリンを横目に見た。知っていたのかと目で問うアルトリアに夢魔は無言だった。顔は微笑んでいるが、目は微塵も笑っていない。寧ろ自らの犯した判断ミスに気づいて、らしくなく悔しがっているような目をしていた。

 次にガヘリスが、ロホルトがモルガンに指摘した『過ち』に関して諳んじると、マーリンの顔から微笑みが剥がれ、むっつりとした表情になる。

 モルガンのするべきだったことがアーサー王との話し合いで、血の繋がった姉弟として助け合うことだったのだと聞いて、苦虫を噛み潰したかのような顔をしたのだ。

 

(――しまったな。モルガンがアルトリアの存在を知ったら必ず害すると決めつけて、徹底的に秘匿するのが正解だと判断したのが……まさか悪手だったかもしれないなんて)

 

 どうしてその道を考えもしなかった? 人理による干渉? いいや、マーリンは人ではない、人ではない存在に対する人理の干渉は『排斥』のみ。

 であるのならマーリンの性格的な思考のベクトルが、モルガンを危険視して遠ざけたことになる。モルガンとアルトリアが協力し合う未来……もしそんなものがあれば、掛け値なしのハッピーエンドを迎えられたかもしれなかった。この、全てが終わっているこのブリテンで。

 

 マーリンはらしくなく己の不覚を悔やんでいたが、アルトリアにも惜しむ気持ちが芽生えていた。

 

 ロホルトの指摘した過ちに、モルガンは茫然自失していたという。自らが女王として立ち、アーサーが騎士として女王を支えるというifの話は、アルトリアにとっても目が眩むような話だ。

 アルトリアも魔女の厄介さは骨身に染みている。個人でこれほど国を掻き回し、たった一人で暗躍を続けられる魔女が王になっていて、そしてそれを自身が監視し、正し、支えていたら……。それはきっと、途方もなく理想的な関係になっていただろう。

 なぜモルガンは自分に会いに来てくれなかったのか。感情の問題か? 嫉妬や憎しみで目が曇っていた? それは……あるだろう。だがそれだけではないかもしれない。たとえばブリテンを滅びに向かわせようとしている運命であったり、あるいはマーリンがそうなるように誘導した可能性もある。今更真実を追求する気にはなれないが、愛息の語ったifに虚脱感を覚えてしまった。

 

「……それで? ロホルト様はなんと言って魔女を従えた。今の話が魔女の真実なのだとしても、アレはそれだけで他者の風下に立つ女ではない」

 

 難しい顔をしていたが、変わらず鉄のように固い顔のアグラヴェインが言うのに、ガヘリスは当時の状況を思い返して一瞬目を閉じた。

 心理的な大打撃を受け頭が真っ白になった魔女へと、月輪王は闇夜に差し込んだ月明かりのように言葉の糸を巻きつけたのだ。

 

 

 

『貴女はもう絶対に王にはなれない。だけど王という「名」は失っても、まだ王の役目という「実」は手に入れられる。どうかな、このスコットランドを貴女の才腕で動かしてみないか?』

 

『……どういうことだ』

 

『この国は旧オークニーの土地を中心にしている。オークニーは元々貴女の本拠地だ、此処に来てまだ日が浅い私よりも周辺の勢力図や関係性、問題点の全てを知悉しているはずだろう? 私の目指す未来という指針にこそ従ってもらうけど、それ以外の面でこの国を統治してみたくはないかな? つまり影の宰相、裏の王として私の傍に立つ気はないかと訊いているんだ』

 

『なっ……しょ、正気かお前は……!? 私を……玉座なき王として祀り上げる気か……!?』

 

『そうだ。指針は私が定める、貴女はそれに従い国を治める。最終決定権は私にあるが、貴女にとって悪くない話のはずだ。ちなみに拒否権はない、貴女にも策はあるのだろうが、断るなら刺し違えてでも死んでもらう』

 

 

 

 斯くしてモルガンは、最後まで逡巡しながらもロホルトに屈した。当日からモルガンはロホルトに急かされるまま、無数のゴーレムを緊急開発し、『粛清騎士』と命名しようとして――名前が物騒過ぎるため却下されロホルトに『機兵』と名付けられた。その『機兵』をロホルトの名の下に治安維持、賊の討伐に導入し、細かな工作や農業にも加えたという。

 

「『機兵』? なんだそれは」

 

 アルトリアが興味を示すと、ガヘリスは感情のない機械のように淡々と説明する。

 その様は、彼が未だにモルガンを召し抱える判断に不満を持っているかのようで、騎士としてあるまじき態度ではあるのだが、相手が相手で、事が事である。責めにくい態度であった。

 

「は。ブリテンの騎士を模した、全身甲冑姿のゴーレムです。小型の魔力炉心を搭載し、並の騎士より優越する戦闘力と、ゴーレムである故にメンテナンスと補給を欠かさねば半永久的に活動できるタフネスさを兼ね備えています。また外観が『騎士』である為、治安維持活動を行なっても民衆に不安を感じさせず、ゴーレムである故に報酬や不正の心配をする必要がない代物でした」

 

 なにそれウチにもほしい――アルトリアは率直にそう思ったが口には出さなかった。

 為政者が喉から手を出すほど欲する、裏切りの心配や無報酬で永遠に働いてくれる労働力……しかも並の騎士よりも強い戦力など夢のような存在だ。

 アグラヴェインが舌打ちする。宰相の視点を持つ彼にも『機兵』の利便性、有用性は理解できた。故にそんなものをあの淫蕩な毒婦が作り上げたというのは、彼にとって忌々しい限りである。

 

 だが、問題点もある。ブリテンの騎士は精強だが、その分自我が強く自己主張が激しい。自身の役割や居場所を削ぐような、人間以外の――正確には騎士以外の存在は許容しないだろう。

 たとえば円卓の騎士達が相手なら、あの御方なら仕方ないと潔く諦めるだろう。だがゴーレムなどに食い扶持を奪われるようなことがあれば不満を持ち、なんらかの愚行に走る危険性がある。

 現在のスコットランドのように、深刻な人手不足問題がある末期な状況下でなければ、騎士達は決してモルガンの生み出した『機兵』を許容すまい。いやそんな状況でもなお不満を持つ者はいるはずだ。それを踏まえてもGOサインを出さざるを得ないと考えたが故の『機兵』の登場である。

 

「率直な意見が聞きたい。ガヘリス、貴公はモルガンが我が息子に従い続けると思うか?」

 

 アルトリアは最も気掛かりな点に関して問いを投げた。ガヘリスの顔面がひどく歪む。

 魔女の風聞や来歴を考慮すれば、魔女が宮仕えを継続する可能性は極めて低いと言わざるを得ない。かつてのオークニー王の正妃をしていた時のように、王を傀儡にでもしなければ。

 故にこそこの心配は当然のもので、ガヘリスの答え次第では自らスコットランドに乗り込み、アルトリア自身の目で全てを見極めるつもりであった。

 

 しかし、ガヘリスは言葉に詰まっていた。中々返答しない彼に焦れたのはアグラヴェインである。女性全般を疎み、毛嫌いするようになった原因であるモルガンが絡んでいるからだろう、彼らしくなく性急に答えを引き出そうと険しい貌をしていた。

 

「ガヘリス。陛下のご質問に答えろ」

 

 兄からの圧力を受け、それでも苦しげな顔を崩さないガヘリスだったが、ややあって観念したように細長い息を吐いた。そして彼は言う。渋々と。

 

「我が王ロホルト様は、悪魔をも従える悪辣さの持ち主でした」

「……どういうことです?」

 

 ガウェインが反駁すると、陰影の騎士はますます苦い顔をした。

 

「魔女が受けた精神的な打撃は恐らく本物だったのでしょう。あの茫然自失とした貌は、演技で出来るものではない。故にロホルト様は意識的にか、あるいは天然でか、ご自身の職務のほとんどを魔女に明け渡し、かつ他所から仕事や問題を持ち込んでは次々と押し付け、休む間もなく魔女を働かせ続けております。恐らくは今現在も、寝食の間もなしに」

「……は?」

「騎士達への給与明細の作成、民衆の中から出た犯罪行為や騎士同士の諍いへの裁定、『機兵』のメンテナンスや補給、物資の管理、必要な建造物の設計や配置、周辺の領地の代官の精査、反抗的な領主達への対策、粛清するべき不届き者達の結束を崩す分断策の実施……その他にも多岐に渡る諸問題。ほぼ全てに魔女を関わらせ、ご自身は横で監視しておられます」

 

 ――モルガンは早くも過労死寸前です。よからぬ企みなどする余裕がない。

 

 ガヘリスがそう結ぶと、騎士王やその騎士達は沈黙させられた。

 

「………」

「………」

「………」

 

 キャメロットの文武を司るガウェインやアグラヴェイン、頂点のアルトリアも何も言えない。

 予想以上に苛烈で、馬車馬のように働かされているというモルガン……アルトリアは微かに同情した。ともするとアルトリア以上に仕事人間であるロホルトに、己の仕事ぶりを監視され、横から辛口の評論を垂れ流されては……さすがのアルトリアでも泣きが入っているかもしれない。

 モルガンが類稀な知性や才能を有していようと、為政者としては初心者である。かつてロット王の正妃であったといえど国政に関わっていたわけではないのだ、統治面では素人のようなもので、仕事時のロホルトの淡々とした調子で糾されているとすればモルガンの心が摩耗しかねない。

 

 ――もしやロホルト様は、狙ってアレを摩耗させようとしている?

 

 ロホルトの仕事ぶりを思い返したアグラヴェインがそう思うが、アルトリアは苦笑いしながら真相に思い至っていた。

 

 ――天然で働かせてそうだ。

 

 天然だから悪意がない、自身の代わりに手腕を振るうならこれぐらい熟せと言ってるだけだろう。でなければモルガンは牙を剥いているはずだ。

 奇しくも天然で悪意がないからこそ、心の折れたモルガンに立ち直る暇を与えず、余計なことを考えさせずにいるだけで、性急とも取れる魔女の抜擢は時間に追われているからでしかない。

 

「……スコットランドの状況は理解した。また何かあれば報せるようにとロホルトに伝えなさい」

「……はっ」

 

 アルトリアは曖昧な表情で命じると、ガヘリスは頭を垂れて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ろ、ロホルト……そ、そろそろ、休息を挟んでも……?」

 

 目の下に濃い隈を拵え、弱々しく懇願するモルガンに、貴公子然とした青年王は無慈悲に告げた。

 

「休んでる暇はないよ? 皆頑張ってるんだから、貴女も頑張ってくれ」

 

 よく見ればロホルトも窶れている。

 青白い顔色と、痩けた頬を見ると、戦場にいる時より死にそうな貌をしていた。

 此処にはいないが、匪賊の討伐に駆り出されているガレスとモードレッドも似たような貌をしている。

 

 スコットランドは何もかもに不足している。

 人手だけではない、物資や糧食も当たり前のように欠乏しているのだ。

 それをなんとかする為に、寝る間も惜しんで政務に明け暮れて――神代の超人的な肉体の持ち主でなければ、ロホルトを筆頭に上層部は過労死している。

 モルガンは有能過ぎた。

 魔術面では神域の天才で、統治者としても天才的な辣腕の持ち主であり、周辺諸国の併呑案、併呑後の分断統治方法まで立案し、大過なく実行できる才覚を有しているのだ。だからこそ、休む暇など他の誰よりもない。この国――この島は、モルガンという才女を何よりも求めているのだから。

 

「喜んでくれ、貴女と私は一蓮托生だ。今更逃げようったってそうはいかないよ、絶対に離さない。怨むなら自らの有能さを怨むといい。出来ることが多すぎる自分をね」

「ぁ、ぁああ……」

 

 追加される書類――王子時代にロホルトが主導して導入した『紙』だ――の山を見て、ただでさえ青白かったモルガンの顔から更に血の気が引いた。こ、殺される……仕事に殺される……!

 モルガンは呪った。これほど問題を溜め込む前に解決してこなかった、旧来の支配層の全てを。そして恐れた……幼少期から今に至るまで、これだけの仕事を熟していながら未だに生きている月輪王を。あまつさえ戦場に出て剣を振るう余力があることに戦慄する。

 むしろ戦場にいる時の方がずっと元気な理由が分かる。

 戦場にいたら戦うことしか考えなくていい、それはなんて楽なことなのだろうか。ブリテンが滅びる運命にある理由が、神代の衰退の他にもあるのを痛感させられている。

 

 ――モルガンは立ち直れない。魔女として再起できない。そんな雑念、余裕が湧く暇を青年王が与えていない。一度心をへし折った後、畳み掛けるように『現実』という拷問台に掛け、逃さないように傍で監視している。そして自らが立つ場所が、己が渇望したものであるからモルガンにも逃げようという発想は湧いてこなかった。

 

 こうしてモルガンの『魔女』としての性質が擦り潰されていく。

 げに恐ろしきは人間――ではなく、人間の溜め込んだ負の遺産だ。

 

「頼む……休みたい……もう、寝たい……」

「この仕事を片付けたら寝ていいよ」

「それはさっきも聞いたっ……さっき? さっき……って、昨日……?」

 

 不眠不休の暗黒業務は魔女の心をも殺す。弱り切ったモルガンは魔女ではなくなり――やがて素の才女の部分のみを残すようになるだろう。

 

 仕事の海で溺死せず、生きていればの話だが。

 

 

 

 

 

 




もるがん(漂白)
 正論砲で自失している所に、畳み掛けるように仕事の山を押し付けられて、それが自身の渇望していた地位の仕事である故に逃げようとは思えず、言われるがまま業務にあたったら過労死コース一直線。
 ロホルトに言わせてみれば、今までブリテンに与えてきた損害への償いも兼ねてのデスマーチなのだが、本人に罪悪感はないのでただただ辛いだけ。「こんな」になるまでどうして(問題を)放っておいたんだ! と旧来の支配層を憎み、彼らの排除に血道を上げている。
 ロホルトがサディストに見えて仕方ない。自然と頭を押さえつけられる形で、ロホルトに物申すのが苦手になりつつある。

ロホルト
 時間がないんだからコミュる時間なんてねぇ!
 金がないんだから無駄なことは出来ねぇ!
 人手が足りないんだから働くしかねぇ!
 ……全部出来る人材がいる? 遊ばせておく余裕がねぇ!
 ロホルトは強靭な意思(暗黒企業)により決して怯まず(労基が来い)、大剣(モルガン)を振るえばまさに(酷使)無双であったという。

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