【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
不夜城。旧オークニーの都市を指して、人は近年のスコットランドの王都をそう呼び慣わした。
旧オークニーは最果ての国と称されている。ブリテン島の最北端に位置し、中央にあるキャメロットからの干渉が難しく、独立独歩な国風を築いていたからだろう。
この国は海に面している土地柄、海賊による襲撃も多く、また大陸側にある国からの侵攻にも度々晒されていた。古くはローマ、近年はサクソンからだ。しかし旧オークニーは度重なる荒波を見事に防ぐ防波堤となり、夷狄をこの地からブリテン島の内陸に通すことはなかった。
それは以前の国主ロット王の武勇によるもので、彼より遡ること数百年もの間、国主が優れた王だったからだが――防衛線として難攻不落となった要因はそれだけではない。
ブリテン島最北端を押さえる要衝、現スコットランドの王都はケルト神話に名高き、太陽と光の神が築いた『ルーの砦の国』なのである。彼の神の権能により築かれた砦を基礎に発展した都は、聖なる白亜城キャメロットにも匹敵する堅牢さを誇り、並大抵の対城宝具など跳ね返す力を具えていた。
キャメロットに仇を成した魔女モルガンが、この都市を本拠地として定め、ロット王の妻となり傀儡にしたのも当然と言える。最果ての国を手に入れたのなら、たとえ追い詰められてもこの城に立てこもりさえすれば容易に態勢を立て直せるからだ。騎士王を先頭に円卓の騎士が全軍を率いて侵攻しても、この城ならば充分に撃退できるだけの可能性を秘めているのである。
そして現在。
国主として君臨する月輪王ロホルトの居城となって以来、イージスと名付けられた王城は、一度として灯りの絶えたことのない『眠らない城』と謳われ、
スコットランド王ロホルト・インペラトルの、ノルウェーへの野心を鋭敏に察知している者は大陸にもいる。国土防衛に情熱を費やす王は防備を固めると共に、スコットランドの動静に目を光らせているからである。月輪王と称される、月の香りの英雄が国外への長征を目論んでいる予兆は、既に敵地へ現れていたのだ。ノルウェーの王権を打倒し、聖なる治世を敷くという噂が。
斯様な噂を意図して流したのはロホルトだ。
短中長期を見据える彼に休息は無い。執務室を戦場とし、しかして現場に赴くことを躊躇わず、必要とあらば如何なる手でも打つ英邁な君主に忠誠を誓わぬ騎士はおらず、ある魔女を従えたことで急激に国内の統治を安定させ、盤石にしていっている彼が次に行なうことは何か誰もが関心を抱いていた。
関心を、抱いていたのだが。
――ブリテン島内外にて、一躍時の人となったロホルトは、私室で頭を抱えていた。
「貴方の撒いた種でしょう――いいえ、
目の下に濃い隈を拵え、あからさまに不健康そうに肌を青白くさせ、窶れている才女が王を揶揄する。
魔という名の険がとれて、草臥れた才女となったその者はモルガンである。
彼女は人としての己、精霊としての己を通じ、極めて正確に王を取り巻く事情を把握していた。
ロホルトとガレスが築いた歪な関係性も先刻承知のことであり、ブリテン騎士の性質を誰よりも知悉していたが故に、いつかはこうなることぐらい容易く予測が出来ていた。
「私の娘は美しい。私に似ず可憐で、清廉だ。夢に真っ直ぐ突き進み、陰惨な闇を纏わず、麗らかな陽射しのように温かい性格をしている。そうなるように育てたとはいえ、流石は私の娘だと我ながら感心するほどです――そんな女が手つかずで放置されていれば、辛抱ならず手を出す者が現れるのも自明というもの。ロホルト、私の王よ、貴方にもそれは分かっていたはず。なのになぜ手を打とうとしない? なぜ今もそうして手をこまねいているのです?」
淡々と糾弾するモルガンだが、その声に熱はない。長椅子に横たわり、寝台に腰掛けて項垂れるロホルトを見ているのだ。妖艶な様で、くびれた腰と豊かな脚のラインがくっきりとなって、男ならば色欲を掻き立てられてしまうのは必定であるが――ロホルトは彼女を見てもいなかった。
ただ苦しみ、悩む、苦悩の様。彼の内心が視えている故に、モルガンはなんとも言い難い複雑な心境になりながらも、彼が打つべき最適解を口にする。
「ガレスを抱きなさい。それで全て解決です」
彼女の諫言と献策に、ロホルトは顔を上げた。
「貴女のことだ、どうせあんな噂を流した下半身野郎に目星は付けているんだろう? ソイツを処刑してから考えても――」
「莫迦め、いいえ、腰抜けめと嘲ってほしいのですか?
覚悟を固められないのではない、私情を含む一身上の都合で、義務や仕事の類を疎かにはしない。ロホルトは個人としての己よりも、公人としての己に重きを置くと決めているのだから。
故に童貞だからという態度で問題を放置した、というのはモルガンによる悪意ある見方だ。この場合は優先順位の観点で後回しにしていた問題が、唐突な事案によって最優先に躍り出ただけ。
ロホルトは公人としての己を至上とするが、決して情を蔑ろにする人間ではなかった。色んな立場の人達の事情を勘案し、可能な限り穏当に、円満に、大過なく収まりをつけようとしている。
今は自分とガレスを取り巻く環境で、ガレスに心の準備ができる時間を捻出しようと頭を悩ませている段階だ。モルガンにはそれぐらい解っている。解った上で、わざと槍玉にあげているのだ。
「無論私の娘に下劣な欲を懐いた愚かな騎士は既に捕らえ、去勢を済ませていますが、それはこの問題の根本的な解決にはなりません。さっさと股のモノをおっ勃てなさい、そして貫くのです」
「……………」
ガレスの実母から性交を勧められるという状況に、気まずくなるのは理解できなくもないが、童貞らしい可愛らしさなんて求めてはいない。
ガレスを我が物にしようとしていた愚者を見つけるのは簡単だった。前提として彼女を欲する以上、ガレスに手が届く位置にいる者であるのが明らかで。馬鹿げた噂を短期間で広範囲に流せるだけの人脈――横と下への繋がりを持つ者であるのは自明だ。後はモルガンが分身を出向かせて、候補者を視て回れば終わりである。愚者は粛清騎士――機兵に捕らえさせ牢に繋いだ。
モルガンは魔女だ。しかし情はある。モードレッド以外の子供達にはそれなりに情があり、特にガレスに関してはそこそこ可愛いと想っている。手が空いていたら、あるいは自身に不都合な問題が発生しそうなら、相応の労力を割いて行動するのも吝かではない程度に。
だからロホルトの言うように、余計な仕事を増やしやがった憎き畜生を迅速に囚えた。
しかし問題は、こんな噂が流れる余地を残したロホルトが、なよなよとして奥手になっていること。こんなザマだとまた同じことが起こるし、そもそも抱きもしなければガレスに立場がない。
モルガンがスコットランドの宰相となる以前は、丁度いい隙だからと放置していたが。こうしてロホルトに仕えて、宰相となって当事者になってしまった現在では無視できる話ではなかった。
モルガンのあけすけな物言いで言葉に詰まり、言い返せなくなっている初心な青年。彼がこうまで奥手になり性へ臆病になった原因も知っているし、同情もする。だが迫りくる現実の問題を、座して放置していい立場ではない。ロホルトも、ガレスもだ。世話が焼ける……と、モルガンは嘆息した。
「……そんなに腰が引けるなら、代案がないこともない」
「本当かい?」
なんてことを言えば、即座に食いつく童貞。モルガンはまた嘆息する。
「ええ。ガレスを妃の座から降ろし、私を妻にしなさい」
「………は?」
「そうすれば、アレを私の娘として騎士の役割を与えられる。モードレッドの立場も安泰です」
無論、その場合もモルガンと契って、交わる必要はあるが。
あからさまに嫌そうな顔をする青年に、地味にプライドを傷つけられたモルガンが睨んだ。
「なんです、私が妻では不満ですか?」
「いや……不満も何も貴女は父上の姉だろう。どれだけ歳の差があると思ってるんだい? だいたい貴女もいい歳なんだから、もう子供を生むのも大きな負担だろう? ぶっちゃけ私もキツい」
「黙りなさい童貞王。女に歳の話をするものではありません。それに私は人間ではない、人間の年齢などでこの私を測るのはお門違いというものです」
「……なるほど?」
無神経な言い分はわざとだ。わざと不快感をモルガンに与え、気を散らそうとしている。妖精眼があるモルガンには無駄なことなのに、そんなことも分からなくなるぐらい焦っているのか。
いや、焦っているのではなく、混乱している。ガレスに対する感情、思い遣り、自身の性格、それらが渾然一体となり、ロホルトは現実に迫る性行為の必要性に恐慌をきたしているのだ。
何を恐れる、なぜ怯える。男なら――特にロホルトの年齢なら、女を見れば股のモノをおっ勃て野獣になるものだろう。現に彼はガレスを憎からず想っているし、性欲もきっちりあった。なんなら人一倍どころではない、竜の如き貪欲な熱を秘めている。
「ああ――」
モルガンはよぉくロホルトを視て、やっと理解した。
ロホルトという青年の思考は、二つの型に分裂している。精神病とも言える歪な形で。
個人としてのものと、公人としてのもの。二つある思考回路の内、後者から迫られる行動の是非に急かされて、個人としてのロホルトはそれに苦しんでいる。思考回路が全く別のものに独立したそれは二重人格に近いが、強靭な精神力が二つの思考を同一人物のものとして固め、束ねているのだ。
そうして思考回路が分裂しているのに、表面からは何も漏れ出ていない。モルガンでさえ妖精眼がなければ見抜けなかっただろうが――この症状は随分と前からあるものだ。
とっくの昔に知り得ていたことだからいいとして、問題は個人としてのロホルトが、交わった女を壊してしまうのを恐れていることであろう。
桁外れで規格外な性欲。吐き出した先にある、大事な身内の安否。持ち前の英雄的精神力で、化け物じみた獣性に理性の鎖を繋げているが、一度それを解放してしまえば止まれないと本能的に理解している。何年か前の女難でも女を避け、遠ざけていたのもそれが原因の一つだ。
「ロホルト、我が夫になりなさい」
となればモルガンはそう言うしかない。
「私なら壊れませんよ?」
そう、モルガンなら間違いなくロホルトの獣欲を受け止めきれる。
女の身だが人間ではなく、経験豊富である。童貞如き、容易に手玉に取れる自信があった。
だがモルガンの提案にロホルトは心底嫌そうな顔をした。
「無理。貴女とするのは性病が怖いから」
「…………」
カチンときた。モルガンは上体を起こし、腰掛けに座り直す。
性病。性病だと。ふざけるな童貞め。
怒鳴りたくなるのをグッと堪え――疲れているから怒りたくない――モルガンは冷静に返した。
「性病? 梅毒のことなら安心しなさい、そんなものはとうの昔に対策済みです」
「え? 何それ地味に凄いね、その対策というものをすぐにでも市井に広めよう」
「そうですね、そういえば性病も大変な問題の一つ――話を逸らすな」
稀代の悪女であったモルガンは、自身の美貌と色香を自覚していた。女としてのプライドがある。なのにこうまで自分を性の対象にしたがらないロホルトに、段々本気で腹が立ち始めていた。
もう色んな問題を無視して本気で自分のものにしてしまおうと、そんな気分になりつつある。自分の下で情けなく喘ぐ英雄というのも、なかなか支配欲と嗜虐心を満たされそうだ。
不穏な気配を察知したのか、ロホルトはさりげに立ち上がってモルガンから距離を離す。そして観念したように告白した。
「……ガレスは私にとって妹のようなものだ」
「それが?」
「昔からひたむきに夢を叶えようと努力して、立派な騎士になろうとしていたガレスを応援していた。彼女の目指した道を絶って、私の妃事情に巻き込んでしまった手前、なんとかガレスの夢を叶えてあげようとしたんだ。だというのにその私が立場上の義務を果たせと命じるのは気が咎めた」
「そうですか。だからなんだというのです?」
「……ガレスには、真に自分が好いた相手と結ばれてほしい。彼女も私にそう思ってくれている」
「どんな想いがあれ、あの娘を貴方の妃にしたのはアルトリアで、許容したのは貴方自身だ。そして妃であるならば果たすべき役目というものがある。貴方も王であるならば、そんな私情で役目を放棄してはいけません。分かっているでしょう、貴方達は性へ奥手であるのが許される立場ではない。さっさと童貞を捨てなさい、さもなければ私が手篭めにしますよ」
「………………」
何を言ってもばっさりと切って、あまつさえガレスを抱かないなら自分がお前を襲うと直接言われたロホルトは、心の奥底に沈殿していた重いものを溜め息として吐き出した。
「……ガレスと話す」
「話してどうするのです」
「私と子を成せるか訊ねる。そして、嫌なら諦める」
「諦める?」
反駁に、彼としては珍しい悪意ある挑発が示された。
「うん。諦めて、貴女を妻にする」
「……フッ……ふふっ。一度、ほんとうに殺してあげましょうか」
ブチッ、と何かがキレる。妥協して自分を妃にすると挑発的に言われ、流石のモルガンもこめかみに青筋を浮かべた。本心からブチギレたのだ。
連日の過労により、溜め込んだストレスが爆発する。
モルガンは杖を手に取り、本気で魔力を励起して――彼女が激怒するような物言いをわざとして、互いに溜まった鬱憤を晴らすように仕向けたロホルトも神槍を掴んだ。
城の一角が消し飛ぶ。
なんだかんだで無性に暴れたくなる程度には、青年王と宰相も心労を重ねていたのだろう。
示し合わせたかのように、二人は無傷であった。
「な――!?」
城壁の外から主君ロホルトの私室が爆発したのを見たガレスは驚愕した。
王城の防備は完璧なはず、なのにあんな異常事態が起こったとなれば、彼女が動揺するのも当然だ。しかも主の部屋であんな爆発が起こっては、脳裏に暗殺の二文字が浮かんでしまう。
「行ってください!」
連続する爆発。
一気に緊迫感に支配され、騒然とする城中をカヴァスに飛び乗って駆けてもらう。多くの魔獣、幻獣を斬り捨て、あるいは食らったカヴァスは膨大な神秘を秘めており、その脚力は幻想種の中でも上位に食い込んでいた。脚を畳み、地面を蹴って跳躍しただけで、上層にある王の居室へ飛び込める。
空気の壁を突き破り、城壁を一足飛びに飛び越える白狼。更に宮殿の上層へ跳ぶ。カヴァスが本気で跳んだ際の脚力に驚くこともなく、ガレスは赤の魔剣を抜剣して――瓦礫の山となった爆心地を見渡し、そこに主と魔女がいるのを視認すると即座にロホルトを背に降り立った。
「母様……! 陛下の命を狙うなんて見過ごせません、斬ります――!」
やはりモルガンを召し抱える判断を下したロホルトに、断固として反対するべきだった。胸中に強烈な後悔を過ぎらせて、ガレスは悪逆なる魔女の討伐を決意する。
煤を頭から被ったらしいモルガンはガレスを見るなり、漲らせていた殺気と怒気を霧散させた。空中でガレスが己から飛び降りたのに合わせ、カヴァスは魔女の背後に着地し、凶悪な顎を開いて音速でモルガンの胴体を噛みつかんとする。しかし、それを制するように青年の声がした。
「待て、カヴァス」
瞬間、カヴァスは急制動を掛けて停止し背後に跳び退いた。
耳に親しんだ主の声で命じられたからだ。
殺気も露わに魔剣を構える乙女の肩に手を置いて、同じく煤塗れのロホルトが言う。
「ガレスもだ」
「陛下!? で、でも……」
「いいから。これは私が悪い、彼女を挑発して怒らせた報いだよ」
「ふん。わざとであれ、先刻の物言いには失望を禁じえません。どう償ってもらいましょうか」
「ごめん、私がどうかしていた。必ず埋め合わせはするから矛を収めてくれ。……もう少し暴れたかったけど、ガレスが帰ってきたからね……馬鹿になる時間はこれまでだ」
まだまだ発散し足りないとでも言いたげだ。ガレスには事情は呑み込みかねたが、どうやらモルガンがロホルトを本気で害そうとしていたわけではないとは理解できた。不承不承、剣を下ろす。
だが騎士として、ロホルトの腹心として苦言を呈さないわけにはいかない。渋い顔になったガレスは主の悪戯を諌めた。
「母様が反旗を翻したわけではないのは分かりました。けど無駄に宮殿を壊さないでください。誰かが巻き込まれたらどうするんですか? ここを直すのに掛かる時間と労力、お金は馬鹿にならないんですよ。体を動かしたくなったのなら適切な場所選びぐらいして、金輪際こんなことはしないでください」
「フッ、言われてますよ、ロホルト」
「笑ってる場合なのかな? 直すのは貴女だよ、モルガン」
「――なん、ですって……?」
「私は大規模な攻撃はしなかったのに、無駄に強力な魔術を使ったのは貴女だろう。この被害に関して悪いのは全部モルガンだと言ってもいいはずだ」
ロホルトの言い分にモルガンは怒りを再燃させ、子供みたいな言い訳をするな、同罪だろうと糾弾したくなるが――ふと、思い出す。
そういえば、ロホルトはまだ17歳だ。もうすぐ18歳になるとはいえ、まだガキである。彼の年齢を思い出してしまうと、モルガンの中にある怒りが急速に萎びれてしまった。
馬鹿をやれることもないまま王になった青年に……今回ぐらい大目に見てやるかと諦めてしまった。本当に今回だけだが――モルガン・ル・フェともあろう者が、随分丸くなったものだ。
「はぁ……まあ、いいでしょう。それよりロホルト、貴方も為すべきを為しなさい」
「?」
「分かってる。まったく、ムードもクソもないね……ガレス、話がある」
肩を落として細い息を吐いたモルガンの台詞に、ガレスは首を傾げる。
為すべきを為せ? なんの話だろう、と。
ロホルトがガレスに言った。
「少し外に出よう。大事な、話だ」
「は、はい。どうしたんですか、そんな改まって……」
困惑した反応をする乙女に、青年はじくりと胸を痛めた。