落下の衝撃で揺れる視界。目の前は茂みの緑で満たされて、その柔らかくもチクチクしたクッションに横たわってから、ゆっくりと体を起こしていく。
高所から盛大に落ちてきたにも関わらず、全くの無傷で済んだ奇跡に感謝しながら佇んだ自分。そうして周囲を見渡してみると、辺り一帯には想像するに容易いシンプルな森林が広がっていたものだ。
本当によくあるタイプの森林だ。これといった特徴の無い地帯に呆然と立ち尽くす中で、ふと脇からピョコッと現れたノアが喋り出してくる。
「さて、無事に降り立つことができたね。まずは、アレウス・ブレイヴァリーの来訪を心から歓迎するよ。ようこそ、ゲームの世界へ!!」
「は、はぁ……。それで、俺はこれからどうすればいいんだ……?」
話の流れで異世界に訪れた自分が、途方に暮れるよう訊ね掛けていく。それを聞いたノアは、純粋な気持ちで首を傾げながらそう尋ね返してきた。
「言っただろう? どんなロールプレイを行うか、どんな寄り道をしていくか、それは全てキミ次第だ。キミの行動ひとつひとつが“フラグ”となり、フラグを保存したこの世界は将来的にも、機能したフラグの内容に相応しき結末を迎える。よって、今この瞬間から、キミの冒険が幕を開けたのさ!」
「えっと、うん……。それで、その冒険というものをするために、俺は何から手をつければいいのかな?」
「それはキミ自身で決めることだろう?」
「え?」
見知らぬ異世界へと連れてこられた上に、放り出されたような気持ちになって思わず聞き返した自分。そんな反応にノアは左手を胸元に置き、王子様のように右手を差し伸べる動作を交えながら言葉を続けてくる。
「所謂、オープンワールドというものだよ。物語の根本となる道順はある程度と設定されているものだが、その道順を追うにあたって、キミはフィールドやダンジョンを自由に探索することができるのさ。……最初から定められし一本道に縛られず、巡る順番に幾その選択肢が与えられた自由の身。自分のペースで物語を進め、気が向くままに世界を渡り歩けるその開放感は、電脳の海にも関わらず新鮮な体験をもたらすと共にして、人間が生まれ以てして持ち合わせた無類の探求心をくすぐること間違いないだろう」
「つまり…………今はこれといった目的地とか目標は決められていないんだね?」
「そういうことだね!」
困ったな……。オープンワールドのゲームは好きだけど、いざ自分がその立場に立たされると頭が真っ白になってしまう。
プレイヤーの中には、オープンワールドが苦手という人も少なくはないだろう。その主な理由として、『次に向かうべき場所が分からない』といった、自由度が高すぎる故に何から手をつければいいか悩んでしまうというものがある。
順序が決められた、一本道の王道なゲームはその点を解消している。が、その好みや傾向などに個人差がある以上は、どれが正解でどれが不正解という明確な答えは存在しない。
……取り敢えず、まずはエネミーが発生しない安全地帯を見つけたい。そして、その安全地帯となるエリアは大抵、村や町といった人類を主とした拠点に設けられていることが多い。
体力を回復する手段のためにも、宿屋のような施設の場所を把握しておくことは必要になるだろう。ついでに、そこで武器や防具といった装備品を揃えられると美味しい。
と、これまでに培ってきた経験から思考を巡らせていく自分。アゴに手をつけてそんな考えに耽っていると、ノアは透明感ある存在感で何気無くこちらの顔を覗き込みながら、そう喋り掛けてきた。
「ボクが見込んだだけはあるね。キミは既に“この世界”について熟知しているようだ。実に心強いものだよ」
「え? もしかして、俺の考え事って筒抜けになってる?」
「あぁ、もちろんさ!」
「もちろんって……いやいや」
なんか、すごくやり辛いな……。
これもきっと、ノアには聞かれていたのだろう。少女はすぐにも「あまり気にしないでくれたまえ。キミがどんな考えを巡らせようとも、ボクはキミに対する態度を変えるつもりなんて毛頭無いし、むしろありのままのキミが織り成す冒険の模様を眺めたいものだからね」と答えてきたことで、自分は複雑な心境になりながら頷くことしかできなかった。
とにかく、今は拠点を探すところから始めよう。
特に、丸腰のまま夜を迎えてしまうと非常にマズい。夜という時間帯はエネミーが出没しやすいという特性のゲームも少なくはなく、それに集団で襲われたら堪ったもんじゃない。
第1の方針が定まった。これに決心するよう深く頷いた自分が歩き出そうとしたその時、ノアもまたこちらの心を読んだように話しかけてくる。
「いいね、ボクもそれに賛成だよ。キミの進行はスムーズで助かるよ。……そうだね。ボクも一応、妖精というお助け役のポジションにある立場だ。つまり、ボクはキミのサポート役とも言えるだろう。それは決して茶々を入れるだけに非ず。ナビゲーターとして機能することをキミにも知ってもらうため、ここでボクの使い方を伝授するとしようか」
「使い方?」
聞き返すこちらの反応に対して、ノアはキリッとした表情を見せながら、なんだかかしこまった様子で佇んでいく。
「
「?
「やぁ、ボクを呼んだかい!? さぁ、訊きたいことがあれば、答えられる範囲で何でも答えてみせようじゃないか!!」
あぁ、そういうことね。
とても馴染みのある呼び掛けで、大方の使い方を理解した自分。これに少しだけ思案してから、ノアへと問いを投げ掛けてみた。
「それじゃあ、ここから一番近くにある拠点の場所を教えてほしいんだけど」
「ここから一番近くにある拠点の場所、だね! このボクにかかればお安い御用さ! 5秒ほど時間を頂くとするよ!」
と言って、ノアは両手の人差し指をこめかみにあてがい始めた。
まぁ、検索みたいなことでもしているのかな。なんて思いながら5秒ほど経過した頃合いにも、ノアはキリッとした表情で結果を教えてくれた。
「該当するデータ有り。……ここから東へ真っ直ぐ進むと、『のどかな村』という拠点があるみたいだ。そこは最初期に訪れるであろう村を想定した構造になっていて、冒険に必要な施設が一通りと揃えられた、気楽に利用できる拠点であることがうかがえるね。そこでは冒険の基礎となる知識や道具を得られる他、お金稼ぎができる依頼がたくさんあったり、仲間を増やせる酒場があったりと、長旅を想定した準備を行うのに適した環境となっているよ」
「なるほど、すごく有益な情報をありがとう。……『のどかな村』か。よし、まずはそこを目指すとしようか。ありがとう、ノア。
そのセリフを耳にして、ノアは喜びからかパァッと晴れ渡るような表情を見せてきた。
つかみどころがない、ミステリアスなオーラを醸し出すノア。しかし、その本質は意外と純粋で素直なのかもしれない。
年相応の見た目とも言える一面を見れたことで、自分は微笑しながらノアの頭を撫でていく。これに少女は目を瞑り、うっとりするようになでなでを堪能してきたものだったから、自分はノアに癒されるようしばらく頭を撫でてから、『のどかな村』があるという東の方向へと進むことに決めた。
「それじゃあ、冒険を始めるとしようか。目指すは『のどかな村』。ノア、サポートよろしくね」
「あぁ、このボクを存分に頼ってくれたまえ! あと、いつでもボクを撫でてくれて構わないからね! ……では、共に参ろうか。と言いたいところだが、この物語は飽くまでアレウス・ブレイヴァリー、キミが主役に過ぎない。よって、ボクは陰ながらキミについていくとするよ。呼んでもらえればいつでも姿を見せるから、どうか安心して冒険を満喫してもらえると嬉しいな!」
そう言って、高らかと喋るノアはその場でバク転を行っていく。この、あまりにも急な動きに自分が驚いていく手前で、ノアの体が空中に留まると同時に、その体は一瞬にして羽が生えた球体へと変化した。
ガラスのように透き通った銀色の球体。それが羽を動かしながら、フワフワと滞空する。その様子に自分は呆気にとられるよう見遣っていく中で、妖精になったノアはこちらの懐へと入り込み、姿を消していった。
……なるほど、そういうシステムか。
非常に馴染みのある光景を他所にして、自分は安心した面持ちで東の方向を向いていく。それから、森林が開ける景色と、その奥に広がっていた若葉色の大平原を真っ直ぐと見つめていきながら、自分は期待を胸に、冒険の始まりともなる第一歩を踏み出していった。