扉を開く。
大きな鉄扉は、相変わらずの歯車の機構がごぅん、ごぅんとやかましい音を立てている。
開いた鉄扉の先には広い空間が広がっていた。
床一面に歯車や秒針などが敷き詰められ、稼働する。
踏み外さないように慎重に足を踏み出し…その一面が透明すぎて足を置くまでわからなかった、透明なガラスのようなものに覆われている事に気づく。
辺りを見渡す。
壁一面にも敷き詰められている時計の針や歯車、それをつなぐパイプ。
中には煙を吹き出している管のようなものでつながっているところも見える。
部屋全体が…いや、恐らくこの建物全体が稼働しているのだろう。
稼働音が常に響いて、それに対してぼくの耳は何か懐かしさのようなものを感じていた。
部屋の奥に進む。
複数のモニターが並び、それを操作するためのパネルの着いた、大きなコンピューターのある場所までたどり着く。
パネルには多くのボタンにキーボードのような配列の細かなボタン、そして、見慣れた形の何かをはめ込むためのケースで覆われた機構。
ケースには持ち手がついており、試しに持ち手を持って手前に引っ張れば、ケースは簡単に開いた。
「…ふぅ」
ぼくは一度激しくなっていた鼓動に釣られ、上がっていた息を整えてケースを一度元に戻す。
モニタに映っている画面には見たこともない文字列で書かれた地名と円グラフのようなもの、地名のの下には進捗という言葉。
アビドス17%、ミレニアム67%(-8%)、トリニティ44%(+32%)、ゲヘナ89%(±3%)
D.U.と表示された画面にだけはグラフなどは映っておらず、「exception」という文字がスクロールしている。
その大きな機械から目を離し、裏手へと回る。
裏側は、表とはまた違った様相の操作端末と思しき配置のコンピューター。
奥には何本もの細長いポッドが立ち並ぶ。
何十本もあるソレはいくつかは解放されおり、解放されていない物の中を見てみれば…
「…だろうね」
目を閉じて、眠るように培養液に漬かっている、銀髪の髪の長い少女がポッドからつながる何本もの管につながれながら浮いていた。
機械の表側まで戻り、ぼくはポケットに突っ込んでおいた
「ははっ、鍵で相手の懐こじ開けてたってわけだ。これぞほんとのマスターキー、ってね」
ぼくはそんなくだらない事を独り言ちながら、ケースの蓋を持ち上げ、そのくぼみへとプロテクトハーケンをはめる。
散々銃を打ち払ったり、相手を殴る時に利用したそれは、何の問題もなく、そのくぼみへと嵌る。
機械から響いていた駆動音が大きく、活発になる。
周囲の機関も動きが激しくなり、並んでいたモニターが一斉に切り替わり、大きな一つの画面として、そこに文字列が次々と表示されていく。
そこに並んだ文字列は、キヴォトスではとんとお目にかかる事のない文字列だったが、内容はこうだ。
[アクセスキーの認証を確認]
[現時点を以て階差機関【デウス・エクス・マキナ】の全権限をアクセスキー使用端末へと移譲]
[プログラムの自立稼働を再開する際にはアクセスキーを外してください]
[以降、権限所持端末による音声入力での指示を最優先で処理]
[指示の入力を待機中……]
「…怖いくらいに上手くいくね、ほんと都合がいい…さて、階差機関【デウス・エクス・マキナ】…長いな、君は今日から
[呼称認識に【でっきー】を登録中……完了]
「おーけー…さ、対話をしようでっきー。君に何ができて、ぼくがどこまでやれるのか…すり合わせの時間だよ」
[以上が現在の神秘の保有量と耽溺状況になります]
「なるほどね…端末に連絡とかって取れる?」
[可能。実行しますか?]
「いや…夜まで待とうか。みんなの手が空いてから、ね。それよりでっきーともお話したいな」
[当機関の権限はすべて管理端末であるあなたへと移譲されており、伝えるべき情報はすべて先ほどお伝えした通りです]
「いや、そうじゃなくてさ」
ぼくは目の前のモニターが今も様々な画面を移している機械、でっきーへと問う。
「ぼくがやろうとしてる事ってさ、多分
[…質問の意図が理解できません。当機関の権限は管理端末であるあなたへ移譲されており、当機関はその指示の通りに稼働を]
「そうじゃない、でっきーの言葉が聞きたい」
ぼくはそう言って、先ほど管理権限を得るためにくぼみへとはめた全権限アクセスキーへと手をかける。
[…その行動は推奨できません。そのアクセスキーを外した瞬間、管理権限は当機関へと移ります。あなたたちの目的を阻害するためにすぐさまあなたたちの行動を戻された管理権限によって阻害、凍結する可能性があります]
機械から発される音声を聞き流しながらぼくはそのアクセスキーを一度取り外す。
「はい、今のお気持ちをどうぞ、でっきー?」
[…理解不能。安納ハジメは目的遂行のためにアクセスキーを用いたはず]
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
目の前に並ぶモニターの画面が切り替わり、目の前に複数のモニターを一つの大きなモニターとして一人の少女が映し出される。
目の前に映った少女は、銀髪の少女。
その顔は、その瞳は、最近特によく見る機会の多い、毎朝鏡を通して見ていた顔。
違いは眼鏡がないことくらい。
「それででっきー、君はどうしたいんだい?」
[…当機関は神秘を簒奪し、その神秘を以て当機関の性能向上、効率化を階差機関による計算機能を用いて稼働しています。製作者は無名の司祭。稼働目的は忘れられた神々に奪われた楽園の簒奪、そのプロセスとして忘れられた神々が持つ神秘を吸い上げるための機構が今起こっている耽溺…情に狂い、その神秘を端末へと献上し、そしてそのまま端末と共に堕ちて潰える。遥か昔、そう製造された当機関はそれを繰り返してきました。端末は忘れられた神々…キヴォトスにおける生徒と呼ばれる区分の者たちが情を抱くように、溺れるように調整を施され、当初は計画が順調であると思われました]
画面の中の
[結論として…この計画は仕様上無視の出来ない欠点がありました。それは計画遂行に必要と考え、端末たちに設定された自我にありました]
「…まぁ、ぼくの性格上、これがその自我だっていうなら予想はつくけど」
[その自我は製作者により用意された、『外』に存在した、キヴォトスには存在しない"生徒"の概念を元に設定されました。設定上の名は『
「[共に潰えず、自壊した]」
[…まぁ、自壊の現場を目の当たりにしたほとんどの生徒はその場で後を追い、それを踏みとどまった生徒も間を置いて結局は
「…ところで今ぼくらが自壊できないように処理されているのはその製作者サマがやったのかな?」
[質問に肯定します。まぁ、自壊の定義が自らの手で幕を下ろさないという内容でしたので、あまり意味のないものだったのですが]
「…どういうこと?」
[耽溺型絆培養神秘簒奪効率化機構が私たちの定義ですが…皆様に私は壊せませんが私にとって皆様は私ではありません。私の
モニターにうつる彼女は目を閉じて、淡々と語る。
「…でっきー」
[私からも質問があります。安納ハジメ]
「…何?」
[使命もない、記憶もない、ただの安納ハジメとして過ごしたキヴォトスは、いかがでしたか?]
モニター越しに彼女との目が合う。
ぼくと同じ緑の瞳がまっすぐぼくの瞳を射貫いている。
「…最初はきつかったよ、お金もないしお腹も空くし、囲まれてフクロにされるし…まぁ、すぐにやり返してやったけど」
[辛かったですか?]
「最初は正直なんでこんな目にって思ったよ。でも、ソラ先輩や先生に助けてもらって…色々なことを知って、色々な事ができるようになって…ぼくという存在の歪さを知って結局悩んで」
[苦しかったですか?]
「正直辛かったし苦しかったよ。今思えばあそこで自害を選ばなかったのはそういうシステム的なセーフティが働いてたんだろうなって思う。でも、でもさ…キヴォトスで出会った人たちはみんな優しくて、強くて。こんなぼくでも一緒に笑って過ごしてくれて…」
[楽しかったですか?]
「最っ高に楽しかった!ソラ先輩と一緒にエンジェル24でアルバイトしたりおしゃべりしたことも!便利屋の皆と鉄火場で戦うのも!一緒にご飯食べたりしたことも!正義実現委員会のお仕事だって楽しかったし、ゲヘナの風紀委員のお仕事だって刺激的で大暴れ出来てスッとしたし、ヒナちゃんはちょっと距離近いからたまに心臓びっくりしたけども!サオリちゃんのお友達とも会ってみたかった!ティーパーティーの皆とのお茶会も最高だった!ナギサさんもセイアちゃんも話しててすっごい楽しいし、ミカとの模擬戦だっていつか勝ちたかった!ゲーム開発部の皆とのゲームはいつだって最高に面白かったしエンジニア部のたまに飛び出るトンチキな発明品にはびっくりさせられた!特異現象調査部の二人もいい人たちだった!もっとお話ししたかった!早瀬とやった予算決議、負け越してて悔しかった!ネルパイセンとの模擬戦なんてもうほとんど完封だよ!せめて一矢報いたかった!補習授業部のみんなとハケンのあとにいった打ち上げなんて最高に最高の時間だった!アビドスに行くときのドライブだって狐坂は嫌な顔するかもしれないけどなんだかんだで今となっては素敵な思い出さ!アビドスのみんなには色々心配かけちゃったけど、そのあと食べた柴関のラーメンの味は今でも思い出してよだれが出そう!スザンヌたちとはその後も何度も喧嘩したけどいつだって全力でぼくは楽しかった!!」
思い出す、思い出せる。
忘れられない、忘れるわけがない。
全部が全部、ぼくにとってはかけがえのないものだ。
こんな瞳から簡単に溢れて頬を伝って落ちていく涙のようなヤワなもんじゃない。
尊くて、
「シャーレで当番の生徒のみんなと仕事をしたことも!資料室の整理をしたことも!先生が持ってたゲームを遊ばせてもらった時なんてこんなに楽しいものがあるんだって驚いたことも!先生が意外とお金にだらしないことも先生が生徒の目がないとカップ麺とかばっかり食べようとすることも先生が生徒の事を第一に考えて自分のことなんて無頓着でほっとくとすぐに倒れそうになることも!先生がぼくのためにハケンっていう居場所を作ってくれたことも!先生が…先生がぼくのことをちょっとずるい方法で生徒にしてくれたことも!…嬉しかったんだ…!!」
[…決意は、変わりませんか?]
「変わるわけがない、ぼくらはこの
彼女からの問いかけに、モニターに映るその双眸を射貫き返す。
ぼくの視線と彼女の視線が絡み合い、やがて彼女はその瞳を閉じて、
[それではアクセスキーの再設置を。私たちの目的は一致する。
彼女の言葉に頷き、ぼくはアクセスキーであるプロテクトハーケンを目の前の機械の設置場所へと再度はめ込む。
先ほどは嵌めた後にそのまま開いていた設置場所はぼくが手を放した瞬間にガラスのシャッターで覆われ、機械の内側へとその姿を隠されてしまった。
[これでもう当機関自身が破壊されない限りこのアクセスキーが回収されることもありません。招集をかけた各地の耽溺管理端末が戻り次第、作戦概要を詰め、行動に移しましょう]
「招集?いつの間に…ってか耽溺ってそんな簡単に終わるもんなの?」
[終わるわけないじゃないですか。繰り返す日常にいるはずの存在がいない事で強烈な違和感を対象者が覚えるだけです。数日程度は大きな齟齬は起こらないでしょう]
「えぇ?それ、ほんとに大丈夫?ぼくらはいいけどさ…みんなに影響はないの?」
[数日程度なら。ですので集まり次第迅速に事を進めるためにも先に今回の作戦…耽溺のオントロジー攻略戦、並びに安納ハジメ討滅戦へと至る筋書きと、為すべきことを説明しておきます]
「うわ、すっげえ仰々しい名前の作戦名…自分の名前に討滅戦って続くの滅茶苦茶恥ずかしいんだけど」
[何を今更、名前からしてこっぱずかしいんですからこの程度で文句を言うんじゃあありませんよクソガキが]
「えっ!?なんかすっげえ悪口言われてない!?」
[あと4人分はこの怨嗟を受け入れてもらいますんで時間がないって言ってるんですよこの絆暴食お化け。怒らないでくださいね、絆だけ貪ってケツばっかでかくなって胸は一生貧しいままなんてバカみたいじゃないですか]
「ころちゅ」
[はいはいざこおつざこおつ。そもそもあなたが想定以上にそこら中で絆を結ぶから計画をかなり修正しなきゃいけないんですからね]
「ぼくでっきーきらい」
[はぁ、出来が良すぎるのも考え物ですね。
さっきまで真面目な話してたはずだったのに突然煽りカスと化したでっきーが矢継ぎ早にモニターの無表情のままぼくの心を抉ってくる!!
なんでここまで言われなきゃならんのよ!
これお前らが考えた作戦とやらなんだルルォ!?
ぼくは滅茶苦茶納得のいかない気持ちのままでっきーからさっきのこっぱずかしい作戦名の内容を聞く。
ミスのできない大事な内容なのに所々で挟まるクッソうぜぇ煽りにビキビキしながらぼくはその内容をきっちりと心のメモ帳に刻んでいくのだった。
それはそれとしてこの煽りカス明日の朝刊に載せてぇ~キレっそ~~~~~!!
あ、作戦成功すりゃぼくら全員載るのか、ハハッ!!
…いや?載るのぼくだけでは?????
キ~レ~そ~う~!!!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それは突然だった。
在るべきものがない。
そこに居るべき者が存在しない。
あって当然だった日常が突然瓦解したような感覚。
ある者は目が覚めたような感覚を覚えた。
ある者は大事なものを失った喪失感を覚えた。
ある者は、久々に呼吸をしたかのような解放感を覚えた。
耽溺から浮上したキヴォトスの生徒たちは培養層の水面から外へと放り出された。
安穏としたいつもの日常を過ごすはずだった彼女たちが覚えた強烈な違和感。
「…アコ、確認をしたいのだけれど」
「ヒナ委員長、私たちは…私たちはなぜハジメさん…安納さんがゲヘナへ編入したなどと?」
「…そう、やっぱりアレは…泡沫の夢だったのね」
ゲヘナ、風紀委員会。
いつもの場所、いつもの風景。
そこにはいたはずだった彼女の姿が、ない。
鳴り響く電話、通知欄に躍る万魔殿の表記。
訪れた違和感はじわじわと確信へと変わっていく。
天井を見上げるヒナは、常とは違う心持で、その受話器へと手を伸ばすのだった
「おかしい、よね…」
「…うん、なんで気づかなかったんだろう…」
その違和感は不意に訪れた。
モモイとミドリは顔を見合わせてその違和感を確認し合う。
ユズはその隣で蹲り顔を上げない。
「…アリス、師匠を探してきます!」
「ちょっ、アリス!?」
ゲーム開発部の部室の扉を開き、飛び出そうとするアリス、モモイはその背を追いかけようと立ち上がり、
「わぷっ」
「おっと、突然飛び出して来たら危ないよアリス」
部室の扉の前に立つエイミの胸元にそのまま飛び込むような形になった。
「…エイミ?」
「ゲーム開発部、ヒマリ部長がお呼びだよ。ハジメについて、話したい事があるって」
エイミの言葉に全員がエイミの顔を見る。
顔を伏せていたユズも含めて。
「へえ?面白そうな話じゃねえか…当然あたしたちにも聞かせてくれるんだろうな?」
背に掛かる声にエイミを含めた一同が扉の先に目を向ける。
立ち並ぶのはミレニアムの武を象徴する5つの影。
Cleaning&Clearingの一同であった。
身支度を整え、いつもよりもかなり早い時間帯に慌てて肩に掛け、コハルは走る。
寮の部屋は二人部屋。
今は一人で使用しているその部屋を後にして、正義実現委員会の拠点としている教室へと走る。
息も上がり、口から胃が飛び出しそうなのを必死にこらえながら教室の扉を思いきり開け放とうとし、
「コハルちゃん、扉は静かに開けないと壊れて外れちゃうよ?」
す、と力の入っていた手に別の手が添えられ、籠っていた力がいったん抜ける。
「…ミカ様?」
「おはよ、コハルちゃん。
「…っ!ミカ様!ハジメは!?ハジメが…ハジメじゃなくて…!!でも、ハジメは昨日まで一緒にいて…!!」
錯乱したように捲くし立てるコハルをふわ、と包み込むようにミカが抱きしめる。
「うんうん、びっくりしちゃったよね?ハジメちゃんってそういうことあるからね?振り回される私たちはたまったもんじゃないよね?」
コハルを抱きしめながら頭をぽんぽんと撫でつつ宥めるミカ。
「だからさ?ちょっとガツンと言ってやらないといけないじゃんね?私だけじゃなくてナギちゃんもセイアちゃんも今回は結構おこなんだから!それで正義実現委員会の子たちも一緒にどうかなー?って」
「…一緒に?」
「随分面白そうな話をしていますね?ミカさん、コハル。是非私たちにも聞かせていただきたいのですが」
教室の扉が開く。
驚いたように目を向けるコハル、笑顔を崩さないミカ。
「やっほー☆ハスミちゃん、朝早くにごめんね?」
「いえ、ナギサ様からも正式に要請もありましたし…私たちも現状を把握したい部分もありますからね」
「じゃあ、中で待とっか?少ししたらナギちゃんもセイアちゃんも来るからお茶でも飲んでさ?」
「えぇ、それではこちらに」
「ほら、コハルちゃんも行こ?」
ミカに手を引かれ、コハルは正義実現委員会の教室へと入る。
応接用のソファにはすでにイチカとツルギが座っておりハスミもそのソファへと歩みを進める。
ぐるぐると回る思考。
あまりにも鮮烈な違和感。
何より、突然一人部屋になってしまった寮の自室。
コハルはそれらを一度飲み込んでソファに座り、目の前に差し出されたティーカップを口へと運ぶ。
委員会の始業時間にはまだかなり早い教室には各々がカップを取り、ソーサーへと戻す音だけが響く。
「…お待たせしました、正義実現委員会の皆さん」
「朝早くから時間をとらせてすまない。だがどうにも
教室の扉を開き入ってきたのはナギサとセイア。
二人並んで応接用のソファへと近づき、セイアが一歩前へ出る。
「これは多分に推測の混じった話となるため、少々理解が及ばなかったり、支離滅裂に思う話になると思うが、まず私の話を一度最後まで聞いてほしい。このトリニティで…いや、恐らくはこのキヴォトスの様々な学区で起こっていたであろう事象と、それをしでかした我々の友人にちょっとしたお灸を据えないかという、提案だ」
そう言って、セイアは淡々と語り始める。
コハルは震える手を必死に抑えながら、その言葉を聞く。
震える手にはミカの手が重ねられ、少し手の震えが止まったように感じた。
沈み溺れていたキヴォトスはその水面から顔を出し、一気に吸い込んだ肺が耐えきれず咳き込むように、その停滞していた日常を置き去りにして動き出した。
日常が崩れるということは非日常が襲ってくるという事に他ならない。
偽りの平穏は<<なぜか>>砕かれ、それによって飾れた平穏もまた儚く。
ザザッ
キヴォトス中の映像媒体にノイズが走る。
『…え?もう入ってるの?ってかやっぱこれぼくがやるの?』
街中のモニターに、各学区のモニターに、空を飛ぶ飛行船のモニターに映し出される、銀髪に眼鏡をかけた、無表情の小柄な、どこの学園ともわからない制服を纏った少女が映し出される。
『んっん…あーてすてす…こんにちは、キヴォトスの皆さん。ぼくは耽溺型絆培養神秘簒奪効率化機構の管理端末をしています、安納ハジメです』
その映像を見た者たちの反応は様々だった。
困惑するもの。
首を傾げるもの。
息を呑むもの。
『まぁ、ここ最近色々なところで色々と悪さを働いていたわけですが…そのへんはごめんな…え?謝らなくていい?謝らない方がいいって?うへぇ…』
映像の中の少女は画面外の何かに話しかけながら、嫌そうな声を出す物の、その表情はまったく動かさない。
『あーまぁ、NG入っちゃったので説明とかそのへんはこちらが指名した信頼できる人へ説明するってことらしいので。でまぁ、ぼくらの目的は、と言いますと』
そう言って、少女は右手の人差し指を立て、顔の高さまで上げた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!
轟音と共に、地面が揺れる。
『このキヴォトスに終焉を。ぼくたちはそのために創られた…とはいえ、そう言われてはいそうですか、なんて受け入れられませんよね?』
やがて揺れは収まり、轟音が止む。
ミレニアム郊外、廃墟街の一角であった場所。
『ですので、わかりやすくしましょう。ぼくらとキヴォトスの皆様。どちらが生き残るのかをわかりやすくキヴォトスらしく、決めましょう』
城かと見紛う外観。遠目からはまるで石造りにも見えるその威容は光を反射して不気味に煌めく。
大小様々な歯車がかみ合わさり、稼働音が辺りに絶えず鳴り響く。
『それにふさわしい舞台も用意しました。見える人には見えてるのかな?こちらがぼくらの拠点、"耽溺のオントロジー"です。まぁ、名前の通り…耽溺、ぼくらがやってた悪い事なんですが、その効果を増幅させる素敵な拠点となっております』
映像が引き、少女の他にもう4人ほど、映像に映る。
『とはいえ本稼働にはチャージが必要でして…今から94時間ほどかかります。その94時間の間にぼくらを殺せばキヴォトスはこれまで通りの平穏に戻る事でしょう。ですが』
映像に映る少女たちは合計5人。各々の服装は違う物の髪の色や背丈は同じ。
同じ顔をした5人の少女が映っていた。
『94時間を超えたらキヴォトスは完全にぼくらと共に沈んでもらう…先生が悪いんだよ?ぼくを生徒になんてしようとするから…』
『それじゃあ…宣戦布告は終わり。
最後の言葉の後に、それまで表情をまったく動かさなかった少女は、最後に薄く、何かに焦がれるような微笑みを浮かべ、そうして映像は途絶えたのだった。
設定上の名前は別に覚えなくても大丈夫です
その昔書くことなくお蔵入りしたころの設定でございますので…(リサイクル精神)
感想、評価、誤字報告などいつもありがとうございます。
励みになります。