あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
狂いそう!!!!!
お昼ご飯を食べ終え、居座ろうと粘るミカをなんとか帰して。
午後の自習時間でぼくはまずノートをまとめ直してわからないところはみんなに聞いて。
そうして迎えた合宿二日目の最後の模試に臨んだぼくであった。
結果は…惨敗…!!
「ぼくは…弱い…!!!」
「いやいやいやいや!?初日に23点だったのにそこまで得点上がってるんだから弱くないでしょ!?というかそれを言うならハジメより得点低い私とアズサはどんだけよわよわになっちゃうの!?」
己の無力感に打ちひしがれているぼくにコハル先輩はそんな優しい言葉をかけてくれる…。
「…え?いやコハル先輩もアズサちゃんもちゃんと得点上がってるじゃないですか?それに二人ともぼくのまとめ直したノート見たりとかして時間割いてくれてたわけだしむしろぼくが足を引っ張っちゃって申し訳ないというか…」
「いや、ハジメのノートは普通に参考になるレベルで見やすかったのでむしろプラスだったが…」
アズサちゃんまでそんなこと言って。
二人ともぼくのノートがきちんとまとまってるのかかなりじっくりと見てくれてたしその分自分の自習時間が削れてるのはわかってるから!!
しかも二人がそれを見てくれてる間はぼくは先生やハナコちゃん、ヒフミちゃんに気になって別に書いていた項目について聞いたりしてたからむしろぼくばっかり助けてもらってるんだよなぁ…。
「ハジメの評価の判断基準がわかんない!?なんで私とアズサはOKだっていうのに今日のハジメはダメってことになるのよ!!ちゃんと自分も褒めなさいよ!!!!」
「えぇ…コハル先輩なんで怒ってるの…?」
「…っ!私の!後輩がっ!過小評価を受けてるからよ!!!」
悔しそうな顔でぼくに詰め寄るコハル先輩。
「いいハジメ?今回のこの模試の結果に関しては間違いなくあんたは私とアズサを上回ってるの!」
コハル先輩がぼくの答案に自身とアズサちゃんの答案を並べる。
62、67───69。
「きちんと胸を張りなさいよ…ちゃんと誇りなさいよ!…じゃないと私たちがあんたに負けたのを悔しがれないじゃない!」
「へ?」
顔を赤くしながらそんなことを叫ぶコハル先輩の言葉にぼくは間抜けな声を出してしまう。
悔しがれないってそんな。
「あぁ、確かに一日だけで追い越されてしまったのはとても悔しいな」
アズサちゃんまで!?
「得点の上がり幅で言えばこの中で一番上がってますからね…あら?私ったら1点も上がってないですね、悔しいです♡」
「あはは…ハナコちゃんは満点だから上がりようがないような…」
ハナコちゃんが全然悔しくなさそうにそんなことを言うし。
ヒフミちゃんのツッコミは的確だ。
「ハジメちゃん?自己の評価は適切にできるようにならないと、お友達が悲しみますよ?」
ハナコちゃんがぼくに向かって不敵に笑う。
「そうですよハジメちゃん!ちゃんとハジメちゃんが自分の事を褒めてあげないと私たちがハジメちゃんを褒めにくいです!」
ヒフミちゃんまでそんなことを言ってくる。
褒めにくいって…。
"自分の事も上手に褒めてあげることがハジメのこれからの課題だね"
「…いやでもほんとぼくよりすごい子なんていっぱいいるわけで…」
「えっと…ハジメちゃんより強い人や勉強できる人は確かに他にもいますけど…それとハジメちゃんがすごいことって関係ない…ですよね?」
えっ。
「ヒフミの言う通りだ。彼我の戦力差を多く見積もりすぎてはいざという時に憶病な手段しか取れなくなってジリ貧になってしまう事は新兵が陥りやすい心理だ」
「アズサの例えがなんだか物騒なのはいつものことだから置いておくとして…ヒフミが言う通りハジメ自身の事をハジメが一番見くびってるのが私は不満!」
言われた言葉がぼくの頭の中でぐるぐると回る。
"ねぇハジメ"
"もしハジメの部活に後輩ができたとして…初日は全然何も知らなかったその子が"
"次の日にはもうハジメが教えるつもりだったことまで仕事ができるような子だったらその子のことを褒めてあげる?"
「…?そりゃ、褒める…でしょ…」
…えっ。
今この瞬間にその例えが出るっていうのは。
"じゃあハジメもハジメを褒めてあげないと"
「…えっと…その、もし勘違いだったら笑ってくれると嬉しいのですが…その…もしかしてぼくって、結構できる子…?」
おそるおそる。
ぼくは自分の中でもしや、と思った疑問をそのまま皆に投げかけてみる。
俯いてしまっていた視線をちょっぴり上げてみんなを見てみれば…。
…えーっと?
先生はいつもの通りの安心する笑顔なんだけど…。
補習授業部の皆はなんでそんなジト目でこっちを見てるんでしょうか…?
あぁ、そんなに表情を変えないアズサちゃんまでそんな目をして…。
「…いいですかハジメちゃん。私も周りの人たちはすごい人ばかりなので少し気持ちはわかる部分もあるんですが…」
「いやヒフミも結構すごいわよ」
「ヒフミはすごい」
「ヒフミちゃんはとってもすごいです♡」
"ヒフミはとてもいい子だよ"
「私の事は今はいいんですよ!?というか私もハジメちゃんを見てちょっと反省しましたから!?」
みんなからの称賛を受けるヒフミちゃん。
うん、この補習授業部で部長なんてやってるくらいだしナギサさんもヒフミちゃんのことはお気に入りみたいだしね、ナギサさん、ヒフミちゃんのこと話すときに早口になるんだよな…
それにこういう場面で率先して前に出て何かを言おうとしてくれるの、普通にすごいと思うんだよね。
こほん、と頬を赤くしながら咳ばらいをしたヒフミちゃんはぼくに向き直り、言葉を続ける。
「ハジメちゃんは結構できるどころかとってもすごいんです!今日一日勉強のやり方を学んだだけであんなにできるようになっちゃうの、私ちょっとうらやましいって思っちゃったんですよ!?」
「そうよそうよ!私だって先輩って言われてちょっと天狗になってたのに今少し危機感を感じてるんだからね!?」
「何しろ昨日の点数から3倍だからな…実は私もこれは本当に負けていられないぞと焦りと高揚を同時に感じている」
「まさか昨日の今日で69点も取るなんて思ってもいませんでしたからねぇ…69点…♡」
ヒフミちゃんの叫びを皮切りに、コハル先輩もアズサちゃんもハナコちゃんもそんな風にぼくを持ち上げてくる。
いや、ハナコちゃん最後の方なんかちょっとゾクッとしたんだけど?
なんか変な意味含んでない?
この子たまにこういう妙に妖艶というかえっちぃ雰囲気醸し出してくるのなんなの?????????
"先生である私から見ても昨日の学習進度から今日の結果まで点数が上がるのは凄まじいの一言だね"
"慣れない勉強にもちゃんと取り組んで結果を出したんだ"
"ハジメはとてもいい子だよ"
──っ!?
ぼくは思わず先生から顔を反らす。
…面と向かってそんな風に褒められるのはその、ずるい…!
「…なんですか突然、セクハラで訴えますよ先生」
"今のやり取りのどこにセクハラ要素が!?"
うるちゃい!
今ぼくは辱められたんだよ!!
「あらあら…♡コハル先輩?今の判決はどうなりますか?」
「私ハナコの先輩とか死んでも嫌なんだけど…まぁ…
"なんで!?"
「あはは…ま、まぁ…死刑ではないみたいですから…」
「まぁ、ハジメの自業自得分も含めて情状酌量の余地はあったかなって…」
なんで!?
コハル先輩からの無慈悲な判決理由にぼくも先生と同じ言葉を心の中で叫ぶ。
いや確かにぼくの八つ当たりだけども!!
「…??今の先生の言葉のどこに問題が?」
「ほら、先生ってたまに…ズルいじゃないですか♡」
アズサちゃんの言葉にハナコちゃんは笑顔でそう返す。
まぁアズサちゃんは結構純粋無垢な感じだしそういうのはわからないかな…
「…なるほど、
"アズサまで!?"
アズサちゃん!?
少し思案顔で目を瞑ってからさらに有罪を上乗せするアズサちゃん。
え、似たような事された経験がおありで??????
先生さぁ…(クソデカため息)
「え、えーっと…あはは…ご、ごはん食べにいきましょうか?」
「そうだな、食事をしてから今日の模試のわからなかったところの復習もしたい。ヒフミ、付き合ってくれる?」
ヒフミちゃんとアズサちゃんはそう言って勉強道具を片付けて教室の外へと移動をはじめる。
ヒフミちゃん、明らかに先生から目を反らしてるんだよなぁ…
「私もハジメやアズサに負けてられない!ごはん食べたら最後の追い込みよ!ハナコ!ハジメ!食堂に行くわよ!」
「あらあら…♡夜にお勉強…夜のお勉強会ですね♡」
「~~~っなんで無理に夜のってつけるのよ!エッチなのは駄目!死刑!」
コハル先輩もハナコちゃんと食堂へ。
先生はなんかorzみたいな体勢でうなだれてる。
…何してんだかこの人は。
「…ほら先生、ごはん行くよ」
勉強道具を片付けながら、一応そう声をかけてやる。
いやまぁ、ぼくの八つ当たりからのこの結果だし、一応ね?
いやでもそっからフルボッコ食らったのは多分先生の日ごろの行いだからそこは悔い改めて?
"私は無実だ…"
「ウケる」
なんだかしょんぼりした先生を立たせて、腕を引っ張って入口のところで待っててくれたみんなのところへ向かう。
その日の夜ごはんもとっても美味でした。
ありがとうティーパーティー。
その後。
相変わらずの美味で豪華なディナーに舌鼓を打ち、「先生にとっては最後の晩餐かもしれませんね、豪華ですし」とか言っていぢめて遊んでみたり。
"…やっぱり私、死刑?"とか言ってる先生マジウケる。
食後はさっきの模試の復習なんかを寝室の小さなテーブルに皆で勉強用具を持ち寄って。
明日の試験全員で合格したらスイーツショップで打ち上げするって!!
それから勉強以外にもいろんな話をした。
概要だけ聞いていた、エデン条約をめぐって補習授業部に起こった様々なことを教えてもらったり。
ぼくはぼくで、ハケンで行ったトリニティ以外の様々な部活動の話や、出会ったたくさんの友達や、お世話になった人たちの事を話したり。
シャワーも浴びて、あとは寝るだけ。
皆で各々のベッドに入りながら、電気を消して。
それでもベッドに横になりながらも話も笑いも絶えなくて。
「ふー」
夜深く。
流石に皆も眠りに落ちていき、静かになった寝室で。
なんだか寝付けないぼくはベッドから出て、この合宿用の保養施設の中庭にあるベンチで座って、空を見上げていた。
満天の星空。
見上げた夜空には雲一つなく、きらめく数多の星々に大きな丸い、お月様。
今日も色々な事があった。
朝起きて、みんなでご飯を食べて、授業を受けて。
本当になんでもない、ただの生徒のような
なんだか寝付けない、なんて嘘っぱちで。
ぼくはこの合宿が明日の試験で終わってしまうことが何よりももったいなく感じて。
寝なければ、少しはこの幸せな時間も長く続くんじゃないか、なんて気がしちゃって。
こうして明日を先延ばしにしてる。
"やぁハジメ。夜のお散歩かな?"
見上げていた視線を横にずらす。
"こんな夜に薄着じゃあ、風邪をひいてしまうよ"
そう言って先生は手に持っていたコートをぼくの肩に掛けてくれる。
ぼくの肩がすっぽり入ってなおまだ大きく感じる、大人サイズのコート。
…先生の匂いがするコート。
"眠れない時はホットミルクがいいらしいよ"
"コーヒーだと逆に目が覚めちゃうからね"
そう言いながら先生から手渡されたあったかい缶飲料。
ホットミルク。
自販機で売ってるもんなんだ。さすがはトリニティ総合学園、ってとこ?
"隣、いいかな?"
ぼくにホットミルクを渡した先生は、自分の飲む分だろう缶コーヒーのプルタブを開けながらそう問う。
「…先生は寝ないの?」
ぼくはその問いには答えず、逆に問い返す。
…先生が今立っている目の前に座れるように少しだけ、横にずれながら。
"あとちょっとだけね"
「…この合宿のためにシャーレの仕事が押してる、と見た」
"あはは…"
ぼくの指摘に先生は曖昧な笑みで返す。
…今日は本当に色々なことがあった。
どうやらぼくは自分で思っているよりは優秀で。
そんなぼくを周りも結構評価してくれてるみたいだ。
"…明日の試験が不安かな?"
「…んーん、試験は多分、大丈夫なんじゃないかな」
試験そのものは別に、今日の結果を見れば明日突然知らない内容でも出てこなければ問題ないだろう。
見直しだってしたし、間違えている部分もどうして間違えたのかを理解した。
…補習授業部の皆から、教えてもらった。
"…それじゃあ、不安なのは明日になる事…かな?"
…当然のように、見透かされる。
先生はぼくたち子供に比べたらどこまでも大人で。
ぼくの子供の癇癪なんて、すぐにわかってしまう。
「…先生のそーいうところ、きらい」
"楽しい時間も、終わりが近づくと寂しく感じちゃうものだからね"
敢えて辛辣に言い放って、もらったホットミルクに口をつけてこくこくと飲む。
…こうしてぼくに何かを伝えようとしてる先生は。
ぼくがこうやって隠してる思いまでわかっちゃうから。
「…楽しい時間はいつまでも続かないって?」
そもそもこのハケンだって、違和感の塊だったのだ。
普段シャーレで仕事に忙殺されてる先生が、わざわざ合宿で一緒に施設に泊まる?
聞けば補習授業部としてこの施設での寝泊まりも含めた活動なんてエデン条約が結ばれる前以来の事だっていうじゃないか。
放課後に集まって部活動をすることはあってもこうしてこの施設を使って合宿をすることなど、なかったそうだ。
…どこまでが先生の思惑かはわからないけれど。
多分、先生の目的はぼくに生徒としての日常を経験させること。
まぁ、ぼくはまんまと罠にはまってしまったわけだ。
まぁでも思い出作りというならこんなにも素敵な思い出はそうそう作れないだろう。
素敵な友人たちができた。
素敵な日常が過ごせた。
素敵な青春を…送れた。
これ以上は望むべくもな
"???"
"いや、楽しかったなら続けてもいいんだよ?"
…は???????????????????
"合宿は明日で終わりだけど、昨日言ったように、ハジメはいつでもどこかの学園に編入できるんだけど…"
いや、それは。
形式上は、そうかも…だけど。
"もちろんハケンを続けたいって思うならそれも一つの道だし、私も応援するよ"
"でも、それは何かを諦めた結果じゃなくて、ハジメ自身の選択できちんと選んでほしい"
"生徒がやりたいと思ったことを出来る限り応援するのが…先生だからね"
「…えぇ…?」
"ちなみに各学園どこでも受け入れは前向きに考えてくれてるし、なんだったら学園以外でも一部オファーがあるくらいだよ"
「はぇ?」
いやまぁ、シャーレからの紹介ってことで色々なところにハケンには行ったけど…
いや流石にこんな怪しい子供を雇いたいなんていくらなんでも大げさ…
"例えばシャーレのエンジェル24なんかは店長さんが推薦してくれるから社員待遇で常勤はどうかって話をもらってるよ"
ファッ!?
いや店長さんさすがにそれは気を遣いすぎでしょ!?
あの店長さんぼくがシャーレに転がり込んですぐの頃に雇えなくて申し訳ないってめっちゃ謝ってきたもんな…
"後はあの下宿先の大家さんも専属契約を本人が希望するならって一度話をしに来てるよ。本人を口説き落とせた時のために許可をくれって。律儀な人だよね"
えぇ…
大家さんあの話マジだったん…?
ブラックマーケット関連の裏が絡むお仕事だからこそ信用は大事だろうし、リップサービスだと思ってたのに…
"あとは…これは企業案件かどうかは少し迷う所だけど…"
まだあんの!?
過分な申し出多すぎてマジでぼくの自己評価低すぎたんだなって今目下反省中なんだけど!?
"便利屋68…学園以外で一番ハジメのスカウトに熱心なのはここだね"
…えっ?
「…いや、流石にそれはないでしょ…むしろ便利屋の皆とは商売敵で、実際に何度もやりあってるワケで…」
"うん、最高のライバルだってアルも言ってたね"
"そんなライバルと手を組むことができれば便利屋68としても急成長待ったなし、って言ってたよ"
「…いやいやいや、便利屋のライバルは風紀委員会でしょ…それにあの4人以外に人増やすのは流石に文句出るでしょ…アル社長は人が良すぎるからその場の勢いで言っちゃっただけじゃない…?」
"いや、意外と他の子たちも肯定的だったよ?それと風紀委員会は
…多分、今ぼくは歓喜に打ち震えている。
アル社長が常日頃から口にしているアウトローへの憧れ。
そんな彼女が口にする「最高」という評価は、どれだけの価値があろうか。
生徒にはなれないと諦めてたぼくの密かな憧れだった。
学園に依らぬ生徒たちの自立の理想形、最高のアウトロー集団。
ぼくにとっての便利屋68とはそういう組織だ。
理想へ突き進み、それを支え、共に歩み、付き従う。
誰もがお互いを信頼し合い、共に生きていくことを体現した、そんな便利屋68が。
ぼくのことも、仲間にしてくれてもいいと言ってくれていた事が。
そう在れたぼく自身が、今は無性に誇らしい。
"…とまぁ、ハジメはハジメ自身が想像してるよりも人気者でね"
"だから…一度ゆっくりと考えてほしいんだ"
"ハジメ自身がどうしたいのかを"
"あ、ちなみに最近は各学園から突然の編入が不安に感じるなら体験入学からどうですか?って意見も上がってるね"
あ、やば
"…ハジメ?"
隣に座るぼくが突然腕に縋り付いてきたことに驚いたのだろう、先生が気づかわし気な言葉をかけてくる。
「…ごめ…せんせ…今は、顔…見ないで…」
なんだか止まらない衝動に、隣の大きな腕に顔を押し付けて、隠して。
「…いいのかな?」
"いいんだよ"
「…迷惑じゃないかな?」
"ハジメだったら、友達なら助けちゃうでしょ?"
「…
"ハジメは友達がたくさんいるからね"
"いなくなったらみんな泣いちゃうよ"
「…先生も?」
"当然、私も"
「大人なのに?」
"子供でも大人でも"
"嬉しい時には笑うし、泣きたいときには泣いちゃうよ"
"嬉しすぎて泣いちゃうことだってあるし"
"泣きたいのに歯を食いしばっちゃうことだってある"
"だから、ハジメも笑って過ごしていいし"
"泣きたいときには泣いていいんだよ"
──せっかく顔を、隠してるっていうのに。
ホットミルクの作用か、吐露した
───先生の
ぼくの意識はそのままゆっくりと落ちてしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やぁ先生、いい夜だね」
ハジメの意識が落ちて数刻。
そろそろハジメを部屋まで運ぼうかと思い始めた先生に声をかけたのは百合園セイア。
"こんばんはセイア。こんな時間に一人で出歩くのは危ないよ"
「トリニティはエデン条約の締結に伴って改革の真っ最中でね。ティーパーティーも日々仕事に追われているのさ」
セイアは先生の腕に縋り付き、そのまま眠ってしまったハジメの顔を、涙の跡が残るその様子を見て、
「…その様子だと、彼女のハケンは無事完遂のようだ」
涙の跡を残しながらも、穏やかな寝顔の
セイアが気づいたハジメの歪な在り方。
ハジメが自己というフィルターを通して自身を語るその姿は、セイアが知るハジメとは似ても似つかぬ、愚鈍で、蒙昧な何もかもが足りぬ人物像だった。
望む姿に焦がれて、求める在り方を切り捨てるその姿は痛ましく。
何より気に入らなかった。
百合園セイアという生徒は少し厭世的で、少し独特な言い回しをする口調も相まって、その原因が取り除かれた今でも気の置けない友人、と言えるものはまだ少ない。
慕ってくれる生徒は多くいる。
そういった者たちを無碍にする、という気持ちもない、少なくとも今では。
そんなセイアにとって、数少ない気の置けない友人が、明確に自身を軽く見ている。
軽く扱っている。
しかもそれは、友人がそう
繰り返すがセイアにとって気の置けない友人という存在は少ない。
なんなら、自らの落ち度で一度失いかけてすらいる。
そんなセイアにとって、友人が、よくわからない、姿も見えぬナニカに歪められ、振り回されているのが気に入らなかった。
我慢ならなかった。
そのナニカが一体何かなどはまったくわからないけれども。
そんなよくわからない存在のせいで友人がいつでも自身を切り捨てられるようにしていることに怒りを覚えた。
だからまず、友人が焦がれている事を無理やり叶えてみることにした。
一人では到底なし得なかったこの合宿は、こうして彼女の友人と信頼できる大人を巻き込んで決行されたのであった。
…実際、この行動によって何かしらの不都合は起こる可能性は十分にある。
それでもセイアは行動を起こした。
この先何かこの行動によって起きる不都合なことに全て抗ってみせると誓った。
友人たちと、この目の前の
そして少なくとも、ハジメにとって、今回の合宿は、得難き経験となってくれたことに安堵する。
決意は胸に。
憤怒は抵抗に。
情愛は友人に。
今この瞬間は幸せそうな寝顔を浮かべる
"え?まだ明日の試験があるよ?"
先生が何気なく答えたその一言にセイアは一瞬固まる。
「…さすがに今までほぼ経験したこともない試験問題で合格点を取るのは…この合宿程度の日数では無理じゃあ、ないかな?」
セイア、というか今回の首謀者であるティーパーティーの面々は一応、初日に行ったハジメの試験結果については把握していた。
23点。
あのハジメでもまったく未体験の試験という事象に関してはこのような結果になるのか、と。
あのなんでも平均以上に卒なくこなす友人でも最初はそういうものか、と本人的にはあまり嬉しくないであろう親近感を覚えたものだったが。
"もしかして、初日の点数を聞いた?"
「…一応、事の推移を見守るという理由もあるのでね。その、ハジメには黙っててもらえないだろうか…?」
セイアの口からそんな懇願がついて出る。
自分の行動が必要な理由はいくらでも用意できる。
ただそれでも、それを知ったこの友人は笑って許してくれるんだろうが。
なんとなく、後ろめたかった。
"69点"
「…は?」
"今日の試験のハジメの点数だよ"
「…合格ラインは70点だったと記憶してるが…」
"そうだね、しかも読み書きのケアレスミスがなかったら71点だったんだよね…"
「…本当に予想を軽く超えてくるな、ハジメは」
未経験で下積みされた知識もちぐはぐな状態で、わずか一日でトリニティの平均水準に追いつこうという友人をとても誇らしく思いながら、セイアはハジメの寝顔を見つめる。
"さて、本当にもう遅い時間だから、ハジメを部屋に送ってくるよ"
「あぁ、私も自室に戻ることにするよ」
"いや、ハジメを送ったらセイアも送るから着いてくるように"
"さっきも言ったけど、こんな時間に一人で出歩くのは感心しないよ"
「この保養施設から自室まではそこまで距離もないし危険な場所などないのだが…」
"ダメ!絶対に送っていくからね!"
「まったく…コーヒーを飲んでいる様子を見るにまだ先生自身の仕事も残ってるだろうに…」
"セイアも私の大事な生徒だからね"
"こんな暗い夜道を一人で帰すなんて出来ないよ"
「…まったく、これは余計な問答をする暇があるなら大人しく送られる方が早そうだね」
"さすがはセイア、話が早い"
その言葉を受けたセイアははぁ、息をついて、先生が持っていた空のコーヒーの缶をひょい、と奪い、ハジメの脇に置かれた空になったホットミルクの缶を持つ。
"ありがとう"
「いいから早くその眠り姫を抱えたまえよ」
ベンチからすぐ近くにある空き缶用のリサイクルボックスへまっすぐ向かいながら顔も向けずにそんな言葉を返すセイア。
先生はハジメを起こさないよう、丁寧にハジメの膝裏に手を差し入れ、背にも手を添えて持ち上げる。
眠って体重が預けられているというのにそこまでの重さも感じられない、小さな体躯。
少し前、電車で彼女と語った時に冗談で言ったお姫様抱っこを今まさに寝ているタイミングで行われているなんて、きっと明日の朝目覚めた彼女は夢にも思わないだろう。
もしどう運んだか聞かれたらなんと答えよう?
そんなことを考えていると空き缶の処理を終えたセイアが戻ってきた。
「はは、そうして見るとまさに姫君と騎士のようじゃないか」
"私は守られてばかりなんだけどね"
「そんなことはないさ」
少し気恥し気に笑いながら言う先生に、セイアは薄く微笑みかける。
「いつだって私たちを守っている。守ろうとしてくれる素敵な先生だよ」
"…ありがとう"
「どういたしまして」
そうして一人の少女を抱きかかえた大人と、それに並んで歩く一人の少女は歩き出す。
月明かりに照らされた影は、まっすぐ保養施設への短い道に伸びている。
そんな姿を、満天の星空と、お月様だけが見つめていたのだった。
便利屋68は特別な存在でした
誤字、脱字報告、高評価、感想などありがとうございます。
励みになります。