キヴォトスの皆様!お待たせいたしました!   作:全身鱗マン

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Ep.12 ビスケット・ハンマー

 

 

 

D-DAY AM 11:00

D.U.市街地

 

 もし仮に空を飛ぶクジラがいるとしたら、どんな姿をしているだろう?

 阿慈谷ヒフミがそんな空想に思考を遊ばせたのは、ビルを掠めるようにして飛ぶ巨大な飛行船を目撃したからだった。

 

「ヒフミ」

 

 振り向いたアズサに声をかけられ、彼女は我に返った。あわてて駆け出したヒフミは、途中で転びそうになりながらスクランブル交差点の人流に溶け込んでいく。

 車道の対岸に、あの厳しい補習授業を生き抜いた仲間が待っている。のみならず、彼女の行く末には、キャラクターショップに、イベントに、モモフレンズコラボカフェまでもがその腕を広げて待ち構えていた。今日はペロロづくしの一日にすると、もう一週間前から仲間たちと決めていたのだ。

 

 鏡面のように磨かれた近未来的なビルの側面に、クロノススクールの運用する飛行船がその姿を反射させる。どてっぱらに設置された大型モニターが地上の視聴者からよく見えるように、推進プロペラを低速回転させてゆっくりと飛翔していた。

 

 

『本日、キヴォトス全土を揺るがす歴史的な条約が結ばれようとしています! 昼の調印へ向け厳戒態勢が敷かれる”通功の古聖堂”前より、クロノス報道部のアイドルリポーター川流シノンがお伝えしています!』

 

 その日、古びていながらも相応の威厳を感じさせる聖堂に、ゲヘナとトリニティの校章が対になるよう掲げられていた。建物の内外で動きまわる両校の生徒は、歩哨の一人に至るまで異様な緊張感が横溢しており、すれ違おうものならば今にも発火してしまいそうな印象を与える。

 現場の全容が収められる少し離れた路上に立ち、マイクを持つ褐色の少女が元気いっぱいにまくし立てている。 「あっ!見てください!」という声に応じて、カメラの映像が画面の奥へ向けてクローズアップした。検問のゲートをパスし、黒塗りの高級車が車列を成して次々と入場していくのが、揺れるレンズに捉えられる。

 

『あれはゲヘナ学園のマコト生徒会ちょ、え?違う?……あれは風紀委員のヒナ委員長? 万魔殿のマコト議長はなんか拗ねて欠席?』

 

 スタッフに耳打ちされたシノンは、再びカメラの方を向き直った。

 

『さすがはマコト議長!冴えわたるその手腕は決して支持率を裏切りませんね!』

 

 中継ポイントへゲヘナの戦車砲が撃ち込まれたのはその直後の事である。シノンは乱れる画面の中でチャンネル登録を促す逞しさを見せつけ、そしてあえなく放送は一時中断された。

 

「うちの戦車が発砲してるけど、何かあった?」

 

 風紀委員長は頬杖をついて流れゆく車窓を眺める。外では正装をしたゲヘナの風紀委員が一列に並んで花道を作っていたが、ヒナの関心は既にそこにない。彼女の憂鬱を強調するオブジェでしかなかった。

 

『少々お待ちください……どうやら万魔殿がうるさいマスコミを排除したそうです』

 

 インカムからアコの声がそれに答える。ヒナは瞑目し、今日何度目かわからない溜息をついて空を見上げた。

 

「……天気、変わらないといいけど」

 

 会場の上空は透き通るような快晴だが、ビルの群れに隠れるようにして、西の空に黒い雨雲が見える。場合によってはにわか雨にふられかねない空模様だ。

 調印式に集った両校の生徒たちは、互いが互いの面子を潰さぬよう、いや、互いが自分たちの面子を潰さぬように必死だった。その故あってか、ささいなトラブルは何回か起きつつも、おおむねスケジュールの範囲内で準備が進行していた。

 

 決定的な瞬間は、あと一時間後に迫っている。

 

 

 

 

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D-DAY AM 11:30

 

アビドス自治区 アビドス高等学校

 

 

「あついよ~!」

 

 対策委員会室の天井を見上げ、ホシノはしおれた青菜のような声で呻いた。

 

「おじさん参っちゃうよ~ リゾートの砂浜もそりゃ暑かったけどさ、帰って来てからも灼熱砂漠ってのはどーなのよ」

 

「あはは……この時期のアビドスは残暑が厳しいですしね」

 

 机にへばりつくようにしてホシノが倒れこむ。アヤネは苦笑するが、一定の共感を示してもいた。

 

「ずう~っと水着で過ごせたらいいんですけどねぇ」

 

 ノノミは扇風機の傍で涼みながらそうぼやく。「覆面水着団ならぬ、日常水着団ってことで♤」

 

「はあ……暑すぎてツッコむ元気も出ないわ……」

 

 とうとう会話にも染み出した茹るような温度感に、セリカはとうとうあきらめてしまった。

 

「ん、私は大丈夫」

 

 シロコが顔を上げてそう答える。手元のスマホからはニュース動画の音が漏れ出ていた。

 

「あー、シロコ先輩は暑さに強そうですよね。流石に今は夏服だけど、春でも秋でもマフラー付けてるし」

 

「そうじゃなくて」

 

 シロコは両手でノートを広げてセリカに見えるようにした。プリントアウトされた施設内見取り図や画像が貼り付けてあり、夥しい数の書き込みがしてある。

 

「突っ込む用意はできてる」

 

「どこに!?」

 

 セリカはバランスを崩して椅子から落ちそうになった。落ちそうになった後に、自分のツッコミ力の底の知れなさにセリカは恐怖した。

 

「これを見て」 シロコが画像のうちの一つを指さす。「ここに金庫が映っている」

 

 それは財政に関する連邦生徒会プレスリリースの記事の切り抜きだった。スクリーンショットに入った写真には、執務室の机に座って微笑む田中カクエの姿が映っている。いかにもお役所の広報らしい絵面だ。

 

「これ……カクエさん?」

 

「ん、そこじゃない。その後ろの壁」

 

 シロコの言う通りに視線をずらすと、そこには一枚の絵が掛かっているのが見えた。直下には、小ぶりな金庫が置いてある。書類を保管するための物だろうか?

 

「これが連邦生徒会の秘密金庫なんじゃないかと思って」

 

「先輩……」

 

 アヤネは悲痛な目でシロコを見た。

 

「矯正局への差し入れは何がいいですか……?」

 

「ん、約束したし強盗はやらない。それに、まだ捕まると決まったわけじゃない」

 

 シロコは次のページを捲る。同じような記事の、同じようなアングルから取られた写真が貼られていた。

 そして、同じような微笑みを浮かべたカクエ。しかし間違い探しのごとく、先程からは一つ変わった箇所がある。

 

「消えてますねー♧ 絵と金庫が」

 

「そう、どこかに移動されたのは間違いない。移動先として考えられるのは……」

 

 見取り図の上には、スマートな侵入経路について、幾度となく検討された痕跡があった。工事中から現地に何度も足を運んで観察された結果、導き出されたルートだ。

 

「これ、あのジックラトとかいう塔じゃない!」 セリカは俄然として興奮してきた。少しでもリアリティが出ると飛びつくたちなのだ。「でも本当にいけるの? 確か中枢は武器の持ち込み禁止なんじゃ……隠して持ち込もうにも、対策されてるだろうし」

 

「もちろん二重三重に対策されてるから、銃や爆薬での突破は無理。だから……」

 

 シロコは手元のスマホを操作し、ある動画を表示した。投稿されたチャンネル名は”少女忍法帖ミチルっち”で、変な声をした少女が、生身で火を吐く様子を披露している映像が流れている。(そしてうっかり服に引火して大変なことになっていた)

 

「ニンジャの助けを借りるよ」

 

「ニンジャ!?」

 

 その場に居るほとんど全員が驚きの声を上げた。

 

「ん。ニンジャなら、銃なしでの犯行が可能」

 

 そう言いながら、シロコは妙に興奮していた。話しているこの間にも、彼女の脳内では計画が成功するイメージが固まってきているのだろうか。

 

「う~ん、おじさん忍者とかはよくわかんないけど……」

 

 ホシノは薄目を開けて、ノートに貼られた図面を見つめる。

 

「……今日は何も起きないといいねぇ」

 

 例えば、鳥が地面を低く飛んでいると、雨が心配になってくる。彼女が感じていたのは、そういう類の不穏さだった。

 再び机に突っ伏して暑さを訴えるホシノを、嫌になるほど晴れ渡った青空が見下ろしている。

 

 

 

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D-DAY AM 11:45

 

D.U. 多目的施設ジックラト 中枢メインタワー前

 

 

「いやぁ、晴れてますね」

 

 目に映るのはどこまでも明るい青だ。私は感嘆の声を漏らして空を見上げていた。

 

「はぁ、お天気の話なんて嫌ですね。まるで私の会話が下手くそみたいじゃないですか」

 

 軍帽を被った赤い癖毛の少女が、本から顔を上げた。手に持つ貸出票の付いたハードカバーは、どうやらゲヘナ学園の図書館から借りだしてきた物らしい。

 

「いやいや、お天気が晴れてるってのは大切なことなんです。なんたって、上からよく見えますからね」

 

「上……? ああ、展望台の事ですか」 イロハさんは興味なさげに本へ視線を戻した。「あそこはいい場所でしたよ、サボるのには」

 

「それならよかったです。作った甲斐がありました」 

 

 直下の地上からメインタワーを見ると、先端まで視界に収めるのは困難を極める。きっと首を痛めてしまうだろう。

 

「それで、サボりの一環ですか、この会話も」

 

「はい。重要なイベントの直前に連邦生徒会の要人と立ち話なんて、いかにも仕事しているように見えるでしょう? 上から懐柔してこいと言われちゃって」

 

「ああ、なんというかお疲れ様です……」

 

 自分の目的を果たしたイロハさんは、むこうに見えるゲヘナ学園生徒たちの群れへ戻っていった。

 メインタワーの前に設けられたエデン条約第二式典会場の周辺では、両校の生徒たちがそれぞれのコロニーを形成し、白と黒の河を形作っている。いたずらに混ざらないようにと動線を計画した甲斐あってのことだが、少し物寂しくもある光景だった。

 

「これから上手くやっていかなきゃな」

 

 私は両の手で頬をばちんと叩き、入れ替わりにこちらに近付くトリニティ生の方に向き直る。黒い帽子に黒い服の次は、白い帽子に白い服といういで立ちだ

 

「ご機嫌よう、カクエ様。本日はこのような式典にお招きいただき……」

 

 つらつらと挨拶する彼女の顔を見ると、フィリウス派のメンバーの一人だとすぐに思い出した。話を合わせてこれまた中身のない会話を続けながら、ちらりと腕時計を見る。

 午前11時50分。カタコンベから車両を繰り出し、どんなに素早く展開しても、おそらく着弾まで10分は掛かる。それまでに発見できたらこちらの大勝利だ。

 

「これから本番ですので失礼します」 良いところで相手にそう断って立ち去る。そして壇上へ移動する間に、地下の管制室へ連絡を取る。

 

「カクエです。遺跡周辺の発射車両かミサイルサイロ、発見できました?」

 

『今総当たりで分析していますが、発射済みの物も含めて一切見当たりません!』

 

『何らかの特殊な方法で隠匿されているのかもしれないわね』

 

 カヤ先輩の言葉に、リオ会長がそう補足する。思えばリオ会長はそういった特殊な技術の類に一度敗北しているのだから、さすがに勘所が良かった。

 

「おそらくそうだと思います。少なくとも発射後は可視光線による目視が可能なはずですので、通功の古聖堂周辺を画像認識で張りましょう」

 

 私が思い描くのは、原作ゲームのスチルだ。カフェで補習授業部の仲間たちと談笑するヒフミさんが、空を飛ぶ巡航ミサイルを唖然として見上げている画は、少なくとも撃ち込まれたミサイル自体に光学ステルス機能が無いことを表している。

 あくまで推測だが、本当に脅威なのは防空システムを麻痺させるレベルの終末速度の速さだ。

 

 ステージの階段を登る。

 私は足が踏む段数を数えてみた。

 

 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12。

 

 12段だ。13段じゃなくてよかった、と少し安心する。13段だったらきっと、この先に待ち受けるのは絞首台だ。

 

 指で小突いて、マイクの調子を確かめる。どうやら問題なさそうだ。

 

「ゲヘナ、トリニティ両校の皆様、お待たせいたしました!田中カクエでございます!」

 

 壇上からの景色は、まるで『地球の長い午後』みたいだった。前世の世界でヒューゴー賞を取った古いSF小説だ。

 地球の自転が止まり、地表に永遠の昼と永遠の夜しかなくなった世界を舞台にしている。そう思ったのはきっと、自分の立つ位置を境に、居並ぶ人たちが白と黒でぱっきりと割れていたからだ。

 

「エデン条約につきまして、自治権に係る問題として連邦生徒会は無干渉を主義としてまいりましたが、この度は皆様のご助力もあって、このような場を設けることができました」

 

 拍手が上がる。悪い気分じゃない。

 

「皆様にお集まりいただいたここ、多目的施設ジックラトの中枢タワーは、エデン条約履行後に重要な役割を果たす場所です。それはなにも協力の場としてだけでなく……」

 

 その時、インカムに連絡が入った。咄嗟の事だったので、最初に入った声がカヤ先輩の物だったか、リオ会長の物だったか、コユキちゃんだったか、記憶にない。だがそれは、叫び声に近い物だったように思う。

 

『巡航ミサイル、ウェーブサットの衛星画像で補足できました!速すぎますが……画像認識エンジンで追跡できています!』

 

『暖機が終わってリアクター出力も安定しているわ。いつでも発射できる状態よ』

 

『カクエちゃん……』

 

 カヤ先輩の声に、私は小声で、大丈夫、と返した。

 

 

「協力の場としてだけでなく、実効的な防衛力を提供いたします! それがこの中枢タワーの、ジックラトの真の姿なのです!」

 

 

 全ては一瞬の内に起こった。

 

 宣言すると同時に、視界が白に染まった。

 

 劈くような轟音と共に吐き出されるのは、巨大な結晶を何重にも励起して得られるビーム光線だ。

 管制室より深い地下のフロアは、ほとんどがこれのためのレーザーユニットと蓄電池、そして冷却装置に占有されている。

 

伸びる、延びる、のびる。

 

 この光線は大気圏外の静止軌道上まで上昇し、ウェーブサットの反射鏡に当たって、地上の目標まで降り注ぐ。ロストテクノロジーの助けも借りて生成される超高出力のレーザーなら、二度の大気圏通過による減衰を勘定に入れても、ミサイルの破壊には充分な出力が得られる。

 地上を往復した超高出力レーザー光線は、文字通り光の速度で、タイムラグなしで届けられる。

 

 座標を捕捉さえできれば、キヴォトスを破壊しようとする物を、正確に、一瞬で破壊することができるのだ。

 

 埋め立て地から望むD.U.の、さらに奥の陸地に、ここと同じような光の柱が立っているのが見えた。数秒の間に、みるみるうちに細くなり、忽然と消える。インカムへ通信が入ったのはその直後の事だ。

 

『……不明巡航ミサイル、破壊を確認しました! 通功の古聖堂は…無事です!』

 

 にわかに曇ってきた空が、しかし我々の頭上だけ、丸く穿たれていた。聴覚が戻り、群衆のざわつきが耳に入ってくる。

 皆半腰になって、今目の前で起こった事を質問したがっている。いくつもの困惑に染まった目がこちらを射抜いており、さもなければ畏怖の目が塔へ注がれていた。

 なんだ、ゲヘナとトリニティ生が同じ顔をするだなんて。案外仲良良いんじゃない?

 

 

ETO(エデン条約機構)こそが、このキヴォトスの平和の礎となるのです。詳しくは、管制室へご案内してからということで」

 

 

 私には会場に響く喧騒が、酷く遠い世界の事のように思えた。まるで映画か小説かゲームの一シーンだった。

 

 

D-DAY PM 12:00

 

 

 

 




ずっと前から書きたかったあたりに参りました
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