ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女の逃走


依頼内容:特例創設した部活動の実態調査、及びそのレポートの提出③

 電車が駅に着く。

 

 ぼくは電車から降りて改札に向かって人にぶつからないよう最善の注意を払いながら急いで歩く。

 駅の中で走るのは危ないからね!!

 

 

 

 【今駅に着いた】、とモモトークのメッセージをミカに送り周囲を確認。

 お昼を少し回ったくらいの時間、駅の周りは人はそんなに多くはなく、トリニティの学生の姿はほとんど見えない。

 

 頭の中でトリニティ総合学園までの最短ルートを構築、前を見る、人影ほぼなし。

 駅の構内から出た瞬間にぼくは走り出す。

 目指すはトリニティ総合学園の正門。

 人にはぶつからないよう、最短距離で突っ走ってたどり着く!!!

 

 

 

 

 トリニティのバカでかい正門前、入り口横の柱に寄りかかっている白いティーパーティーの制服に桃色の髪の生徒。

 ぼくは彼女の前に立ち止まり少し上がった息を深呼吸をして整える。

 頑丈なのが取り柄です!

 

「あっはは☆ハジメちゃんったら走って来たの?そんなに急がないでも大丈夫なのに~」

 

 ミカはぼくのそんな様子を見てそんなことを宣う。

 

「フゥー…いやぁ、どこかの誰かさんが待ってるって連絡してきたからさぁ…おまたせミカ、待った?」

 

「ううん、私も今来たところ!」

 

 ウソつけ!

 いやこの件に関してはミカには前科がある。

 

 あれは友達になって何度目かの食べ歩き。

 たまたま約束よりも早く予定を終えたぼくは待ち合わせの場所がカフェだったこともあり、約束の時間まで1時間ほどあるけど先に行って待つかぁ、と赴いた時だった。

 

 いたのだ、ミカが。

 その時はたまたまだろうと思ってそのまま二人で予定通り遊びに行ったのだが。

 

 よくよく考えてみればミカは必ずぼくよりも先に到着しているなぁ、となんだかちょっと不安になったので、それとは別の日のお昼からご飯を食べて遊ぼうという約束の時に確認してみた。

 待ち合わせの場所は朝9時から開店する喫茶店、モーニングやランチがお得でそこそこ美味しいお店。

 ぼくはその日朝早くに起きてそのお店の開店ちょうどくらいに間に合うように身支度を整えて出発した。

 お店の前に着いたのは8時55分くらい。

 

 そこにはすでにミカがいたのである。

 

 なんで???????????

 いや約束の時間お昼ごろってざっくり決めてたやん?????????

 

 

 それ以来、遊ぶときは前もって日時をしっかり決めてその日はもう朝から予定を空けて遊ぶようになった。

 いや流石にその時ぼくもなんでこんな早く来てるねんってちょっと怒ったんやで?

 そしたらこの子、「たまたま朝ごはんもここで食べようかなーって寄っただけだよ~」とか言ったんだぜ?

 

 うん、この子はこの行動やめる気ないなって思った。

 なのでもう遊ぶ日は朝から遊ぶ!ということで無駄にミカが待つだけの時間を減らすことで解決した。

 

 あ、一応前日の夜にいないのは確認した。

 いたら流石にキレてたと思うよ、うん。

 

 

 

「んで?今日はどしたん?」

 

「ナギちゃんが聞きたいことがあるって言ってたからモモトークを送ってみたの!なんかお仕事に関してみたいだよ?」

 

 お仕事(ハケン)に関してかぁ。

 ティーパーティーは3つの派閥から代表者を一人づつ選出した3人の生徒会長で組織されている。

 ナギサさんが代表のフィリウス分派、セイアちゃんが代表のサンクトゥス分派、ミカが代表だったパテル分派に分かれており、お貴族様のような権力闘争(腹の探り合い)などもあって、なかなか大変そうだ。

 

 そんな感じで、彼女たち3人はとても仲がよいように見えるが、派閥まではそうも行かないため、ティーパーティーからのハケンの依頼というのは受けたことがない。

 一度ぼくがトリニティ・スクエアでやらかした事も相まってティーパーティー傘下の一部の生徒からは敬遠されてるみたいだからね、ぼくは。

 

 とはいえティーパーティーの3人とは仲良くさせてもらっている。

 ミカと二人で遊ぶ機会が一番多いが、ナギサさんやセイアちゃんも一緒に遊ぶこともあるし、ティーパーティー以外の組織、正義実現委員会やシスターフッド、救護騎士団のハケンなんかは何度か受けているし、そちらのハケンが短い時間で終わった時などタイミングが合えばティーパーティーの皆とお茶を飲んだり、ミカとの模擬戦に付き合ったりなど。

 

 そういうわけで、ナギサさんからハケンに関して聞きたいことっていうのは正直内容に予想がつかない。

 直接依頼はほぼないだろうし…もしや知らないうちにハケン中に何かやらかしててそのお叱りとかが一番ありそうでは…?

 え、身に覚えがないけど知らないうちに結構やらかしてるらしいからなぁぼく…

 

 ナギサさんは普段とても温厚なんだけど怒ると怖いというかミカがたまにロールケーキを口にぶちこまれてたりするからなぁ…

 

 そんなことを考えてるとミカがぼくの手をとってずんずんと歩き出す。

 当然引っ張られるぼく。

 

「ほらほら!ナギちゃんのところに行こう!」

 

「うぉぅ!わかったから確認を取ってから歩き出そう!あともうちょっと歩幅!歩幅ちょっと合わせて!ぼくのがちっちゃいからミカの歩幅だと微妙に歩きづらい!!」

 

「しょーがないなぁ~☆」

 

 そう言って少し歩調を緩めたミカだが手はしっかりと握ったままである。

 そのまま二人でティーパーティーが普段からお茶会で使用しているテラスへと向かうが、その間ミカとお手手つないでるわけで。

 

 めっちゃ見られてるじゃん!

 視線が…視線が痛い…!

 

「いやミカ?ちゃんと着いていくからそろそろ手を離してもよくない?」

 

「え~?ハジメちゃんったらワガママだなぁ」

 

 ミカはそんな事を言いながらこちらに寄って、なぜか今度は腕を組んでくる。

 

「なんでや!!」

 

「手は離したも~ん」

 

 悪戯が成功したとでも言いたいかのような笑顔をこちらに向けてくるミカ。

 腕を組んだ、というか抱きしめられてしまったぼくの右腕にはなんか絶妙に柔らかい感触に圧迫されてるんですけど!!!!

 くっ…戦闘で格差を見せつけられたぼくに胸囲でも格差を与えてくるというのかミカァ…!!

 

 結局そのまま離れてくれないミカに半ば引きずられるようにぼくは連れていかれたのだった。

 

 

 

「ナギちゃーん!ハジメちゃん連れてきたよー!!」

 

 バーン!とテラスへ通じる扉を開けてぼくを引きずってナギサさんの座っているテーブルまで引っ張って椅子に座らせたミカはようやっとぼくの腕から離れ、ぼくを座らせた席の隣の椅子を引っ張ってすぐ横に座る。

 

「…ミカさん、扉は静かに開け閉めしなさいと言ったでしょう?ハジメさんも急にお呼び立てしてしまい、ごめんなさい」

 

 ミカの様子に苦笑を浮かべ、ぼくに笑顔を向けてくるナギサさん。

 え、注意するのそこだけぇ?

 

のーぷろぶれむ(お気になさらず)…ところでハケンについて聞きたいことがあるって聞いたけど、ぼくなんかやらかした?」

 

「いえいえ、ハジメさんの有能さは私の耳にも届いております。友人としても、鼻が高いですね。あぁ、そういえば…」

 

 そういえば?

 やっぱなんかやらかしてた?

 

「その…私には少し理解が難しかったのですが…一部の生徒からハジメさんのえーえすえむあーる?というのを制作してほしいとの要望が上がっていましたが…」

 

「なんで??????????????????」

 

 思わず心に浮かんだ独白そのまま声に出してしまった。

 えーえすえむあーる?

 ASMR!?

 ナンデ!?

 

「えぇと…要望を出した生徒たちの代表者への聞き込みによると…「ヘルメット団の不良集団に拉致されて正義実現委員会の委員長が踏み込んでくる事を想像し、もう終わりだと思った時に危険な敵地へと侵入して駆けつけてくれた時に耳元で囁かれたあの声が忘れられず夜も眠れない。あの囁き声は不眠にも効くし将来的には万病も癒すようになるはずなので是非ともティーパーティー主導で制作に踏み切り、トリニティ内に広めるべき」…とのことですが…」

 

「今回はご縁がなかったということで」

 

 困り顔のナギサさんには悪いがそんなニッチな需要を満たすための仕事は御免蒙る!

 思わず席を立とうとしたぼくだったが。

 

 立とうとしたぼくだったが…

 隣に座ったミカが握ったぼくの手が、ピクリとも動かない。

 

「えっと…ミカ?」

 

「私もほしいなー、ハジメちゃんのASMR」

 

 は????????????

 

「え、いや需要ないでしょ…」

 

「需要があるからこうして要望あげられてるんじゃん?」

 

「いやいや、何が悲しゅうて不特定多数の皆様にぼくのASMRなんていうエサを与えないといけないの…いやーキツイッす…」

 

 だからその手離してくださいません?ミカさん?

 

「まぁ、今回お聞きしたい事はこの件とは別件でして…そもそもティーパーティーとしてはこの件には関与するつもりはありませんので…ミカさんもハジメさんを困らせてはダメですよ」

 

「えぇ~残念。ハジメちゃんのASMRなんて実際に手に入ったら毎朝毎晩でも聞いちゃうのにな~」

 

 ぼくがナギサさんの言葉にほっとして席に座り直したのを見てミカはようやくぼくを縫い留めていた手を離してくれた。

 いやお前毎朝毎晩て…

 いくら友達でもそれは流石に?

 

「あっ!それならあとで私専用でおはようとおやすみとがんばってだけ録音させて!こう、囁く感じで!!」

 

「え、やだ…」

 

「なんで!?」

 

 いやなんでって…

 

「…恥ずかしいし…」

 

 え、毎日ぼくの囁き声聞いて過ごすってことでしょ?

 流石に友達だからってミカの顔まともに見れなくなるよぼくは。

 ちょっと想像しちゃって俯きながらぼそぼそと言うぼく。

 あ、想像しただけでなんか無理。ぞわぞわする。

 

「…ハジメちゃん、可愛い…」

 

「…っ!?んっんっ!ミカさん、それくらいにしてください…話が進みませんので」

 

 両頬に手を当ててうっとりしたような表情のミカ。

 やだこわい…

 

 ぼくは隣の捕食者のような友人にちょっぴり恐怖を感じて視線をナギサさんの方に向ける。

 そう、お仕事の話だから!

 だからこのお話はおしまい!!

 

 …ところでナギサさんもなんか顔赤くありません?

 

「さて、話を戻しましょう…」

 

「あはは、ナギちゃんも顔真っ赤~☆ハジメちゃん可愛かったもんね~?」

 

 にやにやとナギサさんをからかうミカ。

 その時笑顔のままで静かに席を立ったナギサさんはそのまま無言でミカに近づき、ミカの口にロールケーキを文字通りぶちこんで、元の席に戻っていった。

 

「もごごっ!?」

 

「さて、ハジメさん。今回はティーパーティーとしてお仕事の依頼を考えております…が、ハジメさんから伺っております依頼の形式とは異なる特殊なものとなるので、一度依頼が可能かどうか、確認をさせていただこうと思いこうして直接お呼び立ていたしました」

 

 そう言って笑顔を向けてくるナギサさん。

 ミカは口いっぱいにぶちこまれたロールケーキをもごもご言いながら必死に咀嚼して生き残ろうとしている…

 ナギサさんがたまに垣間見せる怒りが見える見える…

 

「特殊なもの…なるほど、聞かせてもらいましょう」

 

「そうですね…我がトリニティ総合学園には数多くの部活が存在しますが、その中でも設立の経緯が特殊な…いえ、私の愚行によって複数の生徒を、友人を巻き込んで作った部活があります」

 

 胸に手を当て、目を閉じて何かを考えこむように、一度言葉を切るナギサさん。

 

「…その部活は補習授業部…シャーレの先生も巻き込み、疑心暗鬼に陥った愚かな私が存在しない裏切り者の影に怯え、彼女たちから目を背け、犯した罪の象徴…」

 

 ナギサさんは閉じていた目を開き、真剣な表情で、ぼくをまっすぐに見つめる。

 ふと横に視線を向ければ、ミカはいつの間にかロールケーキの拘束から解放され、心配そうな表情でぼくを見ている。

 

 ぼくはソーサーからカップを取って一口。

 ナギサさんの淹れてくれる紅茶はいつも美味しいなぁ。

 カップをソーサーに戻し、並んでいるスコーンにも手を付ける。

 

「んー、おいし。それで?補習授業部がどうしたの?」

 

 ぼくは紅茶とお茶菓子を楽しみながら続きを促す。

 気にしてませんよ、と言外に伝わりますように。

 

 そもそも先生が関わってる時点でいい感じに解決してるんでしょ?ってなもんだ。

 

「…はい、その設立が少々特殊であった補習授業部は現在ではその所属生徒たちが色々と多忙なことも重なり、実際に成績を落としてしまったこともありまして…名前の通り、遅れが出てしまった勉学をシャーレの先生のご協力の元、再度学習を行い、テストを行って身に着ける、そういう部活となっております。 …ここからが本題です。現在補習授業部に所属している生徒は4名。基本的には普段の授業の後に集まり、先生にも追加で授業をしてもらったり、実際に身についたかを確認するテストの監督官を行ってもらっております。おかげさまで所属した4人の生徒たちの成績も向上し、名前の通りの部活としても結果を出そうとしています。このまま活動を続ければ、その4人の生徒は問題なく成績を戻し、活動の必要はなくなるでしょう」

 

 そこまで語り、自らのカップに口をつけ、ナギサさんは続ける。

 

「ですが、そのまま彼女たちが補習授業部を巣立ってそのまま終わり、というのは…私の疑心暗鬼の霧を払い、またこうしてミカさんとセイアさんと過ごすひと時を取り戻してくれた彼女たちに…いえ、違いますね…私への自戒も込めて、補習授業部をトリニティのシステムのひとつとして、存続させたいと思っております。具体的にはこれから増える可能性のある編入生がトリニティの授業へ滞りなく合流するためや、実際に成績が芳しくない生徒たちの再起のための場として…ハジメさんにはまずその編入生の視点での現在の補習授業部の様子や足りないもの、よかったものなどを実際に体験してレポートにまとめて提出していただきたいのです」

 

 そう言ってにこり、とぼくに微笑むナギサさん。

 編入生の目線で…いやしかしそれは

 

「あぁ、もちろん実際に編入を、というお話ではありません。実際にシステムとして補習授業部を運営する際に学内の生徒の目線のサンプルを集めるのは容易ですが編入生のサンプルというのはほぼ存在しません。かといって他校の生徒においそれとお願いできる内容でもありません。その点ハジメさんなら普段のお仕事ぶりの評判からも、一友人としても信頼のできる方ですので今回のお話に至りました。もちろん、今回の依頼を利用して就学実績をでっちあげてトリニティに無理やり編入させるような愚行もいたしません。ティーパーティーのホストとして、あなたの友人の桐藤ナギサとして誓います。必要なら、誓約書も用意しますよ?シャーレへの公式な書類として」

 

 ぼくの懸念していた部分についてはきっちりと解決策も用意してくれるらしい。

 いや疑ってるわけじゃあないけど、何かの拍子でどこかの学園に生徒として所属してしまうのは絶対に避けていたから。

 

 だってぼくは、他人だから(先生の生徒じゃないから)

 

 …確かに依頼内容は特殊ではあるが、ぼくが問題かもしれないと思った懸念点は先んじて潰してくれてる。

 レポートの提出、というのも書類業務自体いくつもハケンで経験しているぼくには問題ない内容であろう。

 どういう書式でほしいかはティーパーティーできちんと準備してくれるだろうし。

 

 問題は、ない。

 考える。

 でも、考える。

 

 形式的には少々特殊だが、いつものハケンの一環だ。

 

 考える。

 

 

 

 心が警鐘を鳴らす。

 考える。

 

 

 ハケンとは言え、問題ないとは言え…

 

 

 

 

 ぼくなんかが生徒のように過ごしていいわけがないんじゃないだろうか?

 

 ハケンだから生徒の真似事をしても生徒じゃないって誤魔化せてたのに?

 

 

 

 頭を抱える。

 うぅ、と唸るように漏れる自分の声が聞こえる。

 

「ハジメちゃん?おーいハジメちゃん?」

 

 ゆさゆさ、と肩を揺すられて不意に沈み込んでた思考が浮かび上がる。

 ぼくの隣、ぼくの肩を揺すっていたのはミカだった。

 

「ハジメちゃんお願い!このお仕事受けてほしいの!」

 

 ミカはお願い!と両手を合わせてぼくに頭を下げる。

 

「ナギちゃんはこの補習授業部のお話を形にしたいってずっとがんばってるの!元はと言えば私のせいなのに…」

 

「いいえミカさん、あの件での補習授業部に対しての責任と罪は私にあります。ミカさんのせいではありません」

 

「大本は私じゃん!」

 

「いいえ、私です」

 

 ミカとナギサさんがお互いに自分だ、自分だ、と言い合っている。

 

「やれやれ…責任の所在など今は重要ではないしどちらであろうと今では意味などないだろうに」

 

「「セイアちゃん(さん)?」」

 

 ナギサさんとミカの間に立ってそんなことを言い放つセイアちゃん。

 本当にいつの間に現れたのか。

 言い合っていたミカとナギサさんも、未だに思考に沈みかけているぼくも、気づけなかった。

 

「さてハジメ、何やら妙に考え込んでいるね、珍しい。なにか悩ましい事でもあったのかい?…何が悩ましいのか、聞かせてもらってもいいかな?」

 

 セイアちゃんはぼくの瞳をじっと見つめ、ゆっくりとした口調でぼくに語り掛けてくる。

 

「…補習授業部に、生徒として参加を」

「おや?ハケンとして出向をするんだろう?」

 

 …そうだ、ハケンとして補習授業部に…

 

「…でも編入生として…生徒として」

「違うよハジメ。だって君はハケンとして依頼をされたじゃあないか」

 

「ハケン…そう、ハケンのしごと…」

 

 そうだ、ハケン。

 少しいつもと違うけど、これはハケン。

 

「あぁ、そうさハジメ。君はティーパーティーから、特殊な経緯で設立された、補習授業部の、今後の行く末を監査する仕事の一部を依頼された。いつものハケンさ。」

 

 ゆっくり、ゆっくりと。

 ぼくにわかりやすく、ゆっくりと。

 セイアちゃんはぼくにそう言ってから、一口サイズに切り分けられていたフレンチトーストのはちみつがたっぷりと乗った一切れをフォークに刺してぼくの口に運んでくれた。

 あまい。

 

「少し疲れてしまったんだろう。何しろ突然目の前で喧嘩をはじめられてはね。甘いものでも食べて落ち着くといい…ところでこのハケン、受けてくれるかい?」

 

 もぐもぐ。

 口いっぱいに広がる甘味に溺れる。

 セイアちゃんを見れば、今度はチョコとクリームが乗った部分のフレンチトーストをぼくの口の前に差し出し、にこりと微笑む。

 

「ハケン…ハケンだから…受ける…」

「いい子だ」

 

 あむっ、とフレンチトーストをまた一口。

 ぺろりと口元についてしまったチョコを舐めれば、セイアちゃんがペーパーナプキンで口元を拭ってくれる。

 

 咀嚼しながらぼーっとしているぼくの頭をセイアちゃんが抱きしめてくれる。

 あったかい。

 

 なでなで、と。

 優しい感触を頭に感じる。

 

「よくがんばったね、ハジメ。少し休むといい。ハケンでも休憩は重要だろう?」

 

「うん…休憩…」

 

 包み込まれる感触に、撫でられる心地よさに。

 

 ぼくの意識はゆっくりと眠りへと沈み込んでいったのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いいなーセイアちゃん。私もハジメちゃんの枕になりたい」

 

「元はその予定だったろうに。言っただろう、彼女に生徒の自覚をさせるな(・・・・・・・・・・・・・)と」

 

 眠りに落ちた安納ハジメを抱きしめたまま、百合園セイアは聖園ミカの発言にそう返す。

 

「直接生徒として、という表現は避けたのですが…少し考えが甘かったようですね…」

 

 桐藤ナギサは少し悔しそうな声音でそう呟く。

 

「ハジメさんならこのままあっさりと依頼として受けてもらえるかと思ったのですが…なかなか根は深いようですね」

 

 はぁ、とため息をつくナギサ。

 

「…でもこれではっきりしたかも。ハジメちゃんは生徒になりたくないんじゃない、なれない(・・・・)んだ」

 

 ミカの言葉にセイアは頷きを返し、ナギサは悲しみを湛えた瞳をハジメに向ける。

 

 

 

 聖園ミカは気づいた。

 安納ハジメは付き合いが良かった。

 遊びに誘えば一緒に楽しんでくれるし、道端でたまたま遭遇してもその後予定がなければなんだかんだで一緒に過ごしてくれる。

 シャーレで仕事をしている時にちょっかいをかけた時は怒られたけど、別の日に模擬戦に付き合ってくれた。

 ある日、ミカは気づいた。

 模擬戦の時のハジメの歪さに。

 ミカにとっての模擬戦とは、ちょうどいい運動程度の意味しかもたない。

 だってミカが本気になれば、誰もがすぐに動かなくなる。

 今のミカを取り巻く環境で彼女と模擬戦をしてくれる存在はとても貴重で。

 それがお気に入りの彼女との素敵な時間だと感じたから。

 だから少し思ったのだ、こんな時間がもっと続けばいいのに、と。

 だからミカは実行してみた。

 いつもよりほんの少し手を抜いて。

 いつもよりも長く彼女と踊れるようにと。

 

 そうしてミカは知ってしまった。

 

 安納ハジメは止まらない。

 誰かが止めねば止まらぬのだと。

 

 

 桐藤ナギサは気づいた。

 安納ハジメは聡かった。

 報告に上がる彼女の活動(ハケン)はどれも評価が高い。

 正義実現委員会での戦闘を含む実務、救護騎士団での治療補佐や図書委員会での書類業務、シスターフッドでは奉仕活動や聖堂の清掃などの業務に加え、嘘か真か、懺悔室に詰める事もあるとか。

 学園内で出会えばお茶に誘ったり、街中で出会えば談笑したりして過ごす。

 そんな気の置けない関係。

 もしもあの時、彼女がいれば…

 そんな風に無意識に考えてしまい自己嫌悪に陥ることも幾度か。

 そんな天才肌だと思っていた彼女に尊敬の念を抱いて幾日。

 ふと中央図書館へと立ち寄ったある日、彼女はうずたかく積まれた様々な本を鬼気迫る様子で読み耽っていた。

 ふと窓から校庭を見やったある日、またある日、彼女は様々な生徒と実技の訓練をしていた。

 ふと見る時、ふと見かけた時。

 彼女は終わらぬ努力に追われていた。

 

 そうしてナギサは知ってしまった。

 

 安納ハジメは止まれない。

 何かに追われて止まれぬのだと。

 

 

 百合園セイアは気づいた。

 安納ハジメは危うかった。

 出会った時から程よい距離感で自分のような人から少しずれた感性でも付き合いやすい。

 自分の大仰な口調や尊大な態度など気にもせず、ちゃん付けで呼ばれることにはむずがゆさと共に少しの高揚も感じた。

 最初に感じたのはお茶会での何気ない会話。

 彼女がトリニティの生徒になればいいのにというミカのいつもの軽口。

 そんな軽口に、彼女が返したのは明確な拒絶。

 いつもの調子で軽い言葉で飾り立てられていたけれど。

 彼女が口にしたのは明確な忌避。

 彼女から感じたのは淡い渇望。

 そんな違和感を感じて少しして。

 あの時彼女に抱いた違和感の正体を知りたくて。

 たまにある、彼女と二人で話をする機会に。

 いつもの言葉を用いた、哲学めいた思考ゲームを遊ぶ感覚にかこつけて、

 彼女の編入を、外堀を全て埋める勢いで、提案してみた。

 彼女が否定するすべての言葉に、セイアの知るすべてで反論を封殺する。

 彼女から怒りを感じればすぐにやめるつもりだった。

 彼女が逃げればそれで終わるつもりだった。

 …彼女は虚ろな目をして生徒にはなれないと繰り返し呟き、意識を落とした。

 

 そうしてセイアは知ってしまった。

 

 安納ハジメは止められない。

 何かに抗い止められぬのだと。

 

 

「あーあ、セイアちゃんの言った通りかぁ…私が最初に気づけなかったの、ちょっと悔しいなぁ」

 

 椅子の背もたれに思いきり背を預け、天井を見上げたミカが言う。

 

「そうですね、何かしら事情はあるというのは…なんとなくは、察していましたが…」

 

 俯いたナギサは、そんな声を漏らす。

 

「私は少しだけ、君たち二人よりこういった事に慣れているだけさ。私が見た存在とはまた、少し違うようだけどね」

 

 ハジメを抱きしめたセイアは何かを思い出すような少し遠い目をして言葉を返す。

 

 

 

「ですがこれで…事態を動かせますね」

 

 ナギサは俯いていた顔を上げる。

 

「あぁ、荒療治にはなるが補習授業部の者たちは善良で慈悲深い。先生もいる。ハジメには全力でハケン(生徒)を遂行してもらう」

 

 セイアはハジメを起こさぬよう、彼女に祈りを込めるように少しだけ抱きしめる腕に力を込める。

 

「それでハジメちゃんを好き勝手にしてるソレをどうすればいいかはわからないけど…先生がなんとかしてくれるでしょ!あーあ、直接ぶっ飛ばせたら早いのになー」

 

 ミカは軽い口調でそう言うが、最後の言葉は平坦だ。

 

「それではナギサ、手筈通りに」

 

「はい、先生にはすぐに依頼を受けてもらった連絡と…書類も渡しておきましょう。ミカさんもお願いしますね」

 

「りょーかい!あー楽しみだなー!コハルちゃんたち補習授業部のみんなと先生とハジメちゃんも一緒に3日間の合宿!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「…んぇ?」

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 

 規則的な音に少し揺れる振動を受けながら目を覚ました。

 はて?

 ここはどこ?ぼくはだぁれ?ハジメです。

 

"おはようハジメ"

"よく眠れた?"

 

 ふと、寄りかかっていた大きくて暖かい壁からそんな声がかかる。

 

「あー、おかげさまで…?へぇあっ!?先生!?」

 

 先生ナンデ!?

 

 あたりを見回すと電車に乗ってるぼくと先生以外の姿は見えない。

 窓からのぞく景色はもう暗く、夜の帳が落ちている。

 

"お茶会中に寝ちゃったみたいだね"

"ちょうどトリニティに用があったからこうして一緒に連れて帰ってたんだ"

"おんぶで"

 

 おんぶで!?

 

"お姫様だっこの方がよかった?"

 

「おひっ…!?それはぼくじゃなくてミカにするやつだろぉ!?」

 

 あーもー!

 何言い出すんだこの大人はもー!!!

 

"いやぁ、でも起きてくれてよかったよ"

"このまま起きなかったらシャーレに泊めるしかないかなぁと思ってたんだ"

 

 いやいやいや…

 この人どんだけ過保護なの!!!!

 そもそもトリニティからこの電車までまったく起きなかったって…

 …そんなに寝たのこの間のゲーム開発部の合宿以来かも…

 

 ってぇ!?

 

「やばっ!?ハケンの話してたのに寝てたのぼく!?」

 

 朧気ながら寝る前に話していた内容を思い出して背中に冷たい汗が流れる。

 せっかく今まで依頼が受けられなかったティーパーティーという大手ハケン先からの依頼だったのに!?

 

"あぁ、それについては正式に受理されてシャーレへの提出書類も受け取ってるよ"

"今週末から3日間、トリニティの構内にある補習授業部用に用意された施設で泊まり込みの合宿だね"

 

 …は????????

 

「えっ?3日間の合宿?」

 

"受け取った書類にはそう書いてあるね"

"授業なんかは私が受け持つから、筆記用具やノートの準備は忘れないようにね"

 

 えっ、そんな依頼をぼくは受けたの?????

 まったく記憶にないんだけど?????

 えっ、変な壺買わされる書類にサインとかしてない???????

 

「…まじ?」

 

"まじだね"

 

 ぼくは先生から書類を見せてもらう。

 日付、日数、依頼内容など不備がひとつもない、綺麗な字で書かれた書類。

 書類の一番下の依頼者の欄にはこれまた綺麗な文字でナギサさんの名前が、その横の依頼受諾者の欄は書きなぐったようなぼくの筆跡でぼくの名前が書かれていた。

 

「うぁ…まじだ…」

 

 揃えられた書類にはまったく不備はなく、契約は完全に締結しているように見える。

 …でも。

 …こんな内容の依頼、ぼくが受けていいわけが

 

"いやぁ、ハジメがこの依頼を受けてくれてナギサもミカもセイアも喜んでたよ"

"特にナギサは補習授業部に対して色々と思うところがあるから"

"ハジメならきっとこの仕事をやり遂げてくれるって私も信じてるしね"

 

 …こんな…

 

 

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 

 先生の言葉に何も言えなくて。

 今から断っても、あの3人ならそれでもちょっと困った顔をしながら許してくれるような気がする。

 先生も、許してしまう気がする。

 

 

 

"ハジメ"

"もし本当に困ったら、困ってしまう事があったら"

"いつでも(大人)を頼っていいんだよ"

 

"君はまだ、「大人」に守られるべき、「子供」なんだから"

 

 

 何も言えずに俯いてしまったぼくに。

 電車のナレーションがぼくら二人だけの車両に響く。

 電車が止まり、扉が開く。

 …ぼくの最寄り駅。

 

「いえ、大丈夫ですよ先生。きちんと依頼は受理されました。こうして契約書にも不備はないです…ぼくは全力でハケンを遂行します」

 

 ぼくは電車の座席から立つ。

 開いた扉から吹き込んでくる外気は存外冷たい。

 すぐ隣に感じられたあたたかさ(先生の温もり)もすぐに掻き消える。

 

"ハジメ、ソラには会っていかないの?"

 

 電車から一歩、踏み出した足が止まる…止まりそうに、なる。

 

「…今日はちょっと、疲れが自分で思ったより溜まってるみたいなので帰ります。ソラ先輩にも、よろしく言っておいてください」

 

 耳によく残るメロディーが再生され、電車の扉が閉まる。

 ぼくはそのまま歩き出す。

 振り返れば先生はぼくに手を振ってくれたりしてたのだろうか。

 

 ぼくは振り向かず、駅の階段まで到達して…

 

 思わず走り出してしまった。

 

 人目も気にせず、ただ我武者羅に。

 

 自分の家(一人になれる場所)へと帰宅した(逃げ込んだ)のだった。




なぜイレギュラーは発生するんだろう(自分の出力した文章を見ながら)

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