初恋   作:rollymarcury

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第六話

 翌朝、俺はぐったりとした体を起こした。

 隣にはすっかり眠りこけてしまった蓮菜がいた。昨夜は結局、朝日が昇る前に寝てしまった。たった一日で色々なことがあったせいだ。

 俺は、隣にこいつがいたせいで一睡もできなかったけど。

 こうして見ると、蓮菜の寝顔はなんだかとても...良い。

 普段はサバサバとした態度で、俺を誘う時は女の顔で、しかし寝ている時は、それらとは全く違う、無力そうな可愛いらしい顔だった。

 俺は蓮菜の頬に触れた。そして、顔を近づけ...。

 「孝之?はぁ...もうしょうがないなぁ、孝之は。ん」

 「って!ちがあぁぁぁう!え!?今、何やろうとしたの!?」

 「何ってモーニングキス?」

 「自問自答の邪魔をするんじゃない!」

 「ヒェッ...朝の孝之はおっかねぇ」

 俺は由奈の彼氏でいると誓ったはずだ。それは今目の前にいるこいつ、蓮菜の泣き顔を見た後も変わらなかった。

 だが果たして俺は、こんな調子で戻れるのか?元の生活に。こいつの、いない生活に...。

 そんなことを思っていると、起き上がった蓮菜は、俺の聞きたくなかった言葉を口にした。

 「今日で、恋人ごっこもおしまいだね」

 嫌だ、と心が叫んだ。だが心に反して、口は真っ当なことを言う。

 「ああ、そうだな。ここを出たら終わりだ。俺達は友達に戻る」

 「あはは、でももう戻れそうにないや。あたしもう、孝之を友達として見るなんて無理。苦しいだけだもん。もしかしたら、もう会うことも少なくなっていくかもね?」

 そんなの嫌だ。

 前が、見えなくなる。

 「何で、孝之が泣くのよ?これは、孝之が言い出したことだよ?」

 そう言うお前だって泣いてるじゃないか......。

 「泣いてなんか、ない...。そう見えるなら、俺が嘘つきだからだ。騙されてるんだよ、お前」

 自分でも何を言ってるのかわからなかった。今言うべきことはそうじゃないだろ?

 はっきりと、別れを告げることだろ?

 俺達はそれっきり、無言だった。

 ホテルを出たところで、俺は蓮菜に最低な別れの言葉を告げた。

 「さようなら。俺は、友達としてお前を歓迎するけど、それが出来ないなら、もう会うことは出来ない」

 最低だと思う。けどそんな最低な捨て台詞を吐いて、俺は蓮菜の側を離れた。

 家に帰ってきた。

 どうやって帰って来たのかは、よく覚えていないが、大学には今からなら行ける時間だった。

 俺は朝食を食べずに、大学に行くことにした。

 耳で授業を聞いて、ノートを取る。そんな無機質な作業が今は心地良かった。

 昼休みになり、俺は学食に行こうとした。その前に、由奈にメールを送る。

 「昨日はごめん。別れ方も最低だったと思うけど、由奈のことが嫌いになったわけじゃないから」

 少し女々しい気もしたが送ることにした。するとすぐに返事が来た。

 「全然大丈夫だよ!むしろ、こっちの方こそごめんなさい。蓮菜にも迷惑かけちゃったし、孝之君にも当たっちゃった。別に私も、孝之君のことが嫌いになったわけじゃないから、安心して!」

 少しだけ、心が軽くなったような気がした。

 「そっか、良かった。ところで、お昼一緒にどう?俺、もう食堂の近くまでいるから会えないかな?」

 するとまたすぐに返事が来た。

 「ごめんなさい。もう友達と約束しちゃってるの。何だったら抜けて来ちゃうよ?」

 俺は何故か安堵していた。それは由奈と顔を合わせるのが辛かったからだということに、遅れて気づいた。

 「友達にも悪いから、また今度」

 「本当、ごめんね?」

 俺はスマホを閉じて、食堂を立ち去った。

 放課後、俺はまた真っ直ぐに家に帰って来た。風呂に入る余裕もなく、ベッドにばたんと寝っ転がった。

 大学では結局、由奈とも蓮菜とも会うことは無かった。

 明日は由奈に会いに行こう。そして、きちんと仲直りするんだ。

 そう決心した俺は、睡魔に身を任せた。

 翌日。 

 クリスマスももう三日前となった今日、俺は由奈と仲直りすべく、メールで、放課後、例の公園に来るように呼び出していた。

 以前座っていたベンチで待っていると、由奈が小走りでこちらに向かって来た。

 「ご、ごめん!待った?」

 「大丈夫だよ」

 実際、俺が予定より早く来すぎただけだった。

 「大丈夫ってことは待ってたんだ?くすくす。相変わらず優しいんだね?」

 柔和な笑みを浮かべる由奈に対して、そんな清らかな目で見ないでくれ、と懇願するのもおかしな話だった。

 「そんなことないよ。それはさておきさ、今日呼び出したのは、仲直りがしたかったからなんだ」

 「そ、そっか。あの後、喧嘩別れみたいになっちゃってたもんね」

 バツの悪そうな顔で視線を下げる由奈。

 「そのことで、さ?俺、蓮菜の告白、きっぱり断ったんだ。俺は、由奈のことが一番好きなんだ。だから、この前由奈が言ってた、蓮菜と俺がお似合いなんてこと、全然ないんだよ...」

 ずきりと胸が痛んだ。俺の中で複雑に錬成された刃が、俺の心を蝕んでいくような感じだった。

 「それって......!ううん、孝之君が自分の口でそう言ってくれたってことは、信じてもいいんだよね?」

 今にも跳ね上がりそうな勢いだった。

 「ああ、平気だよ。俺は、由奈のことが一番好きなんだ」

 「嬉しい......!私、寂しかったんですからね?」

 それは、こっちまで嬉しくなるような笑顔だった。

 「あ、ああ、大丈夫だよ。」

 そんな反応を続ける俺に、とうとう不審気な目を向けた。

 「どうしたんですか?って、顔色悪いよ!大丈夫!?」 

 表情がコロコロ変わって、何だか面白い。

 「おでこ失礼します!熱、はどうだろう?無いかもだけど、でもなんかフラフラしてるし...。あっそうだ!お粥とか食べます?ここからならウチの方が近いし、今からどう?」

 そんな台詞を捲し立てて喋る由奈からは、本当に俺のことを心配してくれてる様子が窺えて、何だかとても申し訳なく思った。

 「いや、でも俺、あまりお腹空いてないんだ」

 それは本当だった。だって俺は蓮菜と別れてから、一食も口にしていない。

 「空いてないって、でも食べないと元気出ませんよ?」

 「大丈夫だ、よ......」

 「孝之君!?」

 最後に覚えてるのは由奈の家の光景。

 玄関に入ったら、なんだか力が抜けてしまった。

 目を開けると、由奈の家の敷布団に寝かされていた。

 目の前に置かれていたお粥を貪る。

 すると、ガラッとドアから由奈が入って来て、俺の横で正座をした。

 「起きたんだ?急に倒れるから心配したよ。その食べっぷりからして、どうやら症状は栄養失調みたいだね?ご飯はちゃんと食べなきゃダメですよ〜?」

 「美味すぎる!!」

 がっつく俺。

 「もう、聞いてないし......。それで、何かあったんですか?ぶっ倒れるまで何も食べないなんて、変だよ?」

 変なところにお粥が入ってむせた。

 急いで水を持って来てくれた由奈に感謝しながら、俺は言うべきか言わざるべきかを考えた。

 結果、俺は嘘を吐くことにした。

 「ショッキングな映像見ちゃってさ。ほら、海外の動画。俺、最近グロいのとかダメみたいで、しかもそれがちょうど食べ物系だったんだよな。牛さん、鶏さん、ごめんよぉぉォォオオオ!」

 豚は嫌いだから謝らないことにした。

 「そ、そうだったんだ......。それは、なんていうか、災難だったね......?」

 困惑気味の由奈に申し訳ないと思いつつも、真実を隠せたことに安堵していた自分を見つめた。

 「あ、そうだ。あの後、蓮菜何か言ってた?」

 あの後とは、当然あの喧嘩の後のことだ。

 俺はまた嘘を吐くことにした。今度は真実も混ぜる。

 「ぶっちゃったこと、謝りたいって言ってたな。その後は、普通に解散した」

 「そっか。でも、あれは私が......。孝之君聞いて?私、やっぱり間違ってたんだと思う。あれから考えてみたんだ。蓮菜と孝之君との関係。そしてさっきの、私の事が好き......っていうので決まったよ!」

 顔に出てないことを祈りつつ、俺は思わずぎくっとした。

 「どういうこと?」と聞くと、正座のままの由奈は申し訳なさそうにして言った。

 「蓮菜と孝之君の関係、疑っちゃうようなこと言っちゃってごめんなさい。そして、孝之君も私の事で悩んでて、それを蓮菜が相談に乗ってくれてたなんて知らなかった。少しおいたな部分もあるけど、蓮菜は良く出来た子だなって思ったら、私が抱えてた思いも少しずつ消えていっちゃった。だからこれからは、蓮菜とも仲良くしていきたい」

 それは想定していた中で最良の結果だったはずなのに、今となっては最悪の結果だった。

 俺はこれから、蓮菜とどう接していけば良いんだろう?正直、俺もこのまま友達でいられる自信が無くなってしまっている。

 そんな俺達が再会してしまったら、なんてことを考えると、また破滅の予感が脳裏をよぎる。

 そんな考えを押し込めるため、由奈と話をする。

 「そういえばさ、明々後日にはクリスマス、だよな?俺達せっかく仲直り出来たんだしさ、二人でクリスマスパーティーしない?」

 「今年も私の家で、だね?」

 由奈は嬉しそうだったが、困ったというような顔になった。

 「でも、今から飾り付けとかって間に合うかな?」

 「大丈夫だよ!俺も手伝うからさ!あ、でも由奈、バイトで大変かな?」

 「バイトは、クリスマスは入れてないけど、明日と明後日は入れちゃってるんだ...。だから、飾り付けする時間もあまり取れないかも...」

 「そんな残念そうな顔しないでよ。俺が家で作ってくるから、当日に持って行くよ!」

 「い、いいの?うん!わかった!でも孝之君だけに押し付けるわけにはいかないから、私も少しは協力させてもらうね?」

 「そういえば、今日バイトないの?」

 由奈は個人経営の喫茶店で働いている。ウェイター姿がとても可愛かったのが印象的だった。

 けど以前由奈の勤務時間に行った時、俺のことをずっとチラチラと見て、他のお客さんの注文も聞き忘れる始末だった。

 どうやら由奈は、知り合いがいると仕事に専念できないタイプらしかった。

 それ以来俺は、由奈がいる時間に喫茶店に行くのは止めることにしていた。

 店の周辺は人通りも多く、特に学生が多いため平日は結構繁盛するそうだ。

 だから、少しだけお給料が良いとのこと。

 そんな庶民的な思考にほっこりする俺だった。

 「休んじゃった。孝之君のことが心配だったから」

 それも束の間だった。

 俺は、罪悪感でいっぱいになりそうな胸を必死に押さえた。そして、なんでもないかのように振る舞った。

 「ありがとう。ごめんな?」

 「二つ言われちゃうと、なんて言えばいいのかわからないね?」

 くすくすと笑う由奈。

 「どういたしまして......で良いんじゃないかな?」

 「あはは、そっか」

 「そういえば、このマグカップ、まだ使ってくれてたんだ?」

 さっき俺がむせた時に持って来てくれた水のカップは、付き合って一年目に、俺があげた物だった。

 「今も大事に使ってるよ〜。それはもう、我が子のように!」

 「なんじゃそりゃあー。ボクのことよりも大事ってコト?」

 「あはは、誰?その人」

 「忘れちゃったの〜。ボクは由奈ちゃんが初めて使ってくれたコップ、妖精コップンだよ〜」

 「初めて使ったコップなんて覚えてないよ?しかも名前がなんだか肥料みたいだね?」

 そんな俺の照れ隠しにも、笑って相手をしてくれる由奈に俺は感謝と共に、罪悪感が芽生えてしまったのだった。

 お粥も食べ終えて少し経った頃、空は冬に相応しく、早々に日が隠れてしまっていた。

 俺は長居するのも、迷惑かもしれない。そんな風に自分を正当化して、帰り支度を始めた。

 そんな様子を認めた由奈が、

 「あれ?もう帰っちゃうの?」

 と言って、寂しげな表情を見せた。

 俺はまたあの時と同じような、胸の苦しみに苛まれた。だから、「少し調子悪いし、由奈の寝床占領するわけには行かないだろ?」と言って、そそくさと玄関まで歩いた。

 玄関まで見送りに来てくれた由奈に、俺はお礼を言う。

 「お邪魔しました。今日は本当に助かったよ。クリスマスの飾りもこっちで準備しておくから」

 「ちゃんとご飯食べるんだよ?それと、少しは手伝わせてもらうからね?」

 俺は、ニコニコと笑みを浮かべてくれる由奈のどこに不満を感じるのだろうか?

 俺がどんなに迷惑をかけても、嫌味の一つも言わない。例えその原因が、由奈に対して最低な行動だったとしても。

 こんなに良い子、もう絶対に見つからないはずなのに......。

 そんな自己嫌悪に苦しみながら、由奈のアパートを後にしたのだった。

 自宅に戻ると、俺は熱いシャワーを浴びた。

 火照った体に冷たい水が沁み渡る。

 そうして一段落した後、ベッドで寝転がっていた俺は、蓮菜に謝罪のメールを送ろうとした。

 「ごめん。前のことは無かったことにしてくれ。お前がどんな気持ちを抱いていようと、俺は大丈夫だから」

 送信ボタンに触れかけた指に待ったをかけた。

 なんだこのメールは?あまりに高圧的で独善的過ぎやしないか?

 一方的に突き放しておいて、なんて言い様だろう。

 そもそも、連絡するのだって...。

 俺は文章を取り消して、スマホを閉じることにした。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 目が覚めると、すっかり朝日が昇っていた。

 俺は大学の準備をして、すぐさま大学に向かうことにした。

 メールで由奈に昼休みは一緒に食べようと送った後、俺は大学の広場に来ていた。

 またしても一限が無いことを忘れてた。

 「いない、か」

 辺りを見回しても、蓮菜の姿は見えない。今、あいつはどこで何をしているんだろう?なんて、心配をしてしまう。

 普通に飯食って、学校行って、寝ての繰り返し。 

 蓮菜もこの街でそういう日常を送っていると思えば、心が軽くなった気がした。

 そうして俺は、二限目が始まるまで広場でまったりと過ごした。

 昼休みになり、由奈と食堂へ来た。

 由奈と俺は、きつねうどんを食べていた。何故だかお互いに、同じ物を頼みがちだ。

 ずるずると麺を啜っていると、由奈が隣から話しかけて来た。

 「そういえば、蓮菜と連絡が取れないんだけど、何か知ってるかな?」

 「えっ...。なんだよ、それ?」

 「お母さんにも連絡したんだけど、家にも帰ってないって」

 頭が一瞬、真っ白になった。呼吸も心なしか荒くなって来たような気がする。

 そんな俺の表情を知ってか知らずか、由奈は、

 「多分大丈夫だと思うんだけどね?蓮菜ってほら、私とお母さんとの関係良くなかったから、よく友達の家とか行ってるんだ」

 と励ますように言った。だから私のせいでもあるのかも、と付け加えて。

 「じゃあ、そんなに心配すること、ないか?」

 「いつものことって言っちゃうと、冷たく聞こえるかもしれないけど、あまり心配しなくても、また孝之君のところにも顔出してくれると思うよ?」

 由奈は、本当になんでもないことのように言ってのける。

 けど俺は不安だった。

 だって、今回のプチ家出の原因が、由奈やお母さんじゃなくって、俺だった場合はどうなるんだ?なんてことを考えてしまっていたから。

 でもそれは由奈には言えないことだ。

 なんのために、あんな最低な別れを告げたと思ってる。

 俺は由奈に誠実でいるために、蓮菜に誠実でいないって、そう決めたはずだ。

 だけど俺の心は、納得してくれなかった。

 「ぼーっとしてると、うどん伸びちゃうよ?」

 「そうだな、食べるか」

 ズリュリュリュリュゥ!と掃除機も顔負けの吸引力で吸ってやった。

 放課後、ショッピングモールの雑貨店に行って、クリスマスの飾り付けを買って帰った。

 由奈と話し合った結果、ステッカーは由奈がやるとのことで、俺は折り紙で輪っかを作ったり、じゃらじゃらとしたメッキモールを買ったりした。

 俺は机に胡座をかき、折り紙を細く切って輪っか状になったものを繋げていく。

 こういう作業をしていると、やはり考えごとをしてしまう。

 明日はとうとうイブだ。

 クリスマスパーティーはその次の日だから、イブは予定が空いてるな。

 蓮菜でも呼ぼうか、と気軽に思ってしまった。

 俺はまだあいつに対して、友達気分で接しようとしているらしい。

 お互いにもう、そんなこと絶対に無理なのに。

 俺は考えるのをやめ、折り紙作りに集中した。

 作業もあらかた終わって、そろそろ遅い晩ご飯でも食べようかという時、由奈からメールが来た。

 急いでメールを開く。

 「こんばんは、孝之君。今、バイトの帰りだよ。ちょっと、パーティーのことで確認しておきたかったことがあったんだ。食事は私が用意するから、孝之君は飾り付けだね?パーティーは17時からで、それまでに準備しよう?これで、大丈夫かな?クリスマスが休日で良かったよ〜」

 そんな由奈のメールに、顔を緩ませながら、

 「うん、合ってる。俺の方は大体終わったから。本当、休日で良かったな。なんかいつも学校行ってた気がするから、何かの陰謀が働いてるのかと思ってたよ」

 と返信した。

 「孝之君のために料理大奮発するから、期待して待っててね?」

 「今から何も食べないで過ごします!」

 「また倒れちゃったら嫌だよ〜?」

 こんな会話がとても楽しい。

 「そろそろ家に着いちゃうから、一旦切るね?」

 「うん、俺も今から晩ご飯食べようと思ってたから、ちょうど良かった」

 「じゃあまた!」

 「うん、また」

 なんとなく流れでまた話すことになったが、俺の方は結構嬉しかったりした。

 これで蓮菜のことを考えなくて済む、なんてことを思いそうになった自分の頭に蓋をした。

 晩ご飯を食べ終え、歯を磨く。

 そうしていると由奈からメールが来た。

 「今から、電話してもいい?」

 そんな端的な内容でも俺はニヤついていた。なんだかんだで、由奈と電話するのは久しぶりだったから。

 付き合いたての頃なんかは、話題が全く付きなくて深夜の三時くらいまで毎日電話してたっけ。

 今は由奈の電話代が心配なのもあって、長電話はしなくなったけど。

 「歯磨いてるから、ちょっと待ってて」

 「待ってるねー」

 そして歯を磨き終え、由奈に電話をかけた。

 「もしもし?由奈?」

 「もしもーし。孝之君、聞こえてる?」

 なんだか電話が初めてな二人みたいで、おかしくて笑ってしまった。

 「ぷっははは!」

 「ど、どうしたの?」

 「いや、今のなんか変な感じだったなって」

 「変って?」

 「凄く初々しくなかった?まるで電話が初めてみたいな」

 「そうかな?でも孝之君、変なツボに入っちゃってるね?」

 そうかも、と返して俺達は雑談を始めた。

 「ねぇ、そういえばクリスマスプレゼントはもう用意してくれた?毎年、恒例になっちゃってるから確認はいらないかなって思ったけど、一応ね?」

 思わず声が出そうになった。どうしよう、色々なことがあり過ぎたせいか、すっかり抜け落ちてしまっていた。

 でもここで、忘れてたなんて言ったら空気が悪くなるかもしれない。

 だから俺は、また嘘を吐くことにした。

 「用意、したよ?あんまり高い物じゃないけど」

 「値段なんて関係ないよ!孝之君が選んでくれたことに意味があるんだから」

 「そっか、そう言ってくれると気楽かも」

 「うん、私もね?もう用意してあるんだよ?期待してくれてもいいよ!結構自信あるんだ〜」

 嬉々とした声音でそう話す由奈に、俺はますます申し訳なく思ってしまった。

 それ以降は他愛もない話が続いた。

 バイト先の話だとか、大学のレポートの話だとか。

 そういう話をしていると、由奈の声がどんどん蕩けていって、あくびも多くなって来ていた。

 由奈は働き詰めなんだ。こうやって話をする時間を作ってくれるだけでも、やっぱり優しいんだなって伝わってくる。

 「由奈、明日もバイトでしょ?今日だって、結構遅くまでやってたっぽいし、早く寝たほうが...」

 「んーんー。へーきだよ〜」

 「完全に退行しちゃってるんだけど...」

 「わらひ、眠くないっへぇ〜」

 まるで酔っ払いみたいな口ぶりに思わず、ふふっと声が漏れた。

 「俺は、眠くなって来ちゃったな。ふわあ、今日一分しか寝てないんだ」

 俺は寝てない自慢をすることによって、由奈が折れやすくなるように仕向けた。

 「それは、早く寝ないとだね〜。おやすみ〜」

 「ああ、おやすみ」

 ツーツー。

 やっぱり眠かったのか、すぐに切られた。

 とはいえ俺も眠かったので、すぐさまベッドで横になった。

 明日は、プレゼント探しだ。

 そう決心した俺は、意識を手放したのだった。

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