うたわれるものの方は申し訳ありません。期待せずにお待ちいただけると幸いです。
ファミレスでちょっと早い夕食を取ることになった。
この広めの席からは、鉛筆をいじくってる学生やパソコンと睨めっこしている社会人が見える。
人はまばらで、店員もすっかり手持ち無沙汰の様子だ。
そして、席一つ分け隔てた向こうにいるこいつ、佐藤蓮菜とは、一ヶ月前に再会を果たした。
見た目は色気がないグレーのセーターだ。
髪型は茶色がかったひし形ボブで、肩まで伸ばした髪が内側にくるんと巻かれている。
切れ長の目に高い鼻、そしてぽってりとした唇、と端正な顔立ちで、可愛いというよりかは美人系なこともあってか、それほど悪くない。
そんな彼女と俺は、行き当たりばったり、少し早い夕食を取っていた。
「そういえば、お姉...由奈ちゃんとはうまくいってるの?」
「え?あーまぁ……」
会話も一段落して沈黙が続いた後、突然の質問に俺は言葉を濁す。
うまくいっているかという問いに対する答えがノーだからだ。
なんせ最近は、会うことも減ってきて、一週間に一回は一緒に過ごすといった約束も守られなくなってきていた。
「そっか……上手くいってないんだね」
俺の様子を見て察したのか、彼女は申し訳なさそうな顔をする。
「あ、でも大丈夫だ、まだ別れる気はない!」
「そっか」
少し残念そうにする蓮菜。何か口にしているようだが小声で聞こえない。けど、俺の失言は無視してくれたようだ。
「あのさ……もし良かったらなんだけど、あたしと付き合ってみない?」
「……はい!?」
驚きで声が大きくなる。蓮菜は何を言っているんだ?
「それは、由奈と別れろってことか?」
「違うよ。あたしが君を好きなだけ」
「ちょっちょっと待ってくれ!急すぎて頭が追いつかない……」
蓮菜からの告白なんて全く予想してなかった。心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなっていくのを感じる。
「もちろん、今すぐ返事してくれなくていいよ」
「……わかった」
冷め切ったコーヒーを飲み干す。
今日はこの辺でお開きにしよう。お互い、冷静になる時間が必要だ。
「それじゃまた明日学校で」
「うん。またね」
蓮菜の家の前で彼女と別れた後、家に帰った。
いつもより寒い帰路だった。
***
次の日。
大学に着いたのだが、一限目がなかったのをすっかり忘れてた。なので、大学の広場で人間観察という名の暇つぶしをすることにした。
広場には、人の目を気にせずに、ベンチでイチャイチャしているカップルや笑い声が姦しいグループ、他にも俺のように一休みしている大学生がいる。蓮菜もその中にいた。
ただ、休んでいるという雰囲気ではなく、どこかそわそわしている様子。何かを逡巡しているように。
俺と目が合うと、一度固まった後、こちらに向かって歩いてきた。
「おはよう。ねぇ、考えてくれた?」
「あぁ...」
俺は狼狽えていた。開口一番、単刀直入すぎて。
そんな様子を認めながらも、蓮菜は滔々と続ける。
「あたしも君が好き。由奈に負けないくらいに。好きなの。だから、付き合ってください」
頬を赤らめながら告白をした。俺は喉に粘つくものを感じた。
「考えたけど、やっぱり無理だ。ごめん」
考える、なんてのは嘘じゃなきゃいけなかった。俺にはもう、由奈という彼女がいるんだから。
俺の言葉を聞いた蓮菜は寂しげな表情をする。そしてそのまま、自分が受ける講義の教室へと行った。
これで良いんだよな。きっと……。
昼休みになり、いつものように食堂へ行こうとした時だった。後ろから肩を叩かれた。
「こんにちは、孝之君」
見た目は、明るいベージュ色のトレンチコートに、肌色のタイツ、黒のブーツだ。
目がくりっとしていて、すらっとした唇に高い鼻がよく映える子だと思う。
その姿は、見間違えることもない、由奈だった。
髪型も俺の好みに合わせてくれているのか、ナチュラルストレートで、とても可愛い。
しかし、こうやって話しかけられるのが珍しく感じたことに、一抹の寂しさを覚えた。
「……おはよう。どうしたんだ?」
「最近、全然会えてなかったから。会いに来たんだ」
「そっか。ありがとな」
由奈は悲しそうな目をしていた。多分俺も同じ目をしているだろう。
「一緒にお昼どう?」と俺は仕切り直しをした。
「あっ、ごめんね...友達と食べる約束もうしちゃってるんだ」本当に申し訳なさそうにする由奈。
「そ、そっか...」俺はそれ以上、何も言えなかった。
由奈は、そんな俺の様子にいてもたってもいられなくなったのか、矢継ぎ早に話し始める。
「ねぇ、放課後空いてるかな?」
「うん、特に予定は無いよ」
「よかったあ。それなら二人で遊びに行かない?久しぶりに二人っきりになりたいなって思って」 「分かった。どこに行きたい?」
由奈の誘いに勿論乗った。ここで断るわけにはいかなかった。だって、蓮菜を期待させてしまってはいけないから。
「そうだね……カラオケとか?」
「いいよ」
カラオケか……久しく行ってないな。楽しみだ。
「じゃあ決まりね!放課後になったら迎えに行くから!」
嬉しそうにしている彼女を見て、胸が痛くなった。
***
放課後になり大学の広場で待っていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには由奈がいた。
「お待たせ!行こっか!」
「うん」
二人並んで、俺は車道側を歩いた。
クリスマスシーズンなこともあってか、イルミネーションの準備がされていた。
会話は無く、雑踏の喧騒だけが耳を刺激する。俺の左手と由奈の右手が繋がることもなかった。
久しぶりの逢瀬、話したいことは山ほどあるはずなのに、口の中で言葉が上滑りしていく。
ふと、隣を見ると同じように下を向いて歩いている由奈がいる。
このまま沈黙が続くのはまずいと思い話題を探す。
もうすぐさ、クリスマスイブ...だよな。
「...っ」
出そうになった言葉を口に戻す。
俺たちは毎年、クリスマスイブには、互いの家で過ごしていた。そして、クリスマスプレゼントも交換し合っていた。
ただ、由奈の実家には入らせてもらったことがなかった。
今は、由奈は一人暮らしで、去年のクリスマスの時に、俺は初めて由奈の部屋に入ったんだよな。
でも今年は一緒に過ごせるのかな。
いい加減、中学生みたいなこだわりとは思ってる。けど今回は状況が状況だ。今、俺と由奈は上手くいっていない。
その上、毎年の恒例行事もサボったりなんかしたら...。
俺は二度と動き出せなくなる気がした。
考えたくなかったから、話を逸らす。
「あー……そういえばさ、カラオケってどこにあるんだ?」
「駅前だよ。ここからだと10分ほどかかるかな」
「結構遠いな……」
「まぁね。でも私はこの時間も好きだよ」
再び沈黙が訪れる。何か言わないと……。
「私達が初めて会った時のこと覚えてる?」
沈黙を破るように由奈が話しかけてきた。
「ああ、勿論。忘れるわけがないよ」
高校一年の頃、英単語が分からなくて、ちょうど隣の席にいた由奈に教えてもらったんだっけ。懐かしいな……。
「あの時は本当に助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、困っている人を助けるのは当然のことですよ〜」
悪戯っぽく笑う彼女を見てドキッとする。
「あれから、ファミレスとかでテスト勉強なんかを見てもらうようになっていって、プライベートでも会うことが多くなったんだっけ。」
「ドリンクバーだけで何時間も居座ってたよね。」あはは、と懐かしさと嬉しさが入り混じったような笑いだった。
「店員に絶対白い目で見られてたよね」
微笑んで頷く由奈。
「孝之君、勉強は苦手って言いながらも、飲み込みは早かったから、あまり苦労はしなかったんだよ?」
「そうだったっけ?由奈の教え方が上手かったんじゃないかな?」
「そんなことないよ」とは言いながらも少し照れくさそうな表情だ。
こんなに会話をしたのは久しぶりだ。
この瞬間だけを切り取ってみれば、実は上手くいってないなんて言っても、周りからはただの惚気にしか聞こえないくらいだ。
「ところで、一つ聞いてもいいですか?」
由奈は緊張した時に敬語を使う癖がある。
「なんだ?」
「蓮菜とはどういう関係なんですか?」
由奈と蓮菜、それに俺は少し複雑な関係だ。
由奈と蓮菜は姉妹だと知ったのは、なんの冗談だろうか、一ヶ月前の、蓮菜と再会した時だった。
昔はよく、二人で遊んでいたそうだ。
俺と蓮菜は、中学生の頃から部活の先輩と後輩の関係だった。
その頃からよく突っかかってきたが、女っ気が薄く、思春期真っ只中の俺には関わりやすい存在だった。だから、この前の、女を前面に出してくるような態度が、余計に頭に残った。
そして、神様の悪戯か、由奈と知り合ったのは、高校の時だった。
由奈と蓮菜の高校が別々だったのは、仲が悪くなってしまったからだそうだ。
それで由奈は今、大学生になって、一人暮らしをしている。
バイトもかなり増やしていて、会える時間が少ない原因の一つでもあった。
「部活の先輩後輩、かな」
ずきりと胸が痛んだが、それ以上は言わないことにした。
「なるほど……。でも今日、蓮菜が広場で告白してましたよね?」
思わず、ぎょっとした。
「...見てたの?」
「それはその、ごめんなさい...」
バツの悪そうにする由奈。自白するしかないみたいだ。
「うん、告白されたよ」
いや、実は昨日ファミレスで一緒に夕食を取った時に告白されたんだ、なんて言っても由奈を余計不安にさせるだけだ。
「それで、返事はなんと返しましたか...?」
恐る恐る、けれど期待するような眼差し。俺は漠然とした罪悪感を飲み込みながら返事をした。
「断った、よ......」
ちゃんと由奈の目を見て言えたかわからないけど、ほうっと安堵の表情を浮かべる由奈。
その整った、可愛らしい顔立ちに、俺は胸の奥に杭を打たれたかのような感触を覚えた。
「良かった。もしかしたら、蓮菜のところに行っちゃうんじゃないかって。だってほら、私たち最近あまり会えてなかったから...」
安堵の中に、悲しげな表情を浮かべてみせる。
「そんなこと....ないって」
俺は由奈に対して、笑って返すことができなかった。
カラオケに行く空気では、既になくなっていた。
「ダメだなぁ、私。今日はこんな空気にさせないで、一緒に歌って、今までのすれ違いもなかったことにしようと思ってたのに」
仕方、ないんだ。由奈は一人暮らしで、バイトもしてる。大学に入ってからあまり二人の時間が取れないことも珍しくはなかった。
「そんなこと...今からでも行こうよ。俺、凄い楽しみにしてたんだ。カラオケに行くのって久しぶりだったし」
「いいの......?」
「いいんだよ。というかここで帰られたら、俺悲しいよ」
「うん...!」
面白いくらい表情が変わる。とても可愛い。
やっぱり由奈が彼女で良かった。俺が好きなのは由奈だけだ。けど、カラオケに行くまでの道は、何故か重いままだった。
***
俺たちはさっきの出来事を無かったことにするかのように、歌いまくった。
それこそ喉が枯れるまで。
宴もたけなわだったが、
「最後にこれ、歌おっか」
由奈が入れたのは定番のウィンターソングだった。切ない初恋の曲。
その時の俺は疲れ果てていて、なんの意図で由奈が歌ったのか、なんてことも考えることができなかった。