ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女に差す光明


道を開く

 目を開く。

 

 誰も乗っていない電車の中で蹴り飛ばされた格好のまま気を失っていたぼくは飛ばされていた意識をやっと取り戻す。

 

 強くぶつけて痛む後頭部をさすりながら電車のシートに座り、窓から外を見る。

 結構長い時間気を失っていたようで、電車はほどなくミレニアム方面へと差し掛かるようだ。

 

 …彼女(ゲヘナの安納ハジメ)が言っていたことを反芻する。

 

「…ぼくが絆に溺れた結果、耽溺が起こる…」

 

 ゲヘナ学園で起こっていた"耽溺"。

 結局詳しいところはさっぱりわからなかったが…とりあえずわかったこと。

 

 どうやらぼく(安納ハジメ)は複数存在するらしいということ。

 "耽溺"がどういうものか不明だけど、それによってみんなに何か不都合が起こる事。

 

 

 ぼくが友達になった(絆を欲した)せいで、"耽溺"が起こっている、ということ。

 

 

 

 電車のアナウンスはミレニアムサイエンススクール前に間もなく到着することを報せている。

 

 …黒服は言っていた。

 ゲヘナとミレニアムの現状を知れ、と。

 

 電車のシートに縫い付けられたように重く感じる体に力を入れ、シートから体をべりべりと剥がすような気分になりながらなんとか足に力を入れる。

 

 ミレニアムがどうなっているのかはわからないが、あの黒服が何も起こっていないのにわざわざ名前を出すなんて無駄な事はしないだろう。

 ゲヘナでは正面から行って失敗した。

 それに、多分ミレニアムにもいるのだろう。

 

 安納ハジメ(ミレニアムサイエンススクールの彼女)が。

 

 

 

 電車から降り、ホームの階段を上る。

 普段はまるで気にせずに上り切っていたソレは今では頂上の見えない螺旋階段を上らされているような億劫さを感じ、先の見えぬ辛さを感じながらもこのまま上り切れなければいいのに、という気持ちも少し感じてしまう。

 

 だけど現実の階段は夢想の螺旋階段と比べるべくもなく。

 

 

 

 すぐに上り切ってしまった階段から、改札へと足を向け、思案する。

 

 また正面から行っても同じことが起こるのならば結局意味はない。

 とはいえ、ゲヘナ学園の彼女を見るにミレニアムサイエンススクールにいるであろう彼女もぼくが来ても親身になって色々と相談に乗ってくれるとも思えない。

 現状ぼくにできそうなことはミレニアムサイエンススクールの彼女(安納ハジメ)の存在を確認すること。

 

 となれば潜入調査が妥当かな。

 そしてミレニアムでも同様の事態が確認できるなら、改めて黒服に連絡を取ってみるのもいいかもしれない。

 いや、黒服が名前を出してはいなかったものの、トリニティも気になる。

 アビドスは…どうだろう?確認くらいはしておくべきかもしれない。

 アビドスは先日の物資輸送以来軽くモモトークで話したりしたくらいでその後直接会ったりはしてない。

 …とは言え確認はすべきだろう。

 ぼくはアビドスの皆とももっと仲良くなりたいと思ってしまっていた(・・・・・・・・・)から。

 

 

 

 …とりあえずやることは決まった。

 この格好のままでは目立って仕方がないだろうし駅を出てすぐのコンビニにはミレニアムらしくフリーサイズの白衣が常備されていたはず。

 まずはそれを購入してからどう動くのかを詰めよう。

 

 ぼくはそう決めて改札を出て、すぐそこのコンビニへ向かう…

 

「動かないで」

 

 つもりだったが、背中にごり、と当てられた…おそらく銃口の感触に足を止めざるを得なかった。

 振り返って声をかけてきた人物を見ようかと思ったが身じろぎをしただけで押し当てられた銃口でさらに小突かれてしまい、それも出来なかった。

 

 一応、声だけで誰かはわかる。

 これでも気を張って知り合いがいないかを確認してから改札を出たのだ。

 そのぼくの背後をこんなに綺麗に取ってくるようなすごい生徒はそういない。

 

「…エイミちゃん」

 

 和泉元エイミちゃん。シャーレに日直として訪れた彼女と何度か会ったことがある。

 口数が少なく、日直としてシャーレに来てる時も受け持った仕事を終えた後にぼーっとどこか虚空を見ている様子が見られた、掴みどころのない不思議な子。

 しかし実務面では非常に優秀な子だ。

 たまたまシャーレ近辺で起きた不良生徒の鎮圧に同行した時の彼女は恐ろしく迅速に不良生徒たちを鎮圧し、戦闘のどさくさに紛れて逃げ出そうとしていた他の残党がいることを見越して、戦闘中に敢えて逃げやすいルートへと誘導して瞬く間に鎮圧してしまったのだ。

 同行していた先生もエイミちゃんの能力をすごい信頼していてエイミちゃんがそう動くことを見越したような指揮をしていたことが印象に残っている。

 

「…部長、確保したよ。うん、間違いない。私から見て彼女は偽物(・・・・・・・・・・)

 

 ぼくの言葉を無視し、再度銃口で背中を小突きながら、誰かと連絡を取っているだろうエイミちゃんの言葉がぼくの耳に届く。

 あぁ、やっぱりここ(ミレニアム)でも起きてるんだ、"耽溺"が。

 

「うん、そう。理屈とかはまったく説明できないけど明確に違うってわかるよ。迷う余地がまったくないレベルで。わかった、それじゃあ連行するね…抵抗する意思を見せない、逃亡する意思を見せない、大人しく私についてくる事。これを受け入れるならそのまま両手を上げてこっちを向いて」

 

 エイミちゃんの言葉と共に、背中に押し当てられていた銃口が離れるのを感じたぼくは、言われた通りに両手を顔の高さに上げたホールドアップ状態でゆっくりと振り向く。

 振り向いた先には、未だ銃口をこちらへと向けながら、銃を構えた方とは反対の手に持っている写真らしきものとぼくの顔を見比べながら、不可思議なものを見るかのように目を細めて首をひねるエイミちゃんが立っていた。

 

 相も変わらず肩や胸元がどーん、と大盤振る舞いされた寒そうな格好をしてるなぁ、と思っていればエイミちゃんは持っていた鞄から布のようなものを取り出し、ぼくへと放ってくる。

 

「ふわっ」

 

 一応ホールドアップの状態なので抵抗する意思がないことを示すためそのまま頭から放られた布をそのまま正面から受ける。

 完全に視界が布に遮られた、何も見えないが、ぼくは動かない。

 

「今から私についてきてもらう。その白衣とこの帽子とコレ(・・)をつけて。出来るだけ人に会わないように移動するけど一応保険で…もう動いていいよ」

 

 エイミちゃんの言葉を受けてぼくは自分の視界を遮っている布…白衣を一度自分から引きはがし、言われた通りに今着ている制服の上から着用する。

 だいぶ大き目のそのサイズはそのまま着ると袖が余って手が出てこない。

 長さも結構地面スレスレで大きいサイズのようだ。

 

 続いて手渡された帽子はこれまた大き目のキャスケット帽。

 そのままかぶってもだいぶぼくの頭に対してサイズが大きめでありそのままだとズレて落ちてしまいそうなのでなんとか自分の髪を帽子の中に入れて落ちないようにする。

 正義実現委員会や風紀委員のハケンに始めて行った時を思い出す。

 最初の頃は制服はすぐに用意できる予備を借りていたから色々小さめのぼくはサイズが合わなくてこうして色々ずり落ちたりしないようにしてたっけなぁ。

 

 あぁ、そんなに時間は経ってないはずなのに、なんて懐かしい(愚かしい)記憶だろう。

 

 そんな益体もない思考を浮かべながら、言われた通りに白衣と帽子を着用したぼくはエイミちゃんに最後に差し出されたものを受け取り…

 

「…コレ(・・)着けるの?」

 

「検証も込みだから」

 

「なんの検証なんですかねぇ...」

 

 なんらかの思惑があるんだろうということはまぁ、理解できる。

 きっとこれも必要なことなんだろうけど…それはそれとしてコレ(・・)を着用して歩くことはものすごく抵抗がある…!

 何しろぼくはこれからエイミちゃんにどこかへと連行されるのである。

 その連行されている間これを着用しているのはその、一応乙女とか人間としてかなり…!

 

 とはいえここで断って逃げ出しても何も進展はないし、ぼくは覚悟を決める。

 

 軽く深呼吸して、意を決して眼鏡を外し、胸元の眼鏡ケースへと仕舞ってからエイミちゃんから渡されたコレ(・・)を着用した。

 

 

 

 エイミちゃんから手渡された、レンズがぐるぐる模様の眼鏡に大きな鼻と立派な髭が装飾された…鼻眼鏡を!!!!

 

 

 

 

 

 ミレニアムサイエンススクール内、中心部に比べればかなり人気の少ない区画。

 先を歩くエイミちゃんの足がそんな区画の奥まったとある部屋の扉の前で止まる。

 連行とは言われたものの、特段拘束されることもなく普通に前を歩くエイミちゃんに着いていくだけだったぼくも足を止める。

 途中何度かぼくを見てぎょっとしたような顔をする生徒たちもいたが、あれは敵意とかそういうのではなく単純にびっくりしただけのように見えた。

 いやまぁ、鼻眼鏡をして歩いてるような子を見たらビビるよね。

 

 エイミちゃんはエイミちゃんで一度もこちらを振り返らずにまっすぐここまで歩いていた。

 とは言えこちらを気にしていない、というような事はまったくなくて、ここまで来る途中でぼくが何か変な行動をとろうとすれば即座に対応されていたのだろうな、というのは想像に難くない。

 前を歩いていたエイミちゃんは一切芯がぶれず、愛銃の【マルチタクティカル】をいつでもこちらへと向けられるように携えたままだったのだから。

 現状その気がなかったぼくから見てもこれは逃げられないな、と思ってしまうほどには"圧"も感じた。

 

「ここまで大人しく着いてきてるし無駄な警告だと思うけど、不審な行動だと思ったら即制圧するから」

 

 エイミちゃんは一度振り返り、雑談のような気軽な感じで、それでも視線はまっすぐにぼくの瞳を捉えながらそう告げて扉を開け、

 

「部長、連れてきたよ。ハ…あなたも入って」

 

 エイミちゃんは一瞬口ごもりながら、ぼくへも入室を促す。

 ぼくは言われるままに部屋へと入り、部屋の入り口の前で視線で奥へと促すエイミちゃんに促されるまま部屋の奥、こちらに背を向けている車椅子の人物の方へと歩みを進める。

 

「部長、言われた通り連れてきたよ」

 

「ふふっ、ご苦労様ですエイミ…さて、こうしてお会いするのははじめてですね。まずは軽く自己紹介をさせていただきましょう。私はこの特異現象捜査部の部長を務めさせていただいている超天才清楚系病弱美少女ハッカー、万年雪の結晶、透き通るような儚き華、全知、と二つ名には事欠かないことで有名なのですが…」

 

 そう言いながら背を向けていた車椅子がゆっくりと回る。

 その車椅子に座り、目を閉じた部長さんは透き通るような白い肌に、ゆっくりと降り注ぐ雪を連想させるような髪色、ミレニアムの生徒には珍しい長い耳がその少女の儚さを際立たせ、まさに雪の結晶のような静謐な印象を抱かせる。

 そんな部長さんこちらへとその顔を向け、

 

「初対面ですので、その私の溢れる叡智によって評された二つ名ではなく、名乗りましょう。明星ヒマリです。はじめまして、連邦捜査部S.C.H.A.L.E所属、人材派遣活動部さかまんじハケンサービス部長、安納ハジメさブッフゥゥゥゥゥ!!!!

 

 目を閉じてつらつらと安寧に侵されるような声音で語っていた部長さんは、ぼくへと呼びかけるためにその閉じていた瞼を開き、ぼくの名前を口にしようとしたところで。

 

 盛大に吹き出していた。

 なんならその後俯いて口元を抑えながら必死に肩を震わせている。

 いや滅茶苦茶笑い堪えてるやんけ!!!!

 

「部長、真面目にやって」

 

「え、エイミっ!真面目にとは言いますが、ふふっ!いくらなんでもこれは、ふふふっ!いくら全知である私とは言え、ふふっ!!」

 

「部長が鼻眼鏡つけて連れて来いって言ったくせに…」

 

 エイミちゃんは呆れた様子でジト目で部長の明星さんを凝視している。

 

「…はぁ、えっと…あなた。もうその鼻眼鏡外していいよ。部長の笑いの沸点が低すぎて話が進まないし」

 

「く…ふふっ!エイミ!私のツボが人よりも低いみたいな言い方は心外ですっふふふっけほっ!けほっ!」

 

「あぁほら、笑いすぎてむせてるし。流石に笑いすぎでしょ。しかも自爆だし」

 

 エイミちゃんは呆れ顔のまま明星さんの傍まで寄って、笑いすぎてむせてしまったその背中をさすっている。

 なんだかんだ言いながら明星さんの事気にかけてるんだなぁ、なんて感想を抱きながらぼくは着用を強要されていた鼻眼鏡を外して目の前の机に置き、制服のポケットに入れていた眼鏡ケースを取り出し…そのまま開くことなく目の前の机の鼻眼鏡の横に置いた。

 

「すー、はー…ふぅ、落ち着きました。その、ごめんなさい安納ハジメさん。場を和ますためと思って用意したのですが、真面目な話をしようとした時に目に入ってきた光景が想定の何倍も面白かったもので…」

 

 ようやっと呼吸を整えた明星さんはすました顔でそう謝罪を口にする。

 さっきまで鼻眼鏡をかけたぼくを見て大爆笑していた波をまだ引きずっているのか、机に置いてある鼻眼鏡にちょっと視線を向けてビクッと肩を震わせてて最初の印象吹っ飛んじゃった。

 横でジト目を崩さないエイミちゃんを見るに多分これ平常運転なんだろうなーってなんとなく察してしまう。

 

「…自前の眼鏡はおかけにならないんですか?」

 

 鼻眼鏡による思い出し笑いをなんとか堪えた明星さんはその横にぼくが置いた眼鏡ケースを見て問う。

 

「えぇ、なくても問題ありません。伊達なので」

 

 そう、伊達だ。

 ぼくは別に視力が悪いわけではない。

 最初からかけていたから今もかけているだけだ。

 なくても困らない。

 

「それに、家に帰れば予備の普通の眼鏡はありますし、この眼鏡はエンジニア部の方に作っていただいたものなので…」

 

 あれはいつだったか。

 色々とエンジニア部の人にお願いして物を作ってもらっていた頃。

 そこそこエンジニア部の3人と話をするようになった時に眼鏡は伊達だって教えた時に何かスイッチが入ったのか、ぼくの眼鏡を改造させてほしいと言われたのだ。

 最初は戸惑ったぼくだったが視力に問題がない伊達眼鏡なら色々便利な能力を搭載すべきだというエンジニア部の3人の熱意に押され、了承してしまった。

 

 改造と言っても、大掛かりなものではなく、レンズでちょっとした熱感知を出来るようにしたり、耳に掛かっているつるの部分で振動を利用してぼくにだけ聞こえるようにちょっとした環境音を流してリラックスできるようにしたり、鼻パッドの部分をこれまた振動を利用して疲れ目マッサージをしてくれるようになっていたり、眼鏡もコーデの内だからって、ぼくに似合うだろうと鮮やかな赤いフレームにしてくれたり…

 あとは戦闘中に簡単に壊れたりしないように頑丈な素材だったりするくらいだ。

 本当はビームを撃てるようにしたかったらしいけど素材や重量が眼鏡としては重すぎになるからという理由で断念したらしいけど、いつかその問題もクリアした眼鏡を作るって皆意気込んでたっけなぁ…

 

 

「だから、エンジニア部に一度お返しした方がいいかな、と思いまして。お手数ですが明星さんかエイミちゃ…和泉元さんから渡しておいていただけないでしょうか?」

 

 ぼくの言葉にエイミちゃん…脳内でそう呼ぶのくらいは許してくれ、エイミちゃんは目を見開いてこちらを見つめている。

 明星さんは変わらず笑顔…だけどなんだか少し視線が鋭くなったような。

 

「…どうですか?エイミ」

 

「…うん、するね。この子はこういうこと、する。自分のことは二の次だし、妙な事を真に受けて自分のお昼ごはんを全部渡してきたりとかジュース買ってきてくれたと思ったら自分の分はない、とか会ってすぐの頃はそういうことばっかりしてた」

 

 エイミちゃんは額に手を当て、はぁ、とため息をついて俯いてしまう。

 その節はご迷惑をおかけしました…あの頃はとにかくお手伝いさせてもらえるのが嬉しくてこう、自分のことは全部後回しにしていたというか…

 

「それで、部長はどうなの?」

 

「そうですね…先ほども言ったように私と安納ハジメさんは初対面です。直接言葉を交わしたことはもちろん、モモトークなどの文書上でもやり取りをしたことはありません。私の方では存在は認識していましたしいつかお話してみたいとは思っていましたが…なのに今目の前にいる安納ハジメさんは明確に安納ハジメではないという事だけが理由も理屈もなく理解できるのです」

 

 明星さんは朗らかな感じで淡々と、その認識を口頭に並べる。

 ぼくは明確に異物。

 やはりそれは決定事項のようだ。

 わかってはいるがやはり辛いな、と思ってしまう愚かなぼくがいる。

 どうにかして今起こっているこの事態を収めねば、と決意を新たにする。

 ぼくは制服の胸ポケットに手を添える。

 そこには黒服に渡された連絡先の書かれた名刺状のカードが入っている。

 あの黒服がどういう目的かはわからないが、少なくとも黒服はぼくをぼくとして認識していた。

 この事態をぼくに自覚させる理由があって、きっとぼくに何かをさせようとしてるに違いない。

 

「エイミの先ほどの言、私のこの認識、そして安納ハジメさんの学籍やデータなどから鑑みるに…」

 

 ここでの話が終わって解放されたら、すぐにでも黒服に連絡を取ろう。

 黒服がぼくに何をさせようとしてるかはわからないけど、この事態をどうにかしようとする手立て自体があるはずだ。

 ぼくはそれを利用してなんとしてでもこの事態を収める。

 

 そのためならぼくはなんだってしよう。

 たとえぼく自身を使い潰すことになったとしても。

 

「今私たちの目の前にいる安納ハジメさんが本物…いえ、この安納ハジメさんも本物である、ということなのでしょうね♪」

 

 

 だってぼくはキヴォトスの皆(大事な人たち)にとって異物(偽物)なのだから。

 

 

 …ん?

 

「へ?」

 

「この状況はミレニアムのみならずこの安納ハジメさんの学籍が存在しているすべての地域で何かが起ころうとしていることの証左でしょう!どうですエイミ!?この深謀遠慮の安納ハジメさん確保こそが!この究極叡智完全無欠美少女ハッカーの私の実力です!褒めてもいいんですよ?」

 

「部長うるさいし圧が強くて暑苦しい。冷房つけていい?」

 

「今日は長袖がちょうどいいくらいの温度ですよエイミ?」

 

「知らない、暑いものは暑い」

 

 ピ、とどこからか取り出したエアコンのリモコンのスイッチを押すエイミちゃん。

 あ、明星さんがそのリモコンを奪おうとしてるけどエイミちゃんはその場で手を高く掲げて明星さんが届かない場所に持ち上げてる。

 仲いいなぁこの二人はホント。

 

「部長。…ハジメが困ってる、本題に入ってあげて」

 

「あら…こほん。それでは安納ハジメさん…そうですね、ハジメとお呼びしても?」

 

「えっと…はい、お好きに呼んでください、明星さん」

 

 喜んで、と答えようとしてなんとか踏みとどまる。

 今後の事を考えればどういう風に呼ぶのかを固定しない方がいいかもって思った。

 

「うぅん…その呼び方は少し固いですねぇ。どうか私の事はいと貴き高嶺の花、ヒマリとお呼びくだされば」

 

「わかりました、いと貴き高嶺の花ヒマリさん」

 

「…ちょっと長かったですね。ヒマリでいいですよ」

 

「部長、顔赤い」

 

「赤くありませんけど!?麗しき雪の華とも言われる私のこの透き通るような白い肌がそうそう赤く染まるわけもありませんけど!?」

 

「実際に言われたら思ったより恥ずかしくなっただけだもんね」

 

「な、なってませんー!撤回を要求します!この全知たる私が想定外の羞恥で揺れるなんて聞き捨てなりませんー!…っと、こほん。またまた脱線してしまいました」

 

 軽い咳払いをしてこちらに向き直るヒマリさん。

 その頬は、申し訳ないけどちょっと赤くなってるしその様子を見たエイミちゃんはじとーっとした目だ。

 …最初の頃の儚い美少女のイメージもうほとんど残ってないなこの人。

 あれだ、おもしれー女ってやつだ。

 そんな失礼な感想を抱きつつ、ぼくはヒマリさんの言葉を待つ。

 

「ハジメ、私たちは現在このキヴォトスに置いて発生している特異現象について捜査をし、情報を精査して現状を打破しようと動いています。ハジメにも是非協力していただきたいのです」

 

 ヒマリさんの言葉にぼくの心が揺れる。

 …でも…

 

「…お断りします」

 

「…理由を伺っても?」

 

 ぼくの拒絶の言葉に、声を荒げるでもなく、落ち着いた声で聞き返してくれるヒマリさん。

 優しい人だな。

 多分ぼく以上に当たりはついてるんだろうに。

 

「現状、ぼくが確認した限りですけどこのミレニアムと、ゲヘナ。あと、恐らくですがD.U.でもほぼ間違いなく起こっている現象…耽溺、って言うらしいです。何が起こっているのかはぼくにもわかっていません。でも、放っておいていいものではないのは確かです。どうなるかはわかりませんが、きっとろくでもない結末になる」

 

 ぼくの言葉を二人は真剣に聞いてくれる。

 ぼくは言葉を続ける。

 

「さっき言った場所以外でもトリニティ、あと可能性は低いですがアビドスも同様の事態に陥ってる可能性があります。ぼくはこの状況を何とか解決するために動いてます」

 

 ぼくはそこまで言って、目を閉じて、一度大きく息を吸って。

 

「何が起こるのか、何が起こっているのかの詳細はわかりません、でも誰がはじめたのかは聞きました。ぼくです。安納ハジメがこの耽溺を始めた犯人です。安納ハジメ(彼女)がそう言っていたので」

 

 しんと静まり返る室内。

 伝えるべきことは伝えた。

 あとはぼくがこのまま無事に解放されるかどうかだが…

 

「なるほど、推定犯人であるため協力はできない、と」

 

「推定、というより確定でいいと思います。犯人というよりは諸悪の根源、ですかね」

 

「なるほど、信頼関係での協力関係はハジメの都合で難しい、と。それでは次はビジネスのお話ですね♪」

 

「…へ?」

 

 どうにかして戦闘行為なしにここから脱出をするかの算段を立て始めていたぼくにヒマリさんはそんな事を言いながら書類をぼくの前に差し出してくる。

 

 よく見た書式、よく知るテンプレートのそれは。

 

「ハケン…依頼…書…?」

 

「ふふっ。特異現象調査部部長明星ヒマリとしてシャーレ所属さかまんじハケンサービスへと正式な依頼を出させてもらいます。ほら、顧問である先生の判ももういただいてますよ♪」

 

 そう、差し出された依頼書は一分の隙も無く、完璧に書式に則った正式な依頼として必要な部分をすべて埋めた状態で、先生の受領印まで押された状態で、空欄部分は、ぼくの署名する欄だけだった。

 

「…ハジメ、先生からの伝言。"できれば私を助けると思って、この依頼を受けてくれると嬉しいな"だって」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ぼくは鞄から筆箱を取り出していた。

 

「ふふっ。先生にもこの件ではすでに協力していただいて現在はアビドスへと赴いてもらって…あら?」

 

 筆箱からボールペン、ソレ用の判子、スタンプ台を取り出す。

 

 作業従事者の欄に名前をすぐにでも書きたい気持ちを押さえ、ぼくはエイミちゃんをじっと見据える。

 

「いざって時は頼りにしてるからね、和泉元さん」

 

 これだけは準備しておかないと。

 今のぼくでも、きっと先生とエイミちゃんなら止められる。

 だから"いざ"って時は。

 

「…呼び方、戻して」

 

「…っ!頼りにしてるからね、エイミちゃん!」

 

 ぼくはそう答えて、作業従事者の欄に安納ハジメ、と書き込む。

 書類左上の直接手で持つ確率の低い余白に、用意しておいた【特別依頼!】の判子をぺたり。

 

 そうしてこれまた都合よく依頼書と一緒に準備されていた出向証明書にも署名をして、借りていた白衣を脱ぎ、キャスケット帽を取る。

 帽子の中に押し込まれていたぼくの銀髪がふわ、と重力に引っ張られてあるべき方へと流れていく。

 

「…ハジメ」

 

 いつの間にか横に立っていたエイミちゃんが机の上に置いていたぼくの眼鏡ケースを開き、ぼくへと差し出してくる。

 

「依頼なんだから、装備は万全じゃないと効率的じゃない」

 

「…でも」

 

「これは…"ハジメがエンジニア部と一緒に作ったもの"でしょ」

 

 躊躇うぼくに、エイミちゃんは眼鏡ケースからぼくの眼鏡を手に取って、ぼくにかけてしまう。

 レンズ越しの景色、見慣れた風景。

 かけ心地は最高で、ぼくのためにエンジニア部の皆が作ってくれた、ぼくのオンリーワン。

 

「…ありがと、エイミちゃん」

 

「別に…ハジメが眼鏡をしてないのはしっくりこなかっただけ」

 

 エイミちゃんはぼくから視線をそらしながらそう言ってくれた。

 

「ふふっ、ハジメとエイミは仲がいいですね。ハジメも私の事をもっとフランクに呼んでくれてもいいんですよ?」

 

 くすくすと笑うヒマリさんはそんな軽口を言ってくれる、がここからはお仕事。

 何より久々の特別依頼だ。

 きっちりウチ(さかまんじハケンサービス)の有用性を示さなきゃね、ってなもんだ。

 

「ご利用ありがとうございます。さかまんじハケンサービス、安納ハジメが出向いたしました。今回初のご利用という事で割引セールを適用させていただきます。どうぞよろしくお願いします、ヒマリ部長!」

 

 びしっと敬礼。

 何はともあれ、挨拶は大事。はっきりわかんだね!

 

「あ、あれ?部長、とかよりはほら、エイミみたいにヒマリちゃんとかそういうフランクな…」

 

「部長、出向してくれてる子を困らせないで」

「依頼主にそんな失礼な呼び方できませんよ!ヒマリ部長!」

 

「そ、そんな…!いえ、ここは依頼主権限でヒマリちゃんと呼ばせて…」

 

「あ、無理な命令は先生にチクって対処してもらうことになってます」

 

「そんなに無理な命令ですか!?ヒマリちゃん呼び程度で!?」

 

 ついっ、と目を反らすぼくとエイミちゃん。

 こうしてぼくは超強力な味方を得た。

 

 協力してくれるヒマリ部長やエイミちゃん、先生のためにも。

 

 

 

 絶対にキヴォトス各所を蝕んでいる"耽溺"を解決すると心に誓うのだった。




ヒマリが思ったよりおもしれー女なので苦労しました。

感想、評価、誤字報告などいつもありがとうございます。
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