初恋   作:rollymarcury

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第二話

***

 「...っ」

 今日は休日だ。

 ベッドから起き上がり、スマホを覗く。頭痛がするのは、どうやら昼過ぎまで寝てしまったからのようだった。

 LIMEから、「昨日は楽しかった。あの後すごく疲れてたみたいだけど大丈夫だった?孝之くん、普段あんなに声出さないもんね。お大事にしてください」と来ていた。それも、四時間も前に。

 「返事遅れてごめん、こっちこそ楽しかったよ。それと、疲れはもう大丈夫だよ」と返信した。

 カーテンを開け、昼の陽を体中に浴びる。

 食欲はあまり湧かなかったので、目覚ましに顔を洗う。

 改めてスマホを覗いてみると、もう一つのメールが来ていた。

 「今からそっち行って良い?」なんてそんなこと言うのは、俺の友達の中でもアイツだけだ。それはそれで悲しいけど。

 「今起きたとこなんだけど」と返信をする。

 「じゃあ行くね〜!」

 「ちょっと待て、お前は親しき仲にも礼儀ありということわざを知らんのか」

 絵文字をふんだんに使ってやる。寝起き姿なんて見せられるわけないだろ......。

 こうなった以上、こっちの話は聞いてくれないので、急いで身だしなみを整えた。

 うち、新島家は両親共働きで、家に帰ってくる時間も遅くて、一緒に食事をすることすら稀だ。家族仲は良いとは言えないかもしれない。

 そんなことを思っていると、インターホンが鳴った。いくらなんでも早すぎるだろ。

 「はい、今出ます!」

 俺は昨日の喉の痛みを感じながら、ドアを開けた。

 「やっほー、元気してた?」

 「蓮菜!」

 「孝之の蓮菜だよ〜」

 「あっそ、てか急にどうしたんだ?休日くらいまったり過ごせよ」

 「いやぁ〜孝之があたしに会いたいかなって思ってさ」

 「思ってないし、思ったこともないぞ」

 「も〜照れちゃってさ〜。というか、いつまで玄関前で話させるつもり?」

 「お前が今すぐ帰れば、俺は玄関で話さなくて済むんだけどな」

 「寒いから入れてよ。せっかく来たのにさ〜。客人を追い出す、なんて真似、孝之はしないよね?」わざとらしく目を潤ませる蓮菜。ちょっとうざい。

 「お前は例外だ。前に一度、家に入った時に自分が何したか覚えてないのか?エロ本漁りまくってさ、昔のエロ親父かってんだ。今は全部電子なの。スマホの中なの。挙げ句の果てには、俺の部屋ぐちゃぐちゃにしていったじゃないか」

 これまで笑みを貼り付けたままだった顔が、ちょっと気まずそうな表情になった。

 「あ〜そんなこともあったねぇ。でも片付け手伝ったじゃんか!てか寒いよ、中入れてよ」

 「確かにそうだな。お前が意固地のせいで、俺らずっと外でこんな話してんだもんな。どうぞ」

 マンションなので、これ以上ここで相手するのも、ご近所様に迷惑がかかるし、寒いしで、こっちが負けることにした。

 「勝ち〜。ザーコザーコ」

 「クソメスガキが、理解らせてやろうか?」

 「孝之に犯されるぅ〜。早く中入ろ〜!お邪魔しま〜す!」

 と言って、俺を追い越して中に入っていく。

 こんな精神年齢を10歳以上落としたような会話に、安らいでる自分がいた。

 あいつは、ファミレスの件の時とは別人かのように見えるが、こっちが素なんだ。

 

***

 玄関を上がって、真っ直ぐ前に進む。

 左手の扉を開ける。

 「相変わらず殺風景。物はちょっとだらしないけど」

 俺の部屋は端にベッド、真ん中にローテーブル、こたつも可能だ。壁には雅なポスターや漫画や小説の棚が置いてある。エロ本はない。

 座る場所はあるが、移動範囲は結構狭かったりする。

 「前もって来るって言ってくれてたら掃除してたよ」

 この空間は二人きり。つい、以前のファミレスや広場での出来事を思い出してしまう。

 「意識、してるでしょ......?」

 「えっ?」

 人の心を読まないでくれ。

 「だから、意識してるでしょ?」

 「いや、してない......」

 端正に整った顔立ち、切れ長の目で見つめられ、思わず顔を背ける。こんなことをしてたら、ばればれなのに。

 「ねぇ、本当に付き合ってくれないの?」

 俺の胸元にしなだれるように、体重をかけてくる。

 「お、おい。やめろって。俺、断った、よな......?」

 その柔らかい肌を押し付けられる。首筋に鼻息がかかって、くすぐったい。

 いつの間にか脱いでいた、色気のない灰色のコートの内側、髪の香り、ベージュのセーターに、そこから感じる膨らみ、そしてやっぱり色気のないジーパン。

 つまり、普段理性的な俺でも、こんなにもどきまぎしてしまっていた。

 こんなに女みたいなやつだったっけ?

 こいつはさ、女を思わせないような素振りばっかりで、昔から凄く話しやすい奴だった。

 それ...なのに......。

 「な、なぁ」

 「あたしが冗談で、興味もない男にこんなことしてるって、本気で思ってる?」

 艶やかな声に当てられる。こいつは本気だ。

 もしこれが冗談だったら、俺はもう女って種族を一生信じない。

 「い、いや。思わ、ない」

 「じゃあさ...?分かるでしょ?」

 「な、んで..今、なんだよ...俺、俺、もう由奈が好きで、付き合ってて、キ、キスまでしてるんだよ...」

 それを言った瞬間、目の色が少し変わった。

 「あんた達、まだやってなかったんだ。」

 「ブフー!」思わず飛沫を噴射する。

 「うわ!汚いな!」

 デリカシーどこに捨ててきたんだ?でもおかげで緊張が解けた。

 「もう、いいって」

 しなだれかかってきた両腕を、なんとか戻す。

 「とりあえず座ろう。ゆっくり話をしよう」

 そうだ、話をするんだ。まだ時間はたっぷりあるんだから。

 

 

***

 「はい、とりあえずお茶ね。」

 茶碗を持って来た俺は蓮菜の向かいに座った。

 「ありがと〜」

 さっきの態度が嘘みたいにサバサバした態度だ。

 「お前には羞恥心とかないのか?ちょっとは悶えたりとかしてみろよ。」

 すると、お茶を飲んで、

 「うっ!げほげほっ!」

 「やっぱり緊張してたのか?」

 「そ、そりゃあ、ね......」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、口を拭いている。ますます訳がわからなくなってきた。

 「そ、そう」

 俺は俺でこんなだ。

 「早速本題入るけど、お前、俺のこといつから好きだったんだ?」

 「何それ、言ってて恥ずかしくないの?」

 小馬鹿にしたような顔でほざいた。

 「めっちゃ恥ずかしいよ!恥ずかしいけど、一番聞かなきゃならないことだろ!」恥ずかしかった。

 「あーあー、そんな逆ギレしなさんなって」

 「...悪かったな」

 「これ語るってことは、多分あたしの家族のことを話すことになるんだな〜」

 「何でも大丈夫だ。教えてくれ」

蓮菜はちょっと寂しそうな顔をしながら語り出した。

 「実はさ、あたしと由奈ちゃん、半分血繋がってないんだ」

 「え?」

 寝耳に水、急転直下、青天の霹靂、そんな章句を瞬時に思い浮かべる俺は、なるほど、まだ余裕があるらしい。

 途中、噛み噛みだったり、声が上擦ったりしていたので、要約する。

 由奈と蓮菜は同じ母親から生まれた。由奈が生まれる前に由奈のお父さんは失踪。

 そして、その失意の中、寄ってきた男が蓮菜の父だった。

 蓮菜の父は母親の弱みにつけ込み、無理矢理行為を迫った。

 二人の男に裏切られた母親は、しばらく神経衰弱になり、二人は祖父母の家で育った。

 そんな中、状況は悪化した。由奈が中学一年生の頃、小学校六年生の蓮菜と一緒に、母親と祖父母が二人の父の話をしているところを目撃してしまったらしい。

 今まで姉妹だと思っていた相手が、実は半分血が繋がっていなかったこと、最終的に母をボロボロにしたのは、甘言を囁いてその後は捨てた、蓮菜の父だという母の主観が、多感な時期の由奈を大いに傷つけたという。

 それ以来、由奈と蓮菜は言葉を交わすことが減っていった。そんな時に、蓮菜は部活で俺と出会ったらしい。

 「あんたはさ、バカだったよね」

 「は?なんだいきなり?」

 「いろんな馬鹿やってさ、あたしを笑わせてくれてた」

 「文芸部で馬鹿もクソあるか。まぁ確かに、宇宙人や未来人や超能力者がいるって期待して、謎言語で交信もしたことあったけどさ」

 今考えると相当痛いな、当時の俺。

 「だから、居心地が良かった。元々は空想の世界に逃げるつもりだったのに。家よりも心休まる場所、見つけちゃったんだ。文芸部が、じゃないよ?あんたの隣、が...」

 女の顔が覗く。

 「今だってそう、こんな話をしたら普通の人は同情で話しかけてくるよ?それも嫌でちゃらんぽらんな性格演じてきたのにさ〜」

 「おい、お前。それって俺が普通じゃないってことなのか?訂正しろ、俺は普通だ。」

 「あはは...ぅ..っぅ..ぇ...」涙が零れ落ちる。

 こういう時、なんて言葉をかけてやればいいのか、本気でわからない自分が悔しい。

 同情なんてしない。先制を奪われた。けど、しなくて良かった。

 「...いいよ」

 両手を広げる。

 「...ぅぅ...ん」

 すると、わざわざこっちまで回って来て、ぎゅっと抱きついてくる。

 だから今だけは、体を貸してやる。他の誰にも見せない涙を、俺以外に見せないために。

 

 

***

 時間はもう、日が一番上に登る頃になっていた。

 「腹減ったな。そういえば朝から何も食べてない。何でもいいから何か...」

 「おっ?あたしの料理スキルが火を吹いちゃう?」

 数十分後、実際に吹いてるのはカセットコンロの火であった。

 「ん〜あったまるぅ〜。やっぱり冬はすき焼きだよね〜!」

 俺の向かい側で、胡座をかいて座っているバカは、俺よりも食っていた。

 「おい、食べてばっかりいないで俺にも食わせろ。元はと言えば、俺のご飯でしょうが!」

 「あはっ、そうだったっけ?具材代は払ったんだからさ、あたしにも食べさせてよ」

 「それはいいけどな、俺の肉を取るな!いい感じに育ったところで食べようと思ったのに、俺の子をばくばく食いやがって!」

 「それを言うなら、食べちゃいたいくらい可愛いってことだよ!というか、孝之が鈍臭いだけだよ。鍋は競争だよ。そこには思いやりもクソもないんだよ......」

 悲痛そうな顔を浮かべてみせる蓮菜。

 匂いによって、ますますお腹が空いてきて、そしてだんだん腹が立ってきた。

 俺は小型のカセットコンロの火を切って、菜箸を置いた。

 「ちょっ!?なんで切ったの〜!」

 「攻守交代だ。ここからはフルスロットルで行かせてもらう!」

 俺は気が狂ったように鍋を蹂躙していった。 

 「もごもご。どうひた、食わないのか?相手は肉だぞ。それとも気づいたか?食っていいのは、食われる覚悟があるやつだけだと!もごもご」

 ......。

 ドン引きされていた。

 「すいませんでした」

 「よろしい」

 なんやかんやで二人とも満腹になり、俺はそれまで静かだった空間に言葉を投げかけた。

 「そろそろ帰るか?」

 「いや〜まだいよっかな。どうせ孝之の両親帰ってこないでしょ?」

 「まぁそれはそうなんだけど、その言い方はちょっと語弊がある気がする......。けど、そっか」

 俺は少し安堵していたのかもしれない。

 何だか今日のこいつは、見放すのが憚られたような気がしたから。

 「そういえば、元はと言えば、由奈ちゃんと孝之が上手くいかなくなったのってあたしのせいでもあるよね〜」

 確かに、そうかもしれない。前はよくわからなかったけど、この話を聞いたら何となく分かった。

 あれは一ヶ月前の出来事。俺と蓮菜が五年ぶりの再会を果たした時だ。

 同じ大学にいるとは思わなくて久しぶりの会話に花を咲かせていた。

 正門で別れようとしてたんだ。由奈と帰る約束をしていたから。

 ところが、正門にいた由奈は、蓮菜を見た途端に逃げ出した。血相変えて。

 俺は追いかけることもできずに立ち尽くしてた。

 隣にいた蓮菜は苦笑いをしてたっけ。

 その時に蓮菜から教わった、実は姉妹だという事実に、俺はなぜそれまで気づかなかったのか、本気で頭を抱えたくなった。佐藤という苗字に罪はない。

 「そういえばお前と再会してまだ一月だったな。全然久しぶりって感じがしなくてビビったぞ今。中学の二年間しか関わってなかったのによく俺に気づいたな」

 「まぁ、ね。それにあと一週間でクリスマスイブ...でしょ?だから早めに距離詰めておきたかった。あと、ごめんね?由奈との関係悪くさせて...」

 そういうこと言わないでほしい。どうしていいのかわからなくなる。

 「だ、だから......俺と由奈は......」

 「まだ、分からないでしょ?」

 「......」

 「ごめん、ちょっと攻めすぎた?」

 なんて、けらけらしてる。

 「ほんとだよ、ばか」

 「わかった、今日はもう言わない」

 明日からは言うの?

 

***

 夜の帳もすっかり下りた頃、俺は蓮菜を家まで送ることにした。

 蓮菜と由奈の実家は、俺の家から歩いて二十分くらいだ。

 俺も蓮菜もあまり会話をする気はなく、道中はずっと静かだった。

 ただ一言、俺はあることを聞いてみた。

 「なぁ、お前が俺を狙うのって、由奈への仕返しも入ってたりするのか?」

 蓮菜は困った表情をした。

 「ない、とは言い切れないかもね。でもあたし、由奈ちゃんのこと好きだよ。またお姉ちゃんって呼べる時が来ればいいんだけどな」

 「どうして呼べないんだ......?」

 こっちから深入りし過ぎたかもしれない。

 蓮菜の泣きそうな顔を見て、後悔と自責の念が募った。暗闇と冷たい風が余計に陰鬱な気持ちを引き立たせるようだった。

 「お姉ちゃんって呼ぶとね、凄い嫌そうな顔をされるの。でも由奈ちゃん、本当に優しい子だから、何も言わないんだ」

 「ごめん」

 うんうんと首を横に振る蓮菜。

 由奈が優しいのは俺も知っている。その優しさに何度も助けられたことだってあったから。

 しかしその言だけで、二人の仲の現状が察せられるような気がした。

 由奈が妹のことを俺に話したことがなかったことや実家に入らせなかったことにも、深い溝があるってことを推測させた。

 そして最後の、別れの一言がずっと耳に残っている。

 「あたし、君のことが本当に大好きだよ。由奈と上手くいかないままだったら、逃げてきてもいいんだからね?あたしが君に救われた時みたいに」

 その時の台詞には、ちゃんと答えられたかどうか、記憶が曖昧だった。

 休みはまだ一日残っている。明日はどうしようか。自宅に戻りながらそんなことを考え始めた。

 由奈からはこんな話聞いたこともなかった。

 いや、進んでしたがるような話ではないのは確かだよな。そう考えると、由奈には申し訳ないことをしてしまったかもしれない。

 俺は今後、由奈と今まで通りに関われるだろうか?由奈と蓮菜の問題には、介入するべきだろうか?心はしたがっている。

 蓮菜に対する由奈の思い込みは理不尽だ。

 蓮菜だって、被害者だ。その上、母親からの印象もあまり良くはないだろう。

 そんな板挟みを、中学の頃から経験している。   

 今は、由奈が一人暮らしをしているから、挟まれてはいないけど、大学は一緒だ。同じ空間にいるってだけで、ストレスは溜まるんじゃないだろうか?

 仲直り、させてやりたい。沸々とそんな気持ちが湧き起こる。

 二人を説得する?でもどうやって?蓮菜はそこまで由奈を嫌っていないようだ。

 だから問題は、由奈の方だ。流石に由奈も分かっているはずなんだ。

 自分の考えが理に適っていない、理不尽なものだって。

 たった一つのボタンの掛け違いのせいで、手に負えないところまで来てるって思い込んでいるだけだと思うんだ。

 ただ、それは俺の視点であって由奈の視点じゃない。

 ここまで根深い問題になってしまったのも、由奈の感情が蓮菜を拒絶しているからだ。

 蓮菜を見た時に逃げ出した由奈に、そんな荒療治が効くのだろうか?してしまって、良いのだろうか?

 今までも蓮菜のことで、俺と由奈の関係が拗れてしまっていた。

 今度の俺の行いは、決定的に俺達の関係を壊すものになる可能性だってあるように思えた。

 震え出した体はもう止まらない。

 だから、俺は───。

 

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