振り向いてきた女性と向かい合い、自分は天賦の美貌を持つ彼女に見惚れてしまう。その視線を真正面から受けていた女性は凛々しい眼差しを返していくと、次にも軽く腕を組んだその佇まいで、落ち着いた大人の声音で話しかけてきた。
「その初々しくも期待に満ちた表情。新米冒険者の方とお見受けしても構わないかしら」
「あ、はい。そうですね……」
女性の隣にいる魔獣が、警戒するように黒色の眼光を向けてくる。だが、それをなだめるように女性は魔獣を撫で掛けていくと、落ち着けたパートナーの様子に女性は再びこちらへ向き直りながらセリフを口にしてきた。
「私の後方に広がる村が、のどかな村。新米冒険者であるのならば、きっと貴方はのどかな村を目的地と見据え、その期待と希望を胸にガトー・オ・フロマージュの平原を巡っていたものでしょう」
「そうですね。ちょうど、のどかな村を目指しておりました。……えっと、隣にいるのは?」
明らかにエネミーの風貌をした魔獣。血肉に飢えし禍々しい存在感に、自分が気圧されるような視線を投げ掛けていく中で、女性は魔獣に手を添えながらセリフを発してくる。
「安心してちょうだい。貴方が私と敵対しない限り、この子は無害で在り続けることを保証するわ」
「敵対、ですか……」
「これも、天から恵まれし因果の邂逅。貴方には覚えが無いでしょうけれども、私は貴方という存在を、知っている。故に、今回の巡り合いを祝して自己紹介でもいたしましょうか」
なんだか、変わった喋り方をする人だなぁ。
余裕のある面持ちと、美人でありながら隙の無い強者感を醸し出す人物。そのオーラはまるで“女帝”とも言い表すことができ、自分は顔色をうかがうようにしながら女性との会話に臨んでいたものだ。
「私の名は、“ユノ・エクレール”。ユノとでも呼んでもらえれば結構よ。隣にいるのは、“ジャンドゥーヤ”。主に魔界を住処とするモンスターで、ウルフ系統の最上位種デーモンウルフというモンスターの一体。その本性は凶暴の権化。けれども、私のジャンドゥーヤは理性で本能を抑えることができる、非常に優秀な知能を持つ類稀なる個体なの」
「なるほど……。俺は、アレウス・ブレイヴァリーと言います。あとは、俺の懐に……」
こちらの言葉を遮るように、懐から妖精姿のノアがひょっこり現れる。そして空中で少女の姿へと変身すると、ノアは無機質な存在感でスタッと着地しながら、左手を自身の胸元にあてがいつつユノという女性とそんな会話を繰り広げていったのだ。
「やぁ、ユノ。ボクだよ」
「えぇ、やはりそのような気はしていたわ。今回は貴女が、彼という“特異点”を手に入れたのね」
「悪いけれど、それ以上はお口にチャックで頼むよ。カレにはこれといった説明をしていないんだ」
「そうでしょうね。尤も、説明したところで理解には至らないでしょうけれども」
「同感だよ。ただ、冒険の初っ端から理解の及ばない話を延々とされるより、まずは身を以て“この世界”を体験してもらった方が楽しいだろうからね。込み入った話は後でいいのさ。今はその時じゃない」
一体、何の話をしているんだ……?
案の定とも言うべき、こちらの反応。それにノアは高貴な声音で「あまり気にしないでくれたまえ。然るべき時が訪れたら、ボクが説明してあげるから」と返答を行ってくる。これに自分は理解が追い付かないまま呆然としていると、次にも空気を読まず、花畑へと進入してきた“存在”の足音が響いてきたものだった。
容赦なく花を踏み潰す、野蛮で荒々しい気配。それを感じ取った自分らが振り向いていくと、そこには一体のエネミーが姿を現していた。
ブタの頭を持つ、人型の生物。最もポピュラーな名付け方として『オーク』と呼ばれていた存在は、右手にサーベルを持った状態で人間達に威嚇を行っていたものだ。
自分がすかさず木刀を構えていく。その様子にユノは凛々しいサマで佇みながら言葉を掛けてきた。
「戦闘は初めてでしょう。ならば、私が戦闘の心得を伝授しましょうか」
「お気遣い、ありがとうございます。ただ、こういった経験は既に場数を踏んできておりますので、戦闘の形式さえ分かれば感覚でイケると思います」
「……その言葉に、噓偽りなし。手練れの特異点を拾ってきたのね、ノア」
戦闘の雰囲気を感じ取ってか、こちらから離れていたノア。少女はぴょこぴょことした足取りでユノの隣に移りながら、セリフを口にしていく。
「実に興味深いものだよ。“次元の外”には、どのような世界が広がっているのか。きっと、ボクらにも想像の及ばない異空間で構築されているのだろうね」
「そんな悠長なことを言っていられる立場にあるのかしら。せっかくと周りを出し抜いて発掘してきた奇才よ。貴女はナビゲーターとして、彼を手厚くサポートしなくていいものなの?」
「カレの言葉に信頼を置いているんだ。アレウス・ブレイヴァリーにはおそらく、ボクらが想像する以上の知識や経験が蓄積されていることだろう。きっとこれから、目覚ましい勢いで成長するよ。それこそ、ボクらの準備が整うよりも前に、カレは特異点としての役割を果たしてしまうかもしれない」
「随分と高く評価しているのね。貴女にそれほどの言葉を言わしめる彼という存在に、私も少しばかりと興味が湧いてきたわ」
なんかもう、傍ではワケの分からない会話が繰り広げられているし、色々と情報量が多すぎる。
オークと対峙する自分が、木刀を構えて睨み合っていく。オークもこちらを敵と認識してサーベルを構えていた中で、この様子を眺めていたユノがセリフを投げ掛けてきた。
「アレウス・ブレイヴァリー。貴方はリアルタイムの戦闘を十分に心得ているものかしら」
「なるほど、この世界はターン制じゃなくてリアルタイムバトルか。……はい! この世界におけるアクションの挙動や重量感にはまだ馴染めておりませんが、基礎的な技能になら自信があります!」
「では、戦闘の基礎的な説明は飛ばしてしまっても構わないわね? 戦闘は主に、攻撃、防御、回避の三すくみで構成されている。というルールも理解している
「あハイ、大丈夫です!」
装備している武器によっては、防御ないしガードができないゲームもあったりする。しかし、この世界ではどうやらほとんどの装備品でガードができそうだったため、それならばリアルタイムバトルの説明は飛ばしてしまっても問題ないだろうと判断したものだった。
まぁ、似たような経験は山ほどと積んできている。後はフィーリングでやっていこう。という大雑把な心持ちで戦闘のチュートリアルを進めていく自分。今も目の前のオークが律儀に待ってくれている中で、次にもユノは“この世界における重要なシステム”を説明してくれた。
「それならば、次に優先して会得するべき“特殊能力”について説明いたしましょう」
「特殊能力、ですか?」
「“ヴィジョン”という能力に聞き覚えはあるかしら」
「いえ、それは初耳です」
「ならば、この場で“ヴィジョン”の使い方を学んでおきましょう。この能力は、世界を渡り歩く際には必ずと断言していいほど有効的に働く、非常に万能かつ汎用性に優れた唯一無二の力。選ばれし者のみが使用できる独自の能力でもあり、その内容は実に千差万別。能力者の数だけ異なる力が働くことを念頭に置いた上で、これから貴方にはヴィジョンを使用してもらい、実戦の中でその性質を把握してもらうといたしましょう」
ヴィジョン。この世界独自の能力という初見のシステムに、高揚混じりの意識を注いでいく自分。この身構えた様子を傍らにユノは右手で指を鳴らしてくると、次にもチカッと“黒い稲光”が迸ると同時にして、自分の胸には漆黒と紅の稲妻が打ち付けられたのだ。
ダメージは無いものの、突然の衝撃でうずくまってしまう。これにより胸を押さえていくこちらの様子を眺めながら、ユノは説明を始めてきた。
「己が願望に忠実となりなさい。数多の体験を重ねてきたその過程において、貴方は何を重視し、如何なる信念を貫いてきたのか。今、その胸に問い掛けてちょうだい。無意識と溢れ出る欲求はきっと、貴方の本質となって具現化するでしょう」
……ゲームの世界を渡り歩いていく中で、俺は何を重視していた?
圧倒的な力で相手を捻じ伏せる攻撃力。堅牢な体で相手の攻撃に全く動じない防御力。
身軽な動作で相手を翻弄する素早さ? それとも、攻撃から補助まで何でもこなせる万能の魔法か?
色々と思い浮かんでくる、経験の中で感じてきた要素の数々。そのどれもが今すぐ欲しいと思えてくるし、それらが充実していれば、快適かつ気持ちの良い刹那的な達成感を得ることができて、より一層とその世界で過ごすひと時に彩りを与えてくれることだろう。
その中で、ひとつの力強い欲求が芽生えてくる。
“リーチ”が欲しい。あらゆる攻撃には範囲が決められており、どんなに苦労して強烈な一撃を放ったとしても、その範囲内に敵がいなければ攻撃は当たらない。
防御面においても、ガードできる攻撃の範囲がもっと広くなれば、自分や仲間をもっと確実に守り切ることができる。俊敏性においてはリーチなんて有っても無くてもそんな大差ないが、素早さの高い職業が身に着けられる武器なんかは大抵リーチが短いものばかりだ。
魔法も、その効果範囲が広くなれば、今以上の猛威を振るうこととなるだろう。どのような世界でも魔法という手段は強力であり、どこの世界でも腐らない性質を持つ魔法の効果範囲が広がれば、それだけで冒険を優位に進められること間違いない。
……そうか、リーチか。リーチを伸ばしたい。
攻撃範囲を広げたい。魔法の効果の範囲を広げたい。ガードできる幅を広げたい。リーチが短いという弱点を補いたい。
リーチが長ければ、それだけで万能だ。俺はリーチが欲しい。どんなものでも範囲を広げられる圧倒的超リーチが欲しい。
俺が欲しいと思えた能力。それは、『効果範囲を広げる能力』だ。
「貴方の願望は、“ヴィジョン”という形になって表れる。おめでとう、アレウス・ブレイヴァリー。この時を以てして、貴方は特殊能力ヴィジョンを習得した。さぁ、その能力を用いて敵と戦いなさい。貴方が望みし力は体現し、その力を欲した貴方自身を救うことでしょう」
胸元に添えた左手を力強く握りしめ、そこから“魂”を引き千切るように掲げていく。それから手に持つ木刀へと塗りたくるように左手を滑らせていくと、ただの木材だったその刀は次の瞬間にも、
通常の木刀の、4倍近い長さを誇る光の剣。輝きで長さを増した“それ”を構えた自分がオークを見定めていくと、これに相手もまた興奮するように駆け出してきて、サーベルを振りかざしてきた。
尤も、その“距離”ではオークの攻撃なんて届かなかったものだが。
エネミーがこちらに接近する前に、構えた木刀で薙ぎ払いを繰り出した。その攻撃が空間に水縹の軌跡を描き出していくと、その輝きの範囲にある全ての草木が両断され、大気ごと引き裂く勢いでオークへと伸びていった。
元の木刀の、4倍以上ある長さの光。それ自体に斬撃の特性が乗った、超範囲の回転斬り。
輝きに切り裂かれたオークは、接近すらも許されずに吹き飛ばされていった。その際にも、制御の利かない“この力”は周辺の生物も巻き込んでいき、もれなくお肉や羽といった素材へと変化してドサッと地面に落ちていく。
……接近武器なんて寄せ付けない。遠距離武器が相手でもこの超リーチは有効だろうし、このリーチは攻撃だけに留まらず、ガードや当たり判定といった、ありとあらゆる“対象”に付与して、限定されていた効果範囲を自由に拡張することができる。
このヴィジョンの能力は、『対象の効果範囲を広げる能力』……!!
「俺のヴィジョンに、名前を付けよう。……勇者のように、どんな強敵を相手にしても勇敢に立ち向かえる能力。このことから、俺はこのヴィジョンに『ブレイヴ・ソウル』という名前を付けたい……ッ!!」
超リーチが付与された水縹の光を纏ったまま、木刀を天へと掲げていく。それと共に、頭上から射した日差しがブレイヴ・ソウルと重なることによって、花畑の中、今も天を目指す輝きは直視できないほどの眩い光を放ちながら、ギラギラと力強く自己を主張していたものであった。