ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女の眼差し


get the regret over

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 ─95

 

 

 

 

 安納ハジメの宣戦布告から時は少し遡る。

 

「ソラ先輩、在庫の搬入は完了した」

 

「あ、サオリさん!ありがとうございます!」

 

 エンジェル24シャーレ支店。

 警備の都合上、ビルの入り口に積み上げられた在庫を店内と倉庫へと搬入し、店舗の方へと戻ってきた錠前サオリにソラはねぎらいの言葉を返す。

 

「問題ない。しかし、普段からこの量の在庫を一人で捌いているのか?」

 

「いえいえ、普段はもっと少ないです!ただ、最近は先生が出張でいらっしゃらない事が多くてお客様が少ない時期なので、これを期に古くなっていた在庫の入れ替えとかをしちゃおうと思ってちょっと多いんです…ほんとなら、ハジメさんに手伝ってもらうつもりだったんですけど…」

 

「相変わらず連絡はつかず、か」

 

「はい、もう3日も…どこかで怪我したり倒れたりしてないか心配です…ちゃんと連絡しなさいって言ってあるのに。前にちゃんと約束したのにそれを破っちゃうハジメさんにはきちんと報連相の大切さを改めて教えないと…!」

 

 スマホの画面を見ながら何やら決意を新たにするソラ。

 そんなソラの様子にサオリは不思議そうに問う。

 

「ふむ、定時連絡を怠るのは確かによくないが…センパイは腕が立つし、実務能力も高い。そう心配することもない気もするが…」

 

「サオリさん、甘いです!ハジメさんはそういう部分はぜっんぜん信用できません!前科だってあるんですから!」

 

「ほう、前科。それは是非とも聞きたいな」

 

 客のいないエンジェル24の店舗内に二人の声が響く。

 

 安納ハジメから連絡が途絶えて3日。

 サオリがこのシャーレのエンジェル24で手伝いをしているのは、その日から。

 

 先生からの依頼である。

 依頼内容は、先生が不在の間のシャーレ内のコンビニエンスストアの手伝い。

 普段傭兵のような仕事しかしていない自分に回すような依頼ではない。

 それこそサオリがセンパイと呼んでいる安納ハジメに依頼をした方が本人も喜ぶであろうと返したが、傭兵以外に一般的なアルバイトとしてはいい経験になるから是非に、と普段のサオリが知る先生とは思えないほどの押しの強さに疑問を覚えながらも引き受けた。

 

 当日、言われた通りにシャーレのエンジェル24へと出向いてみればおどおどとした態度でソラと名乗る少女が出迎えてくれた。

 出会った当初はサオリの威圧的とも取れる雰囲気に少し怯えた様子を見せたソラであったが、打ち解けるのは意外と早かった。

 

 古今東西、人と人が打ち解ける手段など決まっている。

 共通の話題、だ。

 

 そしてソラとサオリはお互いの事を人づてに聞いていた。

 同じ人物を通して。

 

 ソラは後輩から、強くてかっこいい後輩の話を。

 サオリはセンパイから、素晴らしくて尊敬してやまない先輩の話を。

 

 

 

「それでですね!ハジメさんったら怪我したのがバレたくないからって何日も言い訳して来なかったんですよ!!」

 

「その件は心当たりがある、私とセンパイがはじめて組んだ仕事の後だろう。確かにあの時は手痛い攻撃を食らい額にガーゼを張り付けてラーメンを食べていたからな」

 

「ま、間違いなくそれです!あの時ハジメさんは額におっきなガーゼ張り付けてました!!」

 

 お互いがお互いを通して、未知の安納ハジメを知っていく。

 本来なら交わる事のなかった二人は、何の因果かこうして交わり、縁を深めていく。

 

 二人がそんな共通の話題で盛り上がっているところ、先生不在でほとんど人の来訪がなかった店内へと来訪者が訪れる。

 

「ちぃーっすソラさん、先生おるー?」

「あれ?錠前サオリじゃん、エンジェル24のエプロン似合っててウケる」

「ファミチキください」

 

「い、いらっしゃいませ!あれ?スザンヌさんは今日はいらっしゃらないんですか?先生は出張中でここ2日くらいは留守にしてますね…」

 

 店の入り口をくぐって現れたのはサンゴ、バンビ、カレンの舎弟トリオだった。

 

「え、まじ?」

「どうすべ、ソラ先輩に伝言頼んでアタシらはスーちゃん探しに行くか?」

「ファミチキがないならLチキでもいい」

 

「ふぁみちきやえるちき…というものは存在しない。チキンなら揚げチキンを薦める。それと、先生なら多分今日中に戻ってくる手筈だ。私がここの臨時店員として働く契約が今日までだからな」

 

「真面目か?」

「こういうやつだったわ...まぁそれじゃなんか買ってあっちの談話室スペースで時間潰すか?こないだアケ版スチュ6入れたって先生めっちゃ宣伝してたべ」

「最新作入れてはしゃいでんのウケる」

 

「そ、そうですね、お昼も回ってだいぶ経ちましたし先生もいつ戻ってきてもおかしくないですし…」

 

 サオリの言葉にソラはそう返し、スマホの画面を確認する。

 モモトークを開いて履歴を確認、先生からの通知もないことを確認する。

 予定に変更があるなら連絡が届いているであろうし、連絡がないという事は予定の変更も多分ないだろう。

 

「あ、ソラさん、これ一応渡しときますわ、先生に教える予定の座標」

「アタシら昨日ジョスで徹夜だったんでワンチャン談話室で寝てる可能性ある」

「先生に聞かせたい音声ファイルもあるんで先生帰ってきたら声かけて」

 

「…これは?」

 

「スーちゃんが言うには座標だって」

 

 各々が店内から適当にお菓子や飲み物、FF商品を買い漁ってレジを済ましたタイミングでそのレシートの裏にカレンが座標をさらさらと書いてソラへと渡す。

 不良生徒のような風貌とは裏腹に、その文字は存外読みやすい綺麗な字であった。

 

「っしゃあ!んじゃアタシら談話室使わせてもらうんで!」

「一般開放されてるゲームスペースサイコー!きちんとゲームには金入れないとだけど!」

「んじゃ、先生が帰ってきたら談話室来るようにシクヨロ」

 

「わかりました。あっ、ゴミはきちんとまとめて捨ててくださいよ!そのままにしちゃダメですからね!!」

 

「わーってますって!」

「前そのままにした時にハジメさんにめっちゃキレられたからな」

「キレすぎて逆にソラさんに怒られてたハジメさんクッソ面白かったわ」

 

 ソラの言葉に返答しながら舎弟3人組は店から出ていった。

 宣言通り談話室へと向かうのだろう。

 

「ソラ先輩はアイツらとは知り合いか?」

 

「あっはい。ハジメさんのお友達の方たちですよね?前にハジメさんに連れられてシャーレに来た事があって、それからたまにこうして色々買っていってくれる常連さんたちなんですよ!いつもはもう一人、あの人たちのリーダーみたいな方がいらっしゃるんですが…」

 

「淡路島スザンヌだろう、私も顔見知りだ。こうして考えると、よくよく縁をつないでる人だな、センパイは」

 

「ほんとですね…ハジメさんが来てから私もシャーレの当番に来る人たちとお話する機会がとっても増えました」

 

 レジの中で二人で笑い合う。

 

 天気は快晴、事件もなく、襲撃もないシャーレビル内、エンジェル24。

 特に特別な事もなく、ありふれたいつでもある日常。

 

 故にその来訪もありふれた日常の一幕、そのはずだった。

 

 

「あっ、先生!おかえりなさい!」

 

 店内にて発注用のタブレットを操作していたソラは入り口の扉をくぐってきたその姿に声を上げる。

 

 入口をくぐった先生は店内を軽く見渡してからソラへと近づく。

 

"やぁソラ、サオリ"

"私のいない間にハジメから連絡があったりしたかな?"

 

 店内に目当ての人物がいなかったであろう先生は、ソラとサオリにそう問う。

 

「私の方には来てないな…ソラ先輩はどうだ?」

 

 サオリの言葉にソラは肩を落として首を振る。

 

「いえ、私の方にも特には…あの、ハジメさんに何かあったんですか?」

 

 ソラの問いに先生は少し気まずげな顔をする。

 その様子にサオリとソラはお互い顔を見合わせる。

 

「先生~、事務所の方とか見てもハジメちゃんはいないみたいだよ~。なんか変な不審者たちはいたけど~」

 

"ホシノ、ありがとう…ところで不審者って?"

 

「うん~、談話室の方でゲームしながらだべってるどこかで見たことがあるような不良生徒が3人くらいいたからとりあえずシロコちゃんとセリカちゃんが制圧して~…」

 

「せ、制圧!?ちょ、ちょっと待ってください!談話室にいる人たちは先生に用事があるって言うハジメさんのお友達ですよ!?」

 

「うへ、やっぱり?紛らわしい(不良生徒のような)恰好してるからとりあえずふん縛っちゃったよ~」

 

"急いで誤解を解きに行かないと!"

"ところでハジメのお友達っていうことは…"

 

「淡路島スザンヌと普段から行動を共にしている空木サンゴ、森家バンビ、清水カレンの3人だな。淡路島スザンヌは別行動のようだが…」

 

 先生がソラとサオリの方を向いて確認をすれば、サオリはすぐさまそう答え、ソラの方へと視線を向ける。

 

「これ、先生へお伝えしたい座標らしいです。聞かせたい音声ファイルもあるので帰ってきたら声をかけてほしいって…」

 

 ソラはカレンから渡された、座標と思しき数字の書かれたレシートを先生へと差し出す。

 

"…わかった、それじゃあすぐに談話室に行こうか。サンゴとバンビとカレンの安全を確保するためにも"

 

 差し出されたレシートを受け取り、胸ポケットへと収めた先生はホシノを連れてそのままエンジェル24の入り口をくぐり、談話室へと向かう。

 

「…やっぱり何かあったんでしょうか…先生だけじゃなくてホシノさんや他のアビドス対策委員会の方まで一緒に戻ってくるなんて…」

 

「そうなのか?シャーレには当番制というものがあると聞いたが」

 

「はい、当番でどなたか一人が先生のお手伝いに来ることはあります、でも皆さん揃ってというのは…何か理由があるんだと思います。催し物とか、そういう行事があるなら先生が前もって教えてくれるので違うと思いますし…」

 

 実際、何かの節目に生徒がこのシャーレに数多く訪れる時は先生から前もって教えてもらったことがある。

 生徒が多く訪れるということは普段よりもこのエンジェル24シャーレ支店の利用客も増えるからだ。

 普段はほとんど利用客の少ないこのエンジェル24シャーレ支店にとってはかき入れ時、ということになる。

 

「ふむ…それならソラ先輩も談話室へ様子を見に行ってはどうだ?」

 

「えぇっ!?」

 

「ソラ先輩もセンパイの事は気になるだろう。わからないことがあるならすぐに聞いて、疑問を共有してから提示される解決策をすぐさま実行すればいい…私はこのエンジェル24の新人教育でソラ先輩にそう教えられたが?」

 

「で、でも…き、勤務時間中ですし!」

 

「今日はまだ休憩時間を取っていなかったな。ソラ先輩、お先にどうぞ」

 

「ふぇっ!?で、でもですね…?その、対策委員会の皆さんまで揃ってるような何かが起こってても、私じゃ何の力にも…って、サオリさん?」

 

 レジの内側にある備品入れをごそごそと漁り始めたサオリに困惑するソラ。

 サオリはそこから普段使われることのない、展開すれば地面に直置き出来る立て看板を取り出す。

 

「考えてみれば二人シフトだからソラ先輩とは同時に休憩を取るという事はなかったな。いい機会だ。私たちも談話室で休憩でもしよう」

 

「えぇぇっ!?サオリさんっ!?」

 

「何、()()を置いていくし、談話室はすぐ先だ。誰かが来れば私なら気配で気づく」

 

 サオリはそう言いながら店舗の入り口に、「現在離席中、御用の方は大変お手数をおかけしますが少々お待ちください」と書かれた折り畳み式の立て看板(コレ)を展開してその場に置き、そのままソラの手を握り談話室へと歩き出す。

 ソラは後輩の後輩であり、短い期間とはいえ自分の後輩となったこの大人びた雰囲気を持つ女性が見せた強引さに困惑をしつつも、ある意味の納得をせざるを得なかった。

 

「…サオリさんって結構強引ですよね」

 

「むしろ強引に事を進めないソラ先輩がいい意味で私は気に入っているよ。何しろあのセンパイが敬愛を越えて崇拝してそうな人物なんだ、最初はこれでも身構えていたんだがな」

 

「ハジメさんは私の事をどんな風に吹聴してるんですか!?」

 

「それこそ本人に聞くべきだろう」

 

 サオリとソラはそんな言葉を交わしながら、談話室へと歩みを進める。

 そして二人は談話室となっている扉のない、オープンな入り口へと歩を進め、

 

 

 

『まぁ、結局ぼくはキヴォトスに害を成す存在だったわけだけども』

 

 

 

「…へ?」

 

 サオリに手を引かれ、談話室へと足を踏み入れたソラはそれを聞いてしまう。

 音声ファイルとして流されているその声は、ソラのよく知る声で。

 

 一瞬、頭が真っ白になるような感覚を受ける。

 しかしその音声が続いていることを思い出し、気を取り直し、ソラの大切な後輩の声にきちんと意識を傾ける。

 

 

 

 

『でもそんな風に色々してもらったぼくが結果としてこんな事態を引き起こしちゃったわけだ。だったらそういう立場はきちんと返上して、求められた役割を完遂して、きちんと恩返しをするべきだって思うんだよね?元々生徒じゃなかったわけだし、だったらそこは生徒以外の存在としてさ?』

 

 

 

 

"…っ!?そ、ソラ!?それにサオリまで!"

 

 先生が手元のタブレット端末(シッテムの箱)を慌てて操作し、音声ファイルは一時中断される。

 

 

 沈黙。

 談話室内にいる誰もが口を開かなかった。

 

 先生が、ホシノたち対策委員会のメンバーが、サンゴもバンビも口を開かない。

 部屋に響く音は、談話室内になぜか設置されているアーケード筐体から響くゲームのデモ画面から響く音。

 そしてカレンが先ほどまで縛られていた体をほぐすために体を伸ばし、猫のようなあくびをマイペースに放つ音だけ。

 

 

 そんな中、最初にその場で動いたのは、サオリだった。

 サオリはそのままつないでいたソラの手を引っ張り、談話室の入り口にほど近い、自動販売機とそれを飲むためのサイドテーブルが据え付けられたベンチまでソラを連れていき、そのまま座らせる。

 そんな様子を不思議そうに見つめる、カレンを除いた談話室内にいる先生を含む生徒たちの事など我関せず、といった体で自動販売機へと向き。

 

「ソラ先輩は何を飲む?少し頭をすっきりさせるために炭酸などはどうだろうか?それとも炭酸は苦手か?」

 

「炭酸は平気、ですけど…えっと、サオリさん?」

 

「そうか、実は私は炭酸が好みでな…最近飲むようになったのだが、最初は面食らったが慣れれば意外とクセになる」

 

 自動販売機のボタンを押し、ガコン、と取り出し口に落ちてきたメジャーな炭酸飲料のペットボトルを取り出し、ソラへと手渡して隣へ座るサオリ。

 

 部屋内の一同の視線はサオリに向かっているが、当のサオリは我関せず、という態度を継続してペットボトルの蓋を捻る。

 炭酸飲料の開封時独特の、プシッという音が常よりも妙に大きく、部屋に響く。

 

 サオリはそのままペットボトルに口をつけ、一口。

 こくりと喉を鳴らし、ペットボトルから口を離し…

 

「ふぅ…どうしたソラ先輩。あまり好きな商品ではなかったか?」

 

「い、いえ…あ、ありがとうございます?あ、お金…」

 

「いや、ここ数日ソラ先輩には世話になっているからな…そうだな、ソラ先輩へのリスペクト、というんだったか」

 

「…それ、多分使い方違いますよ」

 

「むっ、そうか…センパイが普段からソラ先輩への感謝を隙あらば言ってくるからこういう類のことだと思っていたのだが…私もまだまだ浅学だ」

 

「…ふふっ、サオリさんってたまに天然ですよね?」

 

「天然…ソラ先輩にまで言われてしまうほどなのか、私は…」

 

 ソラから漏れる微笑、苦渋の表情を浮かべるサオリ。

 部屋内の空気は、最初に二人が入ってきた時にくらべ、かなり弛緩したかに見えた。

 

「さぁ、先生。私とソラ先輩は見ての通り休憩に来ただけだ。気にすることは何もない。こちらを気にせず()()()()()()()()()()()()

 

 そう、サオリが先生にそう水を向けるまでは。

 

"…サオリ、それは"

 

 

 

 

 その時だった。

 

 談話室内に存在する映像媒体の画面がすべて、切り替わる。

 自動販売機の液晶が、ゲーム筐体の画面が、何台か据え付けられたPCのモニターが、同じく置かれたテレビの画面が、中央奥に吊り下げられた、大きなプロジェクターが、各々の携帯端末に至るまで。

 

 先生がその手に持つ、タブレット端末(シッテムの箱)を除くすべての映像を出力する機器が、同じ画面を映していた。

 

 

 

 

『…え?もう入ってるの?ってかやっぱこれぼくがやるの?』

 

 

 

 その画面に映る少女に各々が様々な反応を見せる。

 

 

 

『んっん…あーてすてす…こんにちは、キヴォトスの皆さん。ぼくは耽溺型絆培養神秘簒奪効率化機構の管理端末をしています、安納ハジメです』

 

 

 

 先生やアビドス対策委員会の者たちは、息を呑んだ。

 サンゴとバンビは困惑した。

 サオリは首を傾げながらも手元のペットボトルに口をつける。

 カレンは新たな袋菓子を開封していた。

 

 ソラは目の前に映し出されたその光景をまっすぐに見つめる。

 

 

 

『まぁ、ここ最近色々なところで色々と悪さを働いていたわけですが…そのへんはごめんな…え?謝らなくていい?謝らない方がいいって?うへぇ…』

 

 

 

 映像の中のハジメは画面外の何かに話しかけながら、嫌そうな声を出す物の、その表情はまったく動かさない。

 その様子に、ソラは目が離せない。

 

 

 

『あーまぁ、NG入っちゃったので説明とかそのへんはこちらが指名した信頼できる人へ説明するってことらしいので。でまぁ、ぼくらの目的は、と言いますと』

 

 

 

 そう言って、ハジメは右手の人差し指を立て、顔の高さまで上げる。

 

 その瞬間、どこからか、何かが隆起するような音が響く。

 談話室にいる者たちはその音と振動に視線を巡らせる。

 談話室内に置かれた様々な物品は多少は揺れど、なぎ倒されたりといった様子はない。

 

 サオリは動かない。

 ソラは、目を離さない。

 

 

 

『このキヴォトスに終焉を。ぼくたちはそのために創られた…とはいえ、そう言われてはいそうですか、なんて受け入れられませんよね?』

 

 

『ですので、わかりやすくしましょう。ぼくらとキヴォトスの皆様。どちらが生き残るのかをわかりやすくキヴォトスらしく、決めましょう』

 

 

 画面が切り替わる。

 切り替わった映し出されたのは、城かと見紛う外観。遠目からはまるで石造りにも見えるその威容は光を反射して不気味に煌めく。

 大小様々な歯車がかみ合わさり、稼働音が辺りに絶えず鳴り響く。

 

 

『それにふさわしい舞台も用意しました。見える人には見えてるのかな?こちらがぼくらの拠点、"耽溺のオントロジー"です。まぁ、名前の通り…耽溺、ぼくらがやってた悪い事なんですが、その効果を増幅させる素敵な拠点となっております』

 

 

 誰もが動かず、各々が画面を凝視する。

 サオリは飲み切ってしまったペットボトルに再度口をつけ、空であることに気づき、ため息をつきながらラベルを剥がす。

 ソラは目を逸らせない。

 

 

『とはいえ本稼働にはチャージが必要でして…今から94時間ほどかかります。その94時間の間にぼくらを殺せばキヴォトスはこれまで通りの平穏に戻る事でしょう。ですが』

 

 ソラが息を呑む。

 ハジメの口から出た、とある言葉に雰囲気は一気に剣呑としたものになる。

 ある者は目を見開き、ある者は眉を顰め、ある者は目を閉じて頭を抱える。

 

 ソラは。

 

 

『94時間を超えたらキヴォトスは完全にぼくらと共に沈んでもらう…先生が悪いんだよ?ぼくを生徒になんてしようとするから…』

 

『それじゃあ…宣戦布告は終わり。安納ハジメぼくら一同、キヴォトスの皆様のご来訪をお待ちしてます…待ってるからね?せーんせ』

 

 

 

 最後の言葉の後に、それまで表情をまったく動かさなかったハジメは、最後に薄く、何かに焦がれるような微笑みを浮かべ、そうして映像は途絶えたのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ─94

 

 

 

 目を開く。

 

 キヴォトスへの宣戦布告を終えたぼくはふぅ、と息をついてでっきーが用意していた会議机の椅子に腰かける。

 

 やった。

 やってやった。

 

 キヴォトスに…先生に対しての宣戦布告。

 これでぼくはこのキヴォトスという箱庭に置いて明確に敵であると認知させられたことだろう。

 

 あとはこの溜まりに溜まった神秘を根こそぎ使い切るために全力を尽くすだけ、か。

 

 現在地はでっきー命名、耽溺のオントロジー第4層。

 でっきーが用意してくれた机をぐるっと囲んで時計回りに、ゲヘナのぼく、トリニティのぼく、ミレニアムのぼく、アビドスのぼく。

 円形の机の中央にはホログラムで上半身だけ空中に投射されてるでっきー。

 

 席に着いたぼくが一同を見渡せば全員が全員ぼくをジト目で見ているのがわかる。

 

「…何さ」

 

「先生が悪いんだよ?」

「ぼくを生徒になんてしようとするから~?」

「クッソ卑しい…卑しくない?」

 

「あ、あれはああ言っておけば余計ぼくの我儘っぽさが出て好都合だと思ったから…」

 

「聞きましたお隣の安納さん?」

「先生に爪痕を残そうとしてるだけじゃんね?」

[かーっ!卑しか女ばいっ!]

 

 なんだ安納ハジメ(コイツ)ら!?

 っていうかでっきーさん!!??

 

[はぁ、この耽溺のオントロジーも当初の想定に比べれば随分と大きくなってしまいましたねぇ、まるで誰かさんの無駄にデカい尻のようです…せめてその慎ましやかな胸程度で事を済ませてくれればここまでの規模にならずに済んだはずですのに]

 

「「「「「ころちゅ」」」」」

 

 はい戦争~~~~~~。

 ってかその罵倒等しくぼく(安納ハジメ)ら全員に刺さってんだよなぁ~~~~~~~。

 

[まぁ起こってしまった事に文句を言っても無意味。今後の流れについて改めて説明し、動きましょう。そもそも部品(パーツ)のあなた方では私を害することはできないでしょう。私は?あなたがたを?処せますが?]

 

「「「「「これで勝ったと思うなよ…」」」」」

 

[もう勝負ついてますから。さて、前述通り、準備は整いました。宣戦布告もしました。なのでこれからはキヴォトスの皆様にきちんと戦意を抱いていただくために、用意した戦力でもって侵攻を行いましょう。この溢れんほどの神秘を燃料に数だけは揃えた機械の軍勢を、ね]

 

 でっきーはそう言って自分の姿を映している中央のホログラムの画面を切り替える。

 

 画面上に映し出されたのはドローンや機械兵、そして大型で威圧感を放つ重厚感の機体、同じく大型だがこちらはシャープなフォルムの機体を映し出す。

 その機体はどれも蒸気と歯車の機構で動く、今のキヴォトスの技術から見れば少し遅れた、そのような印象を受ける。

 

「何度見ても不安があるけど…いや、大型はまぁ、いいけどさ。ドローンや機械兵までこの旧時代っぽいデザインなのはなんか弱そうじゃない?」

 

[事実性能は劣る面も多いでしょうね。特に強度は…ですがこれでいいのです]

 

「こちらの勢力だと識別できねば意味がない、ね。まぁその通りではあるんだけどさぁ」

 

[基本的にドローンと機械兵はただ数を見せるための手段ですからね…本命はこの大型2体…ブルートジャスティスとクルーズチェイサーです、この2体が制圧された時点でその学区の防衛側の勝利となるでしょう。まぁ、これらは神秘が保つ間はいくらでも再構築できます。どの学区もこちらの拠点へと送れるのは少数精鋭として幾人か…ということになるでしょう。特に耽溺した三大学園は]

 

「アビドスがあればなぁ…」

 

「…しょーがないじゃん、アビドスのぼくは設定上そんなに突出した強さの理由がないし、リスポーン直後に準備万端の狐坂を一人で打倒するとか無理に決まってるだルルォ!?」

 

「「「「[それはそう]」」」」」

 

「百鬼夜行や山海経、レッドウィンターあたりはどうかな?」

 

[今回のミッションに関してはそこまで考慮に入れる必要はないでしょう。このミレニアム郊外まで制限時間内に手を打つほどの義理もないでしょうし。組織としては、ですが]

 

「まぁ、ほとんど行ったことないからね…何人か当番で来た子と話したことがあるくらいで」

 

 その言葉に軽い沈黙が落ちる。

 

 誰もが思い、誰もが口にはしなかった。

 いつかは行ってみたかったな、などという愚かな考えは。

 

 

 

[…話を戻します。侵攻を開始すれば各地域で抗戦が開始され、大多数の戦力はそこで制限時間の間は足止めができるでしょう。そして]

 

「ぼくらの目的の通り、先生が来る。少数精鋭でね」

 

[その通り。私たちはその先生を足止めするため、入り口と各層に展開し、これを足止めします。各人、全力で抵抗をお願いします。権能は出来うる限り利用できるようにしてあります。各々、その役割(キヴォトスの敵)を完遂し、盛大に死に花を咲かせるように]

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 中央のホログラムが切り替わり、無表情の白髪の少女、でっきーへと戻る。

 

 

 

[それでは配置の確認を。まず入り口、アビドスの安納ハジメ]

 

「うーい、また泣かされないようにがんばりまーす」

 

[1層、ミレニアムの安納ハジメ]

 

「はいはい、まぁメイドさんなのでおもてなしはしっかりさせてもらいますとも」

 

[2層、トリニティの安納ハジメ]

 

「へいよー、まぁ、トリニティではお姫様とのダンスに興じてたからね、幕引きもしっかりとやるさ」

 

[3層、ゲヘナの安納ハジメ]

 

「おうよ、まぁ耽溺の深度と開始時期で言えば最強最古なんで?なんなら後ろの出番ないかもね?」

 

[…そして最終層、4層。安納ハジメwith私です]

 

 全員の目が、ぼくを射貫く。

 

 アビドスのぼくが、ミレニアムのぼくが、トリニティのぼくが、ゲヘナのぼくが。

 

 やり遂げろ、と。

 しくじるな、と。

 

 

 

 

 お前(ぼくら)はここで死ぬべきなのだ、と。

 

 

 わかってる。

 

 ぼくらはぼくらの役割ををやり遂げよう。

 

 だってぼくらは。

 

 

 ─ぼくは。

 

 

 

 キヴォトスの敵(存在するはずのない異物)なのだから。

 

 

 

[それでは皆様、準備はよろしいですか。我々の目的を。耽溺のオントロジー攻略戦を。遍く安納ハジメの終焉をはじめましょう]

 

 

 終焉(フィナーレ)にどう至るか。

 

 挙げればキリがない、大切な人々の顔が浮かぶ。

 

 ソラ先輩、先生、他にもたくさん。

 大好きな人たちもいれば、気に食わないやつらだっている。

 

 それでも、出会った誰もがぼくには宝物で。

 

 

 

 だからぼく(安納ハジメ)は祈る。

 そんな資格なんて、ないのだろうけど。

 

 

 

 ああどうか。

 

 このはた迷惑なやらかし(安納ハジメの原罪)が収束したならば。

 

 どうかキヴォトス(楽園に過ごす全ての者)の行く手が穏やかでありますように。




[耽溺のオントロジー起動編終了。
侵攻編が開始されます。
階差機関デウス・エクス・マキナの管理AIをヒューマノイドインターフェースへと移設します]

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