ハケン・ユーティリティ   作:ジョイン君

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彼女の目論見


依頼内容:事務作業、搬入された書類の仕分け等③

「ねぇアコ?説明をして?なぜハジメがあなたに跪いて頭を垂れているのか」

 

 すべてを凍てつかせるような視線で天雨サンを見つめるヒナちゃん。

 強烈な威圧感、その小さな体からは考えられないような巨大な"圧"を直接向けられてないぼくでも感じられるほどだ。

 なんなら体からオーラみたいなの出てそうだよ、紫色っぽい魔王的なやつ。

 

 あーいけません!いけませんお客様!!

 お手元の【終幕:デストロイヤー】に手をおかけになるのはおやめください!!

 アカンこのままじゃ天雨サンが死ぬゥ!!

 

「おはようヒナちゃん!おはようございますヒナちゃん!!!今日は書類整理の日だって!?ちょっとトラブルはあったけどぼくはすぐに仕事に入れるよ!!開始時刻ももうすぐだね!呼びに来てくれたって事は今日はヒナちゃんのお手伝いをするのがいいのかな!?天雨サン!?天雨サン!!今日はぼくはヒナちゃんの仕事メインで付き合うということでいいですね!?」

 

「そ、そうですね!安納さんにはヒナ委員長の書類仕事の補佐をお願いしようと思っていました!私はこの後他の部への顔出しなどで今日は忙しいので!!助かりますよ安納さん!!」

 

 慌ててヒナちゃんを入り口に回れ右させて入り口へと背中を押しながら必死に声をあげるぼくにすぐさま呼応して対応する天雨サン。

 

「ちょっとハジメ…」

 

「さぁさ行こう!ヒナちゃんのお仕事は山積みのはずだ!大丈夫!今日はさかまんじハケンサービスのぼくがフルサポートでお手伝いだ!!たまった仕事を全部片づけちゃおう!!さぁさぁさぁ!!」

 

 咎めるような声を出しながらもぼくにされるがまま背中を押されて入口へと向かうヒナちゃんとぼく。

 

 …っぶねー!!なんかよくわからんが滅茶苦茶おこだったヒナちゃんを無事に天雨サンから引き離せた!!

 まさかあのタイミングでヒナちゃんが来るとは思ってなかったわ!

 これは今日の仕事中に天雨サンへのフォローもしておかんと天雨サンがデストロイされかねないな…

 

「ねぇ、ハジメ」

 

 そんなことを考えていたぼくにいつのまにかこちらを振り返っていたヒナちゃんが、ぼくの額に医療用テープで固定してあるガーゼに触れる。

 

「何があったの?」

 

 ガーゼに触れていた右手をそのまま僕の左頬に添え、まっすぐに僕の目を見て問うヒナちゃん。

 顔が近ァイ!!!

 幼さが残るのに凛々しいそのお顔が目の前にあるの破壊力高いんだって!!

 ぼくとヒナちゃん身長そんなに変わらないからマジで目の前に!めっちゃ整ったヒナちゃんの顔が!!!

 

「いや、朝にちょっとやらかしちゃったからそれで天雨サンにゴメンナサイしてただけ。通報あったんでしょ?アレの主犯、ぼくでーす」

 

 顔が良すぎて距離も近いのは心臓に悪いので目を閉じて、頬に添えられたヒナちゃんの腕に自分の手を添えて離れさせてもら…

 離れさせて…

 

 ?????????

 

 ビタイチ動かないんだが???????

 

「イオリが出動していった件ね…何かアコが妙な事を言いださなかった?」

 

 ふぬぬぬぬぬ!!!

 いや!!

 ほんとに!!

 ビクともしないんだけど!?

 ぼくもう両手で引きはがしにかかってるけど!?!?!??

 

「和解!圧倒的和解!!何もありませんでした!確認取りました!!!」

 

「そう、それはアコに後で確認をとるからいいとして…その額は?」

 

 ぎゃあ!動かないどころか両頬を抑えられた!?

 思わず目を開いてしまったぼくの目とヒナちゃんの目がしっかりと合う。

 いつも少し気怠そうにしているヒナちゃんだがそれとはまた違う、なんと表現すればいいのか。

 

「ねぇハジメ。あなたの仕事は場合によっては危険を伴うという事は理解してる。それでもあなたの能力なら多少の痛手は受けても日を跨いで残るような傷を負うことはそうそうないはず」

 

 平時のヒナちゃんの瞳とは違う、そう、真っ暗で深い闇の中を覗き込んでいるような、

 

「教えてハジメ、誰があなたを傷つけたの?」

 

「今のヒナちゃんには教えてあげなーい」

 

 濁った瞳でぼくを見つめるヒナちゃんにそう答える。

 少し目を見開いたヒナちゃんの両腕から力が抜けたのでぼくはヒナちゃんの両手を頬から引きはがして拘束から抜け出した。

 

「…どうして?」

 

「いやだって今のヒナちゃんに教えたら相手のとこに突っ込んでっちゃいそうだし」

 

「…?友達って友達への報復をするものでしょう?」

 

 なんかとんでもないこと言い出したなこの子!?

 

「いやまぁ、そういう友情関係もあるかもだけど…いったいどこでそんな情報を」

 

「風紀の取り締まる相手にはそう言ってこっちに突っ込んでくる相手もいるしそういうものだと思ってた」

 

「出たよヒナちゃんのポンコツ友情観」

 

「ぽ、ぽんこつ…」

 

 ヒナちゃんこういうところあるよね…

 本人曰く友達がいないからそういうのはわからないとか言ってるけど。

 風紀委員みんなヒナちゃんの友達みたいなもんだと思うんだけどなぁ、なんか本人の中では違うんだろうなぁ。

 

「ぼくのこの傷はそれこそ相手とぼくの間ではもう終わったことだからヒナちゃんがさらに追い打ちするのは違うでしょ。ってかこの傷に関してはきっちりその後相手を締め落としてるからぼくの勝ちなんだが?その後制圧されたけど依頼に関しては完遂したので負けてないが?」

 

「ハジメがその言い方をするのは他の部分で負けてるときよね」

 

 見透かされてますねぇ!

 いや、あの時伊草には勝ったから。

 伊草以外に浅黄とアル社長がいたから仕方がなかったんや!

 3人に勝てるわけないだろ!!

 

「まぁそういうわけでこの件に関しては報復不要です。気持ちは嬉しいけどね?」

 

「…わかった。この件はこれ以上聞かない。でも何かあったら頼って?」

 

「いやいや…さすがにハケンのお仕事で風紀委員長出すのマズいでしょ…まぁ、どうしようもなくなったらお願いするかも?」

 

「えぇ、その時は駆けつける。…友達だもの」

 

 ヒナちゃんはそう言ってぼくに微笑みかける。

 

 

 

 

「さて…それじゃあ私の執務室に行きましょう。今日は溜まった書類を一気に片づけてしまいたいの」

 

「わぁお、ヒナちゃんが一気にって言うってことは今日はカンヅメだな?」

 

 軽口を叩きながらヒナちゃんと並んで風紀委員長の執務室へ向かう。

 

「安心して、昼食の時間はあるから」

 

「それ普通だからね!?」

 

 どこに安心要素あった?

 あって当然のものを安心要素に据えるの不安しかねンだわ。

 

 

 

 

 カリカリ、とペンを走らせる音。

 書類を置く音、手に取る音。

 風紀委員長の執務室はそんな音だけが響く。

 

 今日は色々あったが仕事自体は書類の仕分けや処理済みの書類を別の部屋へ持って行ったりする雑務だけの普段の仕事に対してとても簡単な内容である。

 巡回などのように戦闘行為が発生することはほぼないし、流石に学園内で風紀の制服を着ているぼくにケンカを吹っかけてくるような生徒もいない。

 そして書類仕事に関してはぼくは仕分け以外に出来ることはほぼない。

 ぼくはゲヘナの風紀委員ではないからだ。

 たまに陳情された書類の内容に関しての意見を聞かれたりすることもあるが、あくまで参考になる程度の提案くらいしかできない。

 要は第三者の視点の意見、というやつだ。

 風紀委員で書類の処理をするような人たちはみんな優秀なのでそのへんはよく理解していて、ぼくに意見を求めてもそのまま鵜呑みにせず、きちんと精査をしている。

 緊急時以外は上下の別なく、意見は協議して臨機応変に対応している、とても優れた組織だなぁと思う。

 

 まぁそんなわけでいくら山となっている書類があると言っても書類をひとつひとつ処理しているヒナちゃんと違い仕分けだけをしているぼくには隙間時間ができてくるわけで。

 

「ヒナちゃーん、一回そっちの処理済み書類持ってっちゃうね」

 

「えぇ、お願い。そっちの束は風紀委員室へ、その上のケースに入っているのは行政官室のアコの机の上に置いてくれればいいから。…ついでだから少し休憩してくるといい」

 

「休憩ね、りょうかーい」

 

 ぼくはそう返事をして書類の束を持ち上げる。

 

 

 

 ズッシリとした重量感の紙の束に天雨サンの部屋行きのケースも抱えて委員長室から廊下を出てすぐ近くの風紀委員の部室へ。

 一度書類の束を床に置いてから扉を開ける。

 お、ちょうどいい人がいた。

 

「チナツちゃ~ん、委員長室からの処理済み書類持ってきたよ~」

 

 風紀委員の部室に入ってすぐの入り口近くで倉庫に持っていくのであろう紙の束を紐で縛っている火宮チナツちゃんに声をかける。

 

「あぁハジメさん…ありがとうございます。そちらのデスクに置いてください。行政官宛てのものはありますか?」

 

「こっちのケースに入ってるのがそうだって」

 

 言われたデスクへ書類の束を乗せてから別のケースに入れられたものを隣に置いておく。

 後から見た人がわかるように付箋も貼っておこう。

 【委員長→行政官宛て】、と

 

「こっちから持っていくものある~?」

 

「まだまとまっていないものもあるので後でまとめて持っていきます!」

 

 置いたデスクの近くにいる風紀委員の人に声をかければそんな答えが返ってきたのでぼくは「りょうか~い」と風紀委員の人に声をかけてから書類の束を縛り終わったチナツちゃんの元へ向かう。

 50センチほどに詰まれて縛られた紙の束は4つほど。

 

「これ倉庫までだよね?手伝うよん」

 

「え?ですがハジメさんは今日は委員長の補佐がメインですしお手を煩わせても…」

 

「今ちょうど仕分けする分なくなって暇つぶしにこっちに書類持ってきたところだからへーきへーき」

 

 そう言ってぼくは書類の束を1つ持ち上げる。

 先ほどぼくが運んでいたものよりも明らかにずっしりとした重量感を両手に感じる。

 紙の束って重いよね。

 

「…それではお願いします。いつもありがとうございます」

 

 そう言ってチナツちゃんも書類の束を一つ持ち上げてぼくと並んで歩き出す。

 チナツちゃんはこういう業務を一人で率先してやってくれる神的にいい子なのだ。

 ほっとくと全部一人でやろうとするからその分自分の時間を削られるというのに…

 なのでぼくは見かけたらこうして手伝わせてもらうことにしてる。

 

 書類を運ぶのは階段を下りて少し歩いた先の風紀委員が倉庫として使用している教室。

 

「ハジメさんが委員長についてくれているということは明日以降は久々に委員長も余裕ができるでしょうね…本当に私たち風紀委員としては助かってます」

 

「そんな大げさな…逆に書類整理だけだと貢献度低い気がするんだけども」

 

「いえ、委員長にとってはハジメさんと過ごすだけでとても効率が上がるようですから」

 

 風紀委員の部室と倉庫の教室を往復しながらぼくとチナツちゃんはそんな会話をしている。

 

「委員長にとってはきっと友達と一緒に委員会活動をする、というのが重要なんだと思います。私たち風紀委員は部下なのでどうしても一線を引いてしまうところがありますから…」

 

 ふとチナツちゃんがそんなこと言ったので、

 

「いや別に一線引く必要なくない?」

 

 思わずぼくはそんなことを言ってしまった。

 

「いやなんとなくはわかるんだよ、言ってることは。ヒナちゃんめっちゃ有能だからなんでも自分でやろうとするしね?でもあの子マジで滅茶苦茶寂しがりやさんだから構ってあげたほうが喜ぶと思うんだけど」

 

 おや?

 横を歩いていたチナツちゃんの気配が止まったのでぼくは振り返る。

 チナツちゃんは書類を持ったままなんだかびっくりしたような顔でこちらを見ていた。

 

「委員長が寂しがりやさん…ですか?」

 

「ウサギさんレベルだよ、ほっとくと死んじゃうタイプ」

 

 くいっと書類の束で両手が塞がってるので顎で行く先を示すぼくに気づいて止めていた足を動かすチナツちゃん。

 

「ヒナちゃんもそうだけど同じ組織なのに妙に距離置きたがるんだよね、別に偉い人と友達でもいいと思うんだけどなぁ」

 

「…そうですね、そういう風になれれば、きっとそれは素晴らしいんだと思います」

 

 書類の束を運び込み、一息つくぼくとチナツちゃん。

 チナツちゃんはなんだか思いつめたような顔になってしまっている。

 難しく考えすぎだと思うんだけどなぁ。

 

「この後ぼく休憩なんだ。よかったらチナツちゃんも一緒にどう?場所はぼくが選ばせてもらうけど」

 

 

 

 

「ヒナちゃんただいまー」

 

「し、失礼します…!」

 

 ぼくとチナツちゃんは風紀委員長の執務室に戻って来た。

 戻ってくる前に給湯室に寄って飲み物も準備してある。

 売店にも行ってきてお茶菓子も用意!完璧だぜ!

 

「おかえりハジメ、早かったわね…それにチナツ?何か緊急の連絡でもあった?」

 

 ぼくが出て行った時からそのまま書類を処理していただろうヒナちゃんの机の横の処理済み書類スペースにはすでにぼくが持っていったあとに処理されたであろう書類がそこそこ増えている。

 

「ヒナちゃん休憩でーす!お好みのブラックコーヒーと糖分摂取用にマジで欠片も甘くないチョコレート用意しました!休もう!」

 

 ぼくはそう言って応接用のソファとテーブルのあるスペースへ自分の机から動かないヒナちゃんを連行する。

 その間にチナツちゃんはぼくといっしょに持ってきた飲み物と茶菓子を応接用スペースへと並べてくれる。

 流石だぁ…(恍惚)

 

「ちょ、ちょっとハジメ?緊急の連絡があるならそちらを優先しないと…」

 

「緊急の連絡?ねぇよンなもん!!チナツちゃんは普通に休憩一緒にって誘っただけだから!」

 

「…そうなの?それならゆっくりしていってちょうだい。私は仕事をしてるから気にせず」

 

「仕事じゃねぇんだよ!おめぇも休むんだよ!!オラッ!座れ!!」

 

 会話を切り上げて自分の机に戻ろうとするヒナちゃんをソファに無理やり座らせる。

 

「ほら、チナツちゃんも座って座って」

 

 ぼくたちのやり取りに呆気にとられたような顔をして立っているチナツちゃんにも着席を促す。

 

「ヒナちゃんさぁ…そもそも上司が率先して休まないと部下は休めないんだけど?」

 

「それは…わかっているけれど…」

 

「そういうわけでぼくは休憩時間に友達と過ごす権利を強行しまーす!!」

 

 まーだごちゃごちゃ言ってるヒナちゃんはスルーして高らかに宣言するぼく。

 へいへいヒナちゃん困ってるぅ~。

 

「…はぁ。チナツもごめんなさいね、こんなことに付き合わせて…私とじゃ気が休まらないでしょう?」

 

「…いえ、委員長とこうしてゆっくりと休憩するのは初めてですが、私はとても楽しいですよ?」

 

 うわヒナちゃんめっちゃ驚愕!!って表情しててウケる。

 思わずぶふっと吹き出してしまいヒナちゃんがめっちゃ睨んでくる。

 いやほんとウケる、でもめっちゃ怖いからその目やめよ?

 

「…ハジメ、どういうつもり?」

 

「どうもこうも、休憩だが?」

 

「どういった意図でチナツを巻き込んだかを聞いてるのよ…!」

 

「その…委員長は私が同席することはご迷惑でしたか?」

 

 チナツちゃんがそんな問いを口にすると、ヒナちゃんは慌てたような顔で弁明する。

 

「め、迷惑だなんてそんなことない。でも私なんかと休憩しても気が休まらないだろうし…楽しくもない、だろうし」

 

「いえ、お誘いいただいた時は少し不安もありましたが…思っていたよりずっと楽しんでます」

 

 そう言ってチナツちゃんはヒナちゃんに笑いかける。

 

「そ、そう…それならいいけど」

 

 顔を赤くして俯き、目の前に置かれたカップに口をつけるヒナちゃん。

 はい可愛い~。

 

「ヒナちゃん話してるとなんかいちいち反応可愛い事多いからね、マジ癒し効果バツグンだよねぇ」

 

「なるほど、確かに今とてもリラックスできてますね」

 

「そ、そんな効果ないわ…チナツもハジメみたいなこと言わないで…!」

 

 そんな感じでお菓子をつまみながら女子3人で姦しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

「それでは、私はそろそろ仕事に戻りますね。今日はとても楽しい時間を過ごさせていただきました」

 

 お菓子も飲み物もなくなった頃合いで、チナツは立ち上がりそう言った。

 時計を見ればすでにこの部屋に来てから30分ほど経過しており、思いのほか楽しい休憩時間となったと思う。

 

「チナツ」

 

 飲み終えたカップをトレイに乗せているチナツにヒナちゃんが声をかける。

 ぼく?お菓子を乗せてたお皿とか一緒に片づけてるよ?

 

「救急医学部からこちらへ所属してくれてからこれまで、本当に助けられてる。これからも私を助けてくれると嬉しい。今日は本当に楽しかった」

 

 そう言って、暖かな笑みを浮かべてチナツちゃんへ笑いかけるヒナちゃん。

 

「そう言っていただけて、本当に感無量です。…またお時間が合う時はこうしてご一緒に過ごしませんか?他の風紀委員の方も誘えばきっと喜んでくれると思いますし…」

 

「それは…」

 

 一瞬目を見開き、俯いてしまうヒナちゃん。

 まーたこの子は私なんて…とか思ってるんだろうな。

 こんな愛されキャラなんだから友達なんてその気になれば秒で百人余裕だろうに。

 

「でしたら最初はハジメさんもご一緒の時に、どうですか?」

 

 

 

 

 は?

 

 

 

 

「…それなら」

 

 

 

 

 は??????????

 

 なんで??????????

 

「そういうわけでハジメさん、またよろしくお願いしますね♪」

 

「いやそのりくつはおかしい」

 

 悲報:ヒナちゃんお友達たくさん作戦で最初の刺客に選んだチナツ氏が突然後ろからアンブッシュしてきた件

 

「共通のお友達を通じて新たなお友達を増やすのは内向的な方の交友関係を増やすのにとても素晴らしい手段だと思うんですよ。今日みたいに」

 

「…お友達…」

 

 ヒナァ!!その部分だけ反応してんじゃねえ!!!

 

「もちろん私はこれからもヒナ委員長とこうして懇意にさせていただきたいと思っておりますし、他の風紀委員の方もお誘いしていこうと思っています。ですがやはり今日のこの時間もハジメさんという存在があってこその交友であった、と断言できます。つまりハジメさんを誘うのは戦略的にも非常に有効な手段であると言えるでしょう」

 

 いやそこでそんなメガネクイッてされながら力説されましても。

 チナツちゃんデータキャラか何かか?

 大丈夫?最終的にデータ捨てることにならない?

 

 そんな突然の事態に内心頭を抱えていると、突然くいっと制服の裾を引っ張られる感触。

 振り向けばヒナちゃんが不安そうな表情でこちらを見つめていた。

 

 あー…

 

 あーもー…

 

「やってやろうじゃねえかこの野郎!!!」

 

 ぼくはヤケクソ気味に叫んだ。

 まぁ言い出しっぺの法則というやつだろう。

 ゲヘナの風紀委員の風通しをよくしようと思っただけなのに!!

 ちょっと友達の交友関係が捻じれてるから少しだけよくしようと思っただけなのに!!

 

 心の中で嘆いていると振動音が響く。

 ヒナちゃんの携帯電話に着信のようだ。

 

「…先生?」

 

「では、私は失礼しますね」

 

「あ、ぼくもお皿もってくよ。お盆二つで持ってきたしね。ヒナちゃん、すぐ戻るからー」

 

「わかったわ…もしもし?先生?」

 

 電話に出ながらこちらに軽く手を振るヒナちゃんに会釈をしたチナツちゃんと共にぼくは給湯室にお皿を乗せたお盆を持って歩く。

 

 

 

 

「ハジメさん、今日は本当にお誘いいただきありがとうございました。」

 

「ね?言った通りだったでしょ?」

 

 二人並んで歩きながらそんな言葉を交わす。

 メンタルウサギちゃんのあの友人にはこっちからガツガツいけばすぐよって言って無理やり休憩に同行させたのだ。

 結果は上々、ヒナちゃんは素直な子だから敵意や隔意を持っていなければすぐに仲良くなれるのだ。

 なまじ能力が高いだけに、どちらか、あるいは両方を持たれやすいのが難点なんだけども。

 

「そうですね…思っていたよりもずっと…親しみやすい人だと感じました」

 

「チナツちゃんとはそもそも相性よさそうだなって思ってたけどねぇ」

 

 ヒナちゃんは普通に人と話すのが苦手なわけではないしチナツちゃんも話せば気さくないい子だ。

 

「しっかし…今後もぼくも参加することになるとは」

 

「あら、お友達同士の休憩なんて普通の事じゃないですか?」

 

 くすくす、と小悪魔のような笑いを浮かべるチナツちゃん。

 こういう強かな面もきっとヒナちゃんとの相性はいいだろう。

 あの子は打てば響くからな。

 

「今日のチナツちゃんぐいぐい来る…」

 

「ふふっ、委員長と仲良くなれたこともですが…ハジメさんとも仲良くなれたと思って、はしゃいでしまってるかもしれません」

 

 給湯室に着く。

 お皿とカップをシンクに置いて、お盆を拭いて元あった場所に戻す。

 

「洗うのはこちらでやっておきますので、ハジメさんはお先に戻ってください」

 

「え?無理やり誘ったのぼくだしぼくが洗うよ?」

 

「いえいえ、書類を運んでもらったのが発端ですからここは私が」

 

 いえいえ、いやいや、とお互い譲り合って、結局はぼくが折れた。

 なんか巻き込んだ上に最後の後片付けまでさせて申し訳ないな、と思いつつぼくはヒナちゃんの元へ戻ろうとする。

 

「ハジメさん」

 

 そんなぼくの背中に、チナツちゃんの声がかかる。

 振り返りチナツちゃんを見る。

 

「ハジメさんの抱えてる物が何かはわかりません。ですが、私はハジメさんという人が友達想いの、とても素敵な人だと知りました」

 

 こちらを向いたチナツちゃんが、自らの胸に手を当てて、こちらを見ている。

 

「ですから、どうにもならず、苦しくなった時は今日みたいに一緒にお茶でも飲んで休みましょう?今度は私のお部屋へご招待しますから」

 

 

 

 

「あー…そんなにダメそうだった?今日のぼく」

 

「いえ、傍目にはそこまででは」

 

「…じゃあどうして」

 

「…イオリから朝の事を聞きまして」

 

 あぁ、なるほど。

 

「あれはほんと、虫の居所が悪くて…いや本来あっちゃならないことなんだけども」

 

 そう言って、ぼくは目を反らす。

 こちらをまっすぐと見るチナツちゃんの視線から逃れるように。

 

「あとは…今日のお茶会ですね。気を悪くされてしまうかもしれませんが…今日のハジメさんは少しいつもより気が短いように感じました」

 

 はて?

 そうだっただろうか、朝のアレ以外ではまったく覚えがない。

 

「多分、平時のハジメさんなら、今日のお茶会のような事はなさらなかったのではないでしょうか?何度か似たようなお話になった時は、委員長も話せばわかる、とかそういうアドバイスはいただきましたけど今回のように一緒に休憩することを強行することはなかったですし」

 

 それはまぁ、そうだ。

 だが結局それではヒナちゃんは、彼女は一人のままだろう。

 

「それに甘えて踏み出さなかった私たち風紀委員にも問題があるということがわかり、とても有意義な時間でした。同時にこう感じました。まるで委員長を私たちに託されているようだ、と」

 

 

 

 

 

「それを私は少し、不安に思ってしまいました。ある日、本当にふとした時に…ハジメさんがいなくなってしまうのではないか、と」

 

 …よく見ている(・・・・・・)

 

「ですので、先手を打たせていただきました。ハジメさんが広げようとしてる友達の輪…当然、ハジメさんにも参加していただきます」

 

 チナツちゃんは胸元に当てていた手を口元に上げる。

 

「もしもの話ですが…もし、そのような(いなくなってしまう)事態になれば私はあなたを探すでしょう。仕事には手がつかず生活には著しい支障をきたすでしょう」

 

 

 

「委員長もあなたを探すでしょう。出来うるすべての手段を用いて自らを省みずに、止まるとすればそれはあなたが見つかるか…あなた(全て)を諦めた時」

 

 そして彼女は笑う。

 ひどく蠱惑的に、悪魔のように嗤う。

 

「ですから、ハジメさん。これからも仲良くしましょうね(逃がしませんよ)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩く。

 歩く。

 風紀委員長執務室へと歩くその足取りは、重い。

 

 あの後、「それでは委員長にも楽しかったですと改めてお伝えください」と何事もなかったかのように洗い物をはじめたチナツちゃんに生返事をしてぼくはヒナちゃんの元へと歩き出した。

 

 ぼくだって別に今すぐ消えるとかそういうつもりはない。

 出来るならば今の親しい人たちとずっと過ごしていたい。

 

 でもこのキヴォトスという場所はどうしようもなく残酷で。

 どうしようもなく現実的で。

 どうしようもなく排他的だ。

 

 ここでは先生と生徒が中心で。

 ほかにもいくらか大人はいるけれど。

 

 安納ハジメという存在はキヴォトスという場所においてどうしようもなく無意味で無価値な身元不明(ジェーン・ドゥ)

 

 それでも、優しい人たちに会えて、今がある。

 ぼくの周りの優しい人たちは、きっとぼくがいなくなると悲しんでしまう。

 

 生徒たちは、生徒であって大人じゃない。

 こんなぼくでも、とてもよくしてくれる生徒たちはいる。

 中には、ぼくがいなくなったら、危うい子だって、いる…

 

 だから、そうなってしまう時のために、少しお節介をしただけのつもりだった。

 どうしてこうなってしまったんだろう?

 

 ぼくは、ぼくの周りの人たちにはいつまでも(ぼくが消えても)笑っていてほしいだけなのに…

 

 

 

 

 

 

「ただいまー…」

 

 色々と思った通りに行かない自らの無力感に苛まれながらぼくはヒナちゃんの執務室の扉を開けて中へ入る。

 

「こっちよ、ハジメ」

 

 姿の見えないヒナちゃんの声を追って執務室の奥、大きな窓の方へと向かう。

 そこにはなぜかさっきまではなかったベッドがあって、コートを脱いでラフな服装になったヒナちゃんがベッドに横たわっていた。

 

 …なんで???????????????

 

「ベッド?ナンデ?」

 

「先生からもらった折り畳みのベッドよ。家に帰れない時とかに重宝してる」

 

 先生何贈ってんの???????

 やっぱ先生(あいつ)精神状態おかしいよ…

 

「何してるの?ハジメも横になって」

 

「なんで?????????????」

 

 思ったことそのまま口に出してしまった。

 いや仕事に来て横になれっておかしくない?????

 我ハケンぞ????????

 仕事しに来てるんだけど??????????

 

「先生から聞いたわ...ここ数日忙しくてシャーレにも顔を出してないって」

 

「えっそれは」

 

「そういうわけで残りの業務時間は2時間ほどだけど…寝なさい」

 

 横になるどころか寝ろって言われたんだけど?????????

 お金もらって寝るのはちょっと…

 

「拒否してもいいわ...どうせ結果は一緒だし」

 

 ベッドに横たえていた半身を起こし、枕元の【終幕:デストロイヤー】に手をかけるヒナちゃん。

 ちょ、ヒナさん!?マズいですよ!!

 

「さ、流石に仕事中に寝るのは…ね?」

 

「これも業務の一環よ。先生も私との添い寝って言えば断れないって言ってたし…寝かせるのは得意だもの」

 

 MG(マシンガン)持って言うセリフじゃねンだわ。

 そして先生(アイツ)何言ってんの???????????

 添い寝したいのはお前やろがい!!!!!!!

 

「友達と一緒に寝るのは初めてだから…出来れば静かに横になりたいわ...」

 

 気怠げにそういうヒナちゃん。

 あのね、そういうセリフはね?コッキングハンドルを作動しながら言うセリフじゃねンだわ???????

 ソイツが火を噴いたら間違いなく静かに横になるよ?

 もうやめましょうよ!!!

 

「…わーかった!わかりましたよ!!後悔するなよ、お金もらって寝るとかいう究極の贅沢、ぼくは躊躇もなく堪能するからな!!」

 

「いいから早く来なさい」

 

 ぼくの精いっぱいの抵抗の叫びを軽く聞き流したヒナちゃんはMGを手放し、横になった状態で肩肘をつき、自らの目の前のベッドのスペースをもう片方の手でぽんぽん、と叩いてぼくに就寝を促す。

 結局ぼくは観念してヒナちゃんと向かい合うようにベッドに横たわるのだった。

 

 どうしてこうなってしまったんだろう?

 

 ぼくは、ハケンで仕事に来ただけなのに…




予定より長くなってしまったのでここでいったん切ります
次は今回の〆で短めになると思うので出来るだけ早く上げたいと思っています

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