道を走る。
ハンドルを握ってアクセルを踏み込み、まっすぐに伸びる車道を走る。
辺りに立ち並ぶ建造物は数刻前まで走っていた都市部と違い、砂に塗れている。
対向車も後続車も通らない道路をただただ走らせる。
ただただ無言の空間。
ラジオでも流せれば少しは暇つぶしにでもなるだろうに。
ぼくはそう思い、無駄だと思いつつもラジオのスイッチをぽちりと押す。
座席に据え付けられたスピーカーから軽快な曲が流れる。
お、音楽だけなら終わるまで許してもらえ
プツッ、と
スピーカーから響いていた音は助手席に座りドアのひじ掛けを使い頬杖をついて窓の外を眺めている、もう一人の手によってあっけなく静寂へと戻される。
「…ラジオぐらいいいじゃん」
「耳障りです」
「…てかそれならなんかしゃべったりしない?周りの景色が変わり映えなさすぎてラジオでも流してないと辛いんだけど」
「あなたと話すような事など何一つございません」
外に視線を向けたまま、こちらを見ることもなくそう答えるのは狐坂ワカモ。
「…そもそも先生からのお願い事で仕方なくあなたの
「嫌ならやめてもいいんじゃよ?」
「そうはいきません。先生からのお願いとあればたとえそれがどんな艱難辛苦にまみれた地獄のような道程であろうと、私が必ず叶えると決まっているのです。そもそもあなた如きが私の行動に口を差し挟めると思っているその愚かさにこの上ない憤りを感じております」
そう言って狐坂はまた無言に戻ってしまう。
座席内はまた無音に戻る。
ただただトラックの走る車両の音と開けた窓から聞こえる空気の音だけが響く。
あーーーーーめんどくせぇ…。
ぼくがこうしてこのクッソめんどくせぇ女、狐坂と同じトラックで物資の配達のためにアビドス高等学校へと向かっているのにはまぁ、理由がある。
それは先生からの依頼でシャーレからの物資の配達を引き受けた昨日まで時間を遡るのだが…
アビドス高等学校。
かつてはキヴォトス最大の学園とも言われたことのある超マンモス校だったが数十年前から環境の激変やそれに伴う人口流出などにより今では在校生5人を残し市街地にはほとんど人が残っていない学園らしい。
今回の物資の配達に向かうお相手はそのアビドス高等学校の在校生5人が所属する「アビドス廃校対策委員会」。
先生がこのキヴォトスに来て、すぐの頃にシャーレとして問題解決に当たった生徒たちだということらしい。
問題解決に当たってすぐのころは色々とあったアレやコレを先生と対策委員会はなんやかんやで解決。
すべてが解決したわけではないが目下の諸々に目途はついて、人が減ったとはいえ完全に利用する者がいなくなったわけではないアビドス自治区内を借金返済をしながら管理しているらしい。
今回はそんなアビドス対策委員会まで物資をお届けするのが依頼内容だ。
アビドスの対策委員会の子はたまにシャーレまでヘリで訪れていた奥空アヤネちゃんとは少しだけ面識があるがそれ以外の子たちは会ったことがない。
そもそも借金返済のために日夜自分たちでお金を稼いだり、自治区内の警備をしてる子たちがわざわざハケンを依頼する事なんてないしね。
物資のお届けだって普段ならアヤネちゃんが来た時にヘリに詰められるだけ詰めて行ったり、普通に民間の業者に依頼をして届ければ済む話でぼくがわざわざ届ける必要もないわけである。
ではなぜ今回、ぼくがこの依頼を受けることになったか、というと。
「アビドス自治区への輸送料金の相場が跳ね上がってる?」
"うん、それにその分を払うと言っても結局なんだかんだで理由をつけられて断られちゃって…"
"それでアビドスの生徒たちにもモモトークで聞いてみたんだけど、今アビドス自治区では何か問題が起きてるらしいってことはわかったんだけど…"
"内容までは皆教えてくれなくて"
"逆に「すぐに解決するから先生はそれまでアビドスには近づかないように」って対策委員会のみんなから言われちゃった…"
「はぁ…まぁ先生なら釘刺しておかないと一人でのこのこ様子見に行っちゃいそうだもんね」
"…そんなことないよ?"
あるだろばか。
「…それで?モモトークで言ってた先生からのお願い事ってそれに関係する?」
特にハケンの予定もなかった今日。
朝に先生からのモモトークで【少し頼みたいことがあるんだけど今日暇な時にでもシャーレに寄ってくれないかな?】と書いてあったことを思い出しながらぼくはそう聞いた。
"うん、やっぱり先生としては生徒たちが何か面倒な問題に巻き込まれてたらせめて事態の把握はしておきたいって思ったんだけど…"
"どういうわけか、今回は風紀委員会や便利屋の皆からもアビドスにはしばらく近寄らないようにって釘を刺されちゃって…"
"それで私は思ったんだ。一人で行くのはダメだけど生徒と一緒に行けばいいんじゃないかなって!"
「いやダメでしょ」
ばっさりと切ったぼくの言葉になぜかその場で蹲る先生。
いやそもそも先生の身に危険が及ぶ状況だから来るなって言われてるんでしょうに。
風紀委員会とか便利屋からも言われるってのはよくわからないけど…まぁアビドスの子たちが何かしらのツテがあって先生への釘刺しをお願いしたとかじゃないかな?
"…でもアヤネが最後に来た時は少し不良生徒が増えてきてるって話もしてたし、アビドスは場所の関係で治安の維持っていう面ではやっぱり少し心配でね…"
"さっきも言ったようにここ2週間ほど、普段届けてる物資が届けられてない状況なんだ"
"なんとかして物資だけでも送りたいんだけど…"
心配そうな顔をして呟く先生。
ぼくは手帳を取り出して、明日以降の予定を確認する。
今週は昨日まで依頼が詰まってたり突発に出たりして連勤してたし、今日から3日ほどは今のところ予定はない。
…はぁ、エンジェル24でソラ先輩のお手伝いでもしようと思ってたのになぁ。
「とりあえず物資を運ぶ車両は用意できます?」
"車両?…リンに聞いてみるけど、必要なら連邦生徒会の物資運搬用の車両とか、貸してもらえるんじゃないかな"
「じゃあそれ今すぐ確認してください。で、可能なら今日の内に物資詰みこんじゃいましょう。一般的な運搬用のトラックならぼくが運転くらいできるんで…」
"すぐにリンに確認するね!"
とまぁ、そんな経緯で今回ぼくは先生の代わりにアビドスまで物資を運ぶ事になったのだった。
時刻はお昼を回っていない。
今から連絡して、車両を借りたとしてまぁ、数時間もあれば物資の積み込みも終わるでしょ。
"よし!それじゃあ明日は何時に出発しようか!?あ、トラックなら私も運転できるから任せてね!"
「は?先生連れて行くわけないでしょ?」
"そんな!?"
当然なんだよなぁ…。
その日は結局物資を積み込みながら先生にお説教をして日が暮れた。
そこそこ大きな荷台のコンテナに物資を運び込みながらなんとか食い下がろうとしてた先生だけどこれに関してはぼくも止めたみんなと同意見でーす。
で、まぁその翌日、つまり今日なんだが。
ぼくはまぁ、朝から愛銃のSMG【best Bond】に、ミカからデコってもらったSR【sincere Pray】、いつも通りに忍ばせてるナギサさんとセイアちゃんがデコってくれたHG【splendid Pal】を担いでシャーレに来たわけなんだけど…
"それじゃあ、道中安全運転で。二人なら心配はいらないと思うけど…もし危ないと思ったら無理は絶対にしちゃだめだよ!"
「えぇ、このワカモ、あなた様の願いとあらば例えどのような難題であろうと完璧にこなしてみせましょう!…その願いがこのぐ…跳ねっ返りのお守と言うのはいうのは少々…些か、業腹ではありますが…」
「嫌ならやめてもいいんじゃよ?」
「あなたごときが先生から託された私への願いを横から無碍にできるとお思いで?」
"えっと…二人ともできれば仲良くね?"
"ワカモも突然こんなことをお願いしちゃってごめんね"
「いいえ、いいえ!あなた様のためならばこのワカモ、必ずやこの物資を無事に送り届け、あなた様の元へ疾く帰りましょう!」
「嫌ならやめてもいいんじゃよ?」
「先生からの願いを私が断るわけがないでしょう?あまりしつこいと潰しますよ羽虫」
"え、えーっと…ほんとに喧嘩はしないように、ね?"
なぜか狐坂が同行することになった。
昨日あんだけ連れてかねーよばーか!!って先生詰めたらコイツまさかの生徒追加してきやがりましたよ!!
「ぼくからはそういうつもりまったくねーんですけどねぇ?」
「私もこんな子眼中にありません。ご安心ください、あなた様。争いというものは同じ格の者同士でしか発生しないのですから」
いや、ほんと嫌なら断ってくれよめんどくせぇ。
いや先生に頼まれちゃったからにはなんだかんだで絶対コイツきっちり仕事はこなすだろうよ。
そこだけはほんと信頼していいと思うわ。
でも人選絶対ミスってるよ先生。
「それじゃ、そろそろ行きますわ」
"ハジメ、アビドスに着いて、もしアビドスの皆が大変そうだったらちょっと手伝ってあげてくれると嬉しいんだ"
「…というよりそっちのが本題でしょうに。だから余計に連れてけないんですよ?そのへん理解してますー?」
ぺしぺしと先生を叩いて指摘するぼく。
力は全く込めていないが少しはこれでぼくたち生徒の心配を理解するべきだと思う。
"うーん、わかってはいるんだけど…"
"あ、でももし手に負えないような事態だったらみんなを連れてすぐにこっちに戻ってきてね"
"生徒の手に負えないような事ならそれこそ大人の私の仕事だからね"
まぁ、理解はしてるんだよなこの人。
だからこそ
大人ってほんと汚いわ!
ぼくはそんな事を考えながら運転席へ向かう。
狐坂はすでに助手席に乗ってる。
いやわかってたけど、運転完全にぼく任せなのな。
「へーへー、まぁ適当にやっときますよ…あとマジで狐坂にはあとでフォローした方がいいから帰ってきたらデートのひとつでも連れてってやれよマジで」
"うん、ワカモへの埋め合わせはもちろんするよ"
"ハジメも本当に無茶だけはしないように"
いやほんと、そんなに念押しされるほど無茶しそうだって思われてるの遺憾なんだけど?
とまぁ、そんな経緯で狐坂とぼくは物資を積んだトラックでアビドスへ向かう事になったのだった。
以上がこのお通夜みたいなトラック内の様相の理由だ。
どんな経緯かは知らんけど狐坂は先生に頼まれてこうしてぼくと一緒にアビドスへの物資配送に同行を頼まれてこうして一緒にいるわけだが。
まぁ、言わんでもわかるかもしれんけども。
ぼくと狐坂の相性は悪い。
というより基本的に狐坂が多分ぼくを嫌いなんだと思うんだよな。
元々狐坂は先生のこと以外は十把一絡げって感じで、先生への思慮の上で他の生徒と交流したり協力したりすることもあるという感じだ。
基本的に滅多に姿は見ないし、ハケンでたまーーーーーーに相手側に姿があって、クソほど面倒な事態になることがある程度で。
でも、別にハケンを始める前はここまで嫌われてなかった気がするんだけどなぁ…。
当たりが強くなったのはハケンを始めてからなんだよな。
マジで何が理由で嫌われたんだろ。
思い当たる理由多すぎてぼくわかんにゃーい。
ぼくはと言えばまぁ別に狐坂のことを嫌ってはいない。
先生を通してのことならコイツほど信用できるやつは確かにキヴォトスでもそうはいないし、強いし、有能だ。
そもそもハケンでコイツが絡んでた場合、だいたい辛酸をなめさせられるのはこっちのほうなのだ。
まぁ、その場合、依頼人の皆様方はだいたいみんな「あの災厄の狐が関わっていたのなら仕方がない」と同情的になってくれて依頼失敗となってはしまうもののそこまで問題に発展はしない。
「…少しは態度を改めてマシになったと聞きましたのに。あなたはまだ続けるのですね、この
無言の車内の静寂は狐面から響く声に破られる。
「先生の手を振り払い、矜持も持たず、つけられた鎖を引き摺りながらただただ終局を求めて這いずっていたあなたが、今は何を求めてこの行為を続けるのかは欠片も理解するつもりもありませんけれども…」
す、と狐面に手を添えた狐坂は、少しだけ、狐面に手を添え、目元まで露出させ。
「あなたの
すべてを射殺すような、憎悪の篭った視線をこちらに向け
「私が全霊で、あなたのすべてを壊して差し上げますので、努々お忘れなきように」
そう言って、狐坂は狐面をかぶり直し、再び窓の外へ視線を向けた。
再び訪れる静寂。
いや、つーか一人でしゃべりたいことだけしゃべって終わりかよ。
コミュ障か??????????
…まぁでも、嫌われてる理由はなんとなくわかった。
ある意味心配事が一つ減ったという気分だ。
「狐坂、よろしくな」
でも運転中の人間に全力で殺気ぶつけんのマジでやめろよな。
「そこでその言葉を返すから私はあなたは愚者で愚物の塵芥だと思っています」
わーお辛辣ぅ。
いやぁ、ほんと、先生に関してはお前ほど信用できるやつ、いないわい。
ほんと、そん時はマジで
「まぁ、今はどっちかっていうと面白おかしく生きていきたいなーと思ってるから。今は編入も視野に入れて見分広めてるってとこ?そういや狐坂って百鬼夜行関係?あそこどういうとこなん?あんまハケンでも行かないから微妙にわからんのよねぇ」
「私に対してその質問をできるあなたは愚者で愚物で蒙昧な塵芥ですね。はぁ、どうして私がこんなのとこんな面倒事を引き受ける羽目に…」
「嫌ならやめてもいいんじゃよ?」
「今すぐこの場で泣き叫ぶ事しかできないようにして差し上げてもいいんですよ?」
「こわ」
そんな言葉で、再び訪れる静寂。
しかしその静寂は、狐坂が押したラジオのボタンで破られる。
スピーカーから流れる静かな音楽。
狐坂は音量のつまみを絞り、音量を聞き取れるギリギリまで下げる。
「ラジオ解禁?」
「これ以上あなたと交わす言葉などありません。愚者は愚者らしく雑音で叡智を見出して悦に浸ってなさいな」
「へいへい」
要は「これ以上オメーと話す気はねえからこの音量程度のラジオは許してやるよ」ってことか。
うーん、辛辣。
まぁ多少は妥協してくれたってことで今回は言われた通りに黙っておきますか。
狐坂も宣言通りぼくと話すことはもうない、と言わんばかりに窓の外に視線を真っすぐに向けている。
対向車や後続車がまったくない道路を走るトラック。
窓から響く風切り音に、スピーカーから響く小さな音量のBGM。
ぼくと狐坂はお互い一言も声を発しない。
赤信号で止まったぼくは持ちこんだ小型のクーラーボックスから小さめの清涼飲料水のペットボトルを二つ取り出し、狐坂に片方を差し出す。
狐坂は無言で受け取り、キャップを開けて狐面をずらして一口飲む。
ぼくも渡した方とは別のペットボトルのキャップを開けて、半分ほど飲み下す。
トラックに据え付けのドリンクホルダーにぼくと狐坂が同時にペットボトルを突っ込んで。
青信号を確認したぼくはアクセルをゆっくりと踏み、トラックはまた走り出す。
つーか遠いね、アビドス校舎…
そんなことを思いながら、校舎に着いた後の荷下ろしとかコイツ見てるだけだろうなぁ、とか思いつつトラックを走らせ…
「…はぁ?」
ついぼくがそんな声をあげてしまう状況。
道路をバリケードで塞ぎ、そこに何人かの、スケバンと呼ばれる不良生徒たちが各々武装した状態で封鎖している状況に遭遇したのはそれから程なくしてであった。
先生の好意を全力で無碍にしようとして生きていた頃のハジメちゃんに多分ワカモさんめっちゃキレてたと思うよ。
今は多分経過観察中。
でも前科は消えないので信用もされないんだ…
感想、評価、誤字報告などいつもありがとうございます。
励みになります。