【ネタ】故障してる千里眼持ち王子inブリテン王国 作:飴玉鉛
リエンス王の横死とその弟ネロの戦死、そしてネロに救援要請を受け出陣したロット王の戦死は、ブリテン王国の政治バランスに少なくない影響を及ぼした。幾度もアーサー王と戦端を開いていながら特に罰を受けずにいたロット王は、反アーサー王の急先鋒であり、諸侯がアーサー王を侮る遠因となっていたのである。反乱を起こしても命までは獲られないと甘く見ていたのだ。
だが、ロット王は捕虜にもされず、遂に討たれた。陣頭を駆けていたロット王を、あのペリノア王が有無を言わせず斬り殺したのである。ロット王と親交のあった諸侯はペリノア王を怨み、しかし騎士王とは違う苛烈な対応をするとして一目を置かれるようになった。
ペリノア王は反乱軍に容赦がない。この風評により安易な反乱は未然に抑制され、彼の名声は高まるばかりだ。王国の中でペリノア王の影響力は高まったが――幸いにも騎士王アーサーの名声が翳ることはなかった。というのも、もともとアーサー王は対異民族との戦闘で支持を集めており、身内に甘いことが魅力の一つではあったのだ。ペリノア王という内部の綱紀粛正に厳格な騎士の存在は、却ってアーサー王の求心力を高めることに繋がっていた。やましいところがある者ほどペリノア王を恐れて、アーサー王に仲介を頼むようになったのだ。仲介をする代わりにアーサー王の派閥に加われば、必然的に騎士王の名の重みは増すという寸法である。
「ペリノア王にオークニーの実権を握らせたのは妙手ですな」
ロット王の子であるはずのアグラヴェインは、実の父を殺めた男が母国の実権を握ったことに、意外なほど肯定的だった。彼はアーサー王――アルトリアからの相談に乗って、ロホルトの献策の真意を推し図ろうとしていたのだ。なぜ苛烈な思想の透けて見えるロホルトが、有力な諸侯の一人であるペリノア王に、オークニーの統治権を譲るように意見してきたのか読めなかったのだ。
アルトリアは当然、ロホルトに真意を訊ねてはいる。しかし王子は功績には報いるべきで、他に適任な者がいないというだけで他意はないと答えるだけ。幾ら愛息の言葉とはいえ、能天気にその全てを信じるほどアルトリアは馬鹿ではなかった。故に、マーリンとは違う実務的な知恵袋であるアグラヴェインに相談したのである。
「ふむ……妙手とはどういうことか」
「陛下や陛下に忠義する我が兄ガウェインがオークニーの実権を握れば、陛下が国内で独自に差配できる軍事力の強化に繋がりましょう。諸侯はそれを警戒している。故に殿下はまずペリノア王にオークニーの統治権を握らせ、諸侯からの警戒心や敵意をペリノア王に集中させました。彼の王は勇猛な騎士ではありますが、近視眼的で第三者からの視線に無頓着なところがある。殿下の思惑に気づくことはありますまい。そしてペリノア王を介して、支配者が変わったオークニーの混乱が鎮まるのを待ち、なんらかの方法でオークニーの王の地位を手に入れるおつもりなのでしょう」
「ほう。いったい誰にオークニーを任せる気だ? ペリノア殿が容易くオークニーを手放すのか?」
「相応の実力と立場の持ち主が後任になるなら、領土的野心の薄いペリノア王は手放すでしょう。そしてその後任として適任なのは――」
「――ロホルトか」
刮目して王子の名を出したアルトリアに、アグラヴェインは首肯した。
想像を超える深謀遠慮だ。確かにペリノア王には自身が領する父祖伝来の土地以外に執着はない。報奨として渡されたオークニーの実権も迷惑そうにしていた。そして彼はロホルトを気に入っている節がある。あと四年もしてアルトリアが旗揚げした歳になると、ロホルトが後任に名乗り出れば労せずしてオークニーが手に入るだろう。ひいてはアーサー王の王権が強化される。
加えてロホルトに大きな貸しを与えられる為、ペリノア王にとっても悪い話ではないのだ。ペリノア王の領地とオークニーは地理的に離れ過ぎている為、手放しても惜しくはないはずである。ロホルトに対する貸しが大きくなるとなれば、アルトリアがペリノア王の立場でも同じように支配権を譲っていたかもしれない。
そこまでのことを、あの時の、僅かな間に考えついていたのか。感心するアルトリアだったが――
「――本当はガウェインかガヘリスのどっちか、もしくはその両方にペリノア王を暗殺させて、そのゴタゴタが収まる前にどさくさに紛れてオークニーの王座を手に入れる。ペリノア王に支配後の混乱を鎮めさせ、後に排除して、政敵の排除と王権の強化を狙ってるんだね」
鋭い指摘に、ロホルトはじろりと相手を睨んだ。
自らの策を読んでいる者が、予想だにしていない者だったからだ。
だが王子に睨まれているというのに、まるで気にした素振りもなく灰髪の少年は続ける。
「ううん、冷酷な殿下のことだし、どうせこの策には続きがあるんでしょ? そうだなぁ……たぶん王位を得た後は、積極的にアーサー王に反発して、不穏分子を自身の旗の下に糾合し、纏めて騎士王陛下に討ってもらって、自身は陛下に蟄居させられる。後は名前を変えて顔を隠してアーサー王に仕える――っていうのが殿下の筋書きかな」
理想的だけど現実的だ。最善最速最短でブリテン王国を纏め上げて、サクソン達に全力で挑める。
そう結んだ少年に、ロホルトは嘆息した。
嘆息して――次の瞬間、自らに与えられた宝剣が閃き、少年の首元に寸止めされる。
「見事な推理だと讃えておこう、
トネリコ。
王子が主催する青年会の一員にして、オークニーの騎士を親に持つ者だ。
ロホルトは個人的にこの少年を気に入っている。というより、青年会の全員に友情を持っている。
だがそれとこれとは話は別だ。父王はおろか母、そしてガヘリスにすら明かしていない、ロホルトの心の中に秘めていた策を、完璧に見抜いた者は――たとえ親友でも斬らねばならぬ。
本人の意思とは別に、ブリテンの王子という機構は、冷徹に為すべきことを為せる器だった。
だがトネリコは微笑む。自身に向けられる殺気が本物であり、殺気の裏にある苦悩に気づいていながら――否、
トネリコ――モルガンは失敗した。優れた騎士であり手駒であったロット王は討たれ、直接的に復讐できる手段を喪失したのだ。結果は分かりきっていたとはいえ損失は損失、なんとか補填しなければならず、そして新たに身を隠す為の隠れ蓑を欲してもいた。
その新しい隠れ蓑に選んだのが、この王子である。
「ちょっと待って。幾らなんでも私に自殺願望はないよ? 私は殿下に売り込みに来たんだ」
「……売り込み?」
「ほら、殿下には頭脳労働であてにできる人はいないでしょ。陛下にはアグラヴェイン卿やケイ卿がいるし、予言の力も具えた魔術師が相談役としているっていうのにさ。そこでこの私だよ、殿下の目的に沿った相談ができて、しかも魔術も使える相談役がいれば、殿下からしても大助かりなんじゃないかな?」
「………」
冷淡な瞳は変わらずトネリコを射抜いている。しかし、トネリコには視えていた。合理的に、私情を介さず打算を練っていても、本心では魅力を感じていることが手に取るように分かる。
ロホルトが分かりやすいのではない、むしろ表面で見て取れる限りではかなり分かり辛い。なのに王子の内心を正確に把握できるのは、トネリコが妖精眼という魔眼を具えているからだ。
最高ランクの妖精眼を持つトネリコを前に、隠し事が出来る者など存在しないのである。
ロホルトはかなりの切れ者だ。トネリコをして舌を巻く。これでまだ10歳だというのだから、なんの冗談だと戦慄してしまうほどだ。しかし――まだ子供である。付け入る隙も視えていた。
おそらくトネリコが青年会に加わり、彼から一定の信頼を得ていなければ、ロホルトはトネリコを斬り殺していただろう。その冷酷さや、内面の合理性、そしてこの国の人間とは思えぬほど紳士で誠実な性格と、炎のような英雄性をトネリコは気に入っていた。
だからトネリコの売り込みを聞いて悩む王子に、トネリコは少年の皮を外して答えるのだ。
「……君が私の相談役になって得られる、君にとってのメリットは?」
「二つある、かな。一つはロット王の敵討ちができること」
言っても誰も信じないだろうが、トネリコ――モルガンはモルガンなりに、ロット王のことを気に入ってはいたのだ。唾棄すべき人間ではあるが、彼はモルガンに対して誠実だったから。
だから殺されたのなら仇ぐらいは討ってやろうと、そう思う程度には情がある。だからこれは決して嘘ではない。嘘なのは、口にした仇討ちの理由の部分だ。
「私、これでもオークニーに仕えた騎士の
「……待った。
「そうだよ。何を隠そうこの私は、実は女の子だったのです! どう? 驚いた?」
「………」
ニシシ、と笑い掛けるとロホルトは呆気にとられた。まさか自身の許に、少年のように振る舞っていた少女という、かなりレアな存在がいるとは思わなかったのだ。
加えて自己申告だが魔術も使えるという。ロホルトの策を読み解いた智慧といい、極めて得難い人材であるのは間違いない。ロホルトは瞬時に気を持ち直すと、トネリコに続きを促した。
「もう一つのメリットは?」
「それは――こんな形で言うのは嫌なんだけど、仕方ないか。もう一つの私にとってのメリットは、殿下のお側にいられるようになることだよ」
「………?」
「ハッキリ言わなきゃ分かんない? 私が殿下のことを好いてるって事! 奥さんにしてとは言わないから、せめて愛人にでもしてほしいと思ってるの!」
「…………………はぁ?」
少年、改め少女の告白に、王子は露骨に訝しむ声を出してしまった。
理想的な王子を演じて生きてきた少年とは思えぬ失態だ。しかしロホルトはそれを失態とは思わない。
貴族の令嬢達から絶大な人気を誇る王子様だ、年頃の少女らしい慕情を向けられるのには慣れている。しかしトネリコからその手の感情を向けられた覚えはないし、今だって感じない。
有り体に言うと嘘くさいのだ。『本物』を感じない。なんのつもりだ、という疑惑がロホルトの中で明白な形になる前に、トネリコは内心舌打ちする。思っていた以上に勘が良い、子供と侮り過ぎた、軌道修正をしなければ……。
「――っていうことにしてほしいんです。ほら、王子様の寵愛を受けてその系譜に食い込めたら、私としても悪い話じゃなくなるんで」
「……ああ、なるほど」
打算に絡めた方が納得しやすい10歳とはなんなのだ、とトネリコは思う。理解に苦しむのだ。どういう家庭環境なのかと、割と真剣に心配しそうだ。
ロホルトは個人の感情やそれに伴う諸々の苦悩を捨て置いて、王子としての面だけで思考する。トネリコの頭脳と有する
そうした思考までもつぶさに視て取りながら、トネリコは内心苦笑する。
光の下で生まれ、光の中で生きているのに――闇でしかない王子なんて。アルトリアはいったい、どうやってこの子を育て上げたのかと興味を持った。
幸いトネリコが傍にいて、苦痛に感じるタイプではない。個人としてなら寧ろ好ましい。だからこそトネリコはせめて
どうにもロホルトに力を貸していた方が、都合よく事が進みそうな気がしてならないのである。
(フ……この私がマーリンの真似事とはな。まあいい、せいぜい利用させてもらうとしよう)
――魔女が自らの闇を割られるまで、後、■年――
アルトリア
息子が賢くて誇らしい。
が、嫌な予感がしている為、いつでもインターセプトできるように身構えてはいる。
アグラヴェイン
殿下の策にしては手緩い……もしや。
トネリコ
甥を性的に狙っている。が、それはそれとして家庭環境が気になる。
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