キヴォトスの皆様!お待たせいたしました! 作:全身鱗マン
需要があったら続くかもしれない
戒厳令下のD.U.。
いつもは活気がありすぎるくらいのこの街は、その瞬間まで不気味な沈黙を湛えていた。サンクトゥムタワーを奪ったカイザーコーポレーションが、生徒会長のいない連邦生徒会の行政権を行使して作り上げた、静寂の帝国。
だが、既に末端では些細な変化が起きはじめていた。大通りに沿ってにわかに無線が活気付き、兵士が警戒態勢に入ろうとしたその間際の事である。
キーンという甲高い音が響き渡る。
閃光弾の耳鳴り? いや違う。
封鎖線へ強行突入した街宣車がまき散らす、強烈なハウリング音だ。
轟音と共に、まるで爆発のように瓦礫が飛び散り、一瞬で視界がゼロになる。
唐突な事態に周囲の兵士たちは色めきだったが、そこはジェネラルの下で鍛え抜かれたカイザーPMCのエリート達である。すぐに注意を欄座した白い影へ向けた。
「んしょっと」
連邦生徒会所属である事を示す塔のマークが青く染め抜かれた、装甲化された街宣車の屋根から、一人の少女が姿を現す。
「あ~あ、綺麗な街をこんなにしちゃって。ここも後で全部舗装し直して、ハイウェイに繋がるようにしようかな」
連邦生徒会の一員であることを示す純白の制服は土や煤に汚れ、あたりに立ち込める粉塵と似たような灰色を呈している。そのただ中にあっても、蒼いネクタイだけが輝くようにはためいていた。
少女は周囲の空気を思いっきり吸い込むと、マイクを抑えてケホケホ咳き込んだ。キヴォトスでの影響力を象徴するその制服と、サイドテールにした明るい色の髪型の他には、あまり目立った特徴が無い。中肉中背で、甘いダミ声をしている。
だが唯一、目の前の光景を見渡す鋭い眼光だけは、見る者に強い印象を与えた。いつもにこやかな彼女が、本当の敵対者にだけ見せる、一瞬の表情。
過剰なまでに重武装し、公道に築いた陣地の中で守られたカイザーPMCの戦闘員たちが、その瞬間、拳銃さえ持たないフリーハンドの少女へ、えも知れぬ強い不安を感じた。
まるで制御できない獣に遭遇したような───いやむしろ、野生や欲望が完全に自律された獣に感じる恐ろしさに近い────────
瞬間、戦闘員はつんのめって後ろへ倒れた。機械部品がコンクリートに打ち付けられる、硬質な音がいくつも響き渡る。
「
瓦礫の山と化した道を踏み越え、粉塵の中から、特徴的なヘルメットの生徒たちが整然と周囲に展開していく。怒鳴られた車上の少女はにやりと笑みを作った。
「こういうアピールは大切なんだよ。敵にも味方にもね」
「うるさいぞ汚職政治家。お前が一番大切にしてるのは金だろう」
「お金が一番大切? 心外だなぁ」
あー本日は晴天なり本日は晴天なり。街宣車の四方に設置されたミレニアム製のスピーカーから、マイクチェックが爆音で流れる。
小さく頷いて、少女は誰にも聞こえないように呟いた。
「逆だよ、サキちゃん。お金でどうにかできないものが沢山あるから、躊躇なくお金を使うんだ」
少女は一瞬の間に胸の中で思い出していた。何の因果か自分が放り込まれる事になった、
お天道様の照らす所と、照らさない所の両方で奮闘した、自分の物語を。
『シャーレの皆様!お待たせいたしました!田中カクエでございます!』
そう、全てはこの時の為にあったのかもしれない。
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その日は珍しく夢を見ていた。何かを告げる予知夢ではなく、むしろ記憶の引き出しを開けてみるような夢だ。
一面の白。
夢がいつも見渡す限りいっぱいの雪原から始まるのはきっと、そこが私の愛と憎しみの出発点だったからだろう。
自分がブルーアーカイブの世界に転生したと気付いたのは中等部一年に上がった頃であった。
逆に言うと、それまでは奇妙な世界に生まれ直したのだと思う程度で済ましていたのだ。いや、気にする暇も余裕もなかったと言った方がいい。
あなたがブルーアーカイブと聞いて真っ先に思い出す物は何だろうか? ゲーム開発部の愉快な冒険? エデン条約編の裏切りと救済? はたまた、無慈悲な統括Pとピラニア溢れる小川、そして、
日本で過ごした一回目の人生の事はもう殆ど忘れてしまったが、私がブルアカをインストールしたのは、それらネタとキャラクターの可愛さに惹かれたからだったように思う。
だが蓋を開けてみれば、王道で手に汗握らせるメインストーリーにやられてしまったわけだ。
仕事中の不慮の事故によりその生を終える前日の夜は、ひたすらプレナパテスとクロコのタッグを手持ちのキャラクターでしばいていた事を覚えている。
結局先生とシャーレの面々が迎えた結末を見ずに終わってしまった事は、最初の人生で残った他の悔いと共に、私の中にずっと残り続けていた。いや、その時は忙しすぎてブルアカくらいしか趣味が無かったから、最も重要な心残りだったかもしれない。
私が生まれたのは、百鬼夜行連合の北端の辺境であった。
百鬼夜行連合が本編より昔に繰り広げていた内戦の結果、行政から取り残された文字通りの寒村で、私は七人姉妹の次女として育てられた。
腐ってもキヴォトスだし、ベアトリーチェによって歪められたアリウス自治区のような有様という訳でもなかったので、姉と共にバイトでもしていれば生活水準はそう悪くならなかった。
だが代わりに私たちの事を苦しめたものがある。
豪雪だ。
現代日本よりも進んでいるように見える摩訶不思議な建築技術で作られた備蓄倉庫がたやすくぺちゃんこになるほどの酷い豪雪を見ていると、私の心にはいつもブルアカのアビドス自治区の事が思い出された。
砂害とその後の詐欺的な取引によって、生徒と校舎、敷地のほとんどを失ったアビドス自治区。
スチルとしてプレイヤーに示された、線路と車両が埋まった静謐で残酷な光景。乾と湿、暖と寒の違いはあっても、私たちの生きる場所とそれはよく似ていた。
それでも私は、この残酷な雪景色を愛していた。
きっとホシノやノノミたちがアビドスにこだわったのと、同じ気持ちで。
私は一歩前へ踏み出す。ローファーの底を貫通して、雪の冷たさが伝わってくる。
ザクリ、ザクリ、ザクリ、ザクリ、
ザクリ、サクリ
パリッ パリッ
パリッ パリッ パリッ パリッ
パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ
パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ パリッ
「うわあ!!!!」
私は気がかりな夢から飛び起きると、自分の体がかわいらしい少女になっている事に気が付いた。
「えっ、女の子になってる!!!!」
「しっかりしなよカクエー。最初から女の子だよ」
オフィスのブラインドからは朝の光が差している。どうやら書類仕事の途中で寝てしまっていたらしい。声の出所を探すと、書類の山の向こうから、王冠のようなヘイローとまとめられたピンクの髪が見え隠れしていた。
「あ、なんだモモカか」
「なんだとはなにさ!可愛い可愛いモモカ様だぞー!」
「ごめんごめん……雪原を歩いてたら、薄氷を踏み割っちゃう夢を見て……」
私はそこまで言って、モモカの手元に目を止めた。私の部屋───連邦生徒会臨時財務調整室で勝手にポテトチップスを開けていることはもうこの際気にしない。だが。
「ねえモモカ、まさかそれを朝食にしようとしてるんじゃないだろうね」
「”それ”じゃない! これは限定500袋のプレミアム明太ポテトチップス! いくら同期のよしみだからってあげないからね!」
モモカは机越しにそのギザ歯を剥き出しにして威嚇してきた。こいつの軽快なパリパリ音はこの歯だから出ているのだろうか……。
「いや別に欲しくないけど……後でモモトークにデリバリーのチケット送っとくから、その分でもっと良い物食べるように。体は資本だよ」
「やったー!太っ腹ー!」
「女の子に太っ腹とか言わない」
私はモモカをいなしながら、徹夜明けの眠たい眼で、朝陽に輝くD.U.の街を見下ろした。
反射する光がきらめき、物流を支えるトラックや鉄道、輸送ドローンが既に活動していることを教えてくれる。
私が寝ぼけていたせいでこの経済のリズムを止めるわけにはいかない。水は溜まると腐ってしまうのだ、と心の中で呟いた後、私が何を言っているんだ、と自嘲する。
ともかくも軽くシャワーを浴びたら飯を食べて昨日の続きをしないと。
既にゲームで知っていたとしても、連邦生徒会長の失踪はあまりに突然だった。
私が成り行きで連邦生徒会へと転がり込んだ十三ヶ月後、生徒会要職への昇進が内定してから二ヶ月と少し後、サンクトゥムタワーの行政権は突如として停止した。
透き通るような水色とピンクのインナーカラーをした彼女は、忽然と姿を消してしまったのだ。
連邦生徒会に入ってまだ日が浅い時期に、遠巻きに眺めるだけだったが、その柔らかな優しさと凛々しさを兼ね備えた不思議な雰囲気は、記憶に残っている。今はシッテムの箱の中に居るはずのアロナちゃんとどういう関係なのだろうか……。
前世で色々な考察はあった。だがそれを直接訊いてみる勇気はなかったし、環境に慣れるのに必死でその余裕もなかった。
そして私には、解けないままの疑問と、原作では登場しなかった空席のポストが遺された。
「財調室長」
とりあえず下階のシャワールームを使おうと思い立ってエレベーターを待っていたその時、背後から声をかけられた。
「あ、アオイ先輩。おはようございます」
アオイ先輩。少し紫が入った綺麗な青色の髪をしたこの生徒会の同僚に、私は若干の苦手意識を持っていた。
「先輩って呼ばないで、『コンピューター付きブルドーザー』さん。あなたとは対等な立場になったでしょう? 生徒会長の失踪でね」
苦手意識というか、向こうになにか勘違いをされているようなのである。
なんなんだ『コンピューター付きブルドーザー』って。いや、『冷酷な算術使い』とか『超天才病弱美少女ハッカー』みたいで嫌いではないのだが、どちらかというとそれはブルーアーカイブというより
「ははは、あだ名は嬉しいですが、もっと可愛いのがいいですね。何か新しくつけていただけませんか?」
「その立場を手に入れるのに幾ら積んだのかしら? 覚悟してなさいよ、あなたと裏社会の繋がりを白日の下に晒してあげる」
アオイ財務室長。
原作最終章にて生徒会長代行のリン行政官に対して疑念と心配から不信任決議を行い、結果的に生徒会を機能不全にしてしまった人物。
先生の活躍が無ければ危うく事態を取り返しのつかない所まで追いやる所だったが、その心根の誠実さは疑う余地がない。誠実だから手に負えないという所はあるのだが、少なくとも責める気にはなれない。
問題は、リン先輩とシャーレに向くはずだった矛先が私にも向いてしまった事だろう。
私が務める臨時財務調整室は、生徒会長失踪の経済的混乱を現場レベルで制御すべく設置された場所だ。なので、司る業務がアオイ先輩の財務室と部分的に被ってしまっている。
無論、管轄をどこで割るかの話し合いは入念にされたが、混乱の中で曖昧になってしまった部分も多々あり、私の経歴の不透明さも含めてアオイ先輩側で不満を募らせてしまったらしい。
「ふう……」
アオイ先輩が降りた階を、エレベーターのドアが両側から隠していく。私はこれから起きるであろう──いや、現在既に進行中なはずの、エデン条約をめぐる陰謀について思い出していた。疑心暗鬼と裏切りが行進する華やかなパレードのようなあの物語を。
みんなおもいっきり青春したらいいのに、どうしてこうなっちゃうんだろうか。いや、この苦さこそ、青春の味だとでも言うのか?
「アオイ先輩、リン先輩。気を付けてくださいね」
現在高度と各フロアに入った部署を表示する液晶パネルに、一瞬だけ「防衛室」と表示され、すぐ過ぎ去っていった。
「本物の裏切り者は、私以外に」
あるいは、
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『ご質問にはこの私、田中カクエがお答えします。
ご指摘の通り先日の連邦生徒会長の失踪は、連邦生徒会、ひいてはキヴォトス全体の経済の動揺に繋がり、市民の皆様へ大変ご迷惑をおかけした次第であります。これにつきましては早急な収拾を図りつつ、むしろキヴォトスをより暮らしやすい場所へと改造していく良いきっかけになると考えております。皆様の応援をよろしくお願い致します』
『昨今ゲヘナ・トリニティ間で浮上しております所のエデン条約につきまして、連邦生徒会としては中立的立場を取るとしか言えません。が、連邦生徒会としてではなく、いち学生である私の個人的心情といたしましては、諸手を上げて賛成するところであります。両校の抗争による大規模な破滅を回避する事は、大きな自治区の間でその権利を無視され、虐げられてきた小さな自治区の生活や学びを保障することにも繋がります。私は私自身の故郷と同じような小さき自立者たちの平和を願う者であります。しかしながら、これまでにない巨大勢力が誕生する事によるパワーバランスの変化には注視が必要であり、連邦生徒会の重要性がより一層……』
『SRT特殊学園の閉鎖につきましては、情勢が不安定になった現在、彼女らが向けるべき矛先を間違わないための一時的な措置であります。生徒たちの他学園への編入を推進しつつ、閉鎖によって欠けた警察力は、ヴァルキューレ警察学校への設備投資によって補う予定であります。なお、これに用いる財源は防衛室並びに臨時財務調整室において調整中で……』
「いやーカクエは昨日も絶好調だったねえ」
これは昨日行った連邦生徒会による定例記者会見の録画だ。私はモニターで流れるクロノス報道部の放送を切って、同じ配信サービスで見られるモモフレンズのアニメ映画に変えた。こちらの方がよっぽど見ごたえがある。
臨時で財務を調整するに過ぎない役職なのに、いつのまにか口数の少ないリン先輩に代わって連邦生徒会のスポークスマンのようになってしまっていた。
いや、顔が売れるのは悪い事ではない。私はこうして言葉を選んだアジテーションを繰り返すことで、意図的に支持者層を選び、基盤を拡大した前歴があるし、そして連邦生徒会に入った事自体にも大きな政治的動機がある。
でも。
「モモカ」
「んー?」
「……いや、なんでもない。それより、こんなところに居て良いの? リン先輩が探してたよ」
「げえ! またねカクエ!」
モモカは瞬く間に換気ダクトの中へと消えていった。というかそんなところに抜け道があったのか。
誰もいなくなった部屋で、昼食代わりのマスタードーナッツを食べながら、これからの事について考える。
記者会見で話していた事は、全くの嘘ではない。
でもとてもじゃないが誠実な回答ではなく、どちらかというとイメージ戦略のためのハリボテに近い物だった。
壁に貼りだされた、D.U.全体の地図を眺める。各金融機関や物流拠点、ハイウェイなどの道路、そして連邦生徒会関連施設がプロットされた昔ながらのアナログな地図だ。
ある一点に目が留まった。
連邦生徒会捜査部、シャーレ。先生がここを奪還するところから始まり、そして再びここを奪還するため──逆境の中、いちから出発し直すために、かつて敵だった仲間と共に戻ってくる、この物語の中心地。
生徒会長が失踪し、シャーレの地下にあるクラフトチェンバーとシッテムの箱によって制御が戻ってからしばらく経つ。ちょうど今頃の先生は、アビドス自治区にかかりきりだろうか。
私はドーナッツを食べ終わると、拭いたその指で引き出しに隠された指紋認証の金庫を開け、普段使いのとは別の携帯電話を取り出した。モモトークなどは入っていない、ただ電話する機能に特化したそれで、あるところへ電話をかける。
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田中カクエ、一年生。
百鬼夜行連合北部の村出身。七人姉妹の次女。
中等部へ入学と同時にD.U.へ移住。中小規模の学校に在籍し、中等部三年生までの二年間にかけて豊富な資金を元手に建設業を経営。同時に巧みな選挙活動を展開。
各地方の大胆な再開発を提唱。D.U.及びに大自治区に属さない地域での支持を集め、異例の無所属での議員入りを果たす。
連邦生徒会では臨時財務調整室の室長も兼任。
なお、公共事業においての贈賄やブラックマーケットでの目撃情報など、裏社会との繋がりも囁かれるが、真偽は不明……。
クックック。一介の生徒にしては、随分と危ない橋を渡っているようですが……」
街の光しか差し込まない、とあるビルの暗い部屋で、私は一人の男と対峙していた。
いや、男と言ったが、性別があるのかさえ判然としない。ベアトリーチェがマダムと呼ばれていたあたり、そのようなアイデンティティはあるのかもしれないが、彼らにとってそれがどのくらいの価値を持つのか、わかりかねる。
「あなたの資料にある通り、私はちょっと土建屋をしておりましてね。危ない橋を補強するのが得意なんです」
目の前の男は、その蒼ざめた炎をゆらめかせ、また笑う。いや嘲笑う。
私は自分の顔を笑みの形に歪ませながら、来客用のソファーの下に置いていたトランクを差し出した。
ドラマの三流悪役は、こういう物を菓子箱に入れてきたりする。私はそんなことはしない。
”本物”は、現金を現金として渡す。
「こちら、手土産です。ざっと四億円。達成を確認したらさらにこの二倍を」
「ほう」
「先生のそれと比べてお粗末ですが、これが私の大人のカード。いや、子供のカード、と言ったところですかね。現ナマですが……」
そう、子供のカードだ。私のキヴォトスにおける政治家生命を縮めて行使される、ひとつの切り札。
「連邦生徒会という立場を活用したとしても、この額を集めるのは大変だったでしょう。それで、何を望むというのですか? あなたはこの辺境……アビドスに度々訪れる程に肩入れしているとの情報もありますね。彼女たちの借金の肩代わりには、多すぎるのでは?」
「いや、それは彼女たちが……彼女たちと先生が解決すべき物語です。私の物語は、ジャンルが違う。そうでしょう?」
「いやはや、ゴルコンダ……失礼、我々の知り合いと気が合いそうですね」
「ゲマトリアの方々と並べていただけるとは恐れ多いです」
また炎が揺らめく。意識がそれに持っていかれて、私の人間性の底の底までもが露出してしまいそうだ。
そうだ。これまで幾度となく危険な橋を渡って、今の立場を築いてきた。
それなのに……身体がガチガチにこわばっている。
「では何を求めるのです? 私どもの研究? 技術? 芸術? テクスト?」
「私が欲しいのは、怪物でも、巡航ミサイルでもありません。なにか真理やこの世界の事を知りたいわけでもない」
窓の外を指差した。街の外れ、その遥か砂漠の向こうを。
「あなた方のお仲間が発掘した『船』。その構造図を少々複製してもらいたい。これで足りますか?」
黒服は、頭の焔を揺らめかせながら、しばらく黙ってこちらを見詰めていた。
その長い枯れ木のような手を顔の前に組み、ただじっと。
時計の秒針がいくつ刻まれただろうか。沈黙が破られた。
「ゲマトリアとしては、あなたがその身に宿す神秘の方に興味がある。癒着した石英と水晶の淡いのような、純粋ではないが故の美しさ……。あなたが我々の一員になれば、もっとあらゆる物を知ることが出来ますが」
「ははは、それは遠慮いたします」
「なぜ?」
私は机の上のトランクを軽く見遣った。
「守るべき場所があるから」
「それは、あなたたち政治家の言う、票田という意味で?」
「あなたはどう思います?」
「……」
ビルを出て、しばらく歩く。
少し離れたところでモモトークをいじり、連邦生徒会の車を呼び戻した。
行き先を伝えると、車は砂塵を巻き上げて滑り出す。地平線ではもう日が昇り始めているが、人の影はほとんどない。空き家がちな住宅街を見つめながら、私は先程のやり取りを思い出していた。
───わかりました。ご所望の図面は後程郵送させていただきます。発掘にかかるコストを考えたら、本来はこの程度でも足りないのですが……
───あなたは、先生にはやや劣りますが、面白い。
───田中カクエ。ゲマトリアは、あなたも見ておりますよ。大人のようで、子供のような、あなたを。
きっと図面は手に入るだろう。なぜなら契約は、支払って、受け取ったという事実が重要となるからだ。
古来、人々が儀式を行うのは、儀式によって支払った分だけ帰ってくるだろうという期待が、その世界観を支えているからだ。だから、子羊は生贄に捧げられる。
贈与の心性────物語の原則に縛られる限り、ここからは逃げられない。私もまた、その一人なのだろう。
だから先生、お願いしますね。私は、私のやり方で、私たちの物語を救うから。