まずはのどかな村を出て、ガトー・オ・フロマージュの平原を真っ直ぐと突っ切っていく。それから、道中で出くわすオークやウルフといったエネミーを無視して灰色染みた領域に踏み入っていくと、直にも『セザム・ノワールの山脈』というテキストが出現すると共にして、目の前にはそびえ立つ山地が広がり始めたものだった。
エリアに入ると同時に、空から灰が降り始めた。
天候は変化し、あれだけ青空が広がっていた上空が瞬く間に不穏の鼠色へと変貌を遂げていく。また、灰が雪のように積もっていく地面は足場が悪く、あまりにも積もった灰へと踏み入ると、まるで積雪に突っ込んだように動きが鈍くなったりするのだ。
視界は悪いし、山だからか傾斜が多い。足を滑らせて落下すれば致命傷も免れないことから、セザム・ノワールの山脈を歩くには細心の注意が必要だった。
序盤に訪れる、最初の難関とも言えるだろうか。この先にもメインクエストの試練が待ち受けており、思った以上に不良な環境がこちらの精神力を削ってくる。
セザム・ノワールの山脈に踏み入り、少し歩いたところで山脈の入口となるフェンスが立ち塞がってくる。扉には『この先、ワイルドバード出没。注意』という紙が張られており、付近には現地で集合と言ってきたラミアとメーが佇んでいた。
何気無く近付いたこちらの気配へと、2人は向いてくる。そしてこちらの姿を捉えてくると、ラミアは歩き出しながら話しかけてきた。
「来ましたねー。まー、アレウスさんは新米冒険者さんでもありますから、初っ端からこんなトコロに連れてこられてもショージキ困りますよね」
「いずれ来ることになる場所だっただろうから、むしろ誰かと一緒に来られて良かったと思っているよ。仲間が居てくれると、本当に心強いからね」
「そーですか。まー、イイですけど。……それで、ノアさんの姿が見えませんけど??」
そう言えば、ノアは妖精の姿になって懐に入ったままだった。
ノアの説明をしていなかった自分が、うっかりと思いながら立ち尽くしていく。その間にも胸元から羽の生えた銀色の球体が現れると、それはすぐにも少女の姿を成して着地していった。
ノアの正体に、ラミアとメーは驚きを見せてくる。
「あー、どーりで。納得がいきました。ノアさんがパーティーメンバーに加わらない理由は、妖精さんだったからなんですねー。種類によっては、戦闘不能時に蘇生する効果をもたらしてくれるアイテム型の妖精もいらっしゃるみたいですけど、本来は仕える主人に知恵を授けるお助け役のサブキャラクター的なポジションのソレですからね。そりゃー非戦闘員として処理されますよね。ウチの違和感のひとつが解消されました」
「いやいやいやいや! ラミア、すっごく冷静でいるけれど、妖精を連れてる人なんて普通いないからね!? 妖精なんて言ったら、知恵を司る崇高なる存在として滅多に姿を見せない激レアキャラじゃん!! たま~にビンなんかに詰めて持ち歩く人もいるみたいだけど、え、これって飼い慣らしてるってこと? それとも、『仲間になりたそうにこちらを見ている』形式で連れ歩いてるってこと? え、でもそれだとパーティーに入るよね? ……え~!! 分かんない!! なにも分かんないけどなんかヤバァ~!!」
適当な調子で冷静にノアを見遣るラミアと、妖精という生物にテンション爆上げなメー。特にメーは、ノアの周囲をグルグル回りながら少女の全身を舐め回すように眺めていき、その様子にノアは高貴なる雰囲気を醸し出し、誇らしげな調子で「フフッ、とうとうボクの価値を知る者が出てきてしまったね……! さぁ、ボクという希少なる存在をとくと拝むがいいよ!」と、なんだか嬉しそうな声でセリフを口にしてきたものだ。
気取るノアを前に、メーは「ハハァ~ッ!!」とひれ伏していく。そのやり取りにラミアは「ナニやってるんですか」と淡々なツッコミを入れながら、こちらへと向き直ってそれを喋り始めてきた。
「まー、ハイ。なんか余計にアレウスさんがナゾに思えてきたモンですけど、イマはメインクエストの達成を最優先にしたいので、これからワイルドバードの卵を手に入れに行きたいと考えてます」
「分かった。取り敢えず俺は2人についていって、探索や戦闘を一緒にこなしていく感じでいいかな」
「それで構わないです。ただ、メインクエストは困難を極める非常に難易度の高い依頼です。サブクエストの感覚で挑むと間違いなく痛い目を見ますし、納品するべきアイテム探しとなると確率も関係してくるので、軽く見積もってもまず、今日中に達成できるとは考えない方が精神的にも賢明でしょーね」
「そんなに大変なの?」
「大変ですよ。体験してみればイヤというほど分かりますのでご安心ください」
ラミアはあっさりとした声音でそれを言い、踵を返すなりフェンスの扉前へと移動する。それから扉を開いていくと、次にも振り返りながら全員へと行動を促してきた。
「そーいうワケで、さっさと行きますよー。メーさんとノアさんも来てください」
フェンスを潜り抜けて、セザム・ノワールの山脈を4人で歩き進めていく。その道中もずっと灰が視界を遮ってくる空間の中、ラミアはホログラム状の画面を目の前に出しながらセリフを口にし始めた。
「セザム・ノワールの山脈。ガトー・オ・フロマージュの平原から西の方向にある山岳地帯で、常に灰が降り注ぐ無限機関のよーな景色が特徴ですねー。マップ全体を比べた際の危険度はそこまで高くありませんが、如何せん厄介なのがこの視界です」
「ラミア、質問いい?」
「ハイ、勤勉なアレウスさん。どーぞ」
「山の感じからして、火山があるように見えないんだけど……この灰ってどこから降ってきてるものなの?」
「鋭いクエスチョンですねー。ナニも考えずに、キャプチャーして食べられる動物ばかり探すメーさんとは大違いです」
ラミアのセリフに、メーが「私だって、コソコソと動き回る小動物を捕まえる時、どこで道を塞ぐかだったり、どこに罠を仕掛けるかと色々考えてんだからね~!」とムキになって突っ込んでくる。それをラミアはあしらうように黙認しながらセリフを続けてきた。
「灰の正体、ですが……実はコレ、灰と呼ぶには些か異なる物質であるコトも証明されておりましてですね」
「灰じゃない、なにか……?」
「“雲”です。正確に言えば、ココは灰色の雲が落ちてくる地帯なんです」
「は、灰色の……雲!?」
イベントの進行役として、円滑に進めてくれるラミアという存在は非常に助かるキャラクターでもあった。
淡々としているが、物事には真面目に取り組むその様子。しかし、邪魔してくる灰ならぬ雲を鬱陶しく思っていたのだろうか、声音には多少の怒りが込められていて機嫌が良くなさそうだった。
ラミアの様子に、メーは「ラミア、チョー不機嫌じゃ~ん」と言葉を投げ掛けた。これにラミアが「当たり前ですよ。ずっと天候が悪い上に、ソコから抜け落ちたゴミが地上に落ちてきて視界の邪魔をしてくるんです。こんなの、気分が悪くなって当然です」と、ギスギスした声音で返答してくる。
これに対して、メーは「あは、ウケる」と軽く答えていく。そんな空気感の中で、ノアが食い気味に提案を持ち掛けてきた。
「ならば、ラミアの代わりにボクが説明をしよう! 英知に優れたナビゲーターたるもの、アレウス・ブレイヴァリーに限らずより多くの存在を導きたいと願っているものだからね!」
ここに到着してからというもの、ノアという少女はナビゲートに優れた妖精であることを2人に説明してあった。それを既に聞いていたからか、既にノアという存在の役回りを理解していたラミアとメーは、セザム・ノワールの山脈の案内をノアに任せたものでもあった。
案内を任されたことが、だいぶ嬉しかったのだろうか。任されるや否やノアは「ムンッ!」と誇らしげな表情で眉をキリッとさせていくと、左手を胸にあて、右手をフワフワと動かしながらラミアの説明を引き継いでみせたものだ。
「セザム・ノワールの山脈の環境についてなら、既にラミアが説明した通りだ。そういうことで、次は出現するエネミーについて解説しようか。……この不安定な足場を住処とする、宙を舞いし雲の欠片に適応した屈強なる生命体。それこそが、ワイルドバードさ。ワイルドバードは、セザム・ノワールの山脈を中心に、主に山岳地帯に生息するモンスターでね。全身の筋肉が発達していて、非常に獰猛な性格もしている。しかも、テリトリーに踏み入った存在をエリアの外まで追い掛け回す執念深さも持っていることから、特に新米冒険者から忌み嫌われている存在でもあるね」
ノアの解説を聞き、自分は「うわぁ、普通に嫌だなぁ……」と呟いていく。これにメーも「分かりみ~。しかもさぁ、筋肉と厚い毛皮のダブルパンチで肉質がメッチャ硬いから、弱点の首を的確に狙わないとなかなか倒せないんだよね~……」とボヤいてきた。
先輩冒険者のメーでさえ苦戦を強いられるなんて、厄介そうな相手だな。
内心で不安を感じていくこちらを他所にして、前方を見遣っていたラミアが「ウワサをすれば、ですね」と口にしてくる。彼女のセリフに一同が視線を投げ掛けていくと、歩いていた道中を遮るように、一頭のエネミーが姿を現してきたのだ。
ダチョウのようなシルエットであり、体をもっと丸めたような体格のそれ。体長は2メートル以上と見上げるほどの背の高さであり、茶色の体毛と降り積もった灰色に、芋虫のような節で構成された細い首と、まん丸な頭部という特徴を持っている。
中でも特筆するべきは、体長の3分の2を占める脚だろう。
木の枝のように細い脚だが、筋肉が詰まっているのかパンパンに膨らんでいる。そこから繰り出されるかぎ爪の蹴りは威力が十分であることに想像が容易く、また、地上の機動力にも自信があるのだろうか、既に戦闘モードに突入していたエネミーはその場でピョンピョン跳ねながら、威嚇の鳴き声と表情で一同を睨みつけていたものだ。
ここはもう、戦うしかない。
イベント戦とも言える、強制的な戦闘。これに木刀を取り出した自分が構えていく脇で、自然な流れで引き下がったノア、ラミア、メーの3名が女の子らしい声を上げながらセリフを口にしてくる。
「さぁ、アレウス・ブレイヴァリー! キミの実力をお披露目する時が来たね! ここは遠慮することなく、存分に暴れるといい!」
「ちょーどイイですし、アレウスさんのお手並み拝見といきましょー。まー、元からあまり期待してませんし、死なない程度に頑張ってもらえればジューブンですから」
「ひゅーひゅー! 女の子達に見守られて、アレウス君も憎い男よのぉ~! モテる男はツライねぇ~? ってことでガンバガンバ~」
マジか……。
木刀という頼りない武器を片手に、ボーンッというSEを流しながら立ち尽くす自分。その間にも正面からエネミーが突っ込んできたことにより、自分は仕方なく構えながらイベント戦へと臨んでいった。
【VSワイルドバード】
敵は一頭だったのがまだ救いか。
レベルで言えば格上の相手に、緊張感を持って相対する。その集中する眼でワイルドバードの動きを観察し、繰り出してきた突進攻撃や、脚による引っ掻き攻撃、頭部を突き出すクチバシ攻撃や、首をムチのようにしならせて振り回す攻撃を冷静に回避して、様子を見続けていく。
機動力が高く、攻撃範囲も狭くない。特に、脚による引っ掻き攻撃は半径を描くように側を攻撃してくるため、ワイルドバードの後方にも当たり判定があることから、回避する方向に気を付けなければならない。ただ、それ以外の攻撃ならば、そんな警戒しなくても良さそうだったのが救いか。
まずは動きの観察。次に性質の分析。そして最後に、攻撃タイミングの判断。
突進攻撃を避けて、その隙を突くように木刀で攻撃する。だが、体を攻撃しても弾かれてしまい、続けて脚を攻撃するも、やはり弾かれてしまう。
そういえば、『弱点の首を狙わないとなかなか倒せない』と、さっきメーが言っていたな……。
引っ掻き攻撃を避けて、その木刀を振りかぶっていく。そして、確実に隙を突いた一撃がヒットすると、ヒットストップの好感触と同時にして、ワイルドバードはダメージボイスを上げながら退いていった。
ワイルドバード戦の立ち回りは理解した。あとはこれを繰り返すだけで倒せるだろう。
着実と攻撃を回避して、反撃を与えていく自分。その冷静な立ち回りには我ながら納得がいき、今日は調子が良いという感想を抱いていた間にも、気付いたらワイルドバードを瀕死まで追い詰めていた。
と、ここでワイルドバードが力を蓄えてくる動作を見せ付けてきた。
何か来る。強力な攻撃を察した自分が、胸の内へと意識を注いで“その闘志”を燃やしていく。同時にして全身にみなぎってきた
「ブレイヴ・ソウルッ!! 『対象の効果範囲を広げる能力』で、木刀の攻撃範囲を伸ばした!! そして、こいつから繰り出される回転斬りを食らえッ!!!」
今日一番の力を注ぎ、ワイルドバードへと飛び出しながら繰り出した渾身の薙ぎ払い。その十分な手応えと共にして、次の攻撃に備えていたワイルドバードは不意の“遠距離攻撃”を受けて、弾けるように吹き飛ばされていったものだ。
広範囲に渡る超リーチは、関係ない岩石や木も巻き込んでいく。それらに切り込みを入れ、物によっては薙ぎ倒した光景にラミアとメーが「ほぉ~……」と声を出していく中で、ワイルドバードはボロボロになったその体で立ち上がると、直後にも背を向けて走り出したものだった。
に、逃げた!?
まさかのそういうタイプ!? という驚きを隠せず、ガビーンッと衝撃を受けてしまった自分。しかし、逃がすまいと咄嗟に持っていた木刀をワイルドバードへと投げ付けることで、自分はブレイヴ・ソウルが持つ『効果範囲を広げる能力』の真髄を披露することとなる。
この能力はなにも、“攻撃範囲を広げる”だけではない。広げようと思えば、ありとあらゆるリーチを伸ばせるこの能力は実用性に溢れており、この、ゲームシステムの根本を覆すチートじみた力は、研究するだけ可能性が無限に広がっていく。
横に回転する木刀が、ワイルドバードへと飛んでいく。しかし、ワイルドバードも避けるよう正反対へステップすることで、木刀はあらぬ方向へと飛んでいったものだ。
その光景を眺めながら、自分は右手を突き出していく。
“対象はワイルドバード”。効果を付与する相手をロックオンしながら、自分はヴィジョンを発動する。
「ブレイヴ・ソウルは、ワイルドバードの『当たり判定を広げる』」
空気のように右手から流れ出した、水縹の淡い光。それは“対象”を包み込んでいくと、瞬間にもワイルドバードはひとりでに仰け反ってダメージボイスを上げ始めたのだ。
少し離れた場所では、虚しく飛んでいった木刀が“何かにぶつかったように”空中に留まっている。それから木刀は衝撃で跳ね返っていくと共にして、全く関係ない方向にいたワイルドバードはその場で倒れ込んだものだった。
……ブレイヴ・ソウルの能力で、ワイルドバードの当たり判定を周囲へ広げた。
その幅は広範囲に及び、その範囲内で発生した攻撃判定はもれなく“対象”が吸収するだろう。今回、ブレイヴ・ソウルで広げた当たり判定の中に、“投擲した木刀の攻撃判定”が発生していたことによって、ワイルドバードは直接触れていないにも関わらず、ダメージを受けることになったのだ。
当たり判定のリーチも伸ばせる異能力。この、効果範囲を広げる能力は可能性に満ち溢れており、それを探求すればするだけ、より実用的な使い道ができるようになるのかもしれない。
戦闘は終了した。討伐したワイルドバードが巾着へと変化して地面に落ちていく。
それを拾って、中身を確認した自分。もちろん、それはワイルドバードの卵ではなかったことから、そんな簡単に出るはずはないと分かり切ってはいたものの、やはり落胆した気持ちでそのアイテムをしまったものだった。