初恋   作:rollymarcury

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最終話

 翌日。

 パーティーの前日。

 俺は、プレゼント探しのため、少し遠くのアウトレットまで足を伸ばしていた。

 来てから気づいた。

 俺は、何を買うつもりなんだろう。

 クリスマス直前なこともあって大勢の行き交う人々や店の看板がずらりと並んでいた。 

 何を買うかすら決まってないのに、ここに来たのは多分失敗だと思った。

 俺は、雑踏をかき分けて、ガラス越しに店を覗き込む。

 しっくりと来る物はない。

 蓮菜だったら、何を欲しがるかな?

 そんな思考を振り払い、プレゼント探しに潜って行った。

 結局閉園間際になっても、しっくり来る物が見つからなかった。

 由奈は高い物じゃなくても良いって言ってくれたけど、由奈の喜ぶもの...。

 由奈は断捨離が得意で、要らないものはスパスパと捨てていってしまう。

 俺はそれを知っていたから、実用性のあるものをいつも選んでいた。

 四年もそういった物を贈っていると、流石にネタも尽きてくる。

 俺があげたものは今でも大事に使ってくれてるっぽいから、代わりのものをあげるのもな。

 そうして悩み抜いた末、結局何も買えなかった俺は、とぼとぼと家に帰っていった。

 昨日の飾り付けをまとめていると、由奈からメールが来た。

 「風邪とか引いてないよね?」

 「全然大丈夫だよ。由奈は心配性だな。むしろ俺は由奈の方が心配だよ。今日までずっと働き詰めでさ?由奈は大丈夫?」

 「うん!全然へっちゃらだよ!というか、風邪引いてでもパーティーはやるよ!あ、でも孝之君に移っちゃうから、ダメかも」

 最後の最後で人のことを心配してしまう由奈は、やっぱり優しいんだと思う。

 「由奈は頼もしいな。本当に平気そうだ」

 「明日の仕込みやりたいから、そろそろスマホ消すね?孝之君が元気そうで良かった。明日は楽しみにしてるね。おやすみ」

 「うん、由奈も元気そうで良かったよ。俺も楽しみにしてる。おやすみ」

 俺達はそんな和やかな雰囲気のまま、パーティー当日を迎えたのだった。

 

 

 

 翌日、今日も俺はプレゼント探しに奔走していた。

 店という店をあっちこっちに回って、そして俺は、指輪を選んだ。

 指輪といっても、大学生でも買える値段のリーズナブルな指輪。

 婚約指輪や結婚指輪は別で渡すつもりだ。だから、印字はしなかった。

 指輪なら、断捨離する必要はないかなと思ったのが数分前。

 思いつきから行動に移すのに、それほど時間はかからなかった。

 とはいえ、ここまで来るのに数時間。時刻は既にお昼過ぎになってしまっていた。

 今回ばかりは己の甘さを実感させられていた。

 昼食はショッピングモールで軽く取ることにした。

 そして、俺はフードコートの席に座ったまま、由奈にメールで、「今から行ってもいい?」と尋ねた。

 単純にもうやることがなかったんだ。

 少しして返事が来た。

 「悪いけど、まだ待っててくれる?孝之君に見せたいものがあるから......。だから、四時半頃になったら来てほしい!」

 「見せたいものってなんだ?なんか緊張してきたぞ?」

 「楽しみにしててね!」

 さて、どうやって時間を潰そうか。

 家に飾り付けを取りに戻る時間を考慮に入れよう。

 真っ先に思いついたあいつの顔。

 これ以上掻き乱される前に、俺の方から連絡するべきか。

 霧の中を歩くような気持ちで、俺は蓮菜にメールを送った。

 「今、どこにいるんだ?由奈から家に帰って来てないって聞いた。友達の家にいるんだったらそれでいい。事故とか巻き込まれたりしてないよな?ちゃんと無事なんだよな?」

 驚いた。

 俺はずっと蓮菜のことを心配していたんだ。

 それも何かあったんじゃないかって心配で。

 いつもならすぐに既読が付くはずなのに、今回に限ってはいくら待ってみても付くことはなかった。

 それだけで俺の心臓は、バクバクと強く脈打ち始める。

 蓮菜、どこにいるんだ?

 本当に大丈夫なのか?

 そもそも生きてるのか?

 俺、嫌だぞ。あんなのが最後なんて......。

 

 

 

 一旦家に帰ると、午前に歩き回っていた疲れが一気に来た。

 俺はパーティーまでに英気を養っておこうとベッドで横になった。

 パーティーまであと四時間くらい。 

 それでも頭の中は、蓮菜が心配という気持ちに支配されていた。

 何が、誠実だよ?

 さっきから俺は、今にも蓮菜を探しに行こうとする体を、必死に押さえつけていた。

 見つけてどうするんだよ......。

 そもそもパーティーの前までに見つからない可能性だってある。

 由奈がせっかく料理を作ってくれているのに、遅刻なんて絶対に出来ない。

 そんな一か八かに賭ける蛮勇さを俺は持ち合わせていなかった。

 だから俺は、寝ることにした。

 意識が無ければ、そもそもこんなこと考えなくて済む。

 スマホのアラームを予定時間の一時間前に設定して、仮眠を取った。

 ピロピロピロピロ。

 マズい。

 スマホの画面を見ると、起きようと思っていた時間よりだいぶ押してしまっていた。

 スヌーズ機能を過信した罰だ。

 俺は、カピカピになった口元を洗面台で洗って寝癖も治して、飾りとプレゼントを持って、由奈の家に出発した。

 外はもう夕暮れ時だ。

 紅に染まった空と夜の闇とが混じり合って、幻惑的に思わせた。太陽は、大きな雲で隠れていて見えなかった。

 「さっぶぅ〜」

 服のチョイスを誤ったのかと思うくらいに寒かった。

 といっても、のんびりしていたら遅刻するくらいの時間なので取りには行かず、俺はガタガタと震えながら足を動かした。

 背中が冷たさで強張るのを感じながら、俺は由奈のアパート前まで着いた。

 インターホンを鳴らし、由奈を待つ。

 「今開けます!」

 と、由奈の声が聞こえて来た。

 ガチャ。

 「メリークリスマス、由奈」

 由奈はグレー色のエプロン姿だった。実用性を取っているんだろう。

 「それを言うのはちょっと早い気がするな?ささ、中入って」

 「お邪魔しまーす」

 俺は由奈の後に着いていく形で家に上がって行った。由奈は長い髪を後ろに結っていたのでなんだか新鮮だった。

 美味しそうな料理の匂いが、どんどん強くなって来る。

 由奈の家はそれほど物が多くない。

 リビングには、家電やテレビなど必要な物だけが置かれているので広く感じる。

 バイトで生計を立ててるためか、それとも元からそういう性格なのか、俺は実家の由奈の部屋を見たことがないから分からなかった。

 由奈は、俺を席まで案内した後、ぱたぱたと忙しなく動き始めた。

 そして俺も由奈に許可をもらって、部屋に飾り付けをし始めた。

 窓には既にステッカーが貼ってあった。

 サンタやトナカイ、クリスマスツリー、カバ?はなんだかよく分からないけど、そういうのが貼ってある。

 「由奈は料理する時、エプロンしてるんだな」

 そう言うと、キッチンの方から声が聞こえた。

 「普段はしないんだけど、揚げ物の油が飛んじゃうかなと思って。エプロンって洗うの楽なんだ〜」

 「やっぱ庶民的だな」

 「褒め言葉として受け取っておきま〜す」

 由奈はとても上機嫌だ。

 「何か手伝うことない?由奈忙しそうだし、俺だけのんびりペタペタやってるのも...」

 「大丈夫!孝之君は飾り付けやってくれてるんだから、料理は私の務めだよ!」

 明らかにそっちの方が大変そうなのにな。

 飾り付けも終わって部屋全体がクリスマスムードになった。

 俺はすっかり手持ち無沙汰になってしまったから、ぼーっと由奈の手捌きを眺めていた。

 揚げ物だらけだった。

 由奈曰く、俺の好きな物を選りすぐった結果らしい。昼はあまり食べなくてよかった。

 「そういえば、今日雪降るかもだって。朝のニュースでやってたよ?ホワイトクリスマスなんて結構珍しいよね〜。なんかいい事あるかも!」

 「神様もたまには粋な事してくれるなぁ」

 そうやって相槌を打っていると、スマホの通知音が鳴った。

 「今の孝之君のじゃない?」

 「あ、ごめん。スマホ切ってなかったかも」

 「大丈夫だから、それくらいで謝らないでよ」

 と笑顔で言われて、俺は慌ててスマホの電源を切ろうとした。

 その時に画面がチラッと見えた。

 蓮菜からの、メールだった。

 頭が真っ白になりながらも、メールを確認した。

 それはただ一言、「寂しい」とだけ送って来ていた。

 居ても立っても居られなかったが、必死に止まった。

 俺は由奈だけに誠実でいるって、そう、決めて......。

 何で、今なんだ。タイミングが悪すぎるだろ...。

 パーティーの前ならまだ探しに行けたかもしれないのに......。

 黙り込んでしまった俺を不審に思ったのか、由奈が明るく話しかけて来た。

 「どうしたの?もしかして、お腹空いちゃった?」

 「いや、子供じゃあるまいし、我慢できるよ」

 由奈はくすっと笑って、

 「お腹は空いてたんだね?」

 と言った。

 「本当にごめん。実は、もしかしたら途中で抜けるかも」

 発してしまった言葉を取り消すことは、俺にはできなかった。

 「え...?何か予定入っちゃったの?」

 「まだ確定ってわけじゃないけど、ごめん」

 俺はそんな無意味な保険に頼ることしか出来なかった。

 由奈はさっきとは打って変わって、暗い表情になった。

 俺が、そうさせた。

 そんな中、またメールが来た。

 「公園」

 っ......。思わず唇を噛んだ。

 口の中に鉄の味が広がった。

「孝之君!唇から血!血出てるよ!噛みすぎだよ!」

 「ごめん」

 下を向いて項垂れることしかできなかった。

 さっきとは対照的な暗い雰囲気が、この部屋を支配していた。

 こんなはずじゃ、なかったのに。

 自分で作り出した空気にも関わらず、俺は耐えきれなくなって、なりふり構わず外に飛び出した。

 「公園」という文字を見た時から、もうダメだった。

 抑えられそうになかった。

 日が完全に落ちきった外は、さっきよりも冷え込んでいた。

 それこそ、ずっといたら凍え死んでしまうんじゃないかってほどに。

 そういえば、雪が降るんだっけ。

 鼻のあたりを庇いたくなる寒さを無視して、俺は公園に急いだ。

 それほどの距離じゃないのに、何十分も走らされたような気分で、俺は公園に着いた。

 入り口付近には見かけなかったので、広場に行く。

 象徴的な噴水が見えて来たところで全力で走る。

 見つけた。

 一人、寒そうにしてベンチに座っている女性。

 下を向いているその人の隣に座って、俺は何の抵抗も無く話しかけた。

 それは以前、俺がこの公園に由奈を誘き出した時と同じ服装だったから。

 「何で、そんな薄着なんだよ?」

 「さっき知ったよ。今日、雪降るほど寒いらしいね?」

 蓮菜に見られながらも、来ていた黒のジャケットを貸した。

 「孝之も寒そうだよ?」

 「走って来たから暑いんだよ」

 そっと、手に触れる。

 冷たい。

 「何、やってんの?」

 俺はその問いに答えられないままだった。

 そうしている内に、蓮菜も考える余裕が出てきたのか、

 「何で来たの?」

 なんて事を聞いてきた。

 「お前が来てほしいって、言ったんじゃないか」

 「あたしは別にそんなこと、一言も言ってないって」

 なんて言ってそっぽを向いてる割に、距離は近かった。

 「由奈ちゃんと今日予定かあったんじゃないの?」

 顔はそっぽを向いたままだった。

 「お前が、あんなメールよこしてくるから、飛び出しちゃったよ」

 「あたしのせいなの?」

 そうだ、と言い切れるならどれほど良かっただろう。

 あの時の俺は、確かに由奈より蓮菜に会いたかった。

 現にこうして今、目の前にいるのは蓮菜なんだから。

 「いや、俺が悪い」

 「そう言うと思ったけど、今回ばかりはあたしだって悪いんだよ?......ずるかったでしょ?」

 力のない笑みを携えながらこちらを向いた。

 「ほんと、だよ。何で今まで連絡よこさなかったんだよ......。余計な心配させやがって......」

 と言って、今度は俺の方が下を向いてしまう。

 「心配、か。まぁ、そうだよね。孝之があんなメール送ってくるなんて思わなかった。だってあたし達の最後ってあんなだったからさ」

 「あれが本気なわけ、ないだろ......!」

 「それは知ってる。だけど、これ以上二人の邪魔するわけには行かないなって思って。良い口実が出来た〜くらいに思ってたんだ」

 「でも、友達でならいられるだろ?」

 「それはあたしが耐えられそうにないかな〜」

 あはは、と乾いた笑いが横から聞こえてくる。

 「区切り、だったんだよ。あれが。っ......あたしと孝之の関係の区切り」

 上擦った声が聞こえて、俺は顔を上げた。

 泣いている。

 そんな顔で、言うなよ...。

 俺、また間違えちゃうだろ...。

 また、抱きしめてしまいそうになる......!

 「そんな寂しいこと、言うな...!嫌だ、お前との関係が終わりだなんて!ずっと側にいてくれよ!」

 俺も泣いてしまった。

 「酷いこと、言うね?由奈ちゃんと孝之がイチャイチャしてるところ、あたしに一生見てろって言うの?どんな拷問よ、それ......」

 「そ、それは......」

 確かに考えが足りてなかった。そんな幻想は俺の我儘だ。

 俺は決めなきゃいけないのか。由奈か蓮菜か。

 そんな俺の懊悩をよそに、蓮菜は変に明るい口調で、

 「とりあえず孝之の顔見れたし、か〜えろっと。今年のクリスマスはもう寂しくない!来年は新しい男でも作るか〜!」

 と言って、ずっと触れ合っていた俺の手を振り解いて立ち上がった。

 「やめろ!俺の前で、冗談でもそんなこと言うのはやめてくれ...」

 すると、また泣きそうな顔になった。

 「なんでよ?孝之には由奈ちゃんがいるじゃん?あたしに誠実でいないことで、由奈ちゃんに誠実になるって言ってたよね?」

 「い、いや」

 俺はさっきから言葉に窮してばっかりだ。

 「もう遅いんだ。俺、由奈がせっかく手料理作ってくれてたのに、それを放り出してお前のところに来たんだ。だからもう...」

 「は?なにそれ、サイテーだね」

 ずきりと胸が痛んだ。

 そうだ、最低だよ。

 そんな最低な俺だから、今ここにいるんだよ。

 「と言いつつ、何でそんなに嬉しそうなんだよ」

 「いや、そんな由奈ちゃんを差し置いてまで、あたしの元に来たのが、なんか...刺さっちゃって」

 そう言う蓮菜の顔はニヤついていて、少しだけ頬が紅潮していた。

 「あたし、将来絶対ロクでもない男を好きになりそう。例えば、今目の前にいるこの男とかね。ほんと、顔だけは良いんだからさ。それもなんかクズっぽいよね」

 「言いたい放題だな」と苦笑すると、蓮菜は「まぁね」と言って、座り直した。

 「じゃあ、理由を聞こっか?」

 「理由って......なんだよ?」

 「なんで、あたしのところに来ちゃったの?」

 それはさっきと同じ質問だったが、微妙に求められてる返答が違うような気がした。

 だって、期待するような眼差しだったから。

 「......あのホテルでの一件以来、惚れ直した」

 恥ずかしすぎて、目を合わせられなかった。

 「あの時はお前を過去にできた〜とか言って飛び出そうとしたくせに」

 そう言って、恨めしそうに睨んでくる。

 「正直なところ、お前の告白が原因だ。やらせたのは俺なのにな?」

 「身から出た錆、だよ」

 と言って、身を寄せて来た。

「あたしも最低だ。由奈ちゃんは今でも悲しんでるはずなのに、あたしは側に孝之がいてくれるってだけで喜んじゃってる」

 その証拠に、とでも言うみたいに俺の右手を優しく掴むと、自分の心臓の方に持っていった。

 ドクドクドク。

 その音を聞いて俺の心臓も、ドクドクドクと鳴り始めた。

 まるで永久機関だ。

 「俺は、蓮菜が好きだ。蓮菜になら誠実でいられる」

 「信用できないね」

 と言って、何かを待つような顔をする。

 分かってる、と俺は行動で示した。

 「ん......あむ」

 お互いの唇が再会を果たした。

 俺達はしんしんと降り始めた雪に覆われるのを待つように、何回も何回もキスを続けた。

 雪は覆い隠してくれるだろう。そこにある想いも、真実も。

 しかし、いつかは消えてなくなる。

 そうして露わになった真実はきっと、踏まれた雪泥のように醜い。

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