ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女の到達


はじまっていたおわり

 目を閉じる。

 

 電車に揺られ、ゲヘナ学園へと向かう。

 

 黒服と名乗る大人に言われた言葉が頭をぐるぐると回っている。

 

 意味の分からない意味深な言葉を並べ、まるでゴミでも見るような蔑むような視線で言葉を並べていたうさんくさい"大人"。

 

 昨夜、黒服との邂逅を終えてから一歩も動けないままその場で朝を迎えたぼくは、一睡もできずに震えて座り込んでいた。

 結局仕事の依頼をしてきた大家さんからの着信を受けるまで動けなかった。

 

 震える手で、着信をとり、大家さんから仕事の完遂とお礼の連絡を受けたぼくは凍ったように固まる体を何とか動かし、その場を後にして。

 

 家に帰る気にもなれず。

 黒服に言われた言葉が頭をぐるぐると回る。

 気づけば駅から電車に乗り、こうしてゲヘナ学園へと向かっている。

 

 現状を把握するために。

 耽溺。

 妙に頭に残るその言葉は一晩を経てなおぼくの頭の中をぐるぐると回る。

 突拍子もない言葉のはずだ。

 

 でもその言葉を聞いてからずっとぼくの頭からこびりついて離れない。

 

 黒服から渡された名刺を見つめる。

 ただ一度だけの直通回線。

 あの黒服がどういう存在かは知らないが、あの存在が一度だけというなら本当に一度だけしかつながらないだろう。

 そして黒服は「話にならない」とも言っていた。

 ゲヘナとミレニアムの現状を知れ、と。

 

 今この瞬間もゲヘナとミレニアムで何かが起こっているのだろうという予感がある。

 

 その何かが"ぼく"に関わっているという確信がある。

 

 何が起こっているのか、何をすべきなのか。

 その答えをあの黒服は持っている気がする。

 

 ならば話になるラインまで認識を引き上げる必要があるだろう。

 

 

 

 そうしてぼくは家にも帰らずそのままゲヘナ学園行きの電車に揺られている。

 

 この言いようのない不安を払拭するために。

 

 

 

 

 

 

 

 改札を通って駅を出る。

 

 記憶に違わぬ雑多な街並み。

 軽くあたりを見渡してみても特に何かが起こっているような雰囲気は微塵も感じない。

 果たしてこのゲヘナで何が起こっているのか。

 

 駅周辺をきょろきょろと見回し、いつもの変わらぬ風景であると感じたぼくはゲヘナ学園へと歩みを進める。

 学園から駅までの道を行き来するゲヘナの生徒たち、忙しく走り回る風紀委員たち。

 何人かはこちらを物珍しそうな目で見ているが今日はハケンで来るときに着ているゲヘナの風紀委員の制服ではなく、いつもの、どこの学園のものかもわからない目が覚めた時に着ていた制服なのでそのせいだろう。

 

 少しの懐かしさを覚える。

 考えてみればこの格好でゲヘナを訪れたのは初めて来た時以来か。

 天雨さんに契約書の妙で一杯食わされて風紀委員の制服を着てハケンをすることになったことを思い出して少し感傷に耽る。

 

 そういえばここ最近、D.U.近辺の仕事が詰まっていて他の学園には全然顔を出していなかったなぁ、と思いながら歩いているとゲヘナ学園の正門が見えてくる。

 

 正門横の風紀委員が詰めている守衛詰め所の受付に向かい、中に詰めていた風紀委員の子へと声をかける。

 何度かハケンでも顔を合わせた顔見知りのその子はこちらを見て少し怪訝な表情を浮かべ、

 

「用件は?」

 

 外向きの対応を崩さない問いに少しの違和感を覚えるも、仕事としてはとても正しいその在り方に納得し、

 

「突然の訪問、申し訳ございません。シャーレ所属、さかまんじハケンサービスの安納ハジメです。本日は少し確認したい事がありまして…風紀委員長の空崎ヒナさんへ面談の申し込みをさせていただきたいのですが可能でしょうか?都合が悪いのなら天雨アコ行政官や銀鏡イオリさんや火宮チナツさんでもよいのですが…」

 

 対応に合わせてぼくも対外的な対応を崩さぬように用件を伝える。

 急な訪問ではあるし忙しそうなら日を改めることも視野に入れるべきか。

 今日が無理ならそのままミレニアムへ向かうのもいいかもしれないな、と考え、守衛室にいる子に目を向ける。

 

 守衛のその子はこちらから視線を離さずに守衛室内の端末で連絡をとっている。

 多分お伺いを立ててくれてるのだろう。

 ただ、その視線は妙に敵意を感じるような気がして、ぼくは少しの違和感と怖気を感じている。

 

 とはいえぼくにはここで待つ以外に出来ることもないのでそのまま守衛室の受付窓の前で待つ。

 受付をしてくれた子は守衛室内の別の部屋にいる子に向けて身振り手振りで指示を出している様子だ。

 風紀委員の子たちはやっぱり勤勉だなぁ、ゲヘナなのに、などと少し怒られそうなことを考えていると。

 

「風紀委員だ!神妙にしろ!!」

 

 校門の向こうからこちらへ向かい、何人かの風紀委員を引き連れてイオリちゃんがこちらへと走ってくるのが見える。

 それと同時に守衛室の扉が開き中から何人かの風紀委員たちが出てくるのが見える。

 

 これはどこかで何か事件が起こったのかな?だとしたらタイミングが悪かったなぁ、とイオリちゃんのその姿を見送ろうとしたが、イオリちゃんはぼくの姿を認めるとこちらへまっすぐ向かってきた。

 後ろの風紀委員も続いている。

 

「あ、イオリちゃ」

「動くな。抵抗の意思を見せれば制圧する」

 

 こちらへとイオリちゃんの愛銃【クラックショット】の銃口を向け、口上を述べる。

 イオリちゃんと共について来た風紀委員の子たち、守衛室に詰めていた風紀委員の子たちも各々の銃口をぼくへと向け、ぼくは完全に包囲されてしまう。

 

「…へ?」

 

 突然の状況にぼくはそんな声をあげてしまう。

 あわやドッキリかと辺りを見回してしまうがイオリちゃんを含め周りの皆は敵意を込めた瞳をこちらに向けている。

 

「えっと…イオリちゃん?」

 

 ぼくはイオリちゃんへそう声をかけるが、彼女はこちらの言葉に反応をせず、【クラックショット】をまっすぐにこちらへと向けたままその鋭い視線でぼくを射貫くように見据えている。

 

「…一体どこから情報を得て何が目的でこんな真似をしたのかは知らないけど…私たち(風紀委員会)相手にその名前を騙るなんてずいぶんと舐めた真似をしてくれるな」

 

「イオリちゃ…」

 

「あぁ、よく似てるよ。でも違うってわかる(・・・・・・・)。だから私の事を気安くそんな風に(イオリちゃんと)呼ぶな!この正体不明の不審者め!!」

 

 ひゅっ、と呼吸が止まる。

 全方位から向けられた敵意がぼくを串刺しにする。

 目の前の友達からの…友達だと勝手に思ってしまっていた少女からの強い憎悪の視線で背中に氷柱を突っ込まれたような衝撃を受ける。

 

 そうだ、なんで忘れてたんだろう。

 

 最近色々と幸せな事がずっと続いてて。

 だからきっと忘れてしまっていたんだ。

 

 

 イオリちゃん連れていた風紀委員の一人に目線を飛ばし、その風紀委員がぼくの両手に手錠をかける。

 

「お前には洗いざらい吐いてもらう。ハジメを騙る存在が五体満足に逃げられるなんて思うなよ…お前たち!コイツを尋問室へ連れていけ!!」

 

「はい!さぁお前!きりきりついてこい!」

「反抗しようなどと思うなよ!!」

 

 手錠についた鎖を引っ張られ、ぼくはそのまま連行される。

 

「まったく!ハジメさんの名前で悪さしようだなんて浅はかなやつだ!」

「そもそもハジメさんはもうゲヘナ学園の生徒なのにシャーレ所属とか情報が古すぎるんだよ!!」

 

 引っ立てられるぼくの背中に他の風紀委員の子たちの罵詈雑言が刺さる。

 ハジメさん、ハジメさん。

 ゲヘナ学園の生徒の、ハジメさん。

 

 まったく意味がわからない。

 何かが致命的にかみ合わない。

 

 イオリちゃんに銃を向けられた時は頭が真っ白になってしまった。

 少しぶっきらぼうに見えるとこもあったり、猪突猛進気味なところがあるけど友達想いなあの子に純然たる敵意をぶつけられてぼくはどこまで行っても異物なのだと思い出してしまった。

 

 ぼくは今は先生の裏技で生徒みたいな扱いにはなっているけど、実際にはそのへんの廃墟に寝てた不審者だ。

 こうしてひっ捕らえられてもおかしくはない存在だ。

 

 でも、と思う。

 

 ぼくがぼくとして排斥されるのは、なるほど納得だ。

 

 それが必要だと皆が言うならぼくはそれに従おう。

 友達の、お世話になった皆のためになるならそれが一番丸く収まるし、ぼくだって納得できる。

 

 それがぼくの幕引きになるならそれはそれでいい。必要ならやる。

 

 でも、じゃあ。

 今このゲヘナ学園にいる「ハジメさん」は誰なんだ?

 

 イオリちゃんも、今日会った顔見知りの風紀委員の子たちもぼくをぼくとして認識していなかった…いや違うかな。

 ぼくが安納ハジメではないと認識していた

 

 引っ張られながら現状を考えていると、ぼくの手錠を引っ張っていた風紀委員の子が頑丈そうな扉の前で足を止めたのでぼくも立ち止まる。

 

「中の椅子に座って待機してろ。追って尋問が始まる」

 

「…そっか。ところでホンモノの安納ハジメさんって今何してるの?」

「答える義理はない」

「そりゃそうだ…ところで空崎委員長とのお茶会には参加した?」

 

 ぼくの言葉に風紀委員の子は一瞬を目を見開くが、その視線はさらに猜疑が深まり、

 

「…答える義理はない、さっさと中に入れ!」

 

「はいはい、わかりましたよっと」

 

 ぼくは怒鳴られたことに肩を竦め、大人しく尋問室へと入った。

 尋問室、というがヴァルキューレの取調室と大差ない内装にごっつい拷問器具とかなくてよかったと少しほっとする。

 ゲヘナのハジメさん、とやらが何をしているのかはわからないが、とりあえず存在するらしい、ゲヘナのハジメさん。

 あとチナツちゃんに焚きつけておいたヒナちゃんとのお茶会は定期的に開催されてるようだ。素晴らしいね。

 

 

 

 さて、とりあえず何かが起こっていて、何がなんだかわからないが、現在このゲヘナでぼくは安納ハジメではないらしい。

 両手につけられた頑丈そうな手錠を眺めながらため息をつく。

 

「…どーしたもんかなぁ」

 

 初手をミスった感が否めない。

 いや自分じゃない誰かが自分の位置に収まってるとか初見殺しじゃんね?

 ぼくは自分の記憶の収納を漁ってゲヘナ学園の地図を脳内で広げる。

 

 尋問室の場所、一時押収した武器の保管場所、脱出までのルートをいくつか、脱出の後の逃走経路を計算する。

 逃走経路はいくらでもごまかしが効く。

 最悪別の学区まで逃げ切れば少なくともその場は勝ちだ。

 この尋問室から押収されたぼくの愛銃の奪還、これは必須事項だ。

 ぼくの愛銃は今のぼくにとっての存在理由(大切な思い出)だ。

 幸い、押収品周りはよほど危険なものでなければそこまで人員は割かれないはずだ。

 

 一番の問題は。

 

「…この部屋からどうやって脱出するか、だよなぁ」

 

 尋問室の鉄扉は非常に強固な材質でできており、この部屋には窓が存在しない。

 通気口はあるがさすがにどこにつながっているかわからないし、小柄なぼくでも通れるかどうかあやしいサイズだし、空気の出入り口になる部分の格子ははめ殺しで破壊するにしても素手では難儀するし、破壊できたとしてもすぐにバレるだろう。

 あとは尋問に来る生徒を制圧して、というのが一番現実的なプランなのだが…

 

「…気が重いぃ…」

 

 そう、ここから脱出するために必須であるとはいえ、今では一方的にではあるかもしれないが気心のしれた風紀委員の誰かを攻撃するというのは正直、辛い。

 

 確かにぼくはこのキヴォトスにおいて異物だ。

 突然湧いた正体不明だ。

 だから必要とあればキヴォトスから消えてなくなってもそれはそれ(・・・・・)だ。

 それが必要なら一考しよう。

 それしかないんなら覚悟はできてる。

 

 でも、ぼくのいた位置にぼくではない誰かさんが入れ替わるのは、違うんでない?

 ゲヘナのハジメさんが何を企んでいるのかは知らないが、ぼくを名乗るのならきちんとぼくに話を通しておくべきだろう????

 

 すー、はー、と深呼吸。

 頑丈な鉄扉のすぐ横で壁に背を当てて外の気配を伺う。

 誰になるかはわからないが、あとでめいっぱい謝ろう、そう考えて覚悟を決める。

 鉄扉の開錠の音が小さく響く。

 

 出来れば、一撃で。

 

 内側へと重い音を響かせながら開く鉄扉、そして入室してくる生徒の身長を確認、だいぶ小柄。

 ぼくはその生徒に向かい、一撃で意識を刈り取るために体をひねって渾身のハイキックをぶちこんだ!!

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 空崎ヒナの元にその報告が届いたのは彼女の大事な親友が学園に食材を搬入予定のトラックが襲撃された報を受け、規則違反者たちの制圧へと出向いてから少し経った時だった。

 

「…シャーレ所属、さかまんじハケンサービスの安納ハジメ。本当にそう名乗ったの?」

 

「はい!間違いなくそう名乗りました!守衛室のカメラにも会話の音声はのこっているはずです!」

 

 校門前の守衛室からの不審者の連行の報告を受け、ヒナは眉間に皺を寄せる。

 

「その不審者は今は尋問室?」

 

「はい!」

 

 ヒナは報告を聞いて思案する。

 突如現れた、親友の名を騙る無法者が突然現れたのは何故なのか。

 

 彼女の親友は、為人は置いておくとして、その成り立ちは一切が謎に包まれている。

 記憶喪失であり、学籍情報もない、キヴォトスに置いて存在しないはずの彼女。

 

 このゲヘナ学園を選んでくれた時点でもう決して逃がすつもりはないのだが、それはそれとして神秘に溢れ未だ未知が溢れるこのキヴォトスでは彼女の存在は非常に危うい。

 というよりも、何が降って湧くのかが想定できないのだ。

 

 ただの怨恨や愉快犯であるのならそれに越したことはない。

 何しろここはゲヘナ学園なのだ。そう言った事を起こす生徒が現れることだってあるかもしれない、業腹ではあるが。

 

 問題はそうではない場合。

 彼女自身が失った彼女の過去が彼女に牙を剥いてくる可能性だってあるのだ。

 

「ヒナ委員長?ご報告の途中で申し訳ありません、今少しよろしいでしょうか?」

 

 ヒナと報告に来た風紀委員の生徒がいる風紀委員長の執務室の扉を開いて天雨アコが入室してくる。

 ヒナは思案をいったん止め、風紀委員の生徒へ向き直り、

 

「あなたは持ち場へ戻っていいわ。その不審者への対処はこちらでどうにかするから」

 

「了解です、それでは失礼いたします!」

 

 ヒナの指示を受けたその生徒はそう応え、ヒナとアコに深く一礼をして執務室を後にする。

 部屋にはヒナとアコだけが残されている。

 

「…それでアコ?何か緊急の用件かしら?」

 

「その判断も含めて報告に参りました。先ほど規則違反者の鎮圧に向かったハジメさんから完了報告があり、そちらの生徒の回収にイオリが向かってます。ハジメさんはこちらへと帰投していますが一度万魔殿に顔を出していくとのことです」

 

 ヒナはその報告を受けて頷きを返しながら視線で続きを促す。

 アコはヒナのそれを受け、浮かべていた笑顔を崩し、少し真剣な表情で続ける。

 

「イオリの報告によると件の不審者は非常にハジメさんに似ているそうですが、明確に違うとわかったそうです…ですが違うのはわかるが口では上手く説明できない、と」

 

「ただ似ているだけ、ということ?」

 

「…そこが少しわからないんです。イオリ以外の生徒にも確認をとりましたが、びっくりするほどそっくりだけれど明確に違う、見ればわかる、と報告を上げていました」

 

「…埒が明かないわ。私が直接尋問をする」

 

 報告の不正確さを嘆くべきか、起こっている事象の不快さを嘆くべきか。

 

「その尋問に関してです。ハジメさんにも事の経緯は連絡の際に伝えたのですが…尋問はハジメさんに任せてほしいと」

 

「…何故?」

 

 親友の不可解な提案にヒナは首を傾げる。

 自らの名を騙る不審者を気にするのはわからぬでもないが、この胸をよぎる不安感はなんだろうか?

 

 果たしてその不審者に親友を直接逢わせてもいいのだろうか?

 

「アコはどう思う?」

 

「…私も少し疑問を感じましたが、ハジメさんの立場からすればまずは自分で確認を、と思う気持ちもわかります。ですがハジメさんの生来の環境などを考えると…」

 

 アコもヒナと同じような懸念を持っているのだろう。

 すなわちその不審者が親友の過去に関わりのある人物であるのかどうか。

 

「…ハジメが戻るまでに一度私が直接尋問をする。場合によってはハジメとは会わせない。アコはハジメが戻ってきたら私が戻るまでどうにかして足止めをして」

 

 ヒナはアコにそれだけ告げて執務室を後にする。

 

「えっ!?ヒナ委員長!?どうにかしてって!?」

 

「方法は任せるわ。現状でハジメをその不審者に接触させられない。必要なら私の名を出して無理やり待機させて」

 

 ヒナは振り返らずにそう告げ、歩みを止めずに不審者のいる尋問室へと向かう。

 さて、その親友の名を騙る不審者は何が目的で今更現れたのか。

 もしその目的が親友を奪う(籠の鳥を解き放つ)ような所業であるならば。

 

 空崎ヒナは携えた愛銃【終幕:デストロイヤー】に意識を向け、進む。

 

 

 重厚な鉄扉。

 連行した規則違反者の中でも危険度の高いものを連行するその部屋の前で、何を質問するべきかを頭の中でまとめる。

 たとえどのような理由が飛び出してこようと、一度頭の中で整理をするべきであろうと気を引き締める。

 一人で抱え込んでも良い方向に進むことはない。

 周りの誰かを頼るのが大事だと…誰か(先生)に教えてもらったから。

 

 ヒナは尋問室の付近に詰めている風紀委員の生徒たちに、一応の逃亡に対しての一時的な配置の変更を伝え、鉄扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。

 

 鉄扉を押し開けながら入室したヒナを襲ったのは、部屋の中にいる不審者による頭部へと放たれたハイキックだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 想定ではこの先制攻撃で相手の出鼻をくじき、そのまま廊下に躍り出て武器を奪還し、一度体勢を立て直すために撤退する予定だったんだけど…

 

 ぼくは会心の一撃ともいえる完璧なハイキックを叩きこんだ相手を見つめる。

 蹴りの角度は完璧だった。

 勢いも十分、会心の一撃とも言えたその一撃を受けた相手は、

 

「…運が悪かったわね」

 

 ぼくの蹴りなどまるで効いていないかのように、その場に立ったまま視線だけをこちらに向けるヒナちゃんは、そう呟いて、動いた。

 

 ぼくはすぐさま足を下ろして距離を離そうとしたが、ヒナちゃんの踏み込みの方が早かった。

 上体を反らし、飛びのこうとするぼくの首をゼロ距離まで肉薄したヒナちゃんの腕が捉える。

 

 首を鷲掴みにされたぼくは脱出を試みようとぼくの首を掴んでいるヒナちゃんの手をなんとかぼくの両手で解こうと試みるがその小さな手はぼくがどれだけ力を込めようとまるで動かず、その指をにはだんだんと力を込められ、ぼくの首筋に食い込んでいく。

 補給されるはずの酸素が供給されず、どれだけ足掻いても解く事のできない拘束に焦る、呼吸すらせき止められだんだんと頭がくらくらしてくる。

 

「…見れば見るほどあの子にしか見えない…なのに明確に違う。違うという事がわかるこの感覚は、いったい何なのかしら」

 

 そんなヒナちゃんの言葉に、首元のヒナちゃんの手から視線を上げ、その顔を見る。

 気づけば彼女とぼくは、鼻先が触れてしまいそうなほどの至近距離。

 

 彼女の視線がぼくを貫く。

 

 ぼくを見る彼女の瞳が揺らめく地獄の業火のように蠢く。

 

 

 

 彼女の指がぼくの首に痕を残す。

 

 ぼくの呼吸は彼女の指でせき止められる。

 

 彼女がぼくを、支配している。

 

 

 

「…ぃ…ぁ…」

 

 ヒナちゃん、と思わず声を漏らす。

 気道を塞がれたぼくのソレは言葉の意味を為さない。

 

 ヒナちゃんはぼくのその様子に一瞬驚いたようにその瞳を見開き。

 

 

 ぼくを掴んだその手を振り上げ、思いっきり地面へと叩きつけた。

 

 

 

「~~~~っっっ!!??がはっ!!…っは!…げほっ…!」

 

 背中から地面へと叩きつけられた衝撃、絞められていた首が突然解放された唐突な空気の摂取。

 

 二重の衝撃に悶え、咳き込むぼく。

 それでもなんとか呼吸を整え、体勢を立て直そうと、

 

 

「がふっ!?」

 

 大きく息を吸った瞬間、腹部に更なる衝撃を加えられ、またも呼吸が大きく乱れる。

 一度取り込もうとした酸素が痛みと共に口から吐き出されるような感覚。

 

 地面に叩きつけられ、仰向きに倒れ込んだぼくの腹部にヒナちゃんのブーツに包まれた足が振り下ろされたからだ。

 

 それによってぼくは完全に地面へと縫い付けられたかのように動けなくなってしまう。

 もがくように身をよじろうと試みてもヒナちゃんの足は微動だにせず、ぼくは脱出することができない。

 

 ヒナちゃんはぼくを右足で地面に縫い留めたまま、【終幕:デストロイヤー】の銃口を地へと縫い付けられたぼくの顔へと向ける。

 

「…余計な事を口にしないで。聞かれたこと以外も口にしないで」

 

 そう言って、ヒナちゃんは【終幕:デストロイヤー】のレバー式ハンドルに手を掛けながら、ぼくの返事を待たずに続ける。

 その視線は鋭く、細められた視線はそのすべてを食い殺さんという重い意思を感じる。

 先の言葉に求められたことを表すかのように、その視線はぼくの口一点にのみ注がれる。

 

 ぼくとヒナちゃんの視線は決して交わらない。

 地獄の業火のように感じたその視線は、今もその鋭さは感じられるけれど。

 

 

「あなたは、【あの子】の敵なのね?」

 

 

 そう問うた、ヒナちゃんの瞳は、まるで何もかもが沈んでいくような暗く深い、何もかもが飲み込まれ耽溺したような、深く暗い、紫色の宝石のようで。

 

 ぼくの答えを待つことなく手元のレバーに力を込めるヒナちゃん。

 決められた動作によって、当然決められた稼働が成され、【終幕:デストロイヤー】がその銃口から雷鳴の如き轟音と共に暴虐の嵐を吐き出さんと唸りをあげる。

 

 万事休すか、と目を閉じながら考える。

 結局何が起こっているかはさっぱりわからないが、ヒナちゃんのこの様子やイオリちゃんの態度を見るに。

 

 このゲヘナ学園にとって、「ぼく」はいちゃいけないみたいだ。

 思えば馬鹿正直に真正面から聞きにくるのがそもそもナンセンスだった。

 ぼくに関係することで何かが起こっているのだなんてわかりきっていた。

 

 そんなの厄ネタに違いないのだからもう少し慎重になるべきだった。

 

 最近調子に乗っていたから勘違いをしてしまったのだ。

 

 「ぼく」がどうにかするなどと思いあがってしまったのだ。

 

 

 

 ぼくは自分の無能さを噛みしめながら、終わり(友達からの引導)を待つ。

 

 その時だった。

 

 

 

「歯車を廻せ!!!!!」

 

 

 

 

 入口から響くその声に、ぼくもヒナちゃんも驚きそちらへと視線を向ける。

 

 聞いただけで少し不快感を覚える声。聞き覚えがあまりにもある声。

 

 尋問室の開け放たれたままの鉄扉。

 その入り口に立っていたのは。

 

「…ハジメ?どうしてここに…アコの足止めは?」

 

「早く歯車を廻せ!!【安納ハジメ】!!!!」

 

 

 

 肩で息をつく「ソイツ」はよく見る、人生で一番見たことがあるんじゃないかっていうくらいによく見知った、銀髪ロングにメガネをかけた女。

 万魔殿の制服を着た、安納ハジメ(ぼく)が両ひざに手をつけてぜぇぜぇと荒い息をついて、それでもぼくに向けて真っすぐと視線を向けていた。

 

 よくわからない。

 まったくもってさっぱりとわからない、が。

 

 

 

 

 ぼくは「ソイツ」に言われた通りに歯車を廻した(己の神秘を稼働した)のだった。




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