ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女に言葉を繋ぐ


Interval of live and death

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-82

 

 

 

「前に出てる人たちは一度下がってください!」

 

 コハルの指示に正義実現委員会の生徒たちは乱れることなく隊列を組みなおす。

 前線に展開していた生徒たちはその指示を受け、一斉に下がり、ずらりと一列に隊列を成し、機械兵たちにその銃口を向ける。

 

「手榴弾投擲!5、4、3、2…今!」

 

 その号令と共にコハルは手にした金色にカラーリングを施された手榴弾を正面の機械兵集団へと投擲する。

 それと同時にコハルの周囲に展開していた正義実現委員会の生徒たちも同じように各々の手に持っていた手榴弾を投げ放つ。

 

 宙を舞う色とりどりのソレは敵の集団へと吸い込まれるように放り込まれ、刹那。

 

 

ドッガァァァァァァン!!!!!

 

 

 爆音。

 

 敵陣の前線へと投げ込まれたソレは少しの間と共に次々と破裂し、その破片を、衝撃を、破壊の結果を敵前線へともたらす。

 

「次の投擲の準備を!予定は5分後!前線隊の人は待機組と交代して休んでください!負傷者はすぐ後方の救護騎士団に向かってください!どんな軽傷でもです!!」

 

「コハルちゃん!次の投擲に使う手榴弾が少し不足してる!」

 

「下江さん!右翼側が想定より火力が出てなくて残ってる!!」

 

 コハルの指示に対して数人の正義実現委員会の生徒たちが同じように声を張り上げる。

 本来下江コハルという生徒は、こうして前線で指揮を執るような生徒ではなかった。

 

 それがこの場では前線で指揮を飛ばしている。

 少し前のコハルであればこのような事はできなかったであろう。

 気概はあれど立場が及ばず、その身は未だ、理想に及ばず。

 

 しかし、そのコハルが今この前線において指揮を執っている。

 それはコハルが彼女と積み上げた、紡ぎあげてきた日常。

 それをコハルの背に見ているから。

 日常を送るコハルの背を見てきたから。

 

 …それはそれとして、この場で指示を出すのに最適であるからでもあるのだが。

 コハルがこの場の指揮を執るのに最適な理由はそう、

 

「コッハールちゃーん♪私の出番まだかなー?」

 

「ミカ様はまだステイ!予測上あと3分くらいであの飛行型がまた出てきますからそれをリスキル!」

 

「りょーかーい♪」

 

 ティーパーティーの力の象徴(聖園ミカ)が素直に指示を聞くような人物は、この正義実現委員会には一人しかいなかったからなのだが。

 

「出現位置、固定。進軍速度、一定。リスポン速度、変わらず。つまんないゲームだねぇコハルちゃん」

 

 ミカは笑顔のままで現状に辛辣な評価を下す。

 大型特機に肉薄をするツルギの姿にちらと視線を向けながらミカが下した評価。

 

 つまらない。

 何も変わらない戦況に歯がゆい思いはあるが、ティーパーティーが、正義実現委員会が全力で抵抗をしているこの現状は、戦闘開始からほぼ動きがない。

 

 今戦闘が展開されているこの場以外でも、戦闘区域に近い、危険な場所になりそうな地域での避難作業などを行っているシスターフッドや救護騎士団、そして自警団をはじめとした一部の生徒たち。

 各々が動いている。

 手が足りない。

 現状を動かすには、どうしても今一手がほしい。

 

 こんな時、コハルの後輩(ハジメ)ならばどうしただろうか。

 コハルの頭にふとよぎった疑問を、軽く首を振ることによって払う。

 

 今この場に彼女はいない。

 ならば今考えるべきは彼女がどうするかではない。

 彼女の隣に立つために、どう在るか、だ。

 

 コハルが知る後輩(彼女)ならばどうするだろうか。

 

 現状打つ手がなく、現状維持をするしかないならば。

 

「つまらなくても現状維持!増援が来れば相手を押し止められてる現状を覆せますから!」

 

「えー?もう私がまたぐわーっと突っ込んじゃえばよくない?」

 

「最初にそれやって一気に囲まれたの忘れたんですか!?」

 

「囲まれたけど別にあいつらよわっちいし…」

 

「ダメです!ミカ様は現状あの飛行型に即応できる唯一の戦力なんですから!!我慢してください!!」

 

「ぶー☆まぁコハルちゃんの頼みだから聞いてあげるけどさー?」

 

 頬を膨らませながらミカは愛銃【Quis ut Deus】の銃身を空へと向ける。

 

 その向く先は幾何学的な光が渦を作る中心へと。

 

「タイミング、お願いね?」

 

 ミカの言葉に頷き返し、コハルは空に集まる光の渦をじっと見つめる。

 彼女と出会って、コハルはよく物を見るようになった。

 周りを見るようになった。

 違いを、探すようになった。

 

「およそ5秒…3、2、1今っっ!!」

 

 コハルのその言葉と同時に放たれる銃弾は粒子がそのまま飛行型の形を成すその瞬間、空から降り注ぐ隕石と共に地面へと叩きつけられ、轟音と共に辺りに展開していた機械兵を巻き込み薙ぎ払われる。

 そして爆風と共に渦巻き空へと広がった光の粒子はゆるゆるとゆっくりと時間をかけ、また上空へと集まり始める。

 

「うーん、作業だね☆」

 

「作業になるようにしてますからね、ミカ様以外結構必死ですからね!?」

 

 ミカにそう答え、再度の指示を周囲へと出すコハル。

 それを見るミカの瞳は優しい。

 今のこの場を取り仕切るコハルへと注がれる他の正義実現委員会の生徒たちの視線はミカへと忖度をしているだけのものではない。

 それは彼女の隣で彼女の先輩であろうとするコハルを皆が見ていたから。

 

「そろそろ次の敵の攻撃に備えます!次の爆撃用の手榴弾を用意するので前線の皆さんには少し負担をかけてしまいますが…」

 

「その必要はないよ、コハルちゃん」

 

「へ?」

 

 ミカの言葉にコハルや正義実現委員会の生徒たちが視線を向けたその時だった。

 

「───この弾丸に祝福を」

 

 その隊列は乱れず真っ直ぐに突き進む。

 

「恩寵に感謝を」

 

 黒き衣に身を纏った神の僕たちは、まるで一つの生き物であるかのように、まったく同じ動作で各々の持つ銃へとマガジンを装填する。

 この戦場という場に置いて、戦闘音にかき消され、気にもならないはずのその装填音が、獰猛な獣の唸り声のように重く響く。

 

「…我らに恵みを与えたまえ。ただいまを以てこの前線はシスターフッドが支えます。正義実現委員会の皆さんは一度お下がりください」

 

 その黒い衣の集団、シスターフッドの面々の中心にいた人物、歌住サクラコの言葉を受け、シスターたちが前線へと駆ける。

 

「正義実現委員会の方々は一度こちらへ!弾薬などの支給品を運んできました!今は私たちシスターフッドで前線を抑えます!一度下がって体力の回復と装備の点検に努めてください!!」

 

 サクラコが立っている場所からさらに少し後ろ、遠目にはいつの間にか簡易で作られたであろうテントと物資が置かれた拠点のようなものができていた。

 そこから向かってきたであろう、伊落マリーと、とても大きなリヤカーを引いた若葉ヒナタの姿が見える。

 

「お、重たい装備や動くのも大変な人がいたら私が運びます~。こちらのリヤカーへどうぞ~」

 

 必死に声を張り上げるヒナタだが、その声は、リヤカーの重量感とは裏腹に、小さかった。

 

「さ、サクラコ…様?その、これは一体どういう」

 

「正義実現委員会にばかり任せるわけにはいきませんので」

 

 状況で、と確認をしようとするコハルの言葉にサクラコは常の微笑を浮かべながら言葉をかぶせる。

 

「…へ?」

 

「…それと、下江コハルさん。あなたはシスターフッドの所属ではありません。そのような敬称をつけることは不要ですよ」

 

 心中の読めない微笑を浮かべながらそう言葉を返したサクラコの言葉を聞いて、内容を吟味し、コハルは。

 

「ま、待ってください!た、確かに私みたいな若輩が指揮を執っていたら不安になるかもしれませんけど、確かに戦線は膠着してましたけど決して劣勢にはなってないんです!」

 

「…えっ?あ、はいそれは…」

 

「正義実現委員会の皆もこんな私の指示に従ってよくやってくれてます!戦線が押し返せてないのは私の力不足なんです!」

 

「えっ、あの…?いや、その、下江コハルさん…?」

 

「はいはい、コハルちゃんチルしよー、チルー」

 

 チル、と言いながらコハルの口元を抑えるミカ。

 むぎゅ、と口を抑えられ、溢れていた言葉を止められたコハルはその手を剥がそうと試みるが、ミカの手はコハルの力ではびくともしない。

 せめてもの抵抗を、とサクラコを見据えるが、だんだんとその瞳に何かが溢れてくる。

 コハルの胸中に黒い何かが満ちる。

 

 この場にいたのが自分ではなく、後輩であったなら、こんなことにはならなかったのではないか、と。

 

「はぁ…浦和ハナコ、せつめーい!!」

 

「ふふっ、それでは説明いたしますね」

 

 そう言って、サクラコと、ミカに押さえつけられたコハルとの間に、ハナコが歩み出てきた。

 

「まず、誤解のないように伝えておきますと、トリニティ自治区内の避難誘導や拠点設営などはほぼ終えることが出来ました。なので組織的な戦力が運用できるシスターフッドも正義実現委員会やティーパーティーの皆さんと一緒に今回のこの事件の解決のために鎮圧へと参加することになりました。サクラコ様の部隊がこちらへ来たのは特機が2体展開されているこの場所が一番の激戦区だから、ですね」

 

 いつの間にかミカの拘束が解かれていたコハルは、ハナコの言葉に目を見開く。

 ミカはサクラコとハナコへと胡乱な目を向けている。

 サクラコはその視線にどこか気まずそうだ。

 ハナコにはどこ吹く風、だが。

 

「と、いうわけで不足しているであろう装備や、長時間こちらで敵を食い止めていた正義実現委員会の皆さんにはまず休んでいただいたり装備の点検などをしてもらうためにシスターフッドが先にこの戦線を維持します。そしてその後は正義実現委員会とシスターフッド協同で作戦を続行する手筈です…正義実現委員会の皆さんが尽力してくれたから、こうして次なる作戦段階へと移行できたのです。正義実現委員会とシスターフッドの共同作業ですよ♥」

 

「なっ!?こんな時に何変なこと言ってるのよ!!」

 

「あら♥普段はなるべく不可侵のような大きな勢力が手と手を取り合って臨む素晴らしい光景の事を言ってますのに…コハルちゃんにはどういう風に聞こえたのでしょう♥」

 

「なぁっ!?エッ…」

 

 と、いつものようにハナコへと叫ぼうとしたコハルはサクラコやミカ、周りの人間の視線がこちらへと向いていることに気づき、口元を抑え、わざとらしい咳ばらいをする。

 

「んんっ!バカなこと言わないで!それでハナコはどうしてここにいるのよ!」

 

「…それは私から説明いたしま」

 

「あ、歌住サクラコは今は黙ってて」

 

「えっ」

 

「そうですね、平時なら問題ないですが今はサクラコさんはお静かに」

 

「えぇっ…!?」

 

 ミカとハナコの辛辣な言葉にサクラコはお腹が痛いかのような辛そうな顔をして肩をがくりとおとす。

 先ほどまで抱いていた印象とはまるで違う姿にコハルは面食らう。

 

「まぁ、端的に説明しますと…この場は私とシスターフッド、そして正義実現委員会の真奈咲レイさんが引き継ぎます。コハルさんとミカさんは一度体を休め、次の作戦区域へと移動していただきます」

 

「うん、引き継ぐよー。まぁ、私は指示出しするだけだからほとんど浦和さんに任せることになっちゃいそうだけどー」

 

 そう言ってハナコの横に立ち、コハルへと手を振るのは正義実現委員会真奈咲レイ。

 ハジメとはハケンで正義実現委員会へと出向してすぐの時期から窓口として対応をしていた付き合いで仲が良い生徒だ。

 学年はコハルよりも一つ上の先輩で、ハジメと共に色々教わっている時にお世話になった人だ。

 

「はい、レイさんにも指示を仰ぐことにはなると思いますが…基本的には先ほどまでのコハルちゃんの指揮をベースに最小の被害でこの前線を維持します。コハルさんとミカさんはその間にこの事態の元凶そのものをどうにかしてもらう、というのが本作戦の主旨ですね」

 

「元凶、って…」

 

「それはもちろん…安納ハジメ。今回の件の首謀者ですね」

 

 コハルが呟いた言葉に答えたのは、サクラコ。

 

「彼女が起こした今回の一連の騒動…規模に対して被害はさほど出てはいませんが、それでも罪は罪。彼女にはきちんとその償いを求めなければなりません」

 

「…っ!それは…!」

 

「…サクラコさん」

 

 ハナコがサクラコを止めるように名前を呼ぶが、それに対しサクラコは目を閉じて軽く首を振り、言葉を続ける。

 

「いいですか下江コハルさん。今回の件は()()が目を瞑れば収まる、というような規模の話ではありません。ハジメさんには相応の態度で以てですね…」

 

「…だったら…だったら私もその罰を一緒に受けます!」

 

「…へっ?」

 

 コハルが涙を湛え、それでも真っ直ぐにサクラコを見つめそう宣言する。

 

「え、いえ…あの、下江コハルさん…?」

 

「確かに…あの子が今回したことはすごく規模が大きくて、よくないことだって思います…でも、でもそんなことをやらかす前に止められなかったのは私です!」

 

「いやいやいや!?それは流石に気にし過ぎでは…」

 

「…でも!だから私も一緒に怒られてあげるべきなんです!だって…だって私は!」

 

 コハルはいつの間にか俯いていた自身に気づく。

 胸に当てた手のひらをぎゅっと握りこみ、決意と共にその眦を上げ、サクラコへと視線を真っすぐに向ける。

 

「私は!あの子(安納ハジメ)の先輩だからッッッ!!!!」

 

 そう宣言したコハルは、覚悟を以てその視線をシスターフッドの長である歌住サクラコへと向ける。

 あの秘密主義のシスターフッドがわざわざ宣言する罰とはどんなものであるか、想像するだけで少し足が震えるけれど。

 それを可愛い後輩が一人で受けるだなんて、コハルには耐えがたかった。

 悪には制裁を、不義には鉄槌を。

 罰とは自省を促すための手段である。

 

 それでもコハルが一緒にその罰を分かち合えるなら。

 あの後輩にはきっとその方が罰になるだろうから。

 

「…サクラコさん、もうちょっと先に行っててもらえます?」

 

「えっ、いえ、その何か誤解があるようで、」

 

「先に、行ってて、もらえます?」

 

「…はい…」

 

 笑顔のハナコからの圧に、サクラコはがっくりと肩を落としたまま、前線へと歩き出す。

 その背中は、哀愁を漂わせる何かがあった。

 

「…えっ?あれ?」

 

 その姿にコハルは面食らうが、ハナコははぁ、と軽く息をついてから、コハルへと語り掛ける。

 

「えぇと、コハルちゃん。サクラコさんはまぁ、少々、かなり…いえ、甚だしくわかりにくい所がありますが…シスターフッドも、ティーパーティーも、もちろん正義実現委員会も、そう重く事態を捉えるつもりはないみたいです」

 

「…そう、なの?」

 

「えぇ、本人が出てきてごめんなさいをして…そうですね、ちょっと奉仕活動とかお手伝いをすれば丸く収まるのではないでしょうか?」

 

「よ、よかったぁ…」

 

「わわっ、コハルちゃん大丈夫!?」

 

 ハナコの言葉を聞き、体から力が抜けたコハルはそのまま座り込みそうになるところをミカに支えられる。

 

「あっ、ミカ様、ごめんなさい…」

 

「ぜーんぜん!コハルちゃんがんばってたもんねー☆」

 

「あぅ…」

 

 力が抜けてしまったコハルを支えたミカはそのままコハルの頭を撫でまくる。

 なんだか色々ありすぎたコハルはそれを恥ずかしいと思いながらも振りほどく気力もなくされるがままになっていた。

 

「よーしコハルちゃん!それじゃあ最後にもうひと踏ん張り!行こっか?」

 

「…ふぇ?」

 

「よっこいしょー☆よし、それじゃハナコちゃん!あとはよろしくねー☆」

 

「うえぇっ!?ちょ、ミカ様!?なんでお姫様抱っこ!?って早い!?なんで軽々と私を運んでるのーーーーっ!?」

 

 ミカはそのままコハルを抱き上げ、ものすごい速度で拠点のテントの方へと言いたいことだけ伝えて走って行ってしまう。

 コハルの叫びはだんだんと遠くなりあっという間にテントの中へと消えていった。

 

「…うふふ、運転手と護衛の人たちによろしくと伝える暇もありませんでした」

 

「うーん、相変わらずパワフルですねーミカ様は。それで、浦和さんも準備はいいですか?サクラコ様とナギサ様の指名とはいえいきなりの実戦ですけれど」

 

「そうですね…実戦はまぁ、片手で数えるほどですが。そのためのレイさんとサクラコさんの補助ですからね。まぁ、やり方はさっきコハルちゃんに見せていただきましたし…あぁでも」

 

「何か不安要素がー?」

 

 レイの問いかけに、ハナコは現在シスターフッドの部隊が抑えている前線と、その上空へと集まる光を帯びた粒子へと視線を向ける。

 

「少し失礼…はい、こちら浦和ハナコです。今から指定する座標に遠距離部隊の方々で一点集中で最大火力をお願いします。はい、座標は…えぇ、着弾は73秒後。誤差は5秒以内で。ずれるのなら少し後に。はい、よろしくお願いします…ふぅ、お待たせいたしました。特に不安要素は今のところはないのですが…」

 

「それは結構なことですねー。ところで今の指示は」

 

 そう話しているレイとハナコの視線を向ける上空に空を舞っていた光の粒子が集まっていく。

 

「っ!飛行型特機の顕現事象を観測!!浦和さん!すぐに迎撃指示を!!」

 

 それは先ほどまで、ミカが一人で対処していた飛行型特機、クルーズチェイサーが形を成して現れようとしている事象だった。

 それはミカとコハルの火力と指揮が合わさってはじめてなし得ていたリスキル、それを今からは別の手段で対策をしなければならない事態だった。

 

「不安というか不満な点がひとつ、ありまして」

 

「不満!?いえ、そうではなくてですね!?」

 

 粒子は集まり、それはもうほぼ形を成していた。

 あの特機はその巨躯に見合わぬ機動性で戦場をかき回す。

 だからこそのリスキル作戦。

 それがあっての安定した戦線。

 このままではその空を飛び回る巨躯に手を焼かされてしまうだろう。

 

 粒子が完全に特機の形を型作り、まさに大空を駆け回ろうとした刹那。

 

 クルーズチェイサーはとめどない遠距離砲弾が雨荒らしと降り注がれ、その巨躯は空を舞い踊る事もなく、まるで窓から投げ捨てられた雑巾のように地面へと引きずり降ろされ───

 

 

 

ズガァァァァァッ!!!!!

 

 

 

 大きな爆発と共に、叩き落とされた周囲の機械兵と共にまた光の粒子へと戻り、空を飛び交う。

 

「──え?」

 

 真奈咲レイは指示を飛ばすべき場面で雑談を続けていた臨時の指揮官である浦和ハナコを諫めるために開いていた口を閉じ、その光景を呆然と見つめる。

 

「こうして相手を詰めても、それをされた時の表情が見えないじゃないですか?それが少し…物足りないですね」

 

 ハァ、ととても残念そうな、なんだか少し物足りなさそうな切なげな表情で吐息をついてハナコは続ける。

 

「ハジメちゃんとの盤上遊戯の時はとても楽しかったんですけどね…あの子は負けた時、とっても悔しそうな表情をしてくれるので…」

 

「…ちなみに、戦績は?」

 

 物憂げな色気を醸し出しながら歩き出すハナコの隣に立ち、先ほどの狙撃はどういった絡繰りなのか、という疑問を持ちつつも、レイはそう問う。

 その問いにハナコはにんまり、と妖艶な笑みを浮かべて、

 

「10本先取で毎回私の11戦全勝で1億10勝ですね♥」

 

「計算方法が何かおかしい!?」

 

「泣きの一回で最後が毎回1億勝分だったもので…」

 

「手心とか…ないんですかー?」

 

「まぁ、ありませんよそんなもの」

 

 ハナコはばっさりとそう言って、笑顔で続ける。

 

「だってあの子、手心なんて加えたら拗ねてしまうじゃないですか」

 

 そこが可愛んですけれど。

 などとくすくすと笑いながら続けるハナコに、レイは友人が悔しがりながらも全力で挑んでいるであろう姿が容易に思い浮かんだ。

 そして、手心を加えたりしたらそれに憤る姿も、容易に想像できてしまった。

 

「さぁ、コハルちゃんとミカさんがあの子を連れて帰ってくるまではこの退屈な戦場を被害のひとつもなく完膚なきまでに抑えておきましょうか。そして私と一緒に【盤上遊戯で100勝しないと出られない部屋】に篭ってもらいましょう♥」

 

「…それ、ハジメさん一生出られなくない~?」

 

「ふふっ、私と一緒に出てくるので無事ですよ?」

 

「うひ~、おっかな~い…それじゃ、浦和臨時司令官。指示をよろしく~」

 

「ええ、頼りにしてますよ、皆さん」

 

 そんなハナコの返事を聞きながら、果たして自分たちに指示伝達以外に頼りになる部分はあるのだろうか、という疑念が沸くが、一度頭から追い出す。

 今はただ、あの友人(ハジメ)先輩(コハル)に引っ張られて無事に帰ってくることを祈るばかりだった。

 まぁ、帰ってきた後の無事は、保証できかねるのだが。

 

 

 

 

 

「コハルちゃーん!指揮お疲れ様~!すっごいやりやすかったよ~」

「下江もこの短期間でえらく成長したなぁ~!」

「この後さらに特殊作戦でハジメちゃん奪還にも行くんでしょ!?がんばって~!!」

 

「えっえぇっ!?」

 

 テントにたどり着きミカから解放されたコハルは一気に先にテントで休息をとっていた正義実現委員会の委員たちに囲まれて声をかけられた。

 皆が口にするのは賞賛。

 努力はしていた。

 しかし少し前ならば、いや今でも。

 その過分とも言える皆の言葉は誰のおかげか。

 

「い、いやでも…今回はその、たまたま噛み合ったって言うか…その、それこそハジメだったらもっと上手く…」

 

 だんだんと小さくなっていく声。

 しかし、その最後まで紡げなかった言葉は、しんと静まり返ったテント内では誰もが聞き逃さないほどに良く響いた。

 

 コハルも言っている途中にふと気づいてしまった。

 今回のこの事態はそもそもその後輩のやらかした事だった。

 今この場で口に出すべき名前では…

 

 

 

 その瞬間、ドッ!とテントの中にいた正義実現委員会の委員が吹き出すように笑い出した。

 

「あっははははは!ハジメちゃんが指揮してたらあんなにスムーズにみんなで戦うのは無理じゃんね?」

 

「さっすがミカ様!わかってるぅ~!!」

「いやー無理無理!今回の戦い方はコハルちゃんだからこそでしょ!」

「そもそも安納はツルギ先輩タイプでしょ、自分が最初に突っ込む!今日の下江くらいこっちを使ってくれてもいいのになぁ~!」

 

「「「わかる~!!!」」」

 

 ミカが声を上げた瞬間、周囲の生徒たちも同意をしはじめ、テント内は爆笑の渦に包まれる。

 

「え?へ?あれ?」

 

 コハルは周囲の雰囲気に頭がおいつかず疑問符を浮かべながら呻くだけである。

 

『さて…皆様、英気を養えていますか?』

 

 テント内に響いたその声、全員が目を向ける。

 その声の出所は、入り口付近、ミカの隣に立つ二人の生徒、その内の一人が両手で持ち、こちらに向けているタブレットの画面から発されたものだ。

 

 そのタブレットを持つ生徒は、阿慈谷ヒフミ。

 有事の際に良く浮かべている、少し困ったような笑顔を浮かべた表情だ。

 そのヒフミの隣、ミカとヒフミを挟むようにして立っているのは…

 

「いやアンタはなんでガスマスクしてるのよ!?」

 

 コハルの当然の疑問に周囲の生徒も頷く事しきりだが、それに対してその人物はこう答えた。

 

「護衛のために面は隠しておいた方が都合がいい可能性がある」

 

 そう、それはトリニティの生徒には似つかわしくない、ガスマスクを着用した生徒、白洲アズサだった。

 

「いややっぱり意味わからないわよ!?というか護衛って…」

 

『それも含めて私から説明しましょう』

 

 コハルの疑問にタブレットから再度声がかかる。

 

「えっ!?あっはい!つ、謹んでおうかがい、しましゅ!」

 

『そうかしこまらないでください。本日の功労者筆頭のコハルさんは胸を張って私のお話を聞いてくだされば嬉しいです』

 

「ぜ、善処しましゅ…」

 

 勢いあまって思いきり噛んでしまった無作法を指摘することもなく、笑顔で答えを返したのは、桐藤ナギサであった。

 

 

 

『さて、現状トリニティ自治区内ではまだ戦闘が終わる兆しはなく、続いています。とはいえ、自治区内の戦闘予想区域の住民や生徒の避難は完了し、戦闘そのものもどの部隊もほぼ被害は出ておりません。事態は膠着状態ではありつつも安定したと言えるでしょう。正義実現委員会の皆様の尽力も当然この安定へと貢献しています。ティパーティーのホストとして、略式ながらこの場で皆様への感謝を。正式な謝意は事態が収束をしてから改めて行う事をここに宣言いたします』

 

 テント内の生徒たちはナギサのその言葉に正義実現委員会の最敬礼で以て返す。

 

『現時点ではまだ作戦途中であることとこの後のことも踏まえて楽にしていただきたい、とは思いますが私の目のあるこの状況ではなかなか難しいという事もわかります。ですので要件を迅速に伝えさせていただきます。この後、下江コハルさん以外の正義実現委員会の皆様は現在前線に展開しているシスターフッドの生徒たちと協力し、我々が立てた司令部からの指揮に従い作戦行動に継続して当たってください。指揮伝達に関しては各組織の人間を伝達要員としてお願いしてあります。今は、しっかりと休んで英気を養ってください』

 

「「「「「はいっ!!!!」」」」」

 

『そして下江コハルさん。あなたにはこの現状を打破するための電撃作戦の要員として参加していただきたいと思っています』

 

「はいっ!…はいぃっ!?」

 

「コハル、返事は一回の方がいい。あと2回目の返事はイントネーションがおかしい」

 

「あ、あはは…えっと、アズサちゃん今の2回目のハイはどちらかというと疑問に思って聞き返しちゃった感じだと思うよ」

 

 コハルが思わず繰り返してしまった言葉にアズサがツッコミ、それをヒフミがさらにツッコむというカオスな状況。

 そんな混乱を知ってか知らずか、ナギサはそのまま説明を続ける。

 

 なおこの瞬間のミカは声に出してはいないが必死に笑いをこらえている。

 

『はい、いいお返事ですね、コハルさん。実は今回の件に当たって流石に解決をしてからすべてお咎めなし、というわけにもいきません。ハジメさん、引いては所属するシャーレには何かしらの補填をしていただかなければなりませんが…シャーレの先生もこの事態には動いていることも鑑みて、ハジメさんには少し、反省をしてもらわなければなりません。実際に被害が発生している事もありますからね』

 

「…はい」

 

『とはいえ、見た目よりも大きな被害はありませんし、こう言ってはなんですが、普段の訓練の成果を発揮するいいガス抜きになっている、という側面もありまして、トリニティとしてはそこまで重い刑罰などを望むつもりは今のところありません。これはティーパーティーだけではなく、シスターフッド、正義実現委員会、救護騎士団などの主だった組織も同じです。後日簡易ではありますがその際の議事録をまとめたものを公表する予定です。とはいえ、先ほども言った通り本人には反省をしてもらわなければなりません…ですので、トリニティ自治区内での一部奉仕活動の参加や…彼女の意志で断っていたいくつかの事業や催しを強制的に参加させるという形に落ち着くと思います』

 

「きょ、強制参加…!?い、いったい何をさせるつもりなのか、聞いても…!?」

 

『…そうですね、いくつか案はあるのですが…そこまで非道な事はするつもりもない、と言っても不安ではありますよね』

 

 そこまで言って、ナギサは一度目を閉じて胸に手を当て、すー、はー、と深呼吸をする。

 あのティーパーティーのホストをして、事前にこうした心の準備が必要な内容だというのか。

 やはりそう簡単に赦しは得られないということだろうか。

 コハルはその事実に胸が苦しくなりながらも決意する。

 もしそれが後輩の手に余るような事であるならば、自分も背負おうと。

 それは先輩としてのコハルの矜持となりつつあった。

 

『これはまだ公開されていない内容のため、この場で聞いた内容は内密にお願いします。これは正義実現委員会で今日を戦い抜いて来た皆様を信頼して、その内容を一部明かすということを心に留めてください』

 

 しんと静まり返るテント内。

 誰もが口を噤み、ナギサの続く言葉を待っている。

 テントの中に響くのは、外から聞こえる戦闘音と…

 

『…今回の一連の事件の首謀者、安納ハジメの償いの一環として…』

 

 必死に肩を震わせ、それでもなお

 

 

 

『…安納ハジメ、ASMR第一弾の発売を…!ここに、宣言いたします…!!!』

 

 

 必死にこらえ、それでもなお我慢しきれず吹き出したミカの笑い声だけであった。

 

「……は?」

 

ウオオオォォォォォォォォォ!!!!!!!

 

 思わず漏れたコハルのうめきとは裏腹に。

 

 テント内の生徒たちは歓喜の雄叫びをあげた。

 

 突拍子もない発表になぜか死ぬほど沸き立っている同僚たち。

 ミカはもう完全にお腹を抱えて笑い転げているし。

 ヒフミは相変わらずの困り笑顔だし。

 アズサはこの状況を見てガスマスクを着けたまま首を傾げているし。

 画面の向こうのナギサ様はいつもの優雅な笑顔で目を閉じてスンッとしている。

 

 いや流石に騙されんぞ、とコハルは敬愛するティーパーティーのホストへと胡乱な目を向けてしまう。

 

『…まぁ、そういう事業計画もありますので、ハジメさんには是が非でも戻ってきてもらう必要がありまして』

 

「そ、そんな!流石に禊とはいえそ、そんなエッチなことさせようとするなんて!!見損ないましたよナギサ様!!」

 

『え、えっち!?ご、誤解です!その、耳かきとか添い寝とか、そういうセンシティブな面には配慮してですね!?』

 

「添い寝!?そんなのダメ!!そもそもどうしてそんなことさせようと思ったんですか!!!!」

 

『いや、その…そもそもこの案はかなり前から希望が多かったけれどハジメさんが断っていたもので需要が非常に高くてですね!?それに、その…私もほしいです、し…

 

「うわ」

 

『うわとはなんですかミカさん!!それに発売されたらどうせあなたも購入するんでしょう!?』

 

「それはするけども」

 

「ミカ様!?」

 

『…とにかく!そういった事もありまして!あの耽溺のオントロジーという建造物にハジメさんを奪還に行く少数精鋭として!コハルさんにもこの作戦に参加してもらいます!!』

 

 真っ赤な顔をしたナギサがこの混沌とした流れを戻すようにそう宣言する。

 

『現地までの迅速な移動のために運転の得意なヒフミさん、戦闘経験の豊富なアズサさん、最終手段、暴力、ミカさん、そしてハジメさんを引き摺ってでも連れて帰るコハルさん。この4名による電撃作戦です。ミレニアム自治区内の侵入という部分に関しては今回はシャーレからの要請に4人を派遣した、という形となるため問題ありません。逆にこれ以上の人数になると相応の理由が必要であり、トリニティ自治区内ではまだ戦闘が続いてる現状、難しいのです』

 

「ナギちゃん!幼馴染に向かって暴力呼ばわりはひどくない!?」

 

『…あと、現状私もこうして戦線に赴いている状況でミカさんのお目付け役として動けるのはコハルさんしかいないという現実もあります』

 

「スルーされた!?」

 

 ショックを受けその場で膝を抱いて地面にのの字を書き始めるミカ。

 多分まだ余裕はありそうである。

 その証拠にその頬はぷくーっと膨らんでいるのだ。

 

「その…どうして私なんでしょうか?」

 

『どうして、と言いますと?』

 

「運転が上手いっていうならヒフミを選んだのはわかるんです。いざという時に頼りになるし…戦闘が上手いっていうならアズサも強いし、ミカ様だってものすごく強いです…私なんてまだまだです、がんばっては、いますけど…」

 

『それはこのトリニティであなたがハジメさんに唯一先輩と呼ばれているからですよ、下江コハルさん』

 

 その言葉にコハルは首を傾げる。

 ハジメの交友関係を全て知っているわけではない、むしろ顔が広すぎて把握できるわけもないが、彼女ほどの交友関係ならそんな人物はいくらでもいるのではないか。

 試しに自身と共通の知り合いを思い浮かべる。

 そして気づく。

 自分の知る限り彼女が先輩と呼ぶのは、確かに自分だけであると。

 

『…私やミカさん、セイアさんは実はあなたよりも先に友人としてお付き合いをさせてもらっていました。ですが…あの子は一線を引きます。そこから先は決して踏み込ませてくれない』

 

「…?そんなこと、ないと思いますけど」

 

「いいや、ハジメにはそういうところがある」

 

「…アズサ?」

 

 ナギサの言葉にピンとこないコハルに対し、アズサがナギサへと同意する。

 

「ハジメにはそういった、自分ではすべきじゃない、と思っているなにがしかの芯があった。強く拒絶をしたりしないんだが、結局それをやらない方向で上手く言いくるめられてしまうんだ」

 

「…そうですね、あの、補習授業部に参加した時にさせてもらった銃のデコレーションだって…」

 

「えぇ?でもあれは普通にやらせてくれたじゃない!?それにその前にミカ様たちが別の銃をデコってくれたって後で聞いたわよ!?」

 

『はい、半ば無理やり、その時の勢いで断れないようにした上で、ですね』

 

「その後もちゃんと使ってくれるかはあの時は正直半々だったけどねー☆」

 

 コハルの疑問にナギサとミカはそう返す。

 

「確かに、最初は家宝にします!もったいなくて使えない!とか言ってましたもんね…」

 

「そうだ、それをコハルが使わなきゃ意味がないって叱ったんだ」

 

 コハルは皆から言われるその指摘に困惑する。

 コハルにとってハジメはたまに妙なこだわりや突拍子もない行動を取るがきちんと言えば改める後輩だ。

 言われても直さない事がないわけではないがそれは彼女なりの理由があり、聞けば納得のできるものばかりだった。

 結局言っても直さないのは自分への先輩呼びくらいで…

 

『とまぁ、そういうわけで、きちんと説得をして、トリニティへと連れ帰る事はコハルさん、あなたでなければ達成困難であると考えました』

 

「まぁ私じゃ多分気絶させて無理やり持って帰ってくるしかなさそうかなぁ」

 

『それは流石に他の学園との外交問題にも発展しかねないので…コハルさんが頼りなんです…!』

 

 コハルは悩む。

 言われた言葉は確かに嬉しい。

 自身を先輩と慕ってくれる後輩を迎えに行きたい気持ちもある。

 しかし、果たして自分にそれが可能なのか、という気持ちはある。

 己の力不足でもし、彼女を失ってしまうようなことがあれば、そういった不安はこの事件が起こってからずっと付きまとっている。

 

「コハルちゃん!行ってきてよ!」

「そうだぞ下江!こんな話を聞いたら私たちが胸を張って送り出せるのはお前だけだ!」

「そうそう!それにきちんと連れて帰ってきてもらえればハジメちゃんのASMRが買えるようになるんだよ!実質無料だよ!!」

 

 ………

 

「いや結局ASMRが目当てじゃないの!!エッチなのはダメ!そんなの発売されても没収よ!没収!!」

 

「えー偏見だー!!ASMR=えっちなんて横暴だー!!」

「そうだそうだ!ASMR偏見反対ー!」

「そうだそうだー☆」

『そうだそうだー』

 

「あぁもう!!わかった!わかりました!!もう私が行ってスパーッとハジメを連れて帰ってきますよ!!それでそのASMRがほんとにエッチじゃないかどうかきちんと監修しますからね!!」

 

 付きまとっていたが…なんだかもう真面目に考えるのがこの空気でアホらしくなってしまった。

 そもそもまともに考えているのは自分だけではないか、そんな風に思ってしまった。

 

 あと、この一連のASMR関連だけは肝心のナギサですら信用できない。

 なんでティーパーティーのホストが民衆と一緒にそうだそうだと声をあげているんだ。

 コハルは激怒した。

 

『…ありがとうございます。それでは出発の準備はすでに整っています。装備の点検などが済んだら出来る限りすぐに出発を…皆さん、どうぞご武運を』

 

 そう言って、通話が切れる。

 ヒフミは持っていたタブレットを鞄へと仕舞い込み、

 

「それじゃあ私とアズサちゃんは先に行って戦車を近くまで回してきますね!コハルちゃんとミカ様も準備ができたら来てください!お菓子とか紅茶も用意してありますので!」

 

「ティーパーティーからの持ち出しらしい、兵站は重要だから助かる、それじゃあまた後で」

 

 二人で小走りに駆けて行く。

 きっとそんなに時間も経たずにこのテントのすぐ近くへと戦車が駆けつけてくるだろう。

 

「よーし☆ちゃきちゃき準備しよっか!コハルちゃん!」

 

「…」

 

「あれ?コハルちゃーん?おーい?」

 

「…っすいませんミカ様。準備しないと、ですね」

 

 さっき切った啖呵はどこへやら。

 いまだ決意の固まっていないコハルを見てミカは苦笑する。

 

「コハルちゃん、深く考えすぎだってー!そもそも今回の件はコハルちゃんが無理だったら誰がやっても無理なんだから軽い気持ちで行けばいいんだってー!!」

 

「それに関してはあまり実感が沸かないんですけど…」

 

「あ、ちなみにナギちゃんどうしてあんなトンチキな罰を与えようとしてるか知ってる?」

 

「へ?いえ、その、あのナギサ様がまさかあんなこと言い出すなんて思ってなくて未だに信じられない気持ちもあるんですけど…」

 

「あれね、八つ当たりだよ」

 

「八つ当たり?…ですか?」

 

「そう、コハルちゃんじゃないとダメなのが悔しいからね!あとは普通にハジメちゃんのASMRがほしいっていうのもあると思うけど…」

 

「…なんだかナギサ様もそういうところは結構俗っぽいというか…」

 

「あはは、友達が少ないからこういう時極端になっちゃうんだよねーナギちゃんってば」

 

「まぁでも、そうですね…とりあえず難しく考えるのはやめて、とりあえず一緒に帰ってくることを目標にします」

 

「うんうん、いいと思うな?」

 

「それで、とりあえずは迷惑をかけたところにハジメも連れて謝罪行脚ですね、まったく、面倒ばっかりかけるんだからあの子は…!」

 

「ありゃ?コハルちゃんも一緒に謝りに行くの?なんで?」

 

「それは…私はあの子の先輩ですから。それに一緒に謝ってあげないとあの子必要以上に重く背負って逆に謝られる方が困ったりしそうだなぁ、って…」

 

 深刻な顔をしてそう答えるコハルにミカはそのシーンをすぐさま想像できてしまい、ぶふっと吹き出してしまう。

 

「笑い事じゃないですよ!ああ、というか口にしたらそうなる未来しか見えない…!!きちんと謝りに行く場所とどれくらい謝るのか考えないと…!!」

 

 ミカは百面相をしているコハルと、いざその時になったら実際にそうなるであろう友達(ハジメ)の姿を想像しながら、なるほど、敵わないなぁ、と思った。

 

「コハルちゃーん!ミカ様ー!いつでも出発できますよー!!」

 

 テントの外から、戦車の音に交じってヒフミからの声が届く。

 

「ほら!お迎えが来ちゃった!早く準備しないと!」

 

「わっ!?私まだ何も準備してないのに!!」

 

「ほらほらコハルちゃーん、はりーはりー☆」

 

「わ、わかってます!急かさないでくださいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「…出発しましたか」

 

 手元にある双眼鏡を通して、トリニティ自治区から離れていく戦車を見て、ナギサはそう呟く。

 

「組織の上に立つというのは、儘ならない事ばかりだね」

 

「セイアさん、遠距離砲撃隊の指示は…」

 

「休憩さ。どこかの有能な臨時司令官のおかげでもはや何もかもすべてうまく回っている」

 

「…やはりハナコさんにお願いしたのは正解でしたか…」

 

 ナギサは双眼鏡から目を離し、そのまま空を仰ぐ。

 セイアはその横に立っている。

 

「…本当はミカではなく君が行きたかったのではないか?」

 

「…」

 

「ちなみに私は行きたかった。なんなら今からでもワンチャン行けないかな、と頭の中で色々策を巡らせている」

 

「セイアさん…?」

 

「というより、まさか同じ目線で見ようとしたら先達を目指すものに一歩先んじられるとは思ってなかったんだ。帰ってきたらこう、姉的な包容力でハジメを篭絡しようと思っている」

 

「セイアさん???…その、セイアさんの見た目で包容力を押し出すのは…少々難易度が高いのでは?」

 

「なるほど…ハジメがミカに度々向けていた感情…これが…殺意(ころちゅ)…」

 

 そんなところで妙な共感を得ないでほしい、ナギサはそう思った。

 あと殺意と口にしながら人の胸元などをあまりじろじろ見ないでほしい。

 自分に比べればミカなどの方がそういった女性的な魅力には長けているだろう、と思い出して。

 

「…なるほど、これが殺意」

 

「ナギサ、君のそれは少々強すぎるな。もうちょっとマイルドにしないとハジメが見たら怖がってしまうぞ」

 

「まぁ、それは気をつけないといけませんね」

 

「…今回はミカに譲る形にはなったがミカがいない今がある意味チャンスとは言えないか?ここで同盟を組み、ハジメを姉的な魅力で押して押して堕としてしまおう計画の詳細を詰めるのは…どうかな?」

 

 なるほど、甘美な計画である。

 実際変に遠慮するよりは彼女は押して押して押し切ってしまう方がいいのかもしれないとは今回の件で思ってはいた。

 

「…セイアさん」

 

「あぁ、返答は如何に?」

 

「どのタイミングで出し抜こうとしてます???」

 

 

 

 

 

「…ははは、ナギサ。私と君の仲じゃあないか。そんな疑いをもたれてしまうだなんて悲しいよ」

 

「せめて目を合わせて言ってくれません???」

 

「おぉっと、そろそろ休憩も終わりかな。それでは私は戻るよ。ナギサも適度に休みを挟むといい。それでは」

 

 セイアはそう言ってこちらとはまったく目を合わせず去っていった。

 まったく、自分の友人は油断も隙も無い者たちばかりだ、とナギサはため息をつく。

 

「はぁ、ヒフミさんと紅茶を飲みたいですね…」

 

 つい先ほど送り出した友人(清涼剤)を思い、そんな言葉が漏れる。

 事態は動き出した。

 あとはその結果が来るまで、何も起こさずただ粛々と。

 被害などはこれ以上起こさず。

 

 ただただ友人が反省をする状態にしておけばよい。

 そのために打てる手段は、現状全て打ったのだから。

 

「差し当っては…そうですね」

 

 あのセイアが休憩を取っていたのだから自分も休憩を挟んでもよいだろう。

 前線にて総指揮官を指名したハナコへと通信を繋ぎながら色々と思索に耽ってもよいだろう。

 

 まず目下の議題。

 脚本家(ASMRの台本)の選出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 巡行戦車クルセイダーが走る。

 

 

 

 いくつもの縁を乗せ、トリニティの絆を実らせて。

 

 行先は耽溺のオントロジー。

 

 

 

 それは俊敏にただ真っすぐに。

 

 ほしいと伸びた手へと手を伸ばすのだから。




強く、踏み出そう。

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