ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女の好敵手


依頼内容:受付業務、及びそれに伴う維持管理、清掃業務(新人教育あり)③

【19 06】

 

 遮蔽物から飛び出しながら入り口方向を確認。

 

 爆発によって瓦礫と化し、遮蔽物の意味を為さなくなったテーブルなどの破片が散乱したビルの入り口方面は煙で視界が塞がれている。

 

 タタタタッ

 

 入口に向けて手元のSMG(サブマシンガン)で牽制の発砲を試みるも壁に当たったような乾いた音が響くのみ。

 そのまま近場の遮蔽に滑り込みSMGのマガジンを入れ替え、思いきり入り口のガラスの開き戸のあった方向へ使用済みのマガジンをぶん投げる。

 

 ズガァンッ!

 

 一発の大きな銃声。

 ぼくの投げたソレ(マガジン)はぼくの頭上を通り過ぎるように逆側の壁に叩きつけられた。

 なんてこった。

 つまり入り口側からここまで射線が通ってて、腕のいい狙撃手がいるってことだ。

 

 嫌な予感がする。

 これ、襲撃者はアイツら(商売敵)では?

 

 ようやく煙が晴れてきたその刹那。

 

「じゃ、いくよ~カヨコっち!」

 

 入口であった場所の瓦礫で作られた即席の遮蔽物から小さな影が見える。

 両手に複数持った投擲物をこちらに向かって次々と投げてくるそのメスガキは浅黄ムツキ。

 

 視界に映るその投擲物、数は7。

 ほぼ正確にぼくがいる場所とその近辺に向かって飛んできているそれらはすべて爆発物。

 

「やっべ」

 

 思わずそう呟いてぼくは離脱を試みて壁際にある遮蔽物に当たりをつけて駆け出す。

 あのタイプの手榴弾なら爆発までの猶予は5秒程度、間に合うはず!

 

 ダンッ

 

「は?」

 

 回避の判断をして1秒、実際に動き始めて2秒。

 

 サプレッサー越しの一発の銃声と共に、投擲され、未だ宙を舞う手榴弾の一つが正確に撃ち抜かれる。

 その衝撃に爆ぜた爆発は次々と誘爆し───

 

 ドドドドドドドゴォォォォォン!!!!!

 

 3秒時点でぼくは背中を爆風と衝撃で殴りつけられ逃亡方向の壁へと叩きつけられたのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

【19 14】

 

 

「きゃはは!ポップコーンみた~い♡」

 

「はぁ…こんな曲芸二度とやりたくない」

 

 小さな子供のようにはしゃぐ浅黄ムツキの横でたった今宙を舞う小さな標的(手榴弾)を撃ち抜いたHG(ハンドガン)、デモンズロアを構えた姿勢を崩した鬼方カヨコはため息をつく。

 

「くふふ~、ハジメちゃんったら絶対びっくりしてたよ~♡横にぽーんって飛んでったもん」

 

「はいはい、喜ぶのは後にして詰めに入って。この状況なら社長も合流してくるでしょ」

 

 はしゃぐムツキを諫めるカヨコ。

 

「は~い、今日はどれでびっくりさせよっかな~♡」

 

 地面に卸していた大きな手提げバッグを持ち上げ瓦礫のバリケードを飛び越えるムツキ。

 カヨコもその背を追おうと瓦礫に手をかけ

 

 ダダダダダッ!

 

 カヨコとムツキの間を銃火が走る。

 すぐさまその場を飛びのく二人の間に火を噴く瓶状の物体が投げ込まれ、割れる。

 

 ゴウッ!と激しい火柱が立ち昇る。

 飛びのいて距離を取っていた二人の間にあった瓦礫が炎の壁となって物理的に二人を分断する。

 

 

「火炎瓶!?カヨコっち無事!?」

 

「ムツキ!今すぐ社長と合流してハルカの援護に行って!」

 

「でも、カヨコっち!!」

 

「時間がもうない!ハルカも長くもたない!」

 

「~~~~っっ!ハジメちゃんぶっ飛ばしてすぐ戻るから!!」

 

 ムツキが駆け出す気配を感じたが、カヨコは一息つく事もできなかった。

 目の前には特徴的なマスクをつけ、こちらにアサルトライフルを向けて立つ長身の女がいたからだ。

 銃を撃たれ飛び退いたあの時、すぐさま銃声のした方向へ自分の銃、デモンズロアを向けたカヨコの目に映ったのはアサルトライフルの銃身をこちらに向ける女の姿だった。

 視線が交錯する。

 お互い微動だにしない。

 銃口はお互いに向いている。

 相手の一挙手一投足を見逃さない。

 

 燃え上がる瓦礫のバリケードが時たま何かが爆ぜたようにパチッと音を上げるだけの静かな空間。

 鬼方カヨコと錠前サオリの戦いは、すでに始まっている。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

【19 18】

 

「…っ痛ぅ…!!!」

 

 壁に叩きつけられる直前何とか体を丸めて被害を最小限にしたぼくだが当然無傷ではすまなかった。

 体中が痛いし口の中はじゃりじゃりする。

 あちこち擦り傷だらけだし額は割れて血がだくだくだ。

 背中から想定よりも早く食らった爆風の衝撃は凄まじく、激突した壁は少しヒビが入ってる。

 

 ぼくは無理やり息を整えて立ち上がる。

 手榴弾のおかわりが来ていないのは僥倖だ。

 なんならサオリちゃんが上手く抑えてくれたか?

 だとしたらマジでバチクソ優秀だなあの子。

 

 左手に着けたプロテクトハーケンで目の前に走り寄ってきた人影がこちらに向けたSG(ショットガン)、ブローアウェイの側面を思いっきり殴り払う。

 同時にブローアウェイから発砲音。

 払われた銃口から放たれた散弾は誰もいない方向を穿つ。

 そのまま右手に持ったSMGを構えようとするぼくに向かい、相手はブローアウェイの銃床でぼくを殴りつける。

 

 ゴッ!という鈍い打撃音。

 迫る銃床にぼくは人体で最も固いと言われている額を頭突きの要領で思いっきり叩きつけて踏ん張る。

 チカチカとする視界と今の衝撃で更に傷が開いたであろう額の鈍痛を噛み殺し、相手の腹部にSMGの銃口を押し付けて引き金を引く。

 

「…っっ!ぐうぅぅああああ!!!!」

 

 SMGの銃弾を浴びながら無理やりこちらに向けたブローアウェイの銃口でぼくの胸元は撃ち抜かれる。

 至近距離の散弾銃の衝撃に後ろに吹っ飛ばされるぼくはその反動を利用して距離を取りながらすぐさま横の遮蔽で射線を切る。

 

「消えてください消えてください!アル様の前に立ちはだかるならハジメさんでも消えてくださいぃ!!」

 

 物騒なセリフを吐きながらこちらにブローアウェイを連射しながら前進してくるのは伊草ハルカ。

 

 3発、4発。

 

 便利屋でも生粋の武闘派のやべーやつだ。

 イカれた思考でキレた発想をしてそれを実行に移す動きのキレまでやべーやつ。

 

 5発、6発。

 

 何が一番やべーって、今みたいにきっちり一発残すセンスの良さだ。

 最初は銃を払って殴ったら制圧できた。

 次は銃床で殴ってきやがったから気合で撃ち返したら制圧できた。

 今日はそれを耐えてさらにこっちを撃ち返してきやがった、嫌になる。

 

 ぼくは遮蔽で伊草の制圧射撃をやり過ごしながらSMGのマガジン外して再装填、空になったマガジンを伊草に向けて投げつける。

 

「っ!?」

 

 嫌になるほど判断が早すぎる、センスがありすぎる(・・・・・・・・・)

 ほぼ条件反射なのだろう。

 伊草は顔面に向かって飛んでくる空のマガジンをこちらに構えていたブローアウェイで打ち払う。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぼくは遮蔽から飛び出しまっすぐ伊草に突っ込みラリアットのように飛びついて背中側からヘッドロックで首を絞める。

 ぼくより一回り身長の高い伊草をがっちりと後ろからホールドし、思いっきり力を込めて酸素の供給を断つ。

 

 そもそもこいつはタフすぎる。

 センスがあって根性があってフィジカルにまで恵まれてる。

 勘弁してほしい、こちとら凡人なんだ。

 

「~~~~~っっっ!!!!」

 

 伊草がぼくの腕の中で必死に悶え、なんとかロックされた腕を外そうともがく。

 持っていたブローアウェイを取り落とし、それでも必死に耐えて両手で抵抗を試みるがぼくは絶対にこのロックを外すつもりはない。

 だんだんと抵抗の弱まっていく伊草。

 

「ハッハァ!今回もぼくの勝ちだったなぁ伊草ァ!」

 

 額から垂れてくる流血が流れる汗と共に目に入り思わず目を瞑る。

 それでもこの腕の力は決して緩めるつもりはなかった。

 最初の不意打ちをモロに食らって焦ってたのもあると思う。

 だからぼくは完全に失念していたんだ。

 入口から馬鹿正直にまっすぐこちらを狙ってきた伊草とぼくがいるこの場所はビルの中に入ってしまえばよく見えるだろうって事を。

 

 

【19 35】

 

 

 眉間に強い衝撃を受けて後方へ仰け反る。

 伊草の首をロックしていた手はそのまま振り払われてしまう。

 マズい。

 

 その場で蹲り咳き込む伊草。

 その向こうからは普段の人を食ったような笑顔とは似ても似つかない今にもこちらを食い殺しそうな笑顔でこちらに飛び蹴りを放つ直前の浅黄が見えた。

 

 そのまま蹴り飛ばされて床をゴロゴロと転がり壁にぶつかって寄りかかって座り込むような形でようやく止まったぼくに、浅黄は手に持った大きな手提げバッグを思いっきり投げつけてくる。

 おいおい、勘弁してくれよ。

 ぼくはもう動けないんだぞ。

 

「アルちゃん!ガンガン撃っちゃって~!!!」

 

「いいえムツキ」

 

 伊草を抱えて射線から抜け出す浅黄。

 もはや指先一つ動かせないぼくの目に映ったのは───

 

「一撃で十分よ」

 

 陸八魔アル。

 さかまんじハケンサービスの商売敵(ライバル)、便利屋68の社長。

 彼女が愛銃のSR(スナイパーライフル)、ワインレッド・アドマイアーに着弾と同時に爆破する特殊弾丸を装填し、片手でこちらに向けて構え、引き金を引く姿だった。

 

 

 

 

【19 47】

 

 

 

 浅黄とアル社長の友情コンボで完全に沈んだぼくと、その後カヨコちゃんは制圧したが残った3人相手に粘りに粘ってあえなく制圧されたサオリちゃんはふん縛られて取引現場の鉄扉の前に転がされている。

 

「あっはは♡ハジメちゃん芋虫みたい~!つんつん♡」

 

「やめろぉーメスガキィー!!ぶっとばすぞう!!」

 

「あっひっど~いハジメちゃん!そういうひどいこと言う子にはぁ…オ・シ・オ・キ…しちゃうぞぉ~♡」

 

「あっスイマセン浅黄さんナマ言ってすいませんでした」

 

 浅黄のオシオキはマジで何されるかわからないんでコワイ!

 

「ふふふ…今日はあの憎きハケンを蹴散らして見事依頼も達成!立ちはだかるライバルを下して更なる高みへ向かう!これこそ真のハードボイルドじゃない!!」

 

「はい!素敵ですアル様!!」

 

 滅茶苦茶機嫌がよさそうなアル社長にいつも通りのアル社長全肯定マシーンの伊草。

 我がさかまんじハケンサービスと便利屋68が依頼でかち合ってやりあった戦績は今日のを含めなければ今のところ3勝3敗

 

 最初の3勝はこちらの連勝だったため今回の結果はアル社長的には大満足なのだろう。

 …ぷくくく。

 

 高笑いをするアル社長にそれを賛辞する伊草。

 浅黄はいまだに縛られて転がってるぼくのほっぺをツンツンしてる。

 カヨコちゃんは…あっ、天を仰いでため息をついてる。

 これはカヨコちゃんは気づいてるかなぁ?

 …まだ笑うな…こらえるんだ…!

 

「いやぁ~便利屋68は本当におつよい!今回は完全にしてやられましたなぁ!!」

 

 ぼくはそんな事を言って便利屋68をヨイショする。

 

「ハジメもとうとう便利屋68の偉大さがわかったようね?あなたがどうしてもってお願いするんならこの便利屋68に席を用意してあげてもいいわよ?」

 

「あ、それは別にいいです」

 

「即答!?」

 

 ぼく、この仕事(ハケン)にやりがい感じてるんで…

 

「それでぇ、とりあえずもう戦闘行為はしないんでぼくとサオリちゃんの紐解いてくれない?」

 

「…サオリちゃん…」

 

 名前呼びに反応するサオリちゃん。

 そらもう名前で呼ぶよ。

 なんなら最後の遅滞戦めっちゃすごかったからね?今回ぼくより働いてる可能性あるよ。

 こんな不甲斐なさじゃあもう先輩とか名乗れねぇな?

 やっぱ先輩ってのは偉大なもんなんだよ。

 ソラ先輩マジリスペクトっす。

 

「ふふ、普通ならこのまま放っておくのだけれどこう見えて私、大物なの。カヨコ!二人を開放してちょうだい!ムツキとハルカはこのまま私と取引現場へ踏み込むわよ!!」

 

「わかりました!アル様!」

 

「りょ~か~い。ハジメちゃん、またあとでね~♡」

 

 またあとでね~はぁと、じゃねンだわ。

 さんざん人を弄りくさりおってあんメスガキャ!

 

「ん~???」

 

 ヒェッ

 浅黄さん!!アル社長が待ってますよ浅黄さん!!

 だからそんな小悪魔的魅力あふれる笑顔で顔を覗き込むのやめましょうよ浅黄さん!!!!!!!

 

「くふふっ♡」

 

 意味深な微笑を残してようやくぼくから離れてアル社長の元へ向かう浅黄。

 やだあのここわい…

 

 アル社長、伊草、浅黄の3人はバーンとギャング映画のように扉を蹴り明けて悠々と進む。

 アル社長ほんと形から入るよなぁ。

 

「じゃあ縄切っちゃうから、背中向けて」

 

 お、せんきゅーカヨコちゃん!

 ぼくは素直に背中を向けて後ろ手に縛られて拘束された両手をカヨコちゃんに向ける。

 

「…何分前だった?」

 

「制圧された直後に踏み込まれたらギリギリアウト」

 

「…前準備に時間をかけすぎたかな…」

 

「いやぁ、サオリちゃんがカヨコちゃん制圧したのめちゃくちゃでかかったでしょ。あの子ワンニャン初の新人だよ?」

 

「それはすごいね…1対1じゃ完全に抑え込まれたよ」

 

 自由になった手首をぐりぐり動かしてストレッチ。

 いやほんとすごかったねサオリちゃん。

 

 人数不利の遅滞戦であんだけ時間引き延ばせるのマジで参考になった。

 今度同じようなことになったら色々パクろう。

 

 ぼくは自分の体を一通り確認する。

 擦り傷切り傷なんか多少は残ってるけどほぼ問題なし、服も汚れたけど破れとかはナシ!

 唯一深かった額の傷は制圧されたあとにアル社長がすぐに処置してくれたし数日もすれば塞がるでしょ。

 商売敵とか普段から敵として出会えば容赦がないくせにこういう気遣いができてしまうのは素直に尊敬するんだよなぁアル社長。

 

 その時鉄扉から地下への階段を下りて行ったはずのアル社長がドタドタと駆け上がってくる。

 伊草も後ろから走って着いてきてる。

 浅黄めっちゃニヤニヤ笑ってるじゃん、アイツ気づいてたのに言わなかったな?

 

「ちょっとハジメ、どういうことよ!?取引現場がもぬけの殻なんだけど!?」

 

「え?そりゃ取引終わったら帰るでしょ」

 

「終わった…?帰る…?」

 

「上でこんだけドンパチしてたら取引もさくっと終わらせてとんずらするよねぇ?」

 

 ぼくが右手を上げてサオリちゃんにそう問いかければ、

 

「可能なら鎮圧、無理ならできる限りの遅滞戦、そういう依頼だったと記憶してる」

 

 サオリちゃんも右手を上げて応えてくれる。

 

「つ、つまり…今回の依頼は…!?」

 

 すでに白目を剥いているアル社長を尻目にパァン!とサオリちゃんとぼくの右手と右手でハイタッチ。

 サオリちゃんも微笑を浮かべてる。いい笑顔じゃん。

 

 ぼくはくるりとアル社長へと振り向いて最上の笑顔で、

 

「通算依頼戦績、4勝3敗…ぼくの勝ちデース」

 

「なななな、なっ、なんですってーーーーーー!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃーん!とんこつ味玉背脂3ねー。サオリちゃんは何にする?」

 

「あまりこういう場所には詳しくないのでセンパイと同じもので…しかし本当に奢りでいいのか?依頼料は満額出たから自分の分くらいは払えるが」

 

「ままま、新人教育後のごはんおごりは様式美みたいなもんだから」

 

 アル社長にきっちり勝利宣言をキメたぼくは真っ白になったアル社長とそれに謝り倒してる伊草、それを見てこれまた楽しそうに笑ってる浅黄とため息をつきながらこちらに手を振るカヨコちゃんに手を振り返してサオリちゃんと共に大家さんに依頼の達成報告に向かった。

 ギリギリではあったがきっちりと仕事を完遂したことでちゃんと依頼料はその場で受領、出向報告書はきちんと体裁を整えて後日シャーレに郵送してもらう旨を確認して新人教育の超重要ミッション、先輩のお金で食べるご飯は美味いを完遂するべくブラックマーケットからほど近い屋台のラーメン屋まで来たのであった。

 

「ふむ…そういうものか」

 

「そーいうもんそーいうもん。サオリちゃんも後輩ができたら最初はおごったげるといいよー、ぼくもワンニャン初仕事の帰りは一緒に入った傭兵のおっちゃんにおごってもらったんだ」

 

 懐かしいなぁ。

 背脂増やせるのもそのおっちゃんから教えてもらったんだよなぁ。

 

「その…サオリちゃんというのは」

 

「え?最初の印象なんて覆っちゃったもん。滅茶苦茶がんばったじゃん今日は。あ、むしろ頑張らせすぎて先輩とか偉そうに言えないわコレ。サオリさんとかの方がいい?」

 

「…いや、最後の遅滞戦で粘れたのはセンパイに爆発物の類が集中してこちらに回す分の武装が尽きていたからという面が非常に大きかっただろう。鬼方カヨコを一度鎮圧できたのもセンパイにマークがついて1対1の状況に持ち込めたからだ。彼女は常ならああいった正面からの戦闘ではなく智謀策謀や搦め手を使って戦うタイプだろう」

 

 お、ラーメン出てきた。

 

 ぼくとサオリちゃんは出てきたラーメンに手を合わせる。

 

「いただきまーす。そうだねぇ、カヨコちゃんは状況を整えて戦闘に入ると手を付けられないタイプ。直接戦闘も全然強いけどね?っていうかあの4人(便利屋68)は全員規格外。正直現場で敵対するのめーっちゃしんどいよ」

 

「いただきます…。実際何度か裏をかかれそうになった。その他の3人も銃撃戦だけであの連携は見事だったな…まるでシャーレの先生と相対しているようだったよ」

 

「甘い甘い、あの4人を先生が指揮してたら地獄だよマジで。ぼくはじめてあの4人に負けた時それでぼろ負けだったもん」

 

 ずぞぞぞ~~~~っと音を立ててラーメンを啜るぼく。

 サオリちゃんは結構お上品に食べるな、音がしない。

 

「味濃くない?めっちゃこってりしてるから好み分かれるんだけど」

 

「いや、悪くない。キツい仕事の後ならこれくらいの方が好みかもしれない」

 

 どうやらお気に召してくれた様子。

 よかったよかった。

 

「うーん、まぁ相手が悪かったってのはあるんだけどね、ぼくにも尊敬する先輩がいてさ。その人は普通の接客業の先輩なんだけどぼくより多分年下で、でもとっても優しくて頼りになってお店の仕事はなんでもできちゃうすっごい人なんだよ。ぼくの理想の先輩」

 

 麺がなくなったのでスープまで啜り始めるぼく。

 こってりとんこつ背脂マシマシなのにスープまで飲むとか体に悪いことこの上ないけどお腹がすいてると美味しいんだこれが…

 良い子はマネしない方がいいぞ!!

 

「だからこう、最初から最後まできちんと導いて、これからもがんばってねサオリちゃん!みたいな感じでさ、ここでご飯食べながら名前呼んであげるのがスマートだったのになぁってちょっと悔しく思ってるんですよ、ぼくは」

 

「…なるほど、素晴らしい先輩なんだろうな、センパイのいう尊敬する先輩は」

 

「ちょうすばら。マジリスペクトしてる」

 

 いやほんと。

 ソラ先輩まーじリスペクトしてるから。

 

「それで今日はセンパイとしては納得のいかない成果になってしまった…ということだな。それならセンパイ、ここはひとつ、後輩の我儘を聞いてはくれないか?」

 

「お?なになに、幸運の壺でも買わされる?」

 

 けぷっ。

 スープまできっちり飲んだぼくはおなかをぽんぽんと撫でる。

 サオリちゃんはまだ食べてる。

 こっちのペースに無理に合わせようともしないし大成するよこの子は、うん。

 あ、おっちゃんデザートのアイスちょーだいな。

 こっちの子も食べ終わったら出してあげてねー。

 

「その壺と言うのはよくわからんが…私のことはサオリ、と呼び捨てにしてもらえないだろうか」

 

「およ?ちゃん付けは嫌だった?」

 

「いや、困惑したのは事実だが不快ではなかった…が、敬意を持った相手には敬称なしで呼ばれたいと柄にもなく思ってしまった」

 

 敬意を持った?

 そんなこと言われると思ってなかったぼくは思わずサオリちゃんをまじまじと見てしまった。

 

「私が尊敬しているセンパイはこれくらいの後輩の我儘は聞いてくれると思ったが…どうかな、センパイ?」

 

 

 

 

「アールちゃーん、ムツキちゃんおなかすいたー」

 

「そ、そんなこと言ってもあの屋台は無理よ!?今日はもう300円しかないんだからコンビニまで我慢して!!」

 

「まぁ…依頼失敗に賠償金まで払わされたもんね」

 

「すみませんすみませんすみません!私がハジメさんの鎮圧を迅速に行えなかったから!!死にますか!?あ、今すぐあそこの屋台を襲撃して夜食を用意しますか!?」

 

「死なないで!?あと襲撃もダメよ!?」

 

 

 屋台の暖簾の向こうからそんな賑やかな声が聞こえてきて思わずぼくらは笑いだす。

 

「…何、今すぐにとは言わない。センパイが私を自慢の後輩だと思ってもらえた時にでも…」

 

サオリ(・・・)、ちょっと人増えてもいいかな?」

 

 自慢の後輩に、そう問いかければ、

 

「問題ない」

 

 サオリは穏やかな笑顔でそう答えてくれた。

 

 

 

「へいへいへーい便利屋68さぁ~ん!同業者のよしみで夜食一緒に食べませぇ~ん?」

 

「なっ!?ハジメ!?なんでこんなところに!?」

 

「勝利の美酒っての噛みしめてたんですよぉ~!!勝利の後のラーメン美味ぇ~!!」

 

「えっ!?なになにハジメちゃん奢ってくれるの~?」

 

 屋台のすぐ近くで伊草をなだめてるアル社長に煽りをかましてやれば浅黄が喜んで近づいてくる。

 お、カヨコちゃんも来てるじゃん。

 

「ご馳走になるよ」

 

「どーぞどーぞ。一人ラーメン一杯とデザート一個までね~」

 

「あ、あなたたち!!ライバルから情けをかけられて悔しいと思わないの!?」

 

「カップ麺4人回し食いは嫌」

 

「ムツキちゃんも今日はおなかいっぱい食べたーい」

 

「あなたたちに悪の矜持はないの!?」

 

 ガビーンとでも擬音を出しそうな顔で叫ぶアル社長。

 この人こういうとこ頑固なんだよなぁ。

 

「まぁまぁアル社長。ここはほら、コレの治療費だと思って奢られてくださいよ」

 

 コレと言いつつアル社長に治療として施された額のガーゼを指差して着席を促す。

 カウンターとは別に屋台横に据えられた机に浅黄とカヨコちゃんはもう座っている。

 …って

 

「おい伊草ァ!」

 

「はっはいぃぃ!!すみませんすみませんすみません!私のようなゴミクズが奢られるわけにはいきません!!私の分までアル様に!!」

 

「座れ」

 

「すみませんすみません!私の分があるなんてそもそもおこがましかったですよね!!死にますか!?死にますね!!」

 

「座れ、食え」

 

「ハルカ、いただきましょう」

 

 ぼくと伊草の押し問答にアル社長は諦めたようにハルカの手を握って浅黄とカヨコちゃんの座っている席へ移動する。

 

「ハジメ、次に依頼で相まみえた時はこうはいかないわ!覚えてなさい!!!…あと、今日はご馳走になるわ、ありがとう…」

 

「ええ、その時は存分に鎬を削りましょう。…あとそこの自己評価が常に地の底を抉ってるやつにもきちんと今日奢られるように言い聞かせてくださいね」

 

「ええぇぇぇぇぇ!?そんな!?私なんかがハジメさんからの施しを受けるなんて!?やっぱり私の分はアル様と他の皆様で」

 

「いいか伊草ァ!お前が食わなかったらアル社長のラーメンは麺抜きだ!お前のせいでアル社長だけスープのみになるんだぞ!!わかったら座れ!食え!!!!!わかったか伊草ァ!!!」

 

「ひぃぃぃ!?すみませんすみませんすみません!心から感謝していただきますのでどうかアル様にも麺を!どうかお慈悲を!!!!」

 

「わかったんなら座ってラーメン選べ!デザートも一品選べよ!?」

 

 やっと席に着いた伊草を見届けてからカウンター席に戻るぼく。

 あいつはほんと自己評価低すぎて見ててイラつく。

 

「ごめんねサオリ、うるさくしちゃって」

 

「問題ない。それにしても伊草ハルカだったか、思っていたのとは違う人柄だったな」

 

「ん?サオリ、伊草のこと知ってたの?」

 

「ここに流れ着いて間もないころに彼女の『挨拶』の場に遭遇したことがあってな」

 

 伊草の『挨拶』?

 …あー。

 

「それ十中八九アイツ個人の暴走だよ。自己評価低いのにやることが滅茶苦茶過激で暴走しがちでアル社長がよく白目剥いてる」

 

「そうなんだろうな」

 

「それにフィジカルお化けで滅茶苦茶タフだし目はいいしセンスもいいし勘もいい。一度覚えたことは基本的に忘れないし下手な搦め手は見てから対応してくるし一度やったことは次にはほぼ対策してくる。毎回毎回毎回毎回対応策を用意させられるこっちの身にもなってほしい。あの4人の中で一番相手にしたくないのがアイツ。あれでなんであそこまで自己評価低いのかマジで理解に苦しむ」

 

 ぼくがそんな愚痴を垂れ流してるとサオリはなんかくすくす笑ってる。

 君そんな笑い方するの?

 顔がいいのに笑い方まで強いとかさぁ…

 

「なに?」

 

「いや、少しセンパイと似ているところがあるな、と思ってな」

 

 

 

 

 は????????????????????????

 

 

 

 

「え?は?伊草とぼくが?は???????そんなことある???????????」

 

「自己評価の低い点は共通点だと思うが」

 

「は?ぼくは自己分析完璧だが????????身の程を知ってる賢者の類ぞ?????????サオリちゃんさぁ…」

 

「おっと逆鱗に触れてしまったようだ。これ以上の言及はやめておくから機嫌をなおしてくれ、センパイ」

 

 は??????

 別に機嫌悪くないが???????

 

 

 え?マジ?似てる?

 マジ???????

 マジかぁ…

 

 どんよりとカウンターに突っ伏すぼく

 

 なんてことだ、もう助からないゾ。

 

「今日センパイと仕事をした所感だが…多分センパイは本人が思っているより周りに評価されていると思う」

 

 そんなことはないだろう。

 

「そんなことはない、過大評価だ。そう思ってないか?」

 

 だってそうだろう。

 だってぼくはソラ先輩みたいにできてない。

 

「それに、私の尊敬するセンパイが適切な評価を下されていないというのはセンパイ本人がしているとしても、気分はあまりよくはないな」

 

 ふと、そんな言葉に突っ伏していた顔をあげ、後輩(サオリ)を見る。

 

「私を尊敬させ続けてくれよ、センパイ」

 

 

 

 

 あぁ、もう。

 なんて我儘な後輩だ。

 

 

「もう少し客観的に自分を見る努力を…します」

 

「流石センパイ」

 

 これじゃどっちが先輩だかわかったもんじゃないなぁ。

 

 今日のハケンはこんなぼくにとても我儘な(自慢の)後輩ができたのであった。




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