《のどかな村》
ドン・ワイルドバード戦に向けて、自分は持ち物や装備を見直していた。
武器屋の前で佇み、あごに手を添えながら頭を悩ませる。その間も隣ではノアが店主の旦那と会話を交わしており、少女は王子様のような調子で華麗に喋り続けていたものだ。
持ち前の知恵を披露することに快感を得ているのだろうか。
「アレウス・ブレイヴァリー。まだ購入を検討しているのかい? もう、半日は武器屋に滞在しているんじゃないかな」
「一度悩んじゃうと、なかなか決められなくてね……。買うかどうか、どうしたものかな……」
武器や盾が並ぶオブジェクトの前で佇むこちらへと、店主の旦那もノアに続いてセリフを投げ掛けてくる。
「何をそんなに迷っているんだ? 悩むくらいなら景気よく買っちまえばいいんだよ!」
「それもそうなんですけどね……。今、突属性に耐性がある盾を買うかどうか、ちょっと迷っておりまして……」
「突属性ねぇ。相手はワイルドバードか?」
「そうですね。それも、ドン・ワイルドバードの方です」
「ドン・ワイルドバードかぁ……。そもそもとして、ドン・ワイルドバードはお前さんのような新米冒険者が相まみえる敵じゃねぇよ。って口を挟むのは野暮かね」
「心強い仲間がついているので、心配には及ばないと思います。ただ、生存率は上げておきたいので防御力を補いたいと考えていたのですが、そこで鎧にするか盾にするかで悩んじゃってますね」
こちらの考えを聞いた旦那は、一緒になって「うーん」と唸りながら思考を巡らせていく。そうして男2人で俯く空間の中、旦那は人差し指を立てながら答えてきた。
「鎧は、装備するだけで防御力を上げられる代物だな。種類によってはスキルも付いてくるから、主にスキル狙いで身に着けるヤツが多い。一方で盾は、装備した上で使用しないと防御力を発揮できない代物だ。しかし、鎧と異なる点を挙げるならば、“パリィ”ができることだろう」
「パリィ。人によっては“ジャストガード”とも言いますよね」
「おう、理解してくれているなら話が早いな。盾はタイミングを見て使用する立派な武器ではあるが、飛んできた攻撃に合わせてガードをすることでそのダメージを無効化することができる。また、パリィした攻撃によっては相手が隙を晒したりなんかして、絶好の反撃チャンスを生み出すこともできるな」
「そうなると、やっぱり鎧よりも盾かな……。ただ、ドン・ワイルドバードの動きを知っていないと上手く活用できないし……」
「あとは、そうだな。特定の属性に耐性のある盾でガードした際の挙動についてなんだが、そのガードした攻撃が耐性のある属性の場合、仰け反りや削りダメージを軽減できることは知っているか?」
「え? ……えっと、突属性に耐性のある盾で突属性をガードすると、その仰け反りや削りダメージを軽減することができる……という認識でいいでしょうか?」
「おう! まさにその通りでな、ドン・ワイルドバードが主に振ってくる突属性の攻撃を防ぎたい場合は、突属性に耐性のある盾を使うのが効果的だ。特に、必殺技のクチバシ攻撃は、ガードをしていても致命的なダメージを受けるだろう。そこで、突属性の耐性を持つ盾の出番だ」
「耐性があれば、仰け反りが軽減されることでこちらの行動が制限されなくなるし、削りダメージも減らせるなら心置きなくガードできて安全か……」
「それに、仰け反りを軽減できるということは、その場でガードの姿勢を維持できるとも言える」
「?」
「考えてみてほしい。まず、お前さんの後ろには、大事な仲間が存在している。そんな仲間の下に、必殺技の突属性攻撃が飛んできたと想定しよう。そこでお前さんは耐性のある盾を使用することで、仲間を庇うことができる。しかも、続けて必殺技を繰り出されてもお前さんは仰け反りの隙を晒すことなく、連続で仲間を攻撃から守ることができるんだ」
「なるほど。自分のためではなく、仲間を守るためという目的で身に着けておくのはアリですね……」
今まで、自分の生存を重視して防具を選んでいた。しかし、今回はラミアとメーの2人がパーティーメンバーとして存在する以上、彼女らの生存も考慮した上での準備が必要になるのかもしれない。
何よりも、気持ち的に2人を死なせたくなかった。
死亡状態から復活できたとしても、仲間を瀕死にさせたくない。システム的には何ら問題ないのかもしれないが、なんか気分的に2人を生存させたままメインクエストをクリアしたいのだ。
それからというもの、2人を守りたいという思考に至ってからの決断はあまりにも早かった。
「突属性に耐性がある盾をください」
「まいど! お前さんは村の悩み事をほとんど解決してくれた恩人でもあるからな、今回は特別価格で売ってやろうじゃねぇか」
そういう特典もあるんだ。
サブクエストを消化したご褒美とも言うべきか。思わぬサービスで割引してくれた店主の旦那に感謝しながら、自分はこの世界の通貨“マニーア”を支払うことで盾を購入していく。
銀色で、顔のような模様が施された5角形の武器。片手に収まるサイズのそれに見惚れるよう眺めてから、自分は打倒ドン・ワイルドバードのために他の準備も済ませたものだった。
《セザム・ノワールの山脈》
手前の空間に浮かび上がらせた、ホログラム状の透き通った水色のマップ。セザム・ノワールの山脈の全体図を調べながら歩みを進めていく中で、少女の姿をしてついてきたノアが言葉をかけてきた。
「アレウス・ブレイヴァリー。ナビゲーターの立場である分際で、キミの冒険に口を挟むのも些か憚られるが……このボクともあろうものが、ラミアとメーの2人が待っている入口フェンスから、キミが遠ざかっていることについつい気を取られてしまって仕方がないんだ。その単独行動になにか意図でもあるのかい?」
ウサギのようにぴょこぴょことした足取りでついてくるノア。貴族風に喋るストリート系ファッションの少女が、ちょっと不安げに問い掛けてきたそれに対して、自分は購入したばかりのブロンズソードをかざしながら返答していく。
「このあと、ラミアとメーの2人と一緒にドン・ワイルドバードを倒しに行く。それは俺の意思でもあって、2人との約束でもあるからね。ただ、俺も新米冒険者なりに心掛けているものがあってさ。今回もその……癖というか、性分のようなもので、ちょっとだけ単独で行動しようと考えていたんだ」
「キミなりの矜持、ということだね? ……アレウス・ブレイヴァリーの、いち冒険者として譲れないその信念。ボクとしても興味深くあるよ。キミという強くてニューゲームを果たした期待の新星は、その性分によって如何なる結果を生み出すのか。冒険の心得から戦闘の実力まで、キミの総合的な力量を知るまたとないチャンスだ」
「そんな大げさに言わなくてもいいって。ただ、これは“怯えているだけ”なんだ」
「怯えているだけ?」
ノアと会話をしている間にも、遠くからは1頭のワイルドバードが姿を現した。
目が合った瞬間から、エリアを出るまでずっと追い続けてくる執念深さが特徴的。その例に漏れずワイルドバードはこちらへと真っ直ぐ駆け出してから、飛び込むなり突攻撃のクチバシ攻撃を繰り出してきた。
ワイルドバードの攻撃に合わせて、ブロンズソードを持つ右手とは反対の左手から盾を取り出していく。そしてワイルドバードの突攻撃を盾で受け止めてから、その際の仰け反りや削りダメージをこの目で確認しつつ思考を巡らせていった。
……通常種のワイルドバードなら、盾の防御を維持したまま居座れる。
そこからの反撃はさすがに間に合わず、振るったブロンズソードは空を切っていく。続けて自分は、ワイルドバードから繰り出される脚の引っ掻き攻撃や跳躍ののし掛かりなどを避けていき、時には盾によるパリィでワイルドバードの隙を作ってから反撃することで、割と簡単に1頭を処理することができた。
戦闘終了。倒れ込んだワイルドバードは巾着となって地面に落ちていく。
耐性は関係なく、動きを知っている相手に対して盾のパリィを活用するだけでも十分アリだな。という手応えを得ながら奥へと進んでいき、その間にも襲ってきた3頭ほどのワイルドバードを撃破しながら、自分はワイルドバードの巣がある地点までひとりでやってきた。
そこには相変わらず、3メートル以上はある凶暴の風格ドン・ワイルドバードが佇んでいる。ただ、幸いにも周囲の雑魚を既に蹴散らしてあったからか、ドン・ワイルドバード1頭のみという状況が目の前で展開されていた。
ならば、確認したいことだけ試してから、ラミアとメーの下へと戻ろう。
ドン・ワイルドバードの目を盗んで、姿勢を下げた忍び足で付近に罠を仕掛けていく。これは、踏んだエネミーに電力を流すことで10数秒だけ拘束するという簡易的な罠であり、その効き目を実際に確かめるべく、自分は下見のつもりで、単独でボス戦の生息地まで訪れていた。
罠を置いて、そそくさと物陰に隠れていく。それから岩陰越しに石を投げつけて罠まで誘導させていくのだが、警戒するドン・ワイルドバードの重みがある足取りや、体長が故に高所から覗き見る監視の目が、恐怖を演出するに十分な働きをしていたものだ。
……色合いと存在感、そして野性的な陸上の鳥という様々な要素が威圧感を与えてくる。その風貌に心臓を打ち鳴らしながら様子をうかがっていると、直にもドン・ワイルドバードは罠のある場所へと一歩踏み込んで……。
……サッ、とその場でバックステップを見せてきた。
ひ、引っ掛からない……っ!! エネミーの中でも特に知能に優れたタイプのそれなのだろう。まさかの、罠を感知して賢く避けてしまう性質に、自分は内心で「あちゃー……」と思いながら頭を悩ませた。
罠にかけて、3人で袋叩きにすればワンチャンあったか……? というわずかながらの希望を打ち砕く実態。それどころか、ドン・ワイルドバードは獲物を探す眼光を周囲へ振り撒き始めたことから、罠の存在でこちらの接近に勘付いている節さえうかがえる。
罠を中心に、岩陰を端から覗き見るドン・ワイルドバードの動き。今ここで自分が動けば間違いなく敵視を引いて戦闘となり、まさかのソロ攻略へとシフトチェンジしてしまう。
しかも、ボス戦は揃って『逃げる』ことができない。つまり、ここでドン・ワイルドバードに見つかったら最後、自分は長期戦を覚悟にソロでドン・ワイルドバード戦に臨まなければならなくなる。
それだけは勘弁だ……!
岩陰から罠の位置を確認し、それとドン・ワイルドバードの距離を測っていく。その目視で距離を把握していくと、次にも自分はダメ元で“それ”を使用したのだ。
「ブレイヴ・ソウル。“罠の効果範囲を広げろ”」
物陰から左手を出し、そこから流れ出る
対象の効果範囲を広げる能力。これで、罠の範囲を横に広げれば可能性があるのだろうか。という思いつきの好奇心の下、ヴィジョンを発動してみた。すると、次の瞬間にも離れた距離のドン・ワイルドバードが、罠の効果によって痺れ始めたのだ。
あ、これなら通用するんだ。
内心に巡ってきた、発見による微量の喜び。だが、それ以上に罠の効果も広げられるだなんて本気で思っていなかったため、想定外の事態が目の前で起きたことにより、自分は半ばパニック状態でその場から駆け出してしまっていた。
踏んでいないのに、なぜ。そんな様子が読み取れるドン・ワイルドバードのサマ。今も目だけがこちらを睨みつけていた中で、自分はラミアとメーの2人と合流するべく、その場から離脱するように逃走を図ったものだ。
が、その判断こそが間違いだったのかもしれない。
ゴツンッ!!
見えない壁に衝突し、自分は仰向けに転倒していく。これに、すぐさま起き上がって前方を確認していくと、目の前には『通行禁止』とも読み取れるホログラム状の赤色の壁が張られており、こちらの往く手を遮っていたのだ。
マジで……!? 戦闘に入っていなくても、敵視された時点で『逃げることができない』……!?
特に今回、ドン・ワイルドバードを罠に嵌めてしまった。それがトリガーとなったのかは分からないが、これによってドン・ワイルドバードの意識がこちらへ向けられ、直後にも移行した戦闘態勢が『ボス戦開始の合図』になってしまったと考えられる。
慌てながらブロンズソードを構え、ドン・ワイルドバードへと向き直っていく自分。そんなこちらの視界には今も、灰色の雲が降りしきる曇天模様の中、散り行くエフェクト越しにドスドスと歩み寄ってくる怒りのドン・ワイルドバードの姿があった。
……メインクエスト『極上の卵を求めて』。この瞬間にも、ボス:ドン・ワイルドバードのソロ攻略が開幕してしまった。