キヴォトスの皆様!お待たせいたしました! 作:全身鱗マン
やはりこの地下のどこかに、”箱”の存在を感知しました
曰く、夢は散り散りになった現実の断片であるという。夢の内容は自らの体験を整理するための走馬灯であり───つまり、睡眠とは疑似的な死ということになる。
あるいは、時に夢は現実との整合性を取らんとしてその内容を変える。
例えば、真夏の室内でうたた寝をしてしまったとしよう。刻一刻と脱水していく体は、砂漠でオアシスを求めて彷徨う夢を見せる。いずれにしても、夢で起こる出来事は、ことごとくメタファーとして解釈され得るのだ。
じゃあ、この夢は一体何のためのものだろう?
「またこの夢だ」
吐き出される息は、質量を帯びた白さをしていた。ぽつりと言葉を口にして、直後に驚く。発せられた私の声は、うんと幼く感じる。
一歩踏み出すと、ざくりと音がして雪がかき分けられた。故郷の雪原を繰り返し夢に見る度、だんだんとそこで自由に動けるようになってきた事に気付いたのは、つい最近のことだ。どうやら明晰夢というものらしい。
少し足に力を入れると、私は雪原を駆け出していた。デスクワークで固まり切った現実の私と比べると、身体が空気のように軽く感じる。走っている勢いそのままに、そのままごろりと寝転がる。柔らかい雪に全身が沈み込み、スキーウェア越しにひんやりとした冷たさが伝わってきた。
空を見上げる。花曇りの白一色で、降りしきる雪の結晶が、ときおり鼻の頭を濡らす。
「鳥の……足跡?」
首を倒すと、直ぐ横に点々と付けられた、小さな窪みが目に入った。その先を目で追うと、一匹の小鳥が立っている。
雪に輪郭が溶けて消えてしまいそうな、白い色をした小鳥だ。種類はシマエナガだろうか。首をかしげて、黒い双眸でじっとこちらを覗き込んでいる。
「ここが君の夢か。随分殺風景じゃないか」
シマエナガは微かな羽音を響かせて飛び立ち、その主の肩に戻っていった。上半身を起こすと、全身が目に入る。頭の上に、淡い黄金色の狐耳が踊っていた。
「百合園……セイアさん」
「なぜ、という顔だね。でも、私がこのような力を持っていることは、既に知っていたんじゃないかい?」
そもそもブルーアーカイブというゲームでシマエナガと言えば一人しかいない。
百合園セイア。ティーパーティーの欠けたピース。彼女は原作の三章において先生の夢に度々登場し、警句や説明を与えていく役割を担っていた。同時に、彼女が死んだという誤情報が、聖園ミカを筆頭としたアリウスの協力者たちを追い詰めていく原因となっていた。
予知夢を見る力が半ば暴走し、夢から夢へ無数の可能性を渡り歩くうちに、どこからが幻想でどこからが現実かが曖昧になってしまった少女だ。ドリーミーセイアですまない。
「確かにそうですが……」
先生の夢に出てくるからには、私の夢に干渉できてもおかしくないことは、理屈として理解できる。だが、自分の記憶を模したどこまでも個人的な世界に別の誰かがいるというのは、ものすごく奇妙な体験だった。
「しかし、想像力の貧困だとは思わないか。このような厚さで積もったふわふわした雪の上を歩けば、普通膝まで沈み込むものだ。雪下駄等の器具を用いなければね」
「えっ」
そう指摘された瞬間、私の足元がズボっと音を立てた。急に膝まで雪の中に沈みこみ、世界に対して視線が少し低くなる。
私の意識と直結するこの夢が、よりリアルな形に修正されたのだ、と直感で理解した。
「なんで……」
「言っただろう、この世界は、ほとんどが君の想像力で編まれた世界だ。夢においては、現実の体験と、想像の体験が均質化される。君も小説や創作物の世界で生きる夢を見た事があるだろう?」
まるで、大昔に蒔かれた種が芽吹くように、違和感が体を貫通するのを感じた。セイアさんは感情が見えない顔でじっとこちらを見据えている。
「夢と現実の区別がつかなくなった私のように……君もまた、ある白昼夢に憑りつかれている。最初に植え付けられた嘘が、いつしか君の中に根を張るまでになったんだ」
ティーパーティーの白い服の肩に、白い雪が積もっている。今すぐその華奢な肩の雪を払ってあげたいが、足が降り積もる雪に拘束されて、この場から動けない。セイアさんはぶるりと身震いして、雪原の向こうを見遣った。
「あれが君の作ったモノだね」
穏やかな雪は次第に吹雪へと変わりはじめている。灰色にかすむ風景の向こうに、ぼんやりと天突く塔の白い影が見えた。円錐状の巨体は、まるで世界を切り分けるみたいに、パノラマの空を左右に分割している。それはまさに、まもなく完成を迎えようとしているジックラトそのものだった。
「エデン条約の確実な成就のための舞台装置……といったところかな。でも、なぜ塔でなければいけなかったんだい?」
セイアさんがそう尋ねる。彼女が来てから、今までの夢では起こらなかったことが次々に起きている。
「ゲヘナとトリニティ、そのどちらにいても見えるように、統合の象徴として。あるいは……賽の河原の石積みかみしれません。ここはきっと地獄です」
「地獄」 セイアさんは意外そうに繰り返す。「夢は夢だが、同時に現実の断片だ。君にとっては現実の世界こそが地獄かもしれないが」
地獄という抽象的な言葉が自分から出たことに、意外さを覚えた。そう感じるのは、塔まで続く雪原に、夥しい数の骸骨が転がっていることに気付いたからだろうか。
一歩踏み出すと、足元でざくり、と音が鳴る。これは雪を踏みしめる音などではなく、もしかして───。
「秘密を盗み見たことを謝らせてほしい。私はある時、夢を通して君の真なる過去を見た。どうか思い出してくれ、君の内に秘められた地獄の風景を」
勢いを増して降りしきる雪が、足跡と骸骨と、目の前に立つセイアさんまで、地表にある全ての物を覆い隠していく。
「───そして、ミカを、ナギサを……ティーパーティーを頼むよ、
その言葉だけが、目覚めた後の記憶に残っていた。こんな生活をしていたら肌が荒れてしまうというのに、また財調室の机で眠ってしまっていたらしい。机の上の書類、PC、マグカップ、その他あらゆるものに朝日が降り注ぎ、まだら模様を作っている。
気配を感じて振り向くと、いつの間にかオフィスの隅に座っていたモモカの瞳が、まばたきもせずじっとこちらに向けられているのが目に入った。
オフィスチェアの軋む音が嫌に耳に刺さる、ある静かな朝の話だ。
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『じゅ、十台以上の建設重機がE-14入り口から侵入、三番メイン通路を進撃しています! 中戦車も投入されていて隔壁がメタメタに撃たれてますよ!? 反政府組織の襲撃ですか!?』
臨時のオペレーターになってもらったカヤ先輩の悲鳴が端末から聞こえてくる。私は少しイヤホンを耳から離して、コントロールスイッチを押して音量を三つ下げた。
「あいつらは最強にして最悪の掘削屋、ゲヘナ学園の温泉開発部です。よかったですねカヤちゃん先輩、連邦生徒会長代理になったらあいつらと対峙するハメになってましたよ」
『テ、テロリスト……!! なんでこんなテロリストが野放しになっているんですか!』
「まあ、単なるテロリストだったらまだ良かったんですけどね……」
RABBIT小隊もそうだったが、このキヴォトスには単なるテロリストじゃない奴らが多すぎる。それは非常に厄介で、一方である種の救いでもあった。
温泉開発部の厄介なところ、それは思想や要求が存在しないところだ。彼女たちは温泉を掘削整備したいという欲求だけで、全てを破壊できてしまう。
「ダメージコントロールの状況はどうなってますか?」
『該当区画のパイプラインを遮断、隔壁を降ろして作業ドローンと作業員は退避させたわ。もうすぐその場に警備装置が到着するはずよ』
尋ねるとリオ会長の冷静な声が返ってくる。彼女は現在行方不明なのに、いかなる方法をもってしてかこのジックラトの状況を完全に掌握していた。
通路を熱源の方へ歩いていると、廊下の照明が私の頭上を追い越して消えていった。周囲は非常灯の青い光に包まれる。進む方向には燃え盛る炎の紅蓮が差し、まるで夕方がやってきたようなありさまだ。
「いっくよ~!」
鉄扉の向こうから、くぐもった声でそう聞こえる。ズズ、と縦一文字に紅く光る線が隔壁に刻まれ、直ぐに真っ二つに溶断された。
轟音を響かせて、破壊された鉄の塊がこちらに倒れこんでくる。たくさんの作業員達が通路いっぱいに待ち構えているのが見えた。
「あれ?機械ばっかりだと思ってたけど人がいる!もしかして迷子かな?」
先頭に立つ少女の持つ、今しがた使われたばかりの火炎放射器は、真っ赤に赤熱していた。時折噴射口から燃え残った燃料が炎を上げているが、彼女は気にするそぶりを見せない。
「あっ!その子、ニュースで見た事ある!」 ヘルメットをラフにかぶった温泉開発部員の一人がそう声を上げた。「確か、連邦生徒会の……カクエなんちゃら室長?」
「そっか、カクエちゃんか!」
少女はぱあっと顔を明るくさせる。
「ここは地下だけど……温泉がある限り、今日も今日とて絶好の開発日和!私は温泉開発部のメグ!よろしくね!」
「よろしくできない!」
私は思わず叫び声を上げていた。
「警備ロボ、正面の目標を排除して!」
そう背後に呼びかけるが、暗闇が広がるばかりで、何も反応がない。焦ってインカムに小声で話し掛けた。
「リオ会長、何も起きませんが」
『ちゃんと正式名称で言ってちょうだい。正式名称じゃないと動かないわ』
「え……なんでちょっと拗ねてるんですか?」
多少嫌だが、背に腹は代えられない。
「あ、アヴァンギャルド君V2特殊警備型、正面の目標を排除して!」
キョトンとしている温泉開発部の面々へ向かって、暗闇から巨大なロボが突入する。そのセンサー類が集約された顔は非常に特徴的だが、キャタピラで力強く駆動される下半身と、各種武器が満載された上腕下腕は、静かな殺意に満ち溢れている。
かつてゲーム開発部の冒険に強敵として立ちふさがったアヴァンギャルド君は、このジックラトを守護する警備ロボとして蘇っていた。問題点を修正しパワーアップしたアヴァンギャルド君は、リベンジマッチを果たすべく、温泉開発部の集団へと襲い掛かっていく。キャタピラで廊下が削れて、盛大に火花が上がっている。
「うわぁ!? 何このダサいロボット!?」
メグさんが悲鳴を上げた。今の発言はリオ会長に聞こえていないことを祈る。
「う……足回りが利かない!」
アヴァンギャルド君に搭載されていたロケット砲は、戦闘時に施設を破壊しないよう、トリモチのような粘着質の物質をばらまく弾に換装されていた。弾は温泉開発部の重機や戦車に張り付き、行動を強く制限する。しかし戦車からの砲撃が止む事はなく、直後にアヴァンギャルド君も左腕を一本失う。部品が私の隠れた隔壁の破片の傍までぶっ飛んできた。
(まずい……このままだと、負けないにしても勝ちきれない)
アヴァンギャルド君V2は施設内で運用する予定だったので、さすがに戦車との戦いは想定していないのだ。温泉開発部には一定の警戒を払っていたのだが、甘かった事を痛感する。
(説得できたら最高だけど)
ちらりと修羅場の方を見ると、メグさんが大立ち回りを演じていた。彼女が手に持つ火炎放射器が放射状に振り回される度に、追加で投入されたAMASが、まるで蚊を落とすがごとく撃墜されていく。
私の説得じゃ、絶対に聞いてくれないだろう。実行されることはなかったが、彼女たちは温泉のためなら躊躇なくレッドウィンター全土を沈められる集団だ。価値ツリーの頂上に温泉開発があって、ここに温泉が湧く可能性を排除できない限り、絶対に止まることはない───
「メグ!」
───その声が響くのと、メグさんの火炎放射が止んだのは、ほぼ同時だった。
中性的な、でも大人びた落ち着いた声だ。いや、大人びているというより、大人の声といった方が正しい
その人物は、通路脇の非常階段から降りてきた。纏っている服は連邦生徒会の物に近い。
(いや、似ているけど違う。あのジャケットは……)
連邦生徒会捜査部、シャーレ。その首班に与えられる制服。私はかつて一度、トリニティ学園でそれを目にしたことがあった。
「あれ、先生? どうしてここにいるの?」
傷だらけのメグさんの、間の抜けた声が地下通路に響いた。
「
思わずその名を口にする。スローモーションのごとく、ゆっくりと視線が交わった。
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『ようこそ多目的施設ジックラトへ。あなたの訪問を歓迎いたします。
当施設は大きく3つのエリアに分割されます。ゲヘナとトリニティ、両校の方向へ向かって架けられたゲートブリッジ区画。
大規模なイベントも可能な設備を備えた、最先端のショッピングが楽しめる商業区画。
そして、エデン条約機構の保全、維持、条約の監視、履行のために設けられたメインタワー区画。
なお、展望台を除くメインタワー区画への入場は、連邦生徒会の要求するセキュリティクリアランスを満たした上で、非武装が条件となっております。
お手数ですが、お持ちの武装類は、安全装置を掛けた上で一階のロッカーにてお預け下さい。どうかご協力を宜しくお願い致します』
エレベーターの上昇する、静かな音が響いている。ガラス張りの向こうには快晴のD.U.と海が映っており、その手前には透過モニターがジックラトの3Dモデルを表示していた。
先生はきちんと解説音声を聞いているようだったが、視線はずっとこちらに向けられている。
「しょ、書類のやり取りは多少ありましたが、こうしてお会いするのは初めてですね。はじめまして、連邦生徒会財務調整室の田中カクエです」
どうも、と軽い会釈が帰ってくる。柔らかく、気やすい雰囲気を感じるが、その視線は一向に外れてくれなかった。正直、とても話し辛い。
「あの……ずっとこちらを見つめられているのは一体……」
先生の眉がピクリと動いて、苦し気にぎゅっと閉じられた。そのまま顔を背け、目を逸らされる。
「実は……高所恐怖症なんだ!」
ごめんね、と謝られる。私ははっとした。そういえば、原作でも先生が高所恐怖症っぽい描写は何度かあった。その割にはよく観覧車や屋上に登っていたから意識していなかったが、このほぼ全面が透過されたエレベーターはきついに違いない。
「す、すみません! 気が回らなかったもので……あともう少しの辛抱です。建設途中でして、先生をおもてなしできる場所がここくらいしかなく……」
振動と共に減速した高速エレベーターは、ようやく展望台に到着した。
メインシャフトを取り巻くように、ドーナッツ状のフロアが設けられている階だ。早期に完成していたこともあって、既に什器の搬入が済まされているエリアがここある。使用感のない椅子が、新品の家具独特の匂いを発している。
本来ならカフェや売店などが入るはずだが、さすがにまだ営業まで持っていけていなかった。仕方がないので、先生を座り心地の良さそうな(そして外が視界に入らない位置の)椅子に誘導する。
どっかりと座りこんでヘロヘロになった先生には、先程のメグさんを制止したときの切れ味は全く感じられなかった。かっこいい時とそうでない時で非常に落差のある人物だな、というのがファーストインプレッションだ。
「先程は本当にありがとうございました。先生が偶然いらっしゃらなかったら、温泉開発部の暴走を止められなかったと思います」
正確に言えば、自分たちだけでも止めることはできたと思う。だがそのためだけに施設へ多大なダメージを与える羽目になっていたことを考えると、やはり感謝してもしきれない所がある。
「メグも、私の……シャーレ所属の生徒だからね。大切な施設を壊そうとしていたら、さすがに止めるよ」
先生は自販機で買ったアイスコーヒーを一口飲み、ネクタイを緩めながらそう言った。「生徒のやることは基本否定したくないけど、止めなかったらナギサやリンが怖いだろうし」
突然出てきた仕事先と上司の名前に、つい口元が綻んだ。
「いやぁ、あの二人から怒られたらさすがに怖いでしょうね」
「本当だよ」
そのまま、先生と静かに笑いあう。
言われてみれば、先生と私は似たような立場にあった。それは私の行動が前世の”先生”視点の物語を参考にしているからというのもあったが、それ以上にきっと、偶然の要素が大きかったに違いない。
「それで、本日はどのような御用で来られたんですか?」
「セイ、いや、ナギサからここの様子を見てきてほしいと言われてね。エデン条約も差し迫っているし」
エデン条約の調印は、原作通りに”通功の古聖堂”にて行うことになった。だが同時に、このジックラトにおいても、ETO本部設置セレモニーが行われる手筈となっている。
「銃の持ち込みを制限する関係で、当日はこちらに行った方が良いと言われてね……ほら、私は一発撃たれただけで死んじゃうからさ」
私は曇天に佇むボロボロのヒナ委員長を回想した。
先生の言う通り、このジックラトにおいては銃の持ち込みを基本的に禁止することになっていた。カジュアルに銃を持ち歩くキヴォトス人の価値観からしたら異質なこのルールには、ゲヘナートリニティという対立する両校が同居することになる環境下で、偶発的な抗争を抑止しようとする意味が込められていた。
……しかし正直なところ、この案の起点には、私自身の銃への恐れが根底にあることは間違いない。このジックラトは、私が作り上げた巨大なヤドカリの殻なのかもしれなかった。
「いえ、そういうことでしたらむしろ、先生には”通功の古聖堂”にて式典にご参加いただければと思います」
「それはなぜ?」 先生は首を傾げた。胸元のIDカードがゆっくりと揺れる。
「必ずお守りするからです。必ず、エデン条約は成就いたします」
「楽園の存在を、私が証明いたします」
先生はしばらく目を閉じて黙っていた。それはまるで、私には聞こえない声を聞いているかのようだった。
「うん、わかった」
先生は目を開いて、優しく微笑むと、「頑張ってね」とだけ告げて、シャーレへ帰っていった。