ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女に託される一手


光の差す方へ

「さて、では状況を整理しましょう」

 

 ヒマリ部長はそう言って部屋の奥にあるずらりと複数並ぶモニターに視線を移す。

 並んでいるモニターに表示されているのはシャーレにて用意されたとある生徒のパーソナルデータ。

 

 同じような内容の学籍データが複数並び、そのどれもぼくのものだ。

 違うのは所属学園と所属している部活名。

 

「まずはこのハジメの学籍データ…確認できる限り5件…各データの差異は…ここ」

 

 ヒマリ部長がそう言いながらポインター(指示棒)で画面の一部を指し示す。

 指し示されたのは、所属学園の欄。

 

「このデータは現在ミレニアムサイエンススクールのデータベースから閲覧権限があれば誰でも照会できるハジメのデータです、ミレニアムサイエンススクールCleaning&Clearing所属、安納ハジメ」

 

 そしてそのすぐ隣の画面の同じ箇所にポインターを移すヒマリ部長。

 

「こちらはシャーレのデータベースに格納されているハジメのデータですね。シャーレ、さかまんじハケンサービス所属の安納ハジメ。他のデータも同様に各学園ごとに所属の部分のみ差異があります」

 

 ヒマリ部長はそう言葉をつづけながら、該当の部分を次々とポインターで指す。

 

「流石にゲヘナやトリニティなどのデータベースを直接確認はしていませんが…少なくともミレニアムとシャーレ、そして連邦生徒会のデータベースでは各々の組織に正規の生徒という扱いで存在するわけです、安納ハジメという生徒は」

 

 そこまで説明をして、ヒマリ部長は伸ばしていたポインターを短く縮めながらこちらを向く。

 

「さて、通常であれば同じ生徒のデータが複数存在する、ということはミスでもない限りあり得ません。組織間の通達に齟齬が生じる、などの例外が起こったとしても、5件という数字は異常でしょう」

 

 ヒマリ部長が手元の端末を操作する。

 モニターの画面が次々と切り替わる。

 

 どこかで見たことがあるような風景。

 ミレニアム、D.U.、そしてゲヘナやトリニティの、街並み、そして…()()だ。

 

「これはドローンや街頭カメラなどを通して出来うる限り撮影を試みた結果観測できた…安納ハジメの姿です。右下のタイムスタンプは撮影した時間ですね」

 

 モニターに流れる映像は、時間や場所、恰好などは様々だったが確かに()()が映っている。

 

 万魔殿の帽子とコートを身に着け、風紀委員の子と談笑しながら歩くぼく(ゲヘナ学園の彼女)

 

 メイドさんの格好をして、ゲーム開発部の皆と買い物をしているぼく(ミレニアムサイエンススクールの彼女)

 

 正義実現委員会の制服を着て、コハル先輩と一緒に射撃場で射撃訓練をしている、ぼく(トリニティ総合学園の彼女)

 

 シャーレ内のエンジェル24で、ソラ先輩と先生と笑っている…()()

 

 様々なぼくがいた。

 覚えのないぼくも、つい先日のぼくも。

 

 そこにはあり得たかもしれない、様々な()()が映っていた。

 

「そしてこちら…今現在のゲーム開発部の様子です」

 

 ヒマリ部長の端末操作で一番右側のモニターが切り替わる。

 左上に表示されるLIVEの文字。

 右下には今日の日付と現在時刻が表示されている。

 

 ──その画面には。

 

 ゲーム開発部の部室で、和気あいあいと楽しそうに過ごすぼく(ミレニアムサイエンススクールの彼女)の姿が映っていた。

 

「…このように、データだけでなく、少なくとも二人同時に存在が確認されています…安納ハジメが。恐らく、他の学園にもいるのでしょう」

 

 モモイが頭を抱えて叫んでいる様子が見える。

 ミドリちゃんが呆れ顔を向けて、ユズはそんなモモイを宥めてて、アリスちゃんはぼく(ミレニアムサイエンススクールの彼女)に目をキラキラさせて何かをしゃべりかけて…

 

「…ハジメ?」

 

 ()()が夢見た、とても素敵で幸せな(都合のいい)光景。

 

「…ハジメ、大丈夫?」

 

 肩を揺すられて、視線をそちらに向ける。

 物思いにふけってしまっていたぼくをエイミちゃんが現実に引き戻してくれたようだ。

 

「突然こんなの見せられたら驚くよね。部長って人の心がないから」

 

「エイミ!?突然恐ろしく辛辣な罵倒をするのはやめてくれませんっ!?…とはいえ、確かに見せる前に確認は取るべきだったかもしれません。ハジメ、大丈夫ですか?」

 

 どうやら気を遣わせてしまったようだ。

 心配そうな表情を浮かべる二人にぼくは出来る限りの笑顔で返す。

 

「大丈夫です、まぁ、()()()()()がないわけでもないですが」

 

 まぁ、ビタイチ動かせてないんだけどね、ぼくの表情。

 

「…ハジメ、その思うところはきっちりと口に出さないとヒマリ部長はまた好き放題する」

 

「そのとりあえず私が悪いみたいな論調はさすがに看過できませんが?」

 

 ジト目でヒマリ部長を見るエイミちゃんに、頬を膨らませて言い返すヒマリ部長。

 そんな二人の気づかいにちょっと申し訳なさを感じて。

 

「いえ、ほんとヒマリ部長に何か文句があるとかは全然ないから…」

 

 そう、この事態に気づいて、こうして解決に動いてくれているヒマリ部長に感謝こそあれど文句なんてあるはずもない。

 

 あの場所(みんなと一緒)にいるぼく(ミレニアムサイエンススクールの彼女)に対してちょっと感じてしまっただけなのだ。

 

 ()()許可くらいとっておけ(思うところがある)、と。

 

「それで、協力ということですがぼくは一体何をすれば?」

 

 未だにお互いを睨み合っているエイミちゃんとヒマリ部長の前に手のひらを向けてステイ!という意を込めて、ぼくは本題へと話の方向を向ける。

 

「…まったく、エイミには部長を敬う心が足りてませんね。話を戻しますと、この事態を観測してから数日、現状を理解するために監視を続けていたわけですが…」

 

「たまたま部長が興味本位でハッキングでハジメの過去のデータを引っ張ってこようとしたら気づいただけだけどね」

 

「エイミ!私の体裁も考えて発言してください!それだと私が徒にハッキングで人のデータを盗み見るおかしな生徒のようではないですか!!」

 

「…自覚、あったんだ」

 

「エイミ!?…っと、また脱線しそうになりました…!とはいえエイミ、この件に関しては後程きっちり白黒つけますからね?」

 

「どうでもいいから部長はさっさと話を進めて」

 

「私にとっては極めて重要な話なんですけどね!?」

 

 エイミちゃんへの抗議を収めてからこほん、と軽く咳払いをするヒマリ部長。

 それにしてもこの色々な映像データとかもハッキングで手に入れたものかぁ。

 さすがミレニアム、こういう特技の際立つ生徒に関してはほんと枚挙にいとまがない。

 隙あらば先生とその周囲に巧妙に盗聴器を仕掛けてそれをお茶請けにしてお気に入りのマグカップを傾けて恍惚な表情を浮かべるやべーやつとかも…いるしな!

 

「んんっ…監視を続けていた結果、基本的にはD.U.以外の安納ハジメは特別大きな違いのない、一定の日数を繰り返し行っていることがわかりました」

 

「…繰り返す?」

 

「ミレニアムを例にするとそうですね…午前中にセミナーでの業務を手伝い、午後には今こちらで過ごしているようにゲーム開発部で過ごし…このパターンですと夕方からはC&Cとして任務を行う事でしょう。多少の差異は起こりますが、基本的にこの流れは変わりません。3日ほどの流れはありますが、それが終わるとまた今日の流れがスタートします。ゲヘナの方も詳細はわかりませんが、カメラの映像などに映るタイミングを考えるにほぼ同じようなルーチンですね。ミレニアムより、繰り返す際の日数は2日ほど長いようですが」

 

 ヒマリ部長はそこまで説明をして、一度言葉を切る。

 

「…こうして短い数日を繰り返し過ごしているはずなのに、生徒たちには違和感がない。現状この状況に気づいている私たちでさえ、それを違和感だと認識しなければ気づかない。事態は思っているよりも深刻であると考えた私はシャーレの先生へと協力を要請しました。そして現在は先生には私の力では目が届きにくいアビドスの方への調査を行ってもらっています」

 

「違和感に気づかない?どういうこと?」

 

「言葉の通りです。現在この現象…ハジメの情報から呼称は"耽溺"に統一しましょう。耽溺が起きているという事実に対し、朝目が覚めた瞬間の私とエイミはまったく覚えていません」

 

 そう言いながらヒマリ部長は数枚のプリントを掲げる。

 いくつか付箋が貼られており、こちらから少し見ただけでもプリントアウトされたその紙の上に後から直接書き込んだのであろう痕跡が見える。

 

「私は調査をしている期間中、調査が長期に及ぶ可能性がある場合はこうしてデータをプリントアウトして寝る前などにも確認をしてから布団へと入ります。寝る直前などに調査への新たなインスピレーションなどが浮かぶ場合もありますから…だから耽溺の厄介さを知ることができました。朝目が覚めて、この資料を目にしなければ私たちは耽溺が起こっているということをそもそも認識できずに繰り返される日常に疑問を持たずに過ごしていることでしょう。もしくは、そう過ごしている日々の方が長いのかもしれません。何しろこの資料を見て事態を認識するので、実際にいつからこうなっているのかはわからないですから。次からはきちんと調査開始日を明確に記しておかないといけませんね」

 

 当たり前のように言うヒマリ部長だが、そんな異常事態が起こっていてなお冷静に事態に対応しようとしているのはすごいと思う。

 ぼくなんて見知らぬ怪しい大人にそそのかされて勝手に突っ走った挙句、たまたまこうして被害者なのに立ち向かっている、勇気と能力の双方を持った人に手を差し伸べてもらってるだけなのに。

 

「アビドスは先生の帰還待ち、ということでハジメには先生が戻ってきた後に調査してもらう予定だったトリニティの調査をしてもらおうかと思います」

 

「トリニティ…トリニティも何日かの期間を繰り返してるんですよね?」

 

「いいえ、トリニティは同じ日を繰り返しています」

 

 ヒマリ部長はそう答えながらモニターにまた様々な()()の映像を映し出す。

 ずらりと並んだ映像はすべて同じ視点から、多少の差はあれどほぼ同じようにトリニティの射撃場を利用しているコハル先輩とぼく(トリニティ総合学園の彼女)の映像だ。

 

 その映像はすべて同じような構図の同じような映像で、右下のタイムスタンプの日付の部分だけが増えている、

 時間はほぼ同じなのに、日付の部分だけが1日づつ増えていた。

 

「このように、トリニティの映像は同じ時間に同じ状況が監視と観測をはじめた日からほぼ同一です。そしてある一定の時間…そうですね、時間的には多少の差異はありますが、だいたい夕方から夜になって少し経ったくらいの時刻。だいたい夜の8時前後でしょうか」

 

 映し出されていた映像は射撃場の物からよく模擬戦や戦闘訓練場として使われている校庭が少し見える映像に差し変わる。

 そうして場面の変わった映像は早送りされ、夕闇が夜の帳に変わる様子が高速で流れて、

 

「このあたりで、少しマズルフラッシュのような光が映ることがあります。校庭に誰かがいるみたいなのですが、残念ながらこの監視カメラは校舎の方へ向けて設置されているためこのタイミングでカメラの死角で何が起こっているのかは確認できません…そして…この時点でトリニティのすべての監視カメラは朝の6時22分まで稼働を止めます」

 

 ヒマリ部長の言う通り、流れていた映像は夜の8時から数分の差異はあるが、ほぼ同じ時間に映像がすべて"SIGNAL LOSS"の表示を返す。

 そのまま信号途絶を返した映像は早送りされ、06:22になった瞬間にすべてのカメラがまた映像を表示させる。

 

「これは私の仮説ですが…トリニティにも私たちのように耽溺を認識して抗っている誰かが存在し、何らかの手段を以てトリニティの安納ハジメが制圧された瞬間にカメラが稼働を停止しているのではないか、と。そしてこのカメラが再稼働する時間、これはトリニティの安納ハジメが目覚めた時間なのではないかと考えています。可能ならばその対抗している方たちとも協力ができれば、と考えて、アビドスから先生が戻ってきた時にお願いをしようと思っていましたが、どうも事態はあまりよろしくないようなのです」

 

「事態がよくない?」

 

「こちらはここ数日分のトリニティのカメラからの映像です。左上から1日づつ」

 

 並べて映し出される映像は先ほどまでとさほど変わらない。

 時折カメラの端に光が映ったりすることもある映像だ、が…

 

「…カメラの信号が途絶する時間が、だんだん遅くなってる?」

 

「そうです。ハジメのいう通り、1,2分程度ではありますが、だんだんと、トリニティの耽溺の時間が増えていっている。これについてハジメには何か心当たりはありますか?」

 

 ヒマリ部長に言われてぼくは考える。

 あの映像に映し出されていた場所。

 映像が途絶える理由。

 ここ最近のぼくに起こっている変化。

 

 そこから導き出される答え。

 それは。

 

「…これ、この校庭はトリニティの生徒たちではよく模擬戦を行う際に利用される場所です」

 

「なるほど、ではトリニティの抵抗勢力の方は物理的に安納ハジメを制圧していたわけですね」

 

「…ぼくは、ここ最近、強くなってます。妙に調子がいいっていうか、体のキレとか、反射神経とか、そういうのが」

 

 アイツ(ゲヘナ学園の彼女)はなんて言っていた。

 沈む過程で漏れ出た神秘が回収されて動力に変換される。

 確かにそんなことを言っていた。

 

 じゃあこれは?

 この無駄に出力の上がったぼくの強さ(動力)は、何を元にして得た?

 

 

 

 

 パンッ、とヒマリ部長が柏手のように両手を強く合わせる音にぼくはハッと顔を上げる。

 

「落ち着きましょうハジメ。まずは私たちが協力できるようになった現状を喜び、そして最大限に活用すべきです。先生からの連絡がなければ動けない状況からハジメという起死回生の一手を得たこの瞬間は間違いなく僥倖と言えるでしょう」

 

「…そう、ですかね。トリニティの調査に関しては了解しました。ちなみにこのことは先生からはなんと?」

 

「…確認をしたいのですが残念ながら現在各学区への連絡は上手くとれません。なので現在アビドスにいるであろう先生には状況がどこまで伝わっているのか不明です」

 

 連絡が上手くつかない?いったいどういう事だろう。

 

「学区同士の境目のあたりを通るとSNSの投稿なんかが突然内容が変わる。モモトークも同じ…それと一部生徒を除いてほとんどの生徒が他学区に行くことができない」

 

 エイミちゃんの言葉が上手く理解できなくてぼくは首を捻る。

 

「エイミの言う通り、普段から学区をまたいで行動をしていた生徒以外は別の学区へ行こうとしてもいつの間にか元の場所に戻ってしまいます。エイミにも直接シャーレへと向かってもらおうと思った際にこの部室へと戻ってきてしまうため断念したという記録がありますね」

 

 ヒマリ部長が手元の資料の一部を指差して、その記録の部分を見せてくる。

 

「連絡に関してはこの認識阻害によってほぼ不可能と言っても過言ではないでしょう。連絡そのものは通じているのに送っている内容がモモトークや電子メール、直接の電話対応に至るまでお互いに別の内容として認識してしまいます。そして先生以外の学区間を移動できる生徒も、移動ができるというだけで学区の境界を越えるとその行先の学区を基準とした認識に置き換わってしまうため、SNSの内容が変わっていることなども気づけないようです。先生のタブレット上でも、ネットワークを介した内容はある境界を越えた時点で置き換わってしまう。ローカルに保存したウェブサイトのデータなんかは改竄されないようですけど」

 

 そうしてヒマリ部長は自身のスマホのモモトークの会話画面を見せてくる。

 画面にはヒマリ部長が「〇」とだけ送っているもの、それに対して先生からの「こちらは何も問題はなかったよ」という返事。

 

「この先生からの返事ですが…十中八九、先生が送った文面から改竄されている可能性が高いです。私から送ったこの〇も先生の画面ではどうなっているのかはわかりませんが違う内容になっていることでしょう。先生のタブレット自体には認識阻害が通じなくてもその前の時点、中継局を経由した時点で私たちと先生の間で同一の認識で連絡を取れる状況ではないのです、それはお互いにすり合わせて話し合っておいたのでこの連絡はあくまでも連絡が取れる状況にある、という確認作業のために行っているものです。返事が返ってくる、ということは先生のタブレットから連絡が行われているということですからね」

 

 そのあたりの取り決めに関しても、ヒマリ部長は手元の資料をぼくに示してくれる。

 よく見ればこの部屋のところどころに置かれたり、壁面に張り付けられているプリントはほとんどが何かが書き込まれたり付箋の張ってあるものだ。

 それはほとんどがこの耽溺のための資料。

 この大規模で厄介な認識阻害に対しての対抗手段であるのだろう。

 

「残念ながら私たちはこの状況で動けず、先生が戻ってきてくれるまで次の手を打つことができません。そしてトリニティは今手に入る状況だけでもその抵抗が劣勢に追い込まれていることは想像に難くありません…可能であるならば先生の帰還を待ち、万全の状態で臨みたいのですが状況がそれを許してくれるかどうかは判断の難しい状態です、ですのでハジメ…」

 

「わかりました。このトリニティの耽溺に誰が抗ってくれているのか。この一日の終わりに何が起こっているのか…ぼくが見て、情報を持ち帰ればいいんですね」

 

 本当に厳しい状況なのだろう。

 ただでさえ認識阻害なんていうわけのわからない状況に抗っているのに、先生ともまともな連絡がとれない。

 そんな状況でもヒマリ部長も、エイミちゃんもそれに抗いながら最善手を打とうと必死に模索している。

 

 だから、そんな申し訳なさそうな顔はしないでほしい。

 

「本当にいいんですか?…あとで先生に密告されたりしません?」

 

 すぐに表情を取り繕って、そんな風におどけた事を言うヒマリ部長。

 だからぼくもそれに応える。

 

「無茶な命令以外チクらないって言ったでしょ?こう見えてもぼくの依頼達成率って相当高いんですよ?今回チクるのはヒマリ部長にちゃん付けで呼ぶのを強要されそうになった事くらいですかねー?」

 

「そんっなに無茶な命令でしたかソレ!?流石に全知にして美麗の体現と謳われる私でも理解が及ばないのですが!?」

 

「パワハラだったっていう証言はするから任せて」

 

「エイミはなんでさっきからそう私の事を後ろから刺してくるんですか!?」

 

「自分の胸に手を当てて…ごめん、胸の話は禁句だったよね」

 

「あっ、今胸のサイズでマウント取りましたね!?いいんですか!?私だけじゃなくてハジメにも刺さりますからねソレ!!」

 

「はいはい。それじゃあハジメ、これ貸しておくね。あとさっき使ってたスタンプ貸して」

 

 エイミちゃんはヒマリ部長を適当にあしらって、ぼくに猫の耳の衣装がついた小型の扇風機を差し出してくる。

 ぼくはそれを受け取って、さっき使っていた特別依頼のスタンプを差し出す。

 

「これは?」

 

「私の愛用品…の予備。それを持ってればハジメはハジメだって次の私にも伝えるから。絶対に失くさないようにしてね」

 

 そう言ってエイミちゃんは自分の手元に持っていた資料に一筆書き加えると、ぼくから手渡されたスタンプをぽん、と押してスタンプをぼくへと返してくれる。

 

「…貸りちゃってもいいの?エイミちゃんにとって大事なものなんだよね?これ」

 

「今の自分のこの意味の分かんない認識より、それをハジメが持っているって事実の方がよっぽど信用できる。それを見せてくれればいちいち確認する必要もないから効率的。ちなみに使い心地はお墨付き。飛ぶよ」

 

「扇風機の評価にしてはずいぶん過激だなぁ…」

 

 ぼくは手渡された小型扇風機を掲げながら言う。

 裏返してみたりもしたものの基本的にはよく電気屋なんかで見る小型扇風機そのものだ。

 スイッチに最強の欄があるのはいささか気になるが…

 

「あっ、この部屋でスイッチを入れないでくださいね?…物理的に色々と飛びますので…」

 

 ヒマリ部長からの忠告でなんとなく察する。

 ぼくがその言葉を聞いてエイミちゃんに視線を向けると、

 

「とっても涼しい」

 

 あっ、これワンチャンぼく自身が実際に飛ぶな?????????????

 

「あー…うん、あとで外で実際の威力確認してみるね」

 

「それがいい、護身用にも使える便利グッズ」

 

 小型扇風機で護身っておかしいからね???????????????

 

「それじゃあ…さっそくトリニティに向かうとしますか」

 

 ぼくは受け取った小型扇風機を上着のポケットに大事にしまって、さっそく行動に移ろうとする。

 

「あ、ハジメ。移動にはミレニアム特製のスクーターを用意しました。キーはこちらに、ヘルメットも一応直接顔を見られなければ一定の効果が見受けられるとわかったのでこちらのフルフェイスを使ってください。外からはあなたの顔を認識できないはずですので」

 

 ヒマリ部長がそう言って、ぼくにそのミレニアムの校章のキーホルダーがついたキーと頭の部分が動物の耳をかたどったような意匠のフルフェイスヘルメットを差し出した。

 

「何から何までありがとうございます」

 

「備品の提供はハケン先としては当然の事ですから…なのでその、何卒呼び方強要の件はお目こぼしいただけませんか…?」

 

「部長、往生際が悪い」

 

「ちょっとした茶目っ気だったじゃないですか!!それで先生からお説教だなんてことになれば超絶病弱清楚系美少女ハッカーの私は寝込んでしまいますよ!?」

 

 そんな二人のやり取りになんだか肩の力が抜けたような気がして。

 くくっ、とちょっと笑いがこぼれてしまう。

 

 二人はそれを聞き逃さず、ばっとこちらの顔を見る。

 だけどなんだか全然笑いが収まってくれない。

 なんかちょっとツボに入ってしまったみたいだ。

 我慢をしようとすると余計にそのツボを刺激してしまう。

 まるでこの部屋に入った時のヒマリ部長みたいだ。

 あ、だめだ。我慢できないやこれ。

 

 

 

 少し驚いた表情をしていた二人は、それでも笑いが止まらないぼくに呆れたのか、仕方がないな、という風に笑顔を浮かべてくれる。

 ぼくは本当に久しぶりに、声を上げて笑ったような気がした。

 

 

 

 

 

「この仕事が終わったら…」

 

 ひとしきり笑って、目の端に浮かんだ涙を拭いながら、

 

「ヒマリ部長のこと、ヒマリちゃんって呼んで…いいですか?」

 

 ぼくの言葉に、ヒマリ部長はぱぁ、と笑顔を浮かべ、

 

「ハジメ、部長を甘やかすのはよくないよ。すぐに調子こくんだよこの生物」

 

 エイミちゃんは対照的にジト目でこちらを見つめてくる。

 

「エイミ!部長に向かってなんですかその言い草は!!」

 

「あ、でもそうなったら多分ぼく相当辛辣になりますよ?覚悟の準備をしておいてください?」

 

「そんな!?ちゃん付けで呼んでくれるならその流れでそれはもう甘やかしてくれてもいいじゃないですか!?普段から付き合いのある後輩はこんなにも辛辣なんですよ!?」

 

「あれれ?随分と無茶な命令が来たな…?」

 

「邪知暴虐な命令だよ部長。さすがの私でもそれはないかなって」

 

「無茶のラインはいったいどこですか!?全知を冠する私でもさっぱりラインの位置が読めないのですが!?」

 

 ぼくとエイミちゃんの言葉にヒマリ部長が叫ぶ。

 

 耽溺による認識阻害があるだろうに、二人ともこんなぼくに暖かさを思い出させてくれる。

 この事態を解決しなきゃいけない理由がまた増えた。

 この事態に抗ってくれている、すべての人に報いなければという決意を新たに出来た。

 だから。

 

 

 

「そのラインは…企業秘密デース!…というわけで、行ってきます。必ず良い情報を掴んで戻ってきますから」

 

「…行ってらっしゃい。ただし無茶は禁物です。ハジメの身の安全を第一に、状況が悪ければ撤退を最優先にしてくださいね?」

 

「ハジメ、がんばって」

 

 ぼくはヒマリ部長とエイミちゃんに背を向け、少し天を仰ぐ。

 溢れそうな感情()を必死に押し留めて、受け取ったヘルメットを装着する。

 

 フルフェイスヘルメット特有の音が聞き取りにくくなるような感じがなくてちょっとびっくり。

 

「そのヘルメットはその耳の部分に搭載されている機構で周囲の音をヘルメットなしとほぼ同じ状態で拾ってくれるミレニアム特製の一品です。ハジメ、重ねて言いますがくれぐれも無理はしないように…これが無茶な命令だとしても、私はあなたにこの命令を下します」

 

「その業務命令、しかと受け取りました!!」

 

 ぼくはそのまま特異現象捜査部の部室から駆け出す。

 あのままあそこにいたらせっかくかぶったヘルメットを一度外すことにもなりかねないから。

 

「ハジメ、この校舎を出てすぐ裏手の駐輪スペースにスクーターは置いてある。キーのボタンを押せばライトが点滅するから」

 

「おっけぃ!ありがとエイミちゃん!!」

 

 部室から顔を出して伝えてくれるエイミちゃんの言葉を背に受けながらぼくは階段を駆け下りて校舎の昇降口へと最短距離を駆け抜ける。

 

 

 

 駐輪スペースで目当てのスクーターを発見、キーを差し込み回せば、スクーターは快音を上げすぐさま走り出せるぞ、と言わんばかりの振動をハンドル越しにぼくへと伝えてくる。

 スピードメーターが普通の車にすら使わないような数字まであって思わず笑ってしまいそうになる。

 ここらへんがミレニアムだなぁと思ってしまう。

 

 

 駐輪スペースにフルフェイスヘルメットで走り込んできたぼくを見て何人かの生徒が怪訝な目でぼくを見ているのがわかる。

 このまま注目を集めてもいい事は何もないだろう。

 ぼくはスクーターで速やかにその場から走り出した。

 ちょっとアクセルを捻っただけで想像の4倍くらいの勢いの初動で飛び出しそうになるじゃじゃ馬っぷりに少し面食らうが、慣れればそのスピード感にむしろ爽快感さえ感じてしまう。

 

 気分よくアクセルを適度に開放しながら猛スピードで後ろに流れていく景色を置き去りにしていくような心持でミレニアム中心区から郊外へと向かう。

 

 目指すはトリニティ学区。

 トリニティ総合学園の方角へとミレニアム特製のスクーターと共にぼくは駆けるのだった。




借りたバイクで走り出す。
スピードメーター多分400kmとか書いてあるんやろなって

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