「突然呼び出しちゃってごめん」
次の日、時刻はちょうどお昼時、俺は由奈を呼んで、またもやファミレスで食事を取ることにした。
この前と違って、家族連れが多く、店内は忙しない雰囲気が漂っている。
「全然大丈夫だよ。孝之くんからこうして誘ってくれるのって、なんだか久しぶりな気がするな〜」
「ごめん...」
「あっ、別に責めてるわけじゃないよ!」
必死で弁解してくれる彼女に、俺はますます申し訳なく思った。
せっかく彼女が雰囲気を取り戻そうとしてくれているのに、このまま項垂れているだけじゃダメだ。
そもそも、こんな話を掘り下げるために、由奈を呼び出したわけじゃない。
「そういえばさ、ここがこんなに騒がしく感じるのって久しぶりじゃない?」
雰囲気を取り戻すために、俺は昔話を始めた。
「そうだったね。この時間帯からいつも二人で勉強してたよね。特に高三になってから」
懐かしさに応えるような笑みを浮かべてみせる。
「うん、由奈がいなかったら、あんな大学行けてなかったと思うよ」
その笑みに、自虐混じりに笑って応える。
「孝之くんの飲み込みが早かったんですよ〜。」
「......最近、こんな会話しなかった?」
「......確かに、したかも。」
あはは、と二人で笑い合う。
今日はこのままがいい。なんて、不覚にも思ってしまった。
なんだかとても良い雰囲気なのがやっぱり久しぶりに感じて、わざわざ暗雲を立ち込める可能性のある話題をしようとは、到底思うことができなかった。
由奈だって、そう思ってくれてるはずだ、と信じたい。
だから俺は、昔話を続けることにした。
「今思えば不思議だったな。俺達って、英単語帳から始まったんだよな」
「そうだね。なんだか、おかしいよね」
そうは言うものの、顔はニコニコと笑っている。
「そういえばなんであの時、話しかけてくれたの?」
「それは、孝之君が困ってたからだよ」
「本当に?」
俺は覚えていた。その前にも単語がわからないことがあったのに、その時は話しかけられなかったことを。
勘繰るような目線を向け続けていたせいか、ばつが悪そうな顔をする。
「孝之君に嘘は吐けないな。ちょっと、きっかけが欲しかったっていうのもあったんだ」
「え?」
初耳だった。つまりその時にはもう俺に気が...。
「その時は異性として意識、なんてしてなかったよ?」
この姉妹は俺の心が読めるらしい。
「じゃあどうしてって顔してるね?」
「う、あ」
俺は言葉を出せなくなっていた。
くすくす笑ってみせた後、理由を語ってくれた。
「当時、孝之君ってクラスで浮いてたよね?」
「あれ?そうだったっけ?」
「くすくす。知らぬは亭主ばかりなり、だね」
そうだったのか......。浮気はしてないけどな?
「孝之君と同じ中学からの、クラスメイトの武島君が、色々吹聴してたんだよ。その噂の中に、年下の女の子達を連れて校内を歩き回ってるっていうのがあってね?」
どういうことだ?そんなけしからん学園ハーレムには、全く身に覚えがない。彼女持ちとしての責任を守るためにも、あとで武島は妄想の中でボコボコにしておこう。
「その噂に色々尾ひれが付いて、仕舞いには、裏で危ないことしてる、なんて。それで私、君がそんな人だなんて思えなくて、本当なのかどうか話してみたくなったんだ」
「由奈も由奈で結構変わり者じゃない?」
「そうかもね。くすくす。そして、話してみたら意外と気が合っちゃって、いつの間にか友達、恋人へと変化していったのです」
「ノリ軽ぅ......」
確かに俺達の道のりは、ドラマのようにロマンチックでもなんでもなくて、気づいたら関係性が変化していた気もする。
それ故に、遠ざけていたものがどんどん迫ってきているのも感じてしまう。
そして今回も、この時間を大切にするために、胸の奥に覚えたチクチクとした違和感を、遠ざけていこうとした。
が、やっぱりこのままじゃダメだ。
誘うんだ。いつでもいいから、三人で話す機会を......。でも蓮菜のことは......。
ここに来て直感が囁く。触れてはいけない、戻れなくなる、と。
「大丈夫?変な顔してるけど......」
「い、いや元から変だったんだ」
「そういうことじゃなくて!顔色だって少し悪いよ?」
でも言え。先延ばしにしたって、何も意味が無い。
「じ、実はさ!!」
「は、はい!」
由奈はビクッと体を震わせる。
「いや、そのぉ...またデートしたいなって...!」
俺は嘘を頼ることにした、してしまった。
「え...!」
由奈の表情がみるみる嬉しそうになる。
それは、さっきの笑顔とは全く違う、生き生きとした笑顔だった。
やっぱり不安だったんだ。俺が蓮菜のところに行ってしまうんじゃないかって。
ズキズキと肺が痛くなって、呼吸するのも苦しくなっていく。
「孝之君の方から誘ってくれるの、久しぶりですね!」
由奈は緊張している時に出てしまう口調で話す。
いつもなら癒されていたその笑顔に、今はただただ苦痛を感じる。
「うん、クリスマス前にさ、行かない?予定空いてる日で」
「はい!あ、でも明日はバイトがあるから...。明後日です!明後日なら休めるかも...!店長には休むって連絡しないと...」
俺はそこでとんでもないことをしでかしたことに気づいた。
由奈のバイト先の人や由奈を騙してしまった自分に、むかむかとした吐き気を覚えた。これからすることは、由奈にとってはこんなものでは済まないかもしれないのに。
「わ、わかった。明後日、だな?」
ちゃんと笑えているだろうか?
「うん!楽しみです〜!孝之君が行き先を決めてくれるんですか?」
「あ、当たり前だろ?俺が誘うんだから」
「早く明後日にならないかなぁ」
側から見ても、由奈のはしゃぎっぷりは異常だったと思う。しかし、隣の席の人はこちらを微笑ましそうに見ていた。
俺は耐えきれなくて、また嘘を吐いた。
「ごめん、今日は帰る。由奈がそんなに喜ぶとは思ってなくて。もっともっとサプライズ考えてこなきゃ」
「サプライズ、なんて言っちゃ駄目だよ〜!余計に楽しみになってきちゃった!」
「あ、ごめん」
「謝らなくて良いよ!あ、でもサプライズがあるならそれを言ったら不味かったかもね?期待しちゃうもん。くすくす」
「あはは、楽しみにしておいてよ。それじゃあ、な」
俺は居ても立っても居られなくなり、会計を由奈の分も済ませてから、先に店を立った。
我ながら最低な演技だった。それでも騙されてくれたのは、由奈が俺のことを好きだからだ。
俺はふらふらとした足取りで家へと帰っていった。
その夜半、俺は目を瞑ったまま全く寝ることが出来ずに、胸の苦しみに喘いでいた。
そして、着信音が鳴った。
由奈と蓮菜からだった。同時だったことに何かの思惑を感じずにはいられなかった。
由奈は後回しに、蓮菜の方を覗いてみた。
「今日はあたしのこと、全く構ってくれなかったな〜!嫉妬しちゃうぞ!」
「付き合ってもないだろ...」
そう返信するとすぐに既読が付き、返事が返ってきた。
「ツッコミにキレがないな?どうしたの?何かあった?」
「いや、何も無い」
「やっぱり何かあったって」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!」
「あ、そうだ。明後日、いやもう明日か。明日デートするぞ」
「へ!?どゆこと!?」
返信はせずに俺はそのままスマホを消した。
詳細は後で伝えれば良い。今の俺は何をしでかすか分からないから。
もしも俺の気が触れて、あいつに縋ってしまうことがあったら。俺はそこから先のことが考えられないでいる。ただ、待ってるのは破滅だけだと、直感的にそう感じる。
今は休もう。由奈のことも忘れて。
***
結局一睡も出来ずに目が覚めた。
とりあえず、大学に行く準備をすることにした。
朝食をとっている間に、由奈からの、昨日というか今日のメッセージを読むことにした。
「孝之君、こんばんは。こんな時間にメールなんて、ちょっと非常識だったかな?ごめんね?あのね、今日のデートの誘い、とっても嬉しかったよ?でも、もう昨日のことになるのかな?なんて冗談。私、やっぱり不安だったんだ。蓮菜のところに行っちゃうんじゃないかって。でも孝之君から誘ってくれたってことは、そういうこと、でいいんだよね?結構長くなっちゃいましたけど、これが伝えたかったことだから。それじゃあ、おやすみなさい」
俺はこのメールを見たのを少しだけ後悔していた。由奈をもう一回悲しませてしまうことになる、と改めて思い知らされたから。
でも、もうそれっきりだ。
これで、俺と由奈と蓮菜、三人の関係を修復してみせる。
だから俺は由奈に、また嘘を吐く。
「安心してよ。俺は由奈一筋なんだからさ」
大学の通学途中で、俺は蓮菜にメールを送る。
「夜は言いたいことだけ言った後に返信しないで、悪かった」
すると、すぐに既読が付き返事が来た。
ありがたいけど、暇なんだろうか。
「別にいいよー。それでどうしたの?」
「実は明日、由奈とデートするんだ」
「あ!いっけないんだ!二股だよそれ!あたしと由奈ちゃんの二人とデートってことでしょ?!」
今はこのテンションに救われる。
「いや違うんだ、俺は悪くない」
「それ二股クズ野郎のセリフだよ!」
「だから、つまり何が言いたいかって言うとだな?仲直りしよう」
「そういうこと」
「理解が早くて助かる」
「それで、プランはどうするの?」
「俺が由奈とデートの帰りに公園に寄るから事前にいて欲しい。一人で待たせるのは寒いだろうし、申し訳ないけど、これが俺の考えた最善だった。協力してくれると助かる」
「まぁ、最低。デート中に他の女と会うなんてさ」
「うん、ごめん。この計画が、お前にも由奈にとっても最低なことだって分かってる」
「あー悪かったって、一応、あたしと由奈ちゃんのためだもんね?いいよ、協力するよ。でも、あたし五限まであるんだ。そんなすぐにはいけないかも」
「わかった、ありがとう。じゃあ時間は追って伝える。それじゃあ」
「んー」
よかった。これで後はデートプランを考えるだけだ。
大学も一旦授業が終わり、昼休みになった。
俺は食堂で、由奈と昼食を取っていた。
俺も由奈もカレーライスだ。
「普段あんまり食べないものって、美味しく感じるよね〜」
「カレーは楽だから、しょっちゅう作ってるよ」
「一人暮らしだと、カレーなんて作っても余らせちゃうから、中々作ろうとは思わないかな」
他愛もなさ過ぎる話をしながら、食事を続けた。
「孝之君も明日三限までだよね?」
「うん、本当は休日が良かったんだけど、待ちきれなくて。お昼過ぎからになるけど、いけそう?」
「うん!一旦帰るけど、すぐ戻るから!待ち合わせはどうする?」
「そうだな。駅にしようか」
「分かった!」
そうして俺達は、明日を迎えることになった。